機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY
Op.Bagration
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作者:出之



 第8話


 先に、公国が戦争遂行についての不具合に付き、その戦争資源の欠乏、兵站の不足による限界を挙げたが、それより端的な要因と不足が別に存在した。
 実に簡単な話で、「歩兵を歩かせなかった」から。この一言に尽きる。
 南極条約は公国には不本意な地球本土侵攻の、連邦には防衛準備の時間を与えた。
 緒戦での公国による快勝と連邦の大敗は宇宙で描かれた図式の再現かに思われたが、連邦の限定的な反撃により戦局は一変する。
 敗軍、殿軍による地形を駆使した文字通り血反吐の様な遅滞防御とは一線を画する、それは正に組織的な反撃、MS戦力への本格的な迎撃の開始だった。
 連邦軍のMS戦力の整備?。いやいやそんなものは影も形も未だ、無い。
 公国のMS戦力がその姿を世に顕した瞬間から、軍はその対地上戦を予期し、対応を開始していた。既存の戦力にはその影響を最小限に留めつつ、改編は進められていた。その成果が今、実現した。
 MS猟兵。
 連邦軍が練成し、遂に各戦線で投入された、対MS戦闘に特化した歩兵を基幹として編成された部隊の迎撃により公国MS戦力は一方的に撃破され、大損害を負いその進撃は完全に一時停滞を余儀なくされた。誘導データを修正されたATM、パワードアーマーに対物ライフル。一部専用装備以外は前線で適宜臨編されていた対MS戦力の正規編成であったが、最も重要なのはその訓練、「MSへの生理的な恐怖感」の払拭だった。
 歩兵が騎兵と、或いは弓兵と。兵科が派生しその統合運用、諸兵科連合が此の世誕生して以来、単兵は対抗兵科により破られる。その戦史上の原則の再現が、ここでもまた為されたのだ。
 前線を押し戻されることは無かった。MS猟兵は防御兵種であり、そこには如何なる衝力をも付与されてはいなかった。だが戦線を膠着させ得るだけで開戦以来の、連邦軍にとっては十分な戦果であり、公国にとっては直面する初めての苦難であった。
 “作戦の”天才、ギレンがこの難事を予想していなかったわけがない。
 対処もただ、「MSに随伴歩兵を」の一言で済む。
 だが。
 先の通り。兵站に並び。その人的資源こそ公国が連邦に対し最も劣位にある戦争資源の一つであったのだ。
 そも、これも散々既出の通りにMSは敵、戦闘艦を核で殲滅するランチャーとして開発し、戦力化されたのだ。それがそのまま地上戦に投入された時点で状況は、くどいようだが繰り返すがここでも破綻していたのである。
 地上を制すべきはまず制空権、これは軌道を押さえたので宜しい。後は攻撃力としてのMBT、それに歩兵、これは必須だった。
 MSの投入はあくまで奇手、緒戦で既存の旧軍に与えた心理的な奇襲であり、それがそのまま前線を維持するなどと到底、在り得なかった。早晩、何らかの形で対応されるのは既定事実ですらあった。
 地上仕様MSのセンシング能力向上(宇宙で同等感度ではノイズだらけになる)偵察機材の増強。今日あるに備え対応は為されてはいた。だが連邦が繰り出した一握りの歩兵が公国主攻軸を足止めし得た事実、露呈した、決定的な兵力の不足は最後まで解消されなかったのだ。
 公国の攻勢は持続された。だがその実情は、発動された連邦の防御作戦を期に完全に逆転していた。新たに展開された航空戦力の集中投入、条約違反を掠めるような軌道上からの火力投射により抵抗拠点、都市や地物を根こそぎ焼き払うような火力支援の下それは継続された。対して、適度な出血を強いつつ土地を明け渡していく連邦軍。血反吐を垂れ流す前進を縦横に叩きながらの計画的な後退戦、狭正面でのごり押し一手である中米は別としても、無差別の破壊により占領地での民心と民生を荒廃させ、最早がら空きの側面を晒しての大陸での侵攻は、自ずから二重三重に兵站を締め上げる行為に他ならずそれでも前に進むしかないのが公国の現状であり、既に主導権を連邦に奪われたも同然であった。
 そしてこの「攻勢」も、要塞化を終えたマドラスを陥とせずパナマを抜けず完全に頓挫し、ここに地上での、公国の戦争が潰えたことは先述の通りである。

 MS戦力の開発並びに整備編成、及びそれを主攻軸に据えた反攻計画。地上での、連邦軍の反撃戦略を総称する秘匿名称、「V作戦」
 神話の域に達する活躍を示したRX−78。戦場を選ばないオールラウンドな成果を誇ったRX−77。
 だが、今求められていたのは、高い生産性及び整備性から期待される稼働率。MBTの延長にある簡易な操作系。そして強力な火力と防御力を誇る、RX−75なのであった。
「車高は可能な限り低く、備砲は単装に」という運用実績から導かれた当然の、最低限の改善要求を受けてリファインされた本機生産型は、絶滅種である突撃砲や対戦車自走砲を薄く引き延ばした様な、原型機とはかけ離れたフォルムを持って生まれ変わり、そのまま生産ラインに乗せられた。
 これのどこがMSなのだ、という当然の疑問は新旧両派閥の同じくするところではあったが同時に些事でもあった。MS猟兵などといっても急場凌ぎの苦肉の策であることに変わりは無く、誰だって好き好んで生身でMSを相手にしているわけではない。一見、磐石であっても背水の布陣には限度がある。パナマは抜かれてもまだ先があったが、何の間違いでマドラスを失陥するや否やは誰にも確言出来ない。何台並べてもスクラップ以上の役に立たない61式に比べれば、数さえ揃えれば対抗の目処が立つ75は必要にして十分な戦力だった。例え近接戦闘では06相手に1対3の劣位でも、何そんなもの、長大な射程を利してLRPとの密接な連携の下、事前に野営地ごと吹き飛ばしてしまえばいいのだ、理屈では。
 連邦軍の反攻、発動された攻勢防御作戦の矛先は何より、軌道上に占位する公国艦隊に向けられた。
 無論、井戸の底から覗き口に向け、現時点で本格的な攻勢を仕掛けたのではない。高層戦仕様に改装されたなけなしの航空戦力を放り投げ、文字通りの一撃離脱を昇って降りて、ただ執拗に、執念深く反復する。割り当てるリソースに比して“嫌がらせ”以上の効果を得られない牽制攻撃であるがこれで十分、作戦目的は達していた。下でやる事は上から丸見え、地上を離れた瞬間に天上から叩きのめされるという絶対的航空優勢の軛から逃れ出る事には成功したのだ。(天然要害である南米上空の気候不順がこれを大いに救けたのは言うまでもない。)
 75二個大隊約60機がマドラスで飾ったそのデビュー戦は余りぱっとしたものでは無かった。新型機の宿痾、潰し切れなかった初期故障、バーニア周りの出力不安定に襲われた機体は本来の運動性、直射照準時のポップ・アップ及び空中機動での超信地旋回を封じられ、06のヒートホークに切り伏せられた。だがしかし、作戦参加戦力中1/3の損害を出しながらも75はこれに佳く堪え、より以上の出血を強いられマドラス正面から叩き出された公国の地上戦力は、前線から実に50kmの後退を余儀なくされる。
 先にマドラス前面で演じられていたのは消耗戦であり、戦況は膠着していた。
 そして今、始めて公国の前線は押し戻された。
 この意味は重大だった。
 そして事実、局所的、一時的な勝利を例外として、この日より公国の、オデッサに向けた後退戦の日々がこれより幕を上げるのだった。
 正にその日、公国地上軍、終わりの始まりが歴史に刻まれたのであった。
 そしてこの日以降、75の姿もまた同時に戦場から消えてゆく。
 唯一、その勇姿が露出したのは戦争中期に報じられた「銃後」の姿だ。
 次々と製造され、生産ラインから自走し移動していく75の機影。
 カメラ替わって、これも地の果てまで続く、駐機待機中のC−88、ミデアの群像。
 C−88のカーゴに75が収まる。
 そして次々に離陸していくC−88。
 戦場で、カメラに収まるのは連邦のMS戦力を象徴するGM。
 そして、復権の証しである、生残した61式の健在を伝える映像。
 75は、常にそのフレームの外に在り、公国軍を圧倒的な砲力で粉砕していた。耕された安全な大地を、GMと61式はただ行進していたに過ぎない。
 入念な事前準備射撃で爆炎と粉塵で塗り込められる画面。その火力発揮こそが75の本来任務だった。最終的に、宇宙では79が、そして地上ではこの75が敷いた砲列が公国戦力を撃砕したのである。これは単純にして古典的、かつ原則的な火力戦の顛末であった。
 
 そして今、アフリカ上空を遊弋しているのはその栄華の成れの果て、だった。
 先の通り、C−88とセットで大量配備された75火力チームであったが、戦後、その居場所はどこにも無かった。折角の戦後復興の槌音響く中、やれ騒動だといって街一つ吹き飛ばしてしまうワケにもいかない。公国が敷いたこの戦争のルールだったがもうこうした無法は当然、どこからも容認されることは無かった。精々、街の外れに籠もった族を拠点ごと吹き飛ばしてやるくらいだが、そうした任務も直ぐに払底した。
 大量のC−88には、まだ民生に転向しロジを支える第二の余生も残されていた。だが、75には何も与えられる事は無かった。ただただジャンクヤードにその無惨な姿を晒す以外には。
 それでも大量のC−88が余剰機材として計上され、そして。
 AC−88はこうして誕生した。
 75から備砲が撤去され、C−88に搭載されたのだ。その名も「ガン・ミデア」まんまである。
 元々75を3機まで搭載出来る能力がある上、砲は無反動機構なので改装には何の問題も無かった。加えて、余裕の機載重量に合わせ大量の燃料を積んだ結果、ほぼ1日浮いていられる程の航続性能も獲得した。
 もちろん、こんな浮き砲台でMSとまともに遣りあえるワケもない。
 無人機である。
 UAV3機を眼とし前面に展開し、後方2,3kmに位置する。
 管制は地上か、AWACSが受け持つ。
 何機墜とされても所詮余剰機材のリビルド、痛くも痒くもない。
 なんというか、連邦気質にベスト・マッチする機材であった。



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