第四章 過去の戒めと現在の楽しみ





−舞浜高校2年C組−

「墓地のライコウと死霊を除外して、開闢を召喚!」
「奈落発動。はい、お疲れー」
「アーッ!」

昼休みの教室で某カードゲームに興じる拓真達。そんな彼等を呆れ顔で見る一団がいる。

「相変わらずあの子らは楽しそうやねぇ」
「そやなぁ」

美月の感想に相槌を打つ優奈とその台詞に頷く女の子が3人いる。涼原(すずはら)遥奈(はるな)長山(ながやま)悠希(ゆうき)旭川(あさひかわ)未智(みさと)。美月のクラスメートで、高校一年生からの友達だ。
美月がはやての補佐官になって、早1ヶ月。補佐官の仕事にも慣れ、特に事件のない平穏な時が過ぎていっている。

「文化祭、楽しみやねぇ」
「せやねー」

美月の学校の文化祭は11月1、2日に行われることになっている。それがいよいよ1週間後に迫ったのだ。
ちなみに、美月のクラスはフランクフルト屋をする。

「目指せ売り上げ1位!やなー」
「んー、なんぼくらいで1位なんかなぁ?」

こういうとりとめもない会話に花を咲かせるのも、学生ならではのもの。
談笑する美月の姿からは空戦魔導師の雰囲気は欠片もない。





−地上本部・はやての特別捜査官室−

学校ではとりとめもない会話を楽しむ美月だが、地上本部に出勤すれば仕事モードに突入する。バリバリのキャリアウーマンに……はならないが。

「こんにちはー」
「今日もよろしゅうなー」
「はーい」

にこやかな笑顔で返事をし、書類に目を通し始める美月。そんな美月をはやては楽しそうに眺める。
と、はやての元に通信が入ってきた。

「はい、八神です」
「あ、はやてちゃん。今大丈夫?」

通信の相手はなのは。美月は書類を捲る手を止め、はやての方を見る。

「大丈夫やで。どないかしたん?」

教導官と特別捜査官、普通ならほとんど接点がない役職だ。問題でも起きたのだろうか。
はやての表情が一瞬鋭くなる。

「美月ちゃん、いるかな?」
「え?美月ちゃん?さっき出勤してきたところやで。」

はやては少し拍子抜けしたような表情で答えた。自分が話題に上ったので、少し驚いた顔をする美月。
はやては美月を手招きして、画面の前に呼ぶ。

「美月ちゃん、久しぶりだね」
「ご無沙汰してます」

メンテナンスルームから通信しているらしく、背後で技術部の白衣をを着ている人がせわしなく動いている。
互いに挨拶をし終えたところで、なのはは本題に入った。

「トリニティのカートリッジシステムの件なんだけど……」

カートリッジシステム
古代ベルカより伝わるもので、カートリッジをロードすることで爆発的な魔力を使うことができる。
トリニティには当初から搭載が予定されていたのだが、なのはの意見で見送られていたのだ。
なのはからカートリジッジシステムの話がくるということはもしかして……
美月は微かな期待を抱きながら返事をする。

「はい」
「美月ちゃんも大分成長したし、そろそろ大丈夫かなって思うんだけど……」

パアッと美月の顔が輝いた。
ついにトリニティにもカートリジッジシステム搭載なのだ。
ある意味、一人前の魔導師として認められたということでもある。

「もし時間があるなら今から第四メンテナンスルームに来てほしいんだけど、大丈夫かな?」

大丈夫か、となのはが聞いたのは理由がある。美月は今仕事中。自分の都合でホイホイと席を外すことは出来ないからだ。
美月はチラッとはやてを見る。
はやては美月の視線に気づくと、ニコッと微笑んで言った。

「ん、行ってきても大丈夫やでー。特に急ぎの書類もないし」
「わかりました。ありがとうございます」

美月ははやてにお礼を言うと、なのはに声をかけた。

「ほんなら今すぐ行きます」
「了解。それじゃ、待ってるね」

はーい、と返事をして部屋を出る美月。
はやては笑顔で手を振って見送ると、少し暗い表情になった。そして、少々重たい口を開く。

「あの事、美月ちゃんに話すん?」
「うん……あの子も色々と私に似てる気がするんだ。私のようにはなってほしくないからね……」

はやてはなのはの言葉に頷きながら、溜め息交じりに呟いた。

「あの子、色んな意味で退屈せえへんな……」





−地上本部・第四メンテナンスルーム−

メンテナンスルームには先程到着した美月、なのは、眼鏡をかけた技術部の女性職員がいた。
彼女はマリエル・アテンザ精密技術官、愛称はマリー。第四技術部主任であり、なのは達とは10年来の付き合いである。

「じゃ、整備しておくから……2時間くらい後に取りに来てね」
「えっ?そんなに早いこと出来るんですか?」

トリニティを機械に据えながらマリーが言った言葉を聞いて美月は目を丸くして驚いた。てっきり1日以上かかると思っていたからだ。
マリーは美月のリアクションに笑いつつも、質問に答えた。

「トリニティは元から搭載が予定されてたからね。システムを組み込んで、プログラムを少しいじるだけで済むんだよ」
「へぇ〜」

感心しきりの美月。
その様子を微笑んで見ていたなのはは急に真面目な顔になり、美月に言った。

「美月ちゃん、ちょっと付いてきてくれる?」

美月はなのはの方を向き、つられてマリーもなのはを見る。
妙な雰囲気のなのはにマリーは何かを察したようだ。

「じゃ、終わり次第連絡するから。美月ちゃん、行ってらっしゃい」
「あ、はい。ほんなら、また来ます」

マリーに促され、美月は部屋の外に出た。
なのはと美月の靴音が廊下に響く。

「……」

相変わらず妙な雰囲気を漂わせるなのは。美月もそれに気づき、黙り込んでしまう。
沈黙したまま歩くこと15分。2人は映像資料を保管した部屋にやってきた。
沈黙を保ったまま2人は座席に座る。

「なのはさん?」
「美月ちゃんがカートリッジシステムを使う前に覚えておいてほしい事があるの……」

そう言いながらパネルを操作し、大きな画面を表示させて話し始めた。
心なしか表情に陰りが見える。

「昔ね、ある女の子がいたの。その子は様々な任務を遂行する中でカートリッジシステムを使っていたの」
「……?」

話の内容が読めず、キョトンとする美月。
なのははそのまま話を続けた。

「カートリッジシステムは爆発的な魔力を得られる反面、使用者に大きな負担をかける諸刃の剣。そして、その子はカートリッジシステムのリスクを身をもって知ることになった……」

画面に写し出されたのは、雪の上に血だらけで倒れている白い服の女の子。
血に染まっている純白のバリアジャケット、胸元の大きな赤いリボン、無惨に破壊された赤い宝石のデバイス。

「っ……なのは……さん……?」

そして、その女の子を介抱する赤毛の女の子がいた。
帽子に付いたうさぎのぬいぐるみ、ハンマーのようなデバイス。

「ヴィータ教官……」

再び沈黙が場を包む。その沈黙はある人物によって破られた。

「その映像は、今から12年前。なのはが入局して2年目の冬に起きた事件だ」

美月は慌てて声の主を探す。そして、資料室の入り口で気まずそうな表情をしているヴィータを見つけた。

「ヴィータちゃん、どうしてここに?」
「教導隊の連絡を伝えようと思って探してたら、ここにいるって聞いてさ。正直、あんま思い出したくないんだがな……」

そう言いながら、ヴィータはなのはの隣に座る。しばらく間を置いて、少し話しづらそうにしながら口を開いた。

「ベルカ式カートリッジシステムはその名の通り、元は近接戦闘を重視したベルカの技術だ。古代ベルカにおいても、カートリッジの連続ロードは推奨されるものではなかった。でも、仲間を守るためになのはは連続ロードという無茶を何度もやっていた」

言い終わると、ヴィータは目を伏せる。再びなのはが口を開いた。
いつも通りの明るい口調だが、自嘲ぎみな雰囲気が漂っている。

「まだ年齢が二桁になったばかりの女の子がそんな事をすれば疲労がたまらないはずもなくてね……」
「この事件、本来のなのはなら簡単に終わらせることができたはずだった。だが、溜まった疲労が少しだけなのはの動きを鈍らせてしまった」

ヴィータの話が終わったのを見計らって、なのはが次の映像を画面に映した。
映し出されたのは病院のベッドの上に寝ているなのは。体中に包帯が巻かれ、あちこちに点滴のチューブがつながれている。

「戦闘で負った傷はさほど深刻ではなかったんだけど…溜まってた疲労が爆発して、寝たきり状態になっちゃったんだ」

リハビリ中のなのはの映像に切り替わった。
医師と看護師の補助を受けて、やっと車椅子に座るなのは。
手摺りを支えにして、なんとか立っているなのは。
一歩踏み出した途端に、バランスを崩して転倒するなのは。
いずれのなのはも苦痛に顔を歪めており、美月は画面を直視することができなかった。

「必死のリハビリによって、なのはは魔導師として復帰することができたんだが……あん時のなのはは見ちゃいられなかったな……」

ヴィータが話し終えて目を閉じる。
なのはが美月をじっと見て話し始めた。先程のように自嘲ぎみな雰囲気はなく、妙に迫力がある口調だ。

「美月ちゃんに覚えておいてほしい事は3つ。まず、カートリッジシステムを使いすぎない事。無茶をするなとは言わないけど、状況をしっかり考えて行動する事。それから、休める時はしっかり休む事」
「はい」

神妙な顔で頷く美月。
すっかり暗くなってしまった美月を明るくしようと、なのはは思い出したように話題を変えた。

「そうだ。せっかく資料室に来たんだし、空戦魔導師の教導ビデオでも見ようか」
「そうだな。適当に良さそうなのを見繕ってくるか」

なのはの提案にヴィータが頷き、資料室の奥へと消える。
2人の気遣いで、徐々に普段の明るさを取り戻していく美月。その心にはなのはの教えがしっかりと刻まれたのだった。





−舞浜高校・校庭−

「2本で100円になります」
「はい、串に気をつけて下さいね。ありがとうございましたー!」

数日後、文化祭当日となった舞浜高校には大勢の人が押し寄せていた。客の量にあたふたしながらも、なんとか捌いていく美月達。
注文を聞き、商品を渡し、会計をし……を繰り返しているうちに、いつの間にか昼過ぎになっていた。

「美月、そろそろ替わろー」
「ん、そないさせてもらうわ」

交代要員のクラスメートが声をかけ、美月は三角巾を外しながら返事をする。
11月初旬とはいえ、火を使う作業をしていれば汗が吹きだす。額の汗をタオルで吹いていると、優奈が声をかけてきた。

「美月ー、一緒に回ろー」
「ええよー。ほんなら、行こか〜」

鞄にタオルをしまい、財布と文化祭のパンフレットを取り出す。
ゴソゴソしながら美月は優奈に尋ねた。

「どこ行く〜?」
「まずは、お化け屋敷からやね」
「あ、ええねー。行こ行こー」

用意を整えた2人は歩き始める。そして、あっという間に人混みの中に消えていった。





−舞浜高校・中庭−

「怖かったなぁ……」
「優奈、悲鳴すごかったもんなー」

2人が人混みの中に姿を消した約30分後。美月と優奈は談笑をしながら焼きそばを食べていた。
すると、優奈の携帯が鳴り、メールを確認した優奈が申し訳なさ半分、嬉しさ半分の声で言う。

「ごめーん、美月。彼が一緒に周ろうって誘ってきたからさ、そっち言ってもいい?」
「あ、全然大丈夫。それに、謝ってる割には顔がニヤついてるけど」
「えへへ。ほな、また後でなー」

満面の笑みを浮かべて、パタパタと走り去っていく優奈。
そんな彼女を少々げんなりした顔で溜め息混じりに肩を落とした。

「リア充がうらやましい……」
「美月ちゃん、リア充って何ですか?」

不意に聞こえた質問に美月は力なく答えた。

「優奈みたいな彼氏持ちの人をリア充って言うんです……って……リリリリイン曹長!?」

悲鳴に近い声を上げて椅子から滑り落ちかける美月。
キョトンとした顔で美月を見る少女―リインフォースU。隣には彼女の上司であり、美月の上司でもある女性―八神はやてがいた。
美月のリアクションを楽しんでいるかのように、ニコニコと美月を見るはやて。

「なんでここに居てはるんですか?」

なんとか落ち着きを取り戻した美月。目はまん丸、ところどころ髪がはねているというかなりマヌケな顔になっている。

「何や美月ちゃん、私らが来たら嫌なんか〜?」
「い、いえ。そういう訳では……」

慌ててブンブンという音が聞こえてきそうな勢いで首を横に振る美月。
はやてはニヤニヤと笑いながら、美月に言った。

「美月ちゃんの名店員っぷりを見学しに来たんや」

予想外の理由にずっこける美月。
そんな美月などお構いなしにリインが美月の手を引く。

「行くですよー」

まあ良いかと気を取り直した美月だが、妙な違和感に包まれた。
少し頭を捻り、違和感の正体を考える。

「美月ちゃん、どうかしたですか?」

歩いていたリインが振り返り、美月を怪訝な顔で見る。
ん?歩いていた……?
美月は今一度リインを見た。

「……リイン曹長、その体……」

まるで大怪我を負った人を見たような反応をする美月。リインはまたまたキョトンとした顔で美月を見た。
読者の方もお気づきかと思うが、今のリインはいつもと違う。
そう、浮いていないのだ。キャラ的な意味ではなく、体が。
いつもの30cmの身長ではなく、1mくらいの身長で地に足をつけて歩いている。自分をまじまじと見る美月の疑問が分かったのか、リインは納得した顔になった。

「美月ちゃんには見せた事がなかったですね。私も大きくはなれるんですよ?と言っても、この大きさが限界なのですが」

なるほど。と言うように頷く美月。
はやてが苦笑しながらリインに付け加える。

「この世界ではリインサイズの人はおらんからなー」

ミッドにもおらへんと思いますよ。という台詞を飲み込み、美月も笑いながら頷く。

「ほら、早く行くですよー」

おもちゃ売り場に行く子供のように、ぐいぐいと手を引っ張るリイン。
いつもとは違うリインの雰囲気に美月は少し戸惑った。気のせいか、かなり張り切っているように見える。

「リイン曹長、なんでそんなに張り切ってはるんですか?」

代わりに答えたのははやて。彼女もどことなくウズウズしている。

「リインは文化祭に来るんは初めてやからなー。かくいう私も初めてや」
「なるほど……ほな、早速行きましょか」

美月が言い終わる前に、リインはテクテクと歩き始めていた。慌ててリインを追いかける美月とはやて。
いくら大勢の人が来ているとはいえ、リインを見失うことはない。黒髪、茶髪、金髪の中で水色の髪はかなり目立つのだ。
ルンルン気分のリインを先頭に歩いていると、ある人物に声をかけられた。

「美月ー」

声をかけてきたのは遥奈。後ろには悠希、未智もいる。両手は各模擬店の商品でいっぱいだ。
食べ物ばかりなのが女の子らしいというか、何というか……

「うっわ、めっちゃ可愛いやん。美月の知り合い?」

リインを見た悠希が声を上げた。
くりくりっとした目にサラサラの髪、小学校低学年くらいの身長のリインはかなり可愛らしい。周りの道行く人もリインをチラチラ見ている。
ちなみにこの最中に、リインとはやて、美月の間では超高速で念話が飛び交っていた。

<な、何て紹介したら良いですか?>
<うーん、そやなぁ……私は美月ちゃんのバイト先の先輩ということにして、リインは私の遠い親戚っていう設定でいこかー>
<わかりました>
<美月ちゃん、今は私に敬語使っちゃダメですよ?美月ちゃんの方が年上なんですから>
<あ、はい>

内緒話をするのに念話はうってつけ……
ふと美月がそんなことを考えていると、リインが口を開いた。

「美月お姉ちゃん、この人達って美月ちゃんの友達ですか?」
「そうで、そうやで」

そうです。と言いかけて、慌てて言い直す美月。はやては美月をニヤニヤしながら見る。
美月は苦笑いしつつも、リインに遥奈達を紹介した。

「涼原遥奈に長山悠希に旭川未里、私のクラスメートや。この子はリインフォースちゃん。私のバイト先の先輩の親戚なんよ」
「よろしくです〜」

リインがペコリと頭を下げる。
と、次の瞬間には遥奈達から質問攻めにあっていた。

「どこ出身なん?」
「年はなんぼ?」
「彼氏おるん?」

おいおい、最後の質問は何や。という美月の脳内ツッコミなど露知らず、彼女達はますます盛り上がっている。
当のリインは特に驚く様子もなく、冷静に質問に答えている。

「えっと、出身はドイツで、年は9歳です。彼氏は……ご想像にお任せします」

ニコッと満面の笑みを浮かべるリイン。
リインの意味深げな笑顔に苦笑しつつも、続けて美月ははやてを紹介した。

「で、こちらがバイト先の先輩の八神はやてさん」
「よろしゅうなー」
「よ、よろしくお願いします」

遥奈達は慌てて挨拶をする。
はやては笑顔で3人を見ながら口を開いた。

「ちょうど良かったわ。3人にリインを案内してほしいねんけど、頼んでもええかな?」

キョトンと首を傾げる遥奈達にはやては話を続けた。
リインに目配せしたように見えたのは気のせいだろうか?

「実はこの後少し用事があってな、リインの面倒を見られへんのや。それに、私よりみんなの方が詳しいやろしな」

しばらく顔を見合わせていた遥奈達だったが、やがて笑顔で頷いた。頷くや否や、ノリノリで遥奈がリインと手を繋ぐ。
遥奈の夢は小学校の先生になること。小さい子の相手は大得意なのだ。
未智がはやてにペコリと頭を下げながら口を開く。

「ほな、はやてさん。リインちゃんをお預かりします」
「ん、よろしゅうな」

リインの手を引く遥奈を先頭に4人がパタパタと走っていく。
遥奈達を見送ると、はやては美月の方を振り返った。

「さ、私らも行こか」
「はい?」

はやての言葉にキョトンとする美月。
先程はやては「用事があるから、リインの面倒を見れない」と言っていた。てっきり美月ははやてだけが立ち去るのだと思っていたのだ。当然の思考である。
どうして「私らも」ということになるのだろうか?

「どこにですか?ていうか、私ら?」

美月の頭の中でたくさんのクエスチョンマークが踊る。
はやては美月の手を握るとテクテクと歩き始めた。

「ちょ、はやてさん、どこに行くんですか!?」

突然歩き出したはやてに驚く美月。否応なしに歩き始めるが足取りがおぼつかない。
はやてに手を引かれて歩くこと3分。2人がやってきたのは教室棟の屋上だった。

「はやてさん?」

美月はキョトンとした顔ではやてに話しかける。
はやては美月の声が聞こえていないふりをして、柵に寄りかかった。

「いい風やね〜」

真っ直ぐ外を見たまま、独り言のように言うはやての髪が風に揺れる。
ぼうっと立ち尽くしていた美月だったが、やがてはやての隣で同じように柵に寄りかかった。昼過ぎとはいえ、季節は秋真っ只中。肌寒さを感じさせる風が美月の頬を撫ぜ、髪を揺らしていく。
こんなにのんびりと風を感じたのは久しぶりかもしれない。
いつの間にか美月は心の中にまで清々しい風が吹き込んでいるような気持ちになっていた。

「な、美月ちゃん」

突然、はやてが美月に話しかけてきた。少し意識が旅行していた美月は現実に引き戻される。
美月がはやての方を向くと、はやては敢えて美月の方を見ずに話し始めた。

「美月ちゃんも色々と大変やと思うけど、今は高校生活を満喫し。高校生活は人生に一回しかないねんからな?」
「あ、はい」

美月が頷いたのを横目で見たはやては満足そうに笑う。
はやてがそれ以上何も言う気配がないので、美月は再び柵に寄りかかった。
静かな時が2人の間を過ぎていく。

「さ、行こか」

しばらくした後、はやてが袖をパタパタと掃いながら言った。
美月ははやての方を向き、無言で頷く。そして、2人は笑顔で屋上を後にしたのだった。






−舞浜高校・通用門−

「今日はありがとうございました」
「ううん、お礼を言うんはこっちやで。初めての文化祭、めっちゃ楽しめたわ」
「文化祭、楽しかったです〜」

リインと合流して3人で文化祭を回った後、美月ははやてとリインを校門まで見送りに来ていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくと言うが、まさにその通りである。昼過ぎだった時刻は4時を回り、辺りは暗くなり始めていた。

「ほなまた明後日からよろしゅうなー」
「はい」
「さようならです〜」

挨拶を済ませると、はやてとリインは歩き始めた。手を振って2人を見送る美月。
無言で歩く2人。しかし、その表情には違いがあった。
袋一杯に入った商品と景品を見てご満悦のリインに対し、どこかホッとした表情のはやて。

「そういえば……どうして文化祭に来たですか?」

校門から少し歩いたところで、真面目な表情に戻ったリインがはやてに尋ねた。
はやてが抱えている仕事はさほど急ぎの案件はないが、丸1日の空きを捻出するのはかなり難しい。
にもかかわらず、どうしてそんな無茶をしてまで文化祭に来たのか?
リインは今日1日ずっと疑問に思っていたのだ。
フッと微笑んだはやては、真っ直ぐ前を見ながら答える。

「美月ちゃん、このごろ暗い話ばっかり聞いてたやろ?ちょお心配になってな」

はやての過去となのはの過去、2つの話を聞いた美月が塞ぎ込んでいるのではないか。はやてはそう心配していたのだ。
普通の局員ならさほど心配することもないかもしれないが、美月は新米局員である上に魔法文化も初心者。一度に受け入れるには未熟すぎたのかもしれない。
しかし、はやての心配は杞憂に終わったようだ。

「まあ大丈夫やったみたいやね。あの子、予想以上にタフやわ」

今日1日の美月を思い出してしみじみと呟くはやて。その声には安堵と嬉しさが滲んでいる。
リインもつられて少し考え込む。笑顔で接客する美月、射的で狙った商品が当てられずに悔しがる美月、模擬店で買ったたこ焼きを頬張る美月。
はっきりとした根拠はないが、リインも何となく大丈夫な気がした。

「みたいですね〜」

リインは微笑みながら呟く。同感というように頷くはやて。
美月は良い上司の元につくことができたものだ。ここまで部下の事を気遣う上司はなかなかいないだろう。

「ま、私自身が来たかったっちゅうんもあるんやけどな」

と、はやてはニヤニヤしながら本心を吐露する。リインは少し苦笑しながら、自らの主をまじまじと見た。
茶目っ気があり、計算高く、辛抱強い女性―八神はやて。改めて彼女の素晴らしさを実感するリイン。
2人の足元に魔法陣が広がり、2人が光に包まれる。次の瞬間には2人の姿は消えていた。
この先、はやてとリインと美月の先にはどんなことが待ち受けているのだろうか。1人の上司と2人の副官の物語はまだ始まったばかりなのだ。






〔あとがき〕
どーも、かもかです♪

文化祭は次章で書くつもりだったのですが…
カートリッジシステムの話だけでは文章量がかなり少なかったので、急遽合体させました。

日頃使っている大阪弁を文章で書いてみると、中々難しい…
少々内容がグダってしまった感がありますが、お許しください。

さて、次章からキチンとした局員生活を書いていきます。
しばらくは単発の事件を題材に書いていこうと思っています。
お楽しみに!!



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