<前書き>

これは、週刊少年マガジンの読み切り版『聲の形』の同人小説です。
出だしから4分の1くらいまでは、原作を硝子視点で振り返っての話にしているつもりです。
それからの4分の3くらいは、もう完全に僕の妄想で展開している話です。
一応、最初から最後まで、硝子が主人公の一人称小説のつもりですが、ちょっと反則なところがあるかも……
まあそれでも、僕としては萌えるポイントも盛り込んでみたつもりの小説なので、
原作が好きな方には、最後まで読んでみてもらえると嬉しいです。宜しくお願いします。





1.

私、西宮硝子は小5の時に耳を悪くした。
後に補聴器を使うようになって、ある程度は音を聞き取れるようにもなったけど、それまでの間は本当に苦労した。
……まあ、いくらかマシになったというだけで、それからも苦労自体は続いているのだけれど。
それはさておき、今にして思えばとにかくタイミングが悪かったのだ、その耳を悪くしてしまった時期は。
父の転勤が決まって、転校する事も決まっていたその時期。
はじめは、両親も私も、このタイミングでの発症は不幸中の幸いだとでも思っていた。
心機一転、新しい環境でやり直していこうと。
……でも、それは大きな間違いだった。
発症がもう少し早ければ。
……だんだん、距離が離れていっただろうクラスメートの態度で、今の自分がどれだけ皆に迷惑をかける存在か自覚を持つ事が出来て。
転校先では、身の程をわきまえて最初から大人しくする事で、後の被害を少しでも減らせたかもしれない。
あるいは、発症がもう少し遅ければ。
……転校先で、ちゃんと級友たちとの関係を確立した後だったなら。同情を誘って、これまた被害を減らせていたかもしれない。

──そういう訳で、そもそも耳が聴こえなくなる事自体が全くついていなかったのだけれど、
そのタイミングも最悪だった事で……私は転校先で、完全にイジメの対象になってしまったのだった。




クラスメートの多分全員が、私の事を嫌っていたと思う。
けれど、その中でも一番苛烈に私を攻撃してきたのは、石田将也という少年だった。
初めは、特にその少年だけが飛び抜けて──という訳ではなかった。
けれど、私が勇気を振り絞って、友人になって欲しいと伝えようとして……
いきなり握手を仕掛けてしまって、手酷く突っぱねられてしまった一件から。
彼は完全に、虐めのリーダーになってしまったようだった。
今にして思えば、彼の気持ちもわかる。
元々私の事は嫌いだった筈で、私は彼に耳を怪我させられてしまった一件の直後で。
……そんなところに、愛想笑いを浮かべて握手をしてくるような人間が、気味悪くない筈はなかったのだ。
ともかく、その時の一件で私の心も完全に折れてしまった。
その頃には、もうすっかり亀のように固まって日々を過ごすようになっていたのだけれど、
それでも内心では、まだかすかに望みをもっていた。
こんな私でも、もしかしたらまだ、また。友達が作れるのではないかと──でも、再出発の望みをかけていたノートを捨てられてしまった、この時に。
そんな淡い期待は、完全に打ち砕かれてしまったのだった。

それからの生活は、とても苦しいものだった。
彼を中心に、毎日毎日続けられる虐め──けれど。私は彼の事が、憎くはなかった。
いや、むしろいくらかの救いを与えてくれていた事に、感謝の気持ちすら抱いていた気がする。
これは、今となってもあまり上手く説明できる気はしないのだけれど……多分、
彼がとても楽しそうだったから、だと思う。
一番苛烈にいじめてくる彼だったけれど、一番邪気がないのも彼だったと思うのだ。
他の人達は、そう直接的に私に手を出してくる訳ではなかった。
けれどその分、いつも蔑んだ目で私を見つめてきて、陰口を叩いていた。
そんな中、直接手を出してくる彼だけが、本当に愉快そうに、笑いながら私に接してきていた。
物凄く好意的な言い方をするなら、幼稚園児がはしゃいでいるかのような、とでもいうか。

少し話が逸れてしまうけど、私の両親は元々優しかった。
でも私が耳を悪くして以来、更に優しくなっていた。
けれどそんな態度は、今の自分がそこまで気を使われなければならない程、駄目な存在だと言われているようで──かえって辛かったりした。

──話を戻して。
そういう訳もあって、今の自分はなんで生きているんだろう、周りに迷惑をかけるばかりの存在なのに──
そんな風に、申し訳なさや絶望で一杯だった私には、虐められるという形であれ、
誰かを喜ばせていられるなら、そこには私の価値もあるのでは──と。
そんな風に思っていたのだ。
……虐められて嬉しいなどと、自分がそんなマゾな人間だとは思いたくないのだけれど。
……ま、まあ、そんな考えを持ってしまうほど、当時の私は追い詰められていただけだと、
そう思うことにしておこう、うん。




そんなある日、突然虐めがなくなった。
……いや、なくなったというのは正しくなくて、矛先が変わっただけの話だった。
何故か突然、虐められる対象は彼へと移り変わっていたのだ。
虐め集団の筆頭だった彼が、どうして突然そんな事になっているのか、
最初はさっぱりわからなかった。
けれど私はもう、クラスでは貝のようにして過ごす事しかできなくなっていたから、
クラスメートに聞くわけにはいかなかった。
……そもそも、直接的な虐めがなくなっただけで、私を無視するような空気は継続していた事もあったし。
それで自分一人で考え続けて、やがて答えにたどり着いた。
両親が、学校に何かしら働きかけた結果なのではないかと。
イジメにあっているなんて事は、両親には隠していたつもりだったのだけれど、
なんども補聴器を壊したり無くしたりしていれば、流石に気付かれない筈もなかったのだ。
もうバレてしまっているならと、両親に詳しい話を聞いて、彼一人が悪者にされていた事実を知った。
最初は、慌てて否定しようとした。──けれど、それはすぐに思いとどまった。
その頃には私も、子供達の残酷さは良く理解出来ていた。
真実を訴えたところで、事態が好転するとは思えなかった。
むしろ、より酷い事態を招くような気がして──結局、口を噤んだ。
けれど、彼への罪悪感は膨らんでいく一方だった。
そんなつもりはなかったのだけれど、結果的に私の身代わりに
彼は虐められているようなものではないか──そんな風に私には思えたからだった。
こそこそと縮こまってばかりの私に出来ることは殆どなかったけれど、
せめてもの償いにと、毎日酷い落書きで汚される彼の机を、
誰よりも早く登校して綺麗にしたりと努めていた。
……それでも、やっぱり罪悪感は少しも拭うことは出来ず、更に膨らんでいっていた。
何故なら──私はその状況に、またかすかに希望を持つようになっていたのだ。
同じ虐められている者同士なら、
友達になれるのではないかと──今度こそ、友達が出来るのではないかと。
彼が酷い目に遭っているというのに、そんな利己的な考えが私の中には芽生えていて。
そんな醜い自分に、私は嫌悪感と罪悪感を膨らませていたのだった。

……けれど、彼はそんな醜悪な私の思い通りになどならなかった。
ある日、手酷い暴力を受けたのか、
ボロボロな様子で床に転がる彼の顔を拭おうとしていた私に、彼は笑うどころか蹴りを見舞ってきた。
……見方によっては、彼は私に八つ当たりをしてきたといえるかもしれない。
でも、私はそうではないと思っている。彼は私が思っていたより強かったのだ。
そう思える理由は……いや、今はそれはいい。
ともかく、彼は虐められたからといって、安易に他の人間に縋ろうとする人間ではなかった。
私のような、卑屈に愛想笑いを浮かべる人間におもねるなんて真似は、潔しとしない人間だったのだ。
……まあ、その時の私は、そこまで理解していた訳ではない。
その瞬間の私は、ささやかなれど親切にしたつもりが蹴りで応えられ、
抱いていた小さな望みも、彼には叶えてもらえないと理解して──とうとう、キレてしまった。
気がついたら、彼のことを殴っていた。
口喧嘩さえ殆ど経験のなかった私が、誰かに暴力を振るったのなんて、後にも先にも彼に対してだけだ。
そうして、先生に止められるまでの間、彼と取っ組み合いを続けていたのだけれど。

……それにしても彼、見た目や態度の割に、喧嘩は弱かったんだな。
女子である私と、殆ど互角だった気がするのだけれど……




その後しばらくして、両親が言うままに私は転校した。
彼の机を綺麗にする "せめてもの罪滅ぼし" は、転校する時まで続けていたけれど。
結局、最後まで、彼とまともに話す事はなかった。




それから暫くの間は、それなりに穏やかな日々だった。
私はもう目立たなく過ごす事を覚えていたし、
両親が新しい学校には随分と釘をさしてくれていたのか、教師たちも随分と気を遣ってくれて、
……まあ、教師達にやたら気を遣われる私に、みんな内心面白くなかっただろうとは思うけれど。
ともかく、以前のように直接的なちょっかいを出される事はないし、聞えよがしの悪口も聞かなくなっていた。

中学になると、随分と楽しい事が増えた。
ネット環境を与えてもらえたからだ。
メールなどを通じてやり取りする分には、私も人と同じように出来る。
こういう障害を負ってからは、必然的に娯楽といえば読書ばかりになっていたのだけれど、
大好きな本や作家さんについて、人と語り合えたりする日々は、
久しぶりに家族以外の人と深く関わりあえる事もあって、とても楽しかった。
……その分、学校生活に関しては、より窮屈に感じるようにもなっていったけれど。
学校ではとにかく空気のように存在感を消して、暇さえあればいつも本を読んで過ごしていくばかりになっていた。




その日は、本当に驚いた。
高校に入って、間もない頃だった。
突然、私の腕を掴んできた少年がいたのだ。
三重の意味で驚かされる事だった。
感覚に障害を持つ人間にとっては、いきなりの接触など非常に心臓に悪い事なのだ。
加えて、あの転校以来、基本的に腫れ物扱いばかりで
校内では誰かに触れられる事などずっとなかった私にとっては、いきなり接触してくる人間がいた事にも驚かされて。
──最後に、その相手があの石田将也という少年だった事に、もう唖然とする事しか出来なかった。
……ああいや、もう1つ、いや2つ驚かされる事が続いたんだった。
その彼が、手話で話しかけてきたのだ。
それも、『自分たちは友達になれるだろうか』なんて。
まるで予想だにしていなかった事があまりにも続いて、しばらく呆けてしまったけれど。
学校での友人なんて、もうずっと憧れるだけの、本当に飢えていた存在だったのだ。
我に返ると、慌てて彼の手を握った。
──すぐに振りほどかれてしまった。何やら赤い顔をして喚いてもきた。
なんだというのだろう。
「友人になろう」と言ってきてくれたのはそちらなのに。
……暫く会わない内に、彼は少しばかり不可解な人間になってしまったのだろうか?




2.

その後、図書室の一角──図書室の中でも特に人目につきにくいところで、
半ば私の専用席になりつつあった──へと場所を移して、彼と色々な話をした。

「だからだなァ、そういうんじゃなくて、オレはてめぇに借りをだな……」
詳しく話を聞いてみると、どうやら彼としては『とりあえず "借り" とやらを返したいだけ』という事のようだった。
──正直、がっかりした。
ようやく、本当に漸く、また身近に友人が出来ると思ったのに。
失意のまま俯いてしまったところで、慌てて彼が話しかけてきた。
「おいっ、勘違いすんなよ!! 別にテメーが嫌いっつってる訳じゃねーんだよ、
ダチってんなら、片方にでっかい借りが出来てんのはおかしーだろ?
まずは、きちんと借りを精算してからでねーと、ってオレが言いたいのはそういう事なんだよ」
そう言われても、そもそも彼が言うところの "借り" というのが、何の事なのか私にはさっぱりわからなかった。
なので、素直にそう尋ねたところ、
「……とぼけてんのか……? だってオレがお前にしたコトといえば……」
手酷く虐めたこと。
自分が虐められるようになってからは、ずっと机を綺麗にしてくれていたりした事。
更には介抱までしてくれたのに、厳しく突っぱねた事。
彼はそういった事を挙げてきたのだけれど、
──別に気にしていない。貴方の態度に、救われていた部分がなかった訳でもないの。
──あれは、せめてもの罪滅ぼしでやっていた事でもあるし。
──私だって、あの時にはしっかり殴り返したのだから。
そんな風に答えると、彼は大きく溜息をついた。
「んな訳にもいかねーよ。
……オレがダメにしちまった補聴器だって、弁償しなきゃなんだからな……」
彼は、今バイトを始めているとも言ってきた。
「7桁もの金額、いつになったら用意できるかわからないけどな──」
そんな風にも言ってきたけれど、
彼が思っていた以上に責任を感じていた事を漸く理解して、私は慌ててしまった。
確かに何個も買い換える羽目になったけれど、保険などで賄えた部分も大きいのだ。
だからそこまで気に病むような事ではないと必死に伝えたのだけれど、
「そうは言っても、全額ってワケでもねーんだろ?」
それは……確かにそうだったのだけれど。
とにかく、私の両親も、そんな事は望まないと思う。
父も母も、とても穏やかで優しい人なのだから──そう伝えたのだが、
「まあそうかもな……テメーみてーな人間を育ててたってんだから、そりゃあ親も相当な筋金入りなんだろーけど。
でもこれは、オレなりのケジメの問題だからよ……」
彼は軽く俯いて、やっぱり私の言葉に納得はしてくれなくて。
私は、改めて狼狽える羽目になった。
あの傍若無人な少年が、まさかこんなに真面目に考えるようになっていたなんて。
外見上は、あの頃のイメージそのままなのに。
目つきは随分とキツイし、制服はだらしなく着崩しているし、
髪型は野菜みたいな名前の、時々金髪になったりする王子様みたいな感じなのに。
そんな不良みたいな外見の少年の、内面とのギャップが不思議で、自然その事を尋ねていた──
──考えていた事を、全部正直に伝えながら。
すると、彼は頬をひくつかせて。
「て、てめー……本当はかなり毒舌だったんだな……やっぱり猫被ってやがったのか……?」
そう言われても、私は疑問を正直に伝えだけで。
それが何故毒舌ということになるのか分からなくて、首を傾げていると、
「……ま、まー、いーか。
オレだって、高校にもなってこういうのがカッコいいとか思ってる訳じゃねーよ。
けど、オレのこの目つきの悪さは、もう生まれつきのモンでどーしよーもねんだよ。
ンな顔で髪型だけまともにしようったって、かえって滑稽なンだよ。
んで、顔と頭がそういうコトになると、もう結局似合う格好ってのは結局こんなモンにしかなんねーんだよ」
彼が溜息を挟んで。
「……まあオレもあの一件以来、あんま人の群れには入っていきたくなくなっちまったしな。
こんな外見でもそこまで不自由はしてねーけどよ」
そんな言葉で締めて、彼が苦笑を浮かべてきた。
その説明で、彼の外見と内面のギャップについては一応納得出来た。
……けれど、それにしても。
『そう言えば、私とケンカした時も。
私と互角だったくらい弱かったものね。本当、外見とのギャップが大きい人だったんだ』
そう伝えて、私が微笑んでみせると、
「ああ!? ふっ、ふざけんな!! ありゃあ女子相手に本気なんか出せなかっただけだっての!!」
彼が大声を上げて、ムキになって身を乗り出してきた。
それに私は、改めて笑ってしまった。
まさか、彼の事をこんな風にからかえる日が来るなんて、本当、夢にも思わなかった。
いつの間にか、声まで出して笑ってしまっていた。
──耳を悪くして以来、家族以外の健常者の前でそんな真似をするなんて、初めての事だった。
そうして私が身体を震わせている間、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていたけれど、
「おい西宮っ、いい加減にしねーと、マジでこっちはキレんぞ?」
そろそろ彼の我慢が限界を迎えそうだったので、どうにか笑いを引っ込めて、
『私のことは、"西宮" じゃなくて "ショーコ" と呼んで欲しい』
そう伝えた。途端、
「はっはああ!? なっなんだそりゃ!? ナンでそんなコト……!!」
彼が大袈裟に狼狽えた。何故彼がそんな反応をするのかはわからなかったが、
理由を尋ねられたのだから、とりあえずは答えた。
──"西宮" よりも、"ショーコ" という発音の方が、私にはわかりやすい。
──家族もそう呼んできていて、それを聞き慣れているのだから尚更だ。
そう説明すると、彼はまたしかめっ面を浮かべてしまった。
「……言われてみりゃあ納得は出来ンだけどよ……にしたってだなァ……やっぱテメー、天然だったんだな……」
その言葉の最後の方は、早口だったせいで、今ひとつ読み取れなかった。
暫くの間、彼は唸ったり髪をかきむしったりしていたが、
「わーった、わかったヨォ!! ショーコだな、リョーカイだよショーコ!!」
やがて、ついには大声で私の名を呼んでくれた。
私はまた笑顔になって、
「よろしく、ショーヤ」
そう、手話ではなく口に出してみせた。
──殴られた。
何故いきなり殴られたのかさっぱり分からなかったから、頭を押さえて彼を睨んだのだけれど、
「なっ何調子に乗ってんだァ!? こっちは名前呼びなんて許可してねーだろォ!!」
真っ赤な顔の彼が、随分大きな声で捲したててきた。
早口で喋られては、私には言葉を読み取る事も出来ない。首を傾げてみせると、
「……テメェ。ホントはわかってて、こっちをおちょくってんだろォ……?」
声は幾分静かになっていたが、そのヒクつく顔からすると、怒りは増しているようだった。
何故、こんなに彼は怒っているんだろう。
……もしかして、私の歪な発音で名前を呼ばれた事が、そんなに不快だったのだろうか?
彼との会話が楽しくて、つい調子に乗ってしまっていたのかもしれない。
とにかく、彼を不快にさせてしまったというのなら、謝らない訳にはいかなかった。
『ごめんなさい。怒らせるつもりはなかったの。
ただ、私には "イシダ" よりも "ショーヤ" のほうがまだまともに発音が出来ると思って……
……でも、やっぱり私の変な声で名前を呼ばれるなんて不愉快だよね……』
謝っている内に、なんだか気分も落ちこんできた。半ば俯きかけていたら、
「だっ、だからァ!! そういうこっちゃねーんだよっ、なんでテメーはそう……!!
ああもう、これならおちょくってきてるだけって方がよっぽどマシだぜ。
こんな天然相手に、どうしろってんだよォ!!」
慌てふためきながら、否定してきて。
……といっても、何が『そういうことじゃない』のか、私にはさっぱりわからなかったのだけれど。
ともかく、最終的には私が名前を呼ぶ事も許可してくれた。
……けれど、さっきの彼の反応を思えば、
『無理してるんでしょう? 私に気を使ってるだけなんでしょう?』
そんな不安が拭い去れないのは当然の事だった。だから、彼にも改めてそう確認したのだけれど、
「いっいや、ホントにいーってんだよ!! ショーヤにショーコ!!
似た名前同士、ナンも遠慮なんかするこたァなかったんだからな、ハハハハハ!! ……ハハ……」
そう言って、笑ってもくれたので、ようやく安心できた。

……それにしても。
さっきからの彼の、落ち着きのない、二転三転する言動。
改めて思う。
やっぱり、彼はちょっと……いやかなり? 変な少年になってしまったと思う。




「……お前。友達はいねーのかよ?」
彼と再会してから、一週間ほど経った頃だった。
お昼休み、私がいつものように、人気のない空き教室で昼食をとっていると、そこへやってきた彼に話しかけられた。
「時々様子を見てたんだけどよ……お前、本読んでばっかでいっつも一人だよな」
彼の言う通りだった。
私は校内に彼以外の友人は持っていないし、学校ではいつも本の世界へと逃げていた。
「……まさか、また虐められてたりすんのか……?」
心配そうな顔で彼が尋ねてきたので、それは慌てて首を振って否定した。
今では、昔のような虐めに遭うことなんてない。
それでも、腫れ物扱いではあったけれど。
……けれど、こうして一人でいる事こそが、多分ベストなのだ。
下手に頑張ろうとしても……また、あの時の二の舞にしかならないだろうから。
そんな風に、あの頃の事を思い出して俯いていたら、
「……お前がそんな風に壁つくるようになっちまったのはオレのせいなんだよな……
オレにどうこう言える資格はねーのか……」
彼の小さな声に、私が顔を上げると。
彼は、私の前の席の椅子に跨ぐように腰掛けて、自分の分の弁当も私が使っている机の上に広げてきた。
「とりあえず、これからは昼飯、オレが付き合う。……いやか?」
ブンブンと、さっき以上に大きく、首を左右に振った。
学校で誰かと一緒に食事なんて、本当に久しぶりの事だった。
嬉しさのあまり、感謝や喜びの言葉を凄い高速で伝えて見せたら、
「わ、わかったわかった……ちょっと落ち着けよ。
そんな速いの、今度はオレが読み取れねーよ。
そんなんしなくても、お前のその大げさなツラ見れば気持ちはわかるっつーの」
彼に苦笑されてしまったりもした。
──ただ、その彼の笑みには、満足気な色と、
でも同時に申し訳なさそうな色も滲んでいたような気がしたけれど、それは何故なんだろう……?




そうして、彼と一緒に昼食を食べ始めて間もなく、
『あ。友達の話だけど、学校の外に出れば一杯いるの。だから心配しないでね』
彼がここへやってきた時の、第一声だった質問に今更ながら答えた。
『ネットを通じての人ばかりだけどね。でも、ネットだったら私のハンデもあんまり関係ないから』
「ネット、ねぇ……歳も性別もわかんねーような相手ばっかってコトか?
リアルではいねーのかよ? 同い年くらいの、さ」
『一人だけどいるよ。同じような障害がある人達との交流会で知り合ったんだけど、1つ歳上の──』
「それって男か?」
突然割りこまれて、面食らった。
その人は女子だったのだけれど、それがどうかしたのだろうか。
なんだか気になったので、素直に尋ねてもみた。
すると彼は、何故か「うっ」と息を呑んで。
「……いや。そのだな。
もしお前に彼氏とかいんなら、オレみたいな男がつきまとうのはマズイんじゃねーかと思ったんだよ」
思ってもみなかった言葉に、私は大いに慌てた。
私に彼氏なんて。私にそんな風に寄ってくる男の子なんている筈ないと、ワタワタと伝えて見せると、
「ふーん……」と彼は呟いて。そっぽを向くと、
「お前、随分とカワイイ顔してるとは思うんだけどな……」
小声で、そんな言葉を口にした。
……多分、彼は小声で、しかも横顔を向けながらの言葉なら読み取られる筈はないとでも思っていたのだろう。
でも、その時の彼の言葉は、何故か読み取る事が出来てしまった。
……ただ。彼からのそんな言葉なんて、それこそ予想外だった私の理解が追いつく前に、
彼は顔をこちらに戻すと、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「まあ、確かにお前の耳のコト知っても口説こうなんて、そんな男そうそういるわきゃねーか?」
彼の言動の厳しさなんて、小学校の頃に散々思い知らされていた筈だった。
あの頃のそれに比べたら、今の言葉なんて、全然可愛いもので。
悪意なんてなくて、ただ私をちょっとばかりからかってやろう、その程度のものだろう事もわかっていたのに。
……何故か、その彼の言葉は、やけに胸に痛かった。




それからは、彼は昼休み以外でもちょくちょく私の元へと来るようになっていた。
そして、私の近くの席の女子へと話しかけては、私にも話を振って──つまり、通訳のような真似を始めたのだった。
そんな事をしてくれる必要はないのに。もうあの頃とは違うのだ。
もし普通の人に、どうしても話がある場合は、今の私はケータイを使う。
ケータイで文字を打って見せるほうが、手書きよりよほど早い。紙を無駄に使う事もない。
だから、彼が通訳なんて頑張ってくれる必要はないのに。
……そう、そんな必要はないのだ。
そもそも、私はもう。
まともに会話を交わせない人とは、深く関わる気はないのだから──

……まあ彼としては、そんな風に
『自分が間に入る事で少しでも他人とのコミュニケーションをとらせよう』
とでも考えていたのだろうけれど、結果的にその目論見はまるで上手くいかなかった。
腫れ物扱いな私と、不良っぽい外見でぶっきらぼうな少年のコンビ。
……そんな存在、ますます普通の女子は遠ざかろうとするに決まっていたのだ。
『西宮さんをもし傷つけたりしたら、あの怖そうな少年が報復してくるのでは』
女子たちはそんな風に思ってしまったようで、結局更に私とクラスメートの距離は離れてしまったのだった。

後でその事に気付いた彼は、随分と凹んでいた。
けれど、私としては全然不満なんてなかった。むしろ嬉しい事だった。
結局、この件に関しても彼は責任を感じたのか、
『どうせこうなっちまったんなら』
と開き直って、より長い時間私の傍にいてくれるようになったからだ。
今までは、校内では本の世界に逃げ続ける事しか出来なかったけれど、
一人だけとはいえ、学校でも人とたくさん触れ合えるようになったのだ。
その事を、私は無邪気に喜んでいた。

……そう、この時はまだ。単純に、ただ喜んでいたのだ。






3.

一学期の中間考査が終わると、私たちの学校ではすぐに文化祭が控えている。
高校生活初の本格的な試験が終わって、開放的な気分になっているところで始める、
これまた高校生活初めてのお祭を迎える準備に、皆は浮かれているようだった。
……勿論、私を除いて、という事なのだけれども……

私たちのクラスは、ベニヤ板を何枚も使用しての、巨大な絵を出し物にしようという事になった。
クラスメートの中には複数の美術部員がいて、しかもその中の一人は中学の時にコンクールで
入賞経験もあったという事が決め手だった。
その彼女が中心となって、皆が和気藹々と作業を進める中、私は徹底して裏方を務めるつもりでいた。
買い出しなどの、皆に迷惑をかける可能性が極端に少なくて、
……そして何より、皆の輪の中から外れていられる作業。そういった事だけをやるつもりでいた。
けれど、彼がそんな事は許してくれなかった。
自分のクラスの事はそっちのけで、ずっと私のクラスにばかり顔を出し続けながら、
私を皆の輪の中に無理やり押し込もうとしてきたのだ。

(なんでも、『どうせあっちのクラスにもオレの居場所はねーんだから、気にすんな』だそうで……
……だったら、私に構いすぎるより、まず自分の心配をすればいいのに、などと、
目論見を壊されてしまった私は恩知らずにも、ついそんな事を思っていた)

女子にこそ恐れられ、避けられていた彼だったけれど、男子たちにはそこまででもなかった。
それで彼は、女子の事は諦めて、私を男子たちのグループに押し込もうとしてきて。
それに私が、
『男子たちの中に放り込まれるのは、いくらなんでも居心地が悪いよ』
と彼に訴えのだけれど、
「ちゃんとオレがついててやっから。一緒に頑張ってみよーぜ」
そんな風にしか答えてくれなかった。

そういう無茶は、どうせ空回りに終わって、結局お互いに痛い思いをするだけなのに。
その事は、小学生の時に痛いほど思い知っていた私だったから、正直、ありがた迷惑だと思っていた。
けれど、彼が私の為に頑張ろうとしてくれている事だと思うと……どうしても、突っぱねる事は出来なくて。
結局、彼の言うことに従ってしまっていた。
……それは、やっぱり大間違いだった。




いよいよ文化祭の日が近づいてきて、けれど、いくらかの余裕を持って完成させられそうだったイラスト。
それは絵の事なんてよくわからない私でも、思わず溜息が出そうな程の出来で、
その時の私は、現金な事に、この絵に関われた事に満足を覚えてしまっていた。
彼以外の人間とは、相変わらず大したコミュニケーションはとれなかったけれど、
それでもずっと一緒に作業をしてきた数人とは、笑顔でいくらかのやり取りも出来るようになっていて。
……そんな風に、浮かれていたのがまずかったのだろう。
彼とて、四六時中私についていてくれてる訳ではなかったのに、
その時、彼は私の傍についていてくれなかったというのに、完全に油断してしまっていた。
恐らく、静止しようとしてくれていた誰かの声を聞き逃したらしい私は──気がつけば、ペンキの缶を蹴倒していて。
……完成間近だったイラストへと、大量にペンキを零してしまっていた。
あっという間に、室内のあちこちから響きわたってくる悲鳴。
耳が悪い私でもわかってしまう、わかりすぎてしまう程の痛々しい悲鳴。
ただ凍り付いているばかりの私の眼下で、慌てて缶を起こす生徒や、少しでも被害を食い止めようとする生徒、
そんなクラスメート達を、真っ白になった頭のままで見下ろしていた私は、突然突き飛ばされて。
尻餅をついた。
何やら金切り声らしき音も聞こえてきて、その音の出所を見上げた。
私を突き飛ばしてきた人物でもある、その女子は──今回の作業でのリーダーである、美術部の女子だった。
その両隣にも、美術部の子が立っていて。
三人の美術部員が、すごい剣幕で何かを捲し立てて来ていた。
──彼女たちの怒りは当然だった。
みんな一丸となって進めていた描画だけれど、その中でもこの三人の女子は、特に精力的に作業に努めていたのだ。
そしてその甲斐あって、素晴らしい作品が出来上がるところだったというのに、
私は注意の声すら無視した挙句、全て台無しにしてしまったのだから──

多分、私の顔は蒼白になっていたと思う。
せめて、謝罪の一言だけでも口にするべきだったのに、
普通の人に対して口を開く事に、私はもう完全にトラウマが出来ていたせいで、それすらも出来なくて。
だからといって、こんな時にケータイを開いてメールを打ってみせるなんて、
それもまた失礼なのではないかとも思えて──完全に金縛りにあっていた。
けれど、そうして何のリアクションも起こさない私に、彼女たちの怒りはますます膨れ上がっていったようだった。
リーダーの子が、ついには手を振り上げて、へたり込んだままの私へと振り下ろしてきて────その手は、
けれど私の顔に打ち下ろされる事はなかった。
その手は、突然飛び込んできた、彼の顔へと命中していた。
慌てて飛び込んできたせいか、体勢が崩れていた彼は、叩かれた勢いもあって床へと倒れこんだ。
彼女たちが、一瞬怯んだ。
女子たちにとっては、未だに彼は怖い存在だった。
そんな彼を引っぱたいてしまって、しかもその彼が、身体を起こしながら彼女たちを
じっと見上げていたものだから、彼女たちは怯えてしまったのだろう。
彼の顔を見慣れている私には、彼が申し訳なさそうに眉をひそめていたのがわかったのだけれど、
彼女たちは睨みつけられているとでも感じたのか、後じさりをしていた。
それでも、さすがに今は恐怖より怒りのほうが上回ったのだろう、
今度は、彼へ向けて彼女たちは喚き始めていた。
彼は床に腰を落としたまま、黙ってそれを受け止め続けていたけれど、やがて彼女たちの声が一段落したところで、
「……本当に、悪かった」
一言二言口にして、一旦腰を軽く上げて──床へと正座した。
「お前らの怒りは、最もだと思う。怒って当たり前だと思うけど、
でも、そんな風に集団でコイツを責めるのは、なんとか勘弁してくれねーか」
彼女たちが、また何かを叫ぶ。
けれど、もう彼の横顔して見ていない私には、彼女たちの声は相変わらず分からなかった。
「ずっとこのクラスに入り浸ってたから、ちゃんとわかってる。
お前らは、すげーいいヤツらだ。
そんなお前らだから、よってたかって一人の女子を……なんてマネ、後で絶対後悔する。
オレにはわかる。オレみてーな人間でも、後悔するハメになったんだからな。
……だから、お前らみたいな人間なら、後悔しねーハズはないから。頼む……」
彼が、膝の上に置いていた拳を広げて、床へとつくと。
──頭を下げた。
「お前らの言う通り、元々悪いのはオレだよ。だから気が済むまで、オレの事は殴ってくれていーからよ。
コイツの事は、許してやってくれよ……」

その時の彼の言葉を、私は全部聞き取れた訳ではなかった。
それでも、彼のあまりにも過剰な私への庇いように、ようやく理解した事があった。
……私は、ずっと勘違いしていたのだという事を。




最終的には、イラストはどうにか完成させる事が出来た。
彼らが教師に頼み込んで、本来禁止されている、学校への泊まり込みでの作業が認められたお陰だった。
──まあそんな特例が認められたのは、私が起こしたトラブルのせい、という理由も大きかったのだろうけれど。
私の扱いに関しては、学校はいつだって随分と気を揉んでいるのだから。

そうしてイラストが完成した、文化祭の前日。
美術部の三人が、揃って私へと頭を下げてきた。
当然、私は大いに慌てた。悪いのはこちらなのに、彼女たちに頭を下げられては立つ瀬がない。
すぐに彼女たちの頭を上げさせて、こちらも謝罪の言葉を伝えて、
でも彼女たちに手話が伝わる筈もない事に、戸惑う彼女たちの表情を見てから漸く気づいて、
メールを打とうとケータイを取り出したら、慌てすぎていたせいか、
わたわたとケータイをお手玉する羽目になって、結局取りこぼして、
しかも蹴飛ばしてしまったそれを、またまた慌てて追いかけていたら──後ろから、笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、
「ご、ごめんなさい西宮さん。笑ったりして……でも、そんなに慌てないで。
もう、西宮さんの気持ち、私達にもわかったから」
距離を詰めてきたリーダーの子が、私の手を握ってきて。
後の二人が、私のケータイを拾うと手渡してきてくれた。
「あの時は、本当にごめんなさい。
……イラストが無事完成したからって、手の平返すみたいにこんな事を言うのは現金だと思うけど。
でも本当、石田くんが止めてくれてよかった……」
はにかんだように、そう口にするクラスメート。
……けれど、あの時に思い知らされた事を改めて思い出して、私は内心、落ち込んだ。
「それにしても石田くんって、思ってたのと全然違う人だったんだね。
あの時の彼、すごく格好良かった。
あんな風に守ってもらえる西宮さん、ちょっと羨ましいな」
そんな風に言われたけれど。
でも、あの時に気付いた真実は──私には、全く嬉しくなどない事実だった。
いや、あんな風に私を全力で庇って、私の為に謝ってくれたりもした彼に、感謝の気持ちは勿論ある。
……けれど。
あの時の彼の言動で、自分が勘違いしていた事に気付いてしまった私は……やっぱり苦しかった。

彼は、結局のところ罪悪感からの、罪滅ぼしの為に私の傍にいてくれているのだと。
再会したあの日、彼は、はっきりと──私にそう伝えていたというのに、
私は呑気にも友達が出来たなどと……ずっと、とんでもない勘違いをしていたのだと。

ようやく気付いたその真実に、私は酷く惨めな気分になっていたのだった。






4.

文化祭から三日後のお昼休み。
私は、またパニックに陥っていた──あの、ペンキを零してしまった一件に匹敵するぐらい。
いや、大勢の人に迷惑をかけてしまったあの一件と同列にするのはどうかと思うけれども、
でも正直、私の混乱具合が頂点に達してしまうのも、無理はないと思うのだ。

──だって、この私が、男子に告白されるなんて。そんな、あり得る筈のない事態を迎えたのだから。

その日の昼休み、私がいつものように空き教室を訪れて、彼の到着を待っている間、本を読んでいた時の事だった。
ドアが開く音に振り返ったのだけれど、そこに立っていたのは彼ではなく、
クラスメートの──イラスト制作中、ずっと一緒のグループにいた、一人の男子だった。
ここに彼以外の人が現れるなんて初めての事で、戸惑っている内に、その男子はズカズカと室内へと入ってきた。
何やら緊張した様子の、赤い顔をしている少年が、どんどん私へと近づいてくる。
なんだか怖くなって、私が立ち上がったところで、ピタリとその男子は足を止めると。
いきなりケータイを突き出してきた。何事かと、その画面を見てみると──

『西宮さんと一緒に絵を描いている間に、西宮さんの事を好きになりました。付き合ってください』

──目が点になる、というのは、この時の私の状態を指すのではないだろうか。
私が完全に固まっていると、そのクラスメートは動かない空気に居た堪れなくなったのか、
突然身を翻すと、あっという間に教室を駆け去ってしまった。
一人残された私は、それでも暫くの間、呆然と立ち尽くして。
やがて席へと戻ったけれど、頭は真っ白なままで、結局昼食をとる事も忘れさっていて。

その日のお昼休み、彼は私の元へとやって来なかった。
……彼と一緒に昼食を摂り始めて以来、そんな事は初めてだった。




放課後になるや否や、私は急いで彼のクラスを訪れた。
帰り支度をしていた彼の腕を引っ掴んで、ぐいぐいと引っ張って。
他に人がいたところで、私と彼の会話を聞かれる事はない。
それはわかっていても、これからする話に関しては、完全に人目がない所でやりたかったから、屋上へと場所を移すと。
今日の昼休みに起きた、衝撃的な事件を彼へと明かした。
「ああ、知ってるよ」
……けれど、彼の反応はそっけないもので、
「事前に、あいつから聞いてたからな……あいつァいいヤツだし、いいんじゃないか? 付き合ってみても」
ガンッ、と頭を強く殴られたような気分だった。
その衝撃で、この瞬間には気付けなかった事だけれど。
彼のその言葉にそんなに強いショックを受けたという事は、
私は、彼が反対してくれるとでも思っていたのか、或いは反対して欲しかったのか、それともその両方だったのか──
ともあれ、目を見開くばかりで何も言えなくなっている私へと、
「これからはオレ、お前との距離をとろうと思ってんだよな」
俯きがちな彼は、そんな追い打ちをかけてきた。
「……こないだの事は、本当に悪かったな。
元々はお前、イヤがってたってのにオレがゴリ押ししたせいであんなコトになっちまってよ……
……まあ結果的には、お前に惚れる男が出来たりしたんだから、悪いコトばっかじゃなかったのかもだけどよ、
やっぱオレみてーなのが傍にいても、お前の為には、ならなそーだわ。
……アイツと付き合うようになるってんなら、尚更な」

──なに、一体何の話をしているの。
──私はそんな事望んでいないのに。
──私はこれからも、貴方と一緒に。

言いたい事はいくらでもあった筈なのに、
彼からの、ショックな言葉を立て続けにぶつけられた私は、完全に飽和してしまっていた。
そうして私が何も言えないでいる内に、彼は立ち去ってしまって。

──それ以来、彼とは食事どころか、会話を交わす事さえなくなってしまったのだった。





5.

──結局、私は告白してきた男子と付き合うなんて事にはならなかった。
別に、私がお断りした訳ではない。
向こうが、勝手に引いていってしまったのだ。
屋上での話以来、彼は本当に私から離れてしまっていって、
私がその事にまだ気持ちの整理がついておらず、落ちこんでいた時の事だった。
例の男子が私の元へやってくると、
『ごめん。返事はもういいよ。なんかオレが余計な事言ったせいで、変な風になっちゃったみたいで、本当にごめん』
そう伝えてきて、それでこの話は終わりだった。
正直、有難かった。
何故なら、その男子の好意に応えるような気持ちには、まるでなれなかったからだ。

……けれど、彼との仲は、もう元には戻らなかった。
別に、彼に無視されているという訳ではない。会えば、挨拶くらいは交わしてくれる。
……でも、それだけだった。
文化祭の準備を通して、彼はこちらのクラスの男子とはそれなりに交友が結べたようで、
相変わらずしょっちゅう私のクラスへとやってきては、その男子たちと共に過ごしていた。
……なのに、私の傍にはもう、全然近づいて来てはくれなくて。
寂しかった。

それで時々、彼の様子を伺っていたのだけれど、そうすると目が合う事が良くあった。
それで、彼がまだ私の事を気にかけてくれている事、
私の自立を期待して、あえて距離をとっている事は、なんとなく理解出来た。
──いっそ、わざと何かトラブルを起こしてやろうかとも思った。
そうすれば、彼はまた私を助けてくれる。
私には自立など出来ないと、一人ではどうにもならないと分かれば、
またずっと、私の傍にいてくれるようになるのでは──と。
そんな、身勝手で醜い考えも浮かんだ。

……だって、寂しかったのだ。
罪悪感でもなんでもいい、惨めな気分になろうとなんだろうと、
それでも彼が傍にいてくれない事の方が、よほど辛かった。
それが本音だったのだ。

けれど、勿論そんな事は実行出来なかった。
だって、ようやく彼は、私から解放されようとしているのだ。
私に構ってばかりいるせいで、人付き合いが出来ないでいた彼が、今では幾人もの人たちと談笑出来ている。
そうだ、いつまでも私に縛り付けてなんている訳にはいかない。
これでよかったんだ。
耳を悪くして以来、私は耐えることには慣れっこの筈じゃないか。
一時とはいえ、また学校で友達が出来たという夢を見させてもらえただけでも、十分じゃないか。
だから、もう──と。
そんな風に、気持ちの整理をつけたつもりでいた、ある日の事だった。
お昼休み、私が昼食を終えて、教室へと戻ってきた時。
彼が、例の美術部のリーダーだったコと手を握り合って、何やら笑い合っている光景が私の目に飛び込んできた。
──別に、おかしな事はなかった。
文化祭の時の一件は、女子達から彼への誤解を完全に解いていた筈なのだから、
彼が女子と一緒に笑っていたところで、何もおかしな事はない筈だったのに。
彼の手が、女子の手と繋がれているのを見てしまった時──私は。
一瞬頭が真っ白になって、次に、一気に灼熱の感情に支配されていた。
気がつけば、小走りに彼のところへと駆け寄っていて、
彼がこちらに気付いて振り返った瞬間に、思いっきり平手を見舞っていた。
机に腰掛けていた彼が、滑り落ちて床へと尻餅をついて。
あちこちからの談笑で騒がしかった筈の教室が、一瞬で静寂に包まれた。
その静寂の中、
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
私の金切り声が、室内に響き渡った。
何と叫んだのかは、後になっても思い出せなかった。
ただでさえ発音の覚束ない私が、ただ感情のままに叫んでしまったのだから、相当な奇声だったのだろうけれど。
その時の私には、そんな奇声をみんなに聞かれてしまった事も、注目を浴びてしまっている事もどうでもよかった。
ただ、床に座り込んだままの彼の事で、頭が一杯だった。
その彼は、叩かれた頬を抑えて、唖然とした表情で私を見上げてきていた。
当たり前だった。
彼には、今、私に叩かれる理由なんて何もなかったのだから。
それでも、私のこの灼熱の怒りが、彼にはまるでわかってもらえていないという事実に、
怒りは、悲しみへと変換されていった。
一気に涙が溢れそうになって、慌てて身を翻すと、教室を飛び出した。
どこへ行こうと考えていた訳でもない、ただこの時は、とにかく誰もいないところへ行きたくて、
必死に廊下を駆けている最中、突然腕を掴まれた。
「おいっ、一体どうしたってんだよ!!」
振り返らなくても、彼だとわかった。
「何だ、何かあったのか!? なんでお前泣いてんだよ!!」
私を追ってきてくれた。それも、私からの理不尽な仕打ちにも関わらず、私の事を心配してくれてもいた。
その事に、全身を支配していた悲しみが薄れて。彼の方へと体ごと振り返った。
『……ごめんなさい。何でもないの。いきなり叩いてしまったりして、本当にごめんなさい』
「何でもないワケねーだろ? よっぽどのコトでもなきゃ、お前が……」
──暴力をふるったり、人前で大声を出したりする筈はないだろう。
彼がそんな疑問を抱くのも仕方なかった。
それでも、本当に何と説明していいのかわからなかった。
自分でも、何がそんなに腹立たしくて、悲しかったのか、さっぱりわからなかったのだから。
けれど、彼には酷い迷惑をかけてしまったのだ、とにかく何かしら説明するしかなかった。
『本当に、自分でもよくわからないの。
ただ、貴方が女の子と手を繋いで笑っているところを見たら、急にすごく腹がたってしまったの』
「はあ? なんだよそりゃ……って、え!!?」
一瞬怪訝な顔を浮かべた彼だったけれど、突然、何かに驚いて。
「ちょ、ちょっと待てよ……いや……ええ!!?」
何やら狼狽えだした彼が、口元を手で押さえて。軽く俯いて、何かをつぶやき始めた。
口を隠されての小声となると、私にはもう何もわからない。
ただじっと彼の顔を見上げていたのだけれど、やがて彼は口から手を離すと、
私の両肩へと両手を乗せてきた。
「……なあ、ショーコ。
ここ最近、オレが男子たちとくっちゃべったり、じゃれあったりしてるトコ、お前ずっと見てきたよな?」
頷いた。
「それに関しては、お前どー思ったんだ?」
『寂しかった。すごく寂しかった。でも、貴方が笑っていられるなら、それが貴方の為なら我慢できると思ってた』
「……そ、そっか。相変わらず人が良すぎるヤツだな……いっいや、それは今はともかく、
男子の時にはそう思えてたのに、オレが女子と話してたら、すげームカついて、我慢できないくらいだったんだな?」
また頷いた。
「……なのに、お前……自分がなんでそんなに怒ったのか、わからないってんだな?」
またまた頷いた。
すると、彼がいきなり天を仰いだ。
「……マジかよぉ……天然にしたって限度があるだろォが……」
上を向いてのその言葉は私にはわからなかったが、次に彼はガクンと頭を前に倒すと。
大きな溜息をついた。
──彼に呆れられた、でも当然の事だ、いきなり引っぱたいておいて、その理由もわからないなんて酷すぎるもの。
そう思うと悲しくて申し訳なくて、私もまた俯いた。
「……にしたって、まさかなぁ……ンなムシのいい事、絶対ありえねぇって思ってたんだがなぁ……」
何やら呟いた彼が、いきなり私の顔を両手で挟んできた。そのまま、上向かせてくる。
「……あー。まずさっきの事だけどな、ありゃただ単に手相の話になって、ちょっと見てもらってただけの話だ」
彼の言葉なら、多分間違えずに読み取れるとは思うけれど、
それでも、手話も混ぜてもらえたほうがより確実だと思ったのだけど、彼の手は私の顔を挟んだままだった。
「……んで、これから大事な事口にすっけど。三文字の言葉くらい、しっかり読み取れるよな?」
彼の顔が赤くなってきていた。
私の顔をつかむ手にも、力が入ってきていた。
まるで、これから口にする言葉は、絶対に見逃して欲しくないとでも言うかのように。
「……オレは、お前のコトが──」
そして、彼が口にしたその言葉。
特に最後の三文字は、ことさらゆっくりと唇を動かしてきて。
勿論、その言葉は聞き取れた。
そして、やがてその言葉を理解した私は……多分、
彼以上に赤くなっていったんじゃないだろうかという気がする。
……こんなに顔が熱くなったのは、きっと生まれて初めての事だったから。




6.

障害を持ってしまった私は、もう恋なんてものに一生縁がないだろうと思っていた。
……なのに、あんなに私の事をいじめてきた彼が、まさか私の恋人になるだなんて。
『こんな摩訶不思議な事があるんだから、人生って、何が起こるか本当にわからないものだよね』
そう、彼に伝えてみたら、
「お前みたいな小娘が、人生とか語るなんて10年はえーっての」
彼は私と同い年の癖に、上から目線でそんな事を口にしながら、小突いてもきた。
その彼の笑顔には、いつかのような罪悪感はもう滲んでいなかった。

──その笑顔に安心して、私は今日も、また彼に笑いかけるのだった。


<終>






<後書き>



原作の連載も決まってるのに、こんなの書く意味はあんまりないとは一応思ったんですけど、
……でも正直、原作の連載にあたって、ちょっと不安もあったので、書いてしまいました。
この手の、ドラマ性の高い話を週刊少年誌で連載とかって、
どーもこう……『打ち切り』『引き伸ばし』を強制されて、グダグダになっていってしまうような、
そういう不安がですね(;一_一)
なので、先に自分好みの恋愛エンドを形にしておこうと思ったわけです。

あ、成長した硝子ちゃんが可愛かったのも理由の1つかも(^_^;)

……にしても、いざこうして書いてみると、
硝子の、普通の人への心の壁の問題がそのまんま放置で終わっちゃいましたね……うーん。
まあ僕は二次元恋愛脳なんで、とりあえず恋愛エンドにしてしまえば、細かい事はいいんですけど(^_^;)
その手の重い問題については、連載版の原作が扱っていくに決まってますしね。

"彼" という表現は、将也に対してだけ使ってみたつもりです。
……うっかりしてなければ。
硝子に告白してきた少年とかに関しては、『男子』『級友』などばかりで、
一度もその少年の事は "彼" とは呼んでない……ハズ。
やっぱり、硝子の中で将也は別格であるという事を、僕なりに表現してみようと気をつけたポイントです。

今回のこの話を書くにあたって、引用とか思い出したりしたのは、
主に「図書館戦争」と「笑えない理由」ですね。

特に、図書館戦争シリーズ。原作の方です、それの中澤毬江ってコ。耳が悪いっていう点が共通点。
多分アニメにはいなかったと思うんですが……wikiで見てみたら、テレビ未放映なんですね。
障害者の話だから、テレビではやれなかった、か……うーん。
ああいう話だからこそ、広く見せるべきだと思うんだけどな……
まあそれはともかく、原作のあのコは結構萌えられましたね!!
素晴らしい一途っぷりで、僕の好みにジャストミートでした。

笑えない理由のほうは、イジメが共通点。
うーん、でもこれは、そんなにキッついイジメではなかったような気がするんだけど。
あれは、長谷部彩ちゃんとかがキライじゃない人には強くオススメ出来る傑作ですね〜。
これの作者さんだったら、個人的にはスイッチも推したいとこなんですが。
一途ッコ好きーとしては、スイッチのヒロインのが可愛いく思えるんですよね。
だけど、面白いといえるのは、やっぱり笑えない理由かな。

将也が言う「顔がこれで髪型をマジメにしてもおかしい」ってのは、
「お茶にごす」からですかね……あれでの七三は、すごいインパクトあって忘れられない(^_^;)

あと、適当に設定変えちゃってるかもしれませんm(__)m
一番最初の読み切りのは小6だったらしいですが……
週刊マガジン版の読み切のは、エピローグとして五年後の二人が描かれているけれど、
多分高校入って間もなく発見してるって流れが自然に思えるんですよね……
すると、まあ始まりは小5あたりになるのかなあと。
ただ、硝子が転校していったのは冬辺りぽいからなあ……うーん。その辺が微妙になってくるんだけれど。
でも再会の場所は病院とか、硝子の学校を突き止めて訪問してきたとかも聞くし、
硝子視点で原作を振り返ってみたつもりだけど、『その解釈おかしくない??』ってトコも
多々あるかもしれません……すいません。

あ、そういえば、原作に出てきた音楽の先生?
あの人、一見いい人そうだけど、ああいう人のがかえってタチ悪かったりもするような。
デリケートな問題に、いい人ヅラして中途半端に干渉した結果、硝子はあんなコトになってしまったとも思うんですよね。
とはいえ、干渉し過ぎるのも、放置しすぎるのも、更にまずい問題だろうし……
いやホント、よっぽどバランス感覚とれた人じゃないと、こういうのは上手く捌けないでしょーね……(;一_一)

これが、僕の初めての一人称小説になります。
パジャカノの出だしでちょっとやってみたりはしてましたけど、本当に統一して書いたのはこれが初の筈……
……まあ、硝子が完全には聞き取れていないハズのセリフもしっかり描写しちゃってたりするので、
ちと邪道かもですけど……

自分としては、これも完全に男向けに書いてるつもりなんだけど、完全女子視点って、男性にとってはどうなんでしょう……?
自分が読者だった時のことを考えてみると。
ラノベにおいては、ヒロイン視点オンリーの話では、イマイチ気に入ったのないんですよね。
ヒロイン視点でお気に入りってーと、
H2Oとか……っても、これはジャンルを考えると反則かな^^;
すると、荻原規子さんの白鳥異伝くらいか?
でも僕は子供の頃から少女漫画にも慣れ親しんできたせいで、
ヒロイン視点に抵抗ないだけの可能性もあるんですよね……
だって男向けの恋愛モノのラブコメラノベで、ヒロイン視点がメインの話なんて見たことないような気がする。
それはつまり、求められてなどないってコトですよね。
う〜ん……一応、この話では硝子ちゃんに『天然』要素を付け足したりしてみて、
僕的には萌えポイントを追加してみたつもりなんですが。

今回の話では、最後の最後のトコだけすごい悩む羽目になりました。
まあその甲斐あって、それなりにいい締めに出来たような気が、書き上がってすぐである今はしてます。
……しばらく時間おいてから見たら、どう思うか怪しいもんですけど。
あ、ちなみに最初は5章で終わりで、6章は全くない形でした。
でもこれじゃなんか寂しいなぁと考えて、ちょこっと6章を足してみるコトにして……
最初はどんなラストを考えていたのかは、このページの一番下に一応載せてみました。

という事で、お付き合いありがとうございましたm(__)m










以下完全にメモ的なもの---------------------------------------------------------

いや。ふーん。綺麗 可愛いのに、その耳じゃあな
彼のキツイ言葉は、聞き慣れていたハズだつたのだけど、なんだかやけに痛かった

あの頃はいじめに夢中になってて気づかなかったけど。お前かわいいんだよな
・もったいないな。まともなら、モテ放題だったろうに
彼の物言いは昔と変わらず辛辣だ。
壁をつくってる他の人の言葉よりは嬉しい……ハズだったのだけれど、最近何故だろう
時折、彼の言葉に痛みと──切なさを

時折、妙に硬い顔で接してきて→ 好きにならないように、勘違いしないようにしてる。
昔の自分がしたことをおもえば、そんなことアリエナイ 許せないと

自分のクラスでは浮いてるから。入り浸り? 通訳になったり。

好奇の目を向けられても気にしない……フリをする将也

トラブル、文化祭でダメにするとか運動部のダレかとか。
せめられるのに、「オレみたいなんでも後悔したんだ。お前らみたいなやつならもっとずっと後悔する。
怒りはオレにでも。(オレみたいなんならあとで後悔することもないだろう)
カレの言葉は完全には聞き取れなかったけれど、小学校の頃のことを口にしているらしいことは理解できた。
カレが私をかばってくれたコトは嬉しかった。
でも申し訳なかった。なんでそこまで私に。
……そして、少しだけ。罪悪感からだけで、こうしてくれてるんだと思うと・……悲しくもあった。

告白男子に責められた? そういう気持ちがないならベッタリするなと。
そんなんじゃ彼女を好きな男も近寄れないとか?

外見とか態度はそのまま……いや外見は勿論年月なりにかわってるのだけど。
かわってないのに、なんだか変なところだけマジメなような。
変な男の子だな 不良ぽいのにマジメでチグハグな変な人……ここで笑うとパジャカノとまったく同じだな……うーん

自分でいうのもなんだけど穏やかな気性→これは。事実なんだけど、やっぱ言わせたくないな……

いつも傍にいて、何かと冷やかされても堂々と「かりを返そうとしてるだけだ」と。
お前と以前に過ごしてた間と同じ期間、尽くすんだと。
そうはいっても、私と四六時中いるような人だ、基本的には孤立していく。
なんだかんだでそのあともいてくれるだろうと……たかをくくっていた
でも、その時がくると本当に離れてしまった。
そして彼は、ウソのようにまわりに溶け込んでしまったようだった
多分、文化祭の時の一件で、彼への誤解は一気に溶けたのだろう

頬を抑えて唖然として
こちらをみつめている。私の怒りがまるでわかっていない様子に、
怒りで喚いたけれど、私の口から出たのはきっと奇声だっただろう
ますます怪訝な様子に悲しくなった。
周りの視線なんか気にならなかつた


わからない でも、貴方が女のコたちに笑いかけているのが、なんだか酷くイヤだった──
「え、おいまさかそんな……あれが、男子とだったらどうだった」
それは以前も見かけてる。寂しさはあったが、腹立たしさはなかった。
そもそも、時期がくれば離れるというのは彼は宣言していたことで、
私が怒るのも筋違いなのに
「ええ……まさかそんな……ありえない許されないと思って自制してたのに」
うつむき続ける私の顔を、彼の両手が挟んで持ち上げてくる
「三文字の単語くらい、しっかり唇読み取れるよな? 今手ぇふさがってんだよ」
見たこともないほど真っ赤な彼が、そして口にした言葉は──

カレが口にした三文字のその言葉。
もちろん読み取れた、ようやく呑み込めて。
そして私の顔は、多分彼以上に赤くなったと思う

……私のような小娘が生意気な、と思われるかもしれないけれど。
それでも、本当、人生とはわからないものだと声を大にして言いたい。
だって、こんな障害を持ってしまった私は、もう恋なんてものに一生縁がないだろうと思っていたのに。
なのに、あんなに私の事をいじめてきた彼が、まさか私の恋人になるだなんて。
そんな摩訶不思議な事が起きたら、私のような小娘でも『人生って、本当に何が起こるかわからない!!』
なんて言いたくなるのも、無理もないことだと思う。
そうだよね、ショーヤ?



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