Road to the star seed

 2−1

 第三次世界大戦という、人類史上最大規模の”人災”は、極東での偶発核戦争から始まった。
 戦端を開いた分裂中華はほぼ全世界の核保有国からの”予防攻撃”を受け、開戦劈頭で消滅した。
 しかし戦乱は世界に拡散する。
 中東のイスラエル、民主イラクとそれを取り巻くアラブ諸国でも短くも熱い戦いが行われ、イスラエルは周辺国を道ずれにこれも滅んだ。
 アラブ諸国は聖戦を宣言し、敵対国へBC弾頭弾による攻撃を敢行しつつ、世界の街角で聖戦の戦士が決起。

 世界は血の嵐の混乱の中に沈んだ。

 結果、中東の多くもまた核の焔で焼き払われ、しかし聖戦の影響は根深く、世界規模の戦乱は約5年の長きに渡った。

 第三次世界大戦という愚行に、人類は今度こそ辟易していた。
 世界は、手を携えるべきではないのか・・・?。

 地球連邦の発足は、第三次世界大戦の”戦勝国”(生存国)、旧、先進国群を機軸に行われた。
 地球連邦には当初から、明確なヴィジョンが存在した。
 地球からの脱出と、テラ・フォーミングによる火星への移住計画がそれだった。

 各国が無造作に乱射した核、炸裂した核により、放射能による汚染はもちろん、所謂”核の冬”問題も深刻だった。

 地球は”秒読み”段階と診断されていた。このままでは人類は遠からず滅亡せざる負えない・・・。

 まずは、宇宙空間の開拓であった。
 その為のマンパワーは存在した。
 地球連邦による国家統合により大削減された各国の軍人がそのリソースとして最適だった。
 常に死と隣り合わせの極限の高真空は、戦場での生死と実に親和性が高い。
 多くの兵士や士官が、銃を各種の機材に持ち替え、喜んでこの新たな戦場へと赴いたのだった。

 2−2

 しかし、総てが巧くいったワケではなかった。

 まず、バチカン市国が、地球連邦への加盟を拒否した上で、”破門”を宣告した。

 連邦からすれば破門上等!であった。

 聖戦の惨禍の記憶はまだ生々しく、連邦はキリスト教を含め、いかなる宗教をも国教に据える考えは無かった。
 これは、連邦設立に当たって早々の試金石だったが、大多数はこれを乗り越えた。
 かつての多くのキリスト教信者が、キリスト教を捨て、無宗教か、大乗仏教か、日本の神道に乗り換えてしまったのだ。
 バチカンには衝撃が走ったが、WW3を経て、人々は更に現実的になっていた。
 キリスト教の狭義な世界観は、もはや人々を救い得ない、云わば時代遅れ、錯誤の宗教に堕していたのだった。
 
 それ以外で、連邦に反旗を翻したのは、旧国連を中心とした一部の国家であった。
 彼らは「地球連合」を名乗り、連邦の宇宙開発を痛罵した。
 地上にはまだまだ恵まれない者も多く、リソースはこの貧者達を救うべく使われるべきだ、と。

 連邦側としては呆れるしかなかった。
 素直に連邦の傘下に収まれば、明日から最低限の衣食住には困らずに済むものを・・・。

 宇宙開発とて、領内の貧者をないがしろにしての強行では決してなかった。
 連邦加盟各国の軍備縮小・撤廃により浮いたリソースを、まずは民生に廻した上で、余剰のリソースを公共事業の中でも優先的に宇宙開発へと振り向けているに過ぎない。足元を無視して宇宙空間目掛けてガン振りしているのではないのだ。

 連邦は悩んだ。

 宣戦布告して連合を叩き潰すのは造作もないコトだったが、余りに大人げなさ過ぎた。
 加えて、造作もないとは言っても、それはあくまで国家視点でのことで、それでも連合を完全に叩き伏せるには、2〜3年の年月は掛かろう。その時間が惜しかった。
 連邦は、連合が支援する低脅威度戦争を、許容損害として受け容れることを決断した。

 やがて、島、人工島がちらほらと進宙を始めた。
 島への入居が進むにつれ、あぶり出しの様にその問題が顕在化し始めていた。

 所謂、2級市民問題である。

 WW3敗戦組は、戦勝組の1級市民に比べ、さまざまな形で差別扱いを受けている、という都市伝説である。
 全く実体のないハナシで、しかも、所謂2級市民自身が自称しているのだった。
 この問題は根が深かった。
 機会平等が徹底的に推し進められた連邦の治世では、相続が認められていない。
 どの様な財も一代限り。
 ここまでラジカルな内政であるから、市民間に1級だの2級だのという格差が生じる余地は無かった、事実としては。

 しかし見えない差別が存在する、という。

 悪魔の証明だ。ないことを証明することは出来ない。

 これが一挙に顕在化したのがここ数年からの島への居住、移転募集からだった。
 2級市民は島へ追い払われるのだ、という。

 全く根拠がないことでは無かった。
 島への移住志願の多くは、WW3負け組みの係累であった。
 棄民政策ではなかった。彼らは進んで新天地へ赴くのだ、自発的に。

 島は快適な空間だ。
 放射能とも無縁で、島民が望めば如何様にでも季節も天候も演出できる。

 要は、感情の問題なのだった。
 時間だけが解決してくれる…。

 連邦は遂にサジを投げた。
 その後の歴史の展開を知るものであれば、これは連邦の無責任ということになる。

 2−3
 
 やがて、島は自己増殖を始めるだけの体力を獲得した。
 そのまま、島の集まりは群島勢力と呼ばれるようになった。

 奇妙なハナシだった。
 群島とて地球連邦の一部なのだ。
 なぜ、わざわざ一部地域を指して”勢力”などと呼ぶのか。

 連合のコミットだった。

 いつの間にか、誰いうことなく、地球・月圏と群島勢力との対立構造が囁かれる様になっていった。

 当事者達はこれを必死に否定した。
 特に群島側はこの風聞を強く否定した。
 連邦政府からあらぬ嫌疑を掛けられ、再び委任統治されるなど真っ平御免だった。
 だが、こういうハナシは否定されればされるほど、また強く育ってしまうものだ。
 今回も、過去の幾多の例と同じく、対立の構図は一層鮮明になっていった。

 感情論だった。彼らはかつて破れ、地球を追われた末裔なのだ。

 開戦の2ヶ月前、遂に連邦は策源地である連合を叩き潰すべくこれと戦端を開いた。
 総てが手遅れであったのは前出の通りだが。

 連邦、群島間での開戦当日。
 地元での遊説の途中、軍から緊急連絡を受けた地球連邦第28代評議会議長であるアルフレッド・ハルトマンは、その後の予定を総てキャンセルし、直ちに軍との緊急会合に同意した。軍は議長に、群島で現在進行中の大規模反乱準備についての確たる情報を示し、決断を迫った。議長は騒擾準備の鎮圧と、それに伴って必要な範囲での実力行使の裁量権を軍に与え、発令した。
 だが、事態は思わぬ展開を見せる。準備不足のままなし崩しに決起した群島軍は、地球連邦宇宙軍警務艦隊の周到な鎮圧、襲撃作戦に対し敢然と反撃、これを見事に撃破してのけたのだ。色々な意味で連邦側の想定外、予想外であった、緒戦の明暗を分けたのは、群島が「機動兵器」と呼称する”新兵器”だった。
 ハルトマン内閣は、戦争勃発とその敗北についての引責により即日、総辞職した。

 今世紀最大の発明が核融合を実現せしめたワイルダー触媒であるなら、今世紀最大の改良は、そのワイルダー触媒を常温で粒子状に安定化せしめたワイルダーjrによるワイルダー粒子の実現だった。

 特にワイルダー粒子の恩恵を大きく受けたのは地球、地上であった。
 巨大な地球という磁石に反発する電磁石をワイルダー粒子は提供し、地球は第二の産業革命を迎えた。
 はぼ船舶運送と互角の運送量・料で航空貨物を扱える様になったのだ。
 もちろん一般乗用にも適用され、交通量に殆ど制約がない”空のハイウェイ”も同時に拓けた。

 もちろん、ワイルダー粒子は即座に軍事用途にも適用されたが、エア・タンク等の、常識的な副産物のみで、本来的な用途でのそれは採用が見合わされた。

 相手のセンサを無力化する。大変結構。同時に自身も無力化されるのでなければ。

 ひと昔前の煙幕と同じで、敵も自身も照準不能というのでは使い道は無かった。
 唯一、宇宙戦闘で、ワイルダー粒子を散布し、敵を無力化した上で、こちらはそれに対応した装備を用いて戦闘を行う、という様な論文が数本提示されたくらいで、その論文も、そこまで準備、環境を整備してのワイルダー粒子の戦術的運用は主に予算上の制約から非現実的であると結論付けるしかない、という様な内容であった。

 そして、群島勢力は連邦が理性と計数の両面から対象外へと置いた間隙を衝いてみせた。しかし。
 連邦と群島は開戦と同時に互いに千日手に陥った。
 連邦は稼動全兵力を開戦劈頭で失った上、開戦当時に総辞職した内閣の後継政権が確定せず、政治的空白をも産んでいた。
 群島側は開戦当初を勝利で飾ったまでは良いが、こちらも望んでの開戦ではなく、戦力が全然不足しており、動くに動けない状態だった。

 結果、連邦側の不手際である政治的空白は余り意味を持たなかった。
 当初の計画に比して突然の開戦となった事態を受け、戦場となった諸島を基点に周辺宙域に向けなけなしの武力を背景とした恫喝を行い、その戦力の投射圏内とされる各島に向け帰属の後背を迫り、また実際に戦力を展開して見せ、露骨な砲艦外交で領域の切り取りを行い、改めて群島勢力という連邦に対しての対立陣営としての体裁を整備していた群島側にとって、それを効果的に利用する方途も余裕も無く、一方連邦側でも、この政治的混乱、空白期について、もし例え何らかの形で途切れることなく政治権力の継承が実現していたとしても、戦争状態という事態に対して、実質、現有戦力皆無という条件では、どの様な熱意と能力を伴った政治家であったにせよ、実際には群島側の蠢動を傍観しつつ戦力の回復に努める以上の方策、それ以外の選択は非常に困難であった。だからといって現政権が空白であってよいわけがなく、しかし誰もこの余りに困難な運営が予見される、人類史上初の宇宙戦争を戦う戦時内閣の首班、へ名乗りを挙げる者は出現しなかった。
 混乱が続く中、ある日、いっそ開戦の責任を取って、ハルトマン元議長に引き続き政権運営を任せてはどうか、
という発言がなされた。これに、多くの者が飛びつき、久しく行われていなかった国民投票での審議にまで進み、結果、賛成多数によりハルトマンの議長再選が可決された。
 政権に返り咲いたハルトマンの戦争指導は的確だった。
 確かに、群島勢力の半分、否1/10くらいでも直接物理的に叩けば、残りが抵抗を諦め投降するか、少なくとも内部分裂を誘発するくらいの効果は見込めるだろう。

 では、その戦後処理は誰がどう行うのか。
 もちろん、連邦が行うのだ。
 その後、10年以上の歳月を掛けて、宇宙区間を洗浄し、また島を建設するのだ。
 こんなバカらしいことはないが、それこそが現実、なのだ。
 で、あれば。
 腰を据えて10年の長期戦を戦った方が、よほどよい。
 感情の膿も何もかもをも絞り尽くして、群島を連邦に屈服せしめること。これが最善だ。

 そういうコトだった。







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