factor15


 アインツベルン城。鬱蒼と茂る森の中に建つその城は、低級霊の侵入を阻む結界や無数の木々により、難攻不落の拠点として恐れられてきた。侵入者を即座に探知できる結界もあり、通常であれば既に攻撃されているはずだ。

「アーチャー、周囲に何か動きは?」

「……何も無いよ。少なくとも城に着くまでは襲撃はないと見て良い」

 しかし今は通常の状態とは明らかに違う。アインツベルン自体が私達を誘っている以上、道中の妨害は少ないと考えるべきでしょう。……もっとも、城の中には無数の罠が仕掛けられているかも知れないけど。

「……なあ遠坂、本当にあんな作戦で良いのか?」

「あら、私が立てた作戦が気に入らないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 既に士郎とセイバーには作戦を話してある。今回は単純明快、殆ど有ってないような作戦で行こうと思っている。下手にこの辺りで話すとアインツベルンに伝わる可能性もあるから、内容については言及しないように言ってあるけど、やっぱりちょっと不安みたいね。

「シロウ、大丈夫ですよ。凛の作戦はちゃんと成功します」

「……随分肩を持つんだな。どうしてか教えてくれないか、セイバー」

「良いですかシロウ、元来策というのは単純な方が成功しやすいのです。戦力的にも私とアーチャー、単純に二倍の戦力を持っています。バーサーカーの能力は恐ろしいですが、相性の良いアーチャーが居る以上こちらの勝ちは揺るぎません」

 セイバーが一気にまくし立てる。確かに言っていることはあっているけど、敵地なんだから余り喋りすぎないようにしてよね。

「まっ、正直バーサーカーは消化試合みたいなものね。問題はその後」

「その後って言うと……ランサーとキャスターのことか」

「ええ、結局初日からランサーとは接触してないし、キャスターの方にも動きがないわ。もしかしたら裏で手を組んでいるのかも知れないし、そうでなくても十中八九バーサーカーとの戦いの直後を狙ってくるわ」

 ランサーは戦闘スタイルの都合上、狭い城内で直接戦うのは不利。キャスターは直接戦闘力が低く、低級使い魔を連れて行けない城内は出来れば避けたいだろう。しかしどちらも直接セイバーとアーチャーの二人を相手にするのは難しい。そうなると狙うべきは、バーサーカーとの戦いで消耗したところしかない。

「だから私達は、出来るだけ余力を残してバーサーカーに勝つ必要があるのよ。そのために小細工の入る余地のない単純な作戦でいくってわけ」

 これだけ単純な策なら、アインツベルン側からの介入はしにくいはず。前提として地力でバーサーカーを突破しないと行けないけど、相性と物量でこちらが有利な以上は問題ないはず……

「……さて、着いたわね」

 森の道が途切れ、視界が広がる。眼前には巨大な城が佇み、辺りは静寂に包まれているようだ。少し近づいてみると、門が自動的に開いた。

◆――――――◇

 荘厳な装飾。立ち並ぶ力強い柱。正しく欧州の城と言った内装の中、四人の男女が歩いている。鎧を着た少女と短髪の少年が先を進み、その後ろを赤い少女と機械を纏う青年が続く。四人は周囲を警戒しつつ、少しずつ前へ進んでいく。

「――いらっしゃい、お兄ちゃん達」

「「「「!」」」」

 階段の先から、透き通るような声が発せられる。階段の先にある影、その更に奥から二人の人影が歩いてきた。一人は雪のように白い少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。そしてもう一方が――

「……」

 鋼の巨漢、バーサーカー。その全身から放つ闘気は、少年達が最初にあったときとは別次元と言えるほどに高められている。鋭い眼光が少年達を射貫き、口から漏れ出る呼気は獲物を見つけた猛獣を思わせる。

「まだ脱落したのはライダーだけだけど、私にとってはこれが一番の勝負所……お兄ちゃん達さえ倒せば、ランサーもキャスターも怖くないわ」

「それはこっちも一緒よ、イリヤ。アンタが一番怖いから、寝首をかかれる前に戦う事にしたの」

 二人の少女の間で火花が散る。人は時に自分より強い対象への恐怖から、その対象を排除しようとする。お互いの力量を認めているが故に、この衝突を避ける術はない。

「……なあイリヤ、やっぱり戦わなきゃダメなのか?」

「あら、聖杯戦争に参加している以上は戦闘は絶対よ?それともお兄ちゃんは、私のために死んでくれるの?出来ないでしょ?」

 そんな少女二人の間で、一人場違いな少年が立ち尽くしていた。彼は今まで魔術と深く関わらずに生きてきた故、その根底にある排他的な事情を知らない。他を超えねば意味が無く、他に組みすれば技術を盗まれると言う環境であった魔術師達にとって、彼の理想は余りに荒唐無稽なのだ。だからこそ、イリヤは強い口調で少年に現実を再認識させる。

「……やっぱりそうか。でも俺は、それでも君を止めたい、だから!」

 されど彼女の前に立つ少年は、数日前に対峙した覚悟無き存在ではない。彼自身の意志の元、一つの覚悟を決めた一人の戦士なのだ。その強い眼差しには、心の底からイリヤを止めようとしている意思が感じ取れる。

「――俺達は、バーサーカーを倒す!セイバー!」

「ええ、全力で行きます!」

 少年――士郎が鎧を着た少女、セイバーに号令を掛ける。セイバーの周りに風が渦巻き、魔力と鎧の輝きが周囲を照らす。

「やってみればいいじゃない……バーサーカー!」

「■■■■■■■■■■■――――!」

 その二人の動きに呼応するように、イリヤが叫ぶ。その声を受けたバーサーカーは、まるで猛獣のようなうなり声を上げた。

「アーチャー、作戦通りにお願いね」

「了解」

 そんな二組の熱を寄せ付けず、冷静にやりとりをするアーチャーと赤い少女――凛。既にアーチャーの手の中には多種多様な近接用の武器が握られており、完全に臨戦態勢となっている。

「「「……」」」

 三騎のサーヴァントの間に異様な沈黙が漂う。どちらの陣営も相手の出方を窺っているのか、一向に動こうとしない。空気が張り詰め、尋常ではない緊張感が辺りを包み込む。

「――行きなさいバーサーカー、アーチャーを先に潰すのよ!」

 その沈黙を破ったのは、イリヤが放った一言だった。声が発せられた瞬間、バーサーカーがアーチャーに向かって突っ込んだ。

◆――――――◇

(来た、パターンA!)

 アーチャーを潰すように言ったイリヤの言葉を聞いたとき、私は心中で少し喜んだ。予想通り、イリヤはアーチャーを先に撃破してセイバーをじっくりと倒すつもりだ。前回の戦闘であれだけ対抗していたのだから、ある意味当然ではある。

(けれど、だからこそそこに隙が出来る)

 今回の作戦は、アーチャーをセイバーが全力でカバーリングすると言うだけのもの。とにかく二対一の構図を崩さない様にし、数の優位と相性で押し切るのが基本だ。幸いセイバーはそれなりに防御力が高く、数分程度であればバーサーカーの猛攻にも耐えられるはず。

「(そこを一気に突く!)アーチャー、攻撃開始よ!」

「了解……さて、たまにはアーチャーらしく行くよ!」

 私の言葉を聞いた瞬間、アーチャーは手に持った武器類をすべて周囲に放り投げ――

「再現、『レールガン』!」

 巨大な銃器を展開した!?いや、レールガンにしては小さいけど、明らかに人間が携行する武装じゃないわよ!

「■■■■■■■■■■■――――!」

「こっちに来る前に蜂の巣にしてやる!」

 アーチャーがそう言った次の瞬間、レールガン?が火を噴くと同時に光が辺りを包む。これじゃ何も見えない――

 ゴシャア

「アーチャー!?」

 物体がひしゃげるような音が、アーチャーの居た辺りから聞こえた。前後の状況から察するに、バーサーカーの斧が振り下ろされたのだろうけど、アーチャーは!?

「――再現、『クラウソラス』!」

 ――ゴトン

 何か大きな物体が落ちたような音がした。ようやく機能を取り戻した目を開くと、バーサーカーの首が地面へと落ちている。先程バーサーカーの攻撃はセイバーが受け流していたようで、アーチャーは既に私の前でバーサーカーを見据えている。

「バーサーカー!?」

「再現、『ブリューナク』……貫けぇ!」

 バーサーカーの首が元に戻る前に、投げた槍が心臓を貫く。この一瞬で即座に二回殺した計算になる。事前にアーチャーが確認した情報によると、バーサーカーは十二回殺さないと倒れないのだと言う。また、衛宮君との折り合いを考えるとマスター狙いは出来ないので、自然とこう言った形での戦いになる。つまり――

「……へえ、あくまでバーサーカーとだけ戦うつもりなんだ……嘗めてるの?」

「そういうわけじゃないんだけどね……セイバー、この調子でお願いね」

「分かりました」

 そう、バーサーカーの命を正面から削りきる。アーチャーが全力で攻撃に回る分、防御面をセイバーに任せっきりになってしまうのが問題ね。

「確かにそっちのサーヴァントなら、バーサーカーの命を削りきれるかも知れないわ。けどね――」

「■■■■■■■■■■■――――!」

「っ、止めろセイバー!」

◆――――――◇

 一瞬。一瞬だった。バーサーカーの傷が治った次の瞬間、バーサーカーが怒号を上げてセイバーに斧をたたき込んだ。幸いにもセイバーが直前で受け流したものの、その余波で凛と士郎は体勢を崩してしまった。

「分かるでしょ、セイバーだけじゃバーサーカーは止められない。アーチャーはそもそもバーサーカーより圧倒的に筋力で劣るし、銃はバーサーカーに通らない。つまり、お兄ちゃん達は防御力や攻撃妨害能力が根本的に足りないの」

 そう、現状凛達は最も防御能力が高いセイバーに頼りきった作戦を展開しているのだ。そもそも防御能力で考えると、セイバー・凛・士郎と続いてアーチャーが最も低い。理由としてはセイバーは鎧と魔力放出、凛は宝石魔術と八極拳の合わせ技、士郎は強化魔術とそれぞれ防御向きの能力を持っているのに対し、アーチャーにはそう言ったものが一切無い。装備を変えて防御力を上げることは出来るが、それでも技術の方はどうにもならないのだ。

(拙い、ここでセイバーに標的を変えられたら……)

 それ故に、現状セイバーを倒されるとその時点でバーサーカーを止められなくなり、戦闘が一方的な殺戮へと変化する。それ以前にセイバーが一時的にでも行動不能になれば、マスターのどちらかかアーチャーがやられる可能性が高い。

「精々頑張ってね?……バーサーカー!」

「■■■■■■■■■■■――――!」

 再びバーサーカーが斧を振り上げ、セイバーを薙ぎ払う。マスター二人は後ろに下がることで難を逃れたが、セイバーが壁に向かって吹っ飛ばされる。

「セイバー!」

「まずはお兄ちゃんかな?行きなさい、バーサーカー!」

「!!」

 士郎がセイバーに駆け寄ろうとするが、バーサーカーがそれを許さない。眼前の巌のような漢を超えることは、一般人に毛の生えた程度の魔術師である士郎にはまだ不可能。故にこの光景は確実な死が迫っていることを如実に表していた。

「(やばい!)アーチャー、令呪を持って命じるわ!『アンタに出来る最善の方法で衛宮君を守りなさい』!」

「■■■■■■■■■■■――――!」

 凛が一言アーチャーに命令すると、手の甲の令呪が一画分消える。凛の元々の作戦では消費される予定の無かったその苦し紛れの一画も、イリヤは脅威に感じなかった。今更アーチャーが何をしても、戦力が低下する以外の道など無い。彼女はそう確信していたのだ。

 それ故に、彼女は見逃した。

「――了解、マスター」

 アーチャーが左腕に装備した端末を操作する瞬間を。

◆――――――◇

 ガシッ

「……?」

 バーサーカーから斧が振り下ろされると思い、反射的に目を閉じた。そんな衛宮士郎が聞いたのは、予想していた破壊音でも自分自身の身体から来る痛みでもなく、軽い拘束音だった。恐る恐る目蓋を持ち上げてみると――

「ぬぅぅうん!」

 そこには、バーサーカーをも超える筋肉質の巨漢が鎮座していた。古代ギリシャ風の鎧に身を包んだその男は、控えめに見ても3mはあるだろう巨体だった。何せ2m超のバーサーカーが小さく見えるほどで、明らかに人間を逸脱したサイズだった。

「「「なっ……」」」

 周囲でその光景を見ていたイリヤや凛も、ましてやセイバーもその存在に驚かずには居られなかった。何故ならばほんの数秒前、バーサーカーが斧を振り下ろそうと言うときにはまだこの巨漢は存在しなかったのだ。これほどの巨体のものがいきなり現れるなど、誰も予想していなかっただろう。……たった一人を除いて。

「そいつを止めておけ、アトラス」

「任されよ、召喚者(サマナー)!」

◆――――――◇

 異分子、異端、異物。この世界においてそう表現されるかの英雄。
 それに呼応するかのように変化する物語。
 そして、英雄の力が今、蘇ろうとしていた……



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