マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。平民の出でありながら、騎士を経て皇妃まで登りつめた女性。

時の皇帝との間に2子をもうけるも、その人生は暗殺という形で幕を閉じる事になった人物でもあった。

公然とではないにせよアッシュフォード家の後見を受け、

騎士になって以降の彼女の活躍は有名で、ブリタニア国民の多くが知る所である。

が、それ以前の過去について、つまり一般市民だった頃の事は、彼女の自身の口からも含め多くは語られ無かった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナザ・ナイトメア 番外編

『マリアンヌ』

作者 くま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



マリアンヌは騎士となることで、貴族の一員となった女性だ。

それはつまり、彼女の両親が貴族の系譜ではないという事でもある。

彼女の父は何時か大成すると夢を見て、夢破れた実業家で、

彼女の母はその父と供に夢を見て、容赦のない現実に押しつぶされた人物だった。

こんな筈じゃなかった。

恨みがましく自分を見つめ両親が漏らすそんな口癖を聞きながら、マリアンヌは成長していった。

そういった家庭環境であるが故に、マリアンヌが所謂不良グループに属する様になったのは、ごく当たり前事だったのだろう。

不良グループの中で、腕っ節を含めた頭角を現にし、さしたる時を置かずにリーダーの地位を得たマリアンヌ。

彼女にそこまでの事が出来たのには、それなりの理由があった。

彼女は特別な力を持っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【死の巫女】

マリアンヌが初めてその言葉を聞いたのは、彼女の両親が彼女を連れて母方の実家へ金の無心に行った時の事だった。

父親よりも巧みに日本語を話す彼女を、彼女の祖母はとても大切に扱い、両親よりも厚遇で迎えていた。

その時に既に両親には見切りを付けていたマリアンヌは黙ってそれを受け入れていた。

自分がごねる事により、両親と母方の実家の関係がこじれる事を危惧さえしていたのだ。

夕食の後、女だてらに当主を務めるという祖母と二人っきりで会う事になり、

通された別室でマリアンヌはやや緊張した面持ちで祖母を待つことになる。

初対面ながら、親とは別扱いで孫を厚遇するのには何か在る。

彼女の生来のパートナーからの注意もあり、両親には無い威圧感を持つ祖母に対して警戒をしていたのだ。

しばらくし、祖母が従者を連れ立って部屋へ現れる。

重圧を伴う威圧感にゴクリと咽を鳴らすマリアンヌだったが、

祖母はそれを差しても気に留めずに、目線で促して従者を下がらせる。

部屋から出て行く従者の手で、音も無く戸が閉ざされた。

そして、部屋の中には祖母とマリアンヌの二人だけが残る事になる。

 

「ふう」

 

そう祖母が息を吐くと同時に、張り詰めていたはずの空気が緩む。

頭を左右に揺らし凝りを解すように肩を動かす祖母からは、先ほどの威圧感を微塵も感じる事が無かった。

 

「あーマリアンヌや、そこの空気清浄機のスイッチを入れとくれ」

 

自らの懐に手を入れ、弓の絵が書かれた紙の小箱を取り出した祖母が、

顎でマリアンヌの左後方を指しながらタバコを一本口に咥える。

祖母の変わり様にやや唖然としたマリアンヌではあったが、彼女の言葉に順い部屋に設置された機械のスイッチを入れた。

ゴーと唸るような音をたてて空気清浄機が動き出し、それを確認したマリアンヌの祖母が力在る言葉を紡ぐ。

 

「フレアアロー」

 

そして祖母の目の前に顕在する小指一本分の大きさの炎の矢。

そこから咥えたタバコに火を点し、何事も無かったかのように紫煙を吐き出す祖母。

 

「ったく、口煩いったらありゃしないね。タバコの一本も自由に吸えやしない…。

 当主なんてやるもんじゃないね…。っと、孫の前で愚痴っても仕方が無いねぇ」

 

目の前で起きた奇怪な現象に驚きを隠せないマリアンヌに向けて、祖母は苦笑を浮かべて見せた。

そして、祖母は本当に美味そうにゆっくりとタバコを喫み、

名残惜しそうにほとんどフィルターだけとなったそれをもみ消すとマリアンヌを正面から見つめた。

 

「さて、マリアンヌ、私からお前に話しておくべき事がある。背後に居るとがり頭の兄さん共々ちゃんと聞いときなよ」

 

他人から初めて、いつも供にいた男の存在を指摘され、祖母に改めて驚かされたマリアンヌは、

祖母の視線を受け止め、黙って頷く事でその続きを促した。

その様子に祖母は満足気に頷いて、自分の持っている、

そしてマリアンヌが持ち得るであろう力について語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年後に再びこの地に赴く事を約し、マリアンヌとその両親は日本を後にした。

何故5年後なのか?その疑問はマリアンヌの頭をよぎりはしたが、

その回答を得られる訳でもなく頭の片隅に置いたままで保留とした。

それよりもマリアンヌが気掛かりなのは、生まれてから以来、ずっと供にあった男の事だった。

他人には見えぬ姿と聞こえぬ声を持ち、事あるごとに、

いや何も無かろうとも、軽薄な表情で饒舌な口を閉ざす事が無かった男が、

今はただ寡黙にそして眉を寄せたままで石像の様に押し黙っている。

金の無心が予想以上に上手く行った事に浮かれている両親とは対照的なその態度に、

不機嫌さを積み上げて行ったマリアンヌが、ブリタニア本国への帰国後に爆発したのは当たり前の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは些細な諍いが契機だった。

そもそもが素行のあまり良くない児童が多い、マリアンヌの通う学校にあって、

ブリタニア人と日本人のハーフであるマリアンヌは標的にされがちであった。

いつもなら一笑に附して、無視するような嫌がらせも、不機嫌さを募らせていたマリアンヌには我慢がならなかった。

首謀者と思しき男子児童を吊るし上げ、問答無用で叩き伏せた。

結論から言えばそれは冤罪だったのだが、マリアンヌはそれでも構わなかった。

今ぶん殴った相手が所謂不良グループに属する相手で、しかもそのグループはこの学校でも最大級のものだった。

それはつまりクラスの約3分の1を敵にまわす事意味し、そしてマリアンヌの思惑通りに教室は乱闘の場となった。

グループに属するクラスメイトとグループに属する両隣のクラスの児童の全てを叩き伏せたマリアンヌは、

誰もいないはずの虚空に向けて叫ぶ。

 

「グダグダ言ってないで私に闘い方を教えろ!アンタにはそれが出来るはずだろうが!」

 

腫れた顔。

切れた唇。

腕などにも無数の引っかき傷を刻まれてなお、マリアンヌは立っていた。

ただそう叫ぶ顔はどこか泣きそうに見えた。

自分よりも頭三つ分ほどの高さをじっと見つめるマリアンヌのその表情が、笑みに代わったのは約1分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからのマリアンヌは積極的な行動を重ねていった。

対峙した不良グループに膝を屈する事無く取り入ると、周囲の反発もモノとせずに、グループ内で自分の立場を確立していく。

無論、その事で両親からは幾度となく咎められたりはしたが、それでもマリアンヌはその歩みを停めることは無かった。

そうして日々を過ごしマリアンヌが次の学校に通うようになる頃。祖母と約束の日が近づいて来た。

先には両親と供に日本を訪れたマリアンヌであったが、今回は一人で母方の実家を訪れていた。

5年前の訪問時と同様に、厚遇で迎えられるマリアンヌ。

故に早々に祖母との面会が待っていると考えていたのだが、マリアンヌと祖母の面会が叶ったのは3日後の事だった。

やせ細った姿でベッドに横になり、幾つかの点滴を射たれ、顔色も土気色をしている祖母に、声を失うマリアンヌ。

たった5年の間に何が在ったのか?

その疑問を問う前に、祖母が点滴をされていない左手の指で指示を出す。

5年前と同じ様に従者を下がらせた祖母が、意思の篭った眼だけは以前と変わらずにマリアンヌを見つめてきた。

 

「さて、マリアンヌや、最初に…いや最後に言っておく事が在る。

 私は明日死ぬ、だからマリアンヌ、アンタが次の巫女だよ。

 ああ、安心しな。当主まで継げとは言わないし、継がせるつもりも無いさ。

 そっちは本家の連中が適当に処理するだろうから、アンタは何もしなくていい。

 ただ、私からの忠告は一つ。手にした力に、飲まれるんじゃあないよ、マリアンヌ」

 

そう言って無理やりに笑みを作ってみせる祖母に、5年前と同じにマリアンヌは黙ったままで頷いて答える。

上手く動かないのか、震える祖母の手がゆっくりと動き、その指先がマリアンヌに向けられる。

 

「エルメキア・ランス」

 

力ある言葉に応え、祖母の指先から放たれた何かがマリアンヌを貫き、その意識を刈り取った。

力を失い床に倒れたマリアンヌを祖母はただ悲しげな瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気絶したマリアンヌが意識を取り戻した時、母の実家は蜂の巣をひっくり返した様な騒ぎの中にあった。

慌しく駆け回る家人からは何の説明も無かったが、

気を失う前の祖母の言葉を思い出し、マリアンヌは何が起こったのかを理解する。

それを裏付ける様に、何時もの軽薄な口調を何所かに置いてきた男は静かに語る。

 

「あの婆さんは死んだ。だから、アンタが次の巫女だ。

 悪いとは思ったが、アンタが気を失ってる間に継承の儀式は済ませてある。後は、アンタの自覚次第らしい」


「自覚?」

 

そう問い返した瞬間、マリアンヌは唐突に理解をする。

祖母から聞いていたはずの、【死の巫女】という存在について。

そしてそれがもたらす、己が内の確たる力の存在を。

 

「これがアナタの本当の力なのね…」

 

今ではマリアンヌしかその存在を知覚出来ない男は、その言葉で彼女が易々と自分の領域に踏み込んだ事を理解する。

寂しさと悲しさを混ぜ合わせたような表情を一瞬作ったものの、直に何時もの軽薄な笑みを浮かべた。

そして大仰に頭を下げてから、白い歯を除かせながら台詞を続ける。

 

「こちらの世界へようこそ、マドレーヌ」

 

差し出された男の手を取りながら、ため息交じりにマリアンヌは答える。

 

「こちらこそよろしくお願いするわ。…それと、私の名前はマリアンヌよ」

 

言い切りながら振りぬかれたパンチは、見事としか言いようの無いほどに男の頬を完璧に捕らえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本国に戻ったマリアンヌは、上の学校において、更なる躍進を遂げる事になった。

マリアンヌを筆頭にしたそのグループは敵対グループを次々と撃破吸収し、その地域全体を配下に置くまでに成長した。

ただ、肥大化したグループにおける規律は、儀を重んじるマリアンヌがトップに立って以降、

彼女の頑なまでの意思を受け継ぎ厳しいままで維持されており、それに反発する声も当然にして多かった。

同時にそんなマリアンヌを崇拝する様なメンバーも増えており、部内勢力的な拮抗は保たれていたが。

そしてマリアンヌ達のグループは、地域の裏社会の面子とも対峙する事になった。

切掛けその地域に拠点を置く組織が、マリアンヌ達のグループに薬の取引を強要してきた事だった。

非合法の薬の存在を必要悪だとは認めていたマリアンヌだったが、その片棒を自分が担がされるとなれば話は別だった。

単身、相手組織に乗り込むと、拒絶の意思を示し、そのまま闘争へとなだれ込んだ。

乗り込んだ組織の一拠点に壊滅的なダメージを与え、更にその足で3つほどの拠点を潰して回る。

グループのメンバー協力を得て、組織の半分以上の拠点を潰した事で、さらに厄介な相手を呼び込む結果となった。

次にマリアンヌ達が相手にする事になったのは、その地域の治安を衛る警察組織だった。

ブリタニアにおける警察組織の殆どは、その地域に根付く貴族と密接な関係を持っていた。

よほどの事が無い限り、警察が貴族を捕まえる事はありえなかったし、

警察の上層部も土着の貴族に取り入り、中央からの予算をより多く得る事に心血を注ぐ輩が多かった。

無論、地域の平穏の為に尽力する高潔な人物が、末端に行くほどより多く居た為、

帝国でごく普通に暮らす市民の平穏は、それなりに保たれていた。

しかしながら腐敗は徐々に進み、貴族の別の顔である裏組織と繋がりを重視する警察上級幹部も決して少なくはなかった。

今回、マリアンヌ達のグループが警察組織から目を付けられるに至ったのもそういった経緯があったからだ。

マリアンヌ達が大ダメージを与えた裏組織が、地域警察に泣きつき、

結果マリアンヌ達のグループが危険組織として認定されたのだ。

理由も無い罪により、次々に逮捕されるメンバー。

力を削がれ勢力を失っていくグループ。

だが、そんな状況下においてマリアンヌが選んだのは、裏組織に膝を屈することではなく、徹底した反抗だった。

逃亡しながらもグループの精鋭を率いて、未だ残っていた裏組織の拠点を全て潰し、

更にその裏組織と敵対関係にある組織へ偽装をしたうえで襲撃をかける。

そして裏組織の本拠地に単身乗り込み、手打ちの儀式を潰し、その場に居た裏組織の主だった幹部を病院送りにしたのだ。

結果、マリアンヌのグループと敵対関係にあった裏組織は別の裏組織に喰われる形で瓦解した。

それによって、生じた空白を狙う裏組織同士の抗争が始まり、

地域の裏社会は混沌としてきたが、マリアンヌ達のグループは、その活動圏内おいて平穏を取り戻す事に成功した。

その地域を支配化に置こうとしたグループの幾つかと、いわば不可侵条約のようなものを結ぶ事でもたらされたモノだ。

事を約した裏組織にとっても、マリアンヌ達のグループとのある程度の親和はかかせないものだったからだ。

そしてマリアンヌは、一連の事件の首謀者として、警察組織へと出頭した。

瓦解したとは言え、件の裏組織の影響力はまだ残っており、

現に今もマリアンヌのグループの幾人かは警察に囚れたままだった。

その身に危険が迫る事は承知の上で、マリアンヌは出頭という決断を下したのだ。

だが、そこではマリアンヌにも予期せぬ出会いが待っていた。

時の皇帝に近しい貴族であったアッシュフォード家。

そのアッシュフォード家の次男ユハナが、警察組織の上位のポストに就いていたのだ。

無論、余りに若い彼がそのポストに就くのは特例であり、一種の箔つけである事は明白だった。

実際のところ、長兄が居る以上次男である彼が家督を継ぐわけでは無いのだが、

それでも警察組織としては、アッシュフォード家の次男を蔑ろに扱うわけにもいかなかったのである。

何時もは大人しく執務室で書類にサインをしているだけだったはずのユハナが、

マリアンヌが出頭して以来何故が絡んできて、形ばかり与えられたはずの権限を行使し、

他の者が止める間も無く、事件そのものを自分の管轄下に置いてしまったのだ。

無論ユハナのこの行動にも理由が或る。

彼は退屈だったのだ。

アッシュフォード家の子息であるとは言え、今の彼の身分は家督を継ぐはずの長兄の予備でしかない。

当主である父の意向に従い、帝国に尽くしたという実績を作る為に、興味も無い官職を宛行われる状況。

その官職ですらまともに勤め上げる事を拒否される日々。

そんな中、ユハナが耳にしたのは地域には一大勢力を築き上げたという素行の悪い少年少女達のグループの事。

そしてそのグループのリーダーはである少女が、裏社会の組織を相手にし勝利したという御伽噺のような話。

彼がそのグループのリーダーであるマリアンヌに興味を持ったのは、ある種の必然だった。

陣頭指揮を取る、と譲らなかったユハナは出頭してきたマリアンヌの尋問に自らが立ち会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手枷をはめられ取調室へ連行されるマリアンヌ。

取調官を含む幾人もの立会いの元、マリアンヌの尋問が始まった。

取調室に入った当初は落ち着き無く周りを見渡していたマリアンヌだったが、

取調官の尋問が始まると、瞳を閉じて自身に向けられる全ての言葉を聞き流した。

十二分に中年の域に達している取調官は、最初こそ穏やかな口調で話していたものの、

完全に無視されるにつれ徐々に言葉が荒くなり、遂には立ち上がり机を叩き大声で恫喝を始めた。

が、取調室に立ち会ったユハナの咳払いひとつで頭が冷えたのか、

再びマリアンヌの前に座り、気持ちを落ち着ける為か乱れた呼吸を整えて行く。

その咳払いをする事で部下に自重を促したユハナは、

取調官の目の前で涼しい顔をしているマリアンヌの胆力に素直に驚いていた。

正直に言えば、自分のに向けられたのではない今の取調官の怒声に、多少なりとも恐怖を感じたからだ。

十代半ばであるはずの少女が、平然とそれを受け流す様に少し興奮を覚えても居た。

そして、閉じられていたマリアンヌの瞳がすっと開かれる。

その視線が見つめる先は目の前の取調官ではなく、壁際に何人かの部下と同じ様に列んで立っていたユハナだった。

 

「ねえ、そこの色男さん、アナタがこの中で一番偉いんでしょう?私と取引をしない?」

 

再び声を荒げようとした部下を手で制し、ユハナはゆっくりとマリアンヌと対峙する。

 

「階級章は外してきたし、どうして君は私が一番偉いと思ったのかね?

 今後の参考に理由を聞かせてもらいたいものだが?」

 

肩を竦め疑問を返す事でマリアンヌの言葉を肯定する彼。

 

「簡単よ、先ず貴方の立ち位置。

 仮に私が暴れだした時に、全員を相手にしてからでないと辿り付けない場所に貴方が立っていたから。

 それと、貴方、警官としての体力訓練を受けてはいないでしょう?一番なってなかったわ」


「…なるほど、それはそうだろうね」

 

軽い笑みを浮かべて語るマリアンヌに、ユハナもまた軽く苦笑を浮かべて答える。

 

「それで、君のいう取引とやらの内容は?」

 

笑みを崩さぬままに続けられた彼の言葉に、マリアンヌは内心ほくそ笑んだ。

話を聞くということは、彼がマリアンヌの話に乗ってくる可能性があるということだからだ。

 

「私からの要求はただ一つ、ウチのメンバー13人の解放よ。

 それに対してこちらが支払う対価は私自身。

 メンバーを解放するなら、このまま大人しく捕まってあげる、というのはどうかしら?」

 

笑みを崩さぬまま、組んだ手の上に顎を載せ、それでも視線は彼から決して離さない。

感じる違和感を飲み込みながら、ユハナは更に問いを重ねる。

 

「仮にもし、それを断った場合はどうなるのかな?」


「別に大した事が出来るわけじゃないわ。取り敢えずはココを壊滅させて逃亡するぐらいかしら?」

 

指をあご先にあてて首を傾げる少女らしい仕草で、物騒な事をさらりと告げるマリアンヌ。

ユハナはこれまで集められたマリアンヌの資料を思い出し、その言葉の信憑性を探る。

一人で件の組織の拠点を壊滅させたとあったが、この細腕でどうやって?

とマリアンヌの目の前で組まれている腕を見やりそう考える。

そして唐突に自分が感じた違和感の正体に思い至った。

この部屋に入るときにマリアンヌにはめられていた手枷が、今は何処にも存在していないのだ。

無論、屈強な大男とて力任せに引きちぎれるようなシロモノではないし、

女子供にはめたからと言ってするりと抜けれるほど杜撰な造りはしてない。

では、どうやって?

ユハナのマリアンヌに対する興味はますます深まって行く。

そして彼の頭に天啓とも思えるひらめきが走る。

 

「ふむ、それは困ったな。お飾りとはいえ、私はここの責任者でね。

 少なくとも私が責任者でいる間は、そういった問題は起こさないで欲しいものだ」

 

続けられたユハナのその言葉にマリアンヌは心の中で侮蔑の笑みを浮かべる。

目の前にいるこの男も、所詮は保身しか考えない何処にでもいるクズ貴族…。

ゴミ溜めの中は上だろうが下だろうがゴミしかない。

心中のそんな思いを押し殺しすマリアンヌ。

 

「よろしい、君の取引に乗るとしよう。こちらで捕らえている13人はすぐにでも釈放しよう。

 そして君もこのまま帰ってくれて構わない。ただ、これで君に一つ貸し…いや、回りくどい言い方は止めよう。

 マリアンヌ君、君を帝国の騎士候補としてスカウトしたい。

 勿論この場で答えを出せとは言わないし、君の出した結論に関らず君の仲間の開放はする。

 このスカウトの件に関して君が真剣に考えること。これがこちらの提示する条件だよ。

 さて、マリアンヌ君、君はどうする?」

 

目の前の彼から語られた突拍子もない内容に、マリアンヌは顔には出さないまでも正直戸惑っていた。

まず、何をもって自分をスカウトしているのかが解らない。

現在なら容易に拘束できるはずの自分をこのまま帰らせる意味も解らない。

年齢から言って貴族であろうことは推測できるものの、目の前の彼が一体どういう人物なのか。

そして何故騎士候補という謂わば帝国におけるエリートコースに自分を乗せようとするのか。

解らない事だらけだった。

だが、マリアンヌの出すべき答は決まっていた。

この場に来た目的である仲間の解放を達する為には、

ユハナの提示した条件を飲むのが手っ取り早く、そしてリスクもほとんど無い。

彼からの提案を断る道理を、マリアンヌは持ち合わせてなかった。

 

「…解ったわ、そちらかの条件を飲むわ。スカウトの件に関し真剣に考えること。

 もう一度確認するけれど、考えた結果が否定でも構わないのね?」

 

マリアンヌの真っ直ぐな眼差しをユハナは柔和な笑みで受け流す。

 

「勿論、それで構わない。なんならアッシュフォードの名にかけて誓っても良い」

 

彼が笑みを崩さぬままにマリアンヌに軽口めいた言葉を返す。

突如出てきた大貴族の家名にマリアンヌはさらに警戒感を強める。

どうにも話が美味すぎる。

そんな思いを心中に抱き、さらに問いただす事にした。

 

「そうまでして私をスカウトする訳を、その理由を教えてもらえるかしら?」

 

笑みは完全に消え、その強烈な意思を込めた視線を彼にぶつけるマリアンヌ。

が、ユハナは柔和な笑みを浮かべた飄々とした態度を崩さずにその問いに答えてくる。

 

「理由は簡単さ。その方が面白そうだからだよ。

 今はまだ伝統と格式にこだわっている部分が多いけれど、そのうちに帝国にも新しい風が吹く。

 そしてその新しい帝国で問われるのは、家柄や格式なんかじゃなく本当の実力。

 もちろんすぐに変わるわけじゃないだろうし、今迄どおり格式や伝統を重視することも多いだろう。

 その中で、君の様な実力しか持たない者が何処までやれるのか?僕はそれを見てみたい。

 ま、ついでにそれが帝国の為にもなる」

 

その彼の言葉の言わんとする所をマリアンヌは何となくであるが理解した。

今の皇帝が高齢であり先が長くない事をマリアンヌは識っていた。

そして近々新しい皇帝が誕生するのは間違いないのだが、

次の皇帝が確定せずに宮廷内で争いがあることはブリタニア国内ではそれなりに有名だったのだ。

そしてマリアンヌは目の前のアッシュフォード家の貴族に対し、一つの結論を出した。

彼こそが放蕩貴族と曰われる者なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして当初の目的である仲間の開放を達したマリアンヌだったが、その胸中は決して晴れやかではなかった。

マリアンヌとの取引に応じたあの男。アッシュフォード家の次男坊であるというユナハの事が気掛かりだったのだ。

日本で対峙した祖母に次ぐ、言葉では上手く言い表せない何かを感じていたからだ。

そして胸中にあった嫌な予感は的中する事になる。

最初にそれを意識したのは開放した仲間の態度だった。

どことなく余所余所しさを感じ、問い質してみるとあの貴族に今回の事を色々聞かされていたのだ。

つまり、当初はマリアンヌ自らが人身御供になる事で仲間の解放を要求した事と、

マリアンヌガアッシュフォード家というい大貴族に騎士候補としてスカウトされた事。

そしてあの放蕩貴族は、彼女の仲間に厄介な甘言を吹き込んでいた。


『マリアンヌという女性は、私の目から見ても魅力的で素晴らしい人物だ。

 だが、そんな彼女を君たちのグループのリーダー、言ってしまえばお山の大将で終らせてしまって良いのだろうか?

 私はそれが惜しくてね、彼女の前に一本の道を用意したのだよ』


そのユハナの言葉は彼女を深く敬愛するメンバー程に重く響き、それがマリアンヌに対する態度として現れていたのだ。

そんな搦め手を使ってくるとは予想し得なかったマリアンヌは、

アッシュフォードの次男坊である貴族に内心悪態を吐きながら、ここ最近寝泊りをしているグループの本拠地へと帰って行く。

そこは潰れた一般家庭向けのレストランを改装した場所で、

厨房の設備等も使用できるように修理し、十数人が生活できる拠点だった。

今回の裏社会の組織で家を焼かれたマリアンヌは、

家庭的な事情で他に行く当てのないグループメンバーと供に今はそこで生活をしていた。

だが、帰ってきたマリアンヌはその場の異様な雰囲気を感じていた。

その中で、マリアンヌの右腕と称され、今迄彼女と供にグループを支えてきた少年が彼女の前に立ち塞がる。

 

「マリアンヌ、率直に言おう。アンタに、今日この時間をもってグループを抜けて貰いたい」


「…理由を、教えてもらえる?」

 

突然そう告げられたマリアンヌだったが、表情を変える事無く簡潔に聞き返す。

少年もまた表情を変えずにため息を吐き、さらに言葉を続ける。

 

「アンタは独断先行が過ぎたんだよ。

 今迄はそれでも良かったかも知れねえし、アンタのやってくれた事には感謝もしている。

 が、今回は余りにそれがひど過ぎた。特別な人間のアンタとは違って、おれ達は一般人でしかない。

 これ以上、アンタに着いていく事は出来ないと判断した。ただ、それだけだ」

 

反論せず黙って少年の言葉を聞き入れていたマリアンヌは、

しばし天を仰ぐとやがて決意したのか少年を真っ直ぐに見返した。

 

「それは貴方だけでなく、皆の総意なのね?」


「ああ。八割以上がオレの意見に賛同した。

 それと、悪いがアンタの荷物はこっちで勝手に纏めさせて貰った」

 

視線をマリアンヌからそらした少年は答えながらマリアンヌの足元に大きなバッグを放る。

ドサリと音を立てるバッグ。

自分の荷物が入っているにしてはあまりの大きなそのバッグを、マリアンヌは片手で肩に担いでみせる。

 

「……そう。これまで、世話になったわね」

 

バッグを肩に担いだまま軽く右の拳を掲げてみせるマリアンヌ。

 

「ああ、こっちこそ世話になった」

 

それに合わせ少年もまた右の拳を掲げ、マリアンヌのそれと軽く打ち合わせる。

そしてマリアンヌは皆に背をむけて歩き出した。

その遠くなる背中を少年を含めたグループのメンバーは何時までも見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリアンヌはそのまま行くあてもなく真っ直ぐ歩き続け、街道沿いの人気の無い工場跡地までやってきていた。


「くそ!」


ゴガ!


声とともに振るわれた拳は、工場跡地の壁に放射状のヒビを生じさせてめり込んだ。

彼女がそうして悪態を吐いたのは、あの放蕩貴族とその彼の手の中で踊らされるしかない自分自身に対してだった。

仲間の手の平を返したような態度が誰によってもたらされたものなのか、マリアンヌは十二分に理解していたのだ。

そしてそんな彼女のすぐ側ーで停まる一台の高級車。

防弾加工がしてあるだろうウインドウが開き、そこから顔を覗かせたのは、

一連の状況の元凶であるアッシュフォード家の次男ユハナだった。

 

「やあ、マリアンヌ君、これから「確保してある宿泊場所まで送ってもらうわね」

 

ユハナの言葉を遮り、そして観音開きのドアを荒々しく開け、

大きなバッグを先に放り込み、そのまま車に乗り込むマリアンヌ。

彼の真正面に座り、顎で車を出すように促した。

驚きに目をパチクリさせていたユハナだったが、手で運転手に合図をおくり車を発進させる。

ぶすっとしたまま車外をながめるマリアンヌに対し、ユハナが遠慮がちに声をかける。

 

「…何と言うか、あそこで会った時と随分と印象が違うんだね」


「あら、ごめんなさい。色々と事情があるのよ、誰かさんの所為で」

 

にっこりと笑みを作るとユハナにそう返し、再び窓の外へと視線を戻すマリアンヌ。

原因を作った当人であるユハナは誤魔化しの笑みを浮かべるしか出来なかった。

 

「でもこれで君も理解できただろう?この国における貴族という者の力を。

 アッシュフォードに連なるとはいえ、家督を継ぐ訳でもない僕ですらこんな事が出来るんだからね。

 それとこっちの勝手な都合で色々と不愉快な思いをさせた事は謝らせてもらうよ。すまなかった」

 

彼を睨み付けそうになったマリアンヌだったが、貴族であるにも関らず平民の自分に素直に頭を下げる彼に対して、

マリアンヌは驚くと供にその怒りのテンションを維持できなくなっていた。

 

「もう良いわ、済んだことだもの。

 それに今回の一件は貴方を見くびっていた私の責任でもあるし。

 正直、昼行灯だとばかり思っていたのだけれど、貴方、随分と行動的なのね」


「そういう風に振舞うのには慣れてるからね、君も瞞されたんだよ。

 そう云う振る舞いが出来ないと、兄上も色々と心配するんでね」


「ふぅん、大貴族様の世界も色々と考える事が在って大変なのね」


「まあ、それなりには、ね。処で、例の件なんだけど…」


「結論は出たわ。そっちの誘いに乗る事を決めたわ。ただし、アッシュフォードの犬になる気はないわよ?」


「別にかまわない、というか、そうでなくては困る。君の主人は君一人だけでいい。僕はそう思う」


「そっちの常識は良く知らないけれど、それで大丈夫なの?」


「所詮は家督も継がない放蕩息子のしでかした事だからね」


「つまり、アッシュフォードからの支援は期待できないって事ね」


「言っただろう、実力だけで君が何処まで行けるか見てみたいって」


「つまり、前途は多難なわけね?」


「いいや、何時だって未来はバラ色に輝いているものさ。…理想論だけどね」


「貴方、大概に楽天的ね」


「ありがとう」


「…賞めて無いわよ」


「…知ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくしてマリアンヌは地元の不良グループのリーダーから騎士候補へと誘われた。

そして騎士候補となったマリアンヌは、将来得る事になる閃光の名に恥じぬ勢いで騎士へと昇格。

その後の活躍は、帝国臣民の良く知るところである。

ただ、彼女を強引な手法で騎士候補にスカウトした彼は夭折し、

マリアンヌの騎士昇進を見る事無くこの世を去ったという。

その最後が如何いったものであったのかは、歴史の闇だけが知っている…。

 

 

 

 


あとがき

閑話というか、まあぶっちゃけアナザナイトメアにおける捏造設定の話でした。

原作とは当然にかけ離れたものになっており、こういった設定の基、今後の話は続くことになります。

で、R2の13話を見てこう思うのですよ、

オレンジどうしよう…

ともあれ、ココまで読んでいただいた方には感謝を。

では、また。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

くまさん への感想は掲示板で お願いします♪



戻 る

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.