機動戦艦ナデシコ 逆行のミナト

第八話 熱めの『冷たい解説者』 -中編-



ナデシコのブリッジにて当直の艦長と副長が会話していた。
「ジュン君、ナデシコの調子は?」
「あまり良いとは言えないね。火星重力圏脱出は可能だけど、その後の木星蜥蜴の追撃次第で……」
手元のチェックボード(コミュニケの表示)を見ながら答えるジュン。
「やっぱり北極冠にあるネルガルの研究所に行かなければダメ、かなあ……」
「最低でも装甲だけはどうにかしたいね……。ディストーションフィールドだけじゃ心許ないよ。先日の撤退戦での集中砲火でディストーションフィールドを貫 通して持っていかれた装甲が結構あるし……。それが何とかなればかなり違うよ。あとは弾薬関係だね。出来るだけ使わないようにしてきたけど、ここのところ の連戦でかなり使っちゃったから、ミサイルなんかの実体弾がずいぶん減ってる。……まあ、そのおかげで装甲が抜けたときに誘爆しなかったんだけど……」
ボケ艦長と影の薄い副長がブリッジで結構深刻な話をしている。
「まあ、幸い人的損害は無し。機関関係や武装、それとディストーションフィールド関係にも大きな影響はなくてすべて応急修理済み……。整備班に感謝、だ ね」
「そっか〜。じゃあ今度なにかお礼でもしようか。私の手料理とか?」
「そ、それはとりあえず地球に帰ってからにしようよ。まだ戦闘中だし、そんな時に艦長が長時間ブリッジを離れるのはまずいし……(汗)」
艦長の料理の『威力』を身を以って知っているジュンはとりあえず整備班が機能不全になるのを防ごうとしている(笑)。
「そっか。じゃあ……」
「今の状況をみんなに『説明』する、って言うのはどうかしら?」
「ほぇ?」
二人しかいないはずのブリッジに響いた声に艦長が振り向くと、そこにはユートピアコロニー避難民代表にしてネルガルの技術者、イネス・フレサンジュが立っ ていた。
「あ、ドクター」
「イネスでいいわよ」
ジュンの言葉を訂正するイネス。
「じゃあ、イネスさん。『説明』って一体何を……」
「ふっふっふ……。良くぞ聞いてくれました! ナデシコに避難してきた人たちやナデシコのクルーでナデシコの事をよく判っていない人たちにナデシコの能力 を『説明』してあげるのよ!!」
そう言うイネスの目はすでにどこかに逝っていた(笑)。
「と、いうわけで艦長借りてくわね。大丈夫、五体満足で返すから」
「え? え? え?」
理解できないまま、イネスに引っ張られていく艦長と、それを呆然と見送るジュン。
この時、ブリッジのBGMは『ドナドナ』だった(笑)。

二人の姿が扉の向こうに消えて一分ほどした後、当直の交代にゴートとミナトがやってきた。
「やっほ〜。交代の時間よ〜!」
「副長、何かあったのか? 艦長がドクターに引き摺られていったが……」
ジュンに挨拶するミナトと質問するゴート。
「いや、僕にも何が何だか……」
ワケが判らん、といった表情でミナトとゴートに首を振るジュンであった。
理由が判るのは一時間ほど後のこと……。



そしてナデシコ各所で始まる放送。それは……
『『3……』』
『『2……』』
『『1……』』
『『どっかーん!』』
『『わーい!』』
『『なぜなにナデシコー!!』』
『おーいみんな、集まれー! ナデシコの秘密の時間だよー!』
『集まれー……』
そう言ってナデシコの公用コミュニケのウィンドウに映ったのは━━━━ウサギの着ぐるみを着た艦長とオレンジ色のオーバーオールのルリだった。
何処から用意した!? 特に着ぐるみ!
やる気満々のユリカウサギとやる気全くなしのルリお姉さん。

ちなみに一応第一種警戒態勢なのだが……。

『皆はナデシコがどうやって動いているか知ってるかい?』
目を泳がせたままいかにも嫌そーに言うルリ。
……確かにこういう低年齢向け教育番組を見ることは無いであろうルリにとって、この行為は非常に恥ずかしいものかもしれない。
『えー? お姉さん、ボク知らないやー!』
『素で言っている』と言ってもおかしくない表情のユリカウサギ。
その放送を見て、慌ててブリッジを飛び出すゴート。
『ねーねー。どうやって動いているのか教えてー!』
演技……なのか、本当に!?
「か、可愛い……じゃなくて!」
顔を赤くして、直後に首を振るジュン。
どっちの事を言ったんだ?
「ルリルリ可愛〜い」
ハルカ・ミナトは操舵席で放送を見て感想を漏らす。
その視線の先には『未来の記憶』よりも顔を赤らめたルリがいた。
「あたしも昔、こういう番組出てたのになぁ……」
ちょっとふてているのは暇なためにブリッジに来たメグミ。
声優なのにこういう番組に出してもらえないのはプライドが傷つくのだろうか?
『……まあ、それはいい質問ね。じゃあ、ナデシコの相転移エンジンについて説明してあげましょう。さ、こっち。ホラ早く』
『あ、ちょっと待ってよ。まだ私のセリフ……』
画面の中でルリに置いていかれるユリカウサギ。

「そうか〜! こうか〜!」
自室でウリバタケはモニターを見ながらスカルピー(造形用樹脂粘土。主にフィギュアなどを作る時に使用される)をこねていた。
何を作ってんだ、アンタ。
一応警戒待機中じゃないのか!?

背景の変わった画面ではルリたちの背後に水が入った水槽が高さを変えて並べてあり、それをルリが指で示してユリカウサギに質問する。
「この中で最も位置エネルギーが高いのはどれか判る?」
「え〜、どれだか判んないや〜! ボク、なにしろウサギだし〜」」
演技……なんだよな、本当に!?
顔が結構マジだぞ!?
「そ。答えは一番高いところにあるこの水槽ね」
「え?」
そっけもなくそう言って一番高いところの水槽を指差したルリは、顔を見せたくないのか後ろを向いたままだった。ユリカウサギも驚き顔である。
「ちょうどこの水槽はビッグバン直後の宇宙におけるエネルギー……」
「ちょっと! ホシノ・ルリ!」
ルリの『説明』を遮って声が飛ぶ。
その方向には━━━━カメラを構えたイネスの姿があった。
「ナデシコのよい子たちが見てるのよ!? 台本通りやりなさい! はい、にっこりこっち向いて! お姉さん!」
「馬鹿……」
イネスの言葉に振り向きながら呟くルリ。
ミナトにかつてNGワードとして封印されたセリフだが、今回は封印を解くことを許されたらしい。
「たははは……。ドンマイドンマイ! リラックスだよ、ルリちゃん!」
励ますユリカウサギ。
あまり慰めになっていないような気がするのは気のせいか?
「さぁ、続きから行くわよー!」
映画の監督よろしくメガホンを持って声を上げるイネス。
しかしそこにゴートがやってくる。
「行く必要は無い! この馬鹿騒ぎの意味は何だ、フレサンジュ!?」
「決まってるでしょ。ナデシコに乗った避難民にこの艦の能力を『説明』してるのよ。いくら強いとは言ってもボロボロじゃあ納得しないでしょう?」
何を馬鹿なことを、とばかりにため息をついているイネス。
「ましてこれから火星重力圏を脱出して地球までの一ヵ月半の道のりが待っているんだから、不安要素は解消しておきたいじゃない。それには娯楽も兼ねたこう いう『説明』番組が一番なのよ」
何を馬鹿なことを……と言いたげな表情のイネス。
それを睨みつけるゴート。しかし……
「イネス先生を叱らないでください!」
お目々ウルウルのユリカウサギが両手を合わせてゴートに近づく。
「私たちのためなんです! イネス先生、私たちのナデシコが火星を無事脱出できると言う証明をの皆にしてくれるおつもりなんです! そうすることで避難民 の皆さんやクルーの皆の不安を解こうというお考えなんです!」
ユリカウサギを見つめ、ヒクヒクと顔が引きつるゴート。
「私…、私はぁ…!」
「「馬鹿!?」」
自分のセリフに感極まって涙目になるユリカウサギに背後から無常な声がかかる。
「ほぇ?」
イネスとルリのダブルで突っ込まれるユリカウサギ。
「『証明』じゃなくて『説明』でしょ。あれだけの戦闘が出来る事を目の前で見れば脱出の可能性は0よりはるかに高い事が判るわ。……それに……なんていう のかな。私は……」
そう言って自分の大きな胸……もとい、左胸に触れる。
「ちょっとココが他人と違うみたいなのよね」
大きな乳房がその右手の動きに合わせて撓んだ。
それを見たゴートは赤面。
ルリは、イネスが胸を撓ませた瞬間にルリを見た事に気づき、キツイ目つきになる。
「ああ、勘違いしないでね。『ハートが』って意味」
「変わっているのは判りますけど?」
少々膨れているルリが突っ込む。
「私……八歳から以前の記憶が無いのよ……。八歳っていうのも、それぐらいってとこでね。私、火星の砂漠で拾われたらしいの。だからなのかな、今がホント の気がしないのよ。悪いけど死のうと生きようとどうでもいいのよ。ただ脱出できるならそっちのほうに力を注ごう、と言うわけで……。じゃ、続けましょう か?」



その頃、アキトはフクベの部屋でお茶を飲んでいた。
「どうかな?」
「アイスティー……、ですよね?」
ポットから淹れたお茶をカップで飲んで尋ねるアキト。
「色々と規則が五月蝿くてな……。ちょっとだけ酒を垂らした」
「軍に限りませんよ、そういうことは」
そうして二人で茶をすする静かな時間が流れる。
「君は私を恨んでないのかね?」
十分に時間が過ぎた頃、唐突にフクベがアキトに尋ねる。
「恨んでない、と言ったら嘘になります……。あの時、提督がチューリップに手を出さなければ、ユートピアコロニーに落ちることもなかったのに……という思 いはあります……。この艦に乗ってすぐ、ミナトさんから提督の事を聞かされた時、最初は『殺してやりたい』って思いましたよ……。でも何とかしようとした 結果だし、貴方を殺しても俺がすっきりするだけで誰も帰ってこない……。むしろ戦術アドバイザーの提督がいなくなったナデシコが墜とされる危険が増すだ け……。それはこの艦に乗るルリちゃんやミナトさん……ホウメイさんや他のみんなを危険にさらす事になるだけで、守ることには繋がらない……」
そう言って、アイスティーを一口すする。
口の中を湿らせてさらに続けるアキト。
「ミナトさんとルリちゃんに止められましたよ……。提督がこの艦に乗った理由も……おそらくの所は聞きましたし……。ましてあがいた結果でそうなったと言 うなら、俺も似たようなものです……。俺は…たいしてナデシコの役には立っていません……。コックは補助、パイロットはサブ……。どっちもいっぱしになっ ていない以上、足手まといです」
「しかし、君がユートピアコロニーに行ってくれたおかげでこの艦に百八人もの避難民を乗せることができた。もう少し自信を持っていい」
そうフクベは断言する。
「……そうですかね……。まぁなんにしても、今提督を殺すような真似はしません……。何かするとしたら……地球に帰ってから、避難民の皆と相談してから… ですね……」
「……そうか……。…ありがとう……」
「……どういたしまして……」
また二人で茶をすする静かな時間が流れる……。

『なぜなにナデシコ』の『説明』をバックにお茶を飲み終わったフクベが立ち上がる。
「では、ワシはブリッジに行くとしよう。テンカワ君、そのポットは君にあげよう」
「……いいんですか?」
「ワシのような老い先短い者より長く使ってくれる者の元へ行った方がいい」
「……じゃ、遠慮なく」
少し考えた後、アキトは貰うことを了承する。
「ありがとう」
同じ言葉なのにさっきとはまるで違う……なにか別の意味を持った言葉のようにアキトには聞こえた……。



「私……ヤマダさんがキスしてくれるなら、きっと、もっと頑張れるから……」
「うおぉぉぉぉぉぉっ!?」
自身の叫び声に驚いて起き上がるヤマダ・ジロウ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
息を切らせて起き上がり、慌てて周囲を見渡すヤマダ。
「夢か……。惜しかった……、じゃなくて!!」
起き抜けにいきなりセルフボケツッコミをかますヤマダは、昨日の戦闘の後、ボロボロになったナデシコの被害報告を受けて自販機の前で落ち込んでいた艦長を 慰めたときに逆に艦長に押し倒された(笑)ことを夢に見たようだ。
ちなみにその時は、全速力で逃げ出している(笑)。
「俺は艦長の事を……? いや、そんなことは無い! 俺にはナナコさんが……。あれ?」
振り向いたヤマダは部屋に置いてあるゲキガングッズが減っている事に気づく。
「誰だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 俺のナナコさん…じゃなかった、超合金ゲキガンガー3リミテッドモデルを持ち去った奴 はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
そして何処へともなく走り出す。
……どうやらオモイカネに聞く、という選択肢は頭に思い浮かばなかったらしく、とりあえず食堂など人が集まるところで聞いてみようとしているようであ る。……どこのRPGだよ?
付け加えて言うなら今回のアキトはルリとミナトの画策により、すでに別室になっているのでこの部屋はヤマダの一人部屋である。
その為、部屋はゲキガングッズの腐海と化していた……。


色々と人に聞いてみたが見つからないため、とりあえず食事を取る事にしたヤマダ。
食事中にふと、画面に目をやるとそこには━━━━
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
それを見たヤマダが食堂から飛び出す!
「俺のゲキガンガー3リミテッドぉぉぉぉぉっ!」
叫んで走り出すヤマダ。
その表情は戦闘時よりも必死である(笑)。
……あとで『食事を残した』ことをホウメイにとっちめられるのだが……それは本編とは
全く関係無い<サイズ変更+4>
話なので割愛する。



『なぜなにナデシコ』の放送を終了した後、イネスとルリはアキトのいる食堂にやってきていた。
ヤマダとユリカウサギは一緒に失くしたパンチを探している。

「テンカワ! 提督がお前にくれたポット、ホントに貰っちまっていいのかい?」
ホウメイがポットを持ってアキトに尋ねる。
「ええ。一人で使うより、大勢に使ってもらったほうがいいでしょうし」
「じゃあ、サンキュー。ホントに貰っちゃうよ」
「ええ、どうぞ」
その言葉を受けてポットを持っていくホウメイ。
「テンカワ……っていうと、もしかしてテンカワ博士夫妻の息子? じゃ、ユートピアコロニーに?」
「ええ、まあ……」
イネスの言葉に返事を濁すアキト。
「イネスさん、アキトさんのご両親のこと知ってるんですか?」
ルリが尋ねる。年齢的に合わないと思ったのか?
「私がネルガルの研究所に入ったのは十七歳の頃だもの。まだ二人とも存命だったわ」
「……アキトさんのご両親が亡くなったのは十年ほど前だから……」
「余計な計算はしなくて良いわよ、ホシノ・ルリ」
即座に計算を止めさせるイネス。
やはり気にかかるお年頃なのだろう……。
「……でも、良くそれでこの艦に乗る決心したわねぇ……」
意味深な言葉を言うイネス。
「え、なんで?」
アキトがイネスの方を向くとさっきよりイネスの顔がアキトに近づいてきていた。
「なんか不思議……」
そう言ってさらにアキトに顔を近づけるイネス。
「な、なにがですか……?」
「何だか君の顔を見ているとすごく懐かしい気がする……」
それを見ていたルリは大層ご立腹だった。
故に、二人に声をかける。
「二人とも近づきすぎ……」
『アキト!』
ルリのセリフを遮り、その二人の間に割って入るように艦長のコミュニケが出てくる。
「うわっ! ……何だよユリカ。急に?」
『大変なのアキト。ルリちゃん、イネスさんもブリッジに来てください!』
結構切羽詰ったような艦長が用件だけ伝えるとさっさとコミュニケを切る。
「行きましょ」
と、イネスが立ち上がる。
「ええ。ルリちゃん、行こう」
アキトも立ち上がり、ルリに声をかける。
「はい」
そして三人はブリッジに向かって歩き出した。
『急いで来て!』<サイズ変更+2>
結局コミュニケで急かされ、アキトはルリをお姫様抱っこしてブリッジまで走る事になった。
……それを見かけた男性クルーの間で、『テンカワ・アキト抹殺同盟』が組織されたことをアキトとルリは知らない……。



「反応は?」
照明を落としたブリッジにゴートの声が響く。
「今相手から識別信号来ました。記録と一致しています」
確認したメグミが報告する。
「では、あれは紛れもなく……」
フクベがモニターを見て確認する。
「でも、おかしいです。あれが吸い込まれたのは地球じゃないですか!? それなのに……」
モニターに映っている艦にブリッジのメンバーは見覚えがあったのだ。
「護衛艦『クロッカス』はチューリップに吸い込まれたのに……。どうして火星に……?」
艦長のセリフが、ミナトを除くブリッジクルーの気持ちを代表していた。
「前にもご説明したように、チューリップは木星蜥蜴の母船ではなく、一種のワームホール、あるいはゲートだと考えられる。だとしたら地球で吸い込まれた艦 が火星にあっても不思議では無いでしょう?」
艦長の言葉に対し、嬉しそうに改めて『説明』するイネス。
そのイネスを睨んでゴートが尋ねる。
「じゃあ、地球のチューリップから出現している木星蜥蜴はこの火星から送り込まれている……?」
沈黙がブリッジを征服する中、ミナトが『未来の記憶』から引っ張り出した、あの時も自分で言ったセリフを思い出しもう一度言う。
「そうとは限らないんじゃなぁい? だって同じチューリップに吸い込まれたもう一隻の護衛艦……、ん〜、なんだっけ?」
「パンジー」
ミナトの疑問に答えるフクベ。
「その姿が無いじゃない。出口が色々じゃ使えないよ」
「「「「「「「「「「おお〜!」」」」」」」」」」
ブリッジの殆どの人間がその洞察力に驚く。
『未来の記憶』が無い時でも何も知らないまま、その答えを導き出していたミナトはやはり注意力の高い人間なのだろう。
「ヒナギクを降下させます」
即座に行動しようとする艦長。
「その必要は無いでしょう。我々には目的がある」
しかし艦長の提案をすかさず却下するプロス。
しかしそれで引くような艦長・ミスマルユリカではなかった。
「しかし、生存者がいる可能性もあります。提督!」
「ネルガルの方針には従おう」
……助けを求めた相手にあっさり振られる艦長だった。
提督が味方になったため話を続けるプロス。
「ではこちらを……」
そう言ってプロスが表示したのは火星儀とナデシコのマーク。
「ナデシコが向かう北極冠。この氷原にはネルガルの研究所がありますので、運がよければかなりの資材が手に入ります」
それを聞いた艦長はフクベに向き直る。
やはり士官学校主席だけあって切り替えは早いようだ。
「提督」
「うむ。エステバリスで先行偵察だ」
そのフクベの視線の先には吹雪いた氷原とクロッカスがあった……。

「そういえばイネスさん、さっきアキトさんに『よくこの艦に乗った』って言ってましたけど、何でですか?」
ルリがイネスに尋ねる。
「ユートピアコロニーにチューリップが落ちた原因を知っていればそう思うわよ。ね、フクベ提督?」
その言葉と共にフクベに視線を向けるイネス。
フクベは表情を変えずにその視線を受け止める。
「提督がどうかしたんですか?」
艦長がイネスに問う。
「貴女たちはフクベ提督がどういう人物か知っているかしら?」
「え? 火星会戦で最初にチューリップを墜とした英雄でしょ?」
「有名な話ですよね?」
イネスに問い返され、答える艦長とメグミ。
「……そう。最初にチューリップを………ユートピアコロニーに落とした男。それが提督が『英雄』と呼ばれる訳……」
その言葉にブリッジクルーの殆どが動きを止める。
表面上だけでも平然としていたのはイネスとミナト、ルリ、フクベ、プロス、そしてアキトだけであった。
「チューリップが落ちた衝撃だけでユートピアコロニーは半壊……。この時点で半数以上の住人が死んだわ……。そして、その後の無人兵器の戦闘……いえ、蹂 躙で残りのほぼ全員が死んでしまった……。ある時から人間を直接狙うことはなくなったけど……武器や大型の機械の傍にいる人間には襲い掛かってきた……。 生き残ったのは今地下にいる避難民のうちの数パーセントだけ……。そんな事態を招いた男を提督として頂いているんだから……。この艦のお気楽ぶりにも呆れ るわね……」
殆どのクルーが動きを止めた中、搾り出すように発言するアキトがいた。
「……知ってますよ、そのくらい……」
「へぇ……。意外ね……。てっきりフクベ提督に殴りかかるかと思ってたけど?」
「……殴って死んだ連中が帰ってくるならとっくにやってます……!」
拳を握り締め、歯を食いしばり、全力で堪えるアキト。
自分で何とか抑えているが、他人に言われると改めて認識してしまう、仇の事。
その姿は、ミナトの記憶にある『前回のアキト』とは大きく違うものだった……。
そんなアキトの姿を見た女性クルーが口々に感想を言う。
「……言うじゃないか、アイツ。見直したよ」
「溜め込んで暴発するタイプよ、ただの」
「でも、暴発のさせ所は判ってそうだよ?」
「アキトさん……結構強い人なんだ……」
それぞれの感想を言うリョーコ・イズミ・ヒカル・メグミ。
特にメグミはクラッと来たようである(笑)。

「では研究所の探索はスバルさん、アマノさん、マキさんの三人にお願いします。ヤマ「ダイゴウジ・ガイ!」ダさんとアキトはナデシコの護衛をお願いしま す」
艦長にもあっさりスルーされるヤマダ。皆もさすがに慣れてきた。
一見合理的な配置のようだが、その裏には『ヤマダさんを他の女の子に近づけないようにしなくちゃ!』という艦長の思惑があったりする。
……けど「ヤマダを欲しい」、って言う女の子はあんまりいないと思うよ……(某長編二次創作でヤマダが二股がけになっているのはあったけど……)。



吹雪の氷原を三機のエステバリスが疾走る。
リョーコの砲戦フレームプロトタイプとヒカル・イズミの0G戦フレームだ。
なぜ0G戦で走っているのかといえば、飛んでエネルギーを消費した上、木星蜥蜴に見つかってしまうわけには行かないからである。
そしてリョーコの砲戦フレームはバッテリーの輸送という役目も持っていた。
別に0G戦三機でもいいのだがそうするとエネルギーフィールド外での活動時間が極端に短くなるので、こういう編成になったのだった。
「はぁ〜……。トロトロ走りやがって……。どーもこの砲戦フレームってのは気にいらねぇなぁ……」
そう呟き、先を行く二機の0G戦フレームに目を向ける。
「いーなー、お前らは。いーなー」
『リョーコがジャンケン弱いからじゃ〜ん』
ヒカルの一言に黙るリョーコ。
そのリョーコの羨望のまなざしを受ける0G戦フレーム内では……。
『一面の氷……こおりはまいった……。フッ…フフフフフフ……』
……ただでさえ寒いギャグなのに、氷原でそれをやられるとエステバリスまで凍りつきそうだ……。
「で? その研究所ってどこだー?」
慣れているせいか、イズミのギャグを軽くスルーするリョーコ。
『地図さっきから照合してんだけど研究所なんて極冠にないよ〜!』
同じくスルーするヒカル。
『静かに! 何かいる!』
いきなりシリアスにチェンジするイズミ。
『だから〜、いきなりシリアス・イズミにチェンジしないで……』

ズドォォォォォンッ!

ヒカルのセリフは遮られ、画面にノイズが走る。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁ〜っ!?』
氷原で転ぶヒカルのエステ。
『むかつき〜!』
体勢を立て直すヒカルを護衛するように銃を構えるイズミ機。
「何だ!? 敵は何処だ、イズミ!」
『見えない……。見てる範囲にはいない……』
瞬間、イズミ機の足元に雪埃が舞う!
その雪埃の中からオケラが飛び出す!
襲い掛かられたイズミが応戦するも、すぐに氷の下に潜ってしまう。
『リョーコ! ゴメン、そっちへ!!』
「来るっ!」
身構えた瞬間、砲戦フレームプロトタイプの重い機体が氷の中へ落ちる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げるリョーコはそのままシートに叩きつけられる。
「くそぉっ! だから砲戦フレームじゃあ……」
コクピットの中でリョーコが悪態をつく。
しかしその悪態も、メインモニターを見て凍りつく。
そのメインモニターではオケラが口のドリルを回して、砲戦フレームに風穴を開けようとしていたのだった。
「お、おい、待てよ!」
そんなんで待っていたら、そもそも戦闘になりゃしない(笑)。
口のドリルは止まることなく近づいてくる。
「やだっ、やだやだっ!! ヒカルぅ! イズミぃ!」
しかし、二人から返事は無く、呼ばれていないヤマダは始めからここにはいない(笑)。
「……テンカワぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
涙目で叫んだその瞬間!

ゴガァァァァァァァァンッ!

イズミのエステがオケラを殴り飛ばした!
氷原に叩きつけられるオケラ。しかしすばやく立ち上がって飛び掛ってくる。
リョーコの砲戦フレームプロトタイプに走り寄ったヒカルとイズミのエステがラピッドライフルで迎撃する。
銃弾が命中し、一本、また一本と足を失っていくオケラだが、「せめて一太刀!」とばかりに口のドリルを発射する。
その一発は砲戦フレームプロトタイプの右肩に当たって止まる。
「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
右手の120mmカノン砲を構えようとするリョーコ。
だがその右腕は動かなかった。
先ほどの一撃で肩部の駆動系が破損したらしい。
「なっ!? なら!」
左手で120mmカノン砲を掴んで無理矢理照準してトリガーを引く。
120mmカノン砲のトリガーがエステの指で引くわけではなかったことが幸いし発射!
轟音と共に発射された弾は至近距離でオケラのどてっ腹に命中し、粉砕した。

砲戦フレームのコクピットの中で安堵のため息をつくリョーコ。
「ふぅ……。サンキュー……」
しかし、ヒカル・イズミの連合軍はそんなことでは誤魔化されないのだった。
『何奢ってくれる?』
『へっへっへ〜。聞こえちゃった〜』
「ちっ、違うよ馬鹿! あれはもう一人いたらフォーメーションが……」
二人のセリフに赤くなるリョーコ。
『『『『『『『『『『 『テンカワ〜』(にやり)』』』』』』』』』』
複数のコミュニケを同時起動してコーラスになるヒカルとイズミ。
……うっかり『ヤマダ』と言わなかったのは不幸中の幸いかもしれない……。
そしてトマトのように真っ赤になるリョーコ。
「わあったよ! 奢る! 奢るよ!」
『私、プリン・ア・ラ・モード〜』
『玄米茶セット、よろしく』
うかつな発言と意地っ張りの代償は高くついたらしい……。



色々あって帰還したリョーコたちのもたらした情報は……。
「研究所の周囲にチューリップ五基か……」
「厳しいですね……」
ゴートの言葉に、厳しい表情をするジュン。
「しかし、あそこを取り戻すのは言わば社員の義務でして……。皆さんも社員待遇であることをお忘れなく……」
プロスは兎に角、研究所を取り戻そうとしている。
それだけ重要なデータがあるからなのだろうが……。
「俺たちにあそこを攻めろってのかよ?」
リョーコはさっきの戦闘のせいで二人に奢らされ、かなりご立腹である(笑)。
「私、これ以上クルーの命を危険にさらすのは嫌だな……」
流石にこう連続戦闘となっている状態でさらに勝ち目の無い戦いをしたくはないらしい。
そこへフクベの声がかかる。
「アレを使おう」
「「「「「「アレ?」」」」」」」
その視線に先にはクロッカスがあった。


そして始まるクロッカスの起動を確認する作業。
実はミナトはこの時の事をよく知らないため、アドバイスも何も出来なかった。
ただアキトに「気をつけて」としかいえなかったのだ。
しかし、すぐにでもチューリップに潜れるよう準備はしていた。
「アキトさん、大丈夫でしょうか……?」
「やっぱり、ゴートさんとかヤマダさんとかにしたほうがいいんじゃ……」
そう言うのはルリと、アキトにクラッときたらしいメグミ(笑)。
「大丈夫じゃな〜い? 調べるだけなんだし〜」
一応無事に帰ってきた『前回』を知っているからあまり慌てていないミナト。
ましてや今回は『懲罰』ではなく、単純にエステでタクシーするだけである。
加えて今回のアキトはプロスから多少なりとも戦闘訓練を受けているので、前回よりは安全なハズ……と見ていたのだ。

格納庫、アキトの陸戦フレームの周りではウリバタケたち整備班が大忙しだった。
「あと三分で仕上げるぞーっ!」
「「「「「おおっす!」」」」」
そんな声を背景にしてゴートがフクベを懸命に止めようとしていた。
「考え直していただけませんか提督。危険です。私が行きます」
「手動での操艦は君には出来ない……。それに調べに行くだけだ。私が行く。護衛もいるしな……」
そう言ってアキトを見るフクベ。
「ふふふっ……。よろしく頼むわね、アキト君」
微笑むイネスは楽しみながらも冷めているようだった……。


そしてアキト・イネス・フクベの三人はクロッカスへと乗り込む……。


「酷いな……」
クロッカスに入って開口一番、フクベの口から出たセリフはそれだった。
人がはじけたような血痕や、潰された箱のようなものから人の手とおぼしき白骨が出ているもの。あるいは服を着たままの白骨死体などといった、子供が見たら トラウマになるようなものばかりがそこに転がっていた……。
軍人として慣れているフクベや、己にも他人にも無関心なイネスは大丈夫なようだったが、アキトにはかなり堪えるような惨状だった……。
通路を歩く三人。
「このクロッカスが消滅したのは地球時間で約二ヶ月前……。でもこれじゃ、どう見ても二ヶ月以上……いえ、もっと長く氷に埋まっていたみたい……」
歩きながら状況を観察した結果を『説明』するイネス。
銃を持ったアキトは周囲に気を配っているのであまり聞いていないようだ(笑)。
「ナデシコの相転移エンジンでも火星まで一月半以上かかったというのに」
ライトで照らす先の壁はそれこそ年単位で凍りついていたような有様だった。
「チューリップは物質をワープさせるとでも言うのかね? あのゲキなんとかというTVマンガの世界だな」
フクベがイネスに問う。
「ワープと言う言葉はちょっと……。ただ、私が調べた範囲ではチューリップから敵戦艦が現れるとき、必ずその周囲で光子・重力子などのボース粒子、すなわ ちボソンの増大が計測されています。もしチューリップが超対象性を利用してフェルミオンとボソンの……」
「上!!」<サイズ変更+2>
イネスの『説明』を遮り、アキトが叫ぶと同時にタックルでフクベを突き飛ばした!
直後、フクベのいた場所に落ちてくる小型のバッタ。
真後ろにいるイネスには気づかないのか、武器を持っている者を優先したのか、マシンガンを構えるアキトに飛び掛る。
プロスに訓練を受けていたアキトは冷静に銃のセーフティを外しトリガーを引く。
一発、二発、三発……。衝撃で空中で半回転し、腹を見せたコバッタにアキトの後ろからフクベが拳銃を撃つ。
装甲の薄い腹部が破壊され、床に落ちるコバッタ。
それを見て、一息つくアキト。
「私など庇う価値はないぞ?」
「例えそうだとしても、俺が殺す前にくたばられたら困るんですよ」
後ろからかかる声に振り向きもせず返事するアキト。
「そうか……」
フクベの声に感情はなかった。
「じゃ、行きましょうか?」
イネスの言葉に二人とも頷いて歩き始めた。

これ以上敵に会う事もなく、クロッカスのブリッジにたどり着いた三人はクロッカスのシステムを起動させる。
「エネルギーは大丈夫なようだ……。フレサンジュ、そっちはどうかね?」
「こちらも特には……。武装に関してもすべて起動するようです」
イネスの言葉に頷くフクベ。
アキトは銃を構えたまま周辺警戒に当たっている。
「操艦系に関しても問題なし……。む?」
フクベが何かに気づいたような声を上げる。
「ふむ……。いかんな。噴射口に氷が詰まっているようだ。取ってきてくれないか?」
「俺っすか?」
「フレサンジュ、君もついて行ってくれ。彼一人では判るまい」
「はい」
そしてブリッジから二人の姿が消えた後、一人呟くフクベの姿があった……。
「すまんな……。ワシにはこうするしか謝罪の方法が思いつかんのだよ……」



アキトとイネスの二人はエステでクロッカスの後部に回った。
しかしそこにはそれほど氷に覆われていない噴射口しかなかった。
「変ね……。このぐらい露出していれば問題ないはずだけど……」
エステの手の上から噴射口を見て首をかしげるイネス。
直後にエステの周囲に振動が走った。
「きゃっ!?」
「何だっ!?」
悲鳴を上げる二人にフクベからの通信が入る。
『エステバリスどけっ! 浮上するぞぉっ!』
通信されるフクベの声。
「え!?」
驚きと声と同時に重力制御の効果範囲に巻き込まれた雪原の雪が舞い上がるのだった……。



「クロッカス、浮上します」
ルリがエネルギー反応の回復したクロッカスを確認し、報告する。
それを聞いてミナトは緊張する。
アレが起動すると言うことは、すぐに木星蜥蜴がやってくると言うこと、そして速やかにディストーションフィールドを張ってチューリップに飛び込まなければ いけないことと同義なのだと知っているからだ。
雪煙を巻き上げて浮上するクロッカスを見ながら、そう考えていた。
「おお〜! 十分使えそうじゃないか」
「流石提督!」
プロスと艦長も提督を称える。
その中でミナトだけは厳しい表情をしていたことに気づいた人間はいなかった……。

完全に起動したクロッカス。
しかしその砲門がナデシコに向いた時、その意味を正しく理解できたのは『未来の記憶』のあるミナトただ一人であった。
「え?」
「はい?」
動きの止まる艦長とプロス。
言葉には出さないもののメグミとルリも驚いている。
そこへフクベから通信が入った。
『この距離ならクロッカスでもナデシコを墜とすことは可能だ』
確かにディストーションフィールドがあるとはいえ、ほぼゼロ距離で砲撃された場合、完全にフィールドで中和できるわけではない。
ましてや、今の防御は完全にフィールドに頼った状態である以上、被害は甚大なものになるだろう。
加えてグラビティブラストのチャージはおそらく間に合わない。
完璧に裏をかかれた形になったナデシコだった。
「へ?」
「どうされたんですか、提督!?」
泡を食った艦長と問いただすプロス。
そこへ作戦指揮用モニターに指示が入る。
「前方のチューリップに入るよう指示しています」
「チューリップに? 何のためだ!?」
ルリの言葉に驚くゴート。
「あのクロッカスの艦体を見たでしょう? ナデシコだってチューリップに吸い込まれれば……」
どうなるかを想像し、青くなるジュン。
「ナデシコを破壊するつもりだって言うんですか!?」
立ち上がって非難するメグミ。
「何のために〜?」
事情を知っているが言えないミナトはとりあえずとぼけるしかない。


「自分のやった事を誤魔化すため……なんて理由じゃ無いだろうな、フクベ提督?」
大急ぎでナデシコに帰還中のエステでアキトが呟く。
『だったらもっと上手い方法を考えると思うけどね……。兎に角戻りましょ!』
「ええ! しっかり掴まっててください!」
イネスに応え、加速するアキトの陸戦フレーム。
正直、戻ったところで何が出来るわけでもないが、兎にも角にも非戦闘要員であるイネスを無事にナデシコに届けなければならなかった。


三十秒後、一瞬だけ止めたフィールド内に飛び込んできたアキトの陸戦エステ。
出撃準備をしている他のパイロットのエステと同じようにすぐさま戦闘装備に換装されるが、空いている空戦及び0G戦、さらには砲戦のフレームすらなかっ た。

先日までの戦闘で、殆どのフレームは損傷を受け、共食い整備によって使用できるようにしていたため、サブパイロットであるアキト用のフレームが優先して分 解されたのだった。
結果、一番使っていなかった陸戦だけが残っていたのだった。
砲戦フレームも先の撤退戦で破損してしまい、砲戦フレームプロトタイプもリョーコが壊してしまっていた上、出航時に搭載していた陸戦Bタイプ重武装フレー ムはサツキミドリで下ろしてアキトの分の0G戦と入れ替えてしまっていたため長距離で砲撃支援も出来ないアキトは一応陸戦フレームに武装を施してもらい、 その間にブリッジへ上がっていた。いくら武装しているとはいえ飛べない陸戦フレームは対艦戦闘には向かないのだ。

その間にもクロッカスからの威嚇砲撃は続く。
その砲撃に気づいたのか、木星蜥蜴の艦隊がやってきたのだった。



「左145度、プラス80度、敵艦隊捕捉」
ルリの声が無常にも絶望の鐘を鳴らす。
前門のクロッカス、後門の木星蜥蜴艦隊。
「二つに一つ、ですね」
「クロッカスと戦うか、チューリップに突入するか……」
「じゃあ、チューリップのほうがいいんじゃな〜い?」
ジュンとゴートの深刻な言葉に対してミナトの軽い言葉が応える。
「何言ってるんですか!? 無謀ですよ! 損失しか計算できない!!」
プロスが喚くのも無理は無い。
今までチューリップに飲み込まれたもので無事だったものは無いのだ。
現在、ネルガルが極秘に研究中のボソンジャンプでさえ、有人の状態では成功した試しは無い。
そのことを知っているからこそ、反対しているのだ。
だがその直後、呆けていた艦長が表情を引き締めた。
「ルリちゃん、エステバリス隊に帰還命令を。ミナトさんチューリップへの進入角度を大急ぎで……」
「艦っ長〜! それは認められませんなぁ! 貴女はネルガルとの契約に違反しようとされている! 有利な位置を取ればクロッカスを撃沈……、ああっ!?」
プロスのセリフの最中にも攻撃を受けだしたナデシコ。
よろけてコケそうになるプロスをにらみつける艦長。
「ご自分の選んだ提督が信じられないのですか!?」
厳しく言い放ったその表情は真剣そのものだった。


チューリップにナデシコが接近するや、チューリップがいきなり稼動状態になった。
ナデシコの相転移エンジンに反応したためだろう。
開かれたブラックホールのような円……ボソンジャンプのゲートが周りの空気ごとナデシコを飲み込もうとしていた。

「ミナトさん!」
「まかして!!」
艦長の言葉にすかさず答えるミナト。
「チューリップまであと1500」
「ルリちゃん、ディストーションフィールド全開で!」
「はい」
メグミの報告を聞いた艦長がルリに指示を出す。
「止めなさい艦長! ここはクロッカスを囮にするなりして……」
「黙っててください!!」
プロスが騒ぐのを全力で却下してナデシコはチューリップへと進む。


ディストーションフィールドを張ってチューリップの中に突入していくナデシコを見てフクベは一人ごちる。
「それでいい。流石だな艦長」
その目は教え子が成長した事を喜ぶ教師のようであった。



ナデシコがチューリップに突入する。
「ナデシコ、チューリップに入ります」
ルリが状況を報告する。
ミナトと艦長は毅然と前を見つめていた。
ミナトはこれで八ヵ月後の地球に着くことを知っていたから何もしなかったが、艦長をあそこまで決断させたのはやはり提督への信頼なのだろう。
「引き返せユリカ! このままじゃ、ナデシコも!」
ブリッジに叫びながら飛び込んできたアキト。
それに対し、首を振る艦長。
「クロッカスのクルーは皆死んでたよ! このままじゃ俺たちも!!」
『そうとは限らないわよ。ナデシコならディストーションフィールドがあるから』
何処から聞いていたのか、即座に話に入り込むイネス。
「ナデシコはこのまま前進。エンジンはフィールドの安定を最優先」
「ユリカ!!」
何とかしてナデシコを戻そうとするアキト。そのアキトに弱々しい声で艦長が答える。
「……提督は……私たちを火星から逃がそうとしている……」
「そんな馬鹿な!? チューリップに入って生き延びたやつはいないんだぞ! フィールドがあれば助かるとして、なんでそれをアイツが知っているんだ!?」
クロッカスの中を生で見てきたアキトには俄かには信じがたかった。
『それは火星会戦でフィールドを張ったままチューリップを抜けてくる木星蜥蜴の戦艦を見てから調べたからだ』
突如繋がったコミュニケにはフクベの姿が映っていた。
「クロッカス、チューリップの手前で反転。停止しました」
「敵と戦うおつもりですか!?」
ルリの報告に驚くゴート。
『こちらの艦にはディストーションフィールドは無い。それにチューリップを破壊しておかなければ追いかけてくるだろうしな』
その表情はすでに死を覚悟した漢の顔だった。
「自爆するつもりですか?」
冷静にルリが尋ねる。
「アンタは俺が殺すって言っただろうが! 手前勝手に死ぬなぁっ!!」
ルリの言葉に過剰に反応するアキト。
「提督、お止めください! ナデシコには、いえ、私には提督が必要なんです!」
そのアキトの隣で、フクベの自爆を必死になって止めようとしている艦長がいた。

『これからどうやっていくのか、私には何も判らないのです!』
クロッカスのブリッジで艦長の説得を聞くフクベ。
だが、彼の決心は固く、また揺るがないものだった……。
「私には、君に教えることなど何も無い。私は、ただ、私の大切なもののためにこうするのだ」
『何だよ、それは!?』
アキトが怒りの表情のまま聞く。
「それが何かは言えない。だが諸君にもきっとそれはある。いや、いつか見つかる!」
そうフクベは宣言した。

激しくなる木星蜥蜴の攻撃にクロッカスの艦体がダメージを受ける。

ナデシコブリッジに映るフクベの画像はだんだんとノイズが酷くなってくる。
「私はいい提督ではなかった。いい大人ですらなかっただろう。最後の最後で自分の我が侭を通すだけなのだからな。ただ、これだけは言おう」
ナデシコの艦内全部にフクベの演説が流れる。ブリッジクルーもパイロットたちも皆それを見ていた。
「ナデシコは君らの艦だ! 怒りも、憎しみも、愛も、すべて君たちだけのものだ! 言葉は何の意味も無い! それは……!」<サイズ変更+2>
ザリッ……と一際ノイズが大きくなった直後、その映像は完全に途切れた。
「提督!」
直後、砲火を浴び続けていたクロッカスが爆発を起こす。
「戻せぇぇぇぇぇっ!」
席から身を乗り出し、ミナトに叫ぶゴート。
「ダメ〜! 何かに引っ張られてるみた〜い!」
前回同様、ミナトがどう操作してもそれは受け付けられなかった。
「クロッカス、反応消失。チューリップ、消滅しました」
ルリの言葉が静まり返ったブリッジに響いた……。
「……この後何が起こるか判りません……。……各自対ショック準備……」
くじけそうになる心を何とかするように震える声で出された艦長命令にそれぞれが自分のやるべき事を思い出し、それぞれの部署に散っていった……。



すべてが歪んだ空間の中を移動するナデシコ。
ブリッジを離れたアキトは食堂に来ていた。
「味方の盾になって死ぬ……か……。確かにカッコいいかもしれないけど……、あんなやり方はただの責任逃れなんだよ……!」
暗くなっているアキトを遠巻きに見るホウメイガールズ。
その肩を叩いたホウメイがアキトの前に行き、『天河明人殿』と書かれた封書を差し出した。
「過去を知られる前から……テンカワ……お前にだけは遺言を書いていたみたいだよ。クロッカスに行く直前、あたしに遺言状を渡していったんだ……。あの人 は最初から火星で死ぬつもりだったのさ……。そしてお前に会って、せめて……」
「だから許せ……? 冗談じゃない!」
バンッ! とテーブルを叩くアキト。
「アイツは! 生きて! 生きて! この戦争が終わった後に断罪されるべきだった! 惨めに生きあがいて、それから死ぬ べきだったんだ!!」
その慟哭には嗚咽が混じっていた。
それを見たホウメイが諭す。
「だからあたしたちはそうするのさ! 生きて! 生きて! 例えどんなに惨めでも生きて! ……そうして初めて死んでよ くなるんだよ……」
その言葉に何も返せないアキトだった……。

その言葉を食堂の入り口の外から聞いている者たちがいた。
艦長、リョーコ、メグミ。そしてルリである……。
「最初から死ぬつもりだったなんて無責任すぎます」
「歳取ってるから正しいことするなんて、それ自体が思い違いなんだよ……。いくつになっても馬鹿は馬鹿なんだ……」
フクベの行為を否定するメグミとリョーコ。確かにフクベの取った行動はある面では正しく、ある面では間違っている。
「けど……、あそこでああしなかったら私たちが脱出できなかったことも事実です……」
ルリの言葉に下を向く二人。
「でも……だったら私たちはこれから誰に学べばいいんですか……? 誰に学べば……」
そして、迷う艦長は……誰にともなく問いかけていた……。答えの無い問いかけを……。

照明を落とされた食堂で遺言状を見つめるアキトの顔には濃い影が現れていたのだった……。



地球、ネルガル本社会長室━━━━

「今日も綺麗だねぇエリナ君」
薄暗い会長室で何故か会長の席に座っている人物の歯が光る。
「ナデシコのマーカーが火星から消えました。最後の通信では避難民を収容したものの多大なる被害を受けていた、とのことです」
淡々と告げるエリナ・キンジョウ・ウォン。
「ふぅん、やっぱりね……。プロジェクトはB案に移行か……。しかたないな〜」
どう聞いても『しかたない』と思っているようには聞こえない口調。その人影の髪型は1960年代のグループサウンズの頃のようなロン毛だ(笑)。
「私もコスモスに参ります」
そう言うと会長室を出て行くエリナ。
それを見た会長がどこかへ内線を繋ぐ。
「ああ、僕だけど……。連合軍総司令に繋いで……。……そっ。仲直りがしたいってさ……」




あとがき

ども、どうにも中佐になれない喜竹夏道です。
今回文字サイズ変換が多いので黒い鳩さんに迷惑かけてそうで心配です。
次回分はもう少し短くするつもりなので許してください。

なんと二回連続でジュンに長めのセリフがありました(笑)。
上手くすると今後はもっと出番が増えるかも(大笑)。

火星についてからここまでミナトさんはあまり活躍していません。
あまり活躍しすぎると地球に帰れなくなるかもしれないからです。
その為、初期の目標である『アキトとユリカをくっつけない』『ルリにアキトを意識させる』を実行できた後は第二の目標のために特に前回と流れを変えるよう なことを進んで行いませんでした。
生存確率を上げるためのことはしましたが……。
ナマの人の死を再確認したアキトと何かとんでもない秘密を知ったミナトは、第九話で大幅に違う行動を取る事になります。
それまでミナトの活躍はお待ちください。

ちなみに、フクベ提督がアキトが火星出身者なのをいつ知ったかと言うことですが、第五話前編でブリッジにいるときに火星の話をした際、ルリの「もう死んで るんじゃないんですか?」という言葉に対しミナトが「そこに身内がいる人だっているのよ!」とアキトのほうを見たことがきっかけです。
確信したのは第七話後編でですが。


それはそうと悲しい話が……。
ガンダムOO、お気に入りキャラのロックオン・ストラトスが死にました。デュナメス用GNアームズも一話のみ登場しただけ……。プラモになるのか なぁ……?
キャラはガンガン死に、プトレマイオスは墜ち、擬似GNドライブ搭載フラッグもほんの数分出ただけ、ソーマ・ピーリスは私のSSのようにセルゲイとできそ うだし。……いろいろ全部ぶっ壊した上に放送終了です……。伏線っぽいものもあったけど再始動は……したとしてもおそらく2クールは空くのではないか と……。
2クールで放送終了はもしかしてガンダム系で最短記録でしょうか?(OVA・映画を除く)
OOはプラモも余り売れていない様だし(結構売れ残ってるもんなぁ……。でもデュナメスとティエレンタオツーとティエレン宇宙型とスローネアインは買いま した。デュナメス以外は主にSEEDのカスタムパーツ用ですが。デュナメスのGNアームズは出ない可能性高いし、エクシア用をカスタムするしかないか な……?)、今風の……なんというかSEEDやWのようなテイストのない作品になってしまったせいでしょうか? 裏の裏の裏をかきすぎてどこへ行こうとし ているのか判らなくなっていましたが……。Wのテイストを持ってこようとしたのでしょうか……?
やはりガンダム系の基本として最初の戦闘は『ガンダムVSザク』や『ストライクVSジン』のような『ワンオフor試作VS量産型』の構図を持ってこないと まずいと思います。んでもってパイロットは『素人VSプロ』でしょう。決して『凄腕VS雑魚』というプロ同士の戦闘ではなく。ただしGガンダムとガンダム Wは別です。
次のガンダム系作品に期待するしかないのでしょうか……?
個人的にはSEEDアストレイズなどを映像化して欲しかったりしますが。ブルーフレームサードやグリーンフレーム、赤いシグーに金色のグフイグナイテッ ド。
出来ればアカツキ(MS)VS金色のグフの戦闘などが見たいですね〜。多分アカツキの圧勝でしょうけど。

次はマクロスFネタかな〜?







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