factor21


 それまで僕は、ただの普通の高校生だった。当時としては珍しいパソコン通信を趣味にしていて、父親が家にいないところは特徴と言えるのかもしれない。

 始まりはひとつの夢だった。白い回廊で名乗らされて、三人の人物と出会った。もっとも、そのうち一人は人間じゃなかったんだけど。

 それから、悪魔との接触が始まった。ここでいう悪魔っていうのは、妖精や怪異、神霊までまとめた神秘的なものの総称だね。屍鬼や悪霊が我が物顔で町を歩き、道端で銃が買えるようになり始めた。

 大事なものを守るために、何よりも生き残るために。僕は友人達とともに戦った。とある人からもらったプログラムをアームターミナルに搭載して、悪魔を配下として率いたんだ。

 時には人を惑わす魔王を。時には偽りの言葉を伝える天使を。時には民を先導する狂人を。立ち塞がる敵は残らず倒して、前に進み続けた。

 気づけば天使と魔王の両軍団、その全てを倒して。残ったのは荒廃した大地と、戦いに疲れた一握りの人だけだった。かつて文明の象徴だったビル群はICBMと大洪水によって見る影もなく破壊され、未だ悪魔達が地上を跋扈している。人類の絶滅までの猶予はほとんどないだろう状態だった。

 生存圏を確保する必要があった。人類が生きるためには安全な場所が必要だった。だから地上の悪魔を攻撃して地下へ追いやった。

 未来へのヴィジョンを示す必要があった。人々の希望となる指導者が必要だった。だから生き残った人々からまとめるのがうまい人を指導者に指名した。

 戦い方を覚える必要があった。悪魔が地上に上がってきた時のために戦力が必要だった。だから僕の戦い方と、その弱点をみんなに伝えた。

 皆が生きるために必死だった。生きるために悪魔を人工的に作り替えたり、組織体系を厳格に整備したり、心のよりどころとなる象徴を作った。

 僕にとってはさほど変わらず、けれど人々にとっては大きく変わっていったある日。僕が選んだ指導者が、僕に仕事を言いつけた。地下の採掘場に大量の悪魔が現れたから、人々のために倒してくれと。別に珍しい話じゃない、そう思ってすぐにそこへ向かった。

 いつもと変わらない戦い。いつもと変わらない人の目。――いつもとは違う、結末。

 そこで僕は命を落とした。今までの戦いから考えれば、驚くほどあっけなく死んだ。

◆――――――◇

「――で、死後に三途の川の渡し守であるカロンに契約を持ちかけられてこの世界でいう守護者に近い者になり、何かの間違いでこっちの世界の聖杯に呼び出されたと」

 簡潔に伝えられる別世界の事情に、周囲の反応は様々であった。訝しげに見つめるもの、実感がわかず困惑するもの、その境遇に憐憫を感じるもの……

「……スケールが大きいのか小さいのかわからない逸話ね。割とあやふやな部分も多いし」

 アーチャーのマスターである凛は、どちらかというと呆れたように話を聞いていた。あまりにも荒唐無稽。自分のサーヴァントであるとはいえ俄かには信じがたいのが道理である。

「けど、聞いてたら不思議と納得出来る気もするわ。あんたの規格外な能力も、世界自体が違うのならある意味当然だもの」

 しかし頭が疑っていても心の中では納得してしまっていた。不可思議と理不尽を混ぜ合わせたようなこの男の能力は、いっそこの世界のものではないと思わねば納得が出来なかったともいう。

「ふうむ……では君の話が本当だとしてだ。あの白い光の宝具についてはどう説明するのだ?君が異世界の存在であるならば、この世界の宝具が何故わかる」

「僕はあれと同じものを自分の世界で見ている。何度も見たから間違えるわけがないし、使い手にも心当たりがある」

 言峰の疑問にも間髪入れずに答える。真偽の程は定かではないが、言い切ったアーチャーの自負にこれ以上の追及は不可能だと感じ、言峰は黙り込む。

「えーっと、つまり……」

「キャスターの陣営に僕の知り合いがいるはずだってこと」

「キャスターがアーチャーの知り合い?」

「ああ、あの宝具の持ち主はキャスターとしての適正もあるだろうからね。本人が召喚されたのか、何者かによって召喚されているかはわからないけど」

 アーチャーはそういうが、そもそもアーチャー自身が別世界から来たイレギュラー。これだけでもありえないというのに、そのイレギュラーがもう一組。その上二組とも同じ世界から来てるなんて、偶然とは考えづらい。何かしらの意思が働いているように感じる。

「しかしだな、あれほどの宝具を持つ英霊が召喚されたのならば何故戦線に出てこない。あの威力ならば漁夫の利を狙わずとも十分戦えたはずだ」

「いや、『彼』の戦闘スタイルはそれほど幅があるものじゃない。バーサーカーの能力を知っているなら機をうかがってもおかしくは無いさ」

 綺礼の問いにもよどみなく答える。もしもその言葉が真実なら、キャスターは開始時からバーサーカーの能力を知っていたのだろうか。確かに乱入のタイミングからすると、バーサーカーを監視していたというのは納得できなくも無い。

「……第四次聖杯戦争ではキャスターが大規模な召喚魔術を行使していた。場合によっては他のキャスターが君の関係者を呼び出したのかもしれんな」

「けど、同時に複数のサーヴァントを使うとなると魔力が持たないんじゃない?今回魂喰いは無かったし、あの規模の宝具を使ったとなると相当魔力を消費してるでしょうし」

「うむ、よっぽどの魔力量で無い限りは大規模な霊地で回復しなければ出涸らしになって死んでいるだろうな」

 思ったよりも和やかに話す綺礼とイリヤ。そもそも今回の聖杯戦争はかなりハイペースで進んでいる。魂喰いはしなかったというよりも、時間が足りず出来なかったという可能性が極めて高い。

「……そういえば一度偵察に行ったけど、結局柳洞寺の状況はわかってないわね」

「アサシンの姿を確認しただけだったから、境内とかの様子は見てないよ」

「てことは、残りの英霊は全員柳洞寺に居るのか?」

 士郎の疑問は周囲の沈黙によって肯定される。今現在陣営として確認されているのはここに居るセイバーとアーチャーの同盟のみ。残りがすべて柳洞寺に揃っているのなら、そこが決戦の場所となるのだろう。

「なんにせよ、我々は体力を消耗したままです。しばらく体を休め、それから向かうことにしましょう」

「そうね、セイバーの言う通り少し休みましょう。どうやって戦うかは後で伝えるわ」

 凛とセイバーの提案を受け、マスター組とセイバーが栄養補給後仮眠に入る。その後すぐにアーチャーが霊体化したため、残されたのは綺礼とイリヤと桜の三人。その後の空気の重さは言うまでもあるまい。

◆――――――◇

「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」

 静寂を破る、荘厳な聖歌。それは柳洞寺に似つかわしくない西洋の言葉で紡がれている。その歌が境内を満たし、霊的に清浄な空気を作り出す。だが――

「……ほどほどにしとけ、寺なのに『そっち』の空気にしすぎるのも問題だろ」

「〜〜……ふむ、それもそうですね。此処には此処の雰囲気というものがありますか」

 本来であれば自然と一体のはずの境内の空気は、まるで機械によって削り出されたかのように閉塞し息苦しい。強引に作り替えられた空間の中には生物の気配を感じられず、清浄な雰囲気さえ異物を排除するためのように感じられた。

「そちらの準備は?」

「万全だぜ、今からでも戦えるくらいな」

 鎧の男、アヴェンジャーが剣を抜いて答える。どことなく熱を発するようなその剣を軽く振ると、三つの軌跡が描かれる。法衣を着たセイヴァーはというと、袖の中から装飾華美な銃器を覗かせている。

「今度は確実に殺るぜ、絶対に逃がしゃしねぇ」

「……ふふ」

「なんだ、何か可笑しいか?」

 意気揚々とした表情のまま剣を鞘に戻すアヴェンジャーを見て、笑みを零すセイヴァー。しかしその顔には欠片も感情が浮かばず、嘲笑のように感じたアヴェンジャーに問い詰められる。

「いえ、こうしてあなたといるとあの『聖堂』のことを思い出しませんか?」

「……ああ、あのくそったれな戦いか」

「ええ、お互いいがみ合ってはいましたが……今思えば世界を良くしたい心は同じだったように思います」

 二人の共通の記憶。それは余人には窺い知れぬ遠き日の思い出。この世界でない何処かで行われた最終戦争。その戦いで二人は不倶戴天の敵同士だったのだ。

「まあな……思想の違いってのはある意味どうしようもないもんだしな」

「信じたものが違ったとしても『私たち』は等しく世界のために戦っていた。今なら心からそう言えます」

 しかし同時に二人はまたその世界を共に駆け抜けた友人だった。当時いがみ合っていたとしても、今となっては昔話の一部でしかない。そして――

「そうだな……あの戦いとは状況が違うが近い部分も多いな」

「ええ、結局のところ『彼』と私達がぶつかるのは必然なのかもしれません」

 ――共に駆け抜けたのは二人だけでなく、最後の一人もまたこの時代に呼び出された。一度は世界を賭けて戦った三人が再び一堂に会する。それは言うなれば……

「必然つうか、『運命(fate)』って感じだな」



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