「ルリちゃん、ごめん…俺、どうかしてたな…」

『はい、これからは気をつけてください。もう…復讐は終わったんですから……』

「ああ」


俺の機体から殺気が消えたのが分かるのか、ホクシン達は一斉に俺に向かって加速してきた…


『つまらん…先程の殺気はどこに行った? その様な腑抜けでは我に傷一つ付けられんぞ』

「ああ…傷一つ付けない。その必要も無い」

『世迷い事を!』


ホクシンがその言葉を終えた時、敵の全ての機体が行動を停止していた…


「ルリちゃん、ありがとう」

『いえ…でも、丁度良いタイミングだったみたいですね』

「でもどうやってアクセスしたんだい?」

『簡単です。あれは木星兵器ですから、無人機の制御コードを打ち込んでやっただけです』

「それで如何にかなるのか?」

『はい、木星兵器はまだ有人機の制御が未分化なので…』

「成るほど」

『はい、では帰りましょう』

「そうだな」


俺はホクシンたちの乗るその機体が緩やかに墜落していくのを見ながら、帰途へとついたのだった…






機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜





第五話 「それは、今だけしか言えない言葉」その8



日本へと帰る専用ジェットの中で、俺達はやっと一息ついていた。

あの後、ホクシン達は意外にも追撃をかけてこなかったが、油断できる状況でもない…

何故なら、制御コードの変更など専門の人間がいれば一時間程で済ます事が出来るし、

何よりホクシン衆は機体を“下りた時”の方が厄介だ。

俺とムラサメ、ホウショウちゃん辺りまでなら何とか戦えるだろうが、人数で押し切られればそれまでだ…

それに、ホクシン本人には今の俺ではかなわないだろう。

俺があの時と同じレベルまで鍛えてあれば、何とか五分に戦えるかもしれないが…

どちらにしろ、奇襲にあえば終わりだ…


そんな訳で、島を出るまでは警戒を怠る訳にはいかなかった為、神経を張り詰めていたのだ。

それでジェットの操縦をホウショウちゃんにまかせ、俺達はシートにへたり込んでいると言う訳だ…

アメジストやラピスは既に寝息を立て始めている。

といっても、聞き取れるかどうかの小さなものだから他のメンバーは気付いていない様だが…

そんな状況で、ルリちゃんが口を開いた。


「あの、一つ良いですか?」

「ん? なんだいルリちゃん」

「アキトさんはこれからどうするつもりですか?」

「ああ、そうだな…先ずユリカとイネスさんの捜索。

 …最もこれは気長にやるしかないのかもしれないが…

 それから“危険を排除”した上での、木連との和平…そんなところだ」

「そうですか、分かりました…」


ルリちゃんは何か考え込む様に、沈黙した。

そして、俺に向かって言う…


「ところで、これから予定はありますか?」

「いや…今日は殆ど寝てないから、もう寝るだけだが?」

「だったら、明日…いえ、もう今日ですけど…時間、頂けませんか?」

「分かった。時間を作ろう」

「…」


俺は返事が無かった事を不思議に思い、少し横を向くと…

ルリちゃんは俺の言葉に安心したのか、もう眠りについていた。

周りの皆も眠りについた様なので俺も寝る事にした…












―― シチリア島近海・石油タンカー上 ――


そこでは、二人の異様な風体の男達が会話していた。

一人は小柄な男…目深に被った鳥打帽と、口元を隠す様に巻いたマフラーの所為で、顔で見えているのは鼻の先くらいだ…

もう一人は組笠を被っているものの、顔はわかる。しかし片目は義眼、口元から時折覗く舌は蛇を思わせるほど長い…

この二人の周りは異様な空気に包まれている為か、誰も近寄ろうとしない。

最も二人はお構いなしで会話していた…


「どうだった? 奴らは」

「ククク…彼奴(あやつ)、我に憎しみを抱いておった…面白い…」

「そうだろうな…奴はお前を恨んでいるだろう」

「…地球で仕事をしたのは初めての筈だがな…キサマは何か知っているのか?」


組笠の男から殺気が溢れるが…小柄な男は微動だにしない。


「さあな…教えてやらん。しかしこれで分かっただろう? 有人機の質はお前達の方が下だ」

「ふむ、その様だな」

「手を組む気になったか?」

「草壁閣下に報告しよう…」

「一存では決められんと?」

「そうではない。我は貴様と組む気を持たぬ、だが草壁閣下の意見は違おう」

「クククッ…自らを外道と称する男が、俺と組んで寝首を掻かれるのはいやか」


小柄な男が笑い出す…しかし、今度は編み笠の男は無関心に


「貴様は我らと同じ意見を持つものではない。

 又、クリムゾンとか言う企業に忠誠を誓った訳では無かろう」

「ほぉ…それが分かるのか」

「見ていれば分かる。貴様は何か、違うモノに忠誠を誓っている。

 クリムゾンにも、我らにも、本音を見せていないのがその証拠よ」

「そうか、分かるか…だが俺の目的は貴様らとそれ程違う物じゃ無いさ」


二人の男は無表情にお互いを見る。

しかしそれも一瞬で、後は会話も無くただ海を見つめ続けるのだった…












俺達はナガサキシティーの自分の部屋に戻った…しかし、直ぐに俺だけ部屋を追い出されてしまった。

腹も減ったし、昼食を作ろうとしたのだが…その事をルリちゃんに言うと、

「レストランこうずきへでも行って済ませてきて下さい」と言われた…

皆は如何するのか聞いた所、出前を取るらしい。

それ位なら俺が作ろうかと言っても、兎に角こうずきへ行けの一点張り…

はあ…何か気に障る事したか? 俺…(汗)



ともあれ項垂れていても仕方が無いので、こうずきに向かう事にした。

行く時に貰ったタッパーを持って歩き出す…

ルリちゃんに訊ねたところ、三日前――さらわれる前に、こうずきで貰った物だそうだ。

中に入っていたのは、かに玉味噌煮込みだとか。

トウジさんらしいが……レストランのメニューではない。


そうこうしている間に、こうずきにやってきた…

相変わらず大衆食堂っぽい作りの店だ。

雪谷食堂と比べれば少し大きいが、レストランには見えないよな…

まあ見ていても仕方が無い、中に入るとするか。


「あら、アキトちゃんいらっしゃい」

「どうも」


サチコお嬢さんが迎えてくれる…客の入りは今日も良い様だ。

最も、ラピスとアメジストが手伝っている日はこの比じゃないが…

俺はサチコお嬢さんに促されるまま席に着く。


「最近来てくれなかったけど、何かあったの?」

「いや、たいした事は無いですよ」

「アキトちゃんが来てくれないとさみしくて…」


サチコお嬢さんは両手で顔を覆い、泣いているふりをするが、目的は分かっているので突っ込んでおいた。


「ラピスが来ないからでしょ?」

「あっ、ばれたか…ところで、注文何にする?」

「火星丼一つ」

「アキトちゃん好きね〜。一応他のメニューもあるんだけど…」


サチコお嬢さんが困った顔をしている…

珍しい事もあるもんだ。

けどまぁ、原因は多分あの厨房だろうな…


「シゲルのやつ、まだ火星丼作れないんすか?」

「あはは…あれでも頑張ってるんだけどね」

「そう言えば、師匠は如何したんです? 厨房にいないみたいですけど…」

「いや、ちょっとね〜」


そう言ってサチコお嬢さんは作り笑顔をする…

怪しい…何か隠しているのがバレバレだ。


「まあ、良いじゃない。どう? 火星丼以外で無い?」

「はあ…じゃあピラフを」

「はーい」


そう言って去って行こうとするサチコお嬢さんを見て、タッパーを返さねばと思い出す。


「一寸待ってください。このタッパー返しておきます」

「あ、それ別に返してもらわなくても良いのに…ん?

 あ、やっぱりあの子アキトちゃんの知り合いだったんだ…」

「ルリちゃんの事ですか? はい、彼女も家族です」

「家族って…もしかして孤児院の時の?」

「まあ、そんな所です」

「フ〜ン…でも、幼馴染とか家族とか、近頃アキトちゃんの周りはかわいい子ばっかりね」

「ぶっ! いいから早く注文を伝えてきて下さい!」

「ちぇ、呼び止めたのはアキトちゃんじゃない」


ぶつぶつ言いながらサチコお嬢さんが去っていく…

そういえば、なんと言うか…ナデシコ関係で俺、一気に女性の知り合いが増えたよな。

今はまだ知り合いじゃない人も多いけど…

ナデシコ以前の俺の知り合いの女性と言えば、ユリカとカグヤちゃん、

サチコお嬢さんにアイちゃん…後は孤児院で一緒だった子、その位だ。

そう考えていると…表のドアが開き、親子連れの客が入ってくる。

あれは…


「アキトさん、お久しぶりです」

「お兄ちゃん久しぶり!」

「ああ、久しぶりだね」


ツバキさんが穏やかに挨拶するのに合わせ、アイちゃんが俺の足元に飛びつく…

彼女達とはここ三週間程会っていない。

お久しぶりと言うほどではないが、まあ久しぶりではある。


「えっとね、お母さん“しゅうしょく”したんだよ」

「あ、そうなんスか。おめでとう御座います」

「ありがとう御座います」


ここにいる人たちの前では、俺も昔の口調に戻ってしまう様だ。

どうにも強く出られない…

しかし今はそんな事、気にしなくても良いか…


「どこに就職したんです?」

「はい、明日香の開発部門です」

「え…?」

「私、元々は工学系の大学に通ってて、スカウトされてたんですけど…

 数年前に明日香インダストリーの火星支社が倒産しましたので、採用取り消しになっていたんです」

「…」

「でも、今回の事でこちらの方に採用と言う事にして頂きました」

「そうなんですか…」


血が繋がっていないとは言え、親子と言う事か。

アイちゃんがイネスさんの事をママみたいと言ったのは、その辺に起因するのかもな…


「あの…どうかしましたか?」

「…いえ、何でもないです」


俺は二人と一緒に食事をした…

二人はうれしそうに近況を語ってくれた。俺も明日香に就職していると言ったら驚いた様だったが、

後でカグヤちゃんの事を思い出したらしく、「ああっ」と納得していた…

そして食事を済ませ、席を立とうとした時…厨房から出てきたシゲルに呼び止められた。


「よっ、アキト」

「ああ、元気そうだなシゲル」

「元気そうだな、って…前会ってからまだ一週間も経ってないってのに」

「そういえばそうかな」


俺はシゲルに促されるまま近況を語る。

もっとも、明日香の事や今回の事件は話さなかったが…

そうこうしている間に、ツバキさん達は先に支払いを済ませて出て行った様だ。


「ところでアキト…もう学校は行かないのか?」


シゲルは心配そうに俺に聞いてくる…


「ん、ああ…俺はもう就職してるしな」

「何でパイロットなんかしてるんだ? お前、コックになるのが夢なんじゃなかったのか?」

「ああ…でも、木星トカゲが地球に来るまでに少しでも何かしたかったんだ…」

「少しでも何か、か…

 確かにお前、お人好しなとこ有るもんな…ま、仕方ないか。

 でも…いつかはコック、目指すんだろ?」

「……ああ」


俺は、正直迷っている…

何も知らなかった俺と、罪の意識にさいなまれる俺。

どちらが<本当>なのか…

しかし、俺にとって罪は呼吸と同じ…生きている限り、常に身をさいなむ…

そう、許されない…俺には…幸せになる権利など無い。


救えなかった火星の人々…

俺の所為でホクシン達にターミナルコロニーごと落とされた、十万人以上のコロニー居住者…

ネオス達…

そして、俺が殺した数万の火星の後継者の兵士達…


俺の罪は地獄に百回落ちて許されないのではないか…そう感じてしまう…

もしかしたら、そう思う事はひどく<傲慢>なのかもしれないと思う時もある。

しかし、それも心に響き続ける怨嗟の声の前に霞んでしまう…

だから、俺は…


「おい! 聞いてんのか!?」

「ん? ああ…」

「ったく、もう今日は看板だから帰ってくれって言ってんだよ!」

「なに? もうそんな時間か?」

「いや…なんか疲れた………あのな、今日は元から早く店じまいしてやる事があるんだよ」

「お前のやる事っていうと…どっかで遺跡を見つけたのか?」

「ああもう、さっさと出てけー!!」


結局、俺はこうずきを追い出されてしまった。

なんて友達甲斐の無い奴だ…人が家から追い出されて、仕方なく来たって言うのに…

さっきまで真剣に罪の意識について考えていたと言うのに、シゲルのお陰でスケールが小さくなってしまった…


「プッ」


まあ、こういうのも良いか…

いくら罪を意識したところで、何が変わるわけでもない。

今は…

そう、今は前に進むしか無いよな……


「さて、まあゆっくりと家に帰るか」


そして日が傾き始めた頃、俺は部屋の前にたどり着いた…












――ネルガル本社ビル・会長室――


扉の前でエリナは軽くノックをする…


「会長、会議の件でお話が」


扉の向こうに向かって話しかける…会長室は完全防音で、中の音を外に出さないし

外の音も中に伝えないが、外部とはモニター経由で繋がっている。

だから別に話しかけなくても、向こうは見えている筈だが…エリナはそう言った事を決して疎かにしない…

その辺も処世術と言う奴なのだが…中からの返事は直ぐに返ってきた。


『入りたまえ…』


その声が聞こえて直ぐ、会長室の扉が開く…エリナは特に気負いもせず、会長室に足を踏み入れた…

そこでは、机の上に足を投げ出してだらしなく座るアカツキと、その横で書類を持っているプロスの二人がいた。


「やあエリナ君。ただいま」

「ただいまって…あのね…会長の部屋に入ってきたのは私なんですけど…」

「いや、でも…そう言えばまだ言ってなかったと思ってね」

「はあ、お帰りなさい。それで? 成果はあったの?」

「ん? ああ。約束“は”取り付けた」


アカツキは少し渋い顔をした…

エリナはその顔を見て何かあると踏んだが、兎も角続きを聞いてみる事にした。


「へー、やるじゃない。それで? いつから来てくれるの?」

「八月…」

「え?」

「八月」

「そんなに経ってからじゃ明日香に先を越されちゃうじゃない!」

「…」

「すみません。テンカワさんはどうも、我々のプロジェクトの事を知っている節がありまして…」


沈黙したアカツキに変わり、今度はプロスが話し始める…


「知ってるって…何処まで?」

「少なくとも、ボソンジャンプ実験の事は知っていたようですな」

「何ですって?! それって、半分以上知られているっていう事じゃない!

 彼はマシンチャイルド計画の方も知ってるって言うのに…」


エリナは冷や汗を流す…ボソンジャンプ実験は、マシンチャイルド計画と並んで

人体実験を伴う秘中の秘、ランクSSの機密だと言うのに…

社内だけで実験しているわけではないマシンチャイルド計画ならまだしも、

ボソンジャンプ実験は社内でも一部のものにしか知られていない重要機密だ…

この上に存在する機密はそうそうありはしない。

少なくとも、スキャパレリプロジェクト内では一つだけだ…


最重要機密(ランクSSS)――極冠遺跡


まさかこの事も…エリナは内心、震え上がっていた。


「そういう事…僕達はアクアちゃんに一杯食わされて痺れていたから詳しい事は分からないけどさ、

 彼、エグザバイトって言ったっけ…あの単価がバカ高いやつ、あれで戦闘やらかしたらしいんだ。

 その時の資料が上がってきてるんだけど…見る?」

「え? 意外と用意いいのね…」


アカツキの言葉が終わると同時に、写真とその時の詳細がスクリーンに映し出される…


「何これ…動画の方は無いの?」

「ああ。何かやられちゃったみたいでね、向こうのマシンチャイルドに…動画の方は何も写ってなかった」

「ふーん…でも、この機体のスペックなら、これ位は問題ないんじゃない?

 むしろその後、クリムゾンの機体を行動不能にしたマシンチャイルドの方が興味深いわね」

「そう思うかい?」


そのまま流そうとしていたエリナを止める様に、アカツキは表情を真剣なものへと変えた…


「どういう意味?」

「確かに攻撃を仕掛けてきたこの機体は、エスピシアの80%程度の速度しか出ていない…

 倒すのはさして難しくないかもしれない。しかし…その場から動かずに頭を掴んで、

 “コックピットを”引きずり出すとなれば話は違う」

「どういう事?」

「よほど細かい動きが出来なくてはそんな事は出来ないよ。

 仮にも相手は攻撃を仕掛けて来ている訳だし…

 しかも、空中での姿勢制御は格段に難しい筈…なんだ がねぇ」

「それはつまり、彼がエースパイロットだって言う事?」

「そのレベルで済めばいいんだが…多分、連合宇宙軍のトップエースクラスは堅いんじゃないかな」

「いえ、それ以上でしょうな…観測していた諜報員によると、一瞬殺気で動けなくなったと言っておりましたから」

「…それじゃ、何? 彼は化け物だって事?」

「やれやれ…“両親の復讐”とかって言われたら、僕は間違いなくお陀仏だろうね」

「お父上は強引なお方でしたからな…

 もし知られれば、本当にネルガルが倒産に追い込まれる事態もありえそうです、ハイ…(汗)」

「まあ、プロス君は立場的にも別に関っていた訳ではないんだし、問題ないだろうけど…僕はねぇ…」


二人は話の途中で沈黙してしまった…アキトという“扱いに困る存在”をスカウトしてしまった事を後悔しているのだ。

だが、ボソンジャンプで先んずる為には彼の協力は必要不可欠。

ナデシコが火星に到達する為にも、優秀なパイロットは必要だった…


「ああもう! 暗くならないの! 後悔したってもう遅いんだから!

 それよりは会議の方を如何するかよ。スキャパレリプロジェクトに起用する最初の人材を決めるんでしょ!」


エリナにどやされて我に返った二人は、少し考えるふりをしてから…


「それは私の方で決めさせてもらいました」

「え? 私の方でも用意してるんだけど」

「では、会長に決めてもらいましょう」

「ええそうね」


二人はアカツキに向き直り、それぞれの資料を出す…

しかし、それを見たアカツキは噴き出した。


「プッ…なんだい、同じじゃないか」


そう言って、アカツキが机の上に投げ出した二つの資料には…

<ゴート・ホーリー>という名前しか記されていなかった。












部屋の前にたどり着いたのは良いのだが、俺の部屋の前には張り紙がしてあった。

張り紙には[紅玉さんの部屋に来てください]と書かれている…ルリちゃんとアメジスト、ラピスの署名入りで…

はあ、本当に年頃の女の子達の考える事は分からない。

俺は言われたとおり、紅玉の部屋の前に移動した…

と言っても隣はコーラルの部屋で、紅玉の部屋はその隣なんだから、歩いて五秒だが…

そしてインターホンを押す。


『入ってくださーい』


ロックを解除する音は聞こえなかった…鍵を掛けていないのだろうか?

無用心だな…


「失礼する」


俺はそう言って、扉を開けた…



               パパパパパーン!! …パパン!


「誕生日おめでとう!!」×12

「おめでとうございますぅ」




…これは、何事だ?

……ん?

そう言えば…今日は二月二十六日……

なるほど、俺の誕生日だったのか!

<こちら>では、トウジさん達に祝ってもらっていたけど、

<あっち>では二年間、そんな事とは無縁の生活をしていたからな…


「…みんな…ありがとう」


紅玉の部屋にはルリちゃん、アメジスト、ラピスの他に紅玉、コーラル、ツバキさん、アイちゃん、

トウジさん、サチコお嬢さん、シゲル、カグヤちゃん、ホウショウちゃん、ムラサメもいる…

……そう言えば、タカチホさんほったらかしで大丈夫なんだろうか?



明日香インダストリー本社ビル・社長室――

ここ数日恒例となっている絶叫が響き渡る…

「カグヤ様ー!! 早く帰って来て〜!!

私…三日も寝てないんですよーー!!」


その部屋に重役秘書がやってきた。

「社長代理代行、今日の決算書類です。

明日に回せるものは既に省いておりますので、

今日中に目を通しておいてください」

ドンッ!

カグヤ…もといタカチホの机の上に、

書類の山が追加された…

「いやーーー!!」

その時のタカチホの悲鳴は、

社内の隅々まで響き渡ったと言う…



みんなが並んで俺を出迎えてくれていたが、しばらくするとルリちゃんが前に進み出る。


「本当はアキトさんの部屋でしようと思ったんですが…

 部屋が狭かったので、紅玉さんの部屋を使わせてもらう事にしました」

「…成る程」


確かに、あの部屋にこの人数はキツイな…

そんな事を考えていると、ルリちゃんに手を引っ張られ、中に引き込まれた。

そしてリビングまで引っ張ってこられると、テーブルの前に座らされる…


「これは…ウエディングケーキか?」


テーブルの上に載っているのは、三段重ねになった巨大なケーキ…

こんな大きなケーキにロウソクが十八本しかったっていないのが不思議なくらいだ…


「私が三日前からトウジさんに頼んでおいたんですぅ…」

「誕生日に出すもんじゃねーと思ったが…まあ、コーラル嬢ちゃんの頼みだからな。感謝しろよ!」

「コーラル、トウジさん…ありがとう」

「そんな〜、照れちゃいますぅ」「ん、まあ何だ…ゴッ…」

               ドカッ!


照れたコーラルの暴走に巻き込まれ、トウジさんは部屋の隅辺りまで飛んでいった…

コーラル…結構力持ちなんだな(汗)

そう言えば、以前何度かコーラルを連れてこうずきに行った事がある。

料理の事を聞いていたようだったが…その時仲良くなったのか…


「さあ、ロウソクを吹き消してください」

「ああ」

        フゥー…


俺はルリちゃんに促され、ロウソクを吹き消した。

座っていてはロウソクに息が届かなかったので、立ち上がってだが…

その後、皆の合唱…聞いてるだけで、結構恥ずかしいものがあるな…

そして皆からのプレゼントをもらった。


紅玉からは携帯医療セット…俺は怪我が多すぎるから、だそうだ。

コーラルからは、南海のお屋敷…あまりに高価な物なので遠慮すると、

「私の物はご主人様のものですから、名義変更なんて必要ありませんでしたね」

と言われた……逆ジャ○アニズム?

アイちゃんとツバキさんからは、遊園地のチケット…アイちゃんを連れて行って欲しいそうだ。

ただ、ちょっと…カグヤちゃんからの視線がチクチクと痛いんだが…


アメジスト・ラピス・ルリちゃんの三人は、帰りにネットを通じて注文をしておいたらしい調理道具一式…

トウジさんとサチコお嬢さんからは、料理のレシピを纏めたノートを…

どちらも、俺に“もう一度コックを目指せ”と言う意思表示なのだろう……


シゲルからは変な白い玉をもらった。火星で見つけた貴重なものらしいのだが…(汗)

ホウショウちゃんはスーツを…俺があまり持っていなさそうだから、らしい。

ムラサメは備前長船の一刀を俺にくれた。これは思い入れのある物ではないのかと聞くと、

それをプレゼントする代わりに、今度手合わせして欲しいと言われた…

そして、カグヤちゃんからは<等身大カグヤちゃん人形>を…って、これを俺に如何しろと?

まあ、少し内容に疑問を感じるプレゼントもあったが、皆の気持ちには熱くなるものがあった。

俺は皆に、ありがとうと心からの感謝を口にし…

そして、パーティーが始まった……












佐世保の雪谷食堂に一人の男が尋ねてきた。

小柄なその男は店に入り、注文をする…


「サイゾーさん、ラーメン一つ」

「いらっしゃい、ん? なんだ、進一じゃねーか。

 火星から越してきた時以来だから…三年ぶりくらいか?」

「そうですね。あれ以来、一度も来ていなかったんですから」

「まあいいさ。それで?」


サイゾーは手際良くラーメンを作りながら話し続ける…

昼時を少し過ぎ、客が減り始めていたから出来た事だが、普通のラーメン屋では真似できない手際の良さだ。


「それが…俺、また転勤になりそうなんです…」

「ん? そうか…しかし、俺に殆ど会っていなかったお前が尋ねてくるんだ、かなり遠くか?」

「はい」

「火星はもう占領されたし、月もそうだ…だとするとコロニーか?」

「まあ、そんな所です…」


渋い顔をしている進一を見て、これは違うと思ったが…サイゾーはあえてたずねない事にした。

話せる事なら()うに話しているだろう…

進一は不安を軽減するために来たのだ…

ならばと、サイゾーはラーメンを仕上げる。


「はい、お待ち」

「…」


ズルズルとラーメンを啜る音だけが店内に響く…

そしてしばらく経ち、進一はラーメンを食べ終わって席を立つ。


「それじゃ、美味しかったよ」

「まいどあり」


二人は事務的な言葉だけを交わし、進一は店の外へと向かう。

――――しかし、


「進一…」

「ん? なんだい?」

必ず帰って来い…いいな、忘れるんじゃねーぞ」

「はい」


サイゾーの言葉に支えられ、進一は店を出て行くのだった……












静かになった紅玉の部屋のベランダで、俺は涼んでいた。

トウジさんが誰彼かまわず酒を勧めるので、俺も飲まされてしまったのだ。

二月の夜気はかなり冷えるが、火照った体には丁度いい…

さっきまであんなにはしゃいでいた皆も、もう殆どが自宅に帰っていった。

…一部はトウジさんの酒で撃沈しているが…

ラピスやアメジストも疲れて眠ってしまったらしい。

しかし、誕生日を祝ってもらえるとは思わなかった…

そんな資格など…無いと思っていた・・・


例え誰が許そうとも、俺の罪が消える事はない。

そして罪には、裁きと罰を…


だが……

この人々を守る為にも、ここで俺が立ち止まる訳にはいかない…!

・・・俺は、オレは・・・


「アキトさん…?」


考えにふける俺の背後に、いつの間にかルリちゃんが近付いて来ていた。

ルリちゃんも結構疲れていると思うのだが…


「なんだい? ルリちゃん」

「アキトさん、起きてたんですね…あの、少し話しませんか?」

「ああ、かまわないよ」


俺は表情を和らげ、ベランダに来るように示す。

ルリちゃんの頬が少し赤い…ルリちゃんも飲まされてたのか?


「そう言えばルリちゃん、アメジスト達といつ仲良くなったんだい?」

「アメジストとはシチリアの城の中で色々話しましたから…」

「どんな事?」

「二人が<共通に知っている男性>の事です…」

「ふーん…ん?」

「鈍いですね。アキトさんの事ですよ」

「(冷汗)あ〜…どんな話題だったんでしょう?」

「ふふ、女の子同士の“秘密”です」


ルリちゃんは口元に手を当てクスリと笑うと、表情を戻し俺に話しかける。


「…アキトさん、私の名前なんですけど…このままではまずいかもしれません」


ルリちゃんの名前…ああ確かに。


「そうだね、何か考えておかないと。ん〜…いっそのこと<テンカワ・ルリ>って名乗るかい?」

「それも考えたんですけど…この時代の私を引き取るのなら、私はまったく違う姓を名乗った方がいいと思うんです」


別に、引き取るからって姓を変えるわけじゃ無いんだから、問題ないと思うんだが…


「それでですね、私は<ルリ・ミルヒシュトラーセ>と名乗る事にします」

「ミルヒシュトラーセ?」

「はい、ドイツ語の天の川の呼び方です。ヨーロッパでは“天の川はミルクの道”と呼ぶ事が多いので…」

「ははは…」


ルリちゃん…そんなにこだわらなくても…


「それでですね」

「ああ、まだあるのかい?」

「はい、私の呼び方なんですが…」

「うん」

「“ルリちゃん”はもう居る訳ですし、私の事は<ルリ>と呼び捨てにしてくれませんか?」

「な…」

「駄目ですか? アメジストやラピスは呼び捨てなんですから、問題は無いと思うんですけど」

「…確かにそうだけどね。今までルリちゃんって呼んでたから…」

「でもこれからは、そうすると分かりません。お願いします」

「…ああ、分かった」


呼び方一つだが、かなり問題になりそうだな……カグヤちゃんとか。

どちらにしても、確かに如何にかしなければいけない問題だが…

しかし、女性の心理は分からないからな…俺は内心冷や汗を流していた。

その時…


「アキトさん…」


緊張したルリちゃんの声が聞こえてきた…












私は緊張していました…

こちらでアキトさんに会ってから、緊張の連続です…

アキトさんは特に意識していないのでしょうが、私に微笑みを浮かべています。

ベランダで二人っきり…

今まで私は恋愛の事は良く分からなかったので、殆ど触れてきませんでした。

だからシチュエーションなんて分かりませんが、それでも今の雰囲気がとても好いものである事は分かります。

ですが、アキトさんはそんな事気にしてないんでしょうね…

名前の話をふったら冷や汗を流していますし…

多分、カグヤさんあたりが嫉妬で<暴走>する姿でも思い浮かべているんでしょう。

でも…今を逃せば、もしかしたら二度と言えなくなってしまうかも知れません…

だから、私は思い切って言う事にしました…


「アキトさん…」


私の真剣さが伝わったのでしょうか、アキトさんの表情も真剣なものになりました。


「ルリちゃん…」


さっきルリとだけ呼ぶように言ったんですけど、アキトさんまだ言えないみたいですね…

でも、私今はその事にかまっていられません。


「アキトさん…私……私…」

「ルリちゃん、どうしたの?」

「私は貴方の事が…」


私の事が心配なのでしょう、アキトさんは顔を近づけてきました…

私は緊張と動悸でおかしくなりそうでしたが、

何とかそれを押さえ、次の言葉を…


「貴方の事がす…」

          ド ンガラガッシャーン!!


私はその音にびっくりして、言おうとしていた言葉が途切れてしまいました…


「あっ、すみませぇん。どうぞ続けて下さいぃ」


なんだか、転げたラピスを抱えて去っていくコーラルが見えます…

まさか…見られていたんですか!?


「コーラルさん、覗き見とは趣味が悪いですね…(怒)」

「え? あの…ごめんなさーい!!」


コーラルさんは逃げるように去っていきました。

でも、今更告白という雰囲気じゃないですし…

はあ、諦めるしかないのでしょうか…?

私は…あの言葉は、今だから言える…そんな言葉だったのに……


「ルリちゃん? 本当に大丈夫?」

「はい、大丈夫です。それと、私はルリです。“ちゃん”を付けてはいけません」

「あっ! ごめんルリち…ルリ」


ふふ…まあいいです…でも私、まだ諦めていません。

この世界のアキトさんは、まだユリカさんと結婚していないんですから。


…私が“今だけしかいえない言葉”を言える日まで、待っていて下さいね?


その日は部屋が六畳の狭さなのを理由に、アキトさんの隣に潜り込んで眠りを迎えたのでした…











次回予告

木星そして企業の陰謀渦巻く中、集まる有志達…

襲い来る無人兵器の只中に出航するナデシコ…

若者達の未来は…どこに向かうのか!

次回機動戦艦ナデシコ〜光と闇に祝福を〜

第六話「”初めらしく”でいこう」をみんなで見よう!










あとがき


何というか、一週間ぎりぎりだ…

むしろオーバーですね…

いや、一応七日目なんだから…

七日目でも一週間以内と言った以上、読者さん達は六日以内と思うんじゃないですか?

ぐっ! 相変わらずきついな…

当たり前で す! 何ですか今回は! 私ようやく告白だと思って気合を入れたのに! コーラルなんかに邪魔させて!

そっそれは…ほら…一応…この作品は始まったばかりだし…

何を言ってる んですか! この題を見なさい! 今だけしか言えない言葉! 今だけしか言えない言葉です! この題が告白を指していなくてどうします!!

いや、その通りなんだけど、ユリカも出てないのにまだ早いって言うメールも頂いたし…

他人の指図で作品を変えてどうしま すか!!

いや、まあ主筋は変える気はないけど、それ程影響しないところは読者次第かな?

ほほう、私の告白は主筋に影響しないと?

…(汗)いや、そうじゃなくて今すぐに告白する方が今後の展開に影響を及ぼしそうだって言う事で…先延ばしにした。

で? 何時なんです、それは?

ピースランド辺り。

何ですかそれ は! もう終盤もいいとこじゃないですか!

まあ、その辺も読者次第である程度変更するかもしれないけどね。

ル リ派の読者さん!こののんべんだらりな作者に何か言ってやってください!

ふん、そんな事にメールを送ってくれるほど酔狂な方はおらんわ!

ふふふ、それはどうでしょう、この 作品を見ている読者は少なくても、ナデシコファンの七割はルリ派なんです、きっと送ってくれます!

ならば、勝負だ!

ほほう、貴方の泣きっ面が 目に浮かびますね!

ふん、私の作品はアメジストの固定ファンも付いているという事を忘れるな!

ふふふふふ!

ははははは!

ふーっふっふっふ!!!

はーっはっはっは!!!


二人の笑い声は、三つの山を越えた向こうまでこだま したのじゃった…(日本昔話風)


補足

その1 北辰の頭にかぶっている編み笠は本当は編み笠ではないらしいです。

     何通か組笠であると言うメールを頂きました、有難う御座います。

その2 アキトの誕生日はTV第一話の遺伝子データに基づいています。

 



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