factor19


 かつて、とある英雄が居た。魔を率いて人のために戦ったかの英雄は、人々にどのように認識されていたのか。

 一本の刀のみで魔王を切り伏せた姿を見た者は、剣豪と呼んだ。
 楽しそうに魔を弄ぶ姿を見た者は、邪教の信者ではないかと考えた。
 敵対した者全てを殲滅したその行動から、死神と蔑む者達も居た。

 いくつもの異名で語られるかの英雄だが、彼を知る人々の間で共通する点も存在する。それは彼が、"奇跡"とも思える不可思議な逸話を残して居ることだ。

 曰く、店に無い物や商品の完全な複製を作りだして身につけていった。
 曰く、死の象徴とも呼べる存在を純粋な『力』で撃退した。
 曰く、どんなに攻撃を受けても一切の傷を負わなかった。

 それらの逸話から、彼に善性を見いだした者達は彼を"奇跡の体現者"と崇めた。彼に悪印象を抱く者達は彼を"人の皮を被った悪魔"だと恐れた。

 ……しかし、真に彼を理解した人々は口々にこう呟くのだ。

 ――彼は、『世界』に弄ばれた被害者であった……と。

◆――――――◇

「――ふ、フフハハハハハハ!所詮は塵芥に等しい雑種よ、我に勝てる道理などあるはずも無い!」

 放たれたギルガメッシュの一撃はアーチャーの固有結界を突き破り、城壁さえも巻き込んでアーチャーに直撃した。アーチャーが飛び上がったのを追従したためかやや射角が上にそれたが、それでもなお余波によって森がえぐり取られている。

「自らの主を守った行動は賞賛に値するが……所詮は悪あがきか。ただ死ぬ瞬間がずれ込んだだけとは、悲しい物だな」

「……」

 凛が沈黙を保つ中、ギルガメッシュは矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。それは一方的な攻撃を逃れた事による安堵か、それともアーチャーから感じた悲哀からか。いずれにせよ――

「さて、残るはセイバ」

 ――そこには紛れもない隙が生まれていた。そして()はそんな隙を逃さない。

◆――――――◇

 ずるりと、ギルガメッシュが力を失って崩れ落ちる。彼の胸を貫く紅蓮の神剣は、先程消滅したはずの英霊によって背中から突き立てられたようだった。

「貴様…何故……」

「……僕の伝承の中には『一切の傷を負わない』と言うのがある。それを再現して、固有結界が破れる前に攻撃範囲から離脱したんだよ」

 アーチャーは履いている靴の中から一発の弾丸を取り出し、ギルガメッシュに見える様にかざした。ギルガメッシュはしばらく納得出来ないように唸っていたが、やがて自嘲気味に笑った。

「つまり、我は雑種である貴様どころか、そのちっぽけな弾丸一つに負けたというのか?くははっ、実に愉快な話ではないか、下手な喜劇より余程笑えるわ」

 血を吐きながら、ギルガメッシュが笑う。何処かすっきりしたその表情に合わせるかのように、四肢が少しずつ虚空へと消えていく。

「……名乗れ、アーチャー。雑種の身でありながら、我を倒した貴様の名、『座』での語りぐさとさせよ」

 あくまで高圧的な態度を崩さず、されど親しみを込めてギルガメッシュが言う。それを聞いた言峰は驚愕の表情を浮かべたが、言峰に背を向けているアーチャーはそんな事も知らず言い放った。

「――僕の真名は『ザ・ヒーロー』。どんな世界にもある『民に都合の良い英雄』の概念英雄にして、別次元の一人の人間。たったそれだけさ、英雄王」

「……そうか。名も持たぬ貴様という存在、確かに我の記憶に刻んだぞ、アーチャー」

 力強く、しっかりと言葉を紡ぐギルガメッシュ。あえてアーチャーというクラス名で呼んだのは、名も無きかの英雄への賛辞か。

「一つ心残りがあるとすれば、セイバーを手に入れることが出来なかったことだが……まあいい。いずれまた出会うとき、今度こそ我の物とするだけよ」

「……」

 消滅を目前としつつも、ギルガメッシュはセイバーへの愛を綴る。セイバーはその姿にいささか呆れていたが、それでも顔を背けようとはしなかった。

「……ではなアーチャー。中々に有意義な余興だったぞ」

 最後にひっそりと微笑んで、英雄王は『座』へと戻っていった。

◆――――――◇

「……まさか、騎士王の力無しにここまでとはな。予測を上回る理不尽さだ」

 英雄王消失の後、最初に言葉を発したのは言峰だった。彼の予想ではアーチャーはランサーで抑え、セイバーを出力で優るギルガメッシュで撃破するはずだった。アーチャーの能力に不明な点はあったが、初日の戦いなどから単独であればランサーで倒せると判断し、その上でギルガメッシュと合流させ蹂躙する……そう考えていた。

「……これで終わりよ綺礼」

「ああ、残念ながら私の戦力は全滅だ。この状況でそちらの戦力に対抗する手段はない……降伏させて貰おう」

 結果は一騎も削れず、ランサー・ギルガメッシュ双方を失った。セイバーはまともに戦闘さえしておらず、アーチャーだけに完敗したとさえ言える。

「もっとも、こちらは腑に落ちん事だらけだがな。まずランサーの宝具は心臓へ必中する因果をつくる類の物だ。余程幸運で直感に優れなければ回避は不可能、この条件でも無傷でいるには相当の技量が必要なのだが、アーチャーにそれほどの技巧は見受けられない。更に固有結界内に現れた女性の姿や謎の拘束、ギルガメッシュの宝具による空間切断さえ凌ぐ逸話……まるで意味がわからんよ」

 はじめはまくし立てるように、徐々に勢いを失い、最後には困惑を示しながら、言峰はアーチャーに問いただす。つきあいの長い凛でさえ見たことのない、動揺した姿だった。

「要因はいくつもあるんだけどね……一言で言うなら、僕が『人間』で、彼らが『神様』に近かったことかな」

「……アーチャー、貴方に聞きたいことがあります」

 頬を掻きながら言峰に答えるアーチャーだが、その顔は欠片も笑っていなかった。アーチャーが前に出ていた為に言峰以外には見られず、そのままセイバーが問いかける。

「貴方は時々、『人間』と言う点を強調します……ならば、貴方にとって『人間』とはどんな存在ですか?」

 怪訝そうに、されど一切目を逸らさずにセイバーが問う。問いかけられたアーチャーは振り向かず、静かに佇む。

「……神より残酷で、悪魔より狡猾で、砂漠より乾いていて、氷より冷たくて。臆病で裏切りを恐れる余り誰も信じられなくて、そのくせ一人じゃ何も出来なくて。平和を謳いながら争いが止められない……それが僕にとっての『人間』だよ」

 まるで絞り出すように、少しずつアーチャーが語る。セイバーからは表情が伺えず、ともすれば悪意が籠もっているようにさえ感じられる。しかし言葉の端々からにじみ出る無念の感情が、セイバーの直感に引っかかった。

「……ありがとうございます。正直に言えば共感は出来ませんが、貴方の言葉には重みがある。その結論に至った経緯を知らない私が口出ししても、認識を変えることは出来ないでしょう」

「……ああ、ありがとう――」

 セイバーの声からは納得の意は感じられなかったが、これまでのような疑念は消え去っているようだった。振り向いたアーチャーは苦笑しつつ感謝の言葉を述べ――

「――馬鹿な」

 ――本来であればありえない、既視感のある光景に呆然とした。

◆――――――◇

 最初に気づいたのはアーチャーだった。次にセイバーと言峰が気づき、その動きにより全員がその異常を認識した。

 ギルガメッシュの一撃によって穿たれた穴から白光が降り注ぐ。時刻は午後五時半、既にそんな光は自然界から消え始める時間帯であった。その光量は太陽を思わせるほどに強いが、異様さを感じるほどの『白』さには、太陽とは違った神々しさを感じさせた。

「……何よあれ、キャスターの魔術?秘匿はどうなって――」

「セイバー、迎撃だ!あの光に向けて宝具を!」

「なっ……」

 あまりの光景に各人の思考が停滞する中、アーチャーが即座に動いた。いきなりの指示に困惑するセイバーに、アーチャーは矢継ぎ早に指示を出す。

「正気ですかアーチャー、得体も知れない存在にいきなり攻撃しろなどと……そもそも攻撃を逆に利用するタイプの魔術だったらどうするのですか!」

「あれは対軍宝具、『聖戦を終わらせる神炎(メギドファイア)』だ!発射されればこの城ごと全員消し飛ぶ可能性がある!僕の宝具じゃあれを減退することが出来ない以上、君の宝具の全力で迎撃する以外に方法が無い!」

「むぐぅ!?」

 全員が状況を飲み込めていない中で、アーチャーは即座に光を宝具の前準備であると断ずる。小さな壺を再現して中身を士郎に強引に飲ませ、輝く光へと向き直る。

「やばい、来るよ!」

「っ!?」

 アーチャーの言葉に反応し、セイバーが剣を構える。次の瞬間――

「――『約束された勝利の(エクスカリバー)』!」

 ――二色の光が瞬いた。

◆――――――◇

「……どうだ?」

「駄目ですね、凌がれたようです。恐らく彼にこちらを捕捉されたでしょうし、ここは引きましょう」

「あー面倒くせぇ……さっさと殺り合いたいのによ」

 山間部、焼け焦げた匂いの残る開けた一角に、三人の男性が佇む。赤い鎧の男と白い法衣の男、そして間桐慎二である。彼らの視線の先には、金と白の入り交じった光の柱が映る。

「何で倒せないんだよ、この愚図!」

「申し訳ありません……恐らくは緊急発射による威力不足が原因かと」

「つまりマスターのびびりのせいってか?はははははははは!」

「っ、笑うなアヴェンジャー!」

 三人の間に流れる雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。マスターを嘲笑するアヴェンジャーに、何事にも興味のないセイヴァー。そしてその二人を見下すマスターとなると、協力することなど出来るはずもない。

「……まぁ、何にせよだ。あいつが俺達を見つけたって事は、もうすぐ決戦になるんだろ?」

「恐らくは。彼の性格上、こういう立場の僕達と戦わないはずが無いでしょう?」

「あぁ……ようやく、あの時の続きが出来る訳だ。俺は楽しみでしょうがないけどよ、お前はなんか無いのかよ?」

 愚問だとばかりに切り捨てるセイヴァーの言葉に、感慨深く反応するアヴェンジャー。憂いを含むその表情の下に浮かぶのは、友情とも敵意とも違う濁った物だ。

「何もありませんよ、僕は貴方と違って彼に思うところは無いんですから」

「けっ、友達甲斐の無い奴だこと……そんじゃ戻りますかね、マスター」

「ああ……何でも良いが、ちゃんと勝てるんだろうな?」

 ふと疑問に思った間桐慎二が、二人のサーヴァントに問う。話を聞く限り、この二人はアーチャーに敗北している。前回負けている状態で再び戦って勝てるかどうか、不安になったのだ。

「はっ!当たり前だろ、二度も負けるかっての、バーカ」

「その通りです、既に対策は用意してあります」

 二人して軽い口調で答えるが、その顔には憤慨と侮蔑の意図がありありと表れていた。それは次の勝負への自信と胸中の誇りが、かつての屈辱とぶつかって導いた表現だった。

「……なら良いさ。聖杯さえ手に入るなら、何をしても良い。そうだろ、アーリマン?」

――その通りだ、我が分身間桐慎二よ――

 間桐慎二の影から、歪なヒトガタが現れる。潤いが無く硬質的な岩のような肌と、蜻蛉のような薄い羽根を持つその姿は、到底人間には見えない。

――聖杯に眠る我が同位体(アンリ・マンユ)を取り込み、我等が悲願を叶えるのだ――

「ああ、そうさ……聖杯さえ手に入れば……僕は最強だ!」

 そんな人外の言葉を、何の疑念も抱かず受け入れる。既に彼の精神は通常の状態を保って居らず、錯乱に近い状態になっている。そんな状態のマスターに対し、アヴェンジャーは哀れみの視線を向ける。

「僕こそが……この聖杯戦争の勝利者だ!」

 そんな威勢の良い言葉も、どこか薄ら寒い響きを帯びていた。




あとがき

はい、恥ずかしながら復帰です。
いろんな事情が重なって更新出来ずに居ましたが、
暇を見つけては書き溜めてました。
もう少しで書き終わるのと、年が明けての心機一転として投稿します。
何とか年内には完結すると思いますが、更新頻度はそんな早くないかなと。

最後になりますが、
こんなに長期放置しているのに待っていてくれた方がいらっしゃいましたら。
貴方が見続けてくれたおかげで今投稿する勇気がわいています。
本当にありがとうございます。



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