Honour of the sol
1.


 緒戦の大勝により公国は圧倒的な航宙優勢を獲得していた。
 しかしてそれは、絶対的、と呼称し得る程には盤石な性質を有してはいなかった。
 連邦軍がその残存戦力を総てルナ・ツーに撤収した事により、最緊要である地球軌道上の制宙権は当然にして、これは公国が完全に掌握する処にある。
 一方翻って、現時点に於ける公国宇宙軍の作戦能力は開戦以来の最低水準にまで低下していた。無論、兵站の制約による。そして、連邦軍の情報部はこの、公国宇宙戦力の脅威算定、実働戦力をかなり正確に読み切っていた。
 実戦力は地球軌道に駐留する僅か数隻と、ルナ・ツー封鎖に貼り付けてある2個艦隊ほどに過ぎない。グラナダ、ソロモン在駐の戦力は現状無視し得る、恐らくは練度の維持すら困難な状況ではないのか。
 以上の戦局解析の基、WBジャブロー往還を目標とする作戦立案が開始されていた。

 全く、間の悪い時というのは或るもので。
「ひょー!アムロ、やるじゃねえか!」
 歓声を挙げるカイをライラは“ものすごい”目付きで睨め付ける。
 ゲーセンじゃないのよ!!。
「え、でもほんとにすごいですよ、ライラさん、ほら」
 トーンを下げ、それでも口を尖らせるカイ。
 規律や軍律という諸則が全て崩壊しつつあるこの艦内で、78初出撃初戦果のレポを、そのハードコピーを手付から当該者が開発主務者に提出してくる、程度の事にはもう驚き呆れている暇も余裕もない。
「失礼します」
 訪ねたテム・レイ技官は、察するに“過労によるもの以外の要因”疲労困憊の様子が一目で見て取れた。
「ああ、少尉、君がそうか」
 それでもテムは彼女を歓迎し、讃える配慮を見せた。
「78の初戦を首尾よく果たしてくれたな!。初陣だったそうだが。有り難う、望み得る最高のデビューだったよ」
「有り難くあります。全ては78の、貴官が成果の賜物です。」
 微笑みと共にライラも柔らかく受け止める。
 背後から喧騒。
 何やら言い争う声が行き交う。
「本部長、その」
 ライラは声を潜めた。
「ご子息と、ご学友の方々は少しばかり気分転換など必要の様ですね。良ければ艦内など少々ご案内差し上げましょうか」
 ライラの申し出にテムはぱっと顔を輝かせる。
「あ、ああ。そうして貰えると有難いが。すまない、従兵の様な真似を」
「構いません、ではご子息を少しお預かりしますので」
 扉を引き開け、手を鳴らしながら割って入る。
「ほらほら君たち!お姉さんがちょっと気晴らしにつきあってあげるから、ついてきなさい!」
 いや、ライラだって別に好きで引率を買ってでた訳ではない。ただテムが余りに無残だっただけで、少しでも負荷を軽減してあげたいという素朴な出来心だった。
 78のシミュレータがあるなら乗ってみたい、というのはJrたっての要望だった。
 まあ、そのくらいなら。
 初回。5分程でアンコンになり会敵前に宇宙の塵に。
 リベンジ。1機を零距離射撃で撃破するも直後に被撃墜。
 そして……。
 うそ。
 1ソーティを完遂した78は今、WBの着艦デッキにいる。
「やっぱり戦闘は難しいな」
 アムロは呟き、シミュレータから降りた。
「マニュアルはだいぶ読み込んだんですけど、“戦う”、となると全く違いますね」
 だって、あなた。
「ああ、いや」
 照れたように顔を背ける。
「パターンが読めれば勝てますよ、シミュレータですから」
「そ、そうかぁ。でもおれは半分がやっとだな」
 それだって十分、異常だ。
「そうね。もし実際に宇宙に出たら。還れないかも、その重圧だけでも相当なものよ」
 発着艦手順だけを試したセイラが涼しい顔で加える。
 辺りは静まり返っていた。
 シミュレータ、はゲームでは無い。パターンといって、統制官が訓練対象の練度に応じ適宜与えるシチュエーションであり、つまり。
 アムロは、否彼らは、ほぼ初見で訓練教官の技倆を凌駕した事になる。
「え、えーと、じゃあ今度はモノホンを見に行きましょうか、ね!」
 やや裏返った声。上がる歓声。ライラは慌てて一行を連れ出す。
 
 おおすげーこれがウチの新型!!。
 実験機としての白地に赤、青の華やかなトロコロールカラーから一転、宇宙を戦場とする戦術兵器、漆黒の防眩迷彩に塗り込められた機体は、一種凶悪な魅力を醸しだしている。
それは、正義の、というよりも。
「黒騎士(Black・Night)かぁ」
 アムロの嘆息に。
「いいじゃんいいじゃん」
 カイはかなり気に入ったよう。
「そうね、少し」
 セイラは言葉を濁し。
「ちょっと、怖い」
 フラウは素朴なパッションを披瀝。
 やれやれ、気楽なものだ、さて次はどうしよう。
 ツアーの続きは、腰のコミュニケータが震えて断ち切る。

 現在、WBにはコロンブス級『ナッソー』『キアサージ』の2艦が追随している。艦列もこの順の単従陣であった。
 そして、最後尾を占める『キアサージ』が、敵ラシキモノの感知を通報してきた。索敵プローブの哨戒網が敵触接艦を絡めとった。
「頃合いだな。そうは思わんか」
 傍らのブライトに向け、或いは独語にも似たその言葉には既に決断が込められている。
 パオロはライダーの呼集を命じる。

 78、3。77、3の戦爆連合による長距離侵攻攻撃。
 当然、敵も全力出撃で迎え討ってきた。だが、もう06は78の敵では無い。
「疾い?!」
 1機だけ、尋常では無い機体が居る。
「赤?」
 何を考えているの。
「ライラ!」
 ウイングのリュウが叫ぶ。
 いえ、大丈夫。
 勿論、この敵機はスーパーホンチョ。正直、手も足も出ない。
 でも。私達の任務は、もう達したよね、ほら。
 78の小隊が敵艦載機群を引きつけ、77は余裕を持ってムサイ級に砲撃を集中する。
 瞬く間に先頭艦を撃沈。
 もう一撃、いや。
「bingo。RTB」
 軽巡1撃沈、確認撃墜2。作戦効果十分。これで少しは大人しくなるだろう。
 78の戦績から、06との戦力換算は2:1。
 敵推計残数が5機。78を3機投入すれば彼我の期待戦力比は6:5。であれば十分に勝算はあった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.