第二十七章【ネザーとマインクラフト~1~】


反十常侍連合が解散し、盟主の袁紹は軍を率いて河北へ凱旋した。
大勝利の報せに民は大いに喜び、帰りを待ちわびていた劉協は人目を憚る事無く姉に抱き付く。

「お姉ちゃん! みんなも、無事で良かったんだもん!」

「ったくもう……ただいま」

(陛下と劉協様が抱き合ってる……私、生きてて良かった〜)

姉妹の再会に微笑む者も居れば、ごく一部邪な感情を抱く者も居た。趙忠は自重出来ないのだ。

戦いは一先ず終わりを告げたが、本当に大変なのは寧ろこれからである。
今は各地の諸侯共に周辺の統治を優先しているが、漢に治める力は無いと知れ渡っている。
袁紹が後ろ盾になると言ったものの、民も含め漢への不信感がすぐ拭いきれる訳ではない。

我こそは、と天下に名乗りを挙げんとする英雄が蜂起するかは既に時間の問題だった。
曹操、孫堅は言うに及ばず野心を秘めた群雄は数多い。

(そのためにも先ず、自分達の領内はしっかり整えて力を蓄えなくちゃ駄目よね)

始めに戦後処理と言う名の書簡地獄が田豊ら文官、袁紹軍へ新たに加わった賈駆と陳宮を襲った。
そして次に各地で再び蜂起し始めた黄巾党の残党及び野盗の鎮圧である。これは顔良達武官が当たった。

更に傘下に入った西涼兵数万人の給金、食料等の問題もあったが、これはすぐに解決した。
前者は袁家の豊富な財力によって、そして後者は一刀の作り上げた地下農業のお陰だった。
特に食料に関して、一刀の持つ能力を改めて目の当たりにした賈駆と陳宮は思った。

(……敵に回さないで良かったわホント)

(い、インチキにも程がありますぞー!!)

そして袁紹はというと――

「陛下と劉協様はこの袁本初が責任を持って御支え致しますわ!」

「宜しく頼むわよ袁紹!」

「お姉ちゃん共々お願いしますだもん」

「お任せ下さい!」

何と劉宏と劉協に王とは何か、所謂帝王学の講師を買って出たのである。これには全員が飛び上がる程に驚愕した。
不安を覚えた趙忠と皇甫嵩が同席したが、流石は名族と名高い袁家当主。彼女の教え方は蘆植に勝るとも劣らない程だった。
所々“華麗に”を付けるのが難点だったが、それ以外は皇甫嵩も思わず感心してしまっていた。本人曰く「不覚」である。

(今の私に出来る事……それを必死でやらなくちゃ駄目だわ。学問もしっかりやっていくわよ)

河北に来た当初は民のため、責任を取って王位を退くつもりの劉宏だったが、劉協の懸命な説得もあって思い留まっていた。
退く事は何時でも出来る。だがその前に一つでも民のために劉宏は何かをしたかった。

(お姉ちゃんも頑張ってるんだもん。私も負けないんだもん!)

劉協もまた大切な姉を支えるため、今の自分に出来る事を見つけ、それに懸命に取り組もうとしていた。
まだ先の話になるが――劉宏は改めて民を想う皇帝になり、劉協はそんな姉を献身的に支える献帝となっていく。











「はいカクちゃん。貰えるだけ持ってきたけど、これで良いの?」

(ありがとうございます!)

袁紹軍が一丸となって仕事に取り組んでいる中、庭園で一刀もまた新たな試みに着手しようとしていた。
その手伝いを快く引き受けてくれた董卓の手には袋がある。中身は全て黒曜石製のアクセサリーだった。
これ等は全て城内で持っている者達から物々交換で集めた物だ。ちなみに一刀が差し出した物は金塊とダイヤモンドである。

(火打石と打ち金はもう作ってあるから、後はこれだけだな)

トロッコ、エンチャント、ダイヤモンド、ラピスラズリと先の戦いで得る物は大きかった。
だがマインクラフターにとってそれが終わりではない。まだ作れる物は数多くある。
その為にはそこにしかない、特別な素材が必要になる。ならばやるべき事は一つだった。

(そう……ネザーに行こう!)

異世界ネザー。マインクラフトでネザーゲートを通る事によって行ける異世界で、地獄とも言われる。
探索には細心の注意が必要であり、更には恐ろしいモンスターが数多く生息している。だが見返りの素材はかなり大きい。

(冒険に危険は付き物。恐れては素材はゲット出来ない!)

黒曜石をアクセサリーから得られると分かった今、ネザーゲートを作って行かない手は無い。
強敵が数多くいるものの、ブレイズロッド、マグマクリームと言った貴重な素材が待っている。
それから作る事の出来る物は洛陽復興の大きな手助けになるし、袁紹軍の強化にも繋がるのだ。

「それをどうするの?」

(あっ、董卓さんは見るの初めてだったね)

渡された袋からアクセサリーを取り出し、それ等を一つ一つツルハシで黒曜石に変えていく。
一刀の能力を初めて間近で見る董卓は驚き、それから目が離せない程夢中になった。

「カクちゃん凄い! 詠ちゃん達も言ってたけど、どうやってやっているの?」

(ダイヤモンドのツルハシで叩くだけっ……て言っても、信じないだろうなぁ)

ゲートを作るには十分な量は集まったが、余った分はまた有効に使えるのでインベントリに入れておく。
それから適当な土ブロックを使いつつ、黒曜石でネザーゲートを組み立てていった。
経過を見守っていた董卓は、何かの門みたいだと思いながら一刀の手際の良さに改めて感心していた。

(土ブロックを除去して、それから火打石と打ち金で……)

ゲートの内側で火を点けると、即座に紫色の空間が広がった。成功である。
突然の変化に董卓は驚き、思わず一刀の傍に寄った。

「凄い……けど、何か怖い。カクちゃん大丈夫なの?」

(探索が終わり次第ゲートを壊せば安全だよ)

本当に極稀にだが、ネザーゲートではゾンビピッグマンがスポーンする事がある。
こちらの世界でモンスターはいないが、作ったゲートから出現する恐れがあった。
余計な混乱を引き起こさないようそれだけは気をつけようと一刀は思った。

(一応ダイヤモンド装備は作ってあるけど、経験値が足りなくてエンチャントが施せてないんだよな)

ネザーを探索する上で装備は非常に重要である。生半可の装備で行こうものなら即座に返り討ちにあうだろう。
だが素材は今すぐにでも欲しいし、どうすべきか――あまり横に傾かない首を動かして一刀は考えた。

(そうだ! 強い味方が居るじゃないか! 戦いに滅法強い人達がここには沢山!)

アイディアを閃き、両手を挙げて跳び上がる一刀。
そんな彼の様子を見て、董卓はネザーゲートで感じた恐れはすぐに払拭されるのだった。











「強い奴と戦えるって聞いたんやけど……」

「……霞達と戦う?」

「勘弁してくれよ。あたい等が敵うわきゃないって」

「どうかな。やってみなければ分からんぞ?」

「あはは……カクちゃん、これから何をするの?」

翌日――作った看板を手に顔良ら袁紹軍の武官を集めた一刀。昨日閃いたアイディアの為である。
それはネザー探索を彼女達に手伝ってもらい、素材と戦闘を効率良く進めようというものだった。
そして一刀の持っている看板には、田豊に筆で書いてもらった一文がある。

【強い奴と戦えます。報酬沢山有り。来たれ勇敢なる武官!】

この一文に惹かれたのは張遼、華雄、文醜の武闘派三人である。
次いで興味本位に呂布が加わり、カクが心配で顔良とそうそうたる面子が揃った。

(今から案内しますね)

テクテクと歩いていく一刀の後を首を傾げつつ、五人は追った。
そして一刀が歩を止めたそこには黒曜石で出来た門があった。ネザーゲートである。
彼女達から質問が来る前に一刀は手早く火を点け、ゲートを開いた。

「な、何だコレ!?」

「か〜ッ! また怪しげなモノを作りおったなぁ」

「……でも、中から少し強い気配を感じる」

さあ行きましょうと言わんばかりに一刀は全身にダイヤモンド装備を装着し、ゲートへ入った。
皆が声を挙げる中、一刀の視界が徐々に紫色に歪んでいく。異世界への転移が始まったのだ。

「カクちゃん!?」

顔良が駆け寄った時には、ゲートにあった一刀の姿は既に無くなっていた。

「成る程な。この中にその強い相手がいるって事やな」

「……ふっ、面白い。カクの奴、中々に凝った趣向だ」

それを見た張遼と華雄は恐れるどころか、我先にと得物を持ってゲートへ飛び込んだ。
二人の姿が消えると、呂布もゆっくりと歩いてゲートへ入り、同じく姿を消した。

「ど、どうする文ちゃん……」

「い、行くしかねえだろ! ここであたい達が逃げたら二枚看板の名折れだぜ!」

「う、うん! 分かった!」

念の為に手を繋ぎ、顔良と文醜は同時にゲートへ飛び込んだ。視界が徐々に歪んでいく。
その事に若干の恐怖を覚えたが、互いに手を繋いでいたお陰で徐々に薄れていった。

――そして二人が目にしたものは、この世のものとは思えない地獄のような世界だった。



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