イリヤの空、UFOの夏
あるいはちょっとしたトラブル

作者:出之



6.

「……警告する、アルカ艦隊指揮官に警告する!現在貴官並びに貴艦隊は我がナイナの主権を不当に侵犯している!直ちに第3伴星専管区域内、及び当宙域から退去することを強く勧告する!貴官並びに貴艦隊がこれを拒否する場合、当方は実力を以って勧告内容を実現する用意があることを、併せて通達する!!こちらは……」
「アルカ艦隊、前進します!」
「回線開いてないぞ」
「平でいい全周波帯で呼び続けろ! 」
「肉魚に通じるのか」
 最凶の蔑称が飛び出す。ナイナ本星にはアルカ族に酷似した食用魚が棲息している。主に飼料用だが。
「全群、最大級戦闘配備、即時戦闘準備、威嚇射撃を許可する! 突雷隊、並速前進! 敵艦隊を”腹”から圧迫しろ! 敵進路をネジ曲げろ、断じてチキュウに近づかせるな!!」
 司令官席から立ち上がり、左右の尾を共にピンと伸ばしながら黄緑ノ二打撃群、司令、カヤパマ・ポト・ペルコムは声を張る。
 ナイナ族を一言で呼ぶならそれはカンガルー、である。
 但し、それを想起出来るのであれば、カンガルーのスタイルをした馬、が、より正しい。そして尾は、既出通りに棒状のものが、2本。ついでにフクロも彼らにはない。直立した馬が、重力の要請に従いその下半身を強靭なものに変容させ、逆に上半身は小型化、しかし反比例して4本の指を持つ前肢は複雑高度な発達を遂げた。これが、ナイナ族の外観だ。
 ナイナとアルカ。
 両者の出会いと衝突、その後の経過は返す返すも不幸な偶然の連鎖、とでも呼ぶしか言葉が見付からない。
 アルカにその進宙、発展拡大の路を阻まれたナイナは未だ太陽系より更に端、銀河腕のその一終端、辺境での逼塞に甘んじている。
 だがアルカ側にも、悪意を以ってナイナの前に立ち塞がったという意識は、ない。それが今日に至る両者の、何ともし難い捩じれた関係である。
 ナイナは信義を重んじる。
 それはしかし、草食という食性に似つかわしくないナイナが持つ獰猛さを自身戒める為の、言葉の枷である様にも思える。
 獰猛、そう、ユーモラスというよりむしろファンシーですらある彼らの外観にもまた幻惑されるが、紛れもなく彼らの重大な特質である。
 では彼らは血飛沫の中、同族間で抗争に明け暮れるやくたいもない種族であるのか。
 一面では、正しい。彼らの歴史にもそうした側面が存在したことは事実だ。がしかし、彼らが持つ今一つの特質が彼らをして”正しく歪んだ存在”としてなさしめている。
 ナイナは同族殺しをしない、出来ない。
 これは、能力の欠落であるのか、極めて秀でた特質であるのか。彼ら自身にも判別出来ずにいる。創造主の意図が那辺にあるやはともかく、事実としてそれはあり、またこれあるが為にナイナの歴史は確実に巻き上がった。都度何も得る物がない、バツの悪い疲労感のみを残す”おしくらまんじゅう”のような、自分たちが起こす内部抗争にナイナの全種族が倦怠しその愚を悟り、故になるか統一政府の樹立は随分と早期の段階で実現する。
 そこから星間進出まで少しの足踏みがあったのだが、それでもその歩みは十分な速度を維持していた。戦争が科学技術を牽引するというのはウソで、戦争という濫費がなければ文明が当然より以上の効率に尚、駆動進捗するのは自明である。試しに一度戦争を根絶してみれば直ぐに確認できるはずだ。
 恒星間世界に進出した彼らは、まずは順調に近隣に存在した無主の星系をその領有下に収め、そして一方。
 銀央方向への進出は、アルカとの遭遇を招いた。
 複数の星系を領有する恒星間種族としての名分を獲得した時点で、ナイナは星連からの公式な接触を受けていた。
 星連。前出通りの星間種族連絡協議会、である。
「とつぜんの無礼を失礼します。私は星連渉外調整担当事務官のリヒャイェ・バンハーと申します」
 ナイナ全権代表が例会での質疑答弁中、唐突に喋り出した内容に野次と怒号が飛び交い、しかしこれが“現実”であることが判明するや議場は騒然となった。直ちにその場でこの件を巡る緊急動議が提出され、さしたる反対意見もなく星連への加盟は全会一致を以て決議された。
<迅速にして果断な意思決定能力の発露、直に見聞させて戴きまして、これは、たいへん結構です。素晴らしいと称賛致しましょう>
 ナイナ代表を制御から解放し、連絡手段として許可を得た上で議場に設置された端末から事務官が声を発する。というよりその端末そのものが事務官の一部でもある、らしい。
<認めましょう、貴方方の力を。認証作業終了しました。今この瞬間より、貴種は我が星連の加盟種族です。心より、歓迎致します。>
 議場に好意的な嘆声が重なり響く。星々に満ちる先達の者たちにまずはその存在を認めさせたのだ。最初の一歩を無事に踏み出した、慶事幸甚として差し支えあるまい。星間種族としてこれより先、いかな苦難が待ち受けようと。
 苦難。これまで物語や学者の論文の中の存在でしかなかった、異族知性と対等以上に渡り合ってゆく必要を同時に突き付けられたのだ。指導層の責務は重い。
 そして結果ナイナは、”新参者”にありがちな錯誤に深く踏み入って行くこととなる。
『星連への本格参与並びに伴う星間活動には多大な労力、活力を要求されるので慎重に対処願いたい』と、文字通り山のような星連に関する諸則のその冒頭に”初めは情報化変換大使の送出で我慢なさい”と言外に強く勧告、謳われてあるにも関わらず、これも全会一致で星連本会議に”生身”の大使を送り出すことが決定された、されてしまったのだ。
 非力であるなら尚、見栄を張る。交渉の定石ではあるが何事も限度というものがある。政治の事務要件を種族の総力を掛けた冒険行として同時進行させるのは如何なものか。
 とにもかくにも。ナイナは隣へ送り出した10万頭仕立の移民船を上回る規模の超光速巡航艦を2隻建造し、それに生身と呼んでいいものやら生残性重視に改造され生体は脳幹の一部を残すのみの身体となった大使兼船長を搭載し出立させたのであるが。
 約15周期の航程で現地に到着する予定の2隻が2隻ともなぜか3周経たずに舞い戻ってきたなんでやねん。
 すわ、未観測の宇宙大規模構造、空間歪曲の顕現かと学者たちが色めき立つ中、2隻を仔細に検証していた技術屋たちはしけた顔でしかし深刻な報告を提出する。航法系への外部からの間接的な干渉の痕跡が検知されていた。そして大使船長は二頭とも死亡していた。
「具体的にはどういうことなのだ」
 公聴会での喚問の席で調査委員長は不規則な尾振りを交えながら不快げに応える。
「天測から現在位置を逆算しての航進です。その情報を欺瞞され出航点まで逆算誘導された公算が極めて高い。船長二人は航法系とも直結していましたから、実測と欺瞞の情報格差に押し潰されての衝撃死、情報的に破壊、殺害されたものと推測されます。認めたくありませんがかなり高度な技術によるものです」
「”かなり高度”とは」
 一頭が追及する。
 委員長は尾振りを止め、左右をだらりと下げて答える。
「再現不能な程に、です」
 ざわめき。
 試しにもう一度やってみたらなどという不見識は冗談にもなかった。
 ”冒険”は”事業”に置き換えられた。目的地点までの段階的な啓開計画が策定立案され、新たに4隻の深宙探査艦が建造され、正副2隻2組、本部との緊密な連絡を維持しつつ、出撃する。いやどうみても泥縄だが、史上初の壮挙とかの虚辞に自家中毒してしまっていたらしい。や、事業より冒険の方がウケがいいし。ナイナではしばしばの悪弊。
 そして。闇夜に大砲を撃ち放ちながらのような、ナイナの濃密な能動探査波を継続投射しながらの進撃に、たまりかねた様に未確認の、他種知性による飛翔体が出現したのだ。
 アルカとナイナの、初の邂逅だった。

 我々アルカは領土的野心を持たない。星間進出について、これを積極的に推進する意思を持たない。
 アルカが真顔で主張する「ないない」を、ナイナで字義通りに受け止める者は無かった。
 それでは試しにと、銀河中心方向へ向けたアルカ既領有圏のナイナによる無害航過を打診するとこれが。
 だめ、なのだ。
 当時、その宙域ではちょうど、アルカ星態観測研究活動班による大規模観測、記録、解析が準備され、実行開始まで残り僅かとなっていたのだった。
 一般では殊に、関心、理解、熱意に乏しい星間探査事業。その有志が集いキメ細かな折衝を重ねた成果としての、大規模統合星態観測計画の実現だった。その実施寸前にアヤを付けてきたのがナイナだ、というアルカの主張に立場は逆転する。
 ナイナがアルカ領内航過を実現せんと積み上げる提案を、アルカはすげなく端から叩き壊していった。
 ナ:それではまず、航過実現の為の双方の要望の確認ですが。ナイナとして引き続き特に付け加えることはありません。
 ア:あらゆる意味、条件に於いて承服出来ません、以上。
 ナ:具体的に願います。
 ア:現在、ナイナが提訴している宙域は、永年、アルカ担当部局が観測計画を準備してきた星域に大分で重複します。今から計画の変更、延期は不可能です。貴種族と邂逅する以前からの、これは当方の既定事項です。
 ナ:計画の修正の可能性については、検討余地はないのでしょうか。
 ア:具体的に願います。
 ナ:当族が、貴種の計画を代行、或いは一部支援をしては如何か。
 ア:失礼ながら、貴種の観測ではまず当方とは度量単位の差異があり既にして情報が歪む。次いで双方の原言語体系に於いて生じる、変換差分も無視出来ない。最後に、失礼ながら、貴種による観測では精度の問題により、当方はその結果を、我が方が同様に確保したものと等価であるとして扱えない。貴種の星間関係技術水準が当方に比較しては顕著な劣位にあることを、事実として留意願いたい。
 さんざんだった。要するに。
 前からやるって決めてたんだよ動かせないの、お前ら足手まといだから余計な手、出すなよ? 。いつまで、だって? それが判らないからこうして記録観測解析推論するんですけど大丈夫? あたま、悪い? わるいのかそうだよな。
 もはや交渉の段階は終わった、と、ナイナが絶望し腹を括ったのも、あながちムリとはいえない展開だった。
 本星の揺籃にあっては夢想に遊ぶ者、星界に対しては尽く現実主義者たるべし。
 というより、水も空気も”タダ”の大気圏内世界から、息をするだけでも”有料”の宇宙に飛び出せば自ずと各種認識も改められる、ざるおえない。
 銀河中央への進出がナイナの宿願であり大目標であることは百も承知。
 中央星界で、大国や多くの他星族と星際関係を締結し交歓する。
 ナイナの真の歴史はそこから始まるのだ、と。
 それを。
 星治家たちは事を急ぎすぎている。
 大目標であるならなおさら、事は慎重を期すべきだ。ここはアルカ相手に苦杯を舐めてでも堅実に、辛抱強く機を待つべきなのだ。
 ナイナ航宙軍軍令部の憂慮は深刻だった。
 現在アルカは、ナイナに対する如何なる敵意も、侵略意図も持ってはいない。
 ただひたすらに、無関心であるだけだ。
 彼らは我が方を無目的に阻害しているのではない。先方には先方の事情と目的があり、だから少し待ってくれと言っているに過ぎない。
 だが事態は悪化の一途の先に最悪の時を迎える。
 第6次交渉の席で、憤激したナイナ使節が遂にあの、
「実力行使も辞さず」
 を出してしまった。そしてアルカも平然と。
「では、戦場で」
 決裂した。
 この頃にはもう、指導層より諸族頭の方が燃え盛っていた。
 街中で公然と「征魚論」がぶたれ喝采があがる始末だった。
 事、ここに至ってはもはや星交努力による関係修復はまず不可能だった。それが可能であれば既に妥結してる。
 ナイナ全軍に動員が発令され、アルカもこれを受けて建軍を開始しする。何と、現時点ではアルカの保有戦力は皆無なのだ。ナイナも強気なはずだ。両種間の緊張は極限まで高まった。
 ナイナ航宙軍軍令部は最後まで抵抗した。
 中央進出の大望を果たすのであれば、最近隣であるアルカとの間に遺恨をなすべきではない。この1戦を得たとて、アルカを敵に回すに百害あって一利なし、必ずや大なる禍根となってナイナを脅かそう、と。
 その後の経過は前掲の通りで。

「”回収”はどうなっている! 終了報告はまだか! 」
 吼えるペルコムに。
「”目標”直上に微細な反応が散発しています。原生種間で交戦中の模様」
 ぐぐぐ。ペルコムはひづめを蹴り付け昂ぶりを堪える。
 尾無猿が。
 しかし代表を持たぬ蛮族と友好条約などと。どこの痴れ頭の仕業だ! 。
 それさえ無ければ、如何様にも手はあろうものを……。
 ペルコムを縛り付けているのは国内法だった。
 駐在部をその唯一の例外として、友好対象には一切、干渉してはならない。
 ナイナは信義を重んじる。
 自縄自縛もいいところだ。苦労するのはいつでもどこでも現場である。
 ペルコムは思考を切り替える。
 井戸の底の事は取り合えず詮無い。出来ることに注力しよう。
 現有戦力では最終的なアルカの地球突入は阻止し得ない。
 厳格な戦力見積により彼はその事実を直視していた。
 であるなら。1細でも2細でも時間を稼ぐしかない。
「アルカ前衛、突出止まりません!! 」
 艦隊機動で敵を牽制するのはもう限界だった。
 ここでまた、我が艦隊が敗れるのは構わん。
 しかし。
 今ここで、我が真意をアルカに気取られるようなことは。
 それだけは。断じて、阻止せねばならん。
 なれば。
 ここは我が身を囮としてでも。
「全群、全兵装使用自由!!よく狙って撃て、絶対に当てるな!魚共が当てて来ても応射はまかりならん!!」
 たてがみを切り落とす思いでペルコムは令する。

 もちろんクラヤも負けていない。
「又尾連中、本気で撃ってきてますよ!」
 戦術参謀の笑いと悲鳴が入り交る波に。
「それならもっと喜べ、戦参!よし、全防御兵装使用許可だ、本気で押し返せ!」
 叩きつけるように令しつつ、クラヤは違和感を覚える。
 こっちは始めから本気の演習だ。だが、ナイナがそれにつきあうのは、なぜだ。
 チキュウを防衛しているというのか、信義に掛けて?。
 ばかな。
 だが指揮官の当惑を他所にアルカ艦隊は発令に従い、全力発揮を開始していた。
 見るものが、勝つ。
 古今東西を問わず、これは混沌に支配される戦場という場での貴重な、数少ない真理の一つである。
 世界を視る識る為に磨き上げられたアルカの物質文明は、だから処を戦いの場に替えても十分以上に通用した。
 ”見る”技術は”見せない”技術にも通じ、更に”見せ掛け”もする。
 先にアルカの軍事技術が索敵を軸に尖鋭化している様を述べたが、それは同時に隠蔽に、そして欺瞞へ、裏へ、表へと拡がっている。
 それをして”牙を剥く”という表現は不適かもしれない。だが、アルカ艦隊が解き放ったのは攻撃的なまでの防御力だった。
 ナイナ情報参謀は声にならない叫びを発した。
 アルカ艦隊が、その数を一瞬にして10倍、いや目の前で100倍、1000倍に規模を増大する。
 当たり前だがこれは現実ではありえない。索敵情報を欺瞞されているのだ。
「何をしている、よく視て報告しろ!囮は全て削除しろ!」
 情報参謀の叱咤に。
「しています!」
 索敵担当士官が短く叫び返す。
 そう、している。見破ったものは情報表示面の端から消し込んでいる。しかし処理が追いつかない。
 熱反応的にも電子的にも質量的にも空間存在的にも当然光学的にも。
 アルカ艦隊が展開しているその”囮”は、情報的には実在と全く等価なのだ、少なくともナイナの”眼”には。
 ”脳”に直接情報を与えればそれを”現実”と認識するように、ナイナが受けているのは居ながらにしての仮想現実の世界だった。
 ナイナの砲火は自然に、完全に沈黙していた。もはや何をどう狙い、かつそれをどう外せばいいのか。間接的に全艦が戦闘不能に追い込まれていた。
「撃て」
 ペルコムは少し血走った眼で、口元に泡を滲ませながら低い声で命じた。
 司令?と副官が不安げに呼びかける。
「全てを撃て、破壊しろ」
 ナイナ艦隊は先に倍する密度の熾烈な射撃をバラ撒き始めたが、アルカ艦隊はそれをあざ笑うかの様に欺瞞出力を高める。
「だめです……能力限界を突破されました」
 画面の片隅に不正記号を明滅させながら固まった戦術情報表示面を前に、情報参謀が呆然と呟く。それはアルカが仕掛け成功した情報飽和攻撃だった。対策として技術手法的にはシステムを初期化し、再起動は不可能ではないが、その間に何もかもが終わってしまう。そして各個に撃て、の発令はない。それが可能ならさせている。
 ナイナの戦力を構成している艦艇、その内実。除籍されたのは開戦直後、アルカの力を見せ付けられ一挙に前世代の遺物と化した生残艦艇群で、他の老朽艦もアルカの現役相手では敵に貢ぐ経験値”にすらならない”との評価で二線三線に退いていた、だから引っ張り出せた、ような兵力ばかりである。
 故にペルコムは練度の”れ”の字も怪しいまだ公試も済んでいない新鋭艦に将旗を掲げ、盲聾はそのままに管制を預かりそれでも無いよりマシな統制射撃を強行している、いた。だがアルカ最精鋭の実力はその遥か上を悠々と越えていった。
 各個射撃など。諸元が明確で確実に攻撃可能な目標といえば眼前の友軍艦艇しかない。誤射が生じる可能性は悲しいまでに高い。。
 もう少し、どうにかなる目算はあった。だが現状に照らし、その予測材料の多くに自軍への無意識の期待と敵戦力への過小評価があったことは最早明白だった。
 結果は。
 損害は皆無。
 しかし、完敗だ。
 艦隊旗艦、作戦戦闘情報室、中央の司令席。ペルコムは指揮官の孤独と共に悄然と座に沈み込む。
 アルカ艦隊はナイナに肉薄し、その艦列を分断し突破しつつある。
 ように見えた。
 ナイナに向け直線的な軌道で突撃させたのは総て”囮”だった。本体、実体はその遥か後方から航進微速、ナイナを側翼迂回で突破しつつのチキュウ突入を企図している。
 脆すぎる。
 クラヤはぶすりと放波する。
 副官が正しく上官の意図を察しつつ、同意。
「見ろよコレ。老朽艦はともかく、一度除籍されたのまで引っ張り出してやがる。そうかと思えばまったく情報がない新鋭艦も交じっている、右も左も判っていないような操艦振りのね。とにかく数を集めてウチの艦隊の前に並べてみせたワケだ。一目で張子のフグと看破されようがなんだろうが。なりふり構わず」
 クラヤは手元の戦術情報を眺めつつ波を練る。
 副官は再び静かに同波。
「しかし。一戦構えてでも、って布陣でもない。いやこれで総予備、稼働全力なのか、それを掻き集めての決死の布陣なのか。それはなんだ。やつら、そうまでしてぼくらを止めて、何がしたいんだ」
 なにか、ある。なにがあるんだ。チキュウに。

 副官の戦術情報系復旧しました、の報告に精魂尽き果てた無防備な無表情のままペルコムは無言で頷く。
 直後。
 喧噪が湧き起こった。
「反応、反応!」
「チキュウ近傍に反応多数!アルカ艦隊です!」
 大気圏突入前後の魔の時間帯。
 そのままであれば空力加熱でモロバレだし、かといって重力勾配を形成しなるべく静かに侵入しようとしても大気密度を観測されていればやはり欺き通すのは難しい。
 自然現象ではありえない、何本もの重力傾斜路が地球に向け穿たれている段階、その最中での捕捉だった。
 撃て。
 戦嗄れでしわがれた声が三度、命じた。
 目を見開き副官は司令を凝視する。
 ペルコムはその視線を正面から受け止めながら平静に続けた。
「目標、地球近傍空間、敵推定進路前方。各艦全力射撃」
 にたりと笑い、独語する。当たったときはそれはそれ、だ。
 火力の暴威、いや濁流。
 光の瀑布がアルカの前途をぶったぎる。
 地球上層大気は白濁し蒸散し煮え滾る。
 この拍子でか。クラヤならずとも神の一つも呪おうというもの。
 生き返りやがった、又尾どもが!。
 遂にこの局面でペルコムが揃えた兵力が、火力が活きた。
 いや。
「行けますよ特長、盲撃ちは盲撃ちでさ!」
 えらく威勢のいい波が飛んできた。
 強襲艦だ。
 文字通り強襲作戦の主力である。
 伴星への強襲降下、宇宙要塞等へ両用部隊を突入させるのもそうだ。
 自身、作戦を支援する有力な火力を備え、火線に晒される局面も多いので防御、耐久も堅牢な造りだ。
 地上、宇宙両域で戦闘可能な歩兵及び戦闘車両、舟艇を収容するだけにサイズも巨大だ。
 その意気や、よし。
「やってみろ!」
 クラヤも強く、返波。
 ナイナもその様を克明に追尾している。
「反応、出力増大!」
「強襲艦か。地球に向け突入を企図しあり!」
 戦列艦2隻が突入支援に向け前進。
 戦列艦。宇宙戦艦であり装甲艦である。
 これも文字通り艦隊艦列、攻撃正面に立ち戦力の秩序を維持する為宇宙艦種中随一の強靭さを誇る体を張り、また敵を叩く強大な火力を持つ。
 1隻が小破。
 強襲艦は3隻の戦隊。1隻が中破し押し戻されるが。
「アルカ、2艦の地球突入を確認」

 ちょっと、どうしてくれんのよ高い金ふんだくってるクセに!ウチのおばあちゃん、この時間の水戸黄門だけが楽しみで……ええそうなんですよ、GPSが全滅みたいで。地図見て廻らせろ、ですか。今の若いのに出来るかなぁ……。
 空気のように、水のように。
 いつからか日常に溶け込んでいた人工衛星、そのサービス。
 混乱の兆し。だがそれはまだ始まりですらない。
 それはここでも。
「どうした。なぜ映像が来ない!」
 事務次官は少し平静を欠いた声を出す。
 JAXAに照会中ですが回答ありません、足を止め投げ出すように答えたスタッフの一人がまた駆け出す。民生も全滅らしいぞという声が上がる。なんだってんだいったい!。
 一方。
「衛星からのインフォはまだか」
 ラムソンの声には僅かな苛立ちと焦燥が交じる。
 最悪のタイミングだ。
 大陸で通信量が顕著に増大し、その内容が”分裂”を棚上げしての対米共同戦線の結成であることまでは直ぐに判明した。
 必要であれば即、投入すべく海兵ユニットも準備はしているが現段階ではまだ使用されていない。であるので。
 大陸が米軍を叩ける手段は先の通りに残存する貧弱な航空戦力のみ、である。
 そして実際にその兆候が観測された。沿岸部に存在する空軍基地の一つが活性化し、呼応するように内陸部の基地の数箇所でも活動が確認される。
 エアカバーを増強すべきか基地を空撃すべきか。それとも今こそ海兵を出して沿岸部を一時占拠すべきか。次々に上がってくる情報に対処すべくラムソンが戦場デザインを描いている真最中に。
 ぶち。
「え」
「あれ」
 その場の全員が呆けたようにブラックアウトした画面をただ眺める。衛星情報を基幹に据えた情報系であるので一瞬、全ての出力が途絶えた。
 が。文字通り抜けた間は一瞬だった。
「衛星情報途絶」
「戦略系一時切断、戦術作戦系優先処理」
「戦術作戦系回復。状況変化なし」
「NORADより回答、原因不明、現在調査中、尚民生を含め類例多数発生対処中」
 うそだろ。ホントかよ。軽いざわめき。ノーラッド。北アメリカ航空宇宙防衛司令部。合衆国とカナダが共同で運営する統合防衛組織であり、両国上空の航空や宇宙に関して観測、脅威の早期発見を目的として設置された組織である。24時間体制で軌道上の状況、核ミサイルや戦略爆撃機の様な潜在的空中核戦力等の動向を監視する。
 そのノーラッドが。口が裂けても”原因不明”などと。
 有り得ない事態が進行している。ラムソンの深い処で自分が教えられなかった何かと、目の前で示されている異常事態が繋がり、それが焦燥となって彼の胸を焦がす。
 何が起きているんだ。目の前の敵に向け努めて集中しようとするが、疑念は深い。
 
「チキュウの情報、来ます」
 それを一目見たクラヤは背ビレを小刻みに振り、吐き出す。
「あー同族で撃ち合ってるよこいつら、ばかだねー」
「共食いには見えませんね」
 と澄まして、副長。
「救いがたいなホント。見ろよこれ、カヤクだぜカヤク」
「物カブレに高く売れるでしょうね」
「いやそうじゃなくて。カヤクは空に向かって打ち上げるもんだろフツー」
「フツーに撃ち合ってますけどね」
 なんだえーと、こころおきなくやれるわ、この連中相手なら。
「よし、作戦其ノ二開始。伝えろ」
「了解。降下作戦演習第二段階へ入ります」
 
「其ノ二だそうです」
「っても俺らだけだけどな。まぁ始めるかね」
 突入に成功した2艦は演目通りに行動開始。先任艦長座上艦側が一時指揮権発動。
「まず敵抵抗拠点への打撃、と」
 もちろん、そんなものは存在しない。原生種の集落を見立ててのことだ。その中から最も規模が大きいものが上位から列挙されていた。
 指示された座標を機械的に入力して。
 攻撃。
「戦果確認」
「とーきょ、にゅーよく、でりー、しゃんはい、かいろ、もすこー、ぺきん、ぱりを攻撃。生体反応消失、撃破と認む」
「攻撃効果十分。よし次」
 突入組がこつこつと仕事を進める一方、上の側でも変化が。
 始めに気付いたのは突入組の行動を精査していた副官だった。
「特長、これは……」
 その示唆にクラヤも直ぐに気づく。
「デカいな。何の上に陣取ってるんだ、尾無ザル」
「精度を上げさせますか」
「うん」
 そして。
 地球周辺で繰り広げられる乱痴気騒ぎを冷やかに見据える眼が、あった。

 副官に戦闘指揮を白紙委任で押し付けたクラヤは、機関長と交感しつつチキュウからの情報に噛り付く。
「これ、どうみる。チキュウ製じゃないよな!難破船?」
 興奮と猜疑が入り混じるクラヤの波に。
「星間航走機関である、ことだけは確言できます。待機出力でこれなら凄いな、実働だとどれだけ出るんですかね。しかし、こんな型を見るのは初めてです。実験機ですね、たぶん。理論検証実験機かな」
 専門家の血が滾るのか、抑えながらも機関長の波は震えている。
「特長、大当たりです!」
 航法参謀が割り込む。
「当、系外から進入してチキュウに交叉する航跡を確認しました。2細周程前ですね」
 どれ。ヒレ元に転送された当地の宙図にざっと視線を走らせたクラヤは、そこに示された宙域を縦断する航跡でも地球周辺でもない、別の情報に意識を吸い取られた。
 ぎゅきゅっ。
 尾ビレが縮む。
「特長?」
 ただならぬ気配に副官が波を発したがクラヤには届いていない。
「全艦、全力全周探査。いや待て!」
「特長?」
「副長、指揮権預かる!」
「指揮権戻します」
 しのごの個人的な惑乱を上官に押し付けることなく、副官は冷静に従う。
 そんな副官に束の間称揚の波をひらめかせ、クラヤは決然と発令した。
「こちら特長、状況終了!。撤収せよ。総尾直ちに撤収せよ!!」
 実に統率の取れた戦力だった。アルカは全軍撤退、忽然と消滅する。

「危なかったと思うよ、うん、たぶん」
 近在に展開中の”全”戦力から安全な位置まで後退出来たのを確認して、クラヤは再編成と、全周、全力探査を命じた。
 結果は直ぐに出た。
「特長、これは!いつの間に……」
 探査情報を確認した副長も、尾ビレを激しく縮めてみせる。
 それは微細な、微小な反応だった。
 ありきたりの探査であれば、ふつうに輝く無限の星たち、その中にあっけなく埋没してしまうような。
 だが。微小な反応と微小に”見せかけた”反応は、違う。
 その、正に僅かな差を辛うじて、しかし明瞭に見分けられるのがアルカの力だ。
「こういうのを見せ付けられるとさ、何だこう、ああ、大種だよな、って思わされちゃうよね。いい気になってさ、ぼくたち戦争ごっこだよセンソーゴッコ。こんな辺境にまで当然のように出てくる、その能力がある。違うよな。イヤになるね何もかも」
「しかし特長、よく気付かれましたね」
 色気のある副長の波に、しかしクラヤは。
「ぼくが気付けるはず、ないだろ?」
 ぶすり、と返す。
「え、だって」
 続けようとする副長をさえぎり。
「今のは全力探査、さっきのは標準探査、いや探査ですらない。わざわざ存在を明かしてみせて、それで判るぐらいの、つまり警告、恫喝を受けたんだよ。死にたくなきゃ逃げろ、おれはここに居る、とね」
 もっとも、ナイナの連中はまだ気付いてないみたいだが。
 副長は押し黙り、改めて結果を見る。
「こっちがズィーグですね、となると」
「相方はまぁ、そういうことだろね」
 クラヤは波を濁らせ、しかし。
「これで役者が揃った、な。よし皆! 、ヒレを休めろ。大種のやり方を勉強させて貰おうじゃないか」
 さっさと切り替え、張りのある波を放った。



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