エオニア軍(正当トランスバール帝国軍)の構造は基本的に単純なものである。


エオニアその人を最高指揮官とし、シェリー将軍、将軍の部下として艦隊を預かる左官(ルル・ガーデン等)。


後は、ほとんどが支配される側であり、既に彼らの味方とは言えない存在であった。


彼らを完全にとりこむには時間がかかるだろうと思われた。


しかし、それとは別に、シェリーは直属として特殊な傭兵部隊を抱えていた。


黒い紋章機に似た戦闘機を駆る少年ばかりの特殊傭兵部隊。


もっとも、正確にはこの傭兵部隊もエオニアから遣わされた部隊であり、彼女自身詳細は知らない。


だが、確かに紋章機と似た力を振るう彼らを見て不気味ではあるが利用価値はあると考えている。


最も、彼女は彼らの事にはほとんどタッチしない、何故なら彼らの壊れ方は意思の疎通が難しいレベルであるからだ。


彼らが必要と感じた作戦時に呼び出すだけという風にしている。


その事をルル・ガーデンが情報としてつかみ利用しようとしているとは、彼女はまだ気づいていなかった。
















ギャラクシーエンジェル
新緑の木陰











エルシオールが補給を完了したあと、恐らくはブラマンシェ商会の通報により攻撃を受けたのだが、その後不思議と追撃はなかった。

俺達はレーダーから隠れられるルートをできるだけ選択して動いていたのだが、

だからといって、見つからないで済むと思っていたわけじゃない。

見つからなければ艦隊を分散して攻撃してくる可能性が高かった。

相手は無人艦隊が主力なのだ、そのうえ艦隊の総数は帝国の残存艦隊の総数より多いのではないかと言われている。

つまり、多少分艦隊が犠牲になったとしてもさほど痛痒は覚えないだろう。

もしも生産設備でもあったならば、すぐさま補填できるレベルの損害でしかないはずだからだ。

そして、分艦隊はエルシオール発見の報告を出し、エルシオール側は増援が駆け付ける前に撤退しなければならない。



「そうか、またエルシオールは窮地に陥っておるのだな」

「そう、なのだと思うのですが……追撃がないとなると……」

「ふむ、もしかしてだが」

「はい」

「そのものが報告する事を忘れているという事はないか?」

「報告を忘れる……」



報告を忘れるなどあり得ない、あの時300隻からなる艦隊のうち半数近くを沈めたのだ、

撤退していった部隊を追えるほど余裕がなかったので断念したが、向こうも再編するには報告を上げて補給しなければ苦しいだろう。

しかし、逆に考えるならば。

300隻をもってエンジェル隊があるとはいえ1隻にしてやられました、では面目も立つまい。

だから、どこかで罠を張り功績をあげてから報告しようとするような輩はいる可能性がある。

それはそれで、次に戦うときは死に物狂いであるという事だからつらいのだが。



「殿下は聡明であらせられる」

「ん、報告を忘れたというものか?」

「はい」

「どういう意味だ? さほど可能性の高い事とは思えないが、思い付きで言ってみたのだが」

「はい、確かにただ忘れたというならよほどのボンクラという事でもあり艦隊を任される人間ではないでしょう」

「……そうじゃな」

「しかし、失態を隠し、時間を稼いでその間に、失点を挽回する功績をあげればどうでしょう?」

「失態を犯した事よりもそれを隠す事のほうが問題なのだ! そんな事をすれば国が機能しなくなる」

「その通り、とはいえ個人レベルで考えればその方法は誰もがよく使っている手でもあり、また、エオニア軍の構造上ありえなくはないかと」

「そう……なのか?」



不思議そうに見上げるシヴァ王子を俺はほほえましく見守る。

やはり聡明な子であるようだ、まだ政治や人間性の機微はわからないが、それでも必死に理解しようとしている。

ブリッジに良く押しかけてくるのもその一環である事はよくわかっている。



「はい、エオニア軍は出来て間もないため軍規が厳しい、それもエオニアに気に入られたかどうかで待遇が違う」

「軍規が厳しい?」

「はい、失態一つで降格、あるいは解任などの人事を簡単に下してしまうという事です」

「ふむ……ではそのものは罰を恐れているという事か?」

「いえ、恐らくですがあの時会ったルル・ガーデンという女性は罰を恐れるというより功績を貪欲にほしがっていたようです」

「貪欲にか……」

「理由は判然としませんが、恐らく罠を張って待ちかまえている事でしょう」

「ならば、当然次はなりふり構わず来るのであろうな」

「その通りです。我々も気を引き締めねばなりませんね」

「うむ、我も手伝えることがあるなら」

「戦闘は私達専門家に任せてください」

「……むぅ」



その後も何か手伝いたいと言ってくるシヴァ王子をなだめすかし、

宮廷作法の時間まで粘る事が出来たものの、この調子では休み時間のたびに押し掛けられそうだ。

殿下は会ったときと比べれば雲泥の差といえる、行動力を示している。

それはいいのだが、危なっかしいのも事実なのだ。



「ははは、殿下に随分なつかれたものだな」

「レスター、笑い事じゃないぞ。殿下が元気がいいのはいいことだが、危険に首を突っ込みすぎる」

「まあな、だがお前の責任だろ? 何とかしろよ」

「簡単に言うな、ひきこもったままのほうが良かったとでもいうつもりか?」

「いや、そんなことはないがな。俺は子供の扱いはわからん」

「朴念仁ぶりは相変わらずだな……お前に思いを寄せる女性もいるだろうに」

「さあな、だが俺は一人のほうが気楽でいい。お前の面倒見るので手いっぱいだよ」

「なんだそれは……」



一瞬こいつはそっちのケでもあるんじゃないかとおぞけを振るう。

だが、奴もすぐ否定してきた。



「馬鹿ヤロウ! 俺はノーマルだ!!」

「なら、浮いた話の一つもだな」

「おれは、ほら、仕事一筋なんだよ」

「……エンジェル隊のところに行ってくる」

「ちょっ、その間はなんだ! 本当の事だからな! 俺は女が好きだ!!」

「大声で言う事じゃないな……まあ、それをきちんと意中の女性に伝えてやることだな」

「だからまだ……」



俺はそのままブリッジからでて扉をロックする。

あそこにいるとオペレーター席からの視線が痛い。

あれだけわかりやすい娘が2人もいるというのに、レスターの奴……。

まぁ、俺も20歳の頃は割と鈍感だった記憶はあるが……。

一応あの時は、ユリカとメグミちゃんとリョーコちゃんの3人に好かれていたという事なんだろうな……。

あの異世界生物が発生したとしか思えない料理はもう見たくもないが……。

料理が壊滅的な女性ばかりよくあの艦に集中して乗ったものだよ……。

おっと、話がそれたな……。

まあ、レスターの奴は大丈夫だろう、あいつは見持ちは固いが、世話好きだ。

恐らく愛妻家(狂妻家)、子煩悩(親馬鹿)となるのは目に見えている。

それまでは時間がかかるだろうが見守っていくしかないな。

とか考えながら、艦内の配置を確認しつつ回っていると、倉庫のほうが騒がしい、よく見れば扉も開きっぱなしだ。



「何かあったのか?」

「あっ、アキトさん危ない!!」



俺が出入り口付近まで行くと、なぜかそこから牛が走ってきた。

かなり興奮しているようで、俺を障害物と認定、体当たりで弾き飛ばそうとしているようだ。

気づいたときにはもう間合いが詰まってしまって回避できそうになかった。

俺にできる手段は2つ、1)牛を受け止めて力任せにとめる。2)牛の頭を飛び越える。

1)はパワー的に無理、2)曲芸師でもないとできないだろ!

一応2番を試してみたものの、浮き上がった状態で牛に吹っ飛ばされ壁に打ち付けられた。

体当たりを正面から受けるよりかなりましのはずだが、やはり結構痛い……。



「くっ……」

「大丈夫ですか!?」

「ミルフィーか、いったいどうしたんだ?」

「超絶新鮮牛乳を注文していたんですけど、超絶新鮮乳牛が送られてきたんです!!」

「なっ!?」



なんというアホな……というか、ベタなギャグのような事態だった。

牛に追い回されながらどうにか捕獲を試みなくてはならない。

銃を使えば簡単に決着がつくのだが、ミルフィーは半泣きで止めにくる。



「あれを銃を使わずに止めるのか?」

「きっとみんなにも手伝ってもらえば……」



ううむ、こんな時月臣なら多分力任せに牛を押し倒す位するんだろうが……。

俺の場合そんな人間離れした強力は無理だろう。

それに、今向かっている方向はまずいことにトレーニングルームのほうだ。

あそこには、今の時間ランファがいる……。

彼女の服はどれも赤い……情熱の色らしいが……。

さらに牛が興奮してしまう可能性が……。



「とにかく急ごう」

「はっ、はいわかりましたー!」



トレーニングルームについてみると、もうすでにランファが追い掛け回されていた。

いつも勝気なランファも突然の牛には手も足も出なかったようでただただ追い掛け回されている。



「もーいったいなんなのよー!?」

「ごめーん、ランファ、それ……」

「もしかして、あんたの悪運!?」

「そうみたい、ごめんランファ」

「どうでもいいから助けなさいよー!!!」



とうとう牛は追いつき、赤い服にがぶりと噛み付いた。

幸いチャイナの裾の部分で体についている部分ではなかったものの、

乙女としてはまくれてパンツが見えても困るのだろう必死に抑えている。

しかしこれはありがたい、牛の動きが完全に止まった。

俺は、牛の背後から接近し、牛の背中に飛び乗るようにして前に転がり出る。

牛とランファが驚いているうちに鼻輪をしっかりつかみ引っ張った。



「ンモォォォォォォ!!!!????」



鼻輪をつかまれた牛は俺の引張りに対ししばらく抵抗したものの、鼻が取れてはかなわないと思ったのか大人しくなる。

この鼻輪、直接手で引っ張るものではないが、もともと牛を大人しくさせるためのものだ。

これを引っ張られると牛はどうしようもない、鼻には神経が集中しているためすさまじい痛みが襲うというわけだ。

特に乳牛は必ずといっていいほどこれをつけているだけに、確実性の高い処理法である。



「ミルフィー丈夫な紐はあるか?」

「はい! 牛さん用に用意しました!」

「よし、この鼻輪につけておけばと、とりあえず安心だ」

「安心だ、じゃないでしょ! いったいどうしたの!?」

「実はね……」



ランファもミルフィーの悪運だということはわかっていた物の経緯はやはり知りたいらしい。

ミルフィーの話はつまり、前回の補給時に出した要望で牛乳を頼んでいたらしいのだが、乳牛が来てしまったとの事。

金額がまるで違いそうなものだが、値段は牛乳のものとさほど変わらないものだったという。

つまり、手違いをしたのは向こう側、この場合はブラマンシェ商会のほうということになる。

運なのかどうかはいまいち判然としないが、なんというかびっくりな状況ではある。



「こっ、今回は助けてもらったわね、一応礼は言っておくわ。ありがと……」

「んっああ、どう致しまして」

「べっ、別にこんなので私、惚れたりしないんだから! 勘違いしないでよね!!」

「ああ」



ランファは顔を真っ赤にして走っていってしまった。

まさかとは思うが……まさか……だよな?



「ランファも牛さんも無事でよかったです。アキトさんありがとうございます」

「いや、それより。その牛だが、どうするんだ? 食べるのか?」

「えっ、それは可哀そうですよ。それに、この牛さんは乳牛ですから、新鮮な牛乳を出してくれますよ♪」

「んっ……そうだな」



その牛一頭養うための費用が牛乳より数段高いとは口に出せなかった。

地上でならともかく、宇宙船の内部では空気すら有料だ。

もちろん個人で払っているわけじゃないが、

空気が淀まないようにするシステムも、気圧や空気の成分を整えるシステムも維持にはそれなりに金を食う。

後はクジラルームのほうで世話という事になるだろうが、腹黒なあのクロミエがどれくらい吹っ掛けてくるか。

だが、天真爛漫なミルフィーの顔を曇らせるのは忍びないという思いもあったし、やはりエンジェル隊のテンション維持という側面も考えた。

戦力的に見てもそれくらいの融通はすべきという頭での判断が下ると同時に牛の事はミルフィーが世話をするという条件で手を打った。



「やったー、アキトさんありがとうございます♪」

「別にかまわないが、あまり連れまわすなよ?」

「えっ?」



やはり連れまわすつもりだったらしい……。

また暴走されても困るので、その足で牛を引っ張ってクジラルームに連れて行った。

ミルフィーはどこか寂しそうというか、牛をみんなに紹介したそうだったが、それなら皆を連れてくればいいと言っておく。

そうしてクジラルームに入ると、そこれはクロミエとヴァニラがなにやら話し込んでいる。

俺達はクロミエ達のいるほうに向かった、そもそも牛の管理スペースを作るのは奴の仕事だ。



「そうですね、それくらいでいいと思いますよ」

「ありがとうございます」

「クロミエさん、ヴァニラちゃんおはようございます!」

「おはようございます。今日は提督も起こしなんですね」

「アキトさん、ミルフィーさんおはようございます」

「おはよう、ちょっと用事があったものでな。

 ところでミルフィー、クロミエと話していたのは宇宙ウサギの件か?」

「はい、お世話するためのいろいろな事を教わっていました」

「そうか、根を詰めすぎないようにな」

「はい」



一通り挨拶をすませ、クロミエに事情を説明する。

クロミエは相変わらず邪気のない顔で応対しているが、俺には分かる、クロミエは何かまたたくらんでいる。

こいつの得体の知れなさは最初に見たときから変わらないが、最近何者なんだと思うようになった。

どうかんがえても、違和感がある、クジラルームも、宇宙クジラも、クロミエも。

恐らく、シャトヤーンくらいしか素性を知らないのではないかと察せられた。



「さて、用事も済ませたし一度……?」



その時、くいっ、くいっと服の裾を引かれる、俺が振り返るとそこにはヴァニラの姿があった。

ヴァニラは相変わらずの無表情だが、瞳が何かを訴えている事はわかる。



「健診か?」

「はい」

「わかった、お願いするよ」

「はい、一緒に来てください」



医務室には今入院患者がいるというのでヴァニラの部屋に向かう事になった。

個人の部屋ならまた今度医務室にでいいと言ったのだが、ヴァニラが譲らなかったのだ。

ヴァニラは基本的に意思が強い、迷いがないと言うべきか、俺など20代になっても迷ってばかりだったように思う。

考えてみれば俺は小さい頃はどこか冷めた子供だったように思う、ユリカがはしゃぎすぎだったせいだ。

その後、両親の件で一時期復讐する事ばかり考えていた、しかし相手もおらず空回りするばかりだった。

孤児院で俺は料理人になる夢を持った、そして、料理人の専門学校に通う事にした。

だが、地球に飛ばされ、両親を殺した犯人と関わりがあるかもしれないユリカと再会し……。

その後もいろいろと揺れて流されて生きてきた。

対してヴァニラは13歳だというのに、既に生き方を決め、一生懸命を通り越すくらい邁進してしまっている。

なのになぜエンジェル隊に入ったのか謎ではあるのだが……。

そんな事を考えているうちにヴァニラの部屋までやってきていた。



「お入りください」

「ああ、失礼する」



ヴァニラの部屋は質素というべきか、あまり飾りけはない。

荷物そのものが少ないせいだろう。

それでもいくつか女の子らしい小物があったりしたが、それよりも目を引いたのは赤い目の小動物。

この間引き取らせた宇宙ウサギだ、やはりきちんと育てているのだろう、元気に動き回っている。



「出来れば自然の地面にいたほうがいいと思うのですが、公園で放し飼いにするという訳にも行きませんし……」

「なら特別にそういう部屋を作るか?」

「えっ、いいんですか?」

「ああ、人員に対して部屋数はかなりあまっているからな、それに、それもまたエンジェル隊の特権の一つだ」

「あ……はい」



どこか神妙な面持ちで聞き入るヴァニラ。

エンジェル隊の特権という言葉にプレッシャーを感じたのかもしれない。

しかし、こればかりは仕方のない事だ、エンジェル隊がこの艦隊の要なのは事実であるのだから。

もちろん、俺としてはそのプレッシャーを戦闘に持ち越さないためのフォローも考えなくてはいけないわけだが……。

最近俺は保父さんにでもなった気持ちだ……。



「そんなに気にする事はない、クジラルームの維持費と比べればスズメの涙みたいなものだ」

「そんなに高いんですか、クジラルームの維持費は?」

「ああ、自然環境の管理、それも場所ごとに気候をある程度コントロールしているだろう?」

「はい」

「更にはそれぞれの食糧、糞尿の処理、それらに回す人員の給与、もろもろ合わせてざっと……」

「そんなにするのですか……」



ヴァニラは驚いている、しかし、一か月分で俺達の給与一生分くらいはあるとはいえ、今さらやめる事も出来ない。

動植物を殺すというのも寝ざめのいいものではない。

どうせ、ずっとこの艦にいるわけでもないのだし。

いずれはルフトか、シャトヤーンにでも返すというだけの事。



「それでは、診察をはじめます」

「よろしく頼む」



ヴァニラはナノナノを俺にもぐりこませてナノマシンの様子を探る。

ナノナノもまたナノマシンの集合体であるためその辺りはお手の物なのだろう。

とはいえ、俺の体内はナノマシンがひしめいている、あまり長居しては競合を起こしかねないため、手早くという事になる。

恐らく、ヴァニラは相当に集中している事だろう。



「しかし、おかしなものだな……」

「何がですか?」

「ナノマシンに体を壊された俺が、ナノマシンに体を癒されている」

「おかしくはありません、ナノマシンに対抗できるのはナノマシンしかありませんから」

「それもそうだな……」



ナノマシンも大きな熱量などにさらされれば破壊される、とかそういう意味ではないのだろう。

まさに、そういう治療作業の話であり、ナノマシンでしか治療はできないという事。

否定はできない話ではあった。


そうして、治療も終わりひと段落ついた頃、突然警報が鳴った。

やはり、待ち伏せしていたのだろう、ルル・ガーデンとか言ったが、策士のようであったし、恐らく何か仕込みをしているはず。

気を引き締めてかからねば……。

ヴァニラにはハンガーデッキのほうへ急ぐように言って、俺はブリッジに戻る事にした。


















ヴァニラがハンガーデッキへ行く途中、ランファが立ち止まっているのが見えた。

いつもなら真っ先に戦闘準備を始めているランファとしては珍しい行動だった。

ヴァニラは不思議に思い声をかける。



「ランファさん、何かあったのですか?」

「あっ、ヴァニラ……ごめん、ハンガーデッキに急がないとね……」



ランファはヴァニラに言われて初めて気がついたように警報を聞いて走り始める。

とはいえ、いつもよりその走りは遅くまるでヴァニラに会わせているようだった。

ヴァニラは不思議に思いつつも特に口を出さずにいると、ランファのほうから語りかけてきた。



「ねぇ」

「はい」

「ヴァニラ、あんたはその……アキトの事をどう思ってるの?」

「患者です」



ヴァニラの答えに、ランファは苦笑すると、しかし、また考え込み始めた。

どうすれば質問の意味を理解してもらえるのかといった事を考えていたのだが当然ヴァニラには理解できない。

生まれてこのかたヴァニラにはそっち系の縁は全くなかったのだ。

四苦八苦して結局ランファは無難な質問を投げかけることにした。



「いや、そうなんだけどさ……患者という以外に何も考えてないの? 一緒にいたいとか思わない?」

「……どうなんでしょうか……分かりません。ただ、早く彼を治してあげないと、とは思います」

「う”……そうよね、まだ13だもの、恋愛なんて分からないわよね……。ごめんね変な事聞いて」

「いえ、構いません。お役に立てたのなら幸いです」

「うん、十分立ったわよ。さあ、張り切って迎撃しましょ!」

「はぁ……」



それでも大体何かわかったのか、ランファは少し頬笑み、一気に駆け足の速度をあげた。

ランファがなぜテンションを上げたのかわからず首をかしげるヴァニラであった……。


















ブリッジには困惑するレスターと、シヴァ王子の姿があった。

それは、緊張感がないわけではないが、すぐに殺されるかもしれないとかいうものではなく、

今まで起こった事がない現象に対してのもののようだった。

俺は不思議に思い、二人に声をかける。



「どうした?」

「ああ、敵が出現した。しかし、いるのはわずか5機の大型戦闘機だけだ」

「伏兵の可能性は?」

「否定できん、この宙域はいくつか艦隊を潜ませる事が出来る場所があるからな。しかし……」

「たった5機で何が出来るのか、か?」

「ああ、どう考えてもまともに戦えるとは思えない。オトリにしてもな……」

「だが、我は見たことがあるような気がする。あのフォルム……」

「紋章機か」

「「!?」」

「あの黒いのが紋章機だと? ありえん、あれは白き月にも予備機や開発中も含めて7機しか存在しない!!」

「それは戦ってみればわかるでしょう、ですが、恐らく黒い艦隊と出所が同じもの、コピー品ですかね」

「ならば、撃破するのだ! 不愉快でならん!!」

「それは駄目です。敵の伏兵がどこに潜んでいるのかわからない以上、迂闊に手を出す事は出来ない」

「うっ……ぐむむ!!」



あの黒い5機が紋章機に近い性能を持っていてもいなくても、伏兵のほうは最低前回の残りである150隻以上の艦艇がいるはずだ。

当然そうなれば5機にかまけている間にエルシオールを抑えられる可能性が高い。

戦力を分けるか? いや、あの5機の性能次第では逆につぶされてしまう事もありうる。

つまり今は相手の出方を待ちつつ周囲に艦隊がいないか捜索するしかない。

プロープは飛ばしたものの、今のところ発見できていないのが痛い。



「戦力が出せないというのは痛いな……」

「これだけあからさまに伏兵を配置していますという布陣ではな……」

「ふうむ、戦術としては確かに困るものだが、そなたのエステバリスも入れれば数は上という事にならんか?」

「分散しても問題ないというほどの差はないでしょう」

「ならば、合体はどうじゃ?」

「合体……」



確かに、エステバリスとどれか一機が合体すれば戦力的に5機に匹敵する能力が出せる。

だが問題点は、合体するための基準が分からないという事だ。

あの後何度か訓練として合体をしようとした事がある。

しかしそのどれもうまくいかなかった。

理由はテンションの不一致という事らしい……。

ようは、危機感や高揚感でテンションが上がっている時、二人ともがそうである事が大前提らしい。



「敵部隊接近してきます。防衛ラインまであと3分」

「迎撃準備を整えておけ、レスター、提督権限を預けるぞ」

「了解した、しかし、やるつもりなのか?」

「ぶっつけ本番だがな、まあ、目の前の紋章機もどきが弱い事を祈っていてくれ」

「ふっ」



俺はハンガーデッキへと急ぐ、既にエンジェル隊への出撃命令は下っている、俺は後から追いかける形になるはずだ。

そして、出撃してみて思った事は、やはりという思いと、呆然とするしかない現実だった。

そう、5機の黒い戦闘機は紋章機とほぼ同等の戦闘力を有していたのだ。



『なっ、なんなんですかあれー!?』

『騒ぐんじゃないよ! 相手にもそれなりの戦力があったってことだろ!』

『ですが、あれは白の月で作られたものではありません、あんなのどうやって……』

『とにかくやるしかないじゃない! 行くわよ!!』

「まあそういう事だ、幸い、敵は固まって行動している。半包囲の陣形を組んで押し包むんだ」

『了解』

『わかったよ、いいねみんな』

『はい!』

『しょうがないわね』

『わっかりましたー!!』



相手は確かに攻撃能力も、機動力もスバ抜けた紋章機並みの戦闘力を持っていた。

更には耐久力も凄まじいらしく、数発叩き込んだ程度では破壊されない。

全く効いてないと言うようには見えないからバリアなどで拡散させたわけでもないようだ。



『敵さんおいでなすったぞ! エルシオール下部の小惑星帯より敵艦隊100出現、内訳は駆逐艦20、巡洋艦40、戦艦30、空母10だ』

「空母を混ぜてきたか……ただでさえ数が足りないというのに」



まずい、空母の事もそうだが、数も気になる。

今の伏兵が全軍かどうかの判別がつかない。

以前半数以上は撤退したはずだ、全軍を投入しないとも考えづらい。

故障が多く置いてきているという可能性もあるが、最悪もう一軍隠している可能性もある。

しかもこのままではエルシオール下部に援軍を送る余裕もない、ここだけでも押し切れているとは言えないからだ。

最悪壁に出来る人数だけ残して援軍に回す必要がある。

こういうとき、護衛艦隊がいないのが悔やまれる。

隠密であるのだから仕方ないが、最近、待ち伏せばかり受けている気がする。

察知される危険はあるが、先に援軍を頼むべきだったかもしれない。

そんな愚にもつかない事を考えつつも、作戦はどうせあまり残されていない事に気づく。

合体だ……今まで意図的にやって成功した事はないが、それでもここでやれなければ敗北する。



「合体……するぞ」

『あっ、なら私とー!』

『今の状況なら私のほうが最適ですわ』

『おお、一度やってみたいと思っていたところだ。丁度いい試してみないか?』

『あっ、アンタ達、あんな……そのあのほら……』

『合体は危険です。アキトさんに負担がかかってしまう……』

「今は何よりも敵援軍を何とかすることが先だ、そうしなければ俺達の帰る場所がなくなってしまう」

『でも一体どうするんですか?』

「俺が順番に接近していく、今までならそれでオートでシステムが起動していたはずだ」

『それもそうですわね』



偉く適当なやり方ではあったが、現状これ以外の合体方法を知らない俺はそうすることにした。

だが、それぞれの機体に接近してみるものの、どの機体とも特に合体の兆候が発生しない。

俺はそれでもめげずに何度か繰り返した。

すれすれのところまで接近した事もある。

しかし、それでも合体機構は動かず、じり貧を加速させるばかりだった。



「くそ! 一体何が足りないんだッ!?」

『まずいですわ、エルシオールと敵艦隊が交戦空域に入りました、今すぐ援軍を送らないと沈められかねません』



沈めるような事は流石にしないはずだが……シヴァ王子の件があるからな、しかし、拿捕されれば俺達は終わり。

緊急事態であることには変わりない。

以前のようにアステロイドベルトに隠れて戦闘機だけ相手していればいいわけではない。

まず勝ち目はないはずだ。



「くっ……エンジェル隊は急いで敵艦隊迎撃にまわってくれ」

『こいつらはどうしますの?』

「俺が食い止める」

『馬鹿! アタシ達全員でも押しきれないのに、アンタ一人で何が出来るの!?』

「実は、この機体には一時的にブーストする能力があってな……それを使えば何とかなるかもしれない」

『その後はどうするつもり!? そもそも、それで全員倒せるの!?』

「だが、それ以外に手は……」

『あるわよ! アタシが合体してあげる!!』

「!?」



その言葉が終るか終らないかのうちに変化は起こった。

ランファの機体がこちらに向かって飛んで来る、それに対し俺のエステもオートモードに入ったようで制御が出来なくなった。

これは、合体の兆候!?

一体何が引き金だというんだ?

今までもそうだったが、理由が今一つわからない、確かにテンションがいつもより跳ねあがっている時しかできないという程度はわかるが……。

そう言っているあだにも、ランファのカンフーファイターが接近、エステが変形を始めていた。

中央部と左右ワイヤーアンカーの基部がずれ込み半回転して頭が露出。

アンカークローがワイヤーアンカーのブレード部に異動し、大きな両腕と化す。

そして下部にあったウィングが展開し上部に移動する。

あえていうなら腕の付いた隼のような形となった。



「こっ、これが合体?」

「ああ、どうにか上手くいったようだな」

「えっ、ってアンタなんで私の前に座ってるのよ!!」

「知らん! 合体するときにそうなったんだ。俺に聞くな!」

「うぅぅ。後ろは絶対見ないでよ!!」

「ああ」


そう、この合体においては、俺はランファの前に座っていた。

それも段差があるらしく、俺の席から顔を上に向けるだけで色々なものが見えてしまいそうな形に。

まあ俺としては、いつ蹴られるかわからないのでそっちの方もビクビクものだが。

どちらにしろ、兵装等の構造を見る限りこの機体は高速度攻撃による一撃離脱型とみていいだろう。



「格闘兵装はランファに任せる、俺は機動に専念するぞ?」

「ええ、わ、わかったわ。目の前の奴らをたたけばいいのね?」

「ああ」



まだ羞恥心があるのか、ところどころどもるが、戦闘を長引かせるわけにはいかない。

このままではエルシオールが危ない事に変わりはない、戦闘を始めつつもエンジェル隊に指示を出す。



「エンジェル隊各機へ、急いでエルシオールの増援に向かってくれ、俺達はこいつらを何とかしてから向かう」

『了解しましたわ』

『えっと、でも大丈夫ですか?』

『大丈夫さ、合体した時の戦力上昇はアンタも知ってるだろ。行くよ!』

『はい!』

『無茶しないでください』

「ああ、気をつける」



俺が指示を出している間にも、戦闘は続行されている。

5機の黒い紋章機もどきは、見たところエンジェル隊の紋章機のコピー品のように見える。

性能も似たようなものが多く、基本形にみえるもの、格闘タイプ、小型艦を積んでいるもの、

特殊工作型と思しきもの、大型砲撃型らしきものにわかれている。

しかし、俺達の乗る赤い隼と言うべきこの機体は敵の最速と思しき格闘タイプの優に1.5倍の加速減速を可能にしている。

つまりは、敵にこちらを捕らえる事は出来ない。

ただし、囲まれてしまえば終わりだ。

俺は常に敵が孤立しているか、突出する瞬間を狙い一撃離脱を試みる。



「へぇ、結構やるじゃない」

「そっちこそ、いいポイントを攻めている」

「でももっと大胆にいってもいいんじゃない? 時間もないんだし」

「そうしたいところだが、一撃で決められるような大技はあるか?」

「ふん、このランファさんをなめないでよね!」

「なら任せる」



俺はランファの望み通りに、敵の密集域に飛び込んで行った。

ランファはアンカークローを飛ばして一機を捕まえる。

そして、ワイヤーアンカーも射出し、別の一機を捕まえた。

そのまま、ワイヤーアンカーで固定した一機を支点にしてもう一機をジャイアントスイングのように振り回す。

両方からのミサイル攻撃はない、近すぎで使えないのだ。

小型のビーム系攻撃はあったが回転の勢いである程度は回避、回避できないものはピンポイントで張ったバリアが防ぐ。

俺としても忙しい限りだが、ランファはそのジャイアントスイングの途中で密集してきていたもう一機も巻き込み衝突させた。

その後ワイヤーアンカーで支点にしていたもう一機にもきっちりぶつける。

3機を一気に行動不能に追い込むと、後は簡単だった。

残る2機はあっという間に殲滅し、エルシオールの護衛に回る。

敵の伏兵はもう一部隊いたようでそれが動き出したところだったらしいが俺達が戻ってきた事を知ると撤退を開始した。

流石に勝ち目が薄い事は前回の事で学習したらしい。



「ふう、こんなにエキサイトしたのは久しぶりよ!」

「それはよかった。俺としてはもう待ち伏せはこりごりだが……」

「そうね、そうならないために頑張ってよ。司令官さん」

「善処する」



テンションが低下したせいか、機体はその後すぐ分離した。

俺達はそのままエルシオールに帰還する。

ハンガーデッキから下りてくる俺を待つ姿が2つあった。

一人はヴァニラ、もう一人はランファだった。

ヴァニラは俺の全体をみるようにしている、おそらくナノマシンが変調していないか確認しているのだろう。

ランファはそれが終わるまで不思議と何も言わず待っていた。



「問題ないようです。ですが、出来るだけ早く検診させてください」

「でも今すぐ行く必要はないのね?」

「はい」

「何の事だ?」

「ちょ……ちょっと付き合ってくれない?」

「ああ……いいが、報告の後じゃダメか?」

「別に時間かかるような事じゃないわよ」

「そうか、わかった」



ランファに連れられて銀河展望公園へとやってくる。

そう言えば俺はここへもあまり来た事がなかったなと思う、今は戦闘直後と言う事もあり人が少ないようだ。

公園内は森が広がっており、燦々とした光が降り注いでいる。



「あっ、あのさ……」

「ああ……」

「その……こっ、こここ……」

「鶏?」

「違う! これっ!」

「弁当か?」

「うん、最近いろいろ世話になってるからさ……そのお礼!」

「ああ……ありがとう」



俺が礼を言うと、なぜかランファは急に顔を真っ赤にする。

そして、俺に背を向けて走り出した、しかし、途中で立ち止まって振り向く。



「勘違いしないでよね!! ただのお礼なんだから!!」

「えっ、ああ……」

「それだけだから!! それじゃ!!」

「ああ……」



ランファは顔を真っ赤にしたまま走って出ていく。

まさか……これは……そうなのか?



俺は弁当のフタを開けで見た……。



そこには、トウガラシで真っ赤になった料理らしきものがあった……。



俺は思わずナデシコに乗っていたころのあの料理を想像してしまったが、よく見れば真っ赤なだけのようだ。

料理そのものはまともに見える、真っ赤でなければだが……。

ううむ……これでは判断が難しいな、俺はこの事を保留ということにしてブリッジに急ぐことにした……。

















あとがき


記念連載、ランファの回です。

ランファは惚れっぽいような気がしたので少しやってみました。

次回(多分6周年)はランファが占いとかやり始めるようにしようかとw

とはいえ、メインヒロインは既に決まっているのでこの先は波乱万丈そうですが(汗

兎も角、5000万HIT皆さまのおかげで達成できました!

とてもうれしいです♪

これからも皆様よろしくお願いしますね!



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