木々が生い茂るその場に、一人の少年が倒れていた。

 先程滝に飲み込まれた太一だ。

 この場には太一以外の子供たちの姿は見えなかった。

 どうやらここに飛ばされたのは太一だけのようだった。

 そんな気絶した太一の傍に、何やら小さな影が近寄 る。

「……タイチ」


 その小さな身体を太一によせ、擦り付ける。

 そこからは太一に対する絶対の信頼がうかがえた。




デジモンアドベンチャーIF
―月と太陽―

第一楽章  奇跡のチカラ




「……ん?」

 気を失っていた太一は頬に感じる感触によって目を覚ました。

 何かが自分の頬に引っ付いている。

 ひっきりなしに動いている事から、どうやら擦り寄っているようだ。

「あ、タイチ!」

 それは丸い身体に長い耳の様な物をもった、不思議な生物だった。

 常人ならまず間違いなく腰を抜かすだろう。

 しかし太一は、この不思議な生物に見覚えがあった。

 それは今から四年前の出来事。

 太一が力を得ようとしたきっかけ。

「―――コロモン?」

 コロモン。

 それは今から四年前、太一がヒカリと共に出会った不思議な生物の名前。

 目の前の生物はそのコロモンと全く同じ姿をしていたのだ。

 その生物は嬉しそうに太一を見ている。

「お前、あの時のコロモンなのか?」

 太一が問いかけるとその目にみるみると涙が溜まる。

 今にも泣き出しそうなその姿に、太一は些か途方にくれた。

「タイチ。ボクのこと憶えててくれたの?」

「忘れる訳、ないだろ?」

 その小さな身体を抱きかかえ、太一は少しだけ泣いた。

 それは再会の嬉しさから来る涙だった。



◆ ◇ ◆ ◇



 ひとしきり再開を喜び合った後、太一とコロモンはお互いに今までどのような事があったかを話しあった。

 会話を続ける中で太一は一つのことに思い至った。


(あの異常気象。今思えばあの場にはデジモンらしき存在が居たな……)


 とはいえ確信がない。

 太一はその事実を自分の胸に隠しておく事にした。

 他の誰かに話すのは確信を得てからの方が良いだろう。今余計な心配事を作る必要もない。

 そうして色々と話しをしているうちに太一は付近に他の子供の姿が無い事を知った。

「なぁコロモン。ここに俺以外に人間の子供が居なかったか?」

「うーん。ボクが見つけた時はタイチだけしか居なかったよ」

 それを聞いて太一は少し思案した。

「そうか……。なら先に皆を探さなきゃなぁ」

「ボクも手伝うよ!」

「頼りにしてるぜ、コロモン」

 太一はコロモンにそう言うと、その場から立ち上がる。

 改めて辺りを見回してみるとここ一帯はジャングルの様になっているのが伺えた。

「とりあえずこの付近を一通り捜してみるか」

 コロモンを頭に乗せ、太一は呟いた。

「お〜い! 誰か居ないか!?」

 とりあえず大きな声で叫んでみることにする。

 体力を消費する、外敵に居場所を教える事になる、とデメリットが多いが合流するのが先決だ。

 太一はそう判断した。

 しかし幾ら呼びかけ、名前を叫んでも返事が返って来ることはなかった。

 顎に手をやり思考する。

 これからどうやって合流するべきだろうか。

 暫くそうしていると何時の間にか最初に居た場所の近くに来ていた。

 これ以上は体力を浪費するだけだと考えた太一は、 自分が倒れていた場所まで一旦戻る事にした。

 もう一度皆を探す方法を考え直す必要がある。

「あ、太一さん!」

 そうしてその場所に戻った太一を迎えたのは光子郎とヤマト、そしてタケルの三人だった。

 どうやら呼びかけていた太一の声に反応して太一を探していたらしい。

 ふと太一が視線を下に向けると、三人の傍にはコロモンの様な生物が三匹寄り添っていた。

 ヤマトの傍に居るのはツノモン。

 タケルの傍に居るのはトコモン。

 そして光子郎の傍に居るのはモチモンと名乗った。

「コロモン。あの三匹はお前の仲間か?」

「うん。皆ボクの仲間だよ」

 そんな太一とコロモンのやりとりに目を輝かせたのは光子郎だった。

「流石です! もうそんなに意思の疎通が出来てるなんて」

 自分に出来なかった事を当たり前のようにしている太一に、何やら感動しているらしい。

 言葉には出してないが、タケルも似たような表情をしている。

 太一はそんな光子郎やタケルの様子に冷や汗を掻くと、話題をずらした。

 他人にそんな感情を向けられるのがどこか気恥ずかしい。

 元々現状を確認する必要もあったし、結果オーライというものだろう。

 三人の話を聞くと、どうやらこの三人も初めはバラバラの場所に飛ばされていたらしい。

 そして飛ばされた先でツノモンたちデジタルモンスター ―――デジモンと出会う。

 ここまでは概ね太一と同じだった。

 ここで幸運だったのは、ヤマトとタケルの二人が比較的傍に飛ばされた事だった。

 二人はなんなく合流し、その過程で光子郎とも合流を果たしたようだ。

 そこまで来たところで太一の声が聞こえ、声のするほうに向かって来たとの事だった。

 ただ残念な事に、他の三人についての情報を得る事は出来なかった。

「そっか……。じゃあ少し休憩したらすぐに皆を探そう」

 太一がそう言うと、ヤマトは怪訝な顔をした。

「おいちょっと待てよ! ここで合流を待つ事は無理なのか?」

 タケルはまだ幼い。兄である自分が護らなければならない。

 ヤマトにはその思いが強く出ていた。

 体力があまりないタケルにこれ以上無理をさせられない。

「俺はこの場合、動かない方が良いと思うんだが」

「いや、どっちもどっちなんだよ。どちらかというと」

「どっちもどっち?」

 再び怪訝な顔をしたヤマトに、太一は答えた。

「あぁ。動くと二次遭難の危険性があるのは確かだ。けれど、ここも安全とは言い難い」

「……そうか。外敵ですね?」

 二人のやり取りを静観していた光子郎が答える。

 その答えに、太一は頷いた。

「そうだ。ここに外敵が居ない、と断言できない以上一箇所に留まるのは危険だ」

「かと言って二次遭難の可能性もあるから動くのは危険。なるほど、正にどっちもどっちですね」

「それを考えた上で、俺は皆を探すべきだと提案する」

 太一のその言葉にヤマトは思案した。

 自分とタケル、そしてはぐれたままの他の三人。

 その全ての状況を考慮する。

「どちらも危険である以上、合流を優先するって事か……」

「まぁ、そういうことだな」

 そこまで話し合うと、ヤマトは溜息を吐いた。

 一応の納得を見せたのだ。

 それにこの場で悩むのもまた時間の無駄であるということに気付いたのだ。

 遭難の危険性があるが、他の面々の状態と外敵が存在する可能性を考慮すると、もう少し安全そうな場所に移動する必要性もある。

「仕方ない。そのかわり適度に休憩を挟もう。タケルの足がもたないかもしれないからな」

「オッケー」

 どこから探すか、という話になった時、太一の感覚が何かを捕らえた。

 太一が習得した武術には氣によって他人の位置を知る探知法がある。

 太一はここに飛ばされてから常に気を配り、外敵が近くにいるかを探っていたのだ。

 しかし今彼が捉えたのは何処か見知った氣だった。

 茂みの方からガサガサと音がする。


「―――ミミ?」


 茂みの方に呼びかける。

 するとそこからミミが飛び出してきた。

 その傍には案の定。コロモンの仲間らしき生物の姿があった。

 ここまで来ると太一にもわかって来る。

 ここはコロモンたちデジモンの世界。

 そして、自分たちは何らかの理由でデジモンに選ばれたパートナーなのだろうと。

 そんな事をつらつらと考えていると、ミミの目じりに光るものを見つけた。

「うわぁ〜ん、太一さぁん!」

 目じりに光っていたのは涙だった。

 突進してくるミミを正面から受け止める。

 後ろを追って来るデジモンに恐怖していたのかとも思ったが、どうも様子がおかしい。

「よしよし。一体どうしたんだ?」

 ヒカリにするように頭をなで、優しい声であやす。

 もう片方の手は背中をさすっている。

 ミミは何かに恐怖していたらしく、酷く怯えているようだった。

 太一にあやされているうちに体の震えが納まってくる。

 震えが収まるとミミはぽつりぽつりと話し始めた。

 そうして話を聞くうちに、状況が悪い方にいっていることを悟った。

 一人で目を覚ましたミミは心細くなり、他に誰か居ないか、傍に居たデジモン―――タネモンと一緒に探し回っていたらしい。

 暫くそうして探し続けたが誰も見つからず途方にくれていた所で太一の声を聞いた。

 そのまま太一の声がした方角を目指して歩くと、途中恐ろしい怪物に遭遇。

 後はただ我武者羅に逃げて来た、ということだった。

「怪物、か。怖いだろうけどどんな奴だったか思い出せるか?」 

「う、うん。確かおっきなクワガタ見たいな生き物だった」

 太一は思案する。

 クワガタの様な、という事は間違いなく空が飛べる筈。

 それと同時にミミの話しを聞く限り相当大きな体を持っていることがうかがえる。

 するとどこからともなく不気味な鳴き声が大地を震わせた。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!!」


「な、何の声だ!?」

 ヤマトが声に怯えるタケルを庇いながら辺りを見回した。

 しかし声の主の姿はどこにもない。

 声が聞こえる事から近くまで来ている事に違いはない。

「これ、さっきの……」

「この声の主がミミを襲った奴か。兎に角、今は走るぞ! ミミ、走れるか?」

「ちょ、ちょっと無理かも」

 基本的に普段運動をする事が少ないミミにとって、この場まで逃げてきた時点で体力が底をつきかけていた。

 ここまで無事逃げ切れたのが奇跡のようなものだったのだ。

「よし。それじゃあ俺の背中に乗るんだ」

 太一はすぐに答えを出した。

 ここにミミ一人を置いていく訳にはいけない。

 ヤマトはタケルに付きっ切り。光子郎は体力的に不安がある。

 その点太一なら武術を嗜んでいることもあって、体力的にも何ら問題ない。

 太一はそのままミミを背負うと先に走り出したヤマトたちの後を追う。

 走るスピードの遅いタネモンはミミが何とか手に持っている。

 体制的にキツイが、この際文句は言ってられないだろう。

 コロモンは太一の頭に乗っている。

「コロモン。今の声の主がわかるか?」

 太一は頭上のコロモンに尋ねた。

 コロモンは何とか体を後ろに反転。声の主を確認しようとする。

 しかしまだ距離があるのか、後ろに生物を確認する事は出来なかった。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!!」


 再び鳴き声が聞こえてくる。

 ミミはその声に追われた事からかなり恐怖しているようだった。

 太一はミミの体が震えている事に気付いていた。

 後ろから来る怪物よりも先に、前方にヤマトたちの姿が見えた。

「タイチ。多分、追ってきているのはクワガーモンだよ!」

「何かあいつに関しての情報はあるか?」

「あいつの顎は何でも噛み砕ける程強いってこと」

「……それだけか? 弱点とかはわからないか?」

 コロモンの答えに頬を引き攣らせながら太一が問う。

「他に言えるのは今のボクたちじゃ勝ち目がないって事!」

 正直、一番聞きたくなかった答えだった。

「太一さん!」

 後ろから太一が近づいて来てる事に気付いた光子郎が声をかける。

 太一はそのまま光子郎に並ぶと、先に行かせた三人の様子を見る。

 ヤマトは問題なさそうだったがタケルの消耗が激しい。

 今はヤマトに抱きかかえられてる状態だ。

 光子郎の方も些か厳しそうだ。

 太一と同じサッカークラブに入っているとはいえ、光子郎は基本的にインドア派だ。

 体力はあるとは言えない。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!!」


 三度、鳴き声。

 太一の感覚がようやく見知らぬ氣をとらえた。

 ちらりと後ろを向くと
まだ小さくしか見えないが、その巨体が視界に入る。

「…………」

 それは確かにクワガタの様な生き物だった。

 しかし、兎に角デカイ。

 思った以上に大きなその体格に、太一の頬を冷や汗が伝う。

 だがそれでも。

 太一にとっては想定の範囲内(……)だった。

 彼が考えていた最悪のケースに比べればこの状況はまだ幾分かマシだったのだ。

 その事に関して、不謹慎ながらも太一はホッとした。

「皆、こっちよ!」

 どこからか声が聞こえて来た。

 太一にはその声の主が誰かはすぐにわかった。

 ミミを探知したように、太一には自分の知っている人間の氣を識別できる。

 太一はそのまま先頭に踊り出ると、先導する形でその声の指示に従った。

「そのまま木に飛び込んで!」

 迷いはなかった。

 太一を先頭に背負われたミミ、ヤマトとタケル、光子郎の順に木に飛び込む。

 クワガーモンは木に飛び込んだ五人に気付かずそのまま木の上を通り過ぎていった。

 そこで改めて、太一は木の中を見回した。

 奇妙な事にこの木の中は空洞になっていた。

 光子郎は疲れたのか息を整えている。

 ヤマトも流石に疲れたのか若干息が上がっていた。

 タケルが心配そうに見上げているのが見えた。

 一方、太一はと言えば。

 特に息が上がる事もなく、至って平常だった。

 これは彼の習っていた拳法が、この程度でばてている様では到底扱えない代物だったからだ。

 そんな太一を些かキラキラとした目で見ている少女が背中に乗っているのだが、生憎と太一はそれに気付いていなかった。

「サンキュー、空。助かったぜ」

 ミミをおろし、太一は先程の声の主に声をかけた。

「どういたしまして。それより、皆怪我はない?」

 空の問いに全員が首を横に振った。

 特に攻撃される前に逃げ切った為、幸運にも怪我を負うことはなかったのだ。

「後は丈だけか……」

 簡単に近況報告をしあった後、太一が呟いた。

 今までの会話の過程でわかった事は空にも他の五人と同じく、奇妙な生物がお供についた事。

 名をピョコモンという。

 後はクワガーモンの他にも色々と危険そうな生き物がいる、という事がわかった。

 とりあえずここに居ても仕方がない。

 外に居たクワガーモンの姿がないことを確認すると、一同は木の中から出る事にした。

「何とかして探し出さないとな」

 太一がそう言った時だった。

「うぉ〜いっ!」

 どこからか丈の声が聞こえてくる。

 聞き間違いかとも思ったが、何度も声が聞こえて来るうちにその疑念は晴れた。

 一同は全員が合流できそうな事にホッと一息ついた。

 これで二つの問題の内、一つは解決出来た。

 太一たちから見て左手にある草陰から丈が姿を現した。

 彼もどちらかと言えばインドア派だ。

 今も肩で息をしているような状態だった。

 その何かから逃げてきたかの様な丈を見て、一同に緊張が走る。

 クワガーモンのような生物が他に居る事はコロモンたちに聞いて確認済みであった。

 その為、丈がそのナニカから逃げて来たのではないか、と考えたが故の反応だった。

「丈、何があったんだ?」

 全員を代表して太一が問う。

 その問いに丈は待ってましたと言わんばかりの反応を見せた。

 勢いよく顔を上げた丈の視界に太一の頭に乗ったコロモンがはいる。


「○×△※□!?」


 もはや言葉にすらなっていなかった。

「そ、そそそそそいつは?」

「そいつ?」

 わなわなと指すその指の先には、コロモンの姿。

 太一は訳がわからず首をかしげた。

 そのせいで頭上に居たコロモンが転がり落ちる。

 落ちるコロモンに気付いた太一が慌ててキャッチ。

「う゛。普段の太一を知ってるだけにこれは結構くるわね……」

「……ほぅ」

「…………」


 そんな太一の普段と違う一連の動作に二人ばかしがノックアウト。

 無言で携帯を使って写真を撮る者が一人。

 そんな混沌とした状況が後ろで繰り広げられる中、当の本人は丈から事情を聞いていた。

 後ろの三人の様子に気付くことはなかった。

 タケルと二人離れた位置に居たヤマトは、両手でタケルの目を隠していた。

 件の三人の様子が教育上悪いと判断したヤマトのナイスプレーだった。

「……要するに丈はこいつにびっくりして逃げて来たのか?」

 丈から事情を聞いた太一は、ほとほと呆れかえっていた。

 とはいえ、この反応が世間一般的な反応かもしれないという事に思い当たり、どうにか呆れを引っ込める。

 この場合は見知らぬ土地に来て、見知らぬ生物を見て、それでいて慌てていない自分たちの方がおかしいのだ。

 太一としては以前の経験から耐性があったが、今考えてみると他の面々の反応は普通じゃない。

 もしかしたらこれも今自分たちがこの場に居る事と関係があるのではないだろうか。

 太一はふと、そんな突拍子も無い事を考えた。

「まぁいっか。とりあえずまたクワガーモンに襲われる前に、もう少し安全そうな場所に移動しよう」

 太一の提案に反対する者は居なかった。

 丈は他のメンバーの神妙そうな顔に首をかしたが、それはまだ彼が外敵に遭遇していなかったからだ。

 太一が先頭をとり、ヤマトが殿をつとめる。

 これは先頭と殿の位置が最も危険な為であった。

 太一は何度も言うように武術の嗜みがあったし、ヤマトはこの中で太一についで身体能力が高い。

 この場合タケルはヤマトの傍だと位置の関係上危険なので、空が手を繋いで面倒を見ている。

「………」

 慎重に慎重を重ねて、一同は移動する。

 太一も氣の捜査範囲を広げ、最大限に警戒していた。

 神経を尖らせるその姿はピリピリとした緊張感を伴っていた。

 そのあまりに慎重な太一の姿に後続の面々は気を引き締める。

 クワガーモンの恐ろしい姿を知ってたが為の反応だった。

 もし彼らがその姿を知らなければ、今こうして警戒する太一の姿に警戒しすぎだと声をかけたことだろう。

「……ふぅ。ここら辺で一旦休憩にしよーぜ」

 少しばかり緊張を解いた太一が言った。

 ここまで歩きずくめだったし、そろそろタケルやミミ辺りの体力に限界が近づいてきただろうと察したからだった。

 案の定、休憩を伝えた瞬間にミミはしゃがみこんだ。

 表情には出ていないが空も辛そうだった。

 普段とは違って緊張感を伴った移動だった為に、思った以上に負担がかかっていたのだ。

 十分程たった頃だろうか。

 太一の周りの空気が再びピリピリしたものへと変わっていった。

「太一?」

 ヤマトの怪訝な声に太一は静かにするよう指示をだした。

 両手を左右の耳にそえ、集中する。


 ブブブブブブ


 ―――微かに、羽音が聞こえて来た。

 思わず舌打ちをする。

 そんな太一の様子に、空は若干驚いた。

 今まで幼馴染として過ごして来た中で、彼がこんな反応をするのははじめてのことだったからだ。


 ブブブブブブ


「……やべぇな、こりゃ。休憩している場合じゃねーか」

 羽音は徐々に近づいてきている。

 太一は一瞬で判断を下した。

 とはいえ、この場ではそう判断するしかなかった訳だが。

「皆、走れ!」

 その些か慌てた様子に、尋常じゃないものを感じた一同は、その太一の指示に迷わず従った。

 彼らもどこかで感じていたのかもしれない。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!!」


 一同が走り出すのとほぼ同時に、クワガーモンが姿を見せた。

 距離はまだ離れているが、あのスピードならすぐに追いついてくるだろう。

 先程のように無傷でとはいかない可能性が高い。

 これまでとは逆にヤマトを先頭、太一が殿をつとめる。

 ここで交代したのはこの場合殿の方が危険だからだった。

 殿をつとめる太一の指示によって、一同はかすり傷など小さな怪我を負いながらもほぼ無傷で追撃をかわしていた。

 とうとう森を抜けて開いた場所へと出る。

 これで助かったか、と気を抜いた瞬間。彼らは絶句した。

「こりゃ絶体絶命だな……」

 道が、なかった。

 目の前には運河が流れている。その流れは速い。

 あるいは緩やかなら話は別だったかと言えばそうでもない。

 どうもかなりの深さがあるようで
とても生身で渡れ る様な状態ではなかった。

 橋があれば話は別だったろうが、そんな物はどこにも見当たらない。

「万事休す、か」

 ヤマトが呟く。その手はタケルの手をきつく握っていた。

 意地でも弟だけは助ける、という決意の表れだった。


「GRUUUUUUUUU……」 


 その巨体がじりじりと迫る。

 太一はどうにかしてこの場を切り抜けようと策を練る。

 ちらりと後ろをうかがえば、恐怖に震えるミミの姿が目に入った。

 最初に追われていた時の恐怖がぶり返したようだった。

 空の方は気丈に振舞ってはいるが、やはり未知の生物に恐怖を隠せないようだった。

 他の面々も同じような状態だった。


(………これしか、ないか)


 右手につけている腕輪を、太一は無意識に撫でた。

 勝率は良くて三割といったところか。

 こういった生物との戦闘経験は皆無なのだ。

 そんな状態で三割も勝率があるならまだマシだろう。

 人知れず太一がある決意をする中、太一たちを護るように七つの小さな影が躍り出た。

「コロモン?」

 そう。それはデジモンたちだった。

「タイチ。ここはボクたちに任せて!」

 コロモンたちがかまえ、クワガーモンを迎え撃とうとする。

 しかしその結果はあまりに無残なものだった。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!!」


 コロモン自身が言ったのだ。

 今の自分たちには勝ち目がない、と。

 結果はまさにその通りだった。クワガーモンによる一方的な狩り。

 体格は元より力に差がありすぎた。

 コロモンたちの攻撃は通らず、クワガーモンの攻撃は一撃一撃が致命傷クラスのもの。

「ううっ」

 圧倒的な敵の前に。体中ボロボロになりながら。

「ボクたちは……」

 それでも。

「タイチたちに会う為に生まれて来たんだ」

 それでも尚。

「ボクたちが、」

 彼らは。

「ボクたちが護るんだ!」

 ―――立ち上がる事を選んだのだ。

 他でもない自分たちのパートナーと、そして自分たちの為に。

 誇りと、勇気を持って。


『進化の、光。その勇気が奇跡を起こす事を、どうか忘れないで』


 瞬間、虹色の光がほとばしった。それは七つの柱となるとコロモンたちに降り注ぐ。

 ヤマトたちはあまりのまぶしさに一瞬目を瞑った。 

 太一も警戒してない光に不意打ちを喰らい、目を瞑る。

 その光の中で、コロモンたちは劇的な変化を遂げようとしていた。


「コロモン進化ッ! ――――アグモン!!」


 饅頭に耳が生えたような姿だったコロモンが恐竜を彷彿とさせる姿に。


「ツノモン進化ッ! ――――ガブモンッ!!」


 饅頭に角が生えたような姿だったツノモンが被り物をかぶったような姿に。


「ピョコモン進化ッ! ――――ピヨモン!!」


 植物のような姿だったピョコモンがカラフルな色をした鳥の姿に。


「モチモン進化ッ! ――――テントモン!!」


 名は体を現す。まさに餅のような姿だったモチモンがてんとう虫を大きくした姿に。


「プカモン進化ッ! ――――ゴマモン!!」


 宙に浮いた魚のような姿をしていたプカモンがラッコやアザラシのような姿に。


「タネモン進化ッ! ――――パルモン!!」


 植物のタネの姿だったタネモンが頭上に花を咲かせた植物の姿に。 


「トコモン進化ッ! ――――パタモン!!」


 ぬいぐるみのような姿だったトコモンがひとまわり大きな、やはりぬいぐるみのような姿に。

 光に目がなれ、目の当たりにしたその不思議な光景に全員が言葉を失った。

「これは……」

 ただ一人、太一をのぞいては。

 太一はその光景に懐かしい過去を思い出していた。

 この場に居るメンバーの中で彼と彼の妹だけがまじかで見た、あの日のことを。

「皆行くぞ!」

 アグモンの号令の元、デジモンたちの一斉攻撃が始まった。


「プチサンダー!」

「エアーショット!」

「マーチングフィッシーズ!」

「マジカルファイヤー!」


 テントモン、パタモン、ゴマモン、ピヨモンの順に攻撃をしかける。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!?」


 先程までとは違い、クワガーモンにダメージが通る。

 テントモンたちのパワーが確実に上がっていることを示している。

 クワガーモンはその攻撃から逃れようと空中に飛び立とうとする。

 しかし、


「ポイズンアイビー!」


 パルモンがそれを許さない。

「え〜い!」

 クワガーモンはパルモンの攻撃に体を絡みとられ、地面へと叩きつけられる。


「ベビーフレイム!」

「プチファイヤー!」


 最後にアグモンとガブモンの攻撃が直撃する。

 爆炎。

 クワガーモンの胸部が燃え始める。

 その光景に子供たちは歓声を上げた。

 空もホッとしているしヤマトも口元をほころばせていた。

 それも仕方のないことだろう。命の危機から救われた、と思った(…)のだから。

 一同が安心している中、太一とデジモンたちだけが気付いていた。

 氣を探知できる太一とデジモン故に同属の気配を察知しやすい彼らだけが。

「……アグモン」

「進化前にダメージを負いすぎたみたい。少しキツイかも」

「他の皆は?」

 太一の質問に帰ってきたのは無言の答え。

 全員が首を横に振る。

 見るからに疲労しているデジモンたちに、太一は心が痛んだ。

 右手につけている腕輪を見る。

 デジモンたちが頑張ったのだ。次は自分の番だろう。


「まだだ」


 太一の言葉に、他の子供たちが怪訝な顔をした。

 次に太一とデジモンたちの表情を見て、硬直した。

 どう見ても冗談を言っている様子ではなかったからだ。

「太一。まだって?」

「まだ危険は去ってないってこと」

「けれどあいつはもう倒したじゃないか」

 太一は無言である方向を指し示した。


「GRUUUUUUUU……」


 既に視認出来るその位置に、新たなクワガーモンの姿があった。

 強烈な敵意を叩きつけられる。

 年少のタケルなどはその敵意に中てられヤマトにすがりついている。

 人一倍泣き虫なミミの目じりには新たな涙が。

 気丈に振舞っているが、空やヤマト、丈に光子郎。全員の足が震えているのがわかる。

 五体満足かつ体力満タンのクワガーモン。

 対してこちらの戦力は進化前に負った傷で疲労困憊のデジモンたち。

 そんな彼らにもう一度戦えというのは些か酷だろう。

 太一は再び、右手にはめた腕輪を見つめる。

 そうしてこの腕輪を貰った時の事を思い出していた。



◆ ◇ ◆ ◇



 それは太一がある老人に弟子入りして暫く経った時の事だった。

「太一、これを腕にはめろ」

「……これは?」

 そう言って老人が差し出したのは金色の腕輪だった。

 まだ幼かった太一には少々大きめな腕輪だった。

 太一は言われるがままにその腕輪をはめる。

「!?」

 すると不思議な事にその腕輪はみるみる縮み、遂には太一の腕にピッタリとしたサイズになってしまった。

 あまりの出来事に太一が目をパチクリとしていると老人が笑い声をあげた。

「これはな。お主の強大すぎる氣を抑える為のものじゃ」

「俺の?」

「そうだ。お主には天武の才がある。通常の人間より扱える氣の量が格段に多い」

 老人がここまで人を褒めるのは珍しい。

 太一はその事に驚いていた。

「唯一つ欠点があるとすれば、細かなコントロールが出来ないことじゃな」

 太一は老人の言葉をじっと聞く。

「その腕輪にはコントロールを補助する機能がついている。まぁ何れは腕輪なしにコントロール出来るようにせねばならんが」

 それまではその腕輪をつけているように、と。

 太一はその言葉に力強く頷いた。

「お主はワシに大切なものを護る為の力が欲しい、と言っておったな?」

「はい」

「今のお主には少なからずその力がある。鷲士のやつは体に失陥があるからまだまだじゃが、お主はその才能と努力で力をつけた」

「……はい」

「ワシが教えられることは全て教えたつもりじゃ。後は、お主次第じゃ」

「はい」

「力は力でしかない。その使い道、誤るでないぞ?」

「はい!」

 その言葉と共に、太一は老人に最大限の敬意を持って礼をした。



◆ ◇ ◆ ◇



「使い道を誤るな、か」

 あいては人間ではない。しかしそれがどうした?

 自分が学んだ拳法はこの化け物に通用しない柔な物だったろうか?

 太一は今まで老人に言われた事を守り続けて来た。

 老人が組んだコントロール向上のプログラムもこなし、今ではこの腕輪に意味はなくなった。

 老人に話して腕輪のコントロール補助能力も停止して貰った。

 それでも彼がこの腕輪をしているのは老人の忠告を忘れないようにする為だった。

 そして彼自身の大切なものを護りたい、という決意を決して忘れないようにする為に。


「皆、さがって」


 太一の言葉に、デジモンたちが振り返った。

 その皆の中に自分たちも含まれている事に気付いたからだ。

「でも、タイチ……」

「大丈夫。だから後ろに」

 その言葉に空が目を見開く。

「太一、危険よ!」

「大丈夫」

「大丈夫、って……」

「あぁ大丈夫さ。俺が、皆を護るから」

 四年前。

 彼はつらい思いをした。

 妹を救えなかった自分に絶望した。

 だからこそ彼はその力を求めたのだ。


「―――疾ッ!」


 先手必勝。

 太一の足元が爆ぜる。

「太一!?」

 後ろから空の悲鳴のような声が聞こえて来たが、太一はあえて無視した。

 クワガーモンは漸く太一が向かって来ていることに気がついた。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!!」


 咆哮。

 迎え撃つ形でそのハサミを向けて来た。

 その巨体に似合わぬスピードのせいで先手をうとうとした太一より早く、迎撃準備を整える。

 背後で息を飲む気配が伝わって来た。

 しかしこれは太一にとってプラスにはなってもマイナスにはならなかった。

 
「九頭・左竜雷掌」


 呼吸によって一点集中された微弱の生態電流が、カウンターの形で入った太一の左腕から流れ込む。


「GYSYYYYYYYYYYYAAAAAA!?」

(効いている……!)


 太一はのた打ち回るクワガーモンに手ごたえを感じていた。

 自分の拳法が通用している。太一はその事を確信した。

 ならばと休ませないように追撃を加える。


「九頭・右竜徹陣」


 右手の正拳突き。

 ただしその威力は桁違いだ。

 直撃を受けたクワガーモンは恐ろしい飛び方をした。

 地面と平行に吹っ飛んだのだ。

 太一は更に踏み込んだ。

 特殊な歩法と氣で強化した脚力で爆発的に加速する。

 遅れてクワガーモンに追いつくとそこから更に一撃を加える。


 ―九頭・右竜徹陣―


 防御できない体制のまま直撃。

 クワガーモンは後ろに並ぶ木々を四本ほどなぎ倒して漸くとまる。

 その姿は暫くすると光の粒子となって消えていった。

「……ふぅ」

 師から合格は貰っていたが、その後も鍛錬を怠らなかったお陰か勘はすぐに戻った。

 今まで相手にした事のなかった未知の生物が敵だったのだ。この場合実戦経はあってないようなものだった。

 とはいえ対人戦で培った実戦経験の全てが無駄だった、という訳でもない。

 自分を鍛えてくれた師と兄弟子に、人知れず感謝する太一であった。

「………」

 呼吸を整えつつ残心。

 そこまできてちらりと後ろをうかがった。

 ぽかん、と。何か見てはいけない物を見たような表情をしている面々がいた。

 その中でも異質だったのは光子郎とミミの反応だった。

 二人は目をキラキラとさせている。

 光子郎は疑問より先に好奇心と尊敬の念が出てきただけだろう。

 ミミはそもそも疑問の全てを太一さんだから、の一言で済ませてしまっている。

 彼女もまた光子郎と同じく、あるいはそれ以上に太一を慕っているのだ。

 太一はこの状況に引き攣った笑みを浮かべるのであった。






























後書き


本作ではコロモンの設定に変更があります。
本家デジモンアドベンチャー内では、劇場一作目のコロモンとアニメ版のコロモンは別個の存在でした。
それを本作では話の進行上、また作者の都合上これを同一としています。
また、太一の他のメンバーに対する呼称の仕方が本家と違います。
これは私の願望が多分に含まれる設定ですので特に意味はありません。

……いえ、何となく呼び捨てってカッコいい気がしません?

ともあれ色々と混乱するかと思いますが、ご了承下さい。


さて前置きはこれぐらいにして。
どうも。神威です。
まとめて更新・投稿するつもりでしたので後書きもまとめるべきかと思いましたが、ここは思い切って別々にしてみました。
今回は本来なら以前の二話と三話をあわせるつもりだったんですが、思った以上に長くなったので切りました。
というか多分三人称になって状況説明のような文が増えたからでしょうね。

まず今回の話を書くにあたって一番ヤバイかなぁと思ったのはメンバーの口調です。
これを書いている時点では改定前の月と太陽の回施曲を元に改定している状態です。
本家の記憶も随分と薄れてきていて資料集めをするには資金不足。
そんな訳で些かおかしな口調になっている可能性があります。
正直ファンとしてあるまじき行為なのですが、今の所どうしようもありません。
これは本家を見直す事で解決させるつもりですので、今後口調に関しては更に改定する可能性がある事をあらかじめ伝えておきます。

次に心配なのはメンバーの台詞の数。
私自身が太一贔屓なのもあって、まず間違いなく太一の台詞が一番多いでしょう。
今回なんか、ヤマト・タケル・丈辺りはあまり会話文がなかったと思います。
これも今後の課題の一つでしょうね。
今後はうまくするよう努力します。

それでは後書きもこの辺で。
また次回の更新時にお会いしましょう。





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