打ち寄せる赤い波。

気を失ったアスカの横で、僕は何をするわけでもなく、

ただ、ただ、呆然と目の前に広がる赤い海を見ていた。

その海の中からこちらを望む巨大な人型のオブジェは、

なぜだか知らないけれど、比較的に親しい知り合いと同じ顔をしてい た。

その知り合いとはそのスケールからしてずいぶんと違っていて、

それでいて唐竹割りでもされたように真っ二つになっていたけれど。

 

「あのー、碇シンジ君、…ですよね?」

 

突然、背後から女の子の声で呼びかけられた。

驚きつつ後ろを振り返った僕の視界は、

その声のイメージから浮かび上がる通りの、

小柄でそれでいて見知らぬ女の子を捉えていた。

僕よりも背が小さなその子は、僕の通っていた中学のものでない制服、

シンプルなセーラー服に、水色のリュックサックを背負っていて、

どこと無く不安げな表情をして(少なくとも僕にはそう見えた)、僕を見上げてくる。

 

「あのー、ひょっとして、人違い、だったかな?」


「あ、その、人違いでなくて、僕が碇シンジです」

 

ちょっと泣きそうな表情になった彼女に、僕はあわててそう答える。

よかったー、と胸を撫で下ろす彼女。

僕も、見ず知らずとは言え女の子を泣かせずに済んで良かったと安心した。

そして次に僕の行動は、ごくありきたりのものになった。

目の前の彼女に対して、疑問をぶつけると言う行動だった。

 

「あの、それで「私、一橋ゆりえです。

 今、中学3年生で、一応、神様やってます。

 よろしくね、シンジ君」

 

消え入りそうな声ではあったれけど、疑問を投げかけようとした僕の言葉を遮り、

そんな事を言いながら握手を求めて右手を差し出す女の子。

一橋ゆりえという名前らしい彼女の言葉を理解しかねた僕は、

なんとなく右手を差し出しながらも、ポカンとした間抜けな表情で思考を停止したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神様は中学生』

第一話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、言われるままに差し出した両方の手の平と額の3箇所に、

手にしたスタンプをポンポンポンと三回押したゆりえ先輩によると、

僕はどうやら『神様』と呼ばれるものになってしまったらしい。

ちなみに僕が彼女をゆりえ先輩と呼ぶのは、彼女の方が学年が上で『神様』としても先輩だからだ。

『ゆりえ先輩』と呼ばれると、ずいぶんと嬉しそうにしてたので、

先輩という言葉に割と違和感は感じるけれど、間違っては無いと思う。

それはともかく、いまいち僕には、ゆりえ先輩の言うことが理解できていないかった。

なにしろ彼女の方が上級生ということも信じれなかったぐらいだし、

そんな彼女が神様だって言うのももちろん信じられないでいた。

そして僕みたいな人間が『神様』になってしまった、なんて事はもっての外だ。

そんな彼女の言葉の意味は正確に理解できない僕だけれど、

同じモノを押したのに何故だか「不合格」やら「不可」やら違う文字が写るスタンプを、

手のひらやら額やらに押された原因を訊ねてみるのは当然のことだと思う。

僕からの問いかけに、ゆりえ先輩はあからさまな愛想笑いを浮かべ僕に説明を始めた。

 

「え、えっとね、シンジ君は神様として『不合格』ってことなの。

 別の世界から来た私には良く解らないんだけど、神様になる為の儀式が良くなかったんだって。

 こんな風に真っ赤な世界になっちゃったし、他にも色々とね…。

 それはちょっと良くないよね、って他の神様からこぞって抗議があったらしいの。

 それでね、神様の中でもシンジ君に一番年齢が近い私がこうして来たの。

 本当なら別の世界に動ける力がある神様が来るはずなんだけど、今回は特別なんだって。」

 

そこまで説明を受けた僕には色々と思い当たることがあった。

あの白いエヴァとの最後の戦いが、多分ゆりえ先輩の言う儀式の始まりだったんだろう。

途中で大きな綾波やカオル君を見た気もするし、いまさら思い返しても確かにアレは普通じゃない。

あれが神様になる為の儀式だとすれば、ゆりえ先輩の説明の筋は一応通ると思う。

納得はしないけれど、何とか理解はした僕。

けど、目の前のゆりえ先輩はなぜだか首をひねっていた。

そして、ぽんと手を打つと背負っていた青いリュックサックから何かを取り出した。

取り出されたそれは、一通の封筒と精緻な意匠が施された砂時計に見えた。

 

「そうそう、それでね、シンジ君にはもう一度やり直してもらうことになったの。

 要するに、追試って事じゃないかな?

 詳しい説明はこの封筒の中に入ってるらしいから、後で読んでおいてね。

 えっと、やり直しするのに戻れるのは、一年ぐらいなんだって。

 私もそういう道具を借りてきただけだから、正確な時間とかわからないの、ゴメンね。

 それとね、私、光恵ちゃんたちと宿題する約束もあるし、

 ちょっと急ぐから、直ぐに始めるけど、良いよね?」

 

何ソレ?どういうこと?神様なのに宿題?なんて僕が問い返す間もなく、

僕に一通の封筒を押し付けるゆりえ先輩。

そして両手で持った砂時計のようなものを胸の前でかかえ、両目を閉じる。

すっとその場の空気が変わり、きらきらとした何かがゆりえ先輩からあふれ出てくる。

その段階になって僕は、この人が本当に神様なんじゃないかなと思い始めていた。

 

「かぁー、みぃー、ちゅっ!!」

 

ゆりえ先輩が独特の節でそう謡い上げた瞬間。

ゆりえ先輩の身体からは、目もくらむような輝線があふれる。

あふれ出したその光に、僕はいとも容易く飲み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして気が付くと目の前には別人かと見間違えるぐらいに髪が伸びたゆりえ先輩がいた。

 

「やったあ、ちゃんと使えた」

 

そうやって声色からして喜色を見せるゆりえ先輩。

ひょっとして、こうして成功したっぽいのは、たまたま?

 

「あ、ごめんねシンジ君、私もう行くから、じゃあね」

 

髪の長いままのゆりえ先輩はそう僕に継げると再び目を閉じる。

 

「かぁー、みぃー、ちゅっ!!」

 

そして再び独特の節でそう唱え、まぶしい光を放ち、そして僕の目の前から消えてしまった。

ゆりえ先輩が行ってしまい、ぽつんとその場に取り残される形となった僕。

しばらく経って、ようやく自分がどういう状況に置かれているのかを認識し始めた。

僕が今立っているのは覚えの無い、それでも恐らく一度だけ降りたことのある駅の駅舎の外。

周りには僕以外の人の気配は無く、ずいぶんと閑散としている。

耳に聞こえるのは、恐らくその人の居ない原因であろう『非常警戒令の発令された〜云々』の放送。

それはしきりにシェルターへの避難を呼びかけていた。

そして僕の足元に置いてあるのは、何となく詰めてある中身が思い出せるバッグだ。

いくら頭のめぐりの悪い方の僕でも、ここまでお膳だてされれば、どういうことなのか理解できた。

ゆりえ先輩が言っていた追試験とは、もう一度あの使徒との戦いをやり直すということ。

どうしてこの場所からなのか?という疑問が頭をよぎったけれど、

目の前に見える一人の赤い目をした少女がその答えに思えた。

蒼銀の髪に赤い瞳を持った少女、綾波レイ。

前の時の僕は名前も知らなかった少女だ。

僕が彼女を注視していると、多数の鳩が僕の視界を遮るように羽ばたき、

そして鳩が飛び去った後には彼女の姿はかき消えてしまった。

正直前の時のことは良く覚えてないけれど、

この綾波の幻との出会いが、僕の再試験開始の合図なんだろう。

そこでふと、詳しい説明が書いてあるという手紙を持っていたことに気が付いた。

僕は封筒を開けてその中に入っていた一枚の紙を広げてみる。

手紙を広げた僕はその内容に呆然となってしまった。

もちろん父さんからの手紙みたいに『来い ゲンドウ』しか書いてなかった訳じゃない。

ただ十数行に渡って書かれたその詳しい説明とやらが、達筆過ぎて僕には全然読めなかったのだ。

飛び飛びで漢字が読めるかも?というぐらいじゃ、何が書いてあるのかさっぱり解らない。

 

「良く解らんけど、がんばれよー」

 

手紙に視線を落としたまま、ただ、うなだれる僕にそんな声がかかる。

 

「はい、ありがとうございます」

 

と答えながら視線を上げると、そこには見知らぬ誰か、というか何か。

全身が緑色の葉っぱで覆われていて四頭身ぐらいで僕より随分と大きな何かは、

台詞と供に軽く手を上げつつ僕の前を右から左へと駆けて行った。

その背中にくっついている小さな黄緑色の何かと相まって微笑ましくも見えなくもない。

一体何が?とその彼(?)らの背中を見送る僕。

 

「「「がんばれよー」」」

 

そんな僕に再び声をかけながら、さっきと同じ様に右から左へと僕の前を駆け抜けていく幾つかの何か。

良く見ると水木ロードで石像になっていそうな人?も居たりした。

一体、僕はどうしちゃったんだろう?そう漠然と考えながらじっと自分の手の平を見る僕。

そこに浮かぶのは『否』と『不可』とういうスタンプで押された文字がくっきりと浮かんでいた。

それを見てやっぱり僕はダメなんだなあと思っていると、微弱な振動が地面から伝わってきた。

地震?そう思いながら周りを見渡す僕。

そして僕の視界が捕らえるのは、はるか右手の方向に巨大な人型の何か。

とはいってもこっちは見覚えがあった。

僕が初めて戦った使徒だ。

名前は確かサキエル?だったはず。

彼(ひょっとしたら彼女?)は、ゆっくりと一歩一歩足を進めているように見える。

僕はまたアレと戦うことになるんだよな。

そう独極した僕の目の前に、タイヤから白煙を昇らせながら滑り込んでくる一台の青い車。

助手席のドアが、バーンと擬音がしそうなぐらいに勢い良く内側から開かれて、

運転席にいる女の人から、焦りを感じさせる口調で呼びかけられた。

 

「碇シンジ君ね?急いで乗って頂戴!」

 

聞き慣れた、それでももう二度と聞くことの無いと思っていた人の声。

視線を向けたその先に居たのは、前回と同じに葛城ミサトさんだった。

第三東京で僕の家族だった人、大人のキスを教えてくれた人、

そしてあの時におそらく僕を守って死んでしまった人。

もう二度と会えない人と思っていた人にに会えた。

でも、僕の心中は至って穏やかで…。

嬉しいとかいう感情よりも、やっぱりやり直しなんだな…、とそんな事を思っていた。

 

「碇シンジ君よね?」


「え、はい、すいません、ちょっと驚いちゃって」

 

多少の苛立ちを交え、再び問いかけてくるミサトさんに、

そんな風に適当な言葉で答えながら車に乗り込む僕。

ミサトさんは、無理も無いか、と一人納得し、

僕が車に乗り込み助手席のドアを閉めたところで、アクセルを踏み込んで車を急発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスファルト、タイヤを〜♪てな具合にキュリキュリと音を立てながら発進した青い車。

名前は確かルソーだかムノーだがそんな感じだった筈。

あまり車に興味もない僕にとって他人の車の名前なんてものは、

いい加減な感じでしか記憶に残ってないかったので良くは覚えていない。

それよりも今は割りと重要な問題に直面していた。

ある意味異常事態ともいえると僕は考える。

明らかに法定速度をオーバーして運転されている車…ではなく、

助手席に座る僕の足元に置かれた僕のバッグが問題だった。

僕の両足に挟まれる形で置かれたバッグではあったが、

先ほどから何やらもぞもぞと中にある何かが動いているのだ。

もちろん、車の振動が伝わってとかいうレベルじゃなく、

明らかに何かが中で蠢いているのだと僕は確信していた。

そしてきっちりと閉めていたカバンのチャックが、

僕が触れてもいないのにひとりでに開いていく。

開いたチャックの隙間から、ぷはぁって感じで出てきたのは一匹の白い猫の顔。

なるほど、ごそごそ動いていたのは猫だったのか。

と僕はあまり驚きもせずに納得した。

ただ、その猫が僕に話しかけてくることまでは、流石に予想は出来なかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私の名前はタマ。ゆりえちゃんちの飼い猫ね。

 前から冒険したくって、今回黙ってゆりえちゃんについて来たの。

 しばらくこっちに居るつもりだから、ヨロシクね、シンジ)

 

いきなり喋りだしたタマの言葉を聴いて僕がまずしたのは、

運転席のミサトさんの方をちらりと覗う事だった。

ミサトさんは僕の視線に気が付くことなく、少し眉をよせたままで真っ直ぐに前を見ている。

車をこれだけとばしているのだし、それが正しい姿勢ではあると僕は思うのだけれど…。

 

(あ、私の声って才能のある人しか聞こえないから、

 そっちの人には聞こえてないんじゃない?

 シンジも何となく解ってると思うけど、私はただの猫じゃないの。

 私の中にね、ひんちゃんていう神様がいて、だからこうして喋れるようになったの。

 猫同士ならともかく、普通の猫は人と話したりしないでしょ?)

 

と僕の頭に浮かんだ疑問に答えたのはタマだった。

さらにタマよって続けられる説明も僕にはもっともに聞こえた。

ということは僕がここでタマの言葉に答えると、

一人で猫に向かって話しかける変な人に見えるってことなんだろう。

一般的な常識では猫はにゃーとしか鳴かないし。

それと猫同士も会話をするという事実は、豆知識として覚えておこう。

 

(ねえ、それよりもカバンの中は窮屈だから、外に出てもいい?)

 

もぞもぞとカバンの中で身体を動かし訊ねて来るタマ。

僕はその言葉に答えるようにカバンのジッパーをさらに開いて、

タマの身体をカバンから出してやり、僕の膝の上に乗せた。

 

(ありがとう)


「どういたしまして」

 

タマに答えてしまってから少し後悔。

変な人だと思われたかな?

と思いつつ、僕はちらりと運転席のミサトさんを覗った。

 

「可愛い仔ね、シンジ君の猫?」

 

ちらちらと視線をこちらへと向けながらミサトさんは僕に訊ねてくる。

運転に専念するからという理由で、先ほど交わした極簡単な自己紹介以降の言葉だったけど、

ミサトさんのその視線は好奇心というよりも猜疑心を含んでいるもののように僕には思えた。

だから僕はとりあえず適当に誤魔化す事にした。

僕にだって今あるこの状況を全て理解できているわけじゃないし、

どう答えて良いのか良く解らなくはあるけれど。

 

「いえ、ゆりえ先輩の飼い猫なんです。

 成り行きで僕が預かる事になっちゃいまして…。

 あ、名前はタマです。

 とっても賢くって人の言葉も解るってゆりえ先輩からは聞いてます」

 

多少作った感は自分でもあるにせよ、笑顔を浮かべて僕は言い切った。

それを聞いたミサトさんはちょっと引いた感じを見せると、

「そ、そうなんだ」と短く答え、僕との間に一本の線を引いた。

といっても僕がそう感じただけなのだけれど。

 

「はい、そうなんです」


「にゃー」

 

それでも僕は笑顔を作ってミサトさんの言葉を肯定し、

タマもそれに倣うように普通に鳴いて見せた。

そしてミサトさんは、それからしばらく話しかけてこなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、シンジ君、お父さんからIDカード貰ってない?」

 

そうやって再びミサトさんが口を開いたのは、

車ごと何かに乗ってジオフロント内部へ随分と入ってからの事だった。

それまでの車の中は高速走行で生じる音以外は沈黙が満ちていたけれど、

助手席に座っているだけだったはずの僕はちっとも退屈じゃなかった。

ミサトさんの後ろの人とタマとの会話をずっと聞いていたからだ。

その人はミサトさんのお父さんで、亡くなってからずっとミサトさんの守護霊?をやっているそうだ。

そして前には知る事が無かった、ミサトさんに関する色々な話を聞いた。

ミサトさんがセカンドインパクトが起きた時、

その中心地とも言える南極に居た事。

そしてインパクト当時の南極における唯一の生き残りである事や、

その後セカンドインパクトが原因で失言症に患っていた事。

それでも努力してランクの高い大学に入った事。

大学時代にリツコさんと出会い、無二といって良いほどの親友になった事。

その大学時代の加持さんとの付き合いについては随分と愚痴っていたけれど、

前回とは言え、大人のキスの続きを教えてもらう約束をした僕は苦笑いをするしかなかった。

ミサトさんがUNに入った頃の話の途中で、ミサトさんのお父さんの話はぴたりと止まってしまった。

僕にも何となく感じられたけれど、空気が変わったというヤツだ。

それはジオフロントに入った直後の事で、やはりここは特別な空間なんだと僕は思った。

(変ー、凄いけど、へん−)

そんな風にはしゃぐタマを余所に僕はカバンを漁り、

中に突っ込んであった封筒からIDカードを取り出してミサトさんに手渡した。

 

「ゴメンネ、一応規則だから」

 

IDカードを確認したミサトさんは、そんな言葉と供に僕にカードを返してくる。

そんな規則あったかな?

カードを受け取りながら、僕が前回を思い返していると、

ミサトさんはダッシュボードからキーボードを取り出し携帯へと繋げた。

何をしてるのかな?

キーボードを叩くミサトさんを見て疑問を浮かべる僕に、

一通りの作業を終えたミサトさんが顔を上げて答えてくる。

 

「メールを打ってたのよ。携帯本体で打つのはどうにも苦手で」

 

と苦笑いを見せるミサトさん。

前の時の生活態度から思えば、確かにそういった作業は苦手なのかもしれない。

ちなみに、僕も得意じゃない。

というか、携帯のメールって使ったことが無い気がする。

前の時もトウジ達以外は友達居なかったし、それは仕方が無いことだけど。

そんな事をミサトさんにも言ってみたけれど、

案の定ミサトさんはあははと乾いた笑い声を返してくれるだけだった。

そうこうしている内にどうやら終点についたらしく、

ミサトさん僕(とタマ)は揃って車から降りることにした。

通路を抜けた先に在るのはネルフ本部の入り口。

意外にもそこで待っていたのはリツコさんだった。

 

「どいうつもりかしら、葛木一尉。

 ひょっとして道案内を頼める程度には、私が暇だと思っているのかしら?」

 

白衣姿のリツコさんはミサトさんを軽く睨みながらそう詰問する。

 

「メンゴ、メンゴ。別に理由がないわけじゃないのよ。

 リツコには直ぐにでもシンジ君に会ってもらいたかったのよねぇ」

 

あまり悪びれた様子も見せずにそんな言葉で答えるミサトさん。

けど、僕はその言葉に引っかかりを覚えていた。

ミサトさんが何故リツコさんに僕を合わせたがったのか?という事だ。

にゃーと、腕の中のタマが鳴き、僕はその理由に思い至った。

猫が人の言葉を理解できるとか言っちゃう様な、

頭の中身がおファンタジーな人間をエヴァに乗せて良いのか?

きっとミサトさんはそんな事をリツコさんに問いたかったのだろう。

当人を目の前にしてそんな事を言えないから、言外に問いかけたに決まってる。

正直、あまり良い気分じゃないよね?

まあ、そんなミサトさんの意図に気がついたのか、

リツコさんは一つ咳払いをすると僕の真正面に立った。

 

「初めまして、碇シンジ君。

 私はE計画の責任者、赤木リツコよ。どうぞ、よろしくね」


「えっと、初めまして、碇シンジです。

 こちらこそ、よろしくお願いします」

 

言葉と供に差し出されたリツコさんの手を、

抱えていたタマを床に降ろしてから握り返して僕はそう挨拶をする。

なぜだか、リツコさんの視線が強まったような気がした。

 

「あの、僕、父に呼ばれて第三東京に来たんですけど、

 その、お二人は父の知り合いなんですか?」

 

交わした握手を解きつつリツコさんに僕は訊ねる。

色々と知ってはいるけれど、この時点での僕は知らなかった事であるし、

そんな風に不躾に訊ねてみても、なんら不思議は無いはず。

何かの拍子にポロリともらして、あらぬ疑いをかけられるのは煩わしいし。

そんな事も説明してないの?

とばかりにミサトさんへ咎めるような視線を向けたリツコさんは、

相変わらずの態度を見せるミサトさんにため息を一つ吐くと僕の問い掛けに答えてくる。

 

「私もミサトもシンジ君のお父さんの部下なのよ。

 シンジ君のお父さんはネルフという組織における司令、つまりトップに立つ人物なの。

 そんな事もあって、お父さんの所へは私達が案内させてもらうわ。

 ま、予定だと、ミサトだけでシンジ君を案内するはずだったけどね」

 

このコ、方向音痴なのよね。

とミサトさんにとっては余計な一言を付け加えるリツコさん。

 

「はあ、そうなんですか、ありがとうございます」

 

一応、ペコリと頭を下げて、お礼を言ってみる僕。

何処となくでは在るけれど、品定めをするようなリツコさんの視線にさらされ、

随分と気の無い返事になってるけど僕は気にしてない。

そういった視線を受けるのは気分の良いもんじゃないし、

そんな状態でもテンションを上げていけるような性格を前回も含めて僕はしていない。

 

(ねえ、シンジ)

 

足元から聞こえる声に僕は前回と違う事を一つ思い出した。

今回の僕には同行人?がいたって事を。

 

「あの、赤木さん、この仔を連れて行っても良いですか?」

 

僕の足の上に前足を乗せ呼びかけてきたタマを再び抱えなおし、僕はリツコさんにそう訊ねる。

そういえそうだったわね。というはミサトさんの台詞。

どうやら完全にタマの事は失念していたらしい。

 

「特に規則で禁止されてないはずだけど、仕事場だし常識的には良いとは言えないわね」

 

先ほどとは打って変わり、優しい視線をタマに向けるリツコさん。

この人、こんな表情も出来るんだ。

前には見ることの無かったその表情に僕は随分と新鮮味を感じていた。

 

「ゆりえ先輩から預かった大切な仔なんです。どいうしてもダメですか?」


「にゃ」

 

リツコさんに向けて、再び問いかけてみる僕。

それに合わせて、タマも首を傾げながら短く鳴いた。

 

「そ、そう?大切な仔なら仕方が無いわね。

 特別に私が取り計らうことにするわね」

 

タマの仕草に何処となく照れた様子を見せながら、

リツコさんはタマを連れて行くことを認めてくれた。

猫好きだとは前の時に聞いていたけれど、

ここまでのものだとは思ってなかった、というのが正直な感想だ。

 

「あ、マヤ?最優先事項が一つ出来たわ。

 え?ああ、そんなの後で良いのよ。

 それよりも総務部に連絡してTーAC20を一つ用意させて。

 私の名前で最優先で届けさせて。

 届け先は…そうね、発令所で良いわ。

 どうせ最終的にはそっちに向かうし。じゃ、頼んだわよ」

 

ポケットから携帯を取り出したリツコさんは、一方的にそう告げると通話を終えた。

多分、相手はマヤさんで、急ぎで何かを頼んでいたみたいだ。

と、そこでタマが僕の腕のなかから逃げ出して、そのままリツコさんの足元に駆け寄った。

にゃーにゃーと鳴きながら、その足にじゃれ付き始める。

 

「あらあら、仕方が無いわね」

 

そう言いながらタマの頭を撫で始めるリツコさん。

タマもゴロゴロと咽を鳴らし目を細めた。

やがてリツコさんはタマを抱え揚げ、タマも大人しくその腕の中に納まっていた。

大丈夫かな?

そんな事を考えた僕が、リツコさんからタマを受け取ろうとするよりも早く、

リツコさんの腕の中のタマが僕に話しかけてくる。

 

(いいからシンジ、邪魔しないで。

 これぐらい媚びを売っておけば、この人はきっと良いようにしてくれるわ)

 

どこかしら勝ち誇ったように僕に伝えてくるタマ。

その腹黒さに僕は苦笑を漏らすしかなかった。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

タマを腕の中に抱え、明らかに上機嫌なリツコさんの声が響く。

僕とミサトさんは何となく顔を見合わせ、先行するリツコさんの後を追うように歩き出した。

 

 

 

つづく


あとがき

初めましての方、初めまして。久しぶりの方は、お久しぶりです。

待ってる方は居ないと思いますが、新しい長編を投稿させていただく運びとなりました。

WEB拍手に仕込んでいたヤツの焼き直しですがw

よろしければ、次も読んでやっていただければと、思っております。

では、またー。

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