15.

 ノイエ・ジールを評して当時アナベル・ガトーは、
「素晴らしい!ジオンの魂が具現化したようだ」
 と手放しで賞賛したと伝えられているが側近には、
「火力礼賛の成れの果てだな。優秀だがつまらん機体だ」
 と洩らしていたという。
 事実とするなら軍人ではなく武人、と毀誉褒貶されることの多い彼らしい逸話である。
 対して、コウ・ウラキは当時、デンドロビウム搭乗の感想を聞かれ、最も近しい戦友であるキースに、
「最強だけど最低の機体さ。彼女には悪いけどその、余り好きになれないな」
この様に応えたという。
 これも実に彼らしい言葉だろう。
 では、戦場の実際に彼らはどう臨んだのであろうか。それを確認してみよう。

 幸福な男だった。
 実際に強運でもあった。
 ソーラレイの直撃も免れ、ゼダンでの激戦をも最前線にあって生き抜いて来た。
 そして今、同僚の多くがコンペイトウに引き抜かれて行くさまを、彼は羨ましく思った。
 彼の地であれば戦功も立て放題だろう、と。
 一年戦争後、今回の紛争は一遇の好機だと彼は感じていた。
 だが彼に割り当てられたのは退屈な警護任務だった。
 戦略物資であるコロニー護送の任務だ。貴官を就ける意味を理解してくれるものと思う。
 言葉を飾ろうが所詮、閑職だ。言葉にも表情にも出さなかったが。
 しかしやはり、彼は幸福だった。
 彼等は来たのだ。

「敵襲か!」
 司令官の声に堪え切れず溢れる歓喜の響きに、管制士官は怪訝な表情を浮かべたが機械的に復唱する。
「敵らしきもの、数、識別不能1、ビグロ改1、14改12、方位、2−8−6!」
 左舷前方からの反航戦だ。
「合戦準備!総員、CICへ移動!」
 艦長が交戦を宣言する。
 移動後、直ちに彼は問いただす。
「識別不能、とは何だ。報告は正確に行え」
「識別不能なんです」
 オペレータが要領を得ず、首を振って答える。
「如何なる意味でも、既存の、現在確認されているデータに照合出来るものがありません。新型です」
 新型。
 DFが新型機を設計、製造する体力を持つとは思えない。
「つまり、アクシズか」
 いくら数があろうと14はものの数ではない、ジムカスのスコアにしかならない。
 ビグロ改も、少し手こずるだろうが何とかなろう。
 アクシズの、新型。反応の強さから恐らくはMA。
 戦功の糧でしかなかった存在が、不意に敵として対峙する不気味な感覚を、
 勝ち戦しか知らない彼は、初めて味わっていた。

 連邦軍、最新鋭機群による分厚い哨戒圏が進撃路前方にある。
 まともに突っ込めば、特に後続部隊が甚大な被害を被ることは必至だ。
「さて、見せて貰うぞ」
 ガトーは短く独語すると、ジムカスの群れに単身猛然と切り込んでいく。

 マゼラン級、旗艦「ダンケルク」CIC
「なんだこいつは」
 兵が発したその言葉が、崩壊の始まりだった。
「効いてないのかこいつ!」
「畜生!畜生!」
「支援を、支援を要請するわああぁ!!」
「ビグザムなのか?!」
「いや足はない」
「またやられた?!」
「黙れ貴様ら、その汚い口を閉じろ!」
 各員が無秩序に吐き出す私語で回線はたちまち埋まる。
 エリア・リーダーの指示も通らない。
「各機、勝手に集結するな!戦区を守れ!」
 防空統制官の怒号がそれに重なる。だが効果はない。
 その正体不明機は単騎でジムカス1コ中隊からなる防空網を突き崩し、周辺の機を招き寄せしかも片端から撃墜していく。穴は広がり、14改が易々と浸透してくる。
 MS戦はしばしば急激な展開を見せ宇宙ではこの傾向が特に顕著であり、その際、戦況の推移に戦闘管制が追随できないことは珍しくない。この場合でも最早、出撃各機の働きを傍観する以外何も出来なかった。
 そしてやはり彼、艦隊司令は幸運だった。
 指揮官先頭を標榜し艦隊の先頭に旗艦を置いた彼は、自らの決定的な敗北を確認することなく此の世から立ち去れたのだから。
 
 目に付く敵機をあらかた叩き落とし、敵先頭のマゼランを潰すとガトーは一息付く。
 同時に、自分の乗機としてこの機が選ばれた理由も今は理解出来た。
 ノイエ・ジール。
 この火制範囲、そして火力。
 正しく使えば戦場に破壊的な影響を与えるが、下手をすれば唯のマトだ。
 なるほど、私にこれを使えというのか。
 次の標的、サラミスをエイミングする間に通信が割り込んで来た。
「ガトー。敵が投降を願い出て来た。指揮官は戦死、次席指揮官も自決したそうだ。どうする」
 ガトーは軽く眼を閉じ、往信する。
「受け入れるしかなかろう」
 コロニー奪取は、あっけなく成った。

 南米・ジャブロー。中央作戦情報司令室。
 移送コロニー略取の報を受け室内は騒然としていた。
「ばかな。あれだけの戦力が手もなく破られたというのか」
 どよめく上官たちにコーウェンは毒づく。
 どれだけの戦力を投じたというのか。1個艦隊ではない、戦隊、ではないか。
 どこまで敵を侮れば……。
「いや、コロニーは月を迂回」
 もう我慢の限界だった。
「ブラウン・メモはこの際お忘れ願いたい。あれはただの紙キレです!」
 無礼だぞ、コーウェン君。静止の声も耳に入らない。
「現在のコロニーがここ。これがブリティッシュ相当の運動量を獲得した場合」
 コーウェンは作戦表示画面に割り込みを掛ける。
「ご覧下さい。3日掛からず阻止限界点に達します。2基のコロニーがここに落着するのです」
 阻止限界点。字義通り地球落着阻止の最終座標である。
 どよめきは更に高まる。
 ど、どうすればいいのだ?!。細い悲鳴のような声が上がり、それを契機にわっと私語が溢れ返る。
「直ちに」
 その低く太い声だけが喧噪を貫き、響いた。
「ルナツーの全戦力を進発させましょう」
「ぜ、全戦力かね」
「左様です。戦力を出し惜しみする時ではありません」
 発令準備に向け慌ただしくスタッフが動き出す中、コーウェンは続け様に発した。
「もちろん、グラナダからも根こそぎ動員を掛けましょう。稼働全艦に全力加速を命じます。とにかく迎撃線に戦力を載せるのが肝要です。足りない推進剤は必要であればフォン・ブラウンから供出させます。最悪文書の時系列は前後して宜しい。事は急を要します。後の事は後に任せましょう。宜しいですかな」
 スタッフが言い交わす事務連絡以外、喧噪は既に消滅していた。
 そして抗う声は無かった。
 全く、自身、かけらも望んでいなかった形で、否、自身が最も嫌悪する形でコーウェンは、実質的に連邦軍、その全力全権を掌握していた。
 そして一方。
 今、敵至近に存する自分の私兵に向け、苛烈に過ぎる断を迫られていた。





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