factor13


深夜、アーチャーと凛が会話を始めたのと同時刻。

 静寂。現在の柳洞寺一帯はその一言で簡潔に表現できるような状態だった。いつもなら涼やかな声で鳴く虫達も、今はどこにも見当たらない。平時ならどこか不気味なその状況も、柳洞寺ではある時から日常となっていた。

「……今日の夜も静かね」

 そんな歪な日常を作り上げた張本人――キャスターは縁側に座り込み星を見上げていた。本来であれば、彼女達サーヴァントは聖杯を巡って争いあい、こんな平和な状況を得ることなどまず無いだろう。

「それにしても……ほかの連中は揃いも揃って殺しあってるのに、何で私だけ蚊帳の外なのかしら」

 しかし彼女は今のところ、自分の配下であるアサシン以外のサーヴァントに存在を確認されていない。それは開始早々に自分の拠点を強固な要塞へと変えたという要因もあるだろうし、自分の配下が門番としての職務を果たしているのも一因となっているだろう。そういった因子が奇跡的に絡み合うことで、聖杯戦争というゼロサムゲームにおいては異常な、平和な日常を手に入れたのだろう。

「……まあ、私はそもそも直接戦闘には向かないから良いんだけど」

 そもそもキャスターの戦い方としては、自分の陣地に籠って相手を罠にはめるのが基本だ。相手がこちらに攻め込まないからと言って、こちらから出ていくのは愚の骨頂。大体サーヴァントがこちらに来ないということは、別の場所でお互いが潰しあっているはず。単騎のサーヴァントでこの柳洞寺の罠を突破しきるのは難しいし、その後無傷のキャスターを倒せる可能性は相当低い。

「問題はバーサーカーが残った場合だけど……これはアーチャーに頑張ってもらうしかないわね」

あのバーサーカーの宝具は厄介ではあるが、アーチャーはどうやらバーサーカーと相性がいいらしい。アーチャーが見えないキャスターより見えている脅威であるバーサーカーを優先してくれれば、聖杯を手に入れることも夢ではない。

「……聖杯、ね」

 ふと、彼女は現界した目的である聖杯について考える。現界した当初からそれほど執着していたわけではないのだが、それを考慮したうえでも今の彼女は聖杯に対しての関心が薄れていた。

「当然ね、欲しかったものは手に入ったのだから」

 裏切ることのない誠実な思い人。静かで暖かな毎日。物質的にも精神的にも満たされた、充実感のある日々。彼女はすでに自らの願いを叶え、現状にこそ満足していた。

「このまま膠着状態が続いたら、ずっと宗一郎様と……」

 そこまで言いかけて、彼女は思考を振り払う。そんな都合のいいことはありえないし、思い人と一緒にいたいのならばそれこそ聖杯を手に入れるべきで、膠着状態を望むべきではない……けれど、彼女の心の中には停滞を望んでいる一角が確かに存在していた。

「聖杯の力で受肉さえすれば、宗一郎様といつまでも一緒に――」

[キャス…ター……聞こえるか]

「……アサシン?何かあった――」

 彼女が自身の配下からの念話に対応しようとしたとき、異様な寒気を感じた。反射的に立ち上がり、後ろを振り向く。そこには、二体の『英霊』と一人の魔術師が立っていた。魔術師の腕にはそれぞれ形状の違う痣が浮かび上がっており、その顔はよく見えないがうっすらと青白く染まっている。しかしそんな程度のことを気にする余裕など彼女にはない。何故ならば、その魔術師に付き従う二体の英霊が、あまりにも異質だったためだ。

 右手側の英霊は、特異な形状の赤い甲冑を纏う筋肉質な青年。四肢や肉体の各所のみを守る機動性重視の甲冑に包まれ、左手には日本刀らしき刀剣を所持している。眼光は鋭く、全体的に攻撃的な印象を感じさせる。

 左手側の英霊はというと、白く透明感のあるローブに身を包んだ線の細い青年。右手に香を入れるための小瓶を吊り下げ、左手で印を結んでいる。服装は西洋に近いイメージを与えるが、所持品や動作は明らかに東洋のそれだ。そんなちぐはぐさと光の無い目からは、恐怖より先に不快感を感じてしまう。

[侵…入者だ……私ももう――]

 アサシンの念話が途切れ、魔力のパスが消滅する。生存できる限界を超えるようなダメージを食らい、消滅したのだろう。即座に念話を送ってこなかったことから考えて、眼前の目標は相当な手練れである。キャスターはそう判断した。

「宗一郎様!」

 即座に彼女がとった行動は、自らのマスターを連れて逃げることだった。眼前に現れた英霊も魔術師も無視し、その場から走り出す。

「逃がすな、追え!」

「……」

「ちっ、面倒くせぇ……」

 もちろんそんなことを許すわけもなく、魔術師が英霊に指示を出す。『白』の英霊は無言で駆け出し、『赤』の英霊はそれに遅れて渋々と歩き出した。

「……」

「おっ?」

 『白』の英霊の足元から、骨だけになった人間の腕が飛び出す。『赤』の英霊は横から両刃の剣で切りかかってきた骸骨に対し、余裕の動きで頭部に拳をぶち込む。そのまま倒れこむ骸骨人間の後ろには、各々さまざまな武具を装備した同種の存在――竜牙兵が無数に蠢いていた。

(あれだけの数の竜牙兵がいれば、時間稼ぎは出来るはず……)

 見たところ、あの二人はまだ宝具を出してもいない。どんな英霊かは知らないが、あの数を生身で蹴散らすにはある程度の時間がかかるだろうし、宝具を出せば真名を特定できるかもしれない。彼女はそこまで考え、身にまとったローブを大きく広げた。しかし跳躍の寸前で――

「――ンマ」

「っ!?」

 頭上を竜巻が貫いた。それもただの竜巻でなく、掠ったローブがずたずたに切り裂かれている。竜巻の中に無数の真空波が飛び交い、それによって物体を切り裂いているようだ。しかし彼女が脅威に感じたのはその威力だけでなく、距離のある状況で正確に頭上を撃ち抜いた正確さだった。

(竜牙兵でこちらの姿は見えないはずなのに……)

 それが警告なのか狙いが反れたかにせよ、目標が見えない状態でこれほど正確に狙い撃ってくる能力は恐ろしい――

「マハラギオォン!!」

「なっ、熱っ!」

 思考がまとまる直前に、後方から熱風が飛来する。崩された体制を立て直しつつ振り向くと、紅蓮の炎に焼かれる竜牙兵の姿が見える。

「この程度かよ……雑魚共が」

 『赤』の英霊が期待外れだとばかりに呟く。爆発的に燃えあがった炎は、数秒ほどすると音もなく自然に消えた。

「おいキャスター、お前逃げられるとでも思ったのかよ」

 『赤』の英霊の背後から、魔術師がこちらに近づいてくる。その場で反転しようとしたところで、魔術師が何かを投げ捨てた。――彼女のマスターである、葛木宗一郎がそこにいた。

「宗一郎様!」

 キャスターは宗一郎に駆け寄り、無事かどうかを確かめる。一通り調べて怪我がないことを確認したところで、『白』の英霊に組み付かれた。

「くっ、放しなさい!」

「お前みたいな弱小サーヴァントなんてすぐに消せるのに、何で生き残らせてるか」

 キャスターの言葉を気にも留めず、魔術師は話し続ける。

「僕たちは自分たちの陣地が欲しいのさ。けど自分から作るなんて面倒だし、使えそうなところはもう既に誰かが抑えてる。誰かのをもらえば楽だけど、使いこなせるかはわからない」

 魔術師の被っているフードが外れ、その素顔が露わになる。青白い顔面に色濃い隈が刻まれており、より衰弱したイメージを加速させる。しかし煌々と輝く血走った目が、そんな弱っているような印象を払拭している。

「だから、取引をしようと思ってね。僕達は他の奴を倒しきるまでお前達に手を出さない。代わりにお前達は僕達に従う。悪い話じゃないだろ?」

 ニタリと、いやらしく笑う。キャスターはその顔に生理的嫌悪感を感じるが、相手の提案を呑まない訳にはいかない。自分はマスターと一緒に二体の英霊に挟まれ、逃げることもままならない。受け入れなければ、恐らく二人とも殺される。

「……本当に、私達には手を出さないのね?」

「ああ、他の陣営との戦いが終わるまではな。マスターの方は殺す意味もないし、サーヴァントだけでも良いかもしれないけど」

 希望の見える提案、甘い誘惑。例えそれが嘘だとしても、彼女はその提案に乗るしかない。

「……良いわ、協力してあげる。だから宗一郎様には、手を出さないで頂戴」

 キャスターが折れ、その提案に乗る。実際、これだけの好条件ならそれほど問題はない。逆に言えば残り二組になるまでは安全という訳なのだから、見方を変えれば美味しい話にも思える。

「……クヒ」

 けれども。

「クヒハハハハハ!そうだよ、それで良いんだよ!お前みたいな弱小サーヴァントは、僕に媚びて怯えてれば良いんだよ!」

 眼前の存在が放つ異様な雰囲気は、そんな発想の転換さえも阻害した。そんな魔術師の姿に、二体の英霊が冷ややかな視線を送る。

「――この僕、『アヴェンジャー』と『セイヴァー』のマスターである、間桐慎二にさぁ!」

◆――――――◇

 存在。あること、または居ること。そしてそこにある何か。この世に誕生し、生活する者にとって当たり前ともいうベきもの。世界に生きる者にとって、否定されることなき絶対のもの。

 されど、彼『ら』はそれを否定された。過去の情報も、現在の世界も、彼『ら』の存在を証明することは出来ず、むしろ積極的に否定している。しかしそれこそが正しいのだ。それこそが世界の選択なのだ。

 なぜなら彼『ら』は、この世界における『異分子』なのだから。




今回は少し場面が変わりますが、別に時間が飛んだと言うわけではありません。



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