factor12


 深夜、まだ星が輝き月が地平線に向けて傾きかけた時間帯。一人の男が縁側に座り込み、空を見上げていた。目にはうっすらと光が見えるが、それでも前進から倦怠感のある雰囲気を醸し出していた。

「……・何黄昏れてるのよ」

「マスター……」

 そんなどんよりとした空気を、少女の凛とした声が吹き飛ばす。本来なら寝ているで有ろう時間帯な為か、目元を擦っている。しかしその目には気怠さなどはなく、確固とした意思が感じられる。マスターと呼ばれた少女――凛は、そのまま男――アーチャーの隣に腰を下ろした。

「……ねえアーチャー?」

「……」



「――記憶喪失なんて、嘘なんでしょ?」

◆――――――◇

「……何時から気づいてたんだい、ってね。少し前に同じような会話をした気がするな」

「気づいたのはついさっき。けど、今思うと怪しいところは結構あったわ」

 僕の軽い冗談も華麗に無視して、マスターが話を続ける。そんなにぼろが出てたのか……いや、そもそも僕が隠し事に向いてないのか。昔から腹芸なんて少しも出来なかったしな。

「宝具とかはアンタの固有結界で持ってない状態を『再現』して見せてたのね。だからステータス欄に出てこなかった」

「僕の固有結界の性質が『再現』じゃない可能性は?」

「……ランサーと戦ったとき、アンタはどこからともなく魔力のこもった宝石を取り出したわ。それだけならキャスターの道具作成や投影の魔術の可能性もあるけど、アンタは連続して、相当な量の宝石を渡してきた。あれだけの量を魔術で作り出すには魔力の低いアンタじゃ無理がある」

 マスターは毅然とした態度で、一つ一つ確認するように突きつけてくる。まるで推理小説に出てくる、トリックについて証明する探偵みたいだ。

「……けれど、アンタの固有結界が『再現』する事を性質として持っているなら、全部説明出来るのよ。隠蔽も、あれだけの量の宝石もね。アンタの固有結界は、具現化する方法については詳しく書かれていなかったから、もしかしてと思ったのよ」

「……流石だね、その通り。僕の固有結界は状況を『再現』する為の物。それによって魔法石や武器を作り出して使ってたんだ。自分自身を過去の段階で『再現』する事も可能だけど、全盛期で召喚される聖杯戦争では隠蔽以外の使用には意味が無いからね」

 マスターの言った推理は殆ど当たっている。魔法石は再現してすぐにマスターに渡すことで個数の水増しが可能だし、自分自身の未熟な頃を再現してステータスを見せていた。宝具に付随していた『英雄殺し』だけは見えてしまったけど、それ以外は概ね予定通りだったんだけど……

「アーチャー……アンタの目的は何なの?こんな隠蔽しても私が戦略的に不利になるだけだし、アンタに得があるとは思えないのだけど」

「……目的と言うよりも、理由があったのさ。最初はまるっきりの嘘という訳でもなかったし」

「理由?」

 そう、自分を召喚したマスターを騙し、戦略的敗北の可能性さえある隠蔽をした、その大本となる理由。それは――

「僕は、名前だけ思い出せないんだ」

◆――――――◇

「…………なまえ?」

「そう、名前。もう少し詳しく言うなら、自分の真名と親しかった人物の名前。自分がかつて何をしたかは詳細に憶えてるし、敵対した奴らの名前も鮮明に思い出せる。なのに自分と、一緒に旅をしたはずの友達の名前が出てこないんだ」

 アーチャーの口から飛び出てきたのは、私の予想とはちょっと違う内容だった。私はてっきりもったいつけて名乗らなかったのだと思っていたけど、予想以上に深刻な状態みたいだ。……けれど、それでスキルや宝具を隠蔽したことの言い訳にはならない。

「……それで、何で隠蔽なんかしたのよ」

「手放して欲しかったんだよ、僕をね」

「手放す?何でアンタを手放す必要があるのよ、私はちょっと戦ってみたかっただけなのに」

 聖杯戦争をに対して特別な執着があるわけでもないし、やれるだけやれば途中敗退でも私は……・そりゃ悔しがりはするけど、そんな問題にするような事じゃないし……

「ああ、その辺は僕がマスターを見誤ってたのもあるさ。……けど、そもそも普通の参加者なら真名がわからない・スキルも宝具も見えないようなサーヴァントが召喚されたら、監督役のところに逃げ込むだろうからね」

「ぐっ……」

 ……そりゃそうね、私も最初の頃は嘆いてばっかりだったし。『英雄殺し』が確認できなかったらここまで戦ってないわ。

「話を戻すけど、僕は召喚者を警護するよりもちょっとした調べ物がしたかったんだ。聖杯に何かを願う以前に、僕自身のことを調べたかった。だから常にそばに置いておく様な魔術師からは離れたかった。若い女性であるマスターを見た瞬間、僕は君に見切りをつけたと言っても良い」

「……つまり、自由が欲しかったのね」

「そう言うこと。女性のマスターなんて一人にしといたら絶対に何か起きると思ったし、僕自身が警護に向いてないタイプだから……これ以上人の死に顔なんて見たくなかったから、さっさと諦めて貰おうと思ったわけ。契約が切れた後は、監督役と交渉でもして情報を貰ってから別の魔術師のところに行くつもりだったのさ」

 ……要約すると、私はか弱くて束縛しそうな危なっかしい小娘と見られた訳ね。あの飄々とした笑顔の下でそんな事考えてたなんて……

「近代の英雄だと言ったのは、古い方が霊格とか知名度の関係で強いから、諦めてくれるかなと思ったんだ。令呪を使わせなかったのは真名の項目には本当に負荷が掛かっていたから、無駄撃ちを避けたかった。段階的に開示していったのは、最初の記憶喪失に説得力を持たせるため。……これでも一応関係に気をつけてたんだよ?」

「気をつけたいんだったら、包み隠さず話せば良かったじゃないの。私はアンタをそれなりに信用してたんだけど……」

「調べ物の方を優先してたからね、話そうにも余裕がなかった。確証がなかったら話しても不審がられるだけな内容だし、当時は僕自身信じられなかった」

 それだけ躊躇するって事は、よっぽど突飛な内容なのね。嘘の内容も段々と好意的になってるし、まあ許してあげましょう。

「……で、その調べ物の結果はどうだったの?口ぶりからするともう解明したみたいだけど」

 私がそう言うと、アーチャーは観念したように大きな溜め息をついた。そして私の方を向いて、ゆっくりと喋り出す。

「――僕の居た世界と、この世界の年表が一致しない。発端であるはずの事件の記録が無く、存在しなければならない人物も居ない……つまり――」

 それは、私が心の何処かで否定していた可能性。可能性が無いわけでは無かったけど、あまりにあり得ないから思考から外していた考え。つまり――

「――僕は、この世界に存在していなかった」




なんやかんやで二ヶ月近く放置してしまいました……
まだしばらくはこんな感じになります、申し訳ありません……



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