正当トランスバール皇国軍、旗艦ザーフ。

トランスバールでもかなりの大型艦であるエルシオールを軽く数倍する大きさを持つ。

質量なども考えれば優に10倍以上になるだろう。

トランスバール皇国公式記録上でもほぼ最大級の戦艦となる。

正に超弩級と言っていいだろう。

はっきり言ってトランスバール皇国軍にはこんな巨大戦艦を建造する技術はない。

その一点を見てもエオニアは皇国以外から技術を得ているのは間違いない。


その、巨大戦艦のブリッジ……、それはやはり大きな空間であった。

ブリッジ内の広さだけでも100m四方はある。

上下も吹き抜けでやはり50mほどはあるだろうか。

そのブリッジの一番後部にある一番高い位置の玉座にエオニアは座っていた。

そう、このブリッジは艦の制御を行う場であると同時に謁見の間でもあったのだ。


そして、エオニアの周りには警護の兵が鎮座し、玉座の横には小さな女の子がおかしな格好で立っている。

形の上ではエオニアの妹だと名乗っている少女だ、見た目は確かによく似ている。

赤い瞳と金髪はエオニアと同じだ。

正面で平伏するルル・ガーデンは、この少女の事も気に入らなかったが同時に排除は有り得ない事も知っていた。

そして、一段下がって玉座の前を固めているのはルルにとっては憎むべき女、そしてエオニア軍唯一の将軍。

シェリー・ブリストル、頬に傷を持つ紫髪の女将軍。

どこまでも固く表情を崩すこともない、ルルにとっては最も嫌いな女だった。



「ルル・ガーデンよ。子細はヘルハウンズ隊から聞いた」

「は……、処罰は如何ようにでも……」

「愁傷な心がけである……、と言いたいところだが。

 一点だけ見逃せぬ点がある」



エオニアはそう言ってルルの顔をのぞき込む。

それは真剣な表情であり、同時にルルの待ち望んだものでもあった。

ルルは今から処罰されると分かっているにもかかわらず心臓が高鳴るのを覚えた。



「なっ、なんでしょうか……」

「それはな、お前が余を侮った事だ」

「侮る!? 決して!! 決してそのような事は!!」

「そうかな? では何故エルシオールを発見した際に直ぐに報告をしなかったのだ?」

「そっ、それは……」



思わずシェリーを睨みつけるルルだったがシェリーは素知らぬ顔をしている。

ルルは頭に血が上っているのを覚えたが、シェリーは確かに全く関与していない。



「余が正当な報酬を与えぬ、報告だけではなく、捕獲まで成功させねば我が認めぬと考えたのだろう?」

「いえ、決してそのようなことは!!」

「余は部下の功績は正当に評価してきたつもりだ、誰かの意見に踊らされた事もない。

 故にルルよ、お前が報告を怠ったのは余に対する侮りと取られても仕方ないであろう?」

「そっ……そのようなことは、決してありませぬ!!」

「ならば何故報告を怠った?」

「単なる独走に過ぎません! そして今回の失態、私は……軍を抜けます!」

「そんな謝り方をされても余は嬉しくないぞ」

「えっ……」

「難しい事ではない、これからは決して報告を怠らぬようにすればよい。

 だが次に報告が遅れたならばどうなるか……」

「はっ……はい!!」



ルルはエオニアに罪を許されたことにより更に深くエオニアを信奉する。

だが、当面はシェリーの指揮下に入るしかないことは決まっていた。

その事を苦々しく思いながら退出していく……。


ルルが退出した後、エオニアは獰猛な笑みを浮かべシェリーに言う。



「全く、使い勝手がいいことだな」

「ハッ!」

「お前を対抗馬にして少し煽ってやるだけでこれだ。

 まあ、今回の失態くらい彼女の功績を見れば大したことはない。

 貴族達の取りまとめもうまくやってくれているようだ、せいぜい利用せねばな」

「ハッ! それではエオニア陛下」

「ああ、そろそろ本腰を据えなければな。

 もうトランスバールの半ばを収めた、そして反乱分子の集結も近いようだ」

「では……」

「そうだな、もうひと押しくらいしておくとするか」


そう言ってエオニアはまた笑う。

隣では、妹を名乗る少女がエオニアに微笑みを向けていた……。





ギャラクシーエンジェル
新緑の成長(前編)





どうにかエオニア軍に捕まる事なく宇宙サルガッソーを抜け、

ローム星系までクロノドライブで3〜4回という場所まで来ていた。

そしてこの辺りは既に第三方面軍の管轄であり、現在もエオニア軍に抵抗を続けている場所でもあった。

つまり、俺達の脱出行はここで一段落となるはずなのだ。

幸いにしてクロノドライブを応用した通信がどうにか届く範囲にはやってきたらしい、簡易ながら通信が届いた。



「ポイントB-623AF……恐らく第4惑星がある付近かと思われます」

「行くのか?」

「ああ、また補給も怪しくなってきていた所だし、宇宙サルガッソーを抜けたダメージもある。

 罠の可能性もなくはないが……行くしかないだろう」



エルシオールのブリッジにて、

副官のレスター・クールダラスと俺は味方の軍のはずの通信文に対しどう対処するか話し合っていた。

理由としては、正直今まで俺達が裏を書かれすぎたということと、

もう一つは一応ではあるが、俺達が辺境域を抜けてくるというのは極秘作戦だったはずなのだ。

その2点において慎重になるべきだというレスターと、

偵察は出すにしてもとりあえず行くしかないという俺とのすり合わせという意味である。

レスターの言うことは正しい、だが物資の不足、精神的なストレス、どちらもかなりの域に来ている。



「だが、だからこそ慎重にすべきだ。もしも罠だった場合俺達に食い破る力が残っているのか怪しい」

「その通りだ、だからクロノドライブ航行を行う前に試してみたい事がある」

「試す?」

「そうだ、うまくいくかは分からないが。

 うまく行けばドライブアウトをする前に相手の配置を確認することができるだろう」

「そんな話があるのか?」

「まあ、失敗したら別の方法を検討するさ」



クロノドライブのシステムは理論的にはワープと似ているが、はっきりと違うと言える点がある。

それは、クロノドライブに入れる場所は至極限定されているという点だ。

一つの星系で2つか3つ。

そして入ったポイントから出るポイントが予想できてしまう。

ワープのように宇宙を圧縮しているわけではないため、制約が多いのだ。

だが、つまりはそれを逆手に取ることは可能だった。



「一時間ほど待機にしてくれ。その間にやる事を済ませておく」

「わかった……。全くお前は時々変な事を考えるからな」

「生きるための方策だ、多少変でも許してくれ」

「はは、違いない。兎も角、あまり待たせると相手も不振に思うかもしれん。

 時間をかけすぎるなよ」

「わかっている」



これまで、エオニア軍のおおよそ300隻近い艦船を屠ってきたはずだが、所詮は無人機。

人員の補充という点こちらの方がどうしても戦力の補充は難しい。

エオニア軍は何度でも大量生産が可能としか思えない規模の艦隊を有している。

速度差が大きく、数で押しつぶす戦い方が通じにくい紋章機にとっては難敵ではないものの、

一般の艦船ではかなりきつい、同格の船ならなんとか勝てるというところだろうか。

しかし、数の上では向こう側が優位、つまりトランスバール帝国軍はかなりの劣勢をしいられている。



「あらあら、奇遇ですわね」



俺がブリッジを出て廊下を進んでいると、青髪の小柄な女性、ミントが歩いてくる。

位置関係からみて、奇遇というより待ち伏せのような気がしたが、まあ無粋というものだろう。



「女心というものにお気を付けあそばせ」

「了解した」



笑顔ではあるものの、怒気を感じさせる。

ああ、なるほど。読まれたか。

俺としてはそれはまあどちらでもいい事なのだが、ともあれあまり時間があるわけじゃない。



「それで、申し訳ないのですけれど……少しお時間を頂けませんか?」

「ああ、構わないが、あまり時間はないので手短にたのむ」

「大丈夫ですわ。きっと事態を好転させる手助けになりますもの♪」

「よろしく頼む」



ミントに案内され、ティーラウンジにやってきた俺は緑茶を注文してミントの向かいに座る。

相談内容はしごく簡単、特殊偵察行動に使う機体を無人偵察機ではなく、

ミントの紋章機トリック・マスターの艦載機であるフライヤーにやらせてほしいという相談だった。

まだ特殊偵察について細かいことを言った訳ではないのだが、もしかしたらクレータ辺りから漏れた可能性がある。

ミントの情報収集能力を多少侮っていたな。

ミントは俺の思考を読んでいるのかいないのか、そのまま話し始める。



「あれの一番の利点は通信機能にクロノ・ドライブ通信が使われている事です。

 距離が離れても、ほぼタイムラグなしで操れるのはそのお陰ですわ」

「しかし、もしもの時はトリック・マスターの戦力ダウンにつながらないか?」

「ええ、その心配はごもっともだと思いますわ。

 ですけれど、それだけの価値はあると思いますの。

 それに、フライヤーは失われても補充が効きます。戦力ダウンといっても一時的なものですわ。

 失われると決まった訳でもないですし」

「確かに。なら頼んでもいいか?」

「はい、お任せください♪」



作戦を一時間後に行う事を決め、ミントにそれまで体を休めておくように言い置く。

ミントは頷いたものの、彼女の事だいつものほほんとしつつ、頭の中は色々と渦巻いているのだろう。

とはいえ、もう一息でこの旅路も一段落する事は間違いない。

もちろん、だからこそ敵だってゆっくり構えていてはくれまい。

可能な限りの戦力を傾けてくる可能性がある。

だからこその、特殊偵察というやつだ。


格納庫にやってきたのはそれから5分後くらいだろうか。

俺としては急ぎたいのだが、格納庫の中は人けが少なく、どうやら整備班が出払っているらしい事がわかった。

しかし、人の気配はゼロじゃない。

この気配は……。



「ヴァニラ」

「はい」

「整備をしていたのか?」

「はい、基本的な整備のお手伝いと、ハーヴェスターのナノマシンの調整を」

「他の整備班は休憩しているようだぞ?」

「はい、もう直ぐ私も終わりますので」

「医療行為の手伝い、整備の手伝い、クジラルームの手伝い、他にも何かしているのか?」

「基本的にはそれだけです。ですが、可能な範囲でお手伝いをさせて頂いています」

「……」



やはり、ヴァニラは明らかにオーバーワークだ。

今の話から考えても常人の3倍近い仕事をこなしていることになる。

戦闘、医療、整備、掃除、その他も細々した仕事をしているのは間違いない。

聞けばエンジェル隊のメンバーからも彼女は常に起きているのではないかという疑惑が持ち上がっているほどだ。

実際、睡眠時間もかなり削っているだろう事は想像に難くない。

昔、シスターバレルを失った痛みがまだ癒えていないという事なのだろう。

だが、司令官の権限でシスターバレルについて調べてみたが、彼女はそんな事を責めるような人ではない。

ましてや、老衰で亡くなったのだ、病でも傷によるものでもない、大往生という奴だ。

それでもヴァニラは自分を許せずにいる、ナノマシン医療の術を持つからこそ、救えたのではないかという思いがあるのか。

それとも、寿命という意味を理解していないのか。

実際、年齢的にどちらだとしてもおかしくはない。

機会があれば何とかしてやりたいと常に思っているのだが……どうしたものだろうか。



「ではヴァニラ、一時間の休養を命じる、その後万全の状態でブリッジに来てくれ」

「了解」

「それと、整備班がどこで休憩しているかわかるか?」

「恐らく……ラウンジのほうではないでしょうか」

「ありがとう!」



俺は急いでラウンジのほうに向かう、次の作戦では整備班に協力してもらわなくては始まらない。

まあ、準備はもう終わっているだろうからあえて呼びだしはしなかったが。

たどり着いた先では、ランファがクレータ達整備班の面々と何やら盛り上がっていた。



「だからリッキー君が一番いいのよ! あの細い手足、それにうなじの部分とかソソるわー♪」

「でもやっぱりトム・ウイング君ですよ! 小柄なところが逆にいいじゃないですか!」

「美形はいいわよねー♪ でもアタシはどっちかっていうと年上がいいかな」

「アニーズは十代のうちが旬なのよ! 二十代になったら全体的にゴツくなっちゃうじゃない」

「でも、そういうふうな男の人に支えてもらいたい、とかって思わない?」

「そっかー、ランファもう好きな人がいるのね♪」

「ばっ、そんなんじゃないわよ! 一般論! 一般論の話なんだから!!」



なんというか、非常に声をかけづらい雰囲気を作り出している。

俺は扉の前でどうすべきか考え込んでしまった、一度格納庫に戻って休憩が終わるのを待つべきだろうか?

女性どうしのアイドル談義なんかに入っていける勇気はない。

俺は踵を返すことにした。



「うーん!! うーん!! あっ、アキトさん。どうしたんですか?」

「ミルフィーか、重そうだな」



突然ピンクの髪が視界に飛び込んできた。

顔は半分くらい見えているが、下半分は大きな袋を抱えていて見えない。

袋の大きさだけでも明らかに1m級のものがいくつかあった。



「はい! 皆とピクニックに行こうと思いまして。

 その時に出すケーキ用の小麦粉とかフルーツなんですけどやっぱり30人分は重いかな……」

「いや、当然だろう! というか30人分も用意する気か!?」

「本当はクルー全員分用意したかったんですけど。流石に無理そうですし」

「わかった、手伝うから、その荷物をよこせ」

「あっ!? ありがとうございます!」



俺が受け取った荷物は、ざっと40kgくらいはあった。

どれくらい作るつもりなんだか……。

俺は荷物の大部分を持つことにし、ミルフィーの後を付いていった。



「ありがとうございます♪ おかげて助かりました!」

「いや、これからは重いものを持つときはカートか何かを使うといい。

 確か、貸してくれたはずだから」

「なるほど、そういう方法もあったんですね」



ミルフィーは今初めて気がついたという感じで、頷く。

まあミルフィーだからその通りなんだろうが。

危なっかしいと感じてしまうのは仕方ないだろう。

運不運の部分を抜きにしてもミルフィーは危なっかしい部分が多い。

危機感がないというか……、その変わり、危機感がないその明るさに皆が救われているのも確かで、悪いとも言えない。



「どうぞ、入ってください」

「そうか、悪いな……」

「お礼にアップルパイをごちそうしますね♪ 飲み物はコーヒーでいいですか?」

「ああ、頼む」



もっとも、先ほど緑茶を貰ったばかりなので、余り沢山は欲しくない所ではある。

もちろんミルフィーはアップルパイ以外にもいろいろ用意してくれた。

俺は額に少し汗を浮かべながら、全部いただくことにした。



「うっ、ご馳走様……」

「お粗末様でした♪」

「それじゃ、俺は要件があるのでこれで」

「あっ、引き止めてしまったみたいで申し訳ありません」

「いやいや、相変わらずミルフィーのお菓子はとても美味かったよ」

「そう言っていただけると嬉しいです♪」



ミルフィーのお菓子は確かに美味かった。

その分余計に食べ過ぎたわけだが……。

ともあれ、格納庫に戻らねば……。



「おや、アキトじゃないか、どうしたんだい? そんなに急いでさ」

「いや、少し整備班と話しておきたいことがあってな」

「ふーん、あたしも付いて行っていいかい?」

「構わないが」

「じゃ、善は急げだ。さっさと行くよ!」

「呼び止めたのはお前だろう……」

「細かいことを気にする男はモテないよ♪」

「今更モテたいとは思わん!」



廊下で出会ったフォルテとそんなやり取りをしながら格納庫に戻った俺は、

ようやく整備班と相対することができた。

かなり回り道をした気がする……。



「クレータ班長、例のシステムは完成したか?」

「システムって言うほどのものでもないですし、既に完成していますが。本当にいいんですか?」

「失敗したところで、人命に関わるわけでもない。早速準備を始めてくれ。

 後半時間もすれば作戦を始めるつもりだ」

「了解しました。ほらみんな。クロノストリングエンジンの調整急いで!

 出力はさほどいらないけど、微調整を誤ると正確なクロノドライブにならないんだからね!」

「「「「ハイ! クレータ班長!!」」」」



整備班の結束は硬い。

多分、趣味が似通っているから……。



「まーったく、また得意の秘密主義かい?

 あたしらにはもうちょっと教えてくれてもいいだろうにね」

「秘密って言うほどのものじゃないんだがな……」



フォルテは両手を広げてお手あげのポーズを取る。

実際、さほど機密というわけでもないので、話してもいいんだが。



「構わないが、30分後のブリーフィングでもう一度言うけどいいのか?」

「むっ、そうだねぇ。じゃ、その時でいいや。邪魔したね」



そうして格納庫から出ていこうとしたフォルテはもう一度振り向く。

そして、いたずらっぽい顔で。



「これは貸しにしとくよアキト」

「フッ、了解した」



なんだかんだで、結局エンジェル隊全員に会うことになったわけだが。

作戦前に全員に会う事が出来たのは良かったというべきだろうか。



それから30分後、ブリッジに戻った俺はエンジェル隊をブリッジに集め、ブリーフィングを始めていた。

作戦といっても、戦闘を伴う訳ではないので、直接エンジェル隊に出撃を命じる事はないとは思うが。



「これから、ギムソン星系第四惑星近郊に向けてクロノ・ドライブに入るわけだが、

 今までの傾向から言って、味方の回線を使用しているから味方とは言い切れない、

 それに、通信を傍受されて味方が既に攻撃を受けている可能性もある。

 だから、クロノドライブに入る前に偵察をしたいと思っている」

「偵察? 紋章機を先行して飛ばすのかい? だがそれだと紋章機の危険が跳ね上がる事になるよ?」



フォルテが当然の疑問を口にした。

実際、紋章機なら偵察可能だが、出した紋章機が帰還する事は難しいため補給に困る。

その上、向こうで敵艦隊が待ちかまえていた場合、紋章機だけで戦うくらいなら、エルシオール事行ってもさほど変わらない。

全機を出せば当然こちらががら空きになるし、数を絞れば向こう側での戦いがきつくなる。



「その問題を解決する手段を見つけたのですわよね?」

「ああ。100%という訳じゃないが。皆、クロノドライブの移動方式を知っているか?」

「元々、クロノストリングエンジンは超次元紐、つまり10次元のひもからエネルギーを引き出すシステムですわ。

 クロノドライブとは、そのシステムに介入し、機体を超次元へとシフトさせ1光年を10時間ほどで渡る航行法ですわね?」

「その通りだ」

「へぇー、そんな方法で飛んでたんだー」

「ミルフィー……あんたも航空士官学校で習ったでしょうに……」

「えへへ。ごめんランファ覚えてないや」

「これが主席……、同期の恥だわ……」



話しがそれてしまったため俺は一度コホンと咳払いをし、黙ってもらった。

ここからがある意味重要な事だからだ。



「クロノドライブにおいて超次元に入るためのエネルギーは莫大だが、戻るためのエネルギーはさほど必要ない。

 だから、エルシオールのクロノストリングエンジンのエネルギーを使ってポッドを一つ超次元へ飛ばそうと思う」

「ポッド?」

「ああ、エネルギーをフィールド状に展開する事で自身を飛ばすのがクロノドライブだからな」

「だけど、入れてもナビゲートなしじゃどこにいっちまうか分からないだろうに」

「その問題もミントが解決してくれた」

「はい、フライヤーを使えば万事解決ですわ」

「フライヤーの通信機構なら確かに……でも、失われたら一機作り出すにはかなりかかるんじゃないかい?」

「でも、皆さんの安全とは比べるべくもないと思いますわ」

「……なるほどね、確かにそうだ」



いかにも納得したという風に頷くフォルテ。

しかし、モノクルの向こうの目はこんなもんでどうかね?

という感じで俺に合図をしてくる、つまりは聞き役に回ってくれていたという事だろう。

事情を知るミントはともかく、きちんとしておかなければ分からない事もあるかもしれないから。

その辺りの機微は流石だ、人間関係においてはフォルテのほうが一歩も二歩も先を行っているようだ。



「つまり、トリックマスターのフライヤーを偵察に出すってことでいいのね?」

「そう言う事だ」

「なら回りくどい言い方しないでよ。それで、アタシ達はどうすればいいわけ?」

「これからミントはフライヤーとの通信を続けるため、トリックマスターに籠ることになる。

 その間、皆はサポートをしてやってほしい」

「それって……」

「雑用と、念のための護衛だな」

「ちょ!」

「了解しました」

「あら、なんだか楽しそうですわね♪」



がやがやとしながらエンジェル隊は格納庫に向かっていく。

やれやれようやく一段落だな……。

とはいえ、偵察任務そのものはこれからだ。

これによって恐らくは奇襲される確率は格段に下がるはずではあるのだが。

まだ幾分不安は残る。

だが、今さら作戦を止めるなんてバカな事をする気はない、俺が不安になってしまっては士気にかかわる。

俺は、周辺状況を確認しながら開始の命令を送った。



「マイヤーズ司令、ポッド射出されました!」

「ああ。エネルギーバイパス展開、超次元エネルギーをポッド周辺に散布」

「了解しました! エネルギーバイパス展開、超次元エネルギーをポッド周辺に散布します!」

「ポッド内仮設クロノドライブシステム稼働」

「仮設クロノドライブシステム稼働!」



クロノドライブとはいっても根本的には、エネルギーを利用して次元の壁を突き破る異次元航行の事だ。

この世界と薄皮一枚という隣合わせの世界であるため、この世界での物質の配置は向こうでも存在する。

向こうの自分の質量にへばりつき、そのまま移動し、その後元の世界に戻る。

クロノドライブの根本はそこにある、そのため障害物や重力の多い所ではクロノドライブに入る事は出来ない。

だが、逆に次元の壁を突き破る方策さえあれば、何でもクロノ・ドライブ可能という理屈である。

そしてポッドにはエネルギーを受けて一度だけ次元の壁を突き破る事が出来るシステムを。

クロノアウト時はミントが通信を通じて理解する。

そうでなくては止まれないのだから、仕方ない話だ。



「3、2、1、クロノストリング臨界稼働」

「クロノストリング臨界稼働!」



すると、ポッドが青白く輝き、そして消滅した。

一先ずはこれでいい、後はミント次第という事になる。



「では、こちらも1時間待ってクロノドライブに突入する」

「レスター、その心配はもっともだが、どちらにせよ俺達は進むしかない。

 結局の所、事前に敵の配置を知る事が出来るという程度の差だが、この場合は大きいだろう?」

「なるほどな、そう言う事か……」



そうして、先行したポッドを追いかける形でエルシオールはクロノドライブに突入する。

計算上は一日ほどで目的であるギブソン星系まで到達する事が出来るはずだ。

上手くギブソン星系の駐留艦隊と合流すれば、戦略の幅も広がるというものだ。

ただ、それをエオニア軍が黙って見ていてくれるかは未知数ではあるのだが。

例の俺達を追っている軍はもう100隻を切る程度しか残っていまい。

もしも、エオニア本人に伝わっていれば大艦隊が押し寄せて来ている可能性も否定できない。

逆に最後の特攻をかけてくる可能性もあるが……。

どちらにしろ厄介な話だ。



「そろそろフライヤーがドライブアウトする頃か……」

「ああ、時間だな。ミントと通信つなぐぞ」

「頼む」

『アキトさん、丁度いいタイミングですわね。

 フライヤーがドライブアウトしたところですわ』

「周辺状況は?」

『敵、味方共にドライブアウトポイントにはいませんわ。

 このままフライヤー単艦で第四惑星近郊まで向かわせます』

「頼む」



フライヤーは俺達より1時間ほど先行している。

これは、もしも敵の待ち伏せがあっても、回避が可能なギリギリの時間だ。

もっと時間を取れれば良かったのだが、それはそれでリスクが増す。

発見される危険性も考えると、出来るだけ急ぎたいところだった。



『第四惑星近郊まで到着したものの、敵味方共に発見できず』

「……そうか、エンジェル隊戦闘待機へ移行してくれ」

『了解しました』

「どうするつもりだ?」

「決まってるさ、お前も分かっているだろレスター?」

「合流地点にいないんじゃ次のポイントに行くしかないな」

「そういう事だ、待ち伏せはないと思いたいが、サッサと通り過ぎるに越したことはない」

『ちょっと待ってください、これは……艦の残骸……それも新しいものですわ』

「何!?」



もう去っていればいいが、敵艦隊がやはり来ていたということか。

連絡を出してすぐ壊滅させられたということは、俺達をおびき寄せる策だった可能性が高い。

対抗手段はただ一つだ、つまり。



「ドライブアウトまで後1分切りました!」

「ドライブアウト後、敵の待ち伏せがある可能性が高い。

 俺たちの取る手段は一つ、続けて次のクロノドライブに入ることだ。

 しかし、次のクロノドライブ可能ポイントまではどうしても無防備になる」

『はい! 護衛はお任せください!』

『やっとアタシ達の出番ね!』

『体が訛っていた所さ、いつでもいけるよ』

『お任せ下さいなアキトさん』

『了解、しました』

「では、ドライブアウトと同時に、エンジェル隊出撃!」



エルシオールはドライブアウトすると同時に格納庫から紋章機を発艦させた。

レーダー範囲内には確かに敵はないない。

このまま次のクロノドライブまで敵が来なければそれが一番いいんだが……。

念の為に俺もテンカワsplで待機しておいたほうがいいな。



「俺も格納庫の方へ急ぐ、エンジェル隊は周辺警戒を怠らないでくれ!」

『わかってるって、さっさと行ってきな』



そうして俺が格納庫に向かおうとしたその時。

立って居られないほどの揺れがブリッジを襲った。



「キャーーー!?!?」

「待って、ちょーーー!??!」

「クッ……被弾したか!? どっちからだ!?」

「被害知らせ! アルモ!!」

「はっ、はい! 被弾箇所はブリッジ50m前方のレールガン砲塔!

 現状復旧不能なほど破壊されています!」

「エンジェル隊!! 敵影はあるか!?」

『敵影レーダーに捉えましたわ! 敵戦闘機クラス1 高度なステルス能力を持っている模様!

 補足したはずなのに、時々レーダーから消えます!』

「くそ……。補足次第殲滅してくれ! 次に攻撃されたらエルシオールがやばい」

『了解しましたわ!』

「艦載兵器の使用も許可する! 戦闘機を目視で確認可能なら迎撃せよ!」

「了解! 迎撃システム起動します!」



そうして、俺達が攻撃しようとした敵戦闘機は急速に離れていく。

元々エルシオールの撃破は目的としていないことはわかっていたが。

それでもやるならデモンストレーションということか。

なら、出てくるのは相応の目立ちたがり屋という事になるな。



『どうだいマイハニー、そんな船の護衛なんてしてないでボクと良いことしないかい?』

『誰ですか貴方は?』

『フフーン、ボクの事が知りたいかいマイハニー?』

『いいえあんまり』



薔薇を口にくわえた水色の髪の男の妙なペース運びをすげなく断ったミルフィー。

まあ、一部の人は好きそうなタイプだが、万人受けは先ずしないし、

それ以前に戦場で敵を相手に口説きにかかるという神経の相手とお近づきになりたい人間はそういないだろう。

よくて変人、悪ければ狂人といったところか。



『ボクの名はカミュ・O・ラフロイグ、そこの冴えない男からきっと君を救い出してあげるよ』

『アキトさんを馬鹿にしないでください!』

『何馬鹿なことにつきあってるのよ! 沈みなさい!』

『おおっと。流石に一人じゃ部が悪いみたいだね』



ミルフィーのラッキースターとランファのカンフーファイターに追い立てられ徐々に離れていく敵戦闘機。

しかし、レーダー圏外から高速で接近する戦闘機が4機。

そのうち一機がカンフーファイターに向けて突撃してきた。

これは……。



『ランファ・フランポワーズ!! お前が俺のライバルに相応しいか確かめてやるぜぇぇぇッ!!』

『うわっ、何!? このマッチョダルマは!?』

『この攻撃を避けるとはやるな! ならこれならどうだぁぁぁぁッ!!』

『ちょ、暑苦しいのよ!! アタシは美少年が好きなんだからッ!!』

『これを受け止めるとは!! やはりお前は俺飲み込んだライバルだぁぁぁ!!』

『アンタなんか願い下げだって言ってるのよッ!!』



マッチョの男の乗る戦闘機はカンフーファイターとドックファイトを繰り広げる。

カンフーファイターがスピード重視なら、相手はパワー重視という感じだ。

紋章機ではないせいか、ランファのほうがパワーでも押しているようにも見えるが、その割に粘る。



『やはり、お前は強敵(とも)と呼ぶに相応しいッ!!

 俺の名はギネス・スタウトォ!! よおく覚えておけよッ!!』

『うっさい! さっさと沈みなさいよ!!』

『行ってフライヤー!!』

『下賎な者などに邪魔はさせんッ!!』



ミントのトリックマスターがフライヤーを4機ほど向かわせギネスを牽制にかかるが、

新たな戦闘機が機雷を散布し、その行動を阻害する。

機雷の爆発力ではトリックマスターそのものにダメージを与えるのは難しいだろう。

しかし、フライヤーは別である。

いくら紋章機の艦載機とはいえあれだけ小型なのだ、その防御性能は高いとはいえない。



『邪魔はそちらですわ、さっさとお退きなさい! フライヤー集中攻撃!』

『高貴なるこの僕に触れる事が出来るとは思わないことだ!』

『また機雷ですか、高貴という言葉が泣きましてよ』

『ふっ、下賎に触れさせないためには護衛も必要なのだよ。

 ブラマンシュ財閥の威を借っていられるのも今のうちだけだ、この高貴なるリセルヴァ・キアンティの前にはね!』

『あらあら、貴方こそブラマンシュ財閥の事を随分気にしてらっしゃるんですのね』

『貴様ぁ!!』



こちらも期待性能の差で押してはいるが、機雷を散布され、思うように追い詰めきれないようだ。

敵は恐らく、こちらの情報を徹底的に研究してきているということだろう。



『隙だらけだ、死ね』

『おおっと、そうはいかないね。アンタの相手はあたしさ』

『ッ!!』

『どうやらアンタも砲撃、いや狙撃かい? だが撃ち合いも嫌いじゃないんだろ?』

『俺は戦闘は好きじゃない。俺が好きなのは蹂躙だ』

『はっ、気が合いそうじゃないかい! 蹂躙はあたしも大好きさ!

 だが、事砲撃戦においてこのハッピートリガーに叶うとでも思ってるのかい!?』

『クッ!?』



確かに敵も砲戦タイプのカスタム機のようだが、

砲撃戦においては無類の性能を誇るハッピートリガー相手では部が悪いようだ。

この調子でいけば押しきれるか?



『アニキ達!? 今助けに行くよ!!』

『させません』

『くっ! 邪魔しないで!!』

『貴方達が、私たちに敵対しなければいいだけです』



全体的にスペック差で押し込んでいるようだ。

紋章機と互角の戦闘機はなかなか作り出せるものじゃないだろう。

だが、一般の戦闘機をカスタムしただけでここまでできるのだとすればかなりの腕だ。

もし、同じだけの性能の機体で来ていたら苦戦していただろう。

目に見えて警戒が必要なのはあのステルス技術のみのようだ。



『名残惜しいけど、そろそろ時間みたいだね。撤退するよ』

『強敵(とも)よ! また会おう!!』

『次こそは高貴なる僕の前に膝まづかせてやるよ』

『次は殺す』

『おいらたちは負けたわけじゃないからなー!』

『もう二度と来ないでくださーい!』

『暑苦しいのは嫌いなのよ』

『高貴を語りながら余裕がないのは頂けませんわ』

『お前たちには無理だよ』

『客観的に見て貴方達の敗北です』



確かにこちらのほうが最終的には優位に戦っていた。

しかし、結局一機も撃沈できなかった。

それはつまり、次回は研究されているということでもある。

あまり考えたくはないな……。



「エンジェル隊ご苦労だった、そろそろ次のクロノドライブ可能なポイントに差し掛かる。

 エルシオールに帰還してくれ」

『『『『『了解』』』』』



今回はどうにか勝てた。

しかし、あれはおそらくどこにドライブアウトするかわからなかったから、

分散配置されていた戦力の一つと見るべきだろう。

しかも発見の信号も出していなかったところをみると、あいつらは5機だけで勝てると踏んで突っ込んできたようだ。

御陰で助かったが、もう少し慎重な奴らだったらどうなっていた事か……。

何故ならこの星系内には恐らくギブソン星系駐留艦隊を僅か1日でほぼ壊滅に追いやれるほどの戦力がいるはずなのだから。

急いでクロノドライブに突入し、一息ついた俺達は次こそ味方と合流出来ることを祈るしかなかった。




あとがき


記念連載なんて銘打ちながら、なかなかタイミングよくも出せないのが泣けてきますが、

前編だけながら7周年記念作品を出させていただきます。

シルフェニアを続けて7年……よくもまあSSばっかりそんなに書いたものだとおもわなくもないですが。

完結作品が異常に少ない私ですので、いろいろ問題もありますよね(汗

ですけど、7年の間いろいろな人と語り合うことができ、楽しく作品を発表し続ける事ができました。

今後もうまく続けていけるといいなと考えております。

次は1月ごろに後編を出すつもりでおりますのでもう少し時間をくださいね。



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