06話


計佑は、登校の準備を済ませながら物思いに耽っていた。
昨日、雪姫から届いたメール。

──まくらを元にもどすヒントになるかもしれない。
今わかってるのはあの写真の女の人が "眠り病" って名付けられた病にかかってたらしい事くらいだ。
それでも、白井先輩の話次第では……まず学校で詳しく話をきかなきゃ、な。

「おはよー」
「おう、おはよう」
ようやく起きてきたらまくらに挨拶を返し、
「じゃオレは学校行ってくるから。ややこしい事になんねー様に大人しく留守番しといてくれよ」
そう言い残し部屋を出ようとしたが、
「計佑!! この扇風機つかないよー?」
まくらが呼び止めてきた。
「コンセントは!?」
「どれぬくの? どれさすの? ……わかんないからやってー」
「……あのなぁそんなん自分でやれよ……こっちはそんなヒマ──」
振り向いて、まくらの表情に気付いた。

──……あ……そういえばコイツ……
寂しいとこんな風によく人を引き止めるんだっけ。
昔まくらの親父さんが仕事に行くときも、随分駄々こねてたな……

体ごと、まくらの方に向き直る。

──学校に行けないで一人残されんのは、寂しがりのコイツにはそりゃキツいか……

「……そうだまくら」
呼びかけに、ぼんやりと扇風機を眺めていたまくらが視線を合わせてくる。
「明日から夏休みだろ。休みに入ったらどっか遊びにいこーぜ」
「ほんと──!!??」
ピクリと肩を跳ねさせたまくらが、あっという間に笑顔を浮かべる。
けれど……一瞬後にはまた暗い顔をして、後ろを向いてしまった。
「遊び……とか……そんなの、こっ、恋人と行けばいいじゃん……」
「……はあ?」
一瞬喜んだ癖に、急に沈んで妙な事を言い出すまくらを不思議に思うが、もう本当に時間がない。
「恋人なんていねぇよ……そんなんお前だって知ってんだろうに。とにかく行ってくる」
ドアを閉めると、学校へと向かった。




──まくらがお化けになってから、俺余裕なくしてアイツにきつく当たりすぎてたかもな……
なんかヘンなふうに見えちまう時もあったりしたし。
……今のまくらは、俺しか頼れるヤツいねーんだから。

「もうちっと……俺が優しくしてやんないとな……」
そう口に出しながら、計佑は学校へと自転車を走らせるのだった。




────ガヤガヤ……ザワザワ……

終業式が終わって、生徒たちが体育館から吐き出されていく。
「オイ計佑!! 夏休みの予定は決まってんのか!?」
「まだ決まってねぇよ」
テンション高く絡んでくる茂武市に、計佑が答えた。
「女子誘って泊まりで海とか行かないか?」
「泊まりぃ!?」
「おーよ!! 浜辺でビキニの女子たちとビーチバレー!!
はずむボールと揺れる乳!!! どーよ? まくらちゃん誘ってくれよ」
「……いや、まくらは……」
茂武市には教えておこうか……軽く悩む。
しかしその答えを出す前に、一人の少女が計佑に呼びかけた。
「目覚くん! 今日はまくらどうしちゃったの? 夏風邪とか?」
「委員長……」
「そぉーだ! 須々野さんも行かない!? 夏休み、泊まりで海にでも!!」
「えっ……ええー!? だっ……誰が来るの……!?」
何故か自分のほうをチラチラ見ながら問う硝子に疑問を覚えるが、計佑としてはあまり乗り気な話ではなかった。

──まくらを置いてくことになりかねないもんな……
泊まりでほっといたりしたら、アイツ兎みたいに死にかねないし。

「あっ!! そうだ委員長!! まくら風邪で休んでっからメールでも送ってやってよ。
ちょっとお見舞いはまだ遠慮してやってほしいけど」
「え!? そんなに悪いのっ? 大丈夫?」
「いやいや大丈夫だよ。もう治りかけてはいたからさっ」

──アイツ、確かモノには触れるんだからな。メールだって打てるだろ……
俺以外にも話し相手が出来れば、寂しい思いもあんまりさせずにすむだろうしな。

この時の計佑は、いい考えだと思っていた。
しかし、まくらの本体は病院で眠っている以上、あとで事態がバレてしまった時──
メールのやり取りが出来ていたなどいうのはとてもマズイ事になるのだが、
この時の計佑はそこまで頭が回っていなかった。




「ねぇねぇ雪姫っ! 雪姫は夏休みの予定何か決まった?
アタシまた雪姫の実家に遊びに行きたいんだけどー……でも仕事の予定とかギッシリな感じだったり?」
「え? 大丈夫!! いーよ、カリナと他にも誰を呼ぶ? 去年おばあちゃん、にぎやかでスゴイ喜んでたよ」
雪姫は、自分の肩に手をかけて話しかけてくる親友──森野カリナに答えた。
「ホントっ? あーヨカッタ♪ ダメっていわれるんじゃないかと思ってたよー」
嬉しそうにカリナがしがみついてくる。
「雪姫、テレビの仕事とか始めてから急に元気なくなった様にみえたからさー。
夏休みも予定いっぱいで、そんななのかなーと思ってたよー」
「それは考え過ぎだよ 全然平気」
「ホント? なら大丈夫だネ!」
ちゅっちゅとまとわりついてくる少女に、軽く苦笑して答えると、カリナがにぱっと笑顔を見せてくれた。

──やっぱりちょっと余裕なくなってたんだなぁ……カリナに心配かけちゃうなんて。

テレビCMが流れてからの周りの姦しさは、確かに雪姫にとっては結構な苦痛だった。
でも、一昨日にあの男の子ときちんと知り合ってから──雪姫の心は確かに上向いてきていた。
今こうして、カリナの心配をやり過ごせるくらいに。




「須々野さんマジ行こーよ!!」
「え……う〜〜ん……どうしよ……」
茂武市はしつこく硝子を誘っている。
付き合わされている計佑はうんざりと当たりを見回していて──
「あ」
渡り廊下を歩いてくる雪姫に気付いた。
「……あ」
すぐに雪姫も計佑に気がついて、目が合った。
しかし計佑が声をかける前に、カリナが大声をあげた。
「あれーー!? 隣の家のクソガキじゃん!! はじめーー!!!」
「げっ!! カリ姉っ……森野先輩!!」
茂武市が慌てる。
「何だその隣にいるメガネッコは!! けしからんっ お前またナンパしてんだろっ!! ……私も混ぜろっ!!」
森野先輩とやらが駆け寄ってくる。
その先輩には面識もないし、雪姫に話を聞きたかった計佑は、ここで会えたのは幸運とばかりに雪姫だけを見ていたのだが……

──あ……今日はポニーテールなんだ……ってあれ? なんか見覚えあるような……?

デジャヴを感じて雪姫を見つめていた計佑だが、
同じようにこちらを見ていた雪姫は、突然フイッと視線を逸らした。

──え? あれ……?

そのまま雪姫が、渡り廊下から離れて校舎沿いに遠ざかっていく。
戸惑いはあったが、雪姫には聞きたいこともある。後を追った。
「あのっ先輩……メールのことなんですけど。写真の女の人で何かわかった事っていうのは……?」
追いついて、早速質問を切り出したのだけど、
「私ね……昨日ずっとメール待ってた」
雪姫は不機嫌そうな顔で振り返ってきた。

──え? もしかしておやすみメールとかいうやつ!? あれってからかってたんじゃねーの!!??

「いや……てっきり冗談かと……」
正直、かなり意外だったので思わず口にも出してしまった。




──ムッ!!

計佑の言い草に、雪姫はかなりカチンときた。

──結構勇気出して教えたのにっ!
あんなにヤキモキして待ってたのに『冗談』で済ますなんてっ!!

雪姫が(照れ隠しもあったとはいえ)散々からかい倒したせいもあるのだが、
この少年に対してだけはわがままになれる乙女にそんな道理は通じない。
思わず手を伸ばしていた。
「反省しろっ!!」
きゅっと計佑の鼻をつまみあげる。
「あいてっ!」
少年が軽く悲鳴をあげる。
しかしすぐに、自分の鼻をつまみあげる雪姫の手を見て、顔を赤くしていった。
そんな計佑を見て、雪姫の溜飲は下がっていく。

──この顔……いつもの、私を意識してくれている時の顔だ……

「私……あの写真の女の人の事知ってた」
計佑のその表情で機嫌が治ってきた雪姫は、鼻から手を離して計佑の質問に答えるのだった。




──え!?

計佑は、雪姫が話す意外な内容に固まっていた。
祖父から経由の話を予想していたのに、まさか雪姫自身が知っているなんて──
「小さい頃に実家の古いアルバムで見たことがあったと思うの……
すごくキレイな人だと思ったから何となく 覚えてたんだと思う」
「そっ──その話っ!! もっと詳しく聞かせてください!!」
思わず詰め寄ったが、雪姫はプイっと顔を背けると
「お休みの挨拶も出来ないような、悪いコには教えないっ!!」
人差し指を口元に当て、いつものイタズラのようにからかってきた。
──しかし計佑のほうには、ようやく見つかった具体的な手がかりを前に余裕がなかった。
「大事なことなんですっ!!」
「きゃっ」
思わず、雪姫の手首と肩を捉えて壁に押し付けていた。
「いっ……痛い……」
雪姫の少し怯えたような表情に、ハッと我にかえり、とりえず力は抜いた。
「……何であの写真にそんなにこだわるの……?」
雪姫が上目遣いに問うてくる。
「それは……」
昨日も一度は話そうとした事だ。
まくらの生き霊状態のことを除けば、学年が違う先輩になら、口止めをお願いして話せば問題はないだろう。
話す内容を軽く頭でまとめて──そのおかげで頭が完全に冷えて、ようやく気付いた。
──今の自分と雪姫の距離。
自分の顔のすぐ正面に、雪姫の顔がある。
裏門の時のような、超至近距離。
しかも、あの時とは違って、自分が迫るような形。
それも、相手の手首と肩を掴んで、壁に押し付けるように──

──あの時よりもっとヤバいだろ!!!

一気に顔が熱くなっていった。
そんな計佑に気付いた雪姫も、同じように顔を赤くしていって。

──あああぁぁぁぁあああああああ!!!

パニック状態に陥りかける少年。
雪姫は雪姫で、ただ赤い顔で、上目遣いにそんな少年を見つめるだけだ。

──そんな硬直状態を打ち砕いてくれたのは、少女の怒声だった。
「コラぁぁあ!! お前何してんだよっ!! アタシの雪姫にぃぃぃ!!」
カリナが叫びながら、計佑を突き飛ばしてきた。
「うおっ!?」
たたらを踏むがどうにか踏みとどまる。
そのカリナは、更に計佑につかみかかろうとしてきたが、それは雪姫が止めてくれた。
「だっ大丈夫だよカリナ!! だからやめてっ」
「ホント!? なんかエッチなコトされてない!?」
「ホントに大丈夫。そんなんじゃないから、ね?」
「……まあ……雪姫がそう言うんなら信じるけどぉ」
言いつつも、胡乱な目で計佑を睨めつけるカリナ。
しかしすぐに相好を崩すと、
「あっ! そだ雪姫!! 夏休みさぁ、この子たちも一緒じゃダメかなぁ?」
いつの間にか硝子や茂武市も近くに来ていた。その硝子に絡みながらカリナが言う。
「このコいいよ〜 硝子ちゃんって言うの!!
超アタシ好みのマシュマロボディー♪ 足のお肉がぷにぷにしててさぁ♪」」
硝子の足を撫でさするカリナ。
うめき声を上げながらも抵抗できない硝子と、それをあんぐりと眺めている茂武市。
「あとそこのメガネ男ねー。一応アタシの知り合いだしー。クラスメートだから硝子ちゃんも安心できるだろーし」
そんなカリナの言葉を黙って聞いていた雪姫が、一瞬チラリと計佑を見た。
「──よーし!! いいよっ! いつにする?」
「ホント!?」
雪姫の快諾に、カリナがはしゃぐ。
しかし計佑のほうは、そんなやり取りをぼんやりと聞き流していた。
まだ動悸が完全には落ち着いていなかったし、

──なんかもう続きを聞ける雰囲気じゃなくなったな……委員長や茂武市がいるトコで出来る話じゃないし。
電話やメールじゃなく、詳しい話を聞きたかったんだけど……

聞きそびれた手がかりのことで、気分が落ち込みかけてもいたからだ。
「キミも来る?」
「俺は……え!?」
反射的に返事をしかけたが、雪姫から言われた内容を理解して驚いた。
「私の実家……遠いから、泊まりになると思うけど……」
なんで自分まで? と一瞬疑問に思う。
茂武市や硝子と話してる姿は見られたから、
二人のついでに誘った……ということなのかもしれないけれど。
それでも、計佑としては、やはりちょっと唐突に思えてしまう。

──でも……白井先輩の実家って。
写真を見たアルバムがあるっていう……じゃあこれはお邪魔したほうがいいかもしれない。

はい、一緒にお願いします──そう言おうとしたが、次の雪姫の言葉のほうが少し早かった。




何か計佑が言いかけていたようだったが、
少年から視線を逸らしつつ話しかけていた雪姫は、気付かず続けた。
「皆が一緒だったら……しない……よね? 」
「えっ?」
「……Hなコト」
そこで計佑に目線を合わせたが、
少年は心外な事を言われたとでも言いたげな顔をして、こちらを見つめてきていた。

──やっぱり、そういうつもりでやってるワケじゃないんだよね……

複雑な気持ちで、雪姫はその顔を見つめ返していた。
どうにも彼と会うと、何かしら危ないコトになる機会が多くて、
ワザとではないと分かっているつもりでも、流石に気になってくる。
とは言っても、『そんなつもりは一切ない』みたいな顔をされると、
それはそれでなんだか面白くない気もする自分は──本当に、どうしてしまったんだろう。

ついさっき迫られた?時には、少しの恐怖と、高揚する気持ち。
カリナに遮られた時には、ちょっとした安堵と、残念な気持ち。
なんだかぐるぐるするけれど──一つだけはっきりしているのは、もっと彼に近づきたいという気持ち。

──ちゃんと話したのは、3日前からなのに。
泊まりで誘うとか、確かにちょっといきなりかもしれないけど……

それでも、カリナが計佑の友人たちを一緒に──と持ちかけてきた時に、
『彼らを口実に誘える』と思ってしまったのだ。
それだったら──そこまで不自然な事ではないはずだ。

──ううん。不自然でもいいよ……だって私は。
もっと彼のことを知りたい。いっしょに過ごしてみたい。
もうそんな欲求に、抗えないんだもの──





<あとがき>

計佑と雪姫とのやり取りを、ちょっとだけど増やしてみてます。
計佑の不用意な「冗談かと〜」を追加することで、
雪姫の怒りをより自然に出来たかなぁ等と思ってたりしてます。

あと、「悪いコには教えませんっ」のところ。
雪姫の小悪魔ぶりを盛れたので、その点は満足してます。
思いつけたら、これからも雪姫の小悪魔モードは追加していきたいです。

計佑が、雪姫との最初の出会いを完全に忘れていたワケじゃない……ってのも一応入れておきました。



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