いったルリは少し恥ずかしいのか、顔を赤くしている。

対してべスは唖然として口を開けっ放しだ。

俺も少し驚いた、ルリがこんなことを言うとは考えていなかったからだ。



後になって聞いたことだが、彼女が誰だかルリはハッタリをかましたらしい。

べスのことは知らなかったが、言い回しで多分高官か貴族の娘だろうことは予測がついたので、それに合わせたらしい。

で、結局三人で申請を行って(俺は殆ど何もしなかったが)ルリは見事にエンジンを取得した。


危険物基準に引っかかっていたようなので、それを回避する方策を示して見せたのだ。

エンジンそのものではなく、その部品を数点持っていって、元々ついていたエンジンにつける事で修理してしまおうという考え方だった。

もちろん、普通なら部品だけとはいえ、一度引っかかった物を出してくれるとは考え辛いのだが……

その辺りは、べスが何とかしてしまった。

確かに、案外いいコンビかも知れない。

ルリは帰りのエレベータの中でイタズラっぽい表情で笑っていた……




機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜





第十六話「いつもの『自分』に休息を」その7





連合宇宙軍第五艦隊、元々地球圏の艦隊は対外的な戦争を目的に、

防衛線を張るために第一から第五までを構想されていた。


しかし、実際はそれぞれの国家の思惑のため、防衛国毎に艦隊を冠する事になり、

一時は100近い艦隊が結成された事もあった。


しかし、全く連携が取れていない艦隊はアメリカ主導の第二艦隊、太平洋方面軍に全く敵わず。

地球連合内での地位を嘆いた他の国家群は、連合を組んで結束を図った、


その後残ったのは、アメリカの主導で地位に着いたと言われる第三艦隊、極東方面軍。

中国を主導にした第四艦隊、アジア方面軍

ヨーロッパ方面の第五艦隊、大西洋方面軍

インドを中核とした第六艦隊、中東亜方面軍

アフリカ方面の第七艦隊、アフリカ方面軍

ブラジル等の第八艦隊、南アメリカ方面軍


それら以外に以前は二つの軍が存在していたが、現状は

一年前まで月面を守っていた第九艦隊、月方面軍の残存部隊は第二艦隊に吸収され。

そして、一年半前火星から脱出してきた第一艦隊、火星方面軍の残存兵は第三・第五艦隊に編入された。

現状世界を主導しているのはアメリカを主導とした第二艦隊と第三艦隊。

対抗しているのがEC主導の第五軍と第七軍。

第四軍も派閥としては大きいが、連合宇宙軍を主導できるほどには至っていない。


連合宇宙軍とは、とても一枚岩とは呼べないそういった組織なのである。

そして、それぞれの艦隊への武器の供給は基本的にクリムゾングループが行ってきていた。

しかし、ネルガルや明日香といった、組織が、

それぞれ第三、第四、第六艦隊などに働きかけクリムゾングループの独占を崩した。

更に相転移エンジン、ディストーションフィールド、グラビティブラストといった強力な兵器をネルガルが開発して以来。

ナデシコのこともあり、一時的には関係が悪化したものの、第二艦隊たるアメリカまで動き始めていた。

クリムゾングループは武器輸出のシェアを奪われる寸前まで来ていたと言える。







「と、いうわけだ」

「……」


ナデシコが地球圏に帰ってきてすぐのこと、ルチル・フレサンジュはネルガルの会長室に呼び出されていた。

連れ帰った火星に人たちはネルガルと明日香がまた身元の引き受けを行っているらしい。

それをうれしく思うと同時に、少し不思議に思うも思った、

火星ではネルガルSSのトップにあったとはいえ、自分は会長と話せるような身分ではない。

しかし、会長室には会長アカツキ・ナガレが背広を着こなし、ゆったりとデスクの上に腰掛けている。

あまり行儀のいい格好とはいえない。

ルチルは、眉間を押さえながらも、質問を繰り返した。


「確かに、クリムゾンが危機感を抱いているのはわかりました。しかし、なぜ第五艦隊への潜入になるのでしょうか?」

「なーに、何もなければ半年ほどで帰ってこれるさ。いわゆる保険って奴だよ」

「保険?」

「第五艦隊、ヨーロッパ方面軍は活発に活動しているからね。

 あのボンボンが知っていてやっているのかどうか知らないが」

「ボンボン?」

「聞いたことないかい? リヒャルト・ローゼンシュタイン中将

 軍閥ローゼンシュタイン家の鼻つまみ者だったのがなぜか今や艦隊指令だしねぇ。

 どこから資金が流れてきているのか考えるまでもないよね?」

「まさか……」

「多分シャロン・ウィードリン辺りが糸を引いているだろう。上手く貴族達を刺激したようだしね」

「えっ!?」

「ああ、そんなことよりこれから一緒に食事でもどうだい?

 ネルガルビルの最上階にあるスカイレストランはなかなか行けるよ?」

「……いえ、結構です」

「そういわずにさぁ」

「用件がお済みでしたら、私は失礼させていただきます。準備などもありますので」

「お堅いねぇ……まぁいいか、くれぐれも仏心を起こさないようにね」

「……どういう?」

「さあ、行った行った、僕もこれで結構忙しいんだ。コスモスもそろそろ完成するだろうし。

 そうなると反撃ののろしを上げないとね」


部屋を出たルチルは考え込むようにうつむいた。

アカツキは相変わらず飄々とした顔をしていたが、今聞かされたのは一大陰謀劇の一端である。

むしろ、ルチルなどに明かしていいのか分からないほどに……。

それはつまり、第五艦隊がただで済むことがないと言っているようなものであった。













エレベーターを下った後、べスは取り付けのために大学へともどっていった。

俺たちは、明日になってから見に行く事になっている。

徹夜仕事になると言っていたので、手伝える事が無いかと聞いてみたが、この仕事は自分で仕上げたいからと断られた。

そういう事もあり夜までは何事も無く過ぎていった。


夜もふけた頃、とはいってもコロニーの人工的なものだが、マンションで起きている人間がいなくなった頃。

俺は何かの気配を感じ跳ね起きた。

銀光がきらめく気配を察し飛びのいてさがる。

寝起きのボヤっとした頭を無理やり起こし周囲を探る。

前方少し右より、窓際の辺りに人影が立っていることに気付いた……。


「お前……北辰衆!」


気配から、それを察し言葉に出してみる。

相手の方からは濃密な殺気をぶつけられた。

この時代まだボソンジャンプは解明されていたとは思えない、にもかかわらず俺に対してピンポイントに北辰衆が現れる?

いや、一人だけだとするなら、他の人が危ない。

何とか抜け出して、隣のルリだけでも確認しなければ。


「ククッ、貴様も怪我のせいでなまったと見える。手を下す直前まで気付かないとはな」

「……?」

「あの時、貴様に受けた屈辱は忘れん。貴様を殺すまでは……な」


夜目に分かる分けじゃないが笑ったのを感じた。

この声は……何度か聞いたことがある。

烈風……本名ではないだろうが、確かにあの時こいつの機体を破壊したな。

その時の復讐なのか?


「ホクシンも動いているのか?」

「さあな、貴様に教えてやる義理は無い」

「……」


確かに、無駄話に過ぎなかった。

奴のいう事が本当か嘘かは俺に判断できる事じゃない。

俺のできる事は、一刻も早くルリの安否を確認するだけだ。

そのためにも……。


「ほぅ、全く何もしていなかったわけではないようだな」

「言っておくが、お前と正々堂々やりあう気は無い」

「ふん、お互い様だ」


俺の台詞に烈風も殺気を強くする。

恐らく、奴にとっては雪辱戦なのだろう。

正面から戦えば大怪我する事にもなりかねない。

しかし、こんな所でやられてやるわけには行かない。


「死ね!」


奴はそう言ったかと思うと近づきもせず、右手を左から右へなぎ払った。

俺はとっさに体勢を変えて避けるが、頬を何かが掠めていった。

血が伝う、これはつぶてか。


俺は体制を崩してそのままベッドの下に転がり落ちる。

烈風は続けてつぶてを放ってくるが、かぶっていた布団を貫かせて威力を減殺させた。

ベッドの下に手を滑らせてから跳ね起き、烈風との距離をとった。


「ほほう、飛礫を見切るか、それにその動きは……木連式柔」

「……」


烈風は俺の動きを見て木連式の事に感づいたようだった。

これまでの攻防だけでそれと悟る以上かなりの腕前ということになる。

団体で襲われた事は多かったが、個人で襲われたのは初めてだ。

以前は月臣に一瞬でやられていたからどのくらいの使い手なのかはわからなかったが、

強いのは間違いない、もっとも月臣に対してチンピラのように特攻していった奴からは想像もつかないが。


「っ!?」


俺は殺気を感じて下がりながら銀光が閃くのを見る。

置いてあった車椅子が足に当たって転がっていった、何やら異音がしたな……まさか(汗)

しかし、抜刀術……抜き手を見せぬほどに見事な物だ。

本来の抜刀術は納刀状態から抜刀し、一刀を振るってすぐにまた納刀する、

その事によって刀の長さを気付かせず、更に剣速を鞘のすべりをもって加速させる。

それこそが、抜刀術の姿ではある、しかし、部屋内ではやりにくいだろうが。


「追い込んだぞ、テンカワ・アキト」

「何故名を知っている?」

「クククッ、……さてな」


そして、警戒しながら近づいてきた奴が一瞬硬直する。

背後にあった車椅子がいきなり変形していた。

奴は警戒して跳び下がる。

そこに、車椅子から発射された特殊なミサイルが飛来する。


「なに、大したトラップじゃない」

「貴様!」


ミサイルは花火になって大きな音を立てる。

そして、俺は音の消える瞬間に合わせて手元に隠していたレミントン・ダブル・デリンジャーを2連射。

弾は左腕に当たっただけ、致命傷には程遠かったが、警戒した奴は窓を破って飛び出していた。

その後、まるで忘れていたかのように警報が鳴り出し、スプリンクラーが稼動する。


「……逃げられたか」


安堵したのも一瞬、すぐにルリの事が心配になった俺は、隣の部屋へと駆け込むべく部屋を出たが、

そこには逆に血相を変えて俺の部屋に駆け込もうとしているルリの姿が有った。


「アキトさん! 一体何があったんですか!?」

「ルリ……どうやらそっちは無事のようだな」

「アキトさんは何かあったんですか? 爆発音がしたから……」

「ああ、あれか……セイヤさんの車椅子が爆発しただけだ」

「爆発……ウリバタケさん……今度と言う今度は……(怒)」

「いや、むしろ助かったんだ、許してやってくれ」

「一体どういう事ですか?」


俺は北辰衆がここに来ているかもしれない事を語った。

烈風一人で行動しているとは考えにくい、俺を襲撃してきたのは復讐心からだろうが、

作戦行動でもなければ地球圏まで来ているという事が考えづらい。

恐らくはここか、少なくとも地球圏で何か動きがあると考えなければならないだろう。


「そろそろ、この休暇も終わりだな……」

「……そうですね、ここにいれば私たちも危険ですし、巻き込まれる人たちはもっと危険です」

「狙いが俺と決まったわけじゃないが」

「確かにそうだと思います、ですが、アキトさんがいては敵を刺激してしいます」

「ああ……そうだな」

「ですが、不自然な事が幾つかあります。最近の警備強化はかなりのレベルにあります。

 コロニーにどうやって入ったのか、またここまで警備の人たちに見つからずに来れたのか、

 不審な点は多いです。まだ個人でボソンジャンプが使えるとは思いたくないですね」

「そういえばそうだな、火災報知器の警報やスプリンクラーまで、奴が出て行った後に稼動していた」

「そうですか……では、やはりここと木連の関連を疑わないわけにはいきませんね」

「飛躍しすぎじゃないのか?」


警備強化の事も、今回の事も不思議ではあるがこのコロニー全体が係っていると考えるのは少し早い。

決定的な証拠があるわけでもない、疑わしくはあるが……。


「ですが、このコロニーの出資者のことを考えると……」

「出資者?」

「現在の出資者である、イギリスとピースランド、そしてEC各国です。元々日系の出資でしたが……。

 問題なのはそれら全ての国はクリムゾングループのシェアを結んでいる国であると言う事です。

 ネルガルや明日香は新興の企業ですから、どうしてもアジアや東南アジア、中南米を中心に展開していますが、

 クリムゾンはアメリカを中心にEC各国、ロシア、アフリカがメインの市場です」

「つまりは?」

「ここが、木連にとってなんらかの手段となりうるのではないかという事です」

「……人質か?」

「分かりません、あくまで可能性の話ですが、ここには政府高官の関係者も多いですから、協力者がいた場合はそういうことも可能でしょう」


協力者……確かに木連の協力者はクリムゾンという企業内に存在している。

そして、その一部がこのコロニーに来ていればそれは十分に可能だろう。

しかし……何かが引っかかる。

警備の強化は俺達が来るより前からだった、強化していなければむしろ襲撃には好都合だという気もするのだが……。


「警備を強化したのは逃さないためかもしれません」

「逃がさないため?」

「第三層の警備が目に見えるほどには強化されていないのに、出入りの税関は厳しく取り締まっています」

「……なるほどな、しかし、そうなると……」

「どの規模で協力者がいるのか予測できないのが問題です」


最悪このコロニーが完全封鎖されることも考えないといけないと言う事か。

何とかしたいのはやまやまだが、個人でどうにかできる事ではない。

クリムゾンを揺さぶるか、木連をどうにかする方が確実だろう。


「コロニーから一度出て準備をしないとな……」

「はい、私たちが個人でできる事は少ないですから」


一通り話すと、俺達はその日のうちにコロニー脱出の準備を始めた。

しかし、それでは既に遅かったのだということを後になって気付される事になる……。












連合宇宙軍第五艦隊、大西洋方面軍は今や大艦隊である。

元々ヨーロッパ各国の艦隊を合わせたものであるから。

アメリカに匹敵する規模の艦隊ではあった、しかし旧式な艦が多く、

どうしても第二艦隊と比べると見劣りしていたのだが……。

最近クリムゾンから新造艦のテストのためという名目で戦艦100、巡洋艦300、駆逐艦1000を手に入れていた。

今回の出撃はそのテストのための演習という事になっている。


そして、あまった旧式の艦隊は普通は廃棄処分となるのだが、

戦時でもあるしネルガルが改装を申し出ていたため、使用可能になったものは使うことにしていた。

しかし、人員が決定的に足りないため、新しく兵士の募集をかけたのである。


ここでとある女性が、リヒャルトから募集の方法を一任されていた事はあまり知られていない。

しかし、結果的に殆どが火星出身者の義勇軍のような形になってしまった。

その事にリヒャルトは多少不満であったようだが、人種差別主義者である彼にしては鷹揚にその事態を受け入れていた。


「ふん、演習の的にでもなれば丁度いいだろう。

 新しい船の乗り心地はなかなかいい。旗艦もついでに新調するか」


副官にそう漏らしていたことは、艦隊中の人々の噂となっていた。

しかし、軍事演習がなぜコロニーフタバアオイの近辺で行われるのか、その真相を知るものは殆どいなかった。












戦艦の貨物デッキ、普段はあまり人の通りかからない区画である。

しかし、茶髪を短く刈った少女は違った。

今回訓練で熱くなりすぎたため、上官に意見してしまい、貨物デッキの掃除を言い渡されたところだ。

彼女は見た目はすらりとしているが、筋肉が良くついている。

マラソン選手にありがちな引き締まった筋肉で、かなり鍛えこんでいるのが分かる。

少々ガサツな行動を取る少女であったが、表情が柔和であるため許されている。

サタケ・ミオとはそういう少女であった。


そんなわけで、ミオは嫌々ながらも掃除をしていると。

コンテナの影で何かが動くのが見受けられる。

ミオは足音を押し殺し、少しづつ近づいていった。

金色の髪を三つ編みにまとめて、ベレー帽をかぶった女性がなにやら作業をしている。


「あの、何をしていらっしゃるんですか? フレサンジュ少尉?」


ルチルは作業に集中していたため、気付くのが遅れていた。

思わずぎょっとして背後を振り返る。


「あっ、サタケ一等兵……ごめんなさい。掃除の邪魔しちゃった?」

「いえ……ですが、いったい何をしていらっしゃるんですか?」

「んー」

「その、できれば安心させてほしいのですが」

「……そうね、教えてあげてもいいけど。軍法会議物よ?」

「え?」

「それだけ重要な任務なの、秘密守れる?」


ミオにとってルチルという上官は火星出身者であると同時に、

少尉に任官している女性として少しあこがれてもいた。

しかし、この秘密は知っていいものなのかどうか分からない。

それに、彼女が軍規に違反していたのだとしたら、自分がどうすべきなのかも分からなかった。


ミオは色々考えたが最終的に好奇心が勝り。


「はい、教えてください」

「……分かったわ、この画面を見て」

「はい」


ルチルがミオに見せたのは、この艦隊の予想進路と、演習内容だった。

ミオは一瞬不思議に思う、ルチルはなぜ演習内容なんて高度な機密を知っているのだろうと。

ルチルはエスピシアのパイロットで、隊長を務めてはいるが。

作戦内容を把握する位置にはいない。

その彼女がなぜ、とそう考えたが口には出さなかった。


「内容は、私達が追い込まれてコロニーフタバアオイに篭城するとあるわ」

「え!?」

「そう、演習内容にしてはおかしな話よね」

「でも……」

「さあ、上官の考えていることは知らないけど。ここにくる必要が……」


突然二人に見ていたノートパソコンのモニターの画面が変わる。


そこには……









次回予告

とうとう明らかになり始めた事件。

アキトはナデシコは、そしてアキトを取り巻く人々は。

どんな決断を下し、行動に出るのか。

次回 機動戦艦ナデシコ〜光と闇に祝福を〜

「それぞれにある『正義』」をみんなで見よう!











あとがき


はっはっは。

今回は、ぶちぶちとちぎったようなお話になってしまった(汗)

重要部分はぼかしているつもりですが、そろそろ事件の像が結び始めたものと思われます。

伏線を張りまくったのですが、次回からの事件で回収するのは三分の二くらいかな?

後は最後の方まで尾を引く伏線だったりしますし。

と、色々突っ込みを抱えつつ、次回へと続こうと思います。

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WEB拍手いただきありがとう御座います。

最近は何とか生きてます(汗)

HPが大きくなったお陰で私のSSは必要なくなったようだ(爆)

いや、世の中厳しい(泣)


押していただけると嬉しいです♪

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