12.(コンペイトウ沖海戦−その3)

 艦隊は此の世の何処か、勝利とは最も縁遠い処に向け全力加速を開始したようだった。
 赤外反応の多くが強度を増し、急激にベクトルを変じた。
 交信封鎖は継続されているはずだが、2、3の艦が回線を開くとあっという間に通信量が増大し平文まで飛び交い始めた。
 後退、退却ですらない(何れも作戦行動の一環である)それは敗走、潰走という表現こそが相応しい無秩序な惨状だった。
 そして一方、皮肉なことにその「無秩序」な運動が艦隊を危機から救っていた。
 極一部の艦は全軍がそれに続くことを期待してか、独自に反撃を開始ししかし集中射を受け即座に撃破されたが、遁走に移った大部分に対してはその照準諸元を持たないため、敵は効果的な射撃を行えずにいる。「艦隊」の想定進路に向けられた火線が命中を得ずにただ空しく虚空を過ぎゆく。
 既に大事は去った。まだだ、まだ勝ち目は残っている。艦隊を再編し反撃を行うのだ、敵が勝ち奢っているこの間に。
 戦況を見て取った幕僚の一人がコリニーに強く詰め寄った。
「閣下!これは緊急事態です、ここは枉げて御采配を!」
 無論、コリニーにも勝機の在処は見えていた。
 しかし、今、彼の意識は別の場所にあった。
 勝ちに狎れ、勝ちに急いだ結果がこれか。
 敵を侮ったことはない、ないが、にも関わらずいつからか勝利を所与のものとして、被害低減の努力に勤しんでいた。
 彼らには致命的なビハインドがあった。
 何をどう言い繕おうと、アクシズとの交戦はジャブローの意向を無視した造反に他ならないという立場の弱さだ。自然、将兵の戦意も鈍る。それを糊塗せんが為の大軍であり、必勝の確約だった。否。
 最後まで、直接交戦を望んでいなかったのは我が方だった。苦渋と共にコリニーはそれを認めざるを得ない。なればこその大動員であった。まさかこれ程の兵差を前に戦いに及ぶことはあるまい、数量の現実の前に戦わずしてアクシズは屈する。もしそれでも尚、敵が戦いを望むのであれば、そのときこそは戦い、そして勝利すれば宜しい。
 今回の作戦はつまり、拡張された「観艦式」だったのだ。
 敵は、ハマーン・カーンはその総てを見越した上で、動いたというのか。手玉に取られたのはこの俺か。
 負けるべくして負けたか。
「全艦に告ぐ。コンペイトウは貴官らの早期の、無事の帰隊を心から望むものである。私の名で打電し給え」
「…了解しました」
 幕僚は引き退がった。
 それで勝ちを拾えるにしても、作戦本部長が艦隊を直接指揮する様な前例を作ることだけはどうしても避けたかった。コリニーの、連邦軍軍人としての最後の矜持と言えた。
 着座したコリニーが今しばらく思案に沈んでいると、室内の喧噪とは別の種類の騒ぎが一角で起きた。
 そして、宇宙仕様特有のくぐもった銃声が断続して響いた。
 悲鳴と怒号が上がり、続いて虫の羽音に似たスタンガンの連射音が室内を制圧した。
 静寂が落ちた司令室のその奥、コリニーに向かって高い靴音と共に兵の一団を引き連れ男が一人歩み寄って来る。
 コリニーの前で男は作戦画面を振り返ると「惨めなものですな」一つ吐息を洩らした。
「数多の人材、艦艇を初めとする機材、総て連邦の、軍の貴重な資産です。閣下はその一存でどれだけ損なわれましたか」
「ハイマンか」
 コリニーは無感動な声で応じた。
「この不始末、どう責任を取られるおつもりですか」
 ジャミトフ・ハイマンは告げながら腰に手を伸ばす。
 コリニーは差し出されたそれを片手で制しながら、自らのものを手にした。
「御言葉があれば、承ります」
 ジャミトフの言葉に、コリニーは不敵に笑って応えた。
「よい。どうせ貴様も永くはあるまい。そう予言しておこう」
「心得ましょう」
 どこまでも生真面目な態度と言葉で、ジャミトフは応じた。

 コリニーの”辞任”とジャミトフの代理指揮の周知、艦隊の収容に目処をつけたコンペイトウ作戦司令室は落ち着きを取り戻したかに見えたが、その間もなく再びさざめき始めた。アクシズによる最後の攻撃が始まっていたのだ。
 スタッフの間で何度か情報が行き交った後、状況はクリティカルであるとして遂に幕僚達はジャミトフの元に駆け寄ってきた。
「閣下、緊急事態です!アクシズは、我がコンペイトウとの衝突コースにあります!」
 ジャミトフは怪訝な顔をした。
「アクシズが…艦隊がか」
 幕僚は顔を振って否定する。
「違います、ああ、アクシズ本体が、『要塞・アクシズ』が、です!!。直ちに迎撃準備を発令することを進言します!!」
 ジャミトフの顔に痴呆のような表情が浮かんだ。
 何故ここまで気づかなかったのか。もちろん、そんなもの誰も脅威として算定していなかったからだ。何か随分巨大な質量が近接してくるなあと思ったセンシング担当の一人が何となくその軌道を確認したらこの騒ぎである。直ちに迎撃作戦が策定されると共に戦力配置が発令されたが既に何もかもが手遅れであるのは明白だった。
 そして、「アクシズ」に後続し存在を秘匿していた敵艦隊戦力が出現し、宣言した。
「投降は受け入れるが逃げるものは撃つ!生か死か、何れかを選べ!!」
 主戦力は一戦も交える事無く壊乱し再編途上、作戦指導部ではクーデターが勃発し指揮権掌握と鎮撫の最中。そこに決まった3度目の奇襲だった。
 かつて「艦隊」だった連邦軍各艦はもはや艦長の裁量如何だった。ここでも再び、極一部が絶望的な抗戦を行い撃破され、一部は逃亡を試みて背中から撃たれ、大部分は恭順の意を示した。要塞直轄のMS部隊も出撃したはいいが接近する岩塊になけなしの火力をぶつけるのか取り付いて物理的に押すのか、それとも敵も展開しつつあるMS戦力を迎撃するのか、それともその母艦を叩くのか、コンペイトウ管制、各級指揮官がばらばらの命令を出してくるか或いは全く放置か、既に何を相手にも戦える様な状況にはなく命大事で雪崩を打って投降していった。
 冷静に判断すれば無駄な迎撃行動など放棄し、要塞内のすべての気密を解放し動力を停止し全ての火種を消し止めた上で、衝突正面の裏に総員が退避、というのが最も的確な行動であったであろうが、それが結局投降と同義であったことに加え、艦隊火力を引き連れ迫りくる巨大質量相手に投げつけられる全てをぶつける衝動を堪えろ、というのも人間の心情というものを弁えない無理な注文ではある。
 スタッフの総入れ替えに伴うオペレーション習熟不足による効率低下もあった。もちろん逃亡する者も後を立たず、結果、総てが遅滞し、激突の衝撃による気密漏れも大規模に発生したが同時に各部で発生した大小の誘爆がまだ残存していた気密を導線に要塞内を巡り、爆発を連鎖させながら内部から破壊していった。コンペイトウは火山の様にあらゆる開口部から爆炎を吹上げ、地震に見舞われたかの如く激しく震動し続けた。そしてそれらが鎮まったとき、コンペイトウは戦略拠点としての機能を喪失していた。
 人の手によりアステロイドベルトから引き出され、ソロモンの名が与えられ、破壊されコンペイトウとして再建され、そして今また再び破壊され、少しの質量を減じただけで元の姿に戻ったこの小惑星は、人の所業の身勝手を呪うでなく自ら飲み込んだ多くの人命を悼むでなく、アクシズから受け取った運動量により緩やかに自転しつつ、遠方からの淡い陽の光に照らされながら唯、虚空に佇んでいるのだった。




  出之です

 いや、ホントはここまで行き着く予定では無かったんですよ(汗
 日露の旅順閉塞のイメージで連邦主力をコンペイトウに拘置すれば十分でしょと。
 (あ、そういえば旅順でも最終的には露艦隊全滅してるか)

 でもどうすっかなーと迷ってたらハマーン様がぬるいぬるすぎるわーとお怒りに。
 結果、こんなんなりましたーあう。
 「史実」でもゼダンで似たことしてる御仁なのでこれはまあアリかとおも。
 
 コンペイトウ沖海戦、@1で終わります。





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