Op.Bagration



3.

 それは決して表に出ない、地中深くでの、密室での密談。
「さて、今回の不始末、どう付けさせたものか」
「デラーズフリートは、連邦政府代表部に向け宣戦を布告して来ています」
「公式にはな。非公式には?」
「一部の急進勢力による反動的な行動につき、配慮願いたい、と」
「不正規戦の党首がそうか。笑えんはなしだ」
 失笑が広がる。
「しかし、効果は良好です。新たに3件の予算案が通過しました」
「本気で掛かれば1日仕事だが、失業者の山が築かれるでな」
「生かさず殺さず、難しいところで」
「ま、置こう。新たな動きはないんだな」
「動態観測では」
「そうか。では、表の話になるが」
「トリントン、随分な勘定を上げてきたが」
「被害見積り、概算で12億5千万になります」
「MSは出さなかったのか。間に合わなかったか。即応を出したか」
「2個小隊、全滅しました」
「少し真面目過ぎる仕事振りだな。いや、褒めなきゃいかんのだが」
「それと、GP−02略取の件が」
「ふむ、シナプスか。惜しいな」
「これ以上、上に来られるとやっかいだがな。うん。艦に乗せとくには申し分ない男だ」
「さて、どこに被らせるか。ところで、基地司令はまだMIA(作戦中行方不明)とか」
「は、それは……」
「不名誉な戦死、か」
「ま、少々酷いが、それでいくか」
「減棒半年、というところで」

 
 気が付けば食堂に来ていた。
 ウラキはそのまま目の前の席に崩れるように座り込んだ。
 脳味噌を、限界まで搾り取られたような気が、していた。
 何度でも繰り返される質問。
 おや、少尉は先に、こう仰られているようですが。
 相手は曹長だった。
 悪罵が口元まで競り上がって来た、これも、何度も。
 が、
 GP−02は、自分の目の前で奪取された。
 GP−02に最も近かった、最上級者は、自分だった。
 風聞では、今回の”事件”に関連して、アナエレ本社にも査察が入った、らしい。

 くそ。おれは、おれはただ。

 首をもたげた先に、その当事者が、居た。

 彼女も疲れ果てていた。
 まさか、アナエレでデラーズ・フリートへの内通者がいたなどと。
 総ては、それが前提とされ、起された”事件”だったなどと。
 反迫する余地はなかった。突き付けられる物証の数々に沈黙するしかなかった。
 あの晩、GP−02は起動され。
 しかも、核弾頭まで搭載された状態で、デラーズフリートの手に堕ちる計画であった、らしい。
 現実は真逆となった。
 GP−02は最終調整に向け、炉すら冷え切った状態で、しかも。
 トリガにはセーフが掛かったままだ。

 昔、核弾頭の管理は、正に国家規模の権威が掛けられていた。
 「核」という存在は、それ自体でそれ程に絶大であった。

 ジオンが、「戦術核」として、MSを発射母機として核を乱射して以来、その重みは薄れた。

 が、

 今回、南極条約が戒めた「核兵器」に対し、軍はその意向を尊重し、ルセットらも技術的に従った。

 キーを解除しなければ、核は、撃てない。
 核を封印されたGP−02はただの重格闘MSに過ぎない。

 そも、どこから持って来てどう積み込むのかが問題である訳だが。


 そして、GP−02略奪の現場に居合せたアナエレの最高責任者として、当然の如く、猜疑といっては生易しい軍の殺伐、辛辣な視線が、ルセットをも存分に切り刻んでいた。

 るせっとさん、ちょっと、いいですか。
 彼女は顔を上げた。
 今、此の世で二番目に会いたくない顔がそこにあった。
 結果的には、彼を今回の騒動に巻き込んでしまった、といえる。というか間違いなくそうだ。
「どうぞ」
 短く、応えた。
 失礼しますと言い添えてウラキはルセットに対する。
 で、何の用なの。
 ルセットは硬い声で言い放った。
 ぐ。
 と、
 ウラキは詰まる。
 全く、大した事に巻き込んでくれまして有難うございます!。
 ルセットの顔を見た瞬間、憤懣が渦巻いた。
 あんたのせいだ!。
 大声で罵倒してやりたかった。
 でも。

 目の前の彼女もまた、当然、疲れ果て、擦り切れ。

 言えなくなくなった。

「この度はその、お疲れさまです」
 口から出たのはそういう言葉だった。
 ルセットはきょとん、とし。

 ぷッ。

 声を殺して暫らく笑ったあと。
「少尉、あなた、たぶん人生でソンするタイプだわ」
「自分でも、そう思います」
 素直になれた。
「ごめんなさいね、巻き込んでしまって」
「いえ、その、今回は全員、被害者ですよ」
「そう、ね」
 思いがけない言葉に次々と触れ。
 逆に、何かが、音を立てて、折れた。
 03を取り上げられて……今度……また……。
「どうすればいいの?!」

 ウラキは押し黙って応えた。

 もちろん、彼女にも判っていた。ウラキは、もう絶対に佐官にはなれずに退官するであろうことも。
 しかし、一度弾けた胸の渦は本人にも統御できない。

 るせっとさん。

 平板な声が、呼び掛けた。

 ぜろさん、って何ですか。

 ルセットは目を見開いた。ああ、私が漏らしたのね。
 03。何と忌まわしい、でも甘美な響き。私の、栄光と挫折。

 小さく、吐息を漏らし。

「GP−03。デンドロビウム」
 低く、つぶやく。
「でんどろ、びうむ?」
 鸚鵡返しに、何かの呪文を唱えるようにウラキは囁く。
「そう。彼こそ史上最強のモビルスーツ。見るだけで驚くわよ」
 瞳に精気を宿す。つかのま、夢見るような表情が浮き出る。
「だったの、よ」
 トーンが、堕ちた。
 ウラキは沈黙で従う。

 やがて、ルセットは続けた。
「ラビアン・ローズ。知ってる?」
「アナエレのドック船、でしたか」
 ウラキはわずかに首を傾げ応える。
「私はその所属で。03の開発拠点もラビアン・ローズだったの」
 ウラキはうなずく。
「デラーズフリートの襲撃を受けたのよ」
「!!」
 声にならない叫びが漏れた。
 初耳だった。
 デラーズフリートが、結成当初から頑強な抵抗を示して来たことは、彼も知っている。
 だがそれは、非暴力による、あくまで政治的な活動に限定されてきたはずだ。
 実際、彼らの戦力はその宣伝扇情活動ほどには強力ではない、そう聞いている。
 実際的な軍事作戦行動に出たのは今回が初めてでは無かったのか。
 ましてや、軍属とはいえ民間船舶を襲撃するなどと。
「開発中の03が、評価されたのね。だから、潰しに来た。それで、、、03が、その場で実戦投入されたのよ。テストドライバーと共に。結果は、、、予想以上の効果を発揮したわ。襲来した戦力は03ただ1機で殲滅された」
「……」
「でも。03は。あと少しというときに制御不能になって。撃破された」
 重すぎる沈黙が、落ちた。
 工業製品たるもの全てが逃れ得ない病魔、初期不良、故障、欠陥。
 ましてやそのマスプロの前段階にある試作機、実験機では。
 だが。
 いかなる言葉も慰めにはならない。
 歴史にその名を留める少なくない数の、「自殺機」
 その生みの親として不名誉な帳簿に名を連ねてしまった、エンジニアへは。
「彼女は、辛うじて、生還してくれた。だけど」
 長い途絶の後、ルセットはそう言い足し。
「03は、凍結された。凍結?いっそ破棄してしまえばよかったのよ!!」
「……ルセットさん」
 思わず、ウラキは口を開く。
 悪くない、あなたは悪くない。
 だが、どんな言葉も、空しい。
 呼び掛けの言葉は、そのまま力なく宙に潰える。

 ふ。

 と、ルセットは微かに笑った。
「ごめんなさいね、ツマラナイはなし、で」
 ふふ、と明確に笑い飛ばしてみせた。

 剛い、女性だな。
 ウラキは、不思議な感覚に捕われた。
 この苦境にありながら、自らの凄惨な来歴を乞われるままに明かして見せながらあっさり、一笑に伏せてみせる。
 どういう、女性なんだろう。
 異性として、初めて意識した。
 同時に。
 自分は、兵で良かった。
 自らが銃火に曝されないだけに。兵器に、MSに携わる技術者は、その搭乗者総ての運命を担っている。
 兵でよかった。そんな重圧、重責に自分は堪えられそうも無い。自機を精一杯操り、目の前の的を追う。それで十分だし結局、それが性分なのだろう、と。

「すこし、気が晴れたみたい。ありがとうね、ウラキ少尉」
 改めて、本心から笑い掛けながら彼女もまた、奇妙な感触があった。
 コウ・ウラキ、少尉。
 GP−01の1パーツとして選定しただけ、だったんだけど。

 それだけじゃ、ないの?。

「白、ですね」
 残念、というよりつまらなそうな、何の関心もない、という響き。
「物証、心証、音声解析えとせとら。真っ白です。何の取っ掛かりもない」
「通行人A、Bにしてはキャストが立派過ぎた……見事に引っかかったな、とんだロスだくそ」
 不承不承の同意。
「少尉殿、並びに技官殿両名さま、丁重に詫びを入れておけ。放免だ次行くぞつぎ」

 アルビオンは今、ジャブローに回航されその地中深くに在った。
 ジャブロー。連邦軍の本営である。
 広大なアマゾン河流域のほぼ総てを領有する破格の規模もそうだが、特筆すべきは核弾頭の直撃にも抗甚するとされる全没構造による防御耐久力である。指揮中枢はもちろん、MSのハンガーから艦船ドック、そしてMS、艦船の製造工場まで総てが地中深く隠匿されている。
 当然、地表にも濃密な対空防御網と強固な防御砲台が群立……していた。かつては。
 予算も人員も有限である。
 地表の防御戦力は1年戦争時での「ジャブロー強襲」をピークに削減の一途で終戦協定を境にほぼ全廃され、現在は少数の監視所を残すのみであり皆無といってよい。
 撤廃するとコスト割れの一部設備が無人で放置されている。
 
 空襲警報、MP(ミノフスキー粒子)警報、そして”This is not a drill!!"の怒号。
「コレハ演習ニ非ズ」といって出撃を命じたわけではない。時間を稼げと命じられたそれが役目のMS猟兵は別として、現在屋外にいる総員への退避が下令される。
「全艦、緊急発進」
 へ、と操舵手のイワン・パサロフ大尉が間の抜けた声で応じた。
 どうしようもない混乱、叫喚。
 立ち直る隙を与えない間断なき着弾。
 突如叩きつけられた弾雨がトリントンを凶悪な紅蓮に染め上げてゆく。その最中。
「戦闘警報。全艦、緊急発進!」
 シナプスもまた断を下す。
「緊急発進、アイ!」
 パサロフは慌てて復唱、が。
「艦長!機関から後5分下さいと……」
 シモン軍曹の叫びに。
「”罐”が焼け落ちても構わん!1分だ!」
 有り得ない命令が飛ぶ。了解!と直で短く機関長、アウト。
「出力来ました。離床します!」
 もちろん、現在アルビオンはトリントンに係留されている。それは基地側でなければ解除出来ない。
 ワイヤーがちぎれヘビの様にのたうちフックが弾け飛ぶ。トリントン管制が何か喚いてきたがもちろん無視。どこまでも強引な緊急発進。
 と
 アルビオンは一瞬、身震いする。
 それが、デラーズ・フリートの支援MSからの砲撃が着弾した瞬間だった。
 大口径大火力のその砲弾は只の徹甲弾では無かった。
 左舷艦首デッキ部前方に着弾した”それ”は、爆発的な閃光と共に灼熱の奔騰に置き換わる。着弾点を、その付近にまだ戸惑いと共に残留していた社員と整備兵を艦の外壁もろとも灼き尽くす。
「左舷、被弾!」
 副オペレータのピーター・スコット軍曹が報告。
「損害状況!」
 シナプスの声に被さるように艦内カメラが被弾箇所を写し。
 どよめき。
 猛然と爆煙が立ち込め視界が利かないが、うっすらと。左舷艦首舷側に巨大な破孔が。
 あ
 だれかが、声を上げた。全員がそれを目撃していた。
 幽鬼の如く。煙の向こう。単眼を光らせた人型の影が、1体。
 ドム……?だれかが、ぼうぜんと。呟くように。
「応戦。白兵準備」
 冷厳なシナプスの声が現実を引き戻す。
「白兵準備!アイ!!」
 スコットの復唱は悲鳴でしかない。
 見る間にもう1機、ドム型が進入してくる。
「正気か……何を考えている……」
 パサロフが声を震わせ。
「!!」
 艦長が背後で、うめいた。
「爆砕する」
「艦長?」
「ガンダムだ!!。直ちに全機爆砕!!」
 あ
 全員がその可能性に行き当たり。
 画面の中では、正にその通りに事態が進行していた。
「合戦準備!左砲戦!」
 今度の発令は敵の動きを僅かに先していた。
 主砲は射角も展開の時間も無い。復唱の間も無く近接防御砲座が艦外にポップアップ。
 GP−02を抱きかかえた2機が破孔までにじり寄ったそのとき。
 濃密なMP反応が艦を包んだ。ブリッジからの視界も白く閉ざされる。
 近接信管か。MPを混入した煙幕弾がアルビオンの周囲で次々炸裂、その巨体を包み込む。
 その上からさらに榴弾が降り注ぐ。実質的な損害は皆無だが電子、赤外、光学総てのセンサを潰される。
「構わん、撃て」
 オートファイア。
 もちろん、何の効果も認められない。数秒で射撃中止を命ずる。
「操舵、高度は」
 艦長の力ない問い掛けに。
「約120」
 パサロフも申し訳なさげな小さな報告。メートルに戻すと約40メートル。
 戦闘艦は戦闘機、ではない。アルビオンの全長が300メートルである。ましてや現在は大気圏内でMCドライヴ中なのだ。取り回しが可能になる安全飛行限界高度はぎりぎり全長と等しい300メートル、公式にはその1.5倍。
 アルビオンを取り巻いていた全てのジャミングはこの間にも吹き払われている。が、目標は既に、無数の熱源が爆散し燃え狂い噴煙とMPが吹き荒れる、地表に。
 何か手は残っていないか。シナプスは頭脳を引き絞る。名の如く、脳細胞の稼動速度限界で思考を、戦術を、可能行動を思い、巡らせる。主砲、メガ粒子砲で地表を掃射する、マグレでいい1発でいい、射角が、回頭が必要だ、やはり高度が。
 艦首上げ……すんでのところで発令を思い留まった。
 スラスタで艦首を持ち上げ、主機を吹かして高度を得る。10秒、いや5秒で行けるか。
 不可能ではない。
 緊急発進である。
 指揮命令系統が確立されているのはこのブリッジ周りに限定されているといっていいだろう。
 全艦に艦首上げを警告、各員防御姿勢に、次いで全力加速3秒。
 何をどう考えても不可能だった。この先、カーブで車体が揺れますご注意下さいどころの騒ぎではない。間違いなく戦死者が出る、それも1人、2人の不幸な偶然ではないダース単位の。それを代償の主砲盲撃ち。
 トリントンの地上施設ごと。
 コラテラル・ダメージ。
 思考の片隅をよぎる語がある。あれもそうこれも、そう。
 いや。
 シナプスは力なく頭を振る。
 自分には、出来ない。
「航法、洋上退避。操艦任せる」
 万策、尽きたか。
 発令し。
「進路洋上、アイ。安全高度到達後転針実行。大尉、針路任せます」
 航法士のアクラム・ハリダ中尉が引き取り。
「進路洋上、よろし」
 パサロフが受ける。
 艦を部下に預けると、信じられない程の疲労感が押し寄せてきた。
 それはフルマラソンを100メートルのタイムで完走した直後の如き。身体が、何より頭脳が。シナプスは艦長席にへたりこんだ。クルーの手前、見せたくない無様な有り様なのだがもういい、しばらく動きたくないし、考えたくもない。考えたくないが。
 おれも、あまい。
 精々佐官止まりということかなこれは、うん……。
 瞑目したまま静かに一人、自省に沈む。
「すみません。トリントン・コントロールが返せ戻せって煩いんですけど、、、」
 通信担当のウィリアム・モーリスが上げた情けない声に。
「アルビオン、緊急退避中!そういっとけ!」
 最先任のパサロフが一喝する。
 そう、今この場に居合わせているブリッジ・クルー全員には、判っていた。
 もし。アルビオンが離床することなく。考えのない”あひる”のように地上で間抜け面を晒していたとしたら。
 GP−02を略奪されるに留まらず。
 かなり高い確率で。連邦軍はこの、新鋭強襲揚陸艦とその約200名の兵員まで喪っていたであろうことを。
 確かに、強引な指揮だった。だが正にその指揮こそが艦を。
 そして、我々を救ったのだ、と。






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