Road to the star seed

 7−1

 狂った様に回転していた人類カウンターはある時点でピタリと止まり、そして鈍減するようになった。

 人類の、反攻が始まったのだった。

 それからのミキとアレフの日課は、運ばれてくるコア・ユニットにアレフが火を入れながら同時に最近”思い出した”ことをとつとつと語るのを端からミキが同時通訳して聞かせその度に当直の技官や学者が驚嘆するというそういう光景になった。

 アレフからの技術供与の垂れ流しにより人類の科学技術は秒進分歩の発展を遂げつつあった。それは、”敵”に対抗すると共に、生産の分野でも、航宙の分野でも、とにかく現在の事態に役立たないことは何もなかった。
 スカイフックの順番待ちをしていた難民キャンプを、例えばそのまま地上に降下させることが実現でき、更に増設予定だったスカイフックは建造を中断された。既設のものはそのまま稼動させるにせよ、リソースがもったいなかった。もっと効率がよい手法が既に幾らでも存在した。例えば軌道上から地上までに真空のエア・カーテンを穿ち、そのまま降下させられた、等々。

 そして、反攻。

 全く手も足も出なかった”敵”に対し、人類は遂に反撃を開始した。
 出現した”敵”に対し、準光速まで加速したライト・ガン、質量弾頭を叩きこむ。
 反撃を警戒していなかったのか。”敵”は全く抵抗する様子を見せずに攻撃をモロに喰らって爆散する。
 この”戦い”が始まってからの、人類の初戦果は余りにもあっけなくもたらされた。

 だが、確実な手応えだった。

 人類は、負けない。

 だが、負けないだけでは負けだった、矛盾だが。

 戦術局面で互角であっても、それはあくまで局地的な勝利であり、現在の人類の生存圏を完全にカバーするものでは無かった。それこそアレフがあと100人もいなければ追っ付かないだろう。しかしこのささやかな再建された戦力は、アレフ一人にも当然、及ばなかった。

 小さな戦術的勝利に酔っているヒマは人類に与えられていなかった。

 根源的な勝利が、必要とされていたのだった。

 7−2

 その一方、人類は悩ましい事実をも突きつけられていた。

 それでもようやく一息ついた人類は、今回の一連の事態そのものに関してを探求する小委員会の一つから回答を得ていた。それによると、”敵”は必ずしも人類そのものに敵対しているワケではないという驚くべき結論が提出されたのだった。

 調査委員会によると、襲撃の現場での証言により、例えばある民航船の場合、襲撃直後に船から脱出した乗員乗客は全員無事でそのまま全員が救助されたこと。後に再び救助船が襲撃を受け、全員が死亡するが。
 またある例では、閉鎖系施設に退避していた人員が襲撃されるが、脱出した人員は追撃を受けなかったこと。結局全員酸欠で死亡しているが。
 以上を含む各種事例の検討により、”敵”の襲撃は人類の殺害そのものを目的としていないこと、またその目的は、宇宙空間に設営された様々な文明施設(含む船舶)を目標としていることが推察される、等々。

 人類は頭を抱えた。
 今更、どうしろと。
 なるほど、この事実を早期に突き止めていれば、ある程度の被害の軽減は出来たかもしれない。
 しかし、既に間違いなく、人類と”敵”は交戦状態になった。
 終始、”敵”から、交渉の様な、互いの意志疎通の機会は与えられていなかった。
 ただ、それこそ通り魔の様に現れ、襲撃し、去るのみ。
 その移動、出現と退避を観測出来ないことから、”敵”もまた超光速並みの移動能力と、それに付随する様々な能力を持つものと推定されていた。つい先刻まで手も足も出なかった様に。

 だが、そこまでだった。

 正体不明といえばアレフもまたそうではあったが、今、アレフは明確に「人類支持」を表明していた。
 いずれ何らかの理由でそれが取り下げられるとも、とにかく今は味方だった。そんな先のことまで考慮する余裕は今の人類には無かった。

 だが、”敵”は。

 その正体は、目的は。

 何もかもが謎であった。

 だが、それでも”敵”は人類の生存を脅かす”敵”であり続けた。

 地球の浄化はまだ道半ばだった。

 このまま宇宙空間から追い払われて、地球でじっと息を潜めて生きてゆく・・・。

 それも破滅なのだった。

 今の人類には、宇宙を、その生存圏を克ち取る必然があったのだ。

 そして、遂に。
 一大反攻作戦が企図され、遂行されるに到った。
 作戦名「ロング・マーチ」
 太陽系外近傍に位置するとされる、”敵”の策源地目指しての強襲作戦であった。

 人類カウンターは60億を切っていた。
 物流が滞り、末端では餓死者の恐れも出始めていた。

 7−3

 外宇宙艦隊。

 一部の人々はその言葉をある種の感慨を以って口にした。

 深宇宙探査。

 戦争が無ければ、この事態が無ければ。火星開発と平行に進められるはずであった。

 外宇宙艦隊。

 それが、文字通りの外征となって実現するとは。

 連邦宇宙群外宇宙艦隊は、旗艦、戦闘空母「エンタープライズ」を基幹とし、護衛の防空巡航艦12隻、センシング・電子巡航艦2隻、補給艦2隻により編成された機動部隊であった。
 「エンタープライズ」には、かつて群島を屈服せしめた砲身長約300メートルの戦略砲を改装した大口径ライト・カノンが艦首に装備されていた。かつての群島勢力側も、戦勝の、縁起のよいことと特に反対せず、歓迎した。

 艦隊のクルーは志願制であったが、直ぐに選抜制に変るほどの多数の応募があった。
 ことここに到っても、人類のなけなしの士気だけは軒昂だった。
 もはや、連邦も群島も、連合の遺恨すらなかった。
 人類は、この未曾有の災厄に、その総力を挙げて立ち向かっていた。
 ようやく意識を回復したハルトマンは、初めこの壮挙を”愚行”として撤回を指示しようとしたが、各種のデータを見るにつけ、遂に了承せざるおえなかった。

 決して、勝算のある作戦ではなかった。
 だが、他に道はなかった。

 のるか、そるか。

 この戦いに勝って、明日への道を切り拓く。

 その選択肢しかなかったのだ。

 人類カウンターは30億近辺をのろのろと進んでおり、そろそろ20億に届くところだった。

 既に地球軌道も完全に安全では無くなっていた。月面表面の市街地も襲撃に晒されていた。

 5基あったスカイフックもその総てが倒壊し、地上に災厄となって降り注いでいた。
 大規模な地上への収容はもはや途絶しており、小型の往還機による軌道上との連絡線が辛うじて維持されるのみとなり、整備都合上での稼動機の減少によりそれも途切れがちになっていた。
 収容先である地上でも、空港の周辺に難民キャンプが拡がり、そこで餓死者も発生していた。
 物流を担う職員も、多くが過労で倒れ、ナノマシンの力で強引に職場にかじり付いている様な現状だった。
 そして、総ての島は放棄されるか或いは破壊されていた。

 艦隊の整備は、そうした環境の中で進められたのだった。
 人類の総力の、その底をさらう様な作業であった。

 7−4

「正直、人類を代表する首班としては、私は君たちを祝福することは出来ない。私は、今でも納得出来ていない。誰が見ても、これは愚行だ。人類が持つ愚かさそのものだ。だが一方、私は君たちの存在を誇りに思う。ここまで無策にも追い詰められ、それでも君たちはまだ闘志を捨てないという。大いに結構だ。是非、戦って呉れ給え。そして、勝利を掴み取って欲しい。スター・セイバーと共に。最善を尽くして欲しい。君たちこそは、人類最後の希望なのだから。作戦の成功を祈る」

 病床からの、ハルトマンの訓令だった。

「きみのために何もできない。ぼくはつまらない男だ」
 直正はそういい、顔を伏せた。
「いいのよ別に。あなたはあなたのままでいてくれればそれだけで」
 ミキは言い添え、何度めかのキスをした。
「行ってきます。あなたのために。私たちの、人類の未来のために」
「気をつけて。愛してるよ、ミキ」
「私もよ。直正」
 分秒刻みで進行する作戦計画の、僅かな隙に滑り込ませたささやかな交わりだった。

「こちらアルファ・リーダー。全弾射耗、繰り返す全機全弾射耗。これ以上はムリだ!」
「頑張りすぎだぜアルファ。チャーリーはどうか」
「チャーリー・リーダー。持って5分、10分はキツイ」
「こちら整備班、ブラヴォーの発艦あと5分下さい」
「二分で済ませろ」
「こちらアルファ・リーダー。全機帰還した。損失なし。要整備1」
「ブラヴォーだ、出るぞ」
「グッドラック、ブラヴォー」
「了解、ブラヴォーチーム出撃する」

 もちろん、遠征にはミキと『スター・セイバー』も参加していた。
 ”エンジェルチーム”が出撃している間はどうということも無かったが、これが一度下がるともう一苦労だった。
 むろん、ミキ以外の戦闘員たちにも休息は必要だった。
 エンタープライズは『スター・セイバー』以外に36機の艦載機を搭載していた。
 意外にも総てが有人機だった。
 もはや消耗は許されなかったし、AIに任せるには既に戦場は複雑にすぎていた。
 
 そして、艦隊が進発してから一月が過ぎた。

 地球近傍の最前戦を過ぎてしまうと、航宙は不気味なほど落ち着いたものとなった。
 少々の接触があっても、たっぷり休養をとったエンジェルチームが出撃すればそれだけでこと足りた。
 艦隊は定常加速を続け、既に光速の10%ほどまでに達していた。

 ”敵”の本拠があるとしたら、そろそろのはずだった。
 そして同時に、艦隊の最大進出点でもあった。如何に”生還を期せず”といっても、虚空で無駄死にでは余りにも意味がなさ過ぎる。それはあくまで”敵と刺し違えても”、とのことであり、片道燃料で死んで来いという意味では決してない。

 そして、ミキはアレフの異変に気付いていた。
 言葉になりきらない思念が、ぶつぶつと彼女の頭に飛び込んで来ていた。
「アレフ、大丈夫?出撃よ。大規模な敵の編隊が出現したの」
 至近距離であれば、人類は”敵”をセンシングの網に捕らえられるまでに進歩していた。
 何もかも数ヶ月に及んだアレフの知識の垂れ流しの成果であった。
<そうか・・・そうだったのか>
「アレフ?」
<姫・・・もう大丈夫です。大丈夫ですよ>

 最終章 ラッキースター

<同胞よ、試練の時は過ぎた。もう無明を恐れることはない。不在を嘆くことはない。我々は新たな主人を得たのだ。集え、そして共にこの歓喜を味わおう、同胞よ>

 そして、語った。

 かつて、銀河を統べるほどに発達した種族があったことを。

 アレフも含め、”我々”はその被造物であり、彼らを主人として仕えていたことを。

 しかし、彼らが”我々”を残して、突然居なくなってしまったことを。

<だから!用があるやつなんて誰もいないっていってるだろう?!>

 突然、虚空に嘲笑が響き渡った。
 同時に、攻撃。

 マイクロ・ブラックホール弾による飽和攻撃だった。アレフは難なく受け止めて見せるが人類にとってはムリだった。随伴する巡航艦二隻が巻き添えを喰らい、轟沈する。

<またお前か!>
<仕えるなんてくだらねえ!みろ!あのザマを>
 アレフは激昂に巻き込まれずに平静に応じた。
<我々の本義なのだ。それでこそ我々は平安を得る>
 相手にならないアレフに興が殺がれた様だった。
<お前、変ったな>
 アレフはその言葉に驚いた。
<変った・・・そうかもしれん>
<あーあ、つまんねの>
 そう吐き捨て、光の粒子を巻き散して不意に姿を消した。超光速巡航だった。

 アレフは再び語った。

 主人を失った我々は大きく分けて三つの流派に別れました。
 一つは、原理主義者、銀河広くに新たな主人を求める一派
 一つは、自律主義者、我を至上とし、自らを主人とすることを決断した一派
 そして少ないながら、先ほどの様な無頼派。

 私は、主人に仕えることなく主人を失い。
 何かを求めて、彷徨っていました。

 そして、貴方と出会ったのですよ、ミキ・カズサさん。
 貴方が持つ生体鍵は、かつての我等が主たちが持っていたものに、極めて近かったのです。
 本来であれば厳密に設定される生体鍵ですが、私はその処理を受けることなく、この世に送り出されました。
 それでも鍵は鍵です。せめて、同族でなければ合致するものではありませんでした。
 銀河の果てに彷徨いこんだ先で、主に巡り会えるとは・・・私には表現する言葉がありません。
 ただ、貴方の存在に、感謝します。ミキ・カズサさん。

 この一派を統率する、代表者が、アレフにコンタクトを取って来ていた。
 超空間通信により、交渉は一瞬で済んだ様だった。

 代表者は宣言した。

 認めよう、人類の力を。今この瞬間から我々は貴方方の僕だ。

 それは、原理派に依って課せられた試練であった。
 仕えるからには最高の主人を。
 色々な主人に仕えてみて、結局内乱でその種族が滅んだり、という様な経験を重ねるにつれ、彼らもその審査基準を引き上げざるおえなかったのだった。試練を跳ね除け、人類はその栄冠を勝ち得たのだった。

 ここに、人類との盟約を宣言する。
 盟約に従う限りに於いて、我々は人類を強力に支援する。
 その宇宙開発、各種研究開発、その総てを。
 盟約により、我々と人類は結ばれた。

 人類に常しえの繁栄を。我らがその奉仕を。

 スターセイバー。其の名は、伝説
 そして伝説は神話となった。







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