寄り道【地方営業で採取】


ヤバイ、出来てしまった――ツルハシを片手に一刀は呆然と立ち尽くしていた。切っ掛けは単なる興味本位だった。
木や土、城の壁は切ったり掘ったりしてブロックに出来た。ならベッドや本棚等の元からある設置物はどうなるのだろう。

(ゲームでは普通に村から取れたけど……)

自分に与えられた部屋にある立派なベッド。現状、羊毛が手に入らないのでリスポーンポイントとなるベッドは作れない。
それならこれを壊せば持ち運び出来て尚且つお手軽にベッドが手に入るんじゃね? と思ってしまったのである。
そう考えると気になってしょうがないのが人の性、そしてマインクラフターの業である。種のクローン仮面は黙ってて!
誘惑に勝てず、徐にインベントリからツルハシを取り出した一刀はベッドに向けて振り上げ――冒頭に至る。

(わー……小さいアイコンになったベッドが俺の目の前にある〜)

今更後悔しても遅かった――内心汗ダラダラの一刀である。
許可を貰っていない状態でベッドを壊してしまったのでまた袁紹の雷が落ちると思った。
城の壁に穴を空けただけでもあれだったので、ベッドを破壊したと聞いたらどうなるか。

(い、いざと言う時には斗詩さんにすがろう。真直さんでも良いな。猪々子はすぐ裏切りそうだから駄目だ)

今の彼の姿は完全に悪戯が親にバレるのを恐れて隠そうと必死になる子供と同じだった。
しかし悪いことをした時は、案外それが発覚するのが早いものである。

「カク〜? 来たわよ。勉強の準備は出来てる?」

(真直さん!? しまった! 今から文字を教えてもらう予定だった!)

数日前から一刀は田豊に文字を教えてもらっていた。資源の提供、そして建築の見返りとして彼女が文字の授業を買って出たのである。
一刀からしてみれば材料さえあればすぐ作れる物ばかりの提供であり、建築は寧ろしたかったので見返りを断る理由は無かった。
田豊の授業は熱心で、とても分かりやすかった。試しに“田豊”と筆で書いてみたらかなり喜ばれた。

そして授業の様子を時折顔良が覗いては羨ましそうな表情をしていたのは記憶に新しい。
が、田豊ほど上手く教えられる自信は無かった彼女が乱入を断念したのは知る由も無い。

「入るわよ。今日もみっちり教えて……って、何してるの?」

(ひぃぃぃ!? もうバレた!)

田豊は挙動不審の一刀を見る。そして部屋全体に視線が移った。
妙に広々としている。それは何故か。昨日まで寝台があった場所にそれが無いからだ。
察した田豊は呆れたような表情を浮かべ、一刀に視線を戻した。

「貴方ねえ……麗羽様に内緒で城の物に妖術を使うのは止めなさい」

(ゴメンなさい……)

「麗羽様は怒ると怖いのよ。貴方も一度怒られたのだから分かるでしょ?」

田豊は屈み、頭を下げている一刀を優しく撫でた。
その表情は既に優しい物へと変わっている。

「しょうがない子ね。今回は黙っててあげる。私が後で新しい物を運ばせるわ」

(マジですか!)

「但し今回限りよ。次やったら大人しく麗羽様に叱られなさい」

まるでペットの悪戯を許す飼い主みたいだ、と一刀は思った。まあ見た目人間じゃないし仕方ないよね。

「さあ、気を取り直して授業するわよ。椅子に座りなさい」

(は〜い真直先生)

ベッドの件を許してもらったので、今回の授業はいつもより熱心に取り組む一刀だった。
時間になり、一息つく二人の元に更なる来客の声が外から聞こえてきた。

「失礼します。真直様、今よろしいですか?」

「あら人和。今なら大丈夫よ」

「ありがとうございます。カク君、お邪魔するわね」

(どうぞお構いなく)

「それで何の用かしら?」

「はい。実は大事なお話が――」







「う〜ん、やったー! 久し振りに色んな人達にちぃ達の歌をお披露目が出来る!」

「うん。許してもらえて良かったね地方営業」

「姉さん達。それはあくまで仮であって、本当の目的は袁紹軍への志願兵を集めることなのよ。それを忘れないで」

「うっ……わ、分かってるよ人和ちゃん」

全くもう、と呟きながら三女の張梁は掛けた眼鏡をクイッと上げた。
自分達の目的である歌を広め尚且つ恩人たる袁紹への貢献として志願兵を募る――両方が得する地方営業。
街での活動も順調に進んできたため、駄目元でそれを提案したみたが、田豊に許してもらうことが出来た。
姉二人がのん気な分、自分がしっかりしなくては――そう張梁は意気込んでいた。

「それにしても……この子も一緒なんてね」

(お世話になります!)

張宝が見つめる先には護衛の兵と共にいる一刀の姿があった。兵の方は袁紹軍とバレないよう変装済みだ。
彼女達が地方へ出掛けると知り、そこにあるであろう未知の素材に飢えていた彼は旅の同行を申し出たのだ。
無論一刀は喋れないのでジーッと田豊を見つめただけである。行きたいとの意思を込めて。

最初は反対した田豊だったが、最終的には一刀の熱意とキラキラした視線に負けた。
但し顔良と文醜に鍛えられた精兵を数人ほど護衛に付けることを条件に、である。

「あんた大丈夫? 襲われてもちぃ達か弱いから守ってあげられないよ?」

「斗詩さんも言ってたけど、やっぱ可愛いよねこの子。うりうり〜」

(頭くしゅくしゅするのやめちくり〜)

そうは言う一刀だが、可愛い女の子二人にいじられて悪い気はしないのだった。

「ちょ、ちょっと姉さん達! カク君はこう見えて私達より立場は上なんだからあまり失礼なことしちゃ駄目よ!」

「え〜。でもこの子そんなこと気にしてなさそうだよ?」

(うん。気にしてないよ)

「だとしても自重して! 袁紹軍での私達の立場はまだ完全じゃないんだから」

背後から突き刺さる精兵達の視線に気付き、慌てて張梁は張角と張宝を止めた。
ここで厄介事を起こして中止となれば、今まで得た信頼が無に帰してしまう。それだけは避けたい。

だが真実は違っていた。単に兵達の視線は張梁ではなく一刀を見ていた。
その理由は美少女に囲まれ、弄られる彼が羨ましかっただけである。紛らわしい。

「それじゃあみんな、頑張っていこう! お〜!」

「天和姉さん……気の抜けるような掛け声やめてよ」

「はあ〜……」

(可愛いなぁ)

結果として、地方営業は比較的順調に進んだ。大々的に志願兵を募っては他の勢力に睨まれる可能性がある。
そこで張梁は一計を講じた。聞きに来てくれた人達限定で握手会を開催し、そこで志願をほのめかしたのである。
この世界でアイドルライブで実際やっていたことが通じるのかなぁと若干不安に思っていた一刀だったが――

「お、俺やります! 天和ちゃん達を守るためなら頑張ります!」

「地和ちゃんを、みんなの妹を守れるのは俺だけだ!」

「人和ちゃーん! ほわわわあああああああ!」

あ、この人達チョロいですわ。いや、張三姉妹の人心掌握が凄いのかもしれない。
だが何処の世界にも共通なのは男は可愛い女の子に弱いということだろう。

また一刀も収穫はゼロでは無かった。待ちにまった新素材の発見――金鉱石である。
鉄インゴットを生産した際、作っててよかった鉄のツルハシ。石のままであれば入手は不可能だった。
数はそんなに取れなかったものの、入手出来ただけでも僥倖である。

(金インゴットって良いよね。何かお金持ちになった気分になるから)

かまどの前でひたすらインゴットが出来るのを待つ一刀であった。



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