愛を込めて花束を(前編)











−これは無表情だけど優しい姉と志半ばで散った妹にそっくりな少女のお話−





「で、これはどういう…」
「I don't know too.」(私が聞きたいです)

目の前には青い海と空。これが海水浴での景色ならどんなに良かったことか。
美月は頭を抱えながらどうして自分がこうなったかを考え始める。
昨日は珍しく局の仕事が早く終わり、宿題も無かったので早めに布団に入った。そして、5時過ぎに目が覚めて「まだ早いから二度寝できるやん」と再び目を閉じ、次に目を開けると…

「バリアジャケットを着て空を飛んでた……と」

あまりにも信じがたい事だが、現にこういう状況になっている以上信じるしかない。

「誰か人おらんかなぁ……おったら大分助かるんやけ……ど?」

1人で呟きながら、美月は遥か彼方に目を凝らした。
何かが光った気がする。
藁にもすがる思いでその場所へと飛び始める。が、何かがおかしい。
気のせいでなければ砲声が聞こえるのだ。
さらに近づくと2つの集団が見えた。一方は怪物という言葉がピッタリな姿形。もう一方は武装で身を固めた少女達だった。少女達の中にはまだ小学生くらいの子もいる。
どうやら先程の光と砲声はここが発生場所らしい。そこから導き出される答えは1つ。
理由は分からないが、2つの集団は戦闘状態にあるのだ。

「よく分からんけど、怪しいのが敵!」

直感に近い考え方だが、結果的にその考えは的中していた。
さらに状況を分析しようと注意深く観察すると、1体の怪物から放たれた砲弾が青を基調とする弓道着を来た女性に降り注ごうとしているのが目に入った。それに気付いたのか彼女は必死に避けようとするが、間に合いそうもない。
上空の美月にも彼女が危機的な状況にあるのが分かった。

「トリニティ!」
「Protection」

トリニティの機械音声とともに女性が半球型のバリアに包まれる。その直後、雨霰のように砲弾が降り注ぎ、辺りに煙が立ち込めた。
視界が遮られては行動が難しいのか、怪物達の動きが止まった。

「カートリッジロード!」
「Allright. Load cartridge.」

2回機械音が響き、トリニティの先端に搭載されたリボルバーが回転し、カートリッジから魔力が注入される。
リボルバーの回転が終わると同時に彼女はトリニティを真上に構え、呪文詠唱を始めた。

「古の世界に眠りし竜の息吹、その力をもって眼前の敵を凍てつかせよ……」

詠唱が終わると同時に彼女は棒を振り下ろす。振り下ろされたトリニティの先端部分が光り、声が響いた。

「Freezel Buster」
「フリーゼル……バスタァァァーー!」

美月の大声とともに、トリニティから閃光が迸った。閃光は一本の光線となり、怪物めがけて突き進んでいく。
光線が指揮官らしき怪物に命中し、怪物は爆炎を上げた。そして、ブクブクと泡を立てながらゆっくりと沈んでいく。
それを見て怯んだのか、他の怪物達は散り散りになって逃げていった。
対する少女達は追撃しようとせず、上空の美月ををじっと見つめている。どうやら注意の的は美月に移ったようだ。
少女達の中には手にした刀を構える女性もいる。下手な事をすれば、一斉に襲いかかって来そうな雰囲気。
その中で、先程美月のバリアで守られた女性だけは呆然とした表情で美月を見つめている。
空を飛んだままでは話も出来ないので、美月は海面に降りた。少女達との距離はおよそ3m。
何もしてこないので美月が敵ではないと判断したのか、少女達の警戒が緩むのが分かった。
警戒を解いても何か話さないと始まらないので美月が自己紹介をしようとした瞬間、青い弓道着を来た女性が口を開いた。

「土佐……?」
「へ?」

予想外の言葉に間抜けた声を出す美月。
2人の間を生温い潮風が吹き抜けた。










−横須賀鎮守府・提督室−

「……にわかには信じがたい話だな」

美月の話を聞き終えた男性が溜め息交じりに言った。彼はここの鎮守府を指揮する提督だという。
歳は25歳くらいだろうか。顔は一般的なイケメンに属するだろう。目は澄んだ輝きを放っている。
提督の言葉を聞いた美月は「やっぱり」と心のなかでうなだれる。「私は魔法使いで、目が覚めたら異世界にいました」なんて荒唐無稽な話を信じろという方が難しいのだ。

「でも、嘘を言っているようには見えないのです」

美月の考えを察したのか、慌ててそばにいた少女がフォローする。
彼女の名は電。駆逐艦だと言っていたが、どこからどうみても普通の女の子である。
先程身につけていたゴツイ装備、それを外している今は小学校低学年くらいの女の子しか見えない。

「まあ、深海棲艦であるわけじゃないし大丈夫だろう。鳳翔、彼女の部屋を用意してあげてくれ」
「はい、かしこまりました」

鳳翔と呼ばれた二重代前半くらいの着物美人がやわらかな笑顔を浮かべ、袴の裾を揺らせながら部屋を出て行く。彼女を見送ると提督が再び口を開いた。

「君のことは大体分かった。次は我々の番だな。少し長い話になるが我慢してくれ」

我慢するも何もこちらが聞きたいくらいだ。美月は黙って頷く。

「我々は深海棲艦という怪物と戦うために鎮守府(ここ)に所属している。奴らには従来の人間の武器は全く効果が無い。深海棲艦と戦えるのは艦娘(かんむす)と呼ばれる彼女達だけなんだ」
「私達は普通の少女に見えますが、歳を取ることもありませんし、病気にもかかりません。そして、戦闘で沈まない限り、決して死ぬことはありません」

電の言葉を聞いた美月は絶句する。つまり彼女達は戦うための生物兵器ということ。
彼女の華奢な外見からはそんな事実は微塵も感じられない

「だが、僕は彼女達を兵器として扱うつもりは毛頭ない。彼女達は自分の意志で鎮守府にいる。だから僕はその意志を尊重しているし、最大限バックアップしている」
「そう……ですか……」

理解が追いつかず、途切れ途切れの返事をする美月。
そんな美月を心配してか、電が赤い髪留めで留めた髪を揺らしながらトテトテと近づいてきた。

「美月さんの気持ちもわかるのです。でも、私達は大丈夫なのです」

どこか幼い雰囲気が漂っているが、確かな思いを持った言葉に美月は何となく腑に落ちたような感覚になった。
彼女達は自分と似ている。体の仕組みとかは違うけれど、何かのために行動しているんだ。
そう思った美月は電にニコッと微笑んだ。する、電は嬉しそうな表情で提督の方へ向き直った。

「司令官さん、鎮守府の中を案内してもいいですか?」
「ああ、頼むよ。それと、加賀にはしっかりと事情を説明してやってくれ。森山くんにも」
「はい、なのです」

美月は首を傾げた。さっきの説明で事情は把握できたと思うのだが、他にもまだ何かあるのだろうか。
そんな美月の手を引いて電は提督室を出た。



1時間後、鎮守府の中を一通り回った2人はとある部屋の中にいた。扉には「赤城・加賀」と書かれている。
電がコンコンと扉を叩くと、「どうぞ」という中から凛とした声がした。

「失礼します。加賀s」
「土佐!」

電の言葉を遮って、女性にしては低い声が聞こえた。声の主は青い弓道着を着た少女。外見から考えるに、美月と同い年くらいだろうか。
今にも飛びついてきそうな気迫に美月は後ずさりしかける。というか、実際に後退りした。
すると、いつの間にか美月の背後に立っていた鳳翔が青い弓道着を着た女性を落ち着かせるように口を開いた。

「加賀さん、少し落ち着いてください。美月さん、ごめんなさいね」
「い、いえ……」

電はというと美月、加賀、鳳翔の顔を順に見ながら困ったような表情をしている。
そんな電を見て、鳳翔はクスリと笑った。

「電ちゃんがきちんと説明できるか心配で見に来たけれど、正解だったわね」

すると、今度は赤い弓道着を着た、これまた美月と同い年くらいの女性が口を開いた。先ほどの「どうぞ」という声の主は彼女のようだ。

「立ち話もなんですし、とりあえず部屋に入りませんか?」

その声に彼女と鳳翔以外が少し恥ずかしそうな表情になった。
全員が座布団に座り、一先ず場が落ち着いたのを見て、美月はおずおずと口を開いた。

「それで土佐さんというのは……」
「彼女、加賀さんの妹です。あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は一航戦所属の正規空母、赤城。よろしくね」

先ほどの赤い弓道着を着た少女―赤城が答えた。

「私は赤城さんと同じ一航戦所属の正規空母、加賀。いきなりの失礼、ごめんなさいね」
「い、いえ……」

妙な沈黙が場を包む。誰もが何を話していいのかわからないのだ。
電は雰囲気に耐えかねて半ば泣きそうな顔をしているし、皆の間で「お母さん」と親しみを込めて呼ばれ、様々な経験に長けている鳳翔でさえ困った表情で俯いている。
とりあえず自己紹介でもしようと美月が口を開こうとしたその瞬間

「第一航空戦隊所属、正規空母加賀。至急提督室までお願いします」

という放送が鳴り響き、出かかった言葉はついに口から出ることはなかった。
加賀はサッと立ち上がると、何事もなかったように黙礼をして退室していく。彼女の足音が聞こえなくなるのを確認した鳳翔が長い溜め息をついた。

「困りましたね……」
「……なのです」

何が「なのです」なのかは分からないが、鳳翔の言葉に相槌を打つ電。
一方の美月はというと、冷静そうに見える加賀が何故あんな気迫をしていたのかを考えていた。

「加賀さんと土佐さんって何かあったんですか?」

おそらく全てはその一点に集約されるはず。そう考えた美月はタブーのように感じつつも意を決して聞いた。
首を傾げている電に対して、鳳翔、赤城は気まずそうな表情をしている。
が、黙っていては何も始まらないと思ったのか、鳳翔が深呼吸をして話し始めた。

「私達艦娘は旧日本海軍の軍艦の記憶を受け継いでいます。私は空母鳳翔、赤城さんは空母赤城、電ちゃんは駆逐艦電の記憶を」
「……?」
「正規空母加賀。今でこそ彼女は空母ですが、元々は戦艦として建造されました」

そこまで話すと、鳳翔は美月の目をじっと見つめる。

「ワシントン海軍軍縮条約を知っていますか?」

近代史を勉強したことのある方なら一度は聞いたことがあるであろう「ワシントン海軍軍縮条約」
美月も日本史は得意とする科目なので、多少詳しいことは知っていた。

「ワシントン海軍軍縮条約」
海軍の軍縮問題についての討議の上で採択された条約。米英日仏伊の軍艦の保有の制限が取り決められた。
割合としては英:米:日:仏:伊=5:5:3:1.75:1.75で、後に「ビッグセブン」と呼ばれる戦艦を生み出す原因となった条約である。

頷く美月を見て、鳳翔は再び口を開いた。

「その条約により、加賀、土佐の姉妹は廃艦となることが決まりました。同じく戦艦として建造された赤城、天城の両艦は空母として生まれ変わることになりました」
「天城?」
「私の姉よ。私と一緒に空母になる予定だったけど、関東大震災で再起不能な損傷を負って廃艦になったの」
「その天城の代わりとして、廃艦予定の加賀を空母に改造することになりました。でも、土佐は……」

そこまで聞いた美月は全てを察した。
加賀の心は姉妹で自分だけ生き残ってしまった申し訳無さ、悔しさなどの様々な感情が渦巻いているのだろう。

「戦艦時代の加賀さんは決して活発ではないけれど、今のように寡黙ではなかったわ。でも、土佐を亡くしてから今のような性格になってしまったの」

自分が現れたことで、加賀のトラウマを再発させてしまったのかもしれない。そんな思いとともに、赤城の言葉の最後の部分がいつまでも美月の心に残っていた。





加賀の問題も重要だが、最も重要なのは美月がどうやって元の世界に戻るかということ。今のところ、その糸口すらつかめていない。
とりあえず、当面の間美月は鎮守府の雑用係として過ごすことになった。
そんなある日、美月は提督室に呼ばれた。
部屋には提督、鳳翔、赤城の3人がおり、皆こわばった顔をしている。
状況が読めず、何があったのか訝しむ美月に提督から重要な情報が告げられた。

「加賀さんが行方不明!?」

美月は思わず耳を疑う。
共に出撃していた赤城によると、予想外の濃霧により撤退することになった。しかし撤退の最中、タイミングの悪いことに羅針盤が狂った(深海凄艦の妨害電波)影響を受け艦隊は散り散りになってしまった。
なんとか加賀以外の艦娘は合流出来たのだが、いくら捜索しても加賀の反応はなく、このままでは残った艦娘も危険なので止むなくそのまま撤退となったのだという。
一部の艦娘の間では「加賀ほどの艦娘が方位を見誤るなどありえず、単艦でいたところに奇襲を受け轟沈してしまったのではないか」という噂も流れ始めていた。

「そんな……」

濃霧は未だ晴れる気配がなく、捜索隊も出るに出られない状況だった。
そこで、美月はようやく自分が呼ばれた意味を理解する。艦娘ではない(=濃霧、羅針盤の影響を受けない)自分に加賀の捜索をしてほしいということなのだろう。
承諾の意を込めて提督の目を見ると、彼は申し訳無さに満ちた表情で口を開いた。

「この世界に迷い込んでしまった君にこんなことを頼むのは酷なのだが、頼れるのが君しかいない。加賀の捜索を頼む」
「はい。絶対に見つけます」

絶対に見つける。美月は軽い気持ちでこの言葉を発したわけではない。
先日の一件以来、加賀と美月が顔を合わせることはなかった。提督がそういう方針にしていた可能性もあるが。
しかし、自分が現れたことにより加賀のトラウマを掘り返してしまった以上、いつまでも他人事として過ごすのは嫌だった。
これはそれを解消する良い機会であると同時に、自分が元の世界に戻るきっかけになるかもしれない。
前にプリキュアの世界に迷い込んだときは障害を取り除くことで元の世界に戻ることができた。今回も同じパターンということもある。
様々な事情が重なって、美月は何が何でも加賀を見つけようと思っていた。その決意の表れが先ほどの返事である。
美月は一礼するとそのまま提督室を出る。
常にトリニティは携帯しているので、あとはバリアジャケットに換装して飛び立つだけ。
外に向かって走りだそうとすると、巫女服の女性に呼び止められた。

「ヘイ!美月サーン、少し話したいことがあるネー」

そんな特徴的な話し方をするのはこの鎮守府でただ一人。
振り返るとフレンチクルーラーのように留めた髪が特徴の艦娘―金剛が立っていた。
ただ単に陽気なだけでなく、締めるところはきっちりと締める彼女は艦娘達のまとめ役となっている。いつも通りのハイテンションながら、何か訴えるような視線を感じた美月は彼女に向き直った。

「どないかしたん?」
「加賀サンと話すときに心に留めておいてほしいことがありマス」

そこまで話すと金剛は一旦言葉を切る。同時に彼女の目付きが変わったように美月は感じた。

「艦娘も女の子。特別扱いせずに、面と向き合って話してください」
「……はい!」

美月の答えに満足したように金剛は頷くと、腰に手を当ててニッと笑った。

「それじゃ、武運を祈ってますネ。帰ったら皆でパーティーしまショウ」
「はい!楽しみにしてます」

そういって笑顔を返すと、美月は再び外へ向かって走りだした。走りながらポケットから待機状態のトリニティを取り出す。

「トリニティ、セーットアーップ!」

その声とともに美月の身体が光りに包まれ、バリアジャケットへと換装される。
そのまま助走をつけて地面を大きくけって飛び立った。
空はどんよりと曇っており、霧のせいで視界はせいぜい5m。心なしか大気自体が重たい気がする。

「加賀さん、待っていてください」

そう呟くと、美月は加賀を失探(ロスト)した海域へと向かった。







〔あとがき〕
どーも、かもかです
やはり前後半に分かれてしまった…


前半のあとがきでは設定面での解説をしたいと思います。

@艦娘の生体について
 提督の説明にあったとおりです。
 これは『一航戦、出ます!』や『鶴翼の絆』で描かれているパターンですね(というか、それをパクったw)

A(憎き)荒ぶる羅針盤について
 これは『陽炎、抜錨します!』やニコニコ動画の『JCC艦これ』で描かれているパターンです(というか、それをパクry)

B金剛の性格について
 これはニコニコ動画の『大正義!』シリーズを参考にしました(というry)


あ、あと筆者と艦これについて語ることにしましょう
僕が艦これを始めたのは今年の5月上旬の火曜日、ゼミコンを抜けだして登録しました(何やってんだ)
その少し前までは「何でも萌えキャラ化すりゃいいもんじゃねーぞ」なんて言ってる、艦これ反対派だったのですが…
ニコニコ動画でドロンの人の動画を見て艦これの見方が変わりました。

艦これを始めて約半年…
研究所のすぐ近くにある「瑞鶴の碑」に参拝した後に初めて大型艦建造したら、一発で大鳳が出たのはイイ思い出です。
(なお、大和レシピは5連敗中)


来年にはアニメも始まりますし、ますます艦これ人気が高まると良いですネ

それでは、後半もお楽しみください(^^)



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.