第二十八章【ネザーとマインクラフト~2~】


プギィ、と悲鳴を挙げたゾンビピッグマンが吹き飛ばされて煙のように消えていく。
自分に襲い掛かってきた敵が完全に消えたのを確認し、呂布は額の汗を手で拭った。

「……暑い」

ポツリと漏らしたその一言は、この場に居る一人を除けば全員が同じ気持ちだったらしい。
周囲に敵の影が見えない事を確認した一行は暑さの原因である溶岩溜まりから離れたところに座り込んだ。

「言ってくれるなや恋……。せっかく化け物を倒してて忘れ取ったのに」

「……ごめん」

「だが正直この暑さは本当に堪えるな。汗が止まらん」

「斗詩ぃ〜……水あるかぁ?」

「持って来てないよ文ちゃん……」

(ネザーで水は存在出来ないんだよな。でもこれなら……)

インベントリから念のため持ってきた水バケツを取り出し、皆に差し出した。自分には必要ないが、人間の彼女達に水分補給は必要である。
ネザーでは水を流してもすぐに蒸発し、消滅してしまう。だがバケツに入った状態ならその判定はまだ行われず、水は存在したままだった。
手で掬い、素早く口に持っていけば水は彼女達の乾いた喉を潤してくれた。

「生き返る〜。カクちゃんありがとう!」

「準備万端やな。ホンマ助かるわ」

(ホッ……持ってきておいて良かった)

疲れは見え初めてきているものの、全員順応性早すぎと一刀は思っていた。ネザーの地獄のような光景を見て驚いていたのは最初だけである。
それから徐々に「過酷な環境だが、人間より手応えのある化け物と戦える修練場」として認識していったようで、驚きは鳴りを潜めた。

「まあこの暑さも修行だと思えば苦にはならん、か……?」

「痩せたいんやったらええんちゃうか? それよりも次の相手はなるべく手強い奴と戦いたいわ」

事実ゾンビピッグマン等モンスターが襲い掛かってきた瞬間、彼女達は瞬く間に敵を蹴散らした。ガストは呂布に弓で撃ち抜かれた。
流石は戦場で大活躍の三国志武将である。一刀が必死にダイヤの剣で一体倒した頃には、彼女達は既に十体以上を倒していた。

(やっぱ俺サイズだと一撃でやられるんだな……。向こうの世界ではサポートに徹してて良かった)

敵を一体倒した時に頭を撫でられた時は正直何とも言えない気分になった。マイクラでは当たり前の光景なのに。

(やっぱ元々の攻撃力が違うんだろうか。呂布さんなんかカンストしてそうだもんな)

近接武器で呂布、張遼といった有名武将へ果敢に挑むゾンビピッグマンには哀愁を感じずにはいられない。やめろぉ、勝てるわけがない。
君達の犠牲は無駄にしないと、彼等が落としていった経験値オーブを一刀は残さず取り込んだ。すぐさまレベルが20近くまで上昇した。

「なあカク、あの豚みたいな化け物や白い奴が落とした物を拾ってたよな。あいつ等何を落としたんだ?」

(ああ、そう言えば見せてなかったっけ?)

インベントリにしまったドロップ品を選択し、一刀は一つ一つ地面に置いていった。
金塊、金のインゴット、金の剣、火薬、ガストの涙、腐った肉――皆が三つ程除いて目を輝かせた。

「これは凄いな! 前半は宝の山じゃないか!」

「うおっ! 姫が持ってるのとソックリな剣があるぜ!」

片や大量の金塊に目を輝かせる顔良と華雄。【報酬沢山】という看板の文字も納得の量だった。

「後半は……なんやコレ。灰色の粉か?」

「……水、に見えるけど何か違う?」

片や初めてみる火薬に首を傾げる張遼と、ガストの涙を飲もうと試みる呂布。飲んじゃ駄目です貴重な素材なんです。

「もうカクちゃん! 何でも拾っちゃ駄目だよ。ペッてしなさい!」

最後の腐った肉は顔良も許容出来なかったらしい。臭いはしないんだけどね。
周囲の視線も痛かったので、一刀は泣く泣く腐った肉を溶岩に投げ込んで処分した。良い匂いは……しなかった。

「よっしゃあ! あたいやる気が出てきたぜ! あんな弱っちい奴を倒すだけで金塊が貰えるなら大儲けじゃないか!」

「このクソ暑い中、ホンマ元気なやっちゃなあ。まあ気持ちは分かるけども」

「ならば張遼は報酬はいらないのか? あれだけの金があれば酒が買い放題かもしれんのに」

「アホ抜かせ。それとこれとは別問題やっちゅーの」

酒が買い放題という華雄の言葉を聞いて、呂布の頭に自分の飼っている動物達の姿が浮かんだ。

「……金が沢山あれば、恋の動物達も沢山食べれる?」

「うん。絶対お腹一杯食べれるよ呂布さん」

顔良の言葉を聞いた呂布は静かに拳を握り締め、闘志を燃やす。目も心なしか輝いていた。

「……頑張る」

(ネザーのモンスターの皆さーん!! 逃げて……ほしくないけど逃げてーッ!!)











ネザー探索から暫く経ち――彼等は巨大な建物を発見していた。ネザー要塞である。
本来要塞は溶岩の真上に建っている事が多く、浸入はかなり難しい。
だが今回は運良く橋が架かっていたので難なく浸入する事が出来た。

「恋ッ! 炎吐いてくる奴は任せたで! ウチはあの丸くて赤い奴や!」

「……分かった!」

そこで彼女達を待っていたのは、ゾンビピッグマンとは比べ物にならないぐらい厄介なモンスター達だった。一刀も思わずトラウマが蘇る。
呂布が相手しているのは、ネザー要塞に生息するブレイズ。黒煙を纏いながら空中を浮遊し、火球を三連射してくる厄介なモンスターだ。
遠距離には遠距離と、呂布が浮遊するブレイズを弓で撃ち抜いていく。不意に接近してきた固体は方天画戟の一撃で斬り伏せた。

「恋には負けていられんな!」

その傍らで張遼はスライム型のモンスター、マグマキューブと戦っていた。何度も跳び上がり、マグマキューブは彼女を押し潰そうとしてくる。
あれを喰らうわけにはいかない。見ればマグマキューブが着地した床は黒コゲになっていた。
隙を見て張遼がダメージを与えるとそれは分裂して一体が二体、二体が四対になり、集団攻撃を仕掛けてくる。煩わしさに張遼は思わず舌打ちした。

「斗詩ッ! 黒い骨の集団が来てる!」

「わわっ、危ない!」

二人が戦っている反対方向では一刀、顔良、文醜、華雄が黒い骨型モンスターに囲まれていた。
ウィザースケルトン――ブレイズと同じくネザー要塞にのみ生息する、スケルトンと似たモンスターである。
だが戦闘力は通常のスケルトンを遥かに上回り、【枯渇】という毒効果付与の剣で襲い掛かってくる難敵だ。

「気を付けろ! 素早さがあの豚とは比べ物にならんぞ」

(それでもほぼ一撃で倒しちゃうのがなぁ……)

文醜が大剣で薙ぎ払い、顔良が大槌で叩き潰し、華雄が大斧で叩き斬る。ウィザースケルトンの集団はもう粉々である。
対して一刀はと言えば――ダイヤの剣で何度もえい、えいと言った様子で斬り付け、一体討伐である。正直泣きたい。

「恋の相手しとる奴が一向に減らん。こりゃ退いた方がええな……」

分裂した最後のマグマキューブを叩き潰し、張遼は背後に居る呂布の戦況を確認した。
彼女の周囲にはブレイズが落としたであろう炎のように赤い棒が何本も転がっている。
だが奥からは次々とブレイズが姿を見せ、尽きる様子を見せなかった。

「恋、このままじゃいずれ数で圧される。みんなを連れて撤退や」

「…………悔しいけど、分かった。これはどうする?」

呂布が自分の周囲に転がっている棒――ブレイズロッドを拾った。
見た目は熱そうだが、そのように光っているだけで特に感じなかった。

「カクに渡しとき。欲しがってる物かもしれんしな」

「ん……」

ブレイズロッドを持てるだけ持ち、二人は撤退を開始した。
ウィザースケルトンと戦っていた四人もまた張遼の掛け声と同時にネザー要塞から退いた。





――――――――――――





「くっそぉ、あいつ等卑怯だろ。倒しても倒しても出てきやがって……」

「……恋のところもそうだった。キリが無かった」

ネザー要塞から撤退し、帰路に着きながら彼女達はお互い相手をしていた敵について話し合っていた。
それを聞きつつ、一刀は敵の尽きない増援の原因が既に頭に思い浮かんでいた。恐らくモンスタースポナーだろう。
見た目は四角い籠であり、中にはミニサイズのモンスターがギッシリ入っているだけで無害そうに見える。
が、そのまま放っておけば中に入っているモンスターが通常の大きさに戻り、無限に出現するという厄介極まりない物であった。

対策としては見つけ次第、スポナーの四方に松明を設置し、明るくして出現を封じる事で無力化する事が出来る。
マイクラのモンスターは主に暗い場所で出現する為、夜間には明るくして湧き潰しをする事が極めて重要であった。

(ウィザースケルトンの方はスポナーは見なかったし、自然と寄ってきたんだろうな。まああれだけ派手に暴れればな)

「でも探検楽しかったですね。またみんなで来てみたいです」

「せやなぁ。結局あの建物を全部見回ったわけじゃなし……」

「うむ。次回訪れた時は必ず落としてみせよう」

「……恋もまた来てみたい」

「っしゃあ! 待ってろよお宝ぁ!」

モンスターとの戦いの中で、彼女達の仲も深まったらしい。
互いに真名を交換し、親しげに話している。その様子に一刀もまた満足していた。

(連れてきて良かったなぁ。素材も手に入って、仲も深まって、一石二鳥だ)

それよりも重要な事が一つある。
今の彼女達は戦いの汗で濡れている。光り輝く肌、汗で張り付き透ける服――最高だと思わんかね。

(グッジョブ俺)

だがこの時、一刀がスケベ心に惑わされずちゃんと元の世界まで案内していれば防げたかもしれない。
すぐ近くに存在した、全員が疲労している状態で絶対に会いたくない敵の存在に。

「ん……? おい、あの門の前にいる真っ黒な奴何だ?」

「デカイな。私達と背丈が同じぐらいだぞ」

「今までカクちゃんと同じぐらいの大きさのモノしか居なかったよね?」

「……目がある。こっち見てる」

それは一刀を含め、全員を視線を逸らさずにジッと見つめていた。彼女達もまた目を離せなかったのだ。
もし逸らせば何かが起きる――そう頭が警告していた。そして呂布が方天画戟を構えた、その時だった。


口が無いと思っていたそれは、鋭利な歯が何本も並んだ口を開け、奇声を挙げながら瞬時に詰め寄っていた。

(――不味いッ!? エンダーマ――)



――気が付けば一刀達は元の世界へ帰還していた。全員が疲労困憊で、一刀の鎧はボロボロだった。
素材はインベントリに全て残っている。どうやら無我夢中でこちらに戻って来ていたようだった。
一刀は自分の状態を気にもせず、すぐさまネザーゲートの一角を削り、ゲートを使用不能にした。

(やっぱり恐ろしい……エンダーマン……)



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