factor24


 柳洞寺の境内が焦土と化してから、既に二十分が経過した。アーチャーの全身には数え切れないほどの細かい傷がつき、所々から血を流している。

(回復する暇も召喚する暇も無い……反撃の糸口が掴めない)

 『カオス』と『ロウ』の二人の連携はお世辞にも息が合っているとは言えないが、個々の能力が強力であるが故に抜け出すことは難しい。せめて一手、彼らに隙が出来れば話も違ってくるが……

「どうした?少しは反撃してこねぇとこのまま終わっちまうぞ」

「無駄口を叩かないでください、反撃の芽はすべて潰しておかねば」

 『カオス』が話しかけてきた時でさえ、『ロウ』は冷静に攻撃を続ける。そろそろ体力的にもダメージ的にも辛くなってきた。これ以上凌ぎ続けても勝機が遠くなるだけだろうし、仕掛けるなら今か。

「……これ以上君らに関わってる場合じゃないんでね、突破させてもらう」

「あぁ?」

「来ますか」

 二人に向かって突っ込む。必要なものはすべて準備完了、手には『秘剣火之迦具土(ヒノカグツチ)』と弾丸を装填したニューナンブ。

「迎撃を」

「うるせぇ、わかってる!」

 『ロウ』の銃身が、『カオス』の剣先が、予想通り僕へと向いている。ここを突破できるかは今この瞬間にかかっている。冷静かつ正確に、『カオス』へとニューナンブを投げつけた(・・・・・)

「おいおい、苦し紛れでももっとマシな――」

 飛来するニューナンブを切り裂いて迎撃しようとする『カオス』の前に、目も眩む閃光が走る。あのニューナンブには熱量に反応して暴発しやすくした『閃光弾』が装填されている。それに炎を纏った刀なんて近づければ、すぐに暴発する。

「小細工ですね」

 もちろん『ロウ』の方にも妨害手段は講じてある。懐から取り出した大量の煙幕弾を下方に叩きつけ、その場で急停止。

「『聖戦を終わ(メギド)――』」

 懐からあるだけの免罪符を出し投げる。普通ならこんなことで隙など出来ないが、連中によって改造された『ロウ』ならば一瞬動きが止まる。その一瞬さえあれば煙幕に身を隠すことが出来る。

「『――らせる神炎(ファイア)』」

 放たれる白光が腹部を貫く。だが煙のおかげで威力が落ちている上、本来の狙いからずらす事で致命傷には至らない。そのまま全力で後退し、召喚の動作を完了させる。

「ギギギ」「コォォォォ」「喧嘩なら、派手にやらせてもらうぜ?」

 鈍く輝く鋼の竜。煌々と燃え上がる火の鳥。その二体の間に立つのは、徳利を持った赤い鬼。

「ファフニール、フェニックス、シュテンドウジ!倒さなくていい、時間を稼いでくれ!」

 多数の耐性と『マカラカーン』を持つファフニールに、炎を吸収する回復役のフェニックスと耐久力のある補助使いのシュテンドウジ。時間稼ぎに特化して選んだ面子に後を任せ、本堂へと向かう。

「ちっ、邪魔だ雑魚共がぁ!」

「貴方達に用はありません、消えなさい」

「そいつぁ聞けねぇ相談だな……俺らにだって意地があんだよ!」

 後ろがぶつかる直前、本堂の屋根が爆音とともに弾けた。

◆――――――◇

「っ、二人とも下がってください!」

『『死魔の触手』』

 一瞬。アーリマンが吼え、一本の触手が襲い掛かる。セイバーの声に反応したおかげで、相手より先に体が動いた。セイバーの後ろに衛宮君と一緒に隠れる。

「はぁ!」

 輝く聖剣を振りぬき、セイバーが触手を弾き返す。相当な硬度があるのだろうか、弾いた触手には浅い傷しかついていない。私も残った宝石を投げて攻撃してみたが、触手の勢いすら殺せない。

「セイバー、下だ!」

「なっ、ぐぅ!?」

 床下から新手の触手が飛び出し、セイバーを空中へと打ち上げる。最初の触手に隠して下に潜り込ませてたのだろうか。

受けるがいい(キエナヨ)

「いけない、セイバーが!」

 セイバーへ向けて、アーリマンが腕を振り上げる。さっきの感じからして、あいつの表面はかなりの硬度があるはず。あのまま食らったら鎧を着たセイバーといえど不味い。

「このっ!」

 複数の宝石を起動し顔に向けて投げつける。目くらましくらいにしかならないけど、セイバーが避けるには十分な時間が稼げる。振り下ろされた腕を避けて、セイバーが私達の前に着地する。

『ちぃ、小賢しい真似を……』

「ありがとうございます、凛!」

「セイバー……あいつとやりあってどう感じた?」

 油断無く陣形を整えつつ、セイバーと状況を確認する。少なくとも私からあいつにダメージを与えるのはもう無理だ。衛宮君は私より攻撃能力が劣る以上、頼みの綱はセイバーしか居ない。

「そのままでは刃が通りません。『風王結界』を解除してやっと鎧を削れるくらいです。『風王鉄槌』ならある程度は効くでしょうが、連射できない上に大規模魔術を防ぐのにも必要ですから……せめてあと一手あれば、宝具を解放できるのですが」

 セイバーの感想から今後の戦略を組み立てる。聖剣で切りかかるだけじゃ時間がかかるだけでジリ貧。確実なのは宝具を使うことだけど、そのためには魔力を高めるための時間が必要になる。セイバー一人ならそのくらいの時間は稼げるけど、私と衛宮君を守りながらでは無理。せめてあと一人、アーリマンの攻撃を凌げる人が居れば……

「どう考えても頭数が足りてない……こんなことなら綺礼を連れて来ればよかった」

 眉間を押さえつつ、つい愚痴る。綺礼が居れば攻撃をずらすくらいなら出来たでしょうけど、後方に置いとくならともかく聖杯の前までつれては来れない。終わったときに聖杯を持ってかれそうで信用できなかった。

『……さて、いい加減貴様ら(オマエラ)の相手も飽いてきた』

「っ、いけない!」

 アーリマンがその口を開き、魔力を収束させ始める。虹色に輝く魔力の球は内部で流動し、今にも破裂しそうな様子に見える。一瞬早く、セイバーが全力で魔力を放出する。

『茶番は終わりだ――』

 極彩色の光が、魔力の球から溢れる。激しい衝撃が本堂全体に浸透し、周囲全てを破壊していく。

「ぐっ、ぁぁぁあああああああ!?」

「セイバー!」

 後ろに下がっている私も肌を焼かれるような熱量を感じているのだ、前で防いでいるセイバーには比べ物にならないような熱が注がれているのだろう。

『――『メギドラオン』』

 熱。光。衝撃。それら全てが私の意識を刈り取った。

◆――――――◇

『――他愛ない(ツマンナイ)、この程度とはな』

 本堂は、絶大な衝撃で破壊されていた。天井は跡形も無く消え、壁は低い位置にわずかに残るのみ。防ごうとしたセイバーは残骸の中で気を失っており、満身創痍で息も絶え絶えだ。遠坂凛の姿は見えないが、近くの瓦礫の下から血が染み出している。そのあたりに埋もれているのだろう。

『さあ、幕を引いてやろう(コレデオワリダ)

 アーリマンは腕を振り上げ、セイバーへ目掛け振り下ろし――

「――慎二」

 直前で停止した。衛宮士郎が立ちふさがり、その腕を止めた。本堂の残骸と思われる材木を掲げて防いでいるが、絶対的な力の差からミシミシと悲鳴を上げている。

邪魔だ小僧(ドケヨエミヤ)貴様(オマエ)には何も出来はしない』

「待て、慎二」

 力を込めて潰そうとするが、材木に強化をかけているのか折れそうで折れない。腕の隙間からのぞくその瞳には、確固たる意思と義憤の光が宿っている。

「俺は、俺には納得できない。お前が力を求めている?それはお前の目的じゃないだろ」

『何を言っている?(ボク)は――』

「お前は確かに周りの奴より上に居た。けどそれ自体が目的で、力は重要じゃなかっただろ」

 衛宮士郎の言葉に、腕の圧力が弱まる。割れた面の奥で、間桐慎二の肉体がピクリと動く。

「お前は使える奴を使ってやる側なんだろ?何でおまえ自身に力が必要なんだ?」

(ボク)は……力が――』

「自分を見失うな、慎二!」

 腕を押し上げ、その勢いのまま弾き飛ばす。弾かれた腕は力なく大地へと落ちる。

違う(チガウ)違う(チガウ)違う(チガウ)!』

「違うって言うなら、お前自身の口で言ってみろ!こっちを見て、声に出せ!俺が聞きたいのはこんな怪物の声じゃない、お前自身の言葉だ!」

(ボク)は――ボクは!」

 磔にされた体を震わせて、間桐慎二が顔を上げる。歯を食いしばり、紅に染まった瞳で衛宮士郎を射抜く。その目の端には薄く涙が浮かび、その表情は怯えと嘆きを伝えていた。

「僕は不要なものなんかじゃない、僕を褒めてくれ!僕を認めてくれ!僕はすごいだろう!?僕は優秀だろう!?――僕を……見捨てないでくれぇ!」

 力を求めた根底の理由。恐らく初めて他人に打ち明けるであろう心情。堰を切ったように溢れ出す涙が、脈動する血管の上を滑り落ちる。

「ようやく聞かせてくれたな、慎二」

「――ああ、笑えよ衛宮。まるでガキみたいなこと言ってさ、本当馬鹿みたいだ」

 強い承認欲求が環境と年月によって複雑に歪んでいった結果、他者の上に立つことへの執着へとすり替わっていったこと。それが彼の人格形成に多大な影響を与えていたこと。こんなことを他人に漏らすなんて情けない、そんな感情が慎二の胸中に渦巻く。もう戦う意思が無いことは、両者とも感じていた。

「誰も笑わないさ。お前が無理してまで力を手に入れる必要なんて――」

『ご歓談中悪いがね』

 突如として、本堂に声が響く。それは先ほどまで、慎二の声とともに発せられていた声。すなわち――

「っ、アーリマン!」

『我は一刻も早く全ての英雄を取り込まねばならない。話がしたいのならば後ろのセイバーを置いて別の場所でやってくれ』

「うるさい、お前は黙ってろ!」

『……どうにも、立場というものがわかっていないようだ』

 冷酷に、無機質に呟く。次いで慎二を取り込んでいる肉塊から、黒い人型が現れた。

「なっ!?」

『君は自分が主だと思っているようだが……力の源泉は君に埋め込んだ小聖杯だ。その小聖杯を取り込むには器となる人間が必要だったから、君を利用していたに過ぎない』

「お、お前……」

『既に我が肉体は受肉を果たした……()()()()()()()()

 最後の一言ともに、慎二の首を掴み引っ張りあげる。取り込んでいた肉塊を引きちぎり、あたりに血が撒き散らされる。そのままの勢いで士郎の元に投げた。

「や、やめ――」

「慎二!」

 間一髪のところで慎二を受け止めるが、結果として二人揃って無防備な姿を晒してしまう。

『好きなだけ仲良くするといい……あの世でな!』

 『獣』の背から羽が伸び、魔力を纏って飛翔する。周囲に禍々しい魔力が満ち、『獣』が腕を振り上げた。

『『末世――』

「させぬわ、戯けめ」

 腕を振り下ろそうとした瞬間、『獣』が横合いに吹っ飛ぶ。目を凝らしてみれば、『獣』の近くに青い何かが残像を残しつつ飛び回っているのが見える。

「ああ、御労しや……『メディアラハン』!」

 光が本堂を包み込み、『獣』以外の傷が癒える。空から舞い降りた女性は、透き通るような羽衣を纏った踊り子のような姿をしている。

「おーおー、今度の相手はずいぶんでけぇな」

「貴方は生前から慣れているでしょう?私はサポートに回ります」

 朱色の槍が大きく回り、鎖を鳴らして影が並ぶ。聞き覚えのある声が響き、反射的に士郎と慎二が振り向いた。

「ごめんマスター、僕はすぐに戻らないと」

「十分よアーチャー、手が増えるだけで出来ることは随分多くなるわ」

 いつの間にか凛が立ち上がり、一人の男と言葉を交わしている。傍らの二騎の英霊に凛を預けて、男は左腕の機械から右手を離す。

「それじゃ、任せるよ二人とも」

「任せな」「お任せを……」

 男が飛び去り、残された英霊が武器を構える。呪いの朱槍が『獣』に狙いを定め、石化の魔眼が動きを止める。後方ではセイバーがよろめきながら立ち上がったのが見える。

「ランサーと……」「ライダー!」

 予想外に急転直下で、ただ呆然とするしかない男子組であった。




あとがき

筆が乗ってるような、そうでもないような?
ちなみに慎二ルートではないです。多分。



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