「今日も綺麗だねぇ、エリナ君」

「会長、いきなりセクハラはどうかと思います」

「相変わらずキツイねぇ……」

 サセボシティの中央に聳え立つ高層ビルディング、その最上階にある広々とした一室で冒頭から漫才を始める一組の男女がいた。
 部屋の奥にはネルガルのロゴマークが燦然と輝き、いくつもの高級かつ趣味のいいインテリアがその存在を助長させている。

「それはともかく…………ナデシコが火星から消えました。船体、人員共に多少の損害を受けて」

 エリナと呼ばれた女性は腕を組みながらそう告げた。
 半ば矛盾したようなその報告を、革張りの椅子に腰掛けた軽薄そうな男性は当然のことのように受け止め、対応する。

「なるほどねぇ、スキャパレリ・プロジェクトはB案に移行か……」

 そして男は黒光りするデスクの上にある電話機に手を伸ばし、楽しそうな声で指示を出した。





「地球政府総司令部に繋いで………そっ。仲直りしたい、ってね」







機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2

MARS INPUCT

第十六話「そして地球へ」








「本艦通常空間に復帰……座標現在調査中」

 照明が落され、モニターや機器の点滅による光だけがもたらされた薄暗いナデシコのブリッジ。
 そしてそれに気付かず、死んだように眠るクルーの中、ひとりルリだけは自分の仕事をこなしていた。

「皆さん起きて下さい。おーい、やっほー」

 正面のモニターには戦闘中の真っ只中なのか、いくつもの光条が飛び交い、多くの火球もまた生じていた。
 座標を調査した結果、現在位置は月軌道とのこと。恐らく目前で行われている戦闘は、地球連合軍と木星蜥蜴との会戦なのだろう。
 突如現れたナデシコに対して、地球連合軍からひっきりなしに通信が入ってくるが、流石に目の前の事象に対して己が判断を下すわけにはいかないので、回線 は繋げずルリは艦内放送を使い各所に戦闘配備を促していた。

「気が付いたら直ちに自分の持ち場に戻って非常警戒態勢」

 そしてルリははた、と気付く。
 ブリッジ上にいなければならない人――――艦長のミスマル・ユリカの姿が無いことを。
 しかし、オモイカネに手伝ってもらい、ナデシコ内を探索すれば簡単に場所を特定できた。
 艦長のいる場所――展望室にスクリーンを出してそこに広がっていた光景を目にし、最初にルリが感じたのはちょっとした驚愕だった。
 そこには艦長のユリカだけではなく、他に三人もの人間が眠っていたのだ。

 その三人とは途中でナデシコに合流した、ミルキーウェイことテンカワ・アキトにアイ、そしてイネス・フレサンジュの三人だった。
 しかもこの三人、なぜかアイを挟んでさながら『川』の字になって仲良く眠りこけており、おまけにイネスとアイは何か満ち足りたような寝顔を見せている。
 その様子にルリは軽い羨望の眼差しを向けていたが、今はとにかく艦長を起こすことを優先した。

「かんちょう起きて下さい。かんちょう〜、かんちょうかんちょう〜〜」

「う〜ん、だめよアキト〜〜♪」

 何度も声を掛けるが中々起きないユリカ。
 終いには「もう食べられない」などベタな寝言も口走り、そんなユリカの様子にちょっとした悪戯心が沸いてくる。

「うぅ〜〜ん……ルリちゃん? ……ってほええぇぇ!?

 寝ぼけ眼で起きたユリカの正面には、あっかんべーをしたルリのドアップウインドウが開いており、一気にユリカを覚醒させた。
 慌てた様子のユリカにちょっとした満足感を覚えつつ、ルリはナデシコの現状を的確に報告した。
 そしてユリカはちょうどモニタ正面に迫ったバッタに驚いたのか、あろうことかその場でグラビティブラストの発射を指示。

 爆沈する木星蜥蜴の艦隊。
 おまけに被弾する地球連合軍の戦艦。
 崩れる陣形。
 ナデシコに舞い込む非難の通信。

 ユリカのうっかりのよって引き起こされた、阿鼻叫喚の様相を見せるその様子にブリッジの面々もようやく起き上がり、目の前で繰り広げられる事態に気づく と慌てて己の仕事に邁進した。
 その際、この事態を引き起こしたユリカに対して抗議が上がったのは言うまでも無い。

『とにかく! 艦長がブリッジにいないと話にならないんだから急ぐんだよ!』

「え〜〜ん、好きでこんなとこに来たわけじゃないのに〜〜…………ってアキト達もいつまで寝てるのよぉっ!!

「……んあ?」

 ジュンの言葉に泣きながら反論し、未だに眠りこける三人を目にしたユリカは苛立ちを含めてアキトの頭を叩く。
 半覚醒状態で起きるアキトだが、スクリーンに映るルリから詳細を聞くと慌てて格納庫へと飛んで行き、ユリカもそれについていくようにブリッジへと向かっ たのだった。

 そしてルリは満足したとばかりにウインドゥを閉じようとするが、ウインドゥの端に小さな影を認めると硬直した。
 そこではいつのまに起きたのか、アキトの傍で寝ていたアイがじっとこちらの様子を見ていたのだ。
 その様子にルリは冷や汗を流しながら尋ねた。

「……つかぬことを聞きますがアイさん、いつから見ていましたか?」

『ルリっちがあっかんべーをしてる所からだよ♪』

 ほとんど最初からじゃないですか。
 内心でそう呟くルリ。そして同時に途方も無い恥ずかしさを感じ、顔を赤くする。

『いや〜、普段あまり喋らないルリっちがあんな子供っぽいことをするとは思わなかったね〜〜』

「余計なお世話です……というかなんですかそのルリっちというのは」

『あたしが考えたあだ名。あ、私のことはさん付けなんかせずにアイって呼んでいいよ。どうせ同じ歳でしょ?』

 ミナトといい彼女といい、なぜこうも私を愛称で呼びたがるのだろう?
 頭痛のする頭を押さえ、なおも問い質すルリ。

「いや、私が聞きたいのはそういうことではなく――――」

「遅くなってゴメンナサイ! ルリちゃん、改めて状況を教えて!!」

 しかしユリカがブリッジに入室することで、止む無く会話を断念せざるをえなかった。
 ブリッジの様子はウインドゥ越しのアイにも分かったようで。

『んー、今は忙しいみたいだからまた後でゆっくり話し合おうね、ルリっち♪』

 そういってアイは会話を終らせ、ウインドゥが閉じられてしまった。
 面倒なことになった、と思い溜息をつくとルリは隣から視線を感じる。
 首をそっちの方に向けると、隣のシートに座るミナトが何故か笑顔を浮かべているのに気付いた。

「……なんですか、ミナトさん」

「いやールリルリもそんな顔ができるのね〜と思って」

 そう言ってころころと笑うミナト。
 そんなミナトの表情を見てルリは若干顔を顰める。

「私、そんな変な顔してました?」

「そういう意味じゃないんだけど……まぁルリルリはもっと色んな人とお喋りして、人との付き合い方を勉強した方がいいわね」

 そう言うとミナトは自分の仕事に取り掛かってしまう。
 ルリはミナトの言葉の意味を理解できず首を捻っていたが、結局理解できずそのままオペレータの仕事をこなしていくのだった。















「戦闘要員は格納庫へ――――って来たのはいいけど、どうすればいいんだ?」

 見渡せば格納庫は戦場さながらの騒ぎになっている。
 というか実際に戦場そのものの慌しさの真っ只中なのだ。
 忙しなく動き回る整備員に、怒号を張り上げるウリバタケ。彼の指示で、待機中のエステバリスは今までの陸戦フレームから0G戦フレームに換装されてい る。
 流石に4機同時に換装するとなると、その慌しさは半端ではない。
 そんな中でほぼ全壊のラークスパーに目を向ける人間はほとんどおらず、乗る機体の無いアキトはどうしたものかと頭を抱えていた。

「ラークスパーはほぼ全壊……予備パーツもないし、俺が出来ることは無いのかな」

「おい、お前さん」

 呼ばれて振り向くと、そこには先程まで大声で指示を出していたウリバタケがスパナを片手に立っていた。

「俺ッスか?」

「お前さん以外に誰がいるよ……それはそうとレイヴンがこんな所で何をやっているんだ?」

 恐らく戦闘準備中にも関わらず、ボケッと立っているアキトを見つけて訝しく思ったのだろう。
 しかしアキトが自分の乗る機体の無いことと、できることなら出撃したいことを伝えると、意外そうな顔でウリバタケは尋ねた。

「なんだ、艦長がお前さんに依頼でも出したのか?」

「いえ、そうじゃありませんよ。でも流石に戦場に出て何もしないっていうのは落ち着かなくて」

 その言葉を聞いて、少し考え込むウリバタケ。

「…………よし、お前ちょっとコッチに来い」

 そして何か閃いたのか、アキトを格納庫のとある一角へと連れて行く。
 アキトはウリバタケに付いていくと、そこには防塵シートにくるまったナニカがあった。
 ウリバタケの指示で整備員によってシートが外され、その姿が顕になるとアキトは目を丸くする。

「これは……?」

「コイツは以前ナデシコに乗っていたレイヴンが使ってた代物なんだがな、正直パイロットがいなくて扱いに困ってたんだよ」

 姿を現したのはエステバリスだった。
 しかしそいつは通常のエステよりもやや大柄で、やけに膨らんだショルダーパーツと脚部スラスターに、左腕のミサイルランチャーが存在感を放っている。
 そして物騒な兵器をぶら下げた兵器には不釣合いなピンク色のカラーリング。
 そう、それはレオス・クラインが乗っていた、あの改造エステバリスだった。

 アキトはウリバタケに指示されてアサルトピットに乗り込むと、トリガー周りを丁寧に確認していく。
 エステのアサルトピットはACのコックピットよりも随分と広く、それがアキトには逆に新鮮であった。

「操作方法はエステと同じIFS方式なんだが、お前さん火星出身だろ?」

「ええ、俺の乗ってたACもIFS方式でしたから」

「だったら話は早え。コイツを使って嬢ちゃん達を手伝ってくれ」

 ウリバタケにそう言われるが、アキトは動かせる機体があれば元よりそのつもりだった。
 しかし、なぜわざわざ外部の人間にこんなカスタム機を用意してくれたのかが分からない。
 辺りを見れば、予備の機はあるというのに。

「どうして俺をこれに?」

「はっきり言って、俺はレイヴンなんていうのは正直あまり好きじゃねえんだ」

 聞けばウリバタケは地球にいた頃にACの整備を手掛けた事があるらしく、そこで何度かレイヴンと口を交えたことがあるらしい。
 しかし、整備や機械の扱いが雑だったり無闇にプライドの高いレイヴンには流石のウリバタケも辟易したとのことだ。

「だがお前さんは、依頼を受けてるわけでもねぇのに手伝おうってんだろ? そういう男気のある奴を放っておくなんてできねぇのさ」

 この機体を用意したのはそういうことだ、とのことらしい。
 そのような理由ならば、自分はその期待に応えなければならない。
 簡単な説明を聞きながら、手早くチェックを済ませて出撃の準備をする。
 こちらの準備が終わっていないうちに、既に他の4機は出撃したらしく、あとは自分の乗るエステバリスだけが残っていた。

「あ〜、そういえばお前さん、名前はなんつったかな?」

 出撃間際にウリバタケにそう言われて、アキトは少し考えた。
 普段ならレイヴンネームを応えるところなのだが、わざわざカスタム機を用意してくれた男の心意気に、自分の本名で答える。

「――――アキト、テンカワ・アキトです」

「おっしゃ! なら思う存分暴れてきな、アキト!!」

「はいっ!」

 ブリッジに通信を繋いで出撃の旨を伝えると、艦長のユリカとプロスは驚いた表情を見せた。
 特に会計課のプロスは、今のナデシコに依頼料を払う余裕は無いと渋い顔をされたが、自主的な手伝いであることを伝えると、それならばと納得してくれた。
 ユリカは相変わらずで「流石は私の王子様!」などとトリップしているのでそれを無視し、戦闘空域へと飛び出していった。

 既に先行したエステバリス隊が複数のバッタ達と交戦しており、いくつもの銃火が見て取れる。
 アキトは、三機のエステバリス達と戦っている一番近い敵の集団に向けてグレネードを放ち、バッタ数機を纏めて一掃した。
 そして赤いエステバリス――リョーコもこちらに気付いたのか通信を寄越してくる。

『おいっ! 誰だそのエステを動かしてる奴ぁっ!!』

「こちらはレイヴンのミルキーウェイだ。現在ACでの活動が不可能なため、エステバリスでそちらを援護する!」

 しかしリョーコは何が気に入らないのか、苦い顔でこちらに怒声を送ってくる。

『テンカワっ!? おい! そのエステはお前じゃなくてクラ――――』

『はーいはい、戦闘中に喧嘩しな〜い』

『油断してると棺桶行きだよ』

 しかしその怒声はヒカルとイズミに遮られる。

『気持ちは分かるけど、リョーコも落ち着きなよ〜』

『オチがつかないと笑いも取れないわよ』

『くっ……!!』

 流石にリョーコも戦闘中に問答をしている場合ではないと理解したのか、バッタの集団へと向き直る。

『テンカワっ! その機体壊すんじゃねえぞっ!!』

 去り際にそう言い残してヒカル、イズミ機と共に彼女達は再び戦闘を再開した。
 アキトはリョーコのらしくない様子に違和感を拭いきれなかったが、自分も戦闘に参加するためにエステバリスを戦場へと飛び込んでいった。










 一方ナデシコブリッジ。
 飛び交う銃火を目にしながらもテキパキと業務をこなしていくクルー達。
 もっとも、例外としてユリカはアキトの活躍を見てキャーキャーと騒いでいるが、それでも一応仕事はこなしているので全員黙殺している。
 そんな最中、プロスペクターがユリカに近寄ると耳元で囁くように話しかけた。

「あの〜艦長、少しよろしいでしょうか?」

「はい? なんでしょうか」

「それが、本社の方が艦長とお話ししたいと申しておりまして――――」

 ユリカはその言葉に、ただ訳も分からずキョトンとするだけだった。










『そ〜れ、いっただき〜〜♪』

 ヒカルの駆るエステバリスが放ったラピッドライフルの弾丸は、目の前のバッタの群れに全て命中する。
 しかし、それで火の玉と化したバッタは僅かだけ。その様子にヒカルは驚きを隠せなかった。

『うっそ、十匹中二匹だけ!?』

『敵さんのフィールドも強化しているようね』

 イズミもそう言いながら的確にバッタ達をライフルで捉えるが、思うような効果は発揮しない。
 だが、そんな中でも大胆に敵の集団へと切り込む二つの影。

『へっ、上等! だったら殴り合いで片をつければいいこった!!』

『つまりはこの俺様の出番ってわけだーーーっ!!』

 リョーコの駆る赤いエステはナックルガードを巧みに用いて流れるような動作で殴り飛ばし、ヤマダが操る単眼の青いエステはフィールドを纏いながら薙倒す ようにバッタの集団を蹂躙していく。

『おい、そういやテンカワの奴はどうしてる!?』

 リョーコはそう言って辺りを見回すと、離れた宙域にいくつもの火球が浮かび上がっているのが分かった。

『へっ……あいつも中々やるじゃねえか』

 リョーコが見るモニターの向こうには、ぎこちないながらも確実にバッタを落していくピンク色のエステバリスの姿があった。
 高出力ブースターによる高速機動で宙域を飛びまわり、、手に握り締めたライフルと肩のグレネード、そして左腕のミサイルポッドから絶え間なく火線が飛び 出し、バッタ達を飲み込んでいく。
 しかしやはりACとは勝手が違うのか、動きは直線的で中々に危なっかしい。

「くっ、IFSによる反応速度がACとは段違いだ……こりゃ慣れるまで時間がかかりそうだな」

 アキトの乗っている改造エステは元々レオス・クラインが乗っていたもので、反応速度や各種設定はクラインに合わせられていたため、扱いが非常に難しい代 物だ。並のレイヴンやエステバリスライダーでは機体に振り回されるのがオチだろう。
 しかしそれを危な気無く操るアキトには流石と言うのか、それとも奇妙と思うのか迷う所だ。

 加えて元々エステバリスとACでは兵器としての役割が全く違うため、戦い方も完全に違ってくる。
 ACはアセンブリによって扱いが違ってくるが、単機での高い突破力や長時間の作戦行動力が求められるため、現存兵器に比べても高い防御力を誇り、安定し た火力を持つことが出来る。ラークスパーは正にその典型だ。
 比べてエステバリスは云わば艦載機。母艦からの重力波ビームが届く範囲であればエネルギーは永続的に続くといえば聞こえはいいが、裏を返せば重力波ビー ムの範囲外では作戦行動は著しく制限されるということだ。加えて装甲の薄さと持てる火力の低さもあって、その扱いはACとは全く異なると言ってもいいだろ う。

 だからアキトはこの改造エステの高い機動力を生かして一撃離脱を繰り返し、確実に戦果を挙げる戦法をとっている。
 しかし空気を読まない馬鹿がそれを分かる筈もなく――――

『な〜〜にをやってやがるアキトォ! お前も男ならそんなチマチマせず一気に片付けろぉっ!!』

「慣れない機体での戦闘なんだ、無茶言うな!」

 考えなしのヤマダの言葉に思わず噛み付くアキト。気安く本名で呼ばれているのも原因かもしれない。
 己はレイヴンだというのに既に本名が知れ渡っているのはアレなのだが、もうほとんどあきらめている。

『はーーっはっはっは! ならばこの俺様が手本を見せてやる! ゆくぞっ! スーパーナッ パァーーーッ!!

 そう言って無謀にも突っ込む馬鹿一匹。
 ディストーションフィールドによる突撃で数十単位で火花が上がるが、集団から飛び出た獲物を敵が見逃すはずも無く……。

『ぬおっ!? いつの間にやら囲まれてるぅーーーっ!?』

 周囲を敵に囲まれ、身動きが取れなくなっていたりする。
 おまけにその場所は重力波ビームの範囲外。モタモタしていたらあっという間にガス欠に陥り、落されてしまうだろう。

「くそっ、正式なパイロットなんだったら周囲の状況確認くらいしろ!」

 なんにしろ貴重なパイロットを死なせるわけにはいかない。
 釈然としないが、助けに入るべくライフルを構え、包囲網を崩そうと攻撃しようとするが――――

『おっと、その必要はないよ』

 そんな声が聞こえた途端いくつかのバッタが火球と化し、包囲が崩れた一角からどこからともなく現れた青いエステバリスがヤマダ機をかっさらうように救出 した。

『君達、ここから先は危険だ! 下がりたまえ!!』

『あぁん!? なんだオメエは!』

『味方、さ』

 青いエステのパイロットが訝しむリョーコに答えたその瞬間、いくつもの黒い光条が眼前を通り過ぎ、同時に無数の火球を生み出していく。その様は正に圧倒 的だ。

『これは……多連装のグラビティブラスト!?』

 ブリッジにいるゴートが驚愕の声を上げた次の瞬間、再び何条ものグラビティブラストが辺りを薙ぎ払い、木星蜥蜴のほとんどを駆逐してしまった。

「これは一体……」

 流石のアキトもここまで圧倒的な光景は見たことが無く絶句する。
 そんなアキトに、男はまるで自分の玩具を見せびらかすような自慢気な声で答えるのだった。

『地球の新しい力――――コスモスさ』















 ナデシコ級二番艦『コスモス』――――多連装のグラビティブラストを複数装備し、相転移エンジンも左右に二基ずつ計四基も搭載した、火力推力共にナデシ コを大きく上回る超大型艦だ。そしてこのコスモスの最大の特徴は、前部ブレードを展開して他の戦艦を補修・整備可能なドッグ艦だということである。

「誘導ビーム確認しました」

「ナデシコ、自動操縦に移行。う〜んラクチンよねぇ♪」

 コスモスからの索引によって先端ドッグへと収納されていくナデシコ。
 その最中、待機中のパイロット組が外部ウインドゥに映る一つの船影に目を止めた。

「あ、イーストオブエデンだ」

 全長300メートルの無骨な戦艦。
 それはナデシコが火星への道中を共にした戦友の姿である。
 しかしその姿に彼女達の中にあったのは困惑だった。

「おいおい、どういうことだ? あの船は俺達と一緒に火星入りしたはずだぜ」

「一週間足らずで地球と火星を行き来できるはずがないわね……」

 しかしその疑問は、ナデシコがドッグ入りしてから判明することになる。










「「「「「「「チューリップに飛び込んでから半年が経っている〜〜?」」」」」」」

 ブリッジの面々の驚きの声が響き渡る。
 ブリッジ中央にはユリカ、ジュンら指揮官の面々だけでなく、操舵手のミナトやオペレーターのルリ、通信士のメグミやパイロットの面々等が一堂に集まって いた。そしてその中にはアキト、アイ、ネルの姿もある。

「ナデシコが火星でチューリップに入ってから月軌道近くで再度チューリップから出る間に、地球では六ヶ月もの時間が経過していた。火星で発見した輸送艦カ クタスの状態から鑑みても、チューリップによる空間移動はかならずしも瞬間移動とは呼べない様ね」

 ブリッジの中央では意気揚々とイネスが解説を行っている。無論、艦内放送も生中継で行っている。

「そう、そしてその六ヶ月の間にネルガルは地球政府と寄りを戻し、地球のために協力して戦っているというわけさ」

「ていうかアンタ誰よ」

 いつの間にやら紛れ込んでいる見慣れないロン毛の男に、ミナトは胡散臭い眼差しをやっている。

「おっと、紹介が遅れたね。ボクの名前はアカツキ・ナガレ、コスモスから来た男さ」

 そう言ってキラリと歯を光らせ、流し目を送るアカツキ。
 しかしミナトはそれを覚めた目で見るだけで、シッシと手を振って追いやった。どうやら軽い男は彼女の好みではないらしい。
 そしてプロスペクターに促され、ユリカが若干困惑気味の顔でこれからのナデシコの扱いについて報告する。

「以上の経緯からナデシコは本日付で連合軍極東方面艦隊に編入される事になりました。よって本艦は民間の戦艦であると同時に軍属の戦艦となり、今後の行動 は連合軍の命令により決定されます」

「えええぇぇ〜〜〜っ!」

「アタシ達に軍人になれって言うの!?」

「戦略的に見れば、連合軍と手を組むのが妥当なんだろうけど……でも!」

「おれたちゃ戦争屋ってか?」

 一斉に挙がる驚愕と非難の声。
 まぁ戦艦に乗っているとは言え、会社勤めの民間人が急に軍人になれと言われてはこうなるのも仕方ないかもしれない。

「君はどう思ってるんだいテンカワ君」

 そんな中、その様子を傍観していたアキトにアカツキが尋ねた。
 アキトの目には驚愕や怒りといった感情は浮かんでおらず、むしろどこか冷めた目でそれを見ていたためアカツキの興味を引いたのだ。

「いや、俺は元々この船の所属じゃないし……別にネルガルが何をしようがどうも思わない」

「なるほどね、いかにもレイヴンらしい考え方だ」

「企業の都合で振り回されるのはいつものことだしな」

 元々ネルガルは地球政府とは協力的だったため、今回の辞令についてはそれほど不審に思っていない。
 しかし企業の政府への隷属の先に待っているのは、緩やかな弱体化だ。
 アキトが知る限り、ネルガルとは自社の利益のためには平気で人を切り捨てる企業だったはずだ。
 会長が代替わりしてからは随分と大人しくなったようだが、それでも大人しく弱体化を待つような企業ではないだろう。
 上手く政府との間を立ち回れる自信があるのか……それとも政府を出し抜くような『ナニカ』があるとでも言うのだろうか?

「テンカワくん……だったかしら」

「なんですか?」

 そんな思考の海に没頭していると、突然声を掛けられた。
 相手は艶やかな黒髪をショートカットにした女性で、アジア系の顔立ちに口元の真っ赤なルージュとホクロが目を引く大層な『美人』である。
 彼女を見て暫し見とれたアキトだが突如足に激しい痛みが走り、横を見ればアイがニコニコと笑顔でこちらを見ていた。
 その笑顔に空恐ろしいものを感じたアキトが冷や汗を流したのは言うまでもない。

「あーー……あなたは?」

「ナデシコの副操舵手として新しく配属されたエリナ・キンジョウ・ウォンよ。兼業としてネルガルの依頼を伝える役割もあるからこれからヨロシク」

 そう言ってニコリと妖しく笑みを浮かべ、手を差し伸べてくるエリナ。
 ……握手をすると足からつねるような痛みが走ったが、表情には出さないように努める。

「早速だけど、ネルガルはあなたに引き続きナデシコに搭乗してもらいたいの。もちろんこれは依頼としてよ」

「……報酬は?」

「一つの作戦辺りに四万コーム、内容によっては加算報酬も含まれるわ」

 レイヴンへの依頼料としてはそこそこの金額だ。
 今までの履歴を考えるともう一声欲しい所だが、協力している限りは定期的に依頼が入ることを考えると、不定期に依頼をこなすよりはずっといいかもしれな い。

「いいでしょう。その依頼受けま――――」

「ちょっと待ってください、レイヴン」

 アキトを押しのけて前に出てきたのはネルだ。
 彼女の顔はいつも以上に引き締まり、エリナを射抜くように見つめている。

「ネルさん……?」

「あなたは忘れているかもしれませんが、まだ私達はいままでの依頼料を貰っていないのですよ」

 そういえば、と思い出すアキト。
 ネルガル火星支社の調査の依頼は有耶無耶の内に終ってしまい、すぐ後に例の襲撃騒ぎがあったのですっかり忘れていたのだ。

「……あの子が心配する理由がなんとなく分かったような気がしますね」

「どういう意味ですか、それ」

「別に何も――――とにかくまだ先の依頼についての契約はまだ終っていないのですから、そちらを片付けてもらわないと依頼は受けられません」

 まぁ確かにそうしないと二重契約になってしまうから、ネルの言うことに間違いは無い。
 しかしエリナはそんなネルに真っ向から反論する。

「あら、聞くところによると調査はできずに逃げ帰ってきたと言うじゃない。ネルガルは慈善団体じゃないんだから、任務を失敗したのに報酬を払うなんてこと はできないわよ?」

「調査を行うのはあくまでネルガルの方でしょう? 依頼内容には調査団の安全の確保が最優先とありましたし、結果的に言えば調査団――ナデシコは中破した とは言え、クルーには被害が出ていません。十分に評価に値すると思うのですが」

「けれども結局は何も調べる事ができずに逃げてきた……それに敵勢力ともまともに戦えずにACを破壊されたようだし、やっぱり報酬は出せないわね」

 エリナは薄く笑みを浮かべながらそう言い捨てるが、ネルは一歩も引かず交渉を続ける。
 それは宛ら竜虎相打つ構図のようで、傍から見ていたら胃が痛くなること請け合いの光景だ。
 ふと、アキトが周りを見てみれば他のブリッジにいた面々が遠巻きにこちらの様子を眺めていたので、アキトは溜息をついて二人の口論に口を挟んだ。

「二人とも、大人気無い上に他の人の目もあるのでそろそろ止めてください」

「そうそう、しつこいと嫌われるよエリナくん? それにネルくんも、依頼の意向に関してはレイヴン本人の彼が優先されるんだから、恋人じゃあるまいしそん なにムキになるのはどうかと思うよ」

「「なっ……!!」」

 アカツキの放った一言が決定打となったようで、二人は顔を赤くして黙り込み、以後はプロスの詳細説明とユリカの解散の指示が出るまで俯きっ放しでいたの だった。















 デブリーフィング終了後、ルリはいつものように一人その場を離れ、半ば常連となった自動販売機へと歩を進めていた。
 昼食前の時間とあって、いつもならそこにミナトなりメグミなりがルリを食堂へと連れて行こうとするのだが、この日はいつもの違う人物がルリに声を掛け た。

「やっほ、ルリっち♪」

「あ……どうも」

 ルリがお辞儀して挨拶を返した相手は、アイだった。
 戦闘前の会話のこともあって、若干アイに苦手意識があったルリだが、アイはそんなルリの心情などどこ吹く風で、ルリの隣にチョコンと腰掛けた。

「そういえば私達、こうやってお互いお話しするのは初めてだよね」

「戦闘前に言葉は交わしたはずですが」

「違う違う、こうやって直に顔を合わしてだよ」

「……そうですね、普段はお互い仕事で顔も合わせませんし」

「だよね〜。ネルガルって労働基準法ってないのかな?」

 その後もアイはルリに色々なことを話しかけた。
 歳が近いということもあってか、話は職場の人間関係(アイは格納庫、ルリはブリッジ)についてやお互いの得意分野から、果ては好きな食べ物までそれこそ マシンガンのように話し続けた。
 そんなアイに対し、ルリが感じたのは困惑だ。
 研究所での生活が染み付いていたルリには、所謂日常を過ごした経験のあるアイとの会話はどうにも馴染めず、途切れ途切れに相槌を打つかありきたりの答え を返すので精一杯だった。
 ……加えてそろそろ身体が空腹を訴えてきたため、いい加減昼食にありつくためにも、今は『大好きなお兄ちゃん』の話に夢中になっているアイに話しかけ た。

「――――それでお兄ちゃんがね」

「あの、アイさん」

 ルリに呼ばれ、振り向くアイ。
 無垢な丸い瞳に見つめられて緊張するルリだが、意を決して言葉を続ける。

「私、そろそろ食事にいきたいんですけど」

 だからもう私に構わないでどこかに行ってくださいと言外に匂わせて、会話の中断を計るルリ。
 しかしアイはそんなルリの意図を分かるはずも無く、むしろ違う意味で捉えてしまう。

「あ、そういえばもうお昼だね。じゃ、一緒に食堂にいこっか♪」

 ルリが言葉を挟む暇も無く、アイはルリの手を握ると食堂へと走り出した。
 このあまりの強引さに目を回すルリ。
 ミナトやメグミらブリッジの女性陣はしつこく誘ってくることはあってもこのような実力行使に出たことは無かったため、ルリは困惑を隠せない。寧ろ、何故 自分のような愛想のない子供にこうも構うのか、不思議でしょうがないといった感じだ。

 以前いた研究施設放ではこんなことはなかった。
 あそこにいた研究員達は皆自分のことを「モノ」としか見ていなく、己を見るその視線も無機質なものばかりだった。
 彼らの視線に感情が垣間見えるのは、実験で結果を出した時だけ……それも喜びと落胆という二つだけしか記憶に無い。
 彼らが求めるのは純粋なる「結果」だけ。それ以外のものはモルモットたる自分には何一つ求められていなかった。

 だからナデシコに来てから感じたことは困惑ばかりだった。
 最初の頃はまだいい。自分の髪と瞳の色を目にし、珍獣を見るような視線を送ることは研究所でもよくあることだったから。
 しかしブリッジで勤務して暫く経ったころにはそれもなりを潜め、代わりに増えたのは積極的に自分に話しかけてくる様々な人達だ。
 積極的に食事に誘おうとするミナトやメグミ。
 服やらアクセサリーやらを持って自分を着せ替えようとする女性クルー。
 頭を撫でたりお菓子を振舞ったりとやたら子供扱いする男性クルー……中には写真撮ったりする人もいるが。

 とにかく多くの人が自分に構ってくるため、慣れない扱いにルリは自然とナデシコクルーと距離を置くようになっていった。
 そうすれば皆自分の事を放っておくだろう――――そう思っていた。
 しかし幾人かはそれであきらめたが、ミナトやメグミらブリッジクルーは自分が素っ気無い態度をとっても変わらず接してくれる。そして目の前の少女も、 あっけらかんとしながら自分に付き合っている……
 なぜそこまでして彼らは自分に構うのだろう?

「……アイさん、どうしてそこまで私に構うんですか?」

 だからルリはアイに聞いてみた。
 研究所の人間とナデシコのクルー達、あまりにも違いすぎる彼らの違いは一体なんなのだろうか?
 するとアイはその場で立ち止まると、くるりと振り向いてルリの顔を真っ直ぐに覗きこんだ。

「私がルリっちと仲良くしたいだけだよ…………ルリっちは私とはイヤ?」

 ルリにそう問いかけるアイの顔からは、少し悲しそうな瞳が伺える。
 アイはアイで、数ヶ月ぶりに会うことが出来た同世代の女の子との会話は、非常に心躍るものだった。
 大好きな兄や、自分のような少女にも気を掛けてくれる年上の女性達の存在は、両親や友人をいっぺんに失ったアイからしてみれば、本当に有難かった。しか し、やはり同世代で同姓の友人というものは格別で、ルリとの会話には本当に夢中だったのだ。

 しかし途中であまりにもはしゃぎすぎたことに気付き、同時に反応が全く無いルリの様子に不安に襲われた。
 ナデシコ内ではクールな少女として有名なホシノ・ルリは、自分なんかと話すのは嫌なのではないか、あまりにも口喧しい自分に嫌気が指しているのではない か。そんな風に考えていた。

 人との温もりを知らない故に困惑する少女と、それを深く知る故に孤独を恐れる少女。
 二人の視線は、内心に様々な感情の色を伺わせながら交差し、辺りに静かな空気が漂っていたが――――

「いえ、そんなことはありません……これからもよろしくお願いします」

 それは気まぐれなのか、それともアイの瞳から感じた感情を読み取った上での返事なのか。
 本当のことなど知る由も無いが、アイにはその返事だけで十分だった。

「!!……うん、ヨロシクね♪」

 喜色満面の笑みを浮かべそう返事をするアイ。
 そして一段落着いたところで、改めて食堂へと向かうお子様二人だが、突如けたたましいアラームが艦内に鳴り響き、二人の足を止めてしまった。

「これは……」

「敵襲…ですね」

 どうやら食事はお預けのようだ。
 二人はお互い苦笑しながら、それぞれの持ち場へと駆けていくのだった。










「ルリちゃん、状況はどうなってる?」

「コスモスのグラビティブラストで敵の2割は殲滅しましたが、あまり芳しくありません」

 正面スクリーンにはこの会戦での戦力分布が示されているが、相変わらず木星蜥蜴が連合軍の戦力を圧倒している。
 しかし今までとは違い、ネルガルの協力のおかげでディストーションフィールドの実装や機動兵器のアップデートを果たしたため、一方的にやられるようなこ とはなくなっていた。
 だが状況は泥沼の膠着状態に陥っている。

「ナデシコは目下修理の真っ最中で、コスモスはそのナデシコの修理で身動きが取れない……」

 コスモスという強力な戦力はあるが、今はナデシコの修理のために前線には出られず後方で支援に徹することしかできないため、決定打の欠けた連合軍は各所 で戦線を支えるのが精一杯という状況だ。

「ジュンくん、ナデシコの修理はあとどれくらいかかる?」

「あと一時間で修理は終わるよ、ユリカ」

 思案は一瞬。ユリカはジュンの言葉を聞いて瞬時に作戦を立てる。

「エステバリス隊は発進準備を! ナデシコの修理が完了するまでに正面敵部隊を殲滅して下さい!」

 コスモスの艦載する機動兵器は既に周辺に展開し、宙域は確保できているがこのままではジリ貧だ。おそらくユリカは修理完了と同時にナデシコのグラビティ ブラストで決着をつけるつもりなのだろう。エステバリスだけでは艦隊の殲滅は難しいが、敵艦隊の中央に布陣するチューリップを落すためには、展開する護衛 の敵部隊を減らす必要がある。

「つーわけで再び俺達の出番ってわけだ!!」

「さっきみたいな醜態は晒すんじゃねえぞ、ヤマダ!」

「ちょぉ〜っとアレはカッコ悪かったもんねぇ」

「無様な屍……それは失態(死体)」

 先程の戦闘ではバッタに囲まれアカツキに助けてもらっていたため、三人娘にからかわれるヤマダ。

「う、うるせー! それにそれはテンカワも同じだろうが!」

「俺は敵に囲まれたりはしなかったよ。それにこのエステの動かし方も分かってきたことだし、そうそう遅れはとらない」

 会話を交えながらもコンソールに目を走らせ、入念に機体のチェックを行うアキト。
 先程の戦闘では機体に振り回されてた感が否めなかったが、デブリーフィングが終了した後真っ直ぐ格納庫へと向かい、ウリバタケらを交えてエステバリスの 調整を行ったため、今度は足を引っ張るような真似はしない自信があった。

「てめっ、言ったなアキト!? そこまで言うんだったら俺様の本当の力っていうものを見せてやろうじゃねえかっ!!」

「分かったから今度はヘマするんじゃないぞ」

 そう言ってウインドウを切ると同時にコックピットに静寂が漂い、一息つくアキトだが、今度は新入りのアカツキのウインドウが開くとおかしなことを言い始 めた。

「どうだいテンカワ君。この戦闘で撃墜数の多いほうが艦長とデートできるっていうのは」

「…………は? なんでそこにユリカが出てくるんだ?」

 戦闘前だというのにこの男は一体何を言っているのだ?
 アキトはそんな表情でアカツキに言葉を返すが、これには何故かアカツキの方が慌ててしまった。

「い、いや…艦長は君の幼馴染じゃなかったのかい?」

「それはそうだけど、それがさっきの言葉とどう繋がるんだ?」

 真顔で尋ねるアキト。どうやら本当に質問の意図が分かっていないらしい。
 アカツキはナデシコに乗り込む際、艦長と火星で雇ったレイヴンが幼馴染の間柄であることを聞いていた。しかも艦長の方はそのレイヴンにぞっこんであるら しく、何度もアプローチを仕掛けてるとか。
 文字通りの最前線で戦うレイヴンにも興味はあるが、艦長は声を掛けずにはいられないほどの美人だ。そんな二人の詳細な間柄を知るために、からかう意味合 いも込めてカマをかけてみたのだが……。

(こ、これは本当になんとも思っていない!?)

 予想外の反応にどう対処していいやらで、苦い笑みを浮かべるアカツキ。

「まぁスコアを比べるだけなら俺はいいぞ。この作戦じゃ撃破数に応じて報酬を増やしてくれるってエリナさんが言うしね」

「そ、そうかい」

 アキトの言葉を聞き、それだけを言ってウインドウを閉じるアカツキ。
 予想よりも違った反応に若干焦ったが、向こうはそれなりの力を奮ってくれそうだ。
 同伴した彼女がいなければ、その可能性も無かったことを考えると連れてきて正解だったと言えるだろう。

(それにしても…………この分じゃあ、彼の本当の『チカラ』を見るのは当分先になるかな?)

 そう心の中で呟きながら、アカツキは静かに戦闘が始まるのを待っていたのだった。










 宇宙という漆黒の闇の中に瞬くのは光条に爆発、そして閃光。
 木星蜥蜴と地球連合軍の双方は文字通り正面からぶつかり合い、その戦闘は熾烈を極めていた。
 チューリップを守るためにコスモスを落そうとする木星蜥蜴に、コスモスを守るために全力でそれを防ぐ連合軍の機動兵器部隊。
 互いが互いを潰しあって更なる火球を増やしていき、深紅の華で戦場を華々しく彩らせている。

 そしてその戦場の中に新たに飛び込む六つの機影。ナデシコから発進したエステバリス隊である。
 彼らは近くのバッタの集団へと仕掛け、先頭に立つ単眼の青い機体――ヤマダのエステが見敵必殺とばかりに拳を振りき、バッタの頭を潰すとライフルを撃ち まくって他のバッタを牽制。その後すぐさま残りの五機が雪崩れ込み、各々の得物でバッタを落していった。
 その様子を見ていた近くの機動兵器部隊は、あまりの勢いに一瞬呆然としていたのだった。

「これじゃまるで騎馬隊だな……」

「この混戦じゃあ散開して敵を倒すのは危ないから、却っていいと思うけどね。それにしてもやっぱり敵のバッタは固くなってるなぁ」

 アキトの呟きにそう返すアカツキ。
 しかしこのなだれ込む様な戦い方は前もって打ち合わせをしておいて仕掛けたものではなく、勝手に突っ込んで行ったヤマダ機をフォローするために全員が付 いて行き、ヤマダの打ち漏らした敵を片付けているだけなのである。

「敵が固けりゃ吹っ飛ばすまでだぜ! 行くぞおめえら! フォーメーション、ホウセンカ!!

「はいは〜い♪」

「お仕事お仕事……」

 いつもならヤマダの独断専行振りに怒声の一つでも飛ばすリョーコだが、前回の戦闘でほとんど活躍の場が無かったことから、少々ハイになっているらしい。 暫く固まって行動していたかと思えば、手近な所に敵部隊が展開しているのを見つけるとヒカルとイズミを伴って飛び出していった。
 そして三機のエステがフィールドは纏ったかと思うと散開し、それぞれが突入軸をずらしながらバッタの集団へと突撃していく。
 それぞれの機体が交差するようにして敵集団を通り抜けると、干渉しあった歪曲場によってバッタは歪に歪むと盛大な爆発を起こす。
 そうして三人娘は長年培ってきたコンビネーションによる攻撃で次々と敵機を落として行き、僅か数回の会敵で数十の機動兵器を落していくのだった。

「な〜〜〜はっはっはっは! 行くぞキョアック星人共! ゲキガーーンフレアァーーーー!!!

 そしてヤマダの方と言えば、相変わら単機で突っ込んでいきながら敵を落していっている。
 しかし流石に前回のような愚は犯さず、突撃するのは小隊規模の部隊だけで、その他はちゃんと仲間の援護を受けられるような位置取りで確実に敵機を落とし ている。

「やれやれ、どうにも暑苦しいもんだね」

 そうぼやきながらも、ライフル片手に戦場を駆け回るアカツキ。
 精密な射撃でバッタを撃ち落すかと思えば、寄ってきたバッタをイミディエットナイフで返す刀で切り裂き、フィールドを張った硬い敵には同じくフィールド を纏った体当たりで確実に倒す。
 目を張るような活躍こそ無いが、オールマイティな戦い方で着実にスコアを伸ばしていっている。

(さてと、例の彼はどんな具合かな?)

 そしてバッタを正確に射抜きながら、アカツキはアキトのエステの動きに目を向けていた。
 そのアキトはと言えば、アカツキと同じく距離に合わせた無難な戦い方をしている。

 しかしその破壊力が段違いだ。
 アキトの搭乗する改造エステは、通常の0G戦フレームには無いミサイルランチャーと小型グレネードを搭載しており、その攻撃力はラークスパーに劣るもの の通常の0G戦フレームを遥かに凌駕する。
 アキトの戦っている戦域では、その性能を示すように次々と火球がバッタ達を飲み込んでいた。
 近寄るバッタはナイフで切り裂き、エステの持つライフルと左腕から放たれるミサイルが小隊単位でフィールドを減衰させると、肩のグレネードが火を吹いて 一気にバッタ達を殲滅していく。
 その一連の行動を淡々と繰り返しているだけだが、弾薬を吐き出しながら次々とバッタを落していく様はある種の凄みを感じさせる。
 加えてアキトはエステの動かし方の特性を掴んだのか、安定した挙動で戦っているため、同時に見ていて安心感も感じるほどだ。

(それにしてもあの戦い方……兵装のせいもあるけど、まるでACのようじゃないか)

 確かに大きさと兵装の位置の違いはあれど、ライフルとミサイルにグレネード、そしてブレード代わりのナイフという装備はACのそれを思い起こさせる。
 元より改造エステはAC乗りの案によって生み出された機体だ。それを考えるとACの戦い方に似るのは当然の理かもしれない。

 そうこうする内に、間も無くナデシコの修理が完了するとの連絡が各機に伝えられる。
 しかしバッタ等の小型機動兵器は多く倒したものの、未だそれを吐き出すチューリップの前にはヤンマ級戦艦が盾の様に鎮座しているため、このままグラビ ティブラストを撃ってもチューリップまでにダメージを与えられるのは難しい。

『みなさん、なんとかして正面のヤンマ級を、ナデシコ修理が完了するまでに落してくださ〜い!』

「オイオイ艦長、いきなりそんなこと言われても困るぜ!」

「流石にヤンマ級はちょ〜っと辛いよねぇ」

「小さなものから大きなものまで♪……それはヤン「あーーイズミ! それは流石にマズイ!」……分かったわ」

 少々メタな会話も混じりながら敵戦艦を落す算段をつける三人娘。
 そして空気を読まない馬鹿が一人無謀なことを口にする。

「フッ、こういう時こそ俺様の出番だ! このガイ様のゲキガン・フレアで一気に決着を――!」

「「「たった一人で突っ込んでどうにかできるもんじゃないだろう!」」」

 リョーコ、ヒカル、イズミらのエステバリス三機から同時突っ込みを受けてそのまま沈黙するガイ。
 しかしその様子を見ていたアカツキがとんでもないことを言い出した。

「いやぁ、そんなに悪くないかもよその案」

「「「「…………はぁ?」」」」

 ガイ以外の四者からそんな声が出されると同時に、「お前頭大丈夫か?」みたいな視線がウインドウ越しに寄越される。
 流石にそんな反応を返されるとは思わず慌てて説明を付け加えるアカツキ。

「いやいや、流石に一機だけなんて無謀なことは言わないよ! いやね、ナデシコの戦闘資料を見たんだけど、君達は一度エステだけで戦艦を落してるじゃない か」

「……あれか」

 アカツキが言っているのは、火星軌道上での戦闘のことだろう。
 あの時はリョーコとボイルが敵旗艦のフィールドを破り、そこを改造エステに乗っていたクラインが全火力を集中させて落していた(第九話参照)。
 そのことをリョーコは思い出すと、一瞬アキトの乗るエステへと視線を寄越したが、否定的な意見を口にする。

「あれはフライトナーズっつう凄腕の連中がいたからできたことだぜ。前衛はともかく、要の後衛がコイツじゃあ不安もいいところだ」

「その辺は心配ないと思うよ。彼は火星でいくつもの激戦を潜り抜けた凄腕みたいだし、寧ろ作戦の大役はフィールドを破る前衛の方な気もするけど? それに この中で一番火力を持っている機体は彼なんだし、他に選択肢は無いんじゃないかな」

 正論を言われて言葉に詰まるリョーコ。
 リョーコも現状ではその策以外に敵戦艦を落す方法を思い付かないため、口を噤んでしまう。

「で……君はどうするのかな? アキトくん」

「そこまで言われたらやるしかないだろ」

 リョーコにあそこまで言われては、アキトもやる気を出さざるを得ないらしい。
 そうと決まった所で六人は作戦の詳細をその場で詰めていき、フィールドを破る前衛組は経験者のリョーコが先頭で、もう一人は発案者であるアカツキが行く ことになった。

「おいちょっと待て! 俺様の出番はどうなるんだ!?」

「はいは〜い、私達は大人しく援護に回りましょうね〜」

「三人とも気をつけなよ」

 ヒカルのエステがヤマダ機を引っ掴む様にしてその場から連れ出し、イズミ機がそれについていきながらその場を離れる。

「うがーーーー! 納得いかねーーーーっ!!」

 ヤマダの声がフェードアウトしていくのを耳にしながら、三人は機体と装備のチェックを行い、作戦の残り時間が5分になったのを確認すると、気合を入れる ようにしてリョーコが声を張り上げた。

「さぁて行くか。足引っ張るんじゃねえぞ! アキト! ロンゲ!」

「了解、任せてくれ」

「せめて名前で呼んで欲しいなぁ……」










 ――――同時刻、ナデシコブリッジ
 先程前線部隊での作戦について報告を受けたブリッジの面々は、間も無く完了する修理に併せて戦闘準備を行いつつ、これから行われる戦闘を緊張した面持ち で眺めていた。

「う〜〜〜ん、フライトナーズの人達がいなけど大丈夫かしら?」

「テンカワさんってば、前の作戦でボロボロにやられてましたからちょっと不安ですよね〜」

「大丈夫です!! アキトは私の王子様ですから!」

 フライトナーズの三人とは付き合いが長かったミナトとメグミは、それほど活躍していないアキトに対して若干酷評気味だ。
 反してユリカはアキトの活躍を信じて止まないようで、鼻息を荒くしてスクリーンを見つめている。

「…………」

 そしてそこから一歩離れた所で副操舵手のエリナが、スクリーンから微塵も目を逸らさず、鋭い視線でアキト達の様子を眺めていた。










 一直線に旗艦へと向かうアキト達三人に気付いた木星蜥蜴達は、周囲に展開していたバッタを旗艦前方へ呼び戻すと同時にカトンボに対空砲を放つよう命令を 下す。そしてミサイルやレールガン、高出力レーザーの雨が次々とエステバリスに襲い掛かるが、三機は一糸乱れぬ動きでそれを回避し徐々に敵旗艦へと近づい ていった。

「いやー、言い出しっぺがこう言うのもなんだけど、スリル満点だねー!!」

「くっちゃべってねーで黙って付いて来いロンゲ!」

 軽口を叩きながらも三機は次々と敵の防衛線を突破して行き、目立った被害を負うことなく遂に敵旗艦をその射程に捉えた。
 ヤンマ級が懐に入ったエステバリスに慌ててバッタを呼び出すが、既に遅い。

「貰ったぜ――オラアッ!!

 リョーコのエステのフィールドと、ヤンマのフィールドが接触しスパークが走る!
 そしてリョーコはそのまま滑るように機体を推し進めると、敵のフィールドの境界面が広い範囲に渡って減衰していく。

「次は僕の番だね!」

 それに続くように今度はアカツキのエステが突入し、突入角を計算して片手に持ったナイフを減衰したフィールドへと突き刺し、リョーコと同じようにそのま ま機体を推し進めてフィールドを切り裂いていった。
 いつまでも敵艦の傍にいると危険なため、フィールドの消失を確認するとすぐさま離脱したアカツキだが、その後敵艦の様子に真っ先にリョーコが気付いた。

「マズイ! フィールドの穴が思った以上に狭い!?」

 切り裂いたと思ったフィールドの切れ目は、予想以上のスピードで修復し、今にも閉じようとしていた。
 敵のフィールドが以前より強化されていたのが原因か、加えて刀身の短いナイフでこじ開けたのが問題だったのか。
 とにかくこのままでは旗艦の撃墜はむずかしい。そう判断したリョーコはアキトに作戦の中止を指示しようとしたが――――

「…………」

 そのアキトはと言えば、リョーコの通信は耳には入らず、全神経を集中させてフィールドの切れ目に狙いをつけていた。
 そして同時に目の前に浮かび上がってくるのは、『以前』よりもくっきりとした弾道予測線――――。

(これは……あの時と同じ?)

 ライフルにミサイル、グレネードの弾道と着弾予測図がまるでディスプレイに映しているかのように見えることに不審を持つアキトだが、その疑念を一瞬の内 に掻き消すとその予測に従うように、トリガーを引いた。
 搭載していた兵装が火を吹くと、その弾頭は脳裏に映った予測線と寸分狂わず飛翔して行き、今にも閉じそうになっていたフィールドの切れ目へと飛び込む と、ヤンマ級の装甲を食い破り、ミサイルとグレネードが内部で着弾した。

 三機のエステはその様子を見ると、反転してその場から離脱。
 その一瞬後、ヤンマ級は付近の戦艦や機動兵器を巻き込んで盛大な爆発を引き起こした。
 そしてチューリップへの活路が開けたのを確認した地球連合軍は攻勢に転進、援軍の途切れた木星蜥蜴はそのままズルズルと戦線を下げ、最終的には修理の完 了したナデシコと前線に復帰したコスモスのグラビティブラストによって、遂に殲滅されたのだった。















 ――――数時間後、ナデシコのとある一室

「それで、どうだったかしら? 例の彼は……」

「いやいや、中々のモノだったよ」

 暗闇の中で言葉を交えるのは、エリナとアカツキの二人だ。
 彼らの言葉からは、ブリッジで交わしてたようなおちゃらけたモノは全く無く、寧ろ事務的な様子を感じさせるものだ。

「元々IFSの経験値が高いってのもあるけど、短時間であんなピーキーなエステを扱えるなんて簡単にできることじゃない。それに、やっぱりレイヴンをやっ てるせいか、物事に対して非常に冷静に取り組むことができている。人材としては非常に優秀な部類に入るね」

「そしてあの驚異的な能力――――」

 エリナの脳裏に浮かぶのは、最後にヤンマ級に向けて全兵装を放つエステバリスの姿。
 傍から見ているだけでは分かりにくいが、あれだけの武器をたった一人のIFS処理能力で行い、かつ針の穴を通すような精密な射撃を行うことは通常の人間 では不可能だ。

「あれでもまだ全体のほんの一部なんだろう。全く、博士達もとんでもないものを残してくれたよ」

「加えて『適格者』の可能性も有り、か……もはやなんでもありね」

「そっちの方はまだなんとも言えないけどね」

 エリナの言葉に初めて感情――愉悦といったものが覗き、アカツキはそんな彼女に釘を刺すように言い捨てた。
 どうやら彼女はその『適正』の方に興味があるらしく、アカツキに注意されて少し不貞腐れてしまう。

「とにかく、彼の事を地球政府に悟られるわけにはいかない。ただでさえ、この船には口の軽い御方が乗っているからね」

 地球政府からの監視役として乗船したムネタケ・サダアキは、引き続きナデシコに乗船して提督の座に就くこととなっている。
 元々ムネタケのナデシコでの受けは相当悪く、その旨が言い渡された時は一斉に非難の声が挙がったほどだ。
 もっとも、ムネタケにとってはナデシコ残留の命令は左遷もいい所で、苦虫を潰しているようである。
 地球政府としても、ムネタケにはナデシコの監視以上のことは期待していないのだろう。
 アカツキにしてみれば、権力というものに執着しすぎた故の自業自得としか思えなかった。

「まぁ、君もあまり執着しすぎないようにね。なにしろ彼には怖〜いご婦人が二人もいるんだから」

「余計なお世話です!!」










 ――――そして同時刻、ナデシコ別の一室にて

「レイヴン、一ついいですか?」

 アキトに特別に割り当てられた部屋には、彼のほかにネルとアイの二人の姿があった。
 ネルとアイにも部屋が割り当てられてはいるが、三人で話し合う時にはこうやってアキトの部屋に集まっていたりする。
 そして作戦が終了した後、アキトの部屋に三人が集まり、開口一番ネルがそう口にした。

「あなたがお人好しということは分かってますが、何故わざわざネルガルに協力を?」

「厳しいですねネルさん……」

 ストレートな物言いに苦笑するアキト。
 戦闘後、デブリーフィングが終ってから改めてエリナと交わした契約の事を怪訝に思ったらしい。確かに、あれだけネルガルを毛嫌いしていたアキトが、すん なりとエリナの提示した書類にサインしたことは、ネルにしても不思議に思っただろう。

「話したいのは山々ですけど、ここもネルガルの船の中だし――――」

「大丈夫だよお兄ちゃん。ルリっちに頼んで、この部屋は今監視されていないから」

 ぎょっとしながらアイの方を振り向くアキト。
 アイがオペレーターのルリと仲良くなったことは聞いていたが、早速仲良くなった友人を使うことに空恐ろしいものを感じた。
 しかし当のアイはといえば、アキトの役に立てたのが嬉しいのか、ニコニコとしながらアキトを見つめているだけだ。アイはルリを利用したのではなく、単に お願いしただけなのだろうが、その用意周到振りにアキトは深い溜息を付かざるを得なかった。
 それはともかく、盗聴・盗撮の心配も無いということなので、アキトは言葉を続けた。

「俺達は火星のナーヴス所属のレイヴンです。いきなり地球に放り込まれてもツテのない今の状況じゃあ、結局ネルガルに協力するしかないと思ったんです」

「……下手に離れるよりは、素直に協力して内部から情報を集めた方が効率が良いという事ですか」

「理解が早くて助かります」

 ナーヴス・コンコードはあくまで『火星』所属のレイヴンのための仲介組織であって、地球にまでその影響力は無い。
 地球ではレイヴンを統轄する組織というものは存在せず、各企業やアリーナ、そして地上にいくつかある自治エリアを管理する監督局がレイヴンに依頼を出 す、もしくは取り込むといった形で成り立っている。
 しかし現状では、多くのレイヴンがより良い稼ぎ場の火星に集中している上、地球に残留したレイヴンもほとんどが企業なりアリーナなりに身を寄せているた め、あぶれたフリーのレイヴンはあまり質が高くない。
 つまりはナデシコ、もといネルガルを離れた所で、地球では無名のアキトがすんなりと依頼を受けられるはずが無く、かえって情報が集めにくいとういうのが 実情なのだ。

「でも、それだけじゃないでしょ? お兄ちゃん」

「……ああ、俺の感だけどあのアカツキは、おそらくネルガルでもかなり『上』にいる奴だと思う」

 その言葉に真っ先に反論したのはネルだ。

「まさか! いくらなんでも企業の上層部が前線に出てくるとは思えません!」

「まぁあくまで自分の感ですから……とにかく、ナーヴスの支援も無い上火星の状況が分からない以上、今はネルガルに協力するのが一番だと思います」

 虎穴に入らずんば虎児を得ず――――あえてネルガル上層部に姿を晒しつつ、こちらも向こうの腹を探るということなのだろう。
 ネルはアキトの強い決意を改めて感じ取り、やれやれと首を振りながら苦笑した。

「――あなたの考えは分かりました。では、私は地球各地の情報を監督局を通じて集めてみます」

「お願いします」

 そう言ってアキトは頭を下げ、感謝の意を示す。
 ネルはそんなアキトに顔を赤くしながら、「私はあなたのマネージャーですから」と言って、そのまま部屋を退出していった。

「お兄ちゃん、私はどうすればいい?」

「……あまり無茶をしないって約束してくれるなら、好きにしていいよ」

 ここで「何もしなくていいよ」と言わない辺り、アキトも随分と成長したことが伺える。
 もしそんなことを口にすれば、笑顔で黒いオーラを振り撒きつつ、どんな酷いお仕置きを受けるか分かったもんじゃない。

「ホント!? じゃあ早速セイヤおじさんの所に行ってくるね!」

 既にアイの頭の中ではやることが決まっていたのか、笑顔で部屋を飛び出すとそのまま格納庫へと走り去っていった。
 アイはアイで、家族としてだけでなく既に凄腕のACメカニックとしても、大事なチームとなっている。恐らく大破したラークスパーをどうにかして甦らせる べく、整備班長のウリバタケの下へ行ったのだろう。
 女性にはだらしないようだが、流石に10歳の女の子にナニカするとは思えないので、たぶん心配は無いだろう。

 そして誰もいなくなった自室で、アキトは備え付けのベッドへと身を投げると、先の作戦の事を思い返した。
 思い出すのは、敵旗艦への攻撃の際脳裏に鮮明に映し出された数々の戦術情報のことだ。
 あれについては、第二次火星会戦でも似たようなことがあった。しかしあの時は今回のように鮮明ではなくぼんやりとしたものだったため、極度の興奮状態か らくる一種の戦意高揚だろうと考えていた。
 しかし今回のアレは、そんなことで説明がつかないほど鮮明に目蓋に焼き付いていた。

「あの時の力は……一体なんだったんだろうな」

 ――――もしかすると、あれがネルガルの求めるモノかもしれない。
 そんなことを考えつつ、アキトは極度の疲労からその身を休め、眠りへ就くのだった。





TO BE CONTINUED







あとがき

 いつの間にか二ヶ月も経ってるーー!? どうも、ハマシオンです。
 今回のお話は自分的に書いててあまり楽しくなかった感がひしひしとします。
 いや、だって出てくるのはほとんどナデシコ側でAC勢の人間なんてネルさんくらいしかいないんだもん! なので色々と展開を変えようとしてみたのです が、結局大筋はほとんど変わらずに終わっちゃいましたけど…(汗
 クロス作品はお互いの人間が入り乱れてなんぼのものだよな〜と実感したお話なのでした。



22:57 ブラックサレナとセラフって設計思想が似てると思いませんか?
 う〜ん、サレナは機動力と防御力の特化型、セラフは機動力と火力の特化型と言った所でしょうか?
 ベクトルは違うけれど、どっちも魅力的な機体ですよね。

1:45 つい最近更新速報よりこの作品を見つけこつこつと読ませていただいてます。自分は初期ACプレイヤーで
1:47 PS2へのハード変わりのときやらなくなってしまったのですがとても面白く読ませてもらってます
1:48 これからも更新頑張ってください
 おー、古参からの読者さんですか!
 今作はACとナデシコのどちらも知らない人も分かりやすいよう書いていますので、楽しんでもらえれば幸いです。


 それでは今回はこの辺で。
 年末までにはきりのいい所まで進めたいなぁ(´・ω・`)







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