「ファルク。目が覚めたか?」

「グッ…こ…ここは?」


ファルクは、痛みが走るのを必死で押し殺し俺に聞く。


「ここは、<大熊亭>だ」

「<大熊亭>? …そうか……なら…伝えて欲しい事がある」

「誰にだ?」

「……シャノン・カスール…に伝言…だ、アーウェン渓谷…にて待つと…

 ウイニアを…助けたければ…一人で来いと言っていた」

「判った、確かに伝える」

「ああ…すまない…」


その言葉を言い切ると、ファルクは再び気絶した。

かなり無理をさせてしまったな、今度時間があればお見舞いを持っていくとしよう。


「さて、どうしたものか…」


話を聞くと相手はどうやらシャノンたちの敵らしい、だが今はラクウェルが風邪で動けない。

シャノンは酒場の仕事に行っているだろう、パシフィカも同様だ。

今からシャノンに伝えに行く事はできるが…

シャノンたちに伝えても、問題は残る。

シャノンはパシフィカを守らねばならないはずだ、ラクウェルもまともに動けないとなれば彼ひとりで、

もちろん、無理をして戦う可能性はあるが、それでは向こうの思う壺だろう

後残る手段は…


「最近感覚が鈍っていないか気になっていたところだ。丁度いいさ」


俺はそういって唇を吊り上げると、アーウェン渓谷へと向けて歩き出した。


スクラップド・プリンセス
トロイメライ



              シャンソン
旅人と異人の『世俗歌曲』

第四章:戦うべきは…(後編)


「待ってください」


<大熊亭>を出て行こうとする俺に向けて声がかけられる…

かすれて苦しそうな声……気配もかなり弱っている。

俺は振り返って階段の方を見る、そこには息も絶え絶えに何とか手すりに摑まって階段を下りようとしているラクウェルがいた。


「ラクウェルか…無理はするな、君は風邪を引いているんだろう?」

「風邪…ぐらい…で休ん…でいられません。だって…ケホッ…ウイニアちゃんが…さらわれたんでしょう?」

「やめておけ、今の君が来ても足手まといだ」

「…やさしいんですね…でも、貴方は……関係ありま…せん。彼らの目的…は…私達…なんです…から」


ラクウェルは熱に浮かされながらも必死にいつもの微笑を作り出そうとしていた。

誰にでもなく自分で決めているのだろう…微笑を絶やさぬように…

だが、今にも崩れ落ちそうな体を支えながら階段を下りてくるさまは、誰がどう見ても大丈夫などではありえなかった。


「動くな、高熱に浮かされながら動き回れば病は悪化するぞ」

「心配…しないで…ください……私…これでも…体は丈夫…なんです…よ?」


言葉が終わりきらないうちに、ラクウェルは階段から足を踏み外す。

ふらふらとバランスを崩しながら倒れていくラクウェルに対し瞬間的に<纏>で身体能力の強化を行い飛び込む。

そして、滑り込むように彼女の下に潜り込み体を支える。


「そんな体で何が出来る? 今日は大人しく寝ていろ!」

「だって…だって仕方ないのよ…コホッ…私達は…決めたんだもの…私達のせいで不幸になる人を出さないって」

「理想家だな…だが気にしなくてもいい、俺はきっとその中には含まれていない」

「…え?」

「俺はお前達とは違う…異邦人に過ぎないからな……俺は例外だ」


ラクウェルが俺の言ったことを理解できているとは思えない。

俺のやろうとしている事は単なるおせっかいに過ぎないだろう。

だが、それでも…守るべきものは厳然としてあった。

それは、この些細な平和…そして、隣人の幸せ…

それを見て初めて俺は少しだけ居場所を見つけられる。

異邦人に過ぎない俺が…


「だがら、大人しく寝ていろ。俺の強さはある程度把握しているだろう?」

「ケホケホッ! …はい。でも…武器……くらいは持って…いってください」

「?」

「上の部屋に……シャノン…の、弟の剣…があります。相手の…使う…武器を捌く……のに…役に立つ…はずです」

「いいのか?」

「弟の…事を…見ていたから…私にも少しだけ…分ります。アキトさん…も剣を…使います…よね?」


ラクウェルはそう言って俺に微笑みかける、俺はそれ程彼女の前で立ち回りをした憶えはない…

たった数回の立ち回りで、その事を見抜いてしまうとは…かなりの眼力だ。

彼女に対する認識を改めねばならないな。


「…そうだな、借りていくとしよう」


俺はそう言ってラクウェルを抱え上げると部屋まで運び込み、体勢を直して彼女をベッドの上に戻した。

そして、窓の前に立てかけてある剣を取る。

柄ごしらえや鞘は洋風だが…日本刀と同じ刃の作り…


「これは?」

「ふふ……シャノンったら…コホッ…普通の…剣よりそれが…使いやすいって…持ってきたんですよ、

 アキトさんには使いづらいかも知れませんけど…無いよりはいいかなって」

「なるほどな…俺にとってはありがたい」

「え?」

「俺の剣はこの刀で使うものだ、まさか、ここに在るとは思っていなかった」

「…偶然って…あるものですね…」

「ああ、だがいい加減話すのはやめておけ、風邪が悪化するぞ…今は寝ることだ」

「ふふふ…話し方はまるで違うけど…お父さんみたい…」


珍しい事もあるものだ、見た目の所為か若く間違えられる事はあるが…

まあ、彼女の父親がどんな父親だったのかは知らないが…


「それでは、行ってくる」

「…はい」


ラクウェルは俺が部屋から出て行くのを見送っていた…

だが、俺が部屋から出た後直ぐ、小さな寝息が聞こえてきた、おそらく限界だったのだろう。


「無理をしているな…」


追われる生活などしていれば緊張を持続しなければならず、疲れはたまりやすい。

普通の神経なら、半年も追われる生活を続けていれば笑うなどと言う事はできなくなってしまう。

彼女はそういう意味でも強い女性なのだろう…


そういう事を考えながらも、俺はアーウェン渓谷を目指していた。

幸い俺はこの街にいついてかなりになる、その間に周囲の地形もある程度把握していた。

それでも、時間が経てば経つほどウイニアの身の安全が保障出来なくなる…

俺は急いで渓谷を目指す事となった…


















街道の要所を外れた田舎道の一角にアーウェン渓谷と呼ばれる谷間が存在する。

そこはいわゆる硝子谷で格子状に光が乱反射して見える。

滑らかな岩肌は僅かに馬車が交差するはばを残すのみで、それはまるで何かが通った後のような…

そんな不思議な地形がこのダウトヴィン大陸には数多く存在している。

いつどのようにして出来たのか、地質学者達も頭を悩ませているというのが現状だ。

マウゼル教においては神と魔の戦いの後である、という説が有力である。

だが、実の所何があったのか誰も知らないと言うのが本当の所である。


ウイニアは覚醒しつつある状況で周囲を見回し、見慣れぬ場所に戸惑いを覚える。

しかし、巨大な壁面に挟まれたこの場所、独特の光沢を持つ壁面を見て、場所を悟た…


「…アーウェン渓谷」


あの栗色の髪の少年に拉致されたのだ…

その後、首筋に軽い衝撃を受けただけで意識を失った。

街中で拉致されたのにも拘らず、こんな所まで運ばれている状況にウイニアは薄ら寒い思いを憶えた。


「私……逃げなきゃ…」


それでも、何とか勇気を奮い起こしのろのろと動き始める…

こんな事で、宿に泊まってくれている人達と別れるのが嫌だった…

どこかで、自分はお呼びではないのだとは思いつつも、それでも今が楽しかったのだ。

終わらせるのが惜しいと感じるくらいには…

だが、動き始めて直ぐ自分が縄で拘束されている事に気付く。

拘束されているのは手首だけに過ぎない、それも細いロープである。

ちょっと力のある男なら引きちぎってしまうかもしれない…

だが、ウイニアにはとても引きちぎる事はおろか緩める事すらできなかった。


「お目覚めかい?」


声が聞こえた方に振り向くと、栗色の髪の少年が壁面に背をもたれかけさせるように座っていた。


「あなたは…」

「クリストファ・アーマライト。クリスって呼んでくれればいいよ」


少年は無邪気といっていいような表情で答える。

ウイニアはそこに不気味さを憶えた…


「こ……殺し屋……なの?」

「ああ、大丈夫だよ。お姉さんは今回の標的じゃない。<守護者>たちが無茶をしなければ無事に帰れるはずだよ」


ウイニアはその言葉の違和感についていけなかった。

少年の無邪気そうな顔でつむがれる冷徹な言葉…


「あ…あなたは!!」


ウイニアの心にお客達の顔がよぎる、自分を友達だといってくれた人達…

それを奪っていこうとするものが信じられなかった…


「どうしてパシフィカを……どうして……」

「そうか、あなたは知らないんだ」


クリスは静かな笑みを浮かべた。

それは、どこまでも透き通るような透明な笑み…

感情が含まれているのか疑いたくなるほどに。


「語ってあげようか、彼らが追われている理由を…そちらのお兄さんにもね?」


その言葉が終わるか終わらないかの内に、小さく人影が見えてきた…

ウイニアはその姿を良く知っている、だがどうしてここに来たのかが判らなかった。

誰も助けになど来ないと思っていた…期待して裏切られた事ばかりだったから、いつの間にかそういうものだと思っていた。

彼はウイニアともパシフィカたちとも関係は無いはずだった…

しかし、彼はそこにやってきたのだ。その顔に迷いすらなく


「ウイニア、そろそろ帰ってやらないとラクウェルの看病をするものがいなくなってしまう。早めに帰ろうか」

「アキトさん…」


ウイニアは不思議な思いにかられた…普段から彼はぶっきらぼうな話し方しかせず、しかし、周りの人に気を使う人だとは感じていた。

しかし、こういう場でもスタンスを崩さずにいられるというのは、並みの事ではない…

それは、ともすればクリスと言う少年と同じものすら漂わせる、それが何であるのかウイニアには本能的に判ってしまった。

アキトもクリスと同種の人間であると…


「ボクは確かにシャノン・カスールに一人で来るようにって言ったはずだけど? やっぱり伝言じゃ中途半端だった?」

「いや、きちんと伝わっていたさ…だがあいにくとシャノンは忙しい、代わりに俺が来たと言うわけだ」

「ふうん、お兄さんの事は計算外だったな…出来れば大人しく帰って欲しいんだけど…」

「ここまで来て、それをすると思うか?」

「だよね? でも、お兄さんやお姉さんが一緒にいる人間が誰だか知っているの?」

「何のことだ?」


アキトの疑念のまなざしに、クリスは一度肩をすくめると、表情を変えず、また感情も交えず淡々と話し始める。


「昔々、ある王国での物語り。王妃様は男女一組の双子を産み落としました」

「何を言って…」


ウイニアはこの先語られる事が不吉をもたらすだろう事を知っていた。

いや、そうでなければわざわざクリスが自分に語って聞かせるわけが無いのだ…

きっとそれは、自分とパシフィカたちとの関係を壊す…

それでも、ウイニアは聞くことをやめる事ができなかった、

パシフィカたちの事を知りたいと思う気持ちが上回っていたのだ…


「長らく待ち望まれていたお世継ぎです。

 ですがお城の人々は、喜ぶよりも恐怖に震えました。

 何故なら、その双子には託宣が下されていたからです」


それは……御伽噺ではなかった。

噂話ではあった…しかし、王家の醜聞などというものは、幾ら口止めされようとも必ず広まってゆく。

噂には尾ひれが付く物だとしても、それは、世界にとって忌むべき物として知れ渡っていた。


「『王妃よりいでし双子のうち、女児を速やかに誅殺すべし、

 かの者、この世に死山血河を築くものなり、かの者、運命の日、この世を滅ぼす猛毒なり』と」

「<聖グレンデルの託宣>…!」


真偽を知る物はなく、それは噂から伝説となった…

名前も名付けられずに殺されてしまった王女の噂、だが、世界を滅ぼしてしまう筈の存在。

十数年の間話題に上る事すら殆どなく不安のみが蓄積していった結果、

それは、魔王の転生とも、邪神の使途とも言われており、

いつかは神話上の敵対者として語られるのみとなる存在の筈だった。

しかし…


「まさか…パシフィカが…」

「それから十四年の歳月が流れました」


クリスは楽しげに語っている。

しかし、その表情を見ると、ウイニアはまるで締め付けられるような気持ちを覚える。

まるで、何か辛い事があったみたいに…


「ですがある日、ふとした事から王室は、殺したはずの<廃棄王女>が、生きている事を知りました。

 慌てたのは王様です。自分が殺す命を下した娘。世界を滅ぼすと託宣に謳われた娘が生きている。

 その娘が、もし自分のことを知っていて、恨んでいたとしたら…

 自分は魔王となった娘に、真っ先に八つ裂きにされてしまうのではないかとね」


では、この少年は…

彼女は背後の存在に気が付いた。

あまりに大きなうねりの中に身を置いていることを知ったウイニアは震えが止まらなかった。


「<廃棄王女>に関しては今のところ、各組織、機関で足並みが揃っていない。

 絶対抹殺の立場を取るマウゼル教上層部。

 権威と危機管理の面から彼女の排除を安全策として望む諜報部。

 そしてその存在を王室に対するある種の切り札として使おうとしている軍の一部。

 などなど、お互いに牽制しあう動きまであるよ、バカな話であはあるけどね」


ウイニアは思った…パフィシカは人よりちょっと元気が良くて、口が悪くて、そのくせ甘えん坊な…

そんな少女が世界を滅ぼす? 普通の少女に過ぎないそんな彼女が?

普通なら一笑にふされるだけだろう…

だが、それでもそれを信じさせてしまうだけの実績が<聖グレンデルの託宣>にはあった。

あまりに重いパシフィカの運命の前にウイニアは何を信じるべきなのか分らなくなってしまった。













異世界に来たと感じさせてくれる言葉…

託宣? そんなものを信じている?

ベルケンスのような人間がいるのだから宗教はあることは知っていた。

それに、この世界では宗教がかなりの力を持っている事も。

だが…この託宣というものは、微妙だ…

実際に託宣というものがあるとしても的中率はそれほど高くないのが普通だ。

なぜなら、アレは宗教における幹部連中が出しているだけの物だからだ。

もちろん、後付けで色々解釈を入れてあたっていた事にはするが、こじ付けがましさが抜けず、

誰もが信じるという物ではないというのが実情だ。

しかし、今の言葉を二人が重く受け止めている事から見ると、単なる予言と言う訳でもないようだ。

何か、特別なものである可能性もあるな…

だが、何があるにせよ、託宣などと名がつけられて出された代物に意図が無い筈は無い。

仕組んだ者がいると考えるのが普通だろう。

俺は皮肉をこめて、

         おとぎばなし
「ふ…面白い<御伽噺>だな」


そういい、正面の少年を挑発した。

少年に何か動きがあるかと期待したが、お定まりの様には怒ってくれないらしい。


「お兄さん、今の話を聞いてなかったの?」

「御伽噺、だろ?」

「ふうん、お兄さんなかなか言うね…でもね、僕はあなた達みたいなのを見ると虫唾が走るんだ!」


今度は挑発に乗ってくれたらしい、もっとも、怒る理由が少し違っていた気はするが…

少年は走りながら折りたたまれていた何かを取り出し一瞬で組み立てる。

  ハルバード

<長柄戦斧>小柄な人間には似合わない大型武器だ。

事実身長より高い、だが少年は軽々と長柄戦斧を横薙ぎにふるう。

俺はバックステップをかけながら、腰に差したシャノンの剣に手を添える。


「そういえば、名乗っていなかったな。俺の名はテンカワ・アキト」

「何故今それを言う!?」


少年は声をあげながらも、俺に向かって突っ込み、地面を這うような横薙ぎで足を狙ってくる。

俺はそれをジャンプして回避する。

普通は体勢を崩すものだが、少年は体を回転させつつ既に次の行動を起こしていた。


「いや、昔な…戦う人間には名乗らないといった事があったが…後で後悔する事もある。

 だから、主義をかけて戦う人間には名乗る事にしている」

「ふん、とことん偽善者だね、なら死ぬ前に名乗ってあげるよ。ボクの名はクリス…クリストファ・アーマライトだ!」


空中に跳んだ俺へ向けて地面から伸び上がるように長柄戦斧が襲い掛かる。

足元を狙われては危ないので、俺は上空で壁を蹴り方向転換をかける。

長柄戦斧はぎりぎりで空を切り、被害は俺の髪の毛を数本持っていくだけにとどまった。

上下逆さまの視界の中、更に少年クリスは長柄戦斧を切り返して俺の頭を狙う。

俺は腰だめに構えた剣を抜き放った、転瞬、剣と斧の刃が交錯する。

だが、クリスはそのまま長柄戦斧を振りぬき、俺を弾き飛ばした。

体を錐揉み状に回転させつつどうにか着地する俺に、クリスは更に追撃をかけようとするが…

ピシという音にクリスの動きが止まる。


「やりますね…まさかあの体勢から、斧にヒビを入れるなんて」

「曲芸の領域だがな…」

「ご謙遜、ここまで出来るなら<守護者>達と同格だと思っていいみたいだね。正直見くびっていたよ」

「俺はお前を見直していないぞ」

「それは大変だ、頑張らなきゃねッ!」


そう言いつつクリスは再度俺に向かって飛び出した。

さっきよりも早い、全力ではなかったという事か、

走りこんできたクリスは俺の手前10m程の所からジャンプ、そのまま、横の壁を蹴り更に上へと飛ぶ。

空中から大上段に振りぬいて俺を真っ二つにするつもりか…

しかし、おかしい…あの位置からでは長柄戦斧はとどかない筈…

素人なら兎も角、1cm以下の単位で見切りのできるクリスがそれに気付いていない訳が無い。

俺は、急に寒気を覚え大きく飛びずさる。

その俺の手前を斧の切っ先が通り過ぎた…

鼻先を掠める寸前で何とか避けるが、大きく体勢を崩す結果となった。


「流石だね、今のは結構自信があったんだけど」


そう言いながらクリスは自分の武器を片手で振りぬく。

その姿は、組み立て式の長柄戦斧等ではなかった…

三節棍そう、三つに分かれた柄とそれを繋ぐ鎖はまさに三節棍のそれだ。

しかも、その一端には斧がついているのだ、かなり凶悪な武器と言っていいだろう。

だが、そんな危険でバランスの悪い武器は普通使わない、自分が怪我をする確立の方がはるかに高いからだ。

それでも、クリスは迷い無く攻撃を繰り出す、斧先の軌道を見切り、体重移動とあわせて次の行動に移る。

少なくともクリスがまともな神経の持ち主ではない事は間違いないだろう。

俺は先程より大きく間合いを取って避けるが、ムチの様にしなりながら迫ってくる斧先はかなり見切るのがつらかった。

しかも、クリスは先程よりも素早い動きで俺に襲い掛かる。

俺は剣を抜いた状態で中段に構え飛んでくる斧先の角度をそらして凌いでいる。

それでも、人間離れした動きとそのリーチの前に徐々に体に傷がついてきた。

かすり傷とはいえ、一対一で10箇所以上に負わされるという状況はそう無かった事だ。

明らかにクリスは俺よりも上の使い手だ…


「どうだい? 見直してもらえたかい?」

「流石だな…まさかその武器が三節棍だとは思わなかった」

「認めてくれて嬉しいよ、だけど、ボクは君達みたいな偽善者は嫌いなんだ、見逃してはあげないよ」

「見逃す? 見逃してもらうの間違いじゃないか?」

「ボクはハッタリも好きじゃないんだッ!」


そういいながらクリスは懐に飛び込んできた。

正直厄介なのは間違いない、三節棍は三つに折れているため一本一本の長さはそれ程でもない。

間が繋がっている為多少動きに制限はあるが、剣よりも近い間合いでも戦えるのだ。

俺は剣で迎撃を計るが、棍の一端で受け止められもう一端によって反撃をもらう。

身を捻って避けたが、お陰で体勢を崩してしまった。

そこに、クリスの追撃が迫る。

俺は地面を転がって間合いを取ろうとする。


「見苦しいね、さっさと終わりなよ」

「そうだな、終わりにしようか」


俺は、地面に寝転がったままクリスが近づいてくるのを待った。

遠くではクリスを制止しようとするウイニアの声がする。

クリス自身は俺の行動を警戒しているのだろう、ジリジリと近づいてきた。


「まだ諦めた訳ではないようだね」

「なあ、クリス」

「なんだい?」

「人間の筋肉っていうのは、普段30%も使われていないって聞いたことがあるか?」

「知らない、でも何となくだけど言いたい事は分かるよ。火事場のバカ力っていうのは聞いたことがある」

「お前は50%近い筋力を自力で引き出しているようだ、普通の人間には出来ないだろう」

「そうかも知れないね…でも一体何が言いたいんだい? それとも、命乞いかい?」

「いや」


俺は言葉が終わるのを待たずに跳ね上がるように飛び起きた。

もちろん、それはクリスも百も承知だったろう、

それどころかまだ間合いまで来ていないのに何故動きだしたのか分らないという顔をしていた。

本来寝転がって待つというのは、寝た人間は攻撃しにくく、どうしてもある程度近づかねばならないため、

自分の間合いまでおびき寄せる為の手法として使われる物だ。

しかし、俺はあえてクリスの間合いよりかなり前の段階で立ち上がっていた。

俺はそのまま、一歩めを踏み出す。

クリスは警戒をしているようだがそれでも歩調を緩めず俺に近づいてくる。


「なあ」

「…」


俺が長柄戦斧の間合いに入った瞬間。

クリスは長柄戦斧を上手くひねり込みながら繰り出し、突きを俺に向けて放つ。

それは、人間では反応できない速度だった。

気がついた時にはもう死んでいる、そんな一撃だったと考えていい。

ウイニアもクリスも俺が死んだものと思ったはずだ。

しかし…


「今回の俺の手はどうかな?」


平然と俺はクリスの正面に立っていた。

クリスの長柄戦斧は丁度斧先の部分を真っ二つにされて転がってきた。


「何だ? 一体何をした!?」


それに答える為に、俺は剣を腰だめにし、抜刀術の構えを取る。

納得が出来ないのか、クリスは俺に対しつっこんでくる、斧先が軽くなった所為か先程よりも更に早い。

対して俺は構えのまま瞬間的に木連式<纏>を発動。

<纏>は催眠暗示の一種だ、ほぼ100%まで筋力を使うことが出来るし、脳も加速状態に入るため数倍の反応速度を期待できる。

ただ、100%を使えば一瞬で筋肉が断裂する為精々使えるのは70%…それも5分も持たないだろう。

しかし、使っている間は反応も威力も正確さも2倍以上に跳ね上がる事になる。

クリスが俺の間合いまで武器を叩き込んできた瞬間を見切り抜刀する。

抜刀の速度は鞘走りで更に加速する。

俺の抜刀で空気がかき乱され、小規模な乱気流が発生する。

元々体重の軽いクリスは唐突におこった乱気流に体制を乱される。

最もクリスがそれに気付いた時には既に抜刀による斬撃が三節棍を破壊していた。

             まがつ
「木連式抜刀術中伝<禍>」


俺は納刀にあわせ技の名前を教える、もっとも言われたところで木連式など聞いたことも無いだろうが…

三節棍を破壊されたと同時に数mを飛ばされたクリスが何とか体を起こし立ち上がろうとする。


「…そんな…馬鹿な…」

「やめておけ、肋骨にヒビが入った筈だ、今動けば折れて肺に刺さるかもしれんぞ?

 さっきのとは違って今回はお前に直接衝撃がいったんだからな」

「くそ、何故だ…なぜ、甘い事を言っている人間に負けるんだ…」


何があったのかは知らないが彼は迷っているのだろう、自分の信じてきた事と今ぶつかっている現実の違いに。

俺はその姿を無視して、ウイニアに歩み寄りロープを切って開放する。

もっとも、この縛り方なら彼女でも一時間ほどで解く事ができたろう、甘いのはどちらなのか…

人質を取りながらこちらの武装解除さえしない、これが甘くなくてなんだというのか、彼はまだ染まりきっていないのだろう。

人殺しは行ってきていたにしても…だ。


「殺さない…つもりかい? また、誰かを人質に取るかも知れないよ…」

「納得できないならまたかかってくればいい、俺はいつでも構わん」

「ふふ…

 参った、完敗だよ」


参ったと言った割には何か吹っ切れたようなそんな表情で俺に語る。

迷いを棄てたのなら、次ぎに会った時は更に強くなっているかも知れないな…

そんな事を考えているとウイニアがクリスに近寄り声をかけた。


「あの! 貴方はきっと羨ましかったんだと思う!」

「…え?」

「いつも守られているパシフィカに、それを気負うことが無いシャノンさんやラクウェルさんに、

 もしかしたら、助けが来た私や、それを普通にしてしまったアキトさんにも…」


ウイニアの言葉はクリスには衝撃だったらしく、顔をうつむかせている。

ウイニアはそれでも、言葉をとめることが無かった。


「きっと、その先はあると思う、最近まで私も疑ってたけど。でもパシフィカたちやアキトさんを見ていると思うの」

「君は…君は何を…」


疑問を口にするクリスにウイニアは微笑みながら一言付け加えた。


「誰でも、幸せになれるんじゃないかな」

「幸せ?」


まるで、初めてその言葉を聞いたようにクリスは驚きに目を見開いた。

だが、ウイニアはそれ以上何も語ることなく、俺に続いて町への道を下って行った。

後に残されたのは、立ち上がることすら出来ず、ウイニアの言葉を反芻している少年だけだった。












シャノンは幾つかの曲を歌い終わり、仕事を果たす事はできたのだが、

夜も更けて酒が皆に回ってくるころになると、秩序だったものが失われ、

酔っ払いと酔いつぶれた熟睡者ばかりの状態になってきていた。

酔っ払いも泥酔の者が多く、壁に説教をたれたり、オッサンを美女と勘違いして口説き始めたり。

胃袋が壊れるくらい食べたりともう完全な混沌状態であった。

その中を、頼まれてシャノンが給仕まがいの仕事をこなしている…

本当は帰ろうとしていたのだが、帰るタイミングを逸してしまったらしい。

最大の要因は一緒になって酔っ払っている金髪の妹のせいであるが…


「まあ飲んで飲んで! おおッ、いける口だなラクウェル! 意外だな…」


(俺だからいいが間違っても本物には飲ませないほうが身のためだぞ…)

そんな事を思いながらシャノンは数人に囲まれて酒を飲まされていた。

酒に強いかと聞かれれば、実の所シャノンは酒には強くない。

父親の晩酌に良くつき合わされていたので飲める事は飲めるが…

数杯も飲めば眠くなってくるというのが実情だ。

ラクウェルも双子だから基本的には酒に弱い。

しかし、下手に酔わすと手が付けられないのだ。

父ユーマも、一度だけ晩酌に付き合わせたきり二度と誘う事がなかった。

「俺ぁまだ命が惜しい…」と父が呟いたのが印象的だった。


「あぁ、君ってば本当にいい女だなぁ…俺はもう他の女なんか目に入らないよ」

「そっそうですか…ありがとう」

「あ、この野郎抜け駆けしやがって!」

「駄目よ、お姉様は私と禁じられた愛に生きるのよ!」

「俺もまぜてくれ〜」


相手をしているうちに酔っ払いがヒートアップしてきて収拾がつかなくなってきた。

一人がいきなりシャノンのドレスにしがみつく、そして胸に顔を埋めようとして…


「あれ!?」


ゴッ! かなり危険な音を響かせてシャノンの拳が酔っ払いの頭頂にめり込む。


「「「「おおっ!」」」」


(しまった!?)

以下に酔っ払いとはいえ手を出してしまっては自分が誰なのかばれてしまう…

シャノンは酔いの回りかけた頭でそう思考する…


「スゲェ、いいぞ〜!!」

「お、俺も殴ってくれ〜!」

「ああん、次は私よ〜♪」


あまり問題は無かったようだ…

しかし、酔っ払いどもはここぞとばかりにシャノンにしがみつく、

あまりの人数の前に流石のシャノンも身動きが取れなくなる。

敵が相手ならぶん殴って逃げるという手も使えただろうが…


「て…てめえら…」


シャノンは額に血管が浮かび上がっていたが、

組み付いている連中を含め誰も頓着していない。、


「まあまあ、そう怖い顔しないで!」

「ずるいですよラクウェル!」

「一人だけしらふなんて!」

「僕も酔うから君も酔えー!!」


シャノンは全身全霊の力をこめて組み付いているものを解こうとするが、


「……とゆうことでっ!」


いきなり酒瓶が口にねじ込まれる。


「これで仲間よっ! にゃははははっ!」


と喚くのは、聞き覚えのあるというかパシフィカの声である。

酒瓶の口をシャノンにねじ込みながらゲラゲラ笑っている。


「やめ…パシフィ……」

「え〜い、四の五の言わずに酔わんか〜い!」

「いか…ん…」


シャノンの視界がぐにゃりと歪む…

興奮していた事もあって、酔いは一瞬で全身に回った…

組み付いている酔っ払いの中には不埒な事を考えている者もいるらしく、

首筋やら太ももやら、その先やらを撫で回してくる感触を感じる。


「んー、何だこりゃ?」


シャノンは段々と酔いと悪寒に脳みそをかき回されて、理性が溶けていった…

そして、どこかで物理的にかなにか、プツンという音がした。


「てめぇぇぇぇらぁぁぁぁぁ!!!」


完全に理性が切れたシャノンは群がる酔っ払いどもをふり飛ばし叫んだ。

何人かは壁際までふっ飛ばされたが、グテグテの酔っ払いは体も柔らかいのか、傷一つ付いていない。

酒瓶片手にすっくと立ち上がると、シャノンは大声で叫んだ。


「でぇぇぇぇい! 来るなら来い! ラクウェルには指一本触れさせん!!」


結局の所、ラクウェルの格好をしたシャノンが自分を守っているに過ぎないのだが、

その不条理さのわかるような理性あるものはどこにもいなかった…


「一番! 大工のゼオット! ラクウェルのためなら海の水だって飲み干してみせる!」

「取りあえず海まで行って来い!」

「二番! パン屋のミシェル、花も恥らう十七歳! 今日の運勢はちょっぴりドキドキ、お姉さまとの愛に生きます!」

「愛に死ねぇ!」

「三番! パシフィカ、なんだか分らないけどがんばりま〜す!」

「お酒は大人になってから!」

「四番! 医者のランダル…」

「ジジイは引っ込んでろ!」


次々と自分に飛びつく酔っ払いをちぎっては投げちぎっては投げ、

もはや、ラクウェル(シャノン)がここに何をしに来たのか憶えているものは一人もいなかった…













俺は、ウイニアをつれて帰った後、ラクウェルに挨拶をしてから<野馬亭>へと向かう事になった。

シャノンの剣を勝手に使ってしまった詫びを入れねばならないだろう。

斧と正面から切り結んだのだ、刃も傷んでいるしな…

それに、本来ならもう帰っているべき時間の筈らしい。何かあった可能性もある。

俺は急いで<野馬亭>へと向かった。

シャノンの女装を見てやろうという野次馬根性も少しあったかもしれないが…


そして<野馬亭>に入った途端、俺は顔をしかめる羽目になった。

死屍累々…というか、よって潰れた人間とアザのできた人間が半々といった所。

これは…

酔っ払って乱闘事件でも発生したのか?

しかし、みんな幸せそうな寝顔をしている…

ある意味不気味な状況だ…


「一体何が…?」


その時、俺の背後から殆ど気配もさせずに何者かが殴りかかってきた。

俺はとっさに飛びずさる…今のはかなりの使い手だった。

俺が身構えていると、ユラリと何者かが立ち上がる…

髪が乱れ、服も何やらかなりはだけられていて、ぼろぼろの身なりだが、アレは…


「シャノン…か」

「ラクウェルはおりぇがまもりゅ…」


ろれつが回ってない…というか、ラクウェルがいる訳でもないのに守るというのは…

完全に泥酔しているな…

俺は飛びずさって間合いを取ろうとしたが、両足を何者かに掴まれてしまった。


「むにゃむにゃ…お兄さま…可愛いわぁ♪」

「お姉さま〜私をめちゃくちゃにして〜♪」


よく見れば俺の足を掴んでいるのは、パシフィカとミシェル…

蹴り飛ばして逃げることも出来ず俺は固まった。

そこに、理性が全壊していると思われるシャノンが迫る…

俺に拳がめり込むかと思われたその時!


「ん? お前みたこと有るよな?」

「…ああ、憶えていてくれて嬉しいよ」

「確か…テンカワ・アキ…ウプ」

「ん!? お!? やめろ! 俺から離れろ!!」


俺の眼前まで迫ったシャノンの口元が不自然に膨らむ。

アレは…やはり、発射態勢…!!?

俺は必死で足元の二人を振り払って逃げようとするが。

酔って理性が吹き飛んでいる所為か、二人の力は意外に強く足を動かす事ができない。

そして、シャノンが俺の上で……


「ギャァァァァァァーーー!!!」


俺は、結局<野馬亭>でシャワーと服を借りて帰る事になった…(泣)










あとがき

何とか戦いを終えました。

戦闘表現は結構難しいとは思います。

なぜならす早い戦闘を書こうと思えば思うほど、文章的には長くなるというのがどうしてもある以上、

あまり細部まで描写するのも変ですし、でもぶっきらぼうでは誰も分ってくれない。

まあ、適度と言うのが一番難しいという事です。

因みに旅人と異人の『世俗歌曲』はもう一本話を予定しております。

それが終わったらいよいよ、半熟騎士殿登場予定です!(爆)



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WEB拍手ありがとう御座います♪

スクラップド・プリンセス・トロイメライは9月6日正午から9月30日正午までにおいて、234回の拍手を頂きました。大変感謝しております。

コメントを頂きました分のお返事です。

9月6日 19時 がんばってください
ありがとうございます! お陰で何とか連載を続けられております。今後もよろしくお願いします!

9月6日 19時 アキト発進ですなっ!w
はい! どうにか発進です(爆) アキトの戦闘シーンが書きたいだけだったりしますが(爆烈)

9月6日 22時 トロイメライ面白いです!次回はアキトの戦いですか。この世界でアキトはどのくらい戦えるのか楽しみです。
トロイメライ気に入っていただけて嬉しいです♪ アキトの強さは…まぁ、個人的にどうしても強くしちゃいますね(汗) 楽しんでいただけるようがんばりま す!

9月7日2時 おも
喜んでいただけて何よりです! 今後もよろしくです!

9月7日2時 続きを楽しみにしてます。
頑張って続けさせていただきます。次回も戦闘になるかも知れませんが処理しきれるか!?(汗) とか思ってますが(爆)

9月7日9時 更新待っていました。次回も楽しみにしています。
ありがとうございます! 今後も頑張らせていただきます! 月一本は出せるといいなぁ(汗)

9月7日16時 アキトと彼の戦いが楽しみです。
お楽しみ頂けると良いのですが、私の書ける戦闘なんてあの程度が限界ですので…気に入っていただけるか不安ですが、今後も頑張って行きたいと思います!

9月7日17時 おぉ、ここではシャノンでなくアキトが出張るのですね!執筆頑張ってください、楽しみにしてます(^^)
はい! でもシャノンに出番が全く無い訳でもないんですよ〜(笑) 今回はオチ担当になっていただきました(爆死)

9月8日15時 トロメラーイ!!
トロイメライっていうのは、夢想曲という日本語で変換されます。何となく夢の競演なんてバカな事を考えて決めたという単純な理由だったり(爆死)

9月9日7時 祝、連載復活!
ありがとうございます! 連載休止と言う訳でもないんですが、確かにかなり間が空いてしまいましたからね…申し訳ないです(汗)
これからは、月一くらいで出せるようにがんばります!

9月18日1時 おもろ^^
面白いといっていただけてとても嬉しいです! 今後も面白い作品になるよう頑張って行きたいと思いますのでよろしくです!

9月20日19時 ウイニアを助けに行くときのアキトの姿はぜひ三色パンマンの姿で!!
なるほど…確かに面白そうですね…今回はもう無理ですが、今後何度か出番を盛り込んでみましょう!(爆)

9月24日22時 今回の最後の展開…これでこそ2次創作♪これでこそクロスオーバーですよ♪…アキトに律法は効くのかな?多
いや〜、個人的に二話分をいっぺんにやってしまおうという企画でして。上手く行くかどうかは博打でしたが、喜んでいただけたなら重畳です!
今回の話も楽しんでいただけるかな?(汗)

いつも、感想をいただける事嬉しく思っております。
今後も出来るだけ感想をいただけるような作品を目指していきますので、見捨てないでやってくださいね(汗)


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