第十一章【勘違いでマインクラフト】


「あっ……趙忠さん」

「これは劉協様。これからどちらへ?」

「あの、お姉ちゃんの所に行こうかと」

「まあ、それでしたら是非とも御一緒致します。陛下もそろそろ御目覚めの頃合でしょうから」

早朝――劉協は劉宏が寝る後宮へと歩を進めていた。目的は一つ、昨夜のことである。
深夜に厠へ行こうとしていた時、偶然にも姉が誰かと会話しているのを聞いてしまったのだ。
その際、聞き入るのに夢中で周囲の警護兵達に見られていたのは今思い出しても恥ずかしい。

(一体誰なんだもん? 深夜にお姉ちゃんの所に居る人なんて限られてくるけど……)

相手とはかなり親しげで、声色からして姉の方も同様に相手を慕っている様子だった。
例えば後ろを歩く趙忠である。彼女は劉宏に心身共に捧げると豪語する程の忠義者だ。
劉宏の許しを経て、夜寝るまで御供をしているとしても決して不思議ではない。

「あの、趙忠さん。一つ聞いても良いですか?」

「はい。私に御答え出来ることでしたら」

「昨日の深夜、お姉ちゃんと一緒に居ましたか?」

「昨日でございますか? ……申し訳ありません。私は御供におりませんでした」

彼女の話によればここ最近劉宏は自分をすぐに下がらせ、一人になりたがるという。
本当ならもっと御傍で仕えたいが、皇帝の命令故に止むを得ず従っているとのこと。
御耳汚しを、と趙忠は頭を下げたが、劉協は自分が聞いたことだからと気にしなかった。

(それじゃあ何太后さん? 一応お姉ちゃんの奥さん、なんだよね?)

先程の質問を何太后に変えて聞いてみたが、趙忠は首を横に振った。それはない、と。

何太后は確かに劉宏の妻だが、本当にそれだけで干渉することは殆どない。
お互い好きにするのが暗黙の了解らしく、後宮で一緒に過ごす所を趙忠は見たことがなかった。

こうして有力候補が一気に消えてしまい、劉協は内心慌てていた。

(あ、あれ? じゃあお姉ちゃんはホントに誰と話していたんだもん?)

そんな彼女の様子を察したのか、趙忠がソッと尋ねた。

「劉協様? 先程から陛下の質問ばかりですが、何か気がかりなことでも?」

「うえ!? う、ううん。何でもないんだもん! あ、いや、何でもないです……」

動揺を悟られたくなく、素の口調を誤魔化して劉協は足早で後宮へ向かう。
だが愛する陛下の妹君ということで、趙忠の耳は素の口調をしっかりと捉えていた。

(ないんだもん……! ないんだもんだって……! ああ〜可愛い過ぎる〜!)

表面上はニコニコと笑顔で冷静さを保ちながら歩いているが、内なる趙忠はすっかり骨抜きにされているのだった。


――――――――――――


「全くもう何だって言うのよ……こんな朝から二人で押しかけてきて」

「ご、ゴメンなさい……」

起きたばかりであまり機嫌が良くないのか、劉宏は訪ねてきた二人を睨みつける。
姉の迫力に劉協は思わず身を震わせた。隣の趙忠は何故か嬉しそうである。

「申し訳ございません陛下。さあ、髪の御手入れをしますから機嫌を直して下さいませ」

そう一言告げると趙忠が何処からともなく櫛を取り出し、寝起きで乱れた劉宏の髪の手入れを始めた。
慣れた手付きで趙忠は劉宏の髪を素早く梳いていく。見ると劉宏は気持ち良さそうに目を閉じていた。

(ああ〜……陛下の髪の手触り、相も変わらず気持ちが良いですわ!)

(ホッ……趙忠さんのおかげで追い出されずに済みそうだもん)

危機は乗り越えたが、肝心の目的がまだ達成出来ていなかった。
今は機嫌を直してくれているが、下手な聞き方をするとまた機嫌を損ねてしまうかもしれない。
どうしたものかと劉協が悩んでいると、趙忠は手入れの最中にある物を見つけていた。

(あら? 陛下の髪に何か…………これは木の葉? どうしてこんな物が……)

趙忠は密かに周囲を見渡す。飾られている植物に同じような葉を付けた物はなかった。

(昨日は陛下が御休みになられるまでずっと私と一緒だった。勿論外には出ていない……)

趙忠が覚えている限り、劉宏が木々に触れていなければ近づいてもいなかった。
それなのに今日の朝、彼女の髪の中に葉が紛れ込んでいるということは――

(まさか陛下、夜に御一人で外へ……!? そんな馬鹿な、だって扉の外には警護の兵が……)

後宮へ続く扉には警護の兵が――交替しながら――常に待機している。
外へ行くのに扉を開ければどう頑張っても彼等に見つかるし、素通りするのは至難の業だ。

(でもよく見てみると、陛下の御召物がいつもと違って刺激て……軽装なような気がするわ)

常に冷静さを失わない趙忠だったが、この時は少しだけ動揺が表に出てしまっていた。
髪に紛れていた葉を櫛で弾いてしまい、寝台にポトリと落としてしまったのである。
彼女は少しだけ櫛の手を止め、慌てて回収したが、その様子は劉協に見られていた。

(あれってお庭とかに生えている木の葉っぱ……? 何でお姉ちゃんの髪からそれが?)

この時、劉協の頭の中に深夜聞こえてきた姉の言葉が繰り返された。

『もうちょっと一緒に居たかったわ』

『また遅いと私から会いに行くかもしれないわよ』

劉協が思ったことは、趙忠とほぼ同じだった。劉宏が密かに外へ出ているということである。
だが趙忠にはない判断材料がある。それは劉宏が誰かと深夜後宮内で会話していたということ。
それを踏まえて、彼女が導き出した答えは――

(お姉ちゃん誰かと逢引してるの〜!?)

幼い外見とは裏腹に耳年増な劉協であった。真相はこうである。

どうやってかは知らないが、見張りの兵を見事欺いて“誰か”は姉と逢瀬した。
それから二人はまたもどうやってか外に出た。葉はこの時髪に付いたのだろう。
そして“誰か”は姉を後宮まで送り届け、自分が偶然聞いた深夜の会話へと至った。

以前姉は自分に言っていた。「嬉しいことがあった」と。
確かにそれは嬉しいだろう。慕っている――であろう――相手と会えれば尚更だ。
籠もりきりだった姉が外に出てくれたことは非常に嬉しい。嬉しいことなのだが――

(全く知らない人に夜連れ出されてるのは危ないんだもん!)

劉宏は曲がりなりにも漢王朝の現皇帝。それが素性も分からぬ何者かに深夜連れ出され尚且つ後宮で過ごしているとあれば大騒ぎである。
更にその何者かが彼女の恋心を利用し、外道な行為をさせようとしているのであれば劉協は妹として到底見過ごすことなど出来なかった。

(これは月に相談しなきゃだもん! 姉妹の問題だなんて言ってられないもん!)

また趙忠も現状に一つの結論を出していた。

(バレるとまた嫌味を言われますからね……申し訳ありません陛下。警護を強化させていただきます!)

そんな二人の思惑など知らず、当の本人は昨日のことを思い出していた。

(昨日は楽しかったわね。ハクが来たらまた外へ連れてってもらおうかしら)







洛陽宮中――董卓に宛がわれた一室に彼女の臣下達はいた。
軍師の賈駆と陳宮、天下一の武と賞される呂布、それに次ぐ武を誇る張遼、華雄と言った面々だ。

「それで警護を引き受けてきちゃったの!?」

「う、うん。劉協様が困ってたから……」

賈駆は思わず頭を抱えた。今現在、自分達の周囲の状況はかなり思わしくないからだ。
ただでさえ十常侍の視線が鬱陶しいというのに、滞在が長引けば他勢力の邪推を受ける。
そうすればあらぬ疑いを掛けられ、自分達はおろか董卓自身にも危害が及ぶかもしれないのだ。

(……ったくもう、これだから朝廷の連中は。月の人の良さに付け込んで……!)

こっちの事情も考えてよ! と賈駆は内心で悪態を吐いた。
無論これは幼馴染の董卓へではなく、それに頼りっきりの劉協に対してである。
賈駆自身、堕落しきった今の朝廷には失望していたし、何の期待もしていなかった。
十常侍や何進、何太后が好き勝手して荒れている洛陽には来ようとも思わない。

だが董卓が行くと言えば行かざるを得ない。それは軍師だから、という理由だけではなかった。
彼女がやりたいと言えばその状況を作り、立てる――それが幼馴染として、友として支えると誓った彼女の信念だった。

「ははっ、まあええやん。引き受けたからには今更辞めますって訳にもイカンやろ?」

「それはそうだけど……はあ、頭痛い」

「ご、ゴメンね詠ちゃん……」

「もうそんな顔しないで月。何とかするから」

そういうと董卓は安心したように微笑んだ。結局のところ賈駆はこの笑顔に弱かった。

「しかしどうする。現状を考えれば董卓様への警護も外せんぞ?」

「十常侍の玉無し共、こちらにも嫌らしい視線を向けてくるのです! 全くもって不快ですぞ!」

陳宮が憤慨した様子で言うと、張遼が呆れた表情を浮かべながら言った。

「いやいや、ちんちくりんはいくら何でも範囲外やろ」

「何ですとぉー! 乳デカ、これでもねねは大人なのです!」

「……ねねは可愛い」

「恋殿ぉ〜」

呂布に頭を撫でられて喜ぶ陳宮を見て、張遼は小声で「子供やなぁ」と呟く。
話が脱線しかけているのを見て、賈駆は分かりやすく咳払いをして話を戻した。

「とりあえず引き受けた通り、陛下への警護は出す。勿論全部じゃなく、月の護衛も残すわ」

賈駆の言葉に華雄が即座に手を挙げた。

「ならば私が董卓様を守ろう。十常侍の不埒な視線など、私の武で跳ね除けてくれる」

「華雄がそっちならウチは警護やな。皇帝と知りながら外へ連れ出すド阿呆に興味があるわ」

「ならば恋殿も警護に付きますぞ。不埒な輩など、恋殿の武にかかれば一撃必殺ですぞ!」

「…………頑張る」

これで割り振りは決まった――賈駆はゆっくりと頷いた。
願わくばこの件を早く片付け、仲間達と共に早く西涼の地へ戻りたい。
特にこの純粋無垢な幼馴染を欲望渦巻くこの場所に長居させたくなかった。







(うおっ……何だろう。寒気がした)

数日前に許可された地下畑拡大計画を一刀は実行中だった。
悪寒がしたのはこの身体になってから初めてのことである。
何だろうと考える暇もなく、一緒に手伝ってくれている袁紹軍の兵の声に呼び戻された。

「カク様、土の具合はこのぐらいで良いですか」

(どれどれ……おお、良いね)

一刀が頷くと、兵は嬉しそうにありがとうございますと頭を下げた。
彼の他にも沢山の兵が手伝ってくれている。彼等は皆、一刀を慕っていた。
何故なら、一刀は心のオアシスを提供してくれた偉大なる方だからである。

「おい! あの娘が様子を見に来たぞ!」

「いいかお前等、さりげなくだ。ジロジロ見すぎるとバレるぞ!」

何処から集まったか、兵達が一斉に一刀から貰った鍬と種を持ち、硝子張りの下に集合した。
硝子張りの天井から差し込む太陽光は地下畑を照らし、作物を実らす。
そしてそこから不本意で見えてしまうモノは心を癒す――主に男共の。

(どの世界でもラッキースケベは絆を紡ぐんだね)

一刀はあえて何も言わない。最初に気付いた兵士は無言で握手を求めてきた程だ。
男同士の暗黙の了解に下手な言葉などいらないのである。

(まあ俺は最悪「悪戯好きなんだから」で済むんだよな。すまん同士達よ)

そう心の中で謝罪を口にする一刀だった。



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