13.5

 ぱちぱちぱちぱち、ぴしゃ。
 開いて、閉じる。
 随分と長い間、持ち主の意思と無関係にその軍扇は規則的な律動を繰り返している。主人であるシーマ・ガラハウ中佐の手元で。
 「リリー・マルレーン」、メインブリッジ、スキッパーズ・シート。
 つまり、使うつもりがまんまと上手い具合に使われたワケだ。さすが総帥の懐刀と呼ばれただけのことはあるってことかい、エギーユ・デラーズ。
 確かに、とシーマは振り返る。不自然なまでの厚遇だった。あたしらへの永年の冷遇をジオンを代表して陳謝する、だけにしては。腹を割る、器量を示すといった交渉術では説明出来ない、作戦に参加する部隊指揮官への状況説明及び指示、指導としても異例な、余りにも過度な情報開示ぶりだった。言外に、裏切れるならやってみろと恫喝せんばかりの。
 アクシズの介入など、全く予想外だ。
 いや、アクシズによる”支援”についてへの言及はあった。だがそれは時期尚早、決起には準備不足という自陣営に満ちる声無き声を抑えきれなかったハマーン・カーンの政治的詐術、に過ぎなかったのではなかったか。
 自分が与えた情報、敵陣営中枢深くに獲得したインフォーマーからの情報に連邦軍がどれだけの影響を受けたかは読み切れない。だが、情勢判断の材料として、そして今回のソロモンでの大敗に自分が全く無縁であったとは考えられない。
 やはりギアナで潮目が変わっていた、か。
 シーマはうすく眼を開いた。将官の換えなどいくらでもあるだろうに、あの巨獣のような連邦軍が蟻の一噛みでうろたえ惑っている。観客としてであれば無責任に面白がっていられるのだが、自身、舞台に上がっている役者の一人としては笑っていられない。
 ジオン再興。
 腹の底で言葉を転がし彼女は顔を歪める。なまじの美貌が凄愴を交えた凶相に置き替る。
 我らが捧げた無私の忠勇に公国が何を以て報いたか。
 名誉も誇りも、時間さえも。ただ奪われ、打ち捨てられた。大義だ信義だと、笑わせるな、ブタの餌にもなりゃしない。
 簒奪されたものと比して、あくまでささやかな報復、だ、これは。
 その機会は必ず来る。それまでは。
「…利用してやる、徹底的に」呪文を唱えるが如くシーマは呟く。

「コロニーの爆砕処分、だと。気は確かかねコーウェン少将、”アレ”は君の退職恩給で賄えるようなシロモノではないのだぞ?」
 おおげさに目を剥いてみせる軍令部長相手にコーウェーンは硬い表情を崩さない。
「自分は至って冷静です」
 南米、ジャブロー。
『コンペイトウ方面での大規模な武力衝突と膠着』
 今回の”事態”に対するこれが軍と政府の公式声明だった。重大な欠落はあるが辛うじて虚報ではない。
 アクシズとのハンドリングを奪われ、挙句それと現地軍の暴走、衝突を殆ど無策に見過ごしに任せたのは何故か。
 それはギアナ事件で天から降って湧いた上級官職を巡り、残った者が職分を忘れこの地で盛大なイス取りゲームに明け暮れていたから、だ。
 最も遠い局外に立つコーウェンは胸中で吐き捨てるが戦後判明した事実に照らせば、この時ジャブローで進行していた状況は「ゲーム」の一言で片付けるには余りに大規模なものであった。それは参加各陣営の総力を傾けた情報戦であり、幸いにして砲火を交えず終結した内戦に他ならなかった。荒れ狂い互いに激突する組織力学に轢き潰され転がった死体の数は両の手に余る。
 結果、前後を含め約一週間近くの長きに亘り、ジャブローは機能不全に陥った。コンペイトウ方面の動静に戦争ごっこは好きな者に任せておけばいいと嘯きつつ。
 そして最終的にそれら要職を占めたのは。軍部高級官僚としての見識も浅薄なら適性も疑わしい、現職を評議会出馬までの腰掛けぐらいにしか考えていない、つまりはコーウェンの眼前に居る男のような無能以前に何より迷惑極まりない有象無象共。
 以前の体制には歪ながらにも観望と、そこから導かれる指導があった。
 今は何もない、否。
 現政権への粘つくような迎合だけが存在する。しかもそれが。
「それでは、ゼダンからグラナダへの戦力移転の件は、如何なされているでしょうか」
「ああ、あれはイカンよ」
 部長はワケ知り顔で指を振る。
「サイド3方面の情勢は現在甚だ不穏だ。守旧派の活性化に不安定化工作も確認されておるしな。そこへゼダンからの戦力抽出など、誤ったシグナルとなりかねん」
 続く言葉は全く逆の内容であった。
「この現状に鑑み、ゼダンへの増派が午後には議決されるはずだ。グラナダの予備兵力からこれに充当する」
 コーウェンは軽い眩暈を覚え、よろめく。






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