私の目の前に一組の親子が居る。

今の私という存在をくくっている赤ん坊とその母親だった。

まだ首が座ってもない様な赤子に、母乳を与えている母親。

その慈愛に満ちた眼差しを、私はとても眩しいものだと感じていた。

と同時にその親子の様子を見ている私の胸の中に、

なにか暖かなものが生じているのを私は認識している。

結局、子供を生む機会などには恵まれずに死んだ私には、

私の胸の内に生まれたそれが何であるかは正確には解らない。

ただ、それが、世間一般で言われる愛というもなのだろう、

と漠然とした感覚を持ち、そしてそれがあながち間違いでは無い事を理解していた。

それはつまり私にもその感情を持てる可能性があったという事だ。

その事を教えてくれた親子、赤ん坊の名前をナナリー、そして母親の名前をマリアンヌと言った。

目の前の親子は社会的にある程度の地位に居るらしく、

私の見える範囲ではあるが、それなり裕福な暮らしを送っていた。

父親の姿こそ見えなかったが、母親は常にその赤ん坊かその兄であろう少年と一緒にいたし、

んでいる屋敷は庭園もあるような大きなもので、屋敷の中には常に幾 人かの使用人の姿もあった。

よくよく観察を続けると、母親はこの国の皇帝の5番目の后であることが判明する。

時折覗き見る事になった執務状況からすると、人気は在るが政治的な発言力はあまり持たない、

そういうスタンスを母親が取っているのを理解した。

そんな私には体験した事の無いような暮らしぶりではあったが、それよりも重要な事があった。

母親のマリアンヌが、私の姿と声を認識できていた事だった。

他の人間にはまるで認識されなかった私の事をマリアンヌだけが認めて、

他の人間が居ない時だけではあったが、赤ん坊の周りにぷかぷかと浮いている私に話しかけてきたのだ。

とは言え、私の知っている言語と彼女の話す言葉は似通っている部分は在るにせよ異なるものであり、

だから私が現地の言葉を覚えるまでの1週間は身振り手振りを交えた会話をすることになった。

たまたま、マリアンヌの息子でありナナリーの兄であるルルーシュにその現場を目撃されてしまい、

マリアンヌが慌てて誤魔化すという、彼女にしては珍しく見せた滑稽な様子を私は今でも覚えている。

1週間かけて現地の言葉を大概理解した私は、時間を見つけてはマリアンヌと話す事にした。

(時間を見つけとはいえ私にやるべき事は何もなく、彼女の空いている時間に話をしたのだが)

マリアンヌの話によると、彼女は死を対象とする女系の呪術師の血を引いており、

【死の巫女】と呼ばれるものを祖母から受け継いだらしい。

個人差はあるにせよ、死にまつわる非科学的な力をその【死の巫女】は振るえるそうだ。

人の死期が解ったり、死者の念を感じ取ったり、そういった類の事をマリアンヌも出来たそうだ。

それだけなら所謂真物の霊能者と呼ばれるような人物も可能らしいのだが、

【死の巫女】はそれとは別の能力を持っているそうだ。

マリアンヌやマリアンヌの祖母もそうだった様に、

異界の霊魂をその身に宿し、その異界の霊魂が有していた力を行使できる。

胡散臭い話ではあったが、彼女が出来ると言うのだから出来るのだろう。

勿論、無条件に何でもかんでも…という訳でもないそうだが。

当代の【死の巫女】であるマリアンヌもまた、かつてはその力を使い、今の地位を得たという話だった。

彼女が言うには、その身に宿したのは男性で、速度に特化していた人物らしく、

その力を宿したマリアンヌは閃光の二つ名を得るほどのスピードを会得できたらしい。

彼の良く回りすぎる口と、態ととも思えるほどに名前を間違えて呼ばれた事が、今では懐かしい…。

二人の子供を産んだ事と引き換えに、【死の巫女】としての力を大きく失ったというマリアンヌは、

昔を顧みたのか、少し寂しげな表情でそう語っていた。

そんなマリアンヌが祖母から受け継いだという【死の巫女】を、際立って特徴付けるのが力の継承だ。

当代から次代へと異世界の力の一部を引き継げるというのだ。

話によるとマリアンヌが先代である祖母から受け継いだ力は、

大きすぎて使う機会が無かったそうだけれど。

彼女が受け継いだのは、異界の魔王の力を用いるというとても大きな力。

たった一人の人間の行動で、一都市を灰燼に化す事が出来る程の。

余りの規格外の言葉に、人という括りから外れた私ですら声を失うばかりだった。

だが、同時に少し興味を抱く話題でもあった。

できうる事ならその力の継承を見てみたい。

それは力の継承が何を契機に行われるものなのかを、私が知りえなかったからこそ抱いた興味でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナザ・ナイトメア

2話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入院中の何日かにかけ、

ナナリーが【死の巫女】であり、それが如何いったものなのか?

をラピスはナナリーに説明していた。

目が見えない事や足が動かない事にすら対応し切れていないナナリーには、

その言葉に対する実感というものがまるで湧いてなかった。

ただ、ラピスが非日常的な存在である事は、

周囲の、主に兄のルルーシュや医療スタッフの様子などから理解をしていた。

自分が幽霊であるというその言葉の通りに、ラピスの姿は誰にも見えてない様子だったのだ。

素の悪い冗談としか聞こえないラピスの言葉を、ナナリーは信じてみる事にした。

そして同時に申し訳ないともナナリーは感じていた。

唯一その姿を見れるはずの自分が光を失ってしまい、

今はラピスの姿を見る事が出来る人物は誰も居ない。

それがナナリにはとても寂しい事だと思えたからだった。

が、そんな事をつい漏らし、私の事よりも自分の事を考えろ、とラピスにナナリーは怒られてしまう。

同時に、

末期の際にマリアンヌから子供の特に娘の事を頼まれた、

とラピスはナナリーに話し、

それ故に触れる事も出来無いが、しっかりと面倒を見るつもりだ、

とも告げていた。

母親の事を聞いても際立った昂ぶりを見せなくなったナナリーは、思い切ってラピスに尋ねてみた。

お母様の最後の様子は如何だったのか? と。

少しの間の沈黙を置き、ラピスはゆっくりと答えていく。

 

『ナナリーの母親として立派な最後だったわ。

 マリアンヌは、私なんかでは到底及ばない様な、そう、人に誇れるような女性だった。

 だから、ナナリー、貴女にはマリアンヌのように気高く強い女性を目指して欲しい。

 それと…ごめんなさい』

 

そして最後に一言あやまるとそれきり居なくなってしまったのか、

その日の内にラピスがナナリーに語りかける事はなかった。

数週間の後、術後の経過も良好だったナナリーが退院し、

母親を失った幼き兄妹の生活は一変する事になる。

兄ルルーシュと父親との確執や、故マリアンヌと他の后妃との間にあった軋轢など、様々な原因はあったが、

幼き兄妹は祖国ブリタニア帝国から、外交関係が悪化の一途を辿りつつあった日本へとその居住地を移すことになる。

故后妃マリアンヌが親日派であったが故に、親睦を兼ねて兄妹の留学先が日本に選ばれた。

それが表向きの理由ではあったが、

厄介払いを兼ねて兄妹は人身御供に差し出された、

というのが内情に詳しい者の共通認識だった。

受け入れ先の日本においても歓迎せざる者である兄妹は、

その対応もおざなりなものを受ける事になる。

本国からの支援を殆ど受けられぬまま(援助を断ったルルーシュにも原因はあるが)、

当時の首相である枢木ゲンブの庇護下で半ば監視付きの生活を始めることになった。

むろんそこには枢木首相の打算や思惑もあったが、頼

るつて等なかった幼き兄妹には他の道は残されておらず、甘んじてそれ を受け入れていたのだ。

たとえそれが最低限の生活を保障するものでしかなくとも。

然しながらそこは兄妹にとって絶対的な安堵の地には成り得なかった。

悪化する外交問題に頭を悩ませていたとされる、首相枢木ゲンブの唐突ともとれる自殺。

そしてそれに呼応する様に兄妹の祖国であり外交上の問題があったブリタニアが、

日本に宣戦布告した後、即座に侵略を開始し日本各地への武力制圧へと乗り出したのだ。

既存の兵器とは概念すら違うKMF(ナイトメアフレーム)を戦力の中核と為すブリタニア軍の戦力は、

ブリタニア帝国に比べ小さな島国でしかない日本のそれを大きく上回り、

一ヶ月間と言う余りに短い抵抗の後に日本は完全降伏することになった。

結果、日本という国は自由と権利、そして名前を奪われる事になる。

イレブン――第11占領区を示すその言葉が新たに日本人に与えられた屈辱の名前となった瞬間だった。

その一連の事件は、当然にしてブリタニア帝国の皇族である幼き兄妹にも影響を与える事になる。

危険を避ける為に住居を追われるように変え、日本に来て初めて得た友とも別れ、

二人の兄妹は逃げ隠れる様に生きるしかなかった。

幸運にもとある日本人に匿われる事が出来、

身分から言えばかなり危険であった二人の身の安全は確保されていた。

当時の日本におけるブリタニア大使であったアッシュフォード家に保護 されるまで、

逃亡生活とも言える幼き兄妹には厳しい状態は、続く事になった。

故マリアンヌと騎士時代から懇意していた貴族であるアッシュフォード家は、

マリアンヌの忘れ形見である二人の兄妹を進んで迎え入れた。

皇族である二人を利用する事も無く、二人の安全の為に皇族である事を匿し、

他に血族が無いランペルージ家の兄妹として二人の身分を偽装し、

実質的に帝国に矢を向けることになるのだが、それでも幼き兄妹を匿う事を決めていた。

それから、月日は流れ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナナリーのアッシュフォード学園の学生生活は、

兄妹付きのメイドである咲世子に見送られることから始まる。

アッシュフォード家が兄妹に用意したのは、

初中高一貫教育を行なう同学園内にある邸宅であり、

目と足が不自由なナナリーの事を十二分に考えられたものであった。

 

「いってらっしゃいませ、お嬢様」


「行ってきます、咲世子さん」

 

何時もの様に屋敷と学園中等部校舎との道程の中ほどまで送られたナナリーは、

何時もの様に出立の挨拶を交わし自分のクラスの教室へと向かう。

ペコリと一礼をし、屋敷へと戻って行く咲世子。

そして何時ものように特別製の車椅子の動かそうとした矢先、

その進路に立ち塞がったのは3人の少女だった。

ナナリーと同年代の少女達は、やはりナナリーと同じ制服に身を包んでいる。

 

「いってらっしゃいお嬢様…ですって。居候のくせにねぇ?」

 

3人の内のリーダー格の少女が吐き棄てる様にナナリーに言葉をぶつけ、

残る二人の少女がそれに同調する。

そのあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ一瞬声を失ったナナリーだったが、

その三人が校舎への通路に立ち塞がっている特に思い至ると、

朝から面倒な事になった、とため息を吐いた。

 

「それで、私に何か御用でしたか?ソシエさんとキエルさん、それと知らない方?」

 

その声から3人の少女の正体は解っていたナナリーだったが、笑顔のままであえてそんな言葉を返す。

取り巻きの二人の名が言えて、自分の名前を言われ無かったリーダー格の少女は、

それだけで頭に血を上らせてしまい、何かを言い返そうにも直に言葉が出てこなかった。

 

「とにかくご用がないのでしたら、私授業があるので失礼します」

 

怒り心頭で言葉を出せない一人と、その様そうに怯えて声を出せない二人へ向けて。

ナナリーは一方的にそう告げると、ペコリとかるく会釈をして、

キコキコと特別製の車椅子の車輪を動かし、3人の前を通り過ぎようとする。

その車椅子に手をかけて、ナナリーを止めるリーダー格の少女だった。

 

「ま、ま、ま、ま、待ちなさいよ!わ、わ、わ、私はエカテリーナよ。

 お、お、同じクラスメイトなのに、な、何で私の名前を言えないのよ!」

 

感情の昂ぶりの所為で呂律が上手く回らないのか、何度も吃りながらナナリーにつっかかるエカテリーナ。

その声に小首を傾げた仕草を見せたナナリーだったが、

ぽんと軽く両手を合わせて納得がいったという表情を見せる。

 

「ああ、エカテリーナさんでしたか。うっかり忘れてしまって御免なさい。

 私、昔から人の顔を覚えるのがどうにも苦手で…」

 

再びペコリと頭を下げて謝り、恥ずかしげに笑みを浮かべるナナリー。

 

「ふ、ふん。解れば良いのよ。今後は私の顔をちゃんと覚えておきなさい」

 

素直に頭を下げたナナリーの態度に多少は溜飲を下げたのか、

エカテリーナは先ほどまで怒気を維持できずにそっぽを向いてそう返す。

 

「では、失礼しますね」

 

そしてナナリーは握った車椅子のハンドリムを回して教室へと移動を始める。

それを見送ろうとするエカテリーナに、か細い声で語りかけたのはソシエだった。

 

「エカテリーナさん、あの子、目が見えないんだから、顔を憶えるなんて関係ないんじゃ…」

 

馬鹿が余計な事に気がいてからに…。

その心情を表すように舌打ちをするナナリー。

結果、自分が貶められたのだと気が付いたエカテリーナは、

再びナナリーの車椅子に手をかけて、その進行を難む。

 

「どういうつもりですの?あなた、私を馬鹿にしたのですね!」


「いいえ、そんな…。馬鹿になんてしてません…」

 

馬鹿だとは思ってますけど。

と心の中で付け加え、エカテリーナの怒鳴り声にあくまで冷静に答えるナナリー。

しかし、そのナナリーの対応が、更に火に油を注ぐ結果となる。

エカテリーナの敏感な部分が、ナナリーが自分を見下しているのを直感的に感じ取ったからだ。

 

「ちょっと!なんですの?その態度!! 私はスフォルツァ家の長女なのよ!

 アッシュフォード理事長の後ろ盾があるからって、いい気になってるんじゃありませんわ!

 あなたなんて、どうせどこかの貧乏貴族出なんでしょう!」

 

ヒートアップするエカテリーナの余所に、ナナリーの心中はどんどん冷めていった。

そこにはエカテリーナへの怒りなどはまるで無く、逆に自身の対応能力の低さに嘆息すらしていた。

 

「…あなたの貴きお家柄は解りました。

 でもそれと私は何も関係在りません。では失礼しますね」

 

最初から相手にするのではなかった。

そんな心中を隠したままに、ため息と供にエカテリーナにそう告げ、

後悔と反省を胸にナナリーはその場を去ろうとする。

然しながらその態度は、エカテリーナにとっては我慢のならないものでしかない。

 

「待ちなさったら!!」

 

エカテリーナがナナリーの車椅子を強引に引き戻し、弾みでナナリーはその上から転げ落ちてしまう。

 

「人の話は最後まで聞きなさい、ってあなたの母親は教えなかったのかしらね。

 どうせあなたの母親だって、どこぞの貧乏貴族に尻尾を振るような売女なんでしょう?

 そんな下賎な血を引くあなただから、その思い上がった態度も仕方が無いのでしょうけどね」

 

そう吐き撤てられた台詞に、床に投げ出されたナナリーの纏う雰囲気が一変する。

エカテリーナの言葉は見事に地雷を践んでいた。

家柄や父親や自分の事を悪く言われる事など、何とも思わないナナリーであったが、

母親のマリアンヌや兄であるルルーシュの事を悪し様に言われる事を、

何もせずに看過出来るほど精神的に成熟していなかった。

それこそナナリー自身でも異常だと思えるほどに憤慨してしまう事が、これまでも幾度か在ったのだ。

そうした感情に委せて行動した結果、兄であるルルーシュやアッシュフォード家に迷惑をかけたのだが、

ナナリーは迷惑をかけた事は反省しても、その行為を行なった事に後悔はしていなかった。

母や兄の尊厳を守ることが、ナナリーにとって譲る事の出来無い矜持でもあったからだ。

ギリリ

音がしそうな程に歯を食いしばり、ナナリーはゆっくりとエカテリーナを振り返る。

 

「…ひッ」

 

向けられる事の無いはずのナナリーの殺気立った視線を受け、

思わず後ずさるエカテリーナとその取り巻き達。

その瞬間、その3人の間を何かが横切った。

 

「貴きは家柄だけなのね。それじゃただの低脳なガキのイジメよ」

 

そして突如現れた少女が、ナナリー達のやり取りに割り込むように声をかけた。

ナナリーに向けられていたエカテリーナ達の意識が、その少女へと向けられる。

 

「そのうえあらまあ、なんてハレンチなお嬢様がたなのかしらね」

 

向けられた視線を受けつつ、手にした3枚のスカートをひらひらと振ってみせる少女。

それらはいつの間にかエカテリーナ達から掠め取られたものであった。

 

「「「キャァァァア!!」」」

 

下半身が下着のみになっている事に気が付き悲鳴を上げ、

その下着をなんとか隠そうとしながら、その場から逃げ去るエカテリーナ達。

 

「お、おぼえてらっしゃい」


「はいはい」

 

エカテリーナの残した捨て台詞に、おざなりな返事を返す少女。

そして少女は床に投げ出されたままのナナリーを抱き起さんと手を差し伸べる。

 

「あ…ありがとう、アリスちゃん」

 

声の主の正体に気が付いたナナリーは、

学園での数少ない友達であるアリスに支えられて、声に喜色を混じらせる。

アリスの助けを得て車椅子に再び座り、ふと思いついた疑問を口にする。

 

「でもアリスちゃん、あの子達に何をしたんですか?」

 

状況の見えないナナリーにしてみれば、

行き成りエカテリーナ達が逃げ出した理由が解らなかったのだ。

 

「ちょっとした手品で脅かしてやっただけよ。さ、教室いこう!」

 

いたずらっぽい笑みを見せ、ナナリーに答えるアリス。

その雰囲気を何となく肌で感じ取ったナナリーは釈然としないままではあったが、

アリスに車椅子を押される形で一緒に教室へと向かう事になった。

唯一つ、エカテリーナは後でシメル、という決意を胸に。




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