「何故です、レディ。貴女は被害者ですよ?」

「それは違います。彼女は私が秘密を持っている事が許せなかっただけです。

 事実、ネルガルに話していないこともありますし…」

「…それは流石に聞き捨てなりませんな…」

「でも、ゴートさんならわかってますよね?」

「まあ、確かに…貴女は会長のお客人でもありますし…

 それに、聖蓮教と(いさか)いを起こしてまで聞くことでは ないですな」

「そういう事です。ルチルさん、ですから今の事は無かった事にしましょう…」

「ルチル…」

「わかったわ。確かに軽率だった…今回の所は引いておくわ」

「ルチル!」

「まあまあ、ゴートさん。私は構いませんから」

「そうですか…では、積み込み作業に入りますので。人員が動きます。

 我々はそろそろナデシコに戻る事にしましょう」

「判りました」


ひと悶着あったものの、その後は何事も無くリトリアたちはナデシコに帰り着き、物資補給の段階になったのだが。

実際問題としてエステで運ぶしかない為、三人娘とルチルは休む間もなく再度突入する事となった…







機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜





第十三話 「『時々』聞く言葉」後編




『チィ!! やっぱ間に合わなかったか!?』

『積み込み作業、まだ半分も終わってないのにね〜』

『火曜日に魔女にあった、マジかよ!? マジョカヨウ…クク

『残念だけど、私はエステの宇宙戦闘なんてしたこと無いわよ』

『ンな事言ってる場合か!!』


ナデシコはステーションヒルコでの積み込み作業の途中、予測よりも早い段階で木星トカゲの一群と接触した。

エステバリス部隊であるリョーコたちは積み込み作業の途中であったが、ユリカの指示により撤退を開始、

現在は発進シークエンスに入っているナデシコへと向けて全速で向かっている。

しかしバッタの進行速度は速く、次々と追いついて来ては攻撃を仕掛けてくる。

さらに言えば、ルチルの乗る砲戦フレームの動きが遅い為に

どうしても三人がフォローしながら進まねばならず、撤退は思うに任せなかった。


『イズミ! そっちにいったぞ!』

『私の影に入り込もうなんて甘いわね』


天井を高速で滑り込んできたバッタを僅か一挙動で撃ち落とすイズミ。

しかし、更にもう一体背後の壁を突き抜けてバッタが現れる。

バッタの銃口がイズミ機に向く直前、間に 黄色いエステバリスが割り込み、ライフルの弾を叩き込んだ。


『イズミ、油断大敵だよ?』

『キリスト教的ね』

『え?』

『ユダは教敵…ユダはキョウテキ…油断大敵…』

『12点』

『あう…点数を出されてしまった…』


それを見ていた赤いエステバリス、リョーコが方向を変えて声をかける。


『あんまり時間もねぇな…おい、ルチルとかいったな』

『何かしら?』

『この際だ、砲戦フレームは放棄してオレの機体に乗り込め。砲戦フレームじゃ空も飛べねえしな』

『いいの?』

『良いも悪いもねぇ、時間がねぇんだ、急げ!』

『判ったわ』


ルチルはリョーコの常識はずれな提案に息を呑むものの、さっと準備を整え砲戦フレームのアサルトピットを開ける。

リョーコも直ぐにエステをルチルの砲戦フレームの前で屈ませ、アサルトピットを開けてルチルが来るのを待っていると、

ルチルは思いの外軽やかな動きでリョーコの0G戦フレームのアサルトピット内に潜り込んできた。


「ルチル、準備はいいか?」

「ええ。でも、座席の横なんて不安定な場所で急制動とかされると吹っ飛ぶわよ」

「死ぬ気でしがみついてろ、戦闘の邪魔になったら放り出すぞ!」

「ふぅ……やるだけやってみるわ」

「んじゃ、ヒカル、イズミ行くぞ!」

『りょ〜かい♪』

『父さん今日の仕事は漁かい? リョウカイ…了解…ククク』


そうして、三機のエステバリスはステーション内部を全速で飛び始めた。

砲戦フレームのアサルトピットのみは回収しているが、いざと言う時は放り出すので、人を乗せていられない。

そういう意味もあってルチルにはリョーコのアサルトピットに移動してもらった。


何度かバッタが出てきたものの、高速で飛行しているエステによるディストーションアタックで一気に抜けていく。


「さすがね、この狭い通路でぶつからずに飛行できるだけでも大した物なのに」

「何言ってんだ、そのためのIFSだろ? これさえありゃ赤ん坊だってこいつを動かせる。

 熟達も必要だが、イメージを常に意識しとけばなんでもない」

「随分簡単に言うのね…私には難しいわ」

「そりゃ、俺だって最初から出来てたわけじゃねぇが、やってりゃ慣れる。お前もその内…」


そこまで言った所でリョーコはハッとなって口をつぐみ、そして少し苦々しそうな顔でうつむいた。

しかし一瞬で表情を戻した為、ルチルがその顔に気付く事は無かった。


「いや、つまらねぇ事を話しちまったな。もう直ぐナデシコが見えてくるはずだ、そうすれば…」

「ええ、、もうドックが見えて来てもいい頃よね」


その時、全エステバリスに緊急の通信が入った。

通信の主はメグミからで、その緊張した面持ちからもナデシコに何かがあったらしいと見て取れる。


『エステバリス隊の皆さん、ナデシコは現在戦闘状態にあります。

 ヤマダさんが予備のエステバリスで出ていますが、このままではナデシコに取り付かれます。急いで下さい!』

『ねえねえリョーコ…ドック内の方、もう戦闘が始まってるみたい』

「流石に敵も甘かねーみてだな」

『私語は後、急ぐわよ』
 
「ふん、言われるまでもねー!」


暫くしてエステバリス隊はナデシコが修理中の筈のドック内にたどり着いたが、

そこには既に何十ものバッタが押し寄せて来ていた。

ナデシコに近づかせまいと孤軍奮闘しているのは、前回の戦闘で打ち身・捻挫と数箇所の負傷をしているヤマダ。

重傷とまでは行かないものの戦闘に耐えられるとは思えないのだが、気合の産物なのか調子はあまり変わっていない。

リョーコ達はナデシコの元へ急行してきた勢いそのままに高速度攻撃を仕掛け、

固まっていた数体のバッタを葬ったのち分散、ヤマダを加えた連携で残りを駆逐していく。


『オラオラオラ! 今日は俺様の撃墜シールを稼がせてもらうぜ! 食らえゲキガライフル!!』

「あ〜ったく、あいつ…あの何でもかんでも叫ぶ癖何とかならねぇのか?」

『まあまあ、それがヤマダ君のいい所だし。実際戦闘センスは悪くないと思うよ』

『終わってない関西人。まだや……マダヤマダヤマダ…ヤマダ…ククク』

『えと、盛り上がっている所悪いんですけど…ナデシコ及び輸送艦ツツジ、ステーションヒルコから離脱します。

 皆さん護衛お願いします』

『基地のピンチ! 限界を超えて戦う主人公! っかー! 燃えるシュチュエーションだぜ!!』


ナデシコが離床を始める。

元々突入の際にディストーションフィールドで穴を開けているため、出入りは比較的簡単だ。

だが、輸送艦はそうも行かない…

ディストーションフィールドを装備していない以上、バッタやジョロの攻撃すら致命傷になりかねない。

尤も、何やら新鋭艦らしく、装甲や足回りにも少し手が加えられているようで、直ぐに潰されるという事も無いだろうが…

ともあれ、フィールドのあるナデシコと無い輸送艦を比べれば、どうしても護衛は輸送艦中心となる。

その為、ヤマダのみそのままナデシコの護衛を続け、リョーコたちは輸送艦の護衛に張り付く事になった。


「てめえら、判ってると思うが、この船にはディストーションフィールドがねえ! 一機も通すんじゃねえぞ!」

『りょーかい』

『誤解…ククク』


イズミの言葉でシン…となってから三機は拡散し、それぞれ輸送船の護衛に当たる。

しかしその時、リョーコの横から声がかけられる。


「私の事、忘れてない?」

「あっ!? いや、そんな…忘れるわけねぇじゃねぇか!!」

「本当?」

「あう…その…だな…いや、護衛を優先しないといけないだろ、戻している時間が無かったんだよ。

 決して、忘れてたってわけじゃねぇからな! 本当だぞ!」

『その顔は忘れてたんだ〜♪』

『忘れてたんだ〜』

「うるせ! わーった! 確かに忘れてましたよ! ったく…

 けど、さっき言った事も間違いじゃねぇ。もう少し我慢してくれ」

「そうね…敵さんがそうそうそんな暇くれないでしょうね。でも、そのアサルトピットはどうするの?」

「ああ、これはな…こうだ!」


リョーコはそういうと同時にアサルトピットをナデシコ方向に投げつけた。


「艦長、聞こえるか? 一秒でいい。ディストーションフィールドを解除してくれ!」

『ほえ? ああ、判りました。ルリちゃんよろしく!』

『了解ディストーションフィールド解除します。アサルトピット侵入…フィールド再起動開始』


アサルトピットは<100km/時>程度の相対速度でナデシコ下部に向けて飛び込んでいき、

ナデシコとエスカロニアの連結部分に引っかかった。

その際多少の破損は見られたものの、大穴をあけたわけでもない。見事な遠投と言っていいだろう。


「な? 絶妙のコントロールだろ?」

「え…ええ…」

『へぇ〜…リョーコってあんな特技あったんだ…』

『ナデシコ七不思議のひとつね』

「だーー! うっせい! 昔親父から教わった事があるんだよ、野球だけは」

「なるほど、人は見かけによらないのね…」

「どういう意味だ!!」

『うんうん、リョーコらしい特技だと思うよ』

「あ〜もう! おめぇら! 迎撃中なんだから集中しろ!」

『『は〜い』』


通信で悪ふざけをしながらも、三人娘はペースを落とす事なくバッタを排除し続けている。

ドック内のバッタは徐々に数を減らして行き…

数分後には輸送船のルート上の敵を排除する事に成功した。


「輸送船の脱出ルート確保完了。艦長指示出してくれ」

『それじゃジュン君、輸送艦ツツジ発進してくださ〜い』

『了解、輸送艦ツツジ発進』


ジュンのその言葉が終わると同時にツツジの後部にある十数基のバーニアに火がともり、徐々に加速を開始した。

リョーコたちもその周辺で警戒を続けているが、ふと疑問に思った事を艦長に訊ねてみる事にした。


「なあ、艦長」

『なんですか?』

「いや、たいした事じゃねーんだが…いつの間に輸送艦の名前がツツジになったんだ?」

『ついさっきです』

「え!? じゃあつけた理由は?」

『う〜ん、特に意味はありません。なんとなくかな?』

『『「「……」」」』』


ユリカの中途半端な言い回しに、会話をしていた四人は言葉を失った。

確かに、艦名が無いのでは少しやりづらいとは思うが…

それにしても、適当というのは…普通なら伏せておくものだ。

まあ、些細な事ではあるのだが、ユリカはその辺とことんあけっぴろげであった。

そんなユリカをフォローする意味でも、ジュンが輸送船から通信で話しかける。


『そっ…そんなことより、これからどうするんだい? 今のままでも何とか地球まで帰りつけるかも知れないけど…

 問題は、木星トカゲが黙って見逃がしてくれるかだよ』

『う〜ん、確かに問題だよね…この場所が見つかったって言う事は、追撃部隊が来る可能性が高いし…』

『弱った敵を叩くのは兵法の常道だよ。相手が人間と同じ思考をするなら…多分包囲殲滅に出ると思う』

『やっぱり〜…でもジュン君。対抗して私たちに出来るのは、一点突破しかないよ』

『そうなるね。でも分かっていると思うけど艦長、一点突破で来る事は向こうも予想していると思うから…』

『火星側に抜ける一点突破は使えないと言う事…』

『だったら、やっぱり食料とかが足りなくなる、どうするんだいこの先? 食料を制限して何とかしてみる?』

『うーん、ルリちゃん。追撃部隊はレーダー圏内に来てる?』

『いえ、まだきていません、先ほどのは偵察部隊だったと思われます』

『だとすると、本隊が来るまでまだ少し余裕があるね…じゃあ、作戦会議をします。

 エステバリス隊は一時帰還してください。

 ジュン君はそのまま回線を開いておいて。

 メグちゃん、クルーの招集お願い』




ユリカはテキパキと会議の準備に関する指示を出していく。




実質的には、輸送艦は無防備であるし、ナデシコの修復作業も終わっていない。

当然エスカロニアなどは手付かずであったし、エステバリスも再度修復が必要になっている。

戦力低下が著しい…現時点では火星到着時の戦力から見て、いい所四分の一程度の実力しか発揮できないだろう。

ユリカやルーミィ、ジュンにフクベといった指揮経験を持つ者にとって見れば、現状は非常に苦しいと判断せざるを得ない。

この状況では交戦など以ての外、逃げの一手しかない訳だが、追いつかれた時の事も考えておかねばならない。

そういう意味でも会議は必須である。


ブリッジクルーや整備班の班長であるウリバタケ、そしてパイロット達が集ったのを確認してからユリカは話しはじめた。


「では、ナデシコの今後について会議をしたいと思います。

 皆さんもお分かりの事と思いますが、現在ナデシコはかなり危険な状態にあります。

 補給も中途半端だったし、修理も終わってないし、今のままだと次の戦闘で戦力がほぼゼロになっちゃいます。

 最初に言っておきますが、今既にナデシコ及びツツジは太陽系外周方向へ向けて全速で飛んでいます。

 地球へ直進するルートは既に木星トカゲ達が待ち伏せている可能性が高いからです。

 最終的には地球の公転を追いかける形で地球圏に向う予定です。

 それを踏まえた上で、何かご意見はありますか?」

「つまり、逆周りで地球に帰ろうってんだろ、でもどれ位時間がかかるんだ?」

「はい、普通に帰れば2ヶ月ていどですが、逆に行けば半年はかかる計算です」


リョーコが聞いた疑問にはルリが答えた。

きっちりとした試算が出ないのは、木星トカゲの襲撃回数や規模が予測できないせいだ。

普通の状態なら戦闘にかかる時間はそれ程でも無いが、修理資材の不足と、整備員の不足の為、

一回の戦闘でかなりのの時間をロスする事になるからである。


「…それだけの間、空気や水、食料等は持つのか?」

「いえ、難しいでしょう。水及び空気は洗浄して再利用する事も出来ますが…

 これから食料を切り詰めて生活しても、よくて四ヶ月。

 一人一日1200キロカロリーでいいのなら何とか持たせられますが、動き回る部署の者がそれでは、栄養失調になってしまいます」

「むう…」


ゴートも現状の厳しさに改めて唸っている。

重苦しい話題に全員が黙り込んでしまった…

しかしそんな中、提督席に着席していたフクベが質問を投げかける。


「では、一つ聞きたいのだが。ナデシコとツツジでは基本的にスペックが違う筈だ。

 どうだね?」

「はい、確かに今のナデシコはエスカロニアの相転移エンジンも使用可能ですから、加速自体は不可能ではありません。

 ただ、現状損傷が酷く全力航行は故障を引き起こす可能性が高いですが…」

「では、ツツジにいる1000人をナデシコに移す事は可能かね?」

「不可能ではありませんが…ナデシコは戦闘を目的として作られた船です。

 ですから、余剰人員枠があまり多いとは言えません。

 余剰な人員をあまり乗せておくと、空気清浄機能や水の使用量の限界を超えてしまいます」

「具体的にはどれくらいが乗れる事になっているんだね?」

「乗せられる限界が500人と言う事になっていますが。カタログスペックなら700人までならなんとか可能です」

「ナデシコの人間が250人と避難民1000人で、1250人…どうにかナデシコに乗せる方法は無いかね?」

「そうですね〜、我々としても余計な出費はしないで済むに越した事は無いですし。

 出切ればナデシコ内でまかなえれば楽なんですが…」

「可能といえば可能です」

「それはどういう意味かね?」

「ツツジにある空気清浄装置をナデシコに取り付ける事が出切れば、取りあえず空気だけなら何とかなります」

「ちょっと待て! それをやるためにゃ、少なくともドック施設が必要だ。空気清浄装置はかなりでかいからな…

 運び入れるだけでも一苦労だ。それに、取り付けする場所がな…ねえ」


強引な手法で知られるウリバタケが最初に音をあげてきた。

空気清浄装置というものは、基本的に循環する空気をろ過して二酸化炭素を酸素と炭素に戻す事ができる。

ただし、その為には大規模な装置が必要で、しかもろ過そのものが順当に行われる為に全てのエアコンに繋がっている。

エスカロニアのように、ルーミィ一人分ならそれほど大規模なものはいらないが…

輸送船の空気清浄装置はナデシコのそれの倍はある巨大な物である。

空気を扱う以上外部に接続する事も出来ないので、内部に入れねばならないが…

ナデシコに1000人乗せるとすればそれだけの規模の空間が存在しないのも事実である。


「絶対に無理なのかね?」

「ああ、本気で入れるつもりなら、ナデシコそのものを改造するつもりでやるしかねえだろうな…」

「そうか…」

「すまねえな…確かにその方法なら、ナデシコの加速で二ヶ月くらいは時間を縮められたと思うがな」

「八方手詰まりって言う感じかしらねー」

「でも、ならナデシコが先行して地球に帰って、地球から食料とかを持ってくるようにすれば…」

「その間のツツジの防衛はどうする訳?」

「エステバリス…そういえば、アレは重力波ビームがないと動かないんでしたっけ」

「そうなりますな」


メグミが思いついた案もツツジの安全面上却下するしかなかった。

ブリッジに集った面々も表情に精彩を欠いてくる…

沈み始めたブリッジの空気をやおら上がった怒声が貫いた。


「なんだなんだなんだー!!?

 みんなシケたツラしてやがんな〜

 お前等それでも正義の味方か?

 いいか、こういうときこそ一致団結してだな。敵の包囲網を突っ切って地球に帰るんだ!

 敵が幾万いようとも、このダイゴウジ・ガイ様が何とかしてやるぜ!!」

「こんな場でも、そういった発言が出来るとは。ヤマダさん流石ですね…」

「だから、ダイゴウジ・ガイ!」

「へこたれない精神というのは重要だとは思いますが…

 残念ながらその提案は却下ですな、ルリさん。レーダー索敵はどうなっていますか?」

「はい、レーダーはタイムラグが出来るのではっきりとした事はいえませんが、

 火星から地球へ向かう領域には既に敵艦隊の集結が始まっています。

 その数、艦艇のみで約千…ナデシコの動きを察知したと思われる部隊が一部こちらに向かっていますが、

 追いつかれるまでには約二時間程度時間があります」

「やはり、輸送船の船足に合わせていては逃げるのは難しそうですな…」


艦艇が一千隻も投入されているとなれば、ナデシコなど一溜まりも無いことは間違いない。

ナデシコやエステは言うに及ばず、エスカロニアやエグザバイトも含めて、万全の状態でも突破は不可能だろう。

追撃をかけてくる部隊が一部のみだというのは幸いだが、それでも、艦艇に加えてバッタを無数に引き連れているはずである。

とてもではないが現状で相手をしている余裕は無い。

会議の時間も押し迫っていたので、ユリカは自らの脱出プランを会議の出席者に向かって告げた。


「場合によっては、ナデシコとツツジのエンジンを落として圧搾空気で位置を変更しつつ、離脱を図る事になると思います。

 私の考えたプランは、確かに穴も多いですし、場合によっては栄養失調などを引き起こす可能性があります。

 コールドスリープの施設があるわけではありませんが、

 最終的には低温睡眠施設を作って、起きている人員を減らして対応するくらいしか思いつきません。

 でも、私の考える中では最良の方法だと思います。

 もし、それよりもいい方法を知っているなら。教えてください」


会議の場が静まり返りユリカも自らのプランが受け入れられた事を確認すると、

直ぐにプランを実行に移すべく具体的な行動手順を説明しようとしたその時。


ブリッジに入室してくる存在があった。

それは、場の雰囲気に馴染まないモノであったと言わざるを得ない。

メイドに車椅子を押され、点滴をつけたまま病人服姿で現れたのは…


「すまないな、作戦会議に遅れてしまった」

「アキト! やっぱりアキトは私の王子様!

 何時もピンチの時に駆けつけてくれるんだね!

 意識が回復してくれてすごく嬉しい!」

「こらこら、作戦会議中なんだろ?」

「あっ、ごめん…

 でも…まだ動かない方がいいよ?

 手術終わってからまだ三日もたってないのに」

「お前達は不眠不休なのに、俺だけいつまでも休んでいるわけにも行かないさ」


ユリカだけではなく、ルーミィやブリッジクルー、車椅子を押しているコーラルですら、心配げにアキトを見ている。

確かに今のアキトは体中に損傷があるために包帯だらけの上、まだ顔色も悪く、とてもまともな状態とは言えない。


「なに、俺のやる事はそう多くない。殆どは彼女に頼むつもりだ」

「アキト、つれてきたよ」

「ああ、ありがとうラピス」


続いてブリッジに薄桃色をした髪の少女、ラピスが、ルリとほぼ同年代の少女を伴い現れる。

ブリッジの面々は今ナデシコに何が起こっているのか分からなかった。


「さて、プロスさん。貴方はボソンジャンプについてどれくらい知っていますか?」

「…それは、我々の中でもトップシークレットに属するものですが…

 今はそれを言っているときではありませんね」


アキトがいきなり繰り出した機密漏えいにプロスは眉を引く付かせるものの、

それでも、現状打破の秘策となりうる事は良く知っていたので、

アキトの機密漏えいを認めるしかない事実を受け止めたようだ。


「有名な所では、ジョーさん、アキトさんの事でしたか…

 彼が気密すら保てないような船で12万人の人間を一瞬で火星から地球へと運んだ事でしょうか」

「まあ、そういう事もあったな」

「では、この船もボソンジャンプが可能と考えて宜しいんですね?」

「その通りだ」


アキトとプロスは二人だけで会話をすすめていく…

他の人間も聞き耳を立てていたが、会話に割り込むのは難しいようだ。

会話自体が突拍子も無さ過ぎて付いていけないという事だろう。


「えと…アキトはナデシコを一瞬で地球に飛ばす事ができる、っていう事?」

「いや、今の状態では無理だろう…しかし、彼女なら出来るはずだ」

「へ? 彼女?」

「アタシの事でちゅ」


それは、栗色に近い金髪をしたツインテールの少女だった。

ルリのそれよりテールの長さは短いが、頭が揺れるたびヒョコヒョコ動くので、それが動的なかわいらしさになっている。

しかし、特異なのはその部分ではなかった。

服装も歳相応の少女の物だが、何故か大人用の白衣を着込んでいる。

その足元を擦りそうな白衣が妙にかわいらしくはあったが…


「そうだ、ボソンジャンプはアイちゃんに頼もうと思う」

「そうなのですか…でも、その…大丈夫なんですかね?」

「問題ないでちゅ。そもそも、イメージの訓練はいやと言うほど受けていまちゅから」

「訓練?」

「いや…色々あったからな…」

「ハァ…いろいろですか…」


アイの言った訓練とはイネスがA級ジャンパーとして行ってきた訓練である。

アキトはその事に気付いていたが、それをナデシコクルーの前で言うわけにも行かない。

苦しい言い訳だった…既にプロスには疑われている様だが、それでも、それ以上聞こうとはせず、続きを促した。


「何にせよ、ボソンジャンプにはディストーションフィールドとC・Cが必要な訳だが、幸いにもナデシコには二つとも揃っている」

「はい、C・C回収は優先事項に含まれておりましたので」

「後は、イメージを行うジャンパーがいればジャンプ可能なわけだ」

「そうなのですか…ですが、あれだけ秘匿してらっしゃったのに、今は話してくださる…一体どういった風の吹き回しで?」

「命が惜しいからに決まっているだろう?」


――安易にジャンプ実験を行うな。

暗にそう釘を刺した、とも取れるアキトに軽く探りを入れるプロスペクターだったが、

返ってきたのは言動がまるで一致していない、あまりにも適当な答え。

プロスペクターも、流石にこれには笑うしかなかった。


「ははは、テンカワさんもお人が悪い、判りましたそういう事にしておきましょう。

 ですが、あと二時間で追撃部隊がやってきます。それまでに、どうにか出来ますか?」

「判った。だが、こちらの準備にはさして時間はかからないが、ナデシコに輸送船の人員を移させる必要があるな」

「二隻一度にはいきませんか?」

「飛ばす質量によってジャンパーの精神疲労も違ってくる。負担は小さいほどいい」

「艦長、それではお願いできますかな?」

「わかりました! ボソンジャンプってどんなのだか知らないけど、ナデシコに人員を収容すればいいんですね」

「はい、あまり時間はありませんので急いでお願いします」

「ジュン君、輸送船の指揮のほうよろしくね♪」

『え〜!? え、あ…うん、ユリカの頼みなら聞くよ』


ジュンは自分の仕事じゃないと言おうとしたが、ユリカに見つめられると嫌とは言えず…

結局便利に使われてしまうジュンであった…


「トラブルがなければ一時間ほどの間に終わると思います」


ルリの言を聞いてアキトがアイに指示を出す。

それと平行してプロスにC・Cの散布準備を依頼すると、

アキトは再びブリッジに視線を戻し…


「みんなに聞いてほしい事がある。これから行う事はネルガルと明日香インダストリーの共同開発している新技術だ」

「新技術ですか? 今の状態を何とかできるなら、何でもしたい気分ですけど…」


アキトの発言にメグミが疑問を呈する。

信頼性があるのか気になるといった様子だ。


「ああ、100%の保障は出来ないが…今一番確実に助かる方法の筈だ」

「うん、アキトがそういうならきっと大丈夫だよ」

「艦長、その根拠の無い自信はどこから来ているんですか?」

「それは…今までのアキトの実績が証明してくれている筈だよ?」

「…否定はしませんけど…」


アキトの今までの行動を見ていると、アキトを否定する事もできないメグミである。


「兎に角、その新技術を使っての移動をすれば、距離の問題は殆ど無くなる。

 しかし、先ほども言ったが条件がある。

 それが、C・Cであり、強力なディストーションフィールドであり、そしてジャンパーだ」

「ジャンパー?」

「ボソンジャンプは遺跡演算ユニットと呼ばれるものが制御して、実行される。

 その演算ユニットに目的地の情報を伝達する者が要るんだが…」

「それが、ジャンパー…でも、それはどうやって見分けるの?」

「それを今言う事は出来ないが…それなりに見分ける方法はある」

「そうなんだ…」


ユリカも質問は差し控えたものの、今の話は当然気になってはいた。

また、ブリッジクルーにとっても気になる事項ではあったろう。

もちろん、逆行者であるルーミィやラピスを除いて、ではあるが…


「ジュン君、輸送船の人たちの避難状況はどうなってるの?」

『現在は70%くらいかな? このままなら後10分もすれば完全に避難できるよ』

「はい、確かに現在727人の乗船を確認しています」


ジュンの言葉をルリが補足する。

オモイカネが避難状況のチェックも担当しているようだ。


「ねえ、みんな取り込み中だと思うけど、アレなんだと思う?」

「はい?」


正面には星の海とでも表現するしかない真っ暗な世界があるだけだったが、

そのうちの一つがまたたいた…

ブリッジクルーもミナトの言葉にメインスクリーンを見るがなかなか確認できない…


「データスキャン開始します。…出ました、一万倍望遠で表示します」

「うわこれって…」


拡大された図面では黒いサナギとでも表現したくなる代物が映し出されていた。


「休眠状態のチューリップか…」

「隕石群に紛れていた為、隕石と誤認されたようです。

 休眠状態にあるためエネルギーそのものも出ていません」

「艦長、どうしますか?」

「もう、現状では回避は難しいでしょう…でも、ルートは既に意味を成さなくなっています。

 ミナトさん…できるだけ刺激しないように通り抜けられますか?」

「う〜ん、やってみるけどね…あまり期待しないでよ?」


そう言いながらもミナトは細やかな操艦を見せ、ナデシコは少しづつチューリップから離れる軌道を取り始める…

しかし、それは失敗に終わった。


『ナデシコ、すまないがこっちの操舵師ではナデシコの軌道を追いきれない…

 出切れば全員が乗り移るまで待ってくれないか?』

「そうはいってもー、もう直ぐチューリップの近くまで来ちゃうわよ?」

「リョーコさん、ヒカルさん、イズミさん、格納庫の方で待機して置いてください!

 何事も無ければそれでいいですが、場合によっては全員が乗り移るまでの護衛をしてもらう事になります」

「了解! ちょっと行ってくらぁ!」

「折角、これから一大イベントに立ち会えるのに、ここでやられる訳には行かないもん」

「今日は胃が痛くて弁当が食べられない、胃・弁当…イ・ベントウ…イベント…苦しい

「ちょっと待て! 俺も行く!」

「足手まといだ! テメエはここにいろ!」


相変わらず軽口を叩きながら三人娘が出て行く。

ヤマダは取り残されてしょんぼりしている。

だが、誰も笑う事は無かった…

相変わらず緊張状態が続いているという事だろう。

ナデシコがこれだけの緊張状態に置かれた事は初めてだ。

なにしろ、今まで牽引力だったアキトが“戦力外”という事自体、初めてなのだから…


「正面のチューリップ活動を再開。口を開きます」

「あちゃ〜こういうときに限って…」

「チューリップ内より艦隊出現……ヤンマ10、カトンボ30、バッタ300」

「なっ…」

「リアルに大変そうな数だね…ジュン君? 脱出状況はどうなってる?」

『九割がた終わった、今ブリッジも撤収作業に入ってる。後五分で全て終わる筈だよ』

「ナデシコ内、現在932人の乗船を確認しています」

「エステバリス隊の皆さん…5分です。それだけの間ツツジとナデシコの護衛お願いします」

『わーってるよ! これくらいの数、蹴散らしてやらー』

『またまた、大きな事言っちゃって〜』

『気を抜いてると死ぬよ?』

『うわ、シリアスイズミだ…』


そういいつつも、エステバリス隊は迎撃を開始していた。

ナデシコはディストーションフィールドを張れば、そうそうダメージを受ける事はないが、

現在はツツジとの間に人が乗り込む為の通路を渡してあるため、ディストーションフィールドを張る事はできない。

つまり、現在ナデシコもツツジも全くの無防備であるという事である。

そんな中を縦横無尽に飛びまわり、三人娘達は良く迎撃していた。

しかし、そんな状態が長く続く訳も無く…


『ちぃ! そろそろ限界か!? これ以上は船も多少のダメージを覚悟してもらうぜ』

「いえ、その必要はありません。今丁度アオイジュン以下1036名全員のナデシコ搭乗を確認しました」

「そういうわけで、戻ってきちゃってください」

『何? そうなのか…忙しい事だな…』

「では、エステバリスを回収後、ディストーションフィールドを張りつつ後退。

 その後の指揮はアキトにとってもらいます。じゃ、任せたね」

「わかった、指揮を取るといった所で俺のやることは殆ど無いが…

 ルリちゃん、今プロスさんがセットしてくれたアレの射出お願いできるかな?」

「分りました」


ルリはアキトの言葉を聞いた後、直ぐに何かを操作する。

すると、ナデシコの周り四箇所に何か箱のようなものが射出され、直ぐに口を開いたその中から何かが吐き出された。

その吐き出されたものはキラキラと光を反射しながら拡散していき、

僅か数秒後には無数の光の粒がディストーションフィールドと接触し始める。


「後は、アイちゃんにお願いするよ。いいかい? アイちゃん」

「大丈夫でち。でも、これだけ大々的にやると後が怖いでちゅね」

「仕方ないさ、何れはばれる事だしな」

「はい、命には変えられまちぇんね」

「そういう事だ」


その言葉を聞くとアイは目をつぶりイメージングを始める。

アイの体に住むナノマシンが活動を活性化し、光を放ち始める。

ブリッジクルーはただ息を呑むのみだ。


「それでは、いきまちゅ…じゃん…」


ガコォ!!

「え!?」

「何!?」

「敵、ヤンマタイプ突撃してきました」

「くそ、二度目をやっている暇は無い! そのまま飛んでくれ!」

「わかったでちゅ! …じゃんぷ」


アイのその言葉が終わると同時に、ナデシコの周りが青い光に包まれ…

輝きの中で…ナデシコは消えた。










次回予告

ようやく地球圏へと帰りつくナデシコ

しかし、そこに待っていたのはまたもや戦いの渦。

戦力を低下したナデシコは戦い抜く事ができるのか!

次回 機動戦艦ナデシコ〜光と闇に祝福を〜

第十四話「晴れ時々『戦艦?』」をみんなで見よう!












あとがき

やっと、やっと火星から帰ってくれた…

何時になったら地球に帰るんだろうと自分でも信じられんかった。

13話後半はやたらボリューム増えるし(汗)

まだ、お話としては四分の一くらいじゃないかな〜

先が長すぎる…

膨大すぎるネタに押しつぶされそう…

でも、じりじりと終わらせていきますので今後ともよろしくお願いします。

今回はこれにて。


WEB拍手ありがとう御座います。

作品に対する拍手はとても嬉しく思っております。

お返事などをきっちりとこなせないのは申し訳ないです。

もう暫くしたら、またきちんとお返事できる事と思いますので、次回か次々回くらいからお返事を復帰したいと思います。

もう暫くお許しください。


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