Op.Bagration


  9.

  戦機というものがある。
  ヴァル・ヴァロの出現は、戦場をデザインする上で両軍共に全くの計算外であったことを含めそれを確実に、かつ大きく動かした。しかしそれでも戦況の推移は流動的なものを示した。
「MA、本艦への接近軌道へ転針!」
  シモンの悲鳴に近いインフォメーション。
「こなくそ!」
  真っ先に反応を示したのは「アルビオン」操舵手、普段は寡黙なパサロフ大尉が裂帛の気合を発しつつスティックを捻り倒すと、巨体を俊敏に振り立て艦首をそのMAに向ける対敵姿勢を、投影面積と被弾確率を最小に抑える姿勢と機動を取る。
  だが、随伴する二艦はそこまで機敏な反応は示せなかった。
「よし!サラミスはヴァルヴァロに任せる、まず直援を片付けるよ!」
  シーマが吼え。
「指揮官を墜とす。支援しろ!」
  バニングが号する。
  その間にもヴァル・ヴァロの主砲が唸り、艦腹を抉られた「デンバー」「タルサ」は血飛沫のようにプラズマ化した推進剤を吹き散らしながら相次いで轟沈。
「このまま新型も喰うぞ!」
「チャージ中ス。後10秒」
  カバーが消失。
「GP−01、発艦デッキへ移動?」
  戸惑いを含むスコットの報告。
「換装前の01で何を!出撃許可は出せんぞ!」
  正に自殺行為だ。
「時間稼ぎのマトにくらいならなれます!01−1、出ます!」

  艦内に響き渡る死者をも呼び覚ます戦闘警報。それは音量のみならず、耳にする者の神経を抉り出すような不快感を与える効果的な調律がなされた音の暴力だ。どのような状態の者であれ、聞き逃すということだけは決してない。
「あーうるさーい!」
  寝ぼけ眼で抗議の声を張り上げルセットは気付く。戦闘警報。耳にするのは地上での戦いから2度目。一度聞けば間違えるモノではない。
  戦闘、なの。
  小さく口にして辺りを見回した。医務室、なのだろうか。寝袋状の寝台に押し込まれていた。誰も、軍医の姿も見えない。
  とりあえずレクを受けた通りにノーマルスーツを探し、引っ張り出し、手早く身に付ける。
  イヤな予感がした。直援に残っているのは確か僅か2機。
「コウ、ばかなこと考えないでよ……」

「新手か。この機体は」
「リチャージ終了ス!」
  ヴァル・ヴァロの射線上に射出されたのは偶然だった。
  シールドによる防御が間に合ったのは僥倖だった。
「野郎!シールド一枚で凌ぎやがった」
「ジム、じゃなさそうスね。となると」
「まあいい、母艦さえ喰えばあとはどうとでもなる。最接近時にもう一度仕掛けるぞ」

  なぜ、わずか2機の直援を墜とさなかったのか。
  宇宙でのMS戦の要諦は、MS同士の空中戦ではなくあくまでそれぞれが所属する母艦の潰し合いにある。母艦直援機の役目は敵機の攻撃妨害が主務で、撃墜そのものは結果の一つに過ぎない。迎撃行動で敵機の攻撃を自機に吸引できるならこれに優る妨害はない。
  加えて、9対2の戦力比が見た目程に絶対的ではないこと。G・マリーネが1年戦争末期のゲルググを改良したいわば1.5世代MSであるのに対し、GMカスは戦後GM系の最新鋭機であり、2.5世代MSに位置づけられる。更に相手がなかなかの手錬であることは1、2度手合わせをすれば直ぐに判明する。時間を稼ぐことしか考えてなさそうな相手に望み通りの動きをしてやる義理はない。それでもシーマは敵直援2機に2エレメント4機を割いて対応させていた。
  だが、護衛のサラミス2隻の弾幕が消失した今。敵機が次にどう動くか。
  来る。あたしを、指揮官機を墜とすことで混乱させに。
「真っ向勝負なら受けて立とうじゃないか!」
  ベイトが支援に回り、バニングはその指揮官機であることをを誇示するパープルカラーの機体目掛け突撃する。アルビオンも自艦ではなくベイトを支援すべく火線を散らすがそれでもフリーの敵4機の集中射撃を浴びたベイト機は瞬く間に大破。
  直援が追・されたのはその最中だった。
「ウラキか?バカな!」
「いまさら?しかも1機?」
  が、バニングもシーマも取り合う余裕もなく両機はそのまま近接戦闘にもつれこむ。
  増援として戦術局面に加わったもののコウも。
「!!」
  初めて目にする最大級脅威の警告に生化学的反応速度の限界で緊急回避に応じるだけが第1手だった。
  MAの大出力砲撃を辛うじて受け止めたシールドが瞬く間に溶解し輝きが透けて見える。貫通寸前でそれは止まる。
  時間稼ぎで出たのにいきなりシールド持ってかれたDamn!隊長は……敵指揮官と交戦中、ベイト中尉は音信途絶もう少し早く出るべきだったか結局2対9かいやいや。
  コウは0.5秒ほど思考を巡らせ猛然と射撃を開始した。今の機動/運動性では砲台にしかならないことを百も承知の上で。
  互角、いやひょっとして負けるか。生死の狭間にありながらシーマは高揚を感じた。連邦にも居るもんだね。でもね。
  暴力的かつ冷厳な戦場での規律だった。1対7。
  1対7、だって?。
  瞬時に2機が大破していた。
「シ、シーマ様ッ!!」
「ガンダムか?!ガンダムなのか?!!」
  1対5の射撃でめった撃ちにされ無力化された眼前の残骸には目もくれずシーマは突撃する。
「!指揮官機なのか?!」
  その突如出現した”砲台”目掛けシーマはありったけの射撃を叩き込んだ。
「なんて装甲だ!!これがガンダムなのか?!」
  いわゆる「ガンダリウム合金」という素材は実在しない。それはプロパガンダの産物であり、その実態は精妙な既存の重金属と繊維素材のミクロン単位の重合積層加工による高度な工業技術力である。
「任せろ、母艦は……!」
  だが、アルビオンとてシッティング・ダックに甘んじるつもりはなかった。当れば儲けものと撃ち放った主砲の僅かなパルスがヴァル・ヴァロを掠め、ビーム・コーティングが要求したソースが最後の瞬間でヴァル・ヴァロから攻撃能力を奪った。
「く、ただでは沈まんか!」
  「アルビオン」の舷側を航過したヴァル・ヴァロに再攻撃の機会は無かった。
「ダメッスよ?!これでカンバンッスよ?!」
「……判ってる。シーマ艦隊とのランデヴーだな」
  そしてもう1機が中破。
「く、ちとハズレ、か」
  アデルは軽く、舌打ち。
  更に。敵艦から新たな赤外反応。
「ここまでか……潮時かね。退くよ!」
  生残機は僚機を牽引する。

「コウ!バカ!無茶して!」
「ルセット……ごめん……」
  抱き合う様に、GP−01同士2機が絡み合う。
「母艦と私を護る?貴方が死んじゃったらどうしようもないじゃない!」
「そうか。そうだね」
  コウは素直に頷いた。

  一方。
「復帰戦から大した活躍だね。礼を言うよ」
「は、有難くあります」
  レズナーは型通りに答礼する。
  軍用の頑強な義手が支給されたことで物理的な問題は瞬時に解消された。
「今後も期待していいんだろうね?」
「微力を尽くします」
  しゃっちょこばったレズナーに軽く答礼しながらシーマは内心、焦れていた。
  ……順調に過ぎる。どうしたもんかねぇ。





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