「うっ……、う……何あれ……あんなの知らない! 知らないんだから!!」


巨大な黒き月の中心で、小柄な金髪碧眼の少女が叫ぶ。

それは、とてもこの黒き月の全てを管理している存在には見えない。

ただの泣いている子供に過ぎないように見えた。



「負けない、負けない……白き月に取り込まれるなんて嫌! だったら……」



少女は、近くに置かれている赤い機体を見る。

それは、過去。そう彼女のオリジナルにとっての記憶。

彼女にとっては薄い何かの感情、それが何なのかすらわからないまま。



「そうか、これを使えばいいんだ! でもそのままじゃ……ううん、相手が使ってる構造はだいたい分かったし。

 今から、間に合うかな?」



その言葉と同時に黒き月の自動工場区はフル稼働を開始する。

だが、その時には既にクロノエルシオンは黒き月へと向い動き始めていた。





ギャラクシーエンジェル
新緑から常緑へ(後編)その5








正面に映る巨大な夜天光は確かに、よく似たフォルムをしてはいるが、実のところ同じではない。

先ずあの男独特のプレッシャーがない、構造もかなり違うようだ、錫杖の代わりに槍を持っている。

それだけではない、ところどころ内部構造が露出している所すらある。

恐らく、クロノエルシオンを見て突貫で作ったといったところか。

それでも、黒き月に元々夜天光のデータがあったことは間違いないだろう。

となれば、黒き月はクリムゾン製である可能性も出てきたな。

まあ、今は考えてもしかたのないことだが。



「敵、巨大ロボ接近します!」

「ミルフィ! フィンガーレーザー頼む!」

「はい、わかりました〜!」



ミルフィが相変わらず気の抜けた感じでスイッチを押す。

クロノエルシオンはその巨大な両腕を上げ、ビームを射出した。

しかし、10本の指から発射されたビームは、曲げられ2体のロボがいる砲身内部で爆ぜる。



「やはり、ディストーションフィールドか……」

「何っ!? もう模倣したというのか!?」

「一概にそうとはいえませんが、あの機体そのものは突貫のようですね」

「突貫とな……」

「シヴァ皇子、ここからは時間が勝負になります。かなり無茶をすると思いますがご容赦を」

「元より、アキトの事は信用しておる。存分にやるとよい」



シヴァ皇子の許可を得た後、皆の顔を見回すがどれも不満のある顔はない。

俺は、頼れる仲間を得た。

北辰のような強靭いや狂信的というべきか、どちらにしろブレない心を持つことはできなかったが、

その代わりこの輪は先鋭化された孤独を持つあの頃の俺や北辰にはないものだ。

どちらがいいのではない、俺がどう思うか。

だからあえていう。



「突貫で作られた兵器だ、恐れる必要はない! 倒して突き進むぞ!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」」




しかし、フィンガーレーザーを防がれるとなれば、火力で押し切るにはクロノブレイクキャノンが必要。

だが、充填には時間がかかりすぎるし、砲身の中でこれをやれば俺たちもお陀仏だ。

シヴァ皇子もいる以上、自爆特攻などもっての外、ならば格闘戦しかないということになる。

さて、そうなると艦内の慣性制御が重要になってくるが……。



「レスター、艦内の避難状況はどうだ?」

「人間は全てシェルターのある重要区画に避難済みだ。だが、クジラルームまではな」

「宇宙クジラか……」

「まあ大丈夫だろう、その名の通り真空でも生きられる生物だ」

「そうなのか?」

「そうじゃなきゃ宇宙クジラは名乗れないだろ?」

「……かもな」



何でも宇宙つければいいというこの世界の感覚的に普通のクジラでもそう名づけていそうだったのでどうにも疑わしい。

まあ、あのクジラにはあまりいい思い出もないし、自力で頑張ってくれるならそうしてもらおう。

もちろん、可能な限り助けるつもりではあるが。



「なら、格闘戦に移行する! 全員耐ショック防御! ハーネスを締めて体を固定するように通達を!」

「はい! 通達急ぎます!」

「操作系、格闘モード移行! レスター! エネルギー分配はそっちでやってくれ!」

「分かった、ココ、アルモサポート頼むぞ」

「了解しました!」

「まっかせて!」

「ランファ、格闘戦のサポート頼む!」

「わかったわ!」

「ミントはフライヤー(仮)で遊撃を!」

「お任せくださいな♪」

「フォルテには内蔵火器を任せる! タイミングを測って発砲してくれ!」

「フィールド維持はヴァニラ、お前に任せる!」

「了解しました」

「えーっと、私は?」

「ミルフィは、適当なタイミングでフィンガーレーザーを撃ってくれ」

「了解です〜」



とはいっても、既に彼女は何度かフィンガーレーザーを撃っている。

向こうもディストーションフィールドで防いではいるが、ミルフィの運の効果か衝撃が内部で弾け装甲がところどころ剥離している。

だがそれでも効果的なダメージは入っていないようで、距離が詰まってきた。

クロノエルシオンは、相手のタイミングを外すためにこちらから接近する。

フィールドの効果がどちらが強いのか、正面から当たって調べる事にした。

ジェネレーター出力ならば負けるはずがない、7つのクロノストリングエンジンによる限界出力はダテじゃない。

突撃が決まれば、こちらの勝ち、そう思ってすらいた。

しかし、次の瞬間に俺は驚愕する事となる……。


「ボソンジャンプ……」


そう、間違いない、目の前に居たあの巨大ロボは今は背後に出現しており、槍で突きにかかってくる。

俺はクロノエルシオンの状態をひねらそうとしたが、流石にここまで大型だと関節部が悲鳴を上げるのも早い。

回避しきれないと見て、ヴァニラが複層のフィールドで防いでくれたが……。

なんとそれすら貫通して、槍はクロノエルシオンの脇に当たる部分を削っていく。



「第三生活倉庫外壁破損! 外部隔壁及び内部隔壁下ろします! 通路より空気漏れあり! F-8ブロックを閉鎖!」

「神経系プロトコルに若干のダメージ! 復旧措置に入ります!」

「倉庫だったのが幸いだが、なんてやつだ……あの巨体で数秒程度で背後に回り込んだっていうのか!?」

「ボソンジャンプっていうのはそういうものだ。それよりも、せっかく背後に行ってくれたんだ、全速で突っ込むぞ!」

「何!? やつを無視するのか!?」


「あんなのは、突貫で作られたものに過ぎない。なら、量産させる時間をやるわけにはいかないだろう?」

「それは……、わかった」



レスターを説き伏せ、巨大夜天光を無視して先を急ぐ、速度に関して言えば、むしろこちらが早いし、ボソンジャンプで戻ってくればその時戦えばいい。

一刻も早く中心部に行かねば、あの夜天光は量産される可能性が高い。

あんなものが5機も揃った日には勝ち目はほぼゼロになる。

何よりも、先ほどの動きであれには北辰の行動ルーチンが仕込まれている事がわかった。

完璧でなくとも、あれを倒すには骨が折れるだろう。

潰した頃には新しいのができている可能性がある以上、潰している時間は惜しい。

だが、夜天光の北辰に関するデータが完全に近いなら、速度に乗った後近づいては来ないだろう。



「今どのくらいの速度になっている?」

「黒き月との相対速度はマッハ20です」

「せめてマッハ33までは稼ぎたいところだが……」



マッハ33とは、第二宇宙速度(地球の重力圏を脱出するために必要な速度)だ。

このクラスの速度になれば、ディストーションフィールドで大抵の物質を弾き飛ばせる。

そう、同質の存在であろうともだ。

そこまで速度が出れば複数でクロノエルシオンを囲んできても弾き飛ばして突き進むことができる。

だが、流石にそうは問屋がおろしてくれそうにない。

今、ちょうど正面に巨大夜天光がボソンアウトしようとしている。

もっともそのままボソンアウトさせてやるほど俺はお人好しじゃない。

ボソンジャンプには弱点がある。

それは……。



「ミント!」

「わかりましたわ!」



俺の声が終わらないうちに、ミントはフライヤー(仮)をボソンアウト直前の巨大夜天光につっこませる。

だが、ボソンアウト途中でキャンセルすることはできない。

ならばどうなるのか、それは巨大な爆発が答えだった。

そのすさまじい爆発に煽られないように、強力なディストーションフィールドをはったクロノエルシオンですら動きがとれなくなる。

有り体に言えば、ボソンアウトの時、普通は実体化をするために他の粒子を一度押しのける。

だが、出来た何もない空間に、何かが無理やり押し込まれたらどうなるか。

答えは簡単、ボソンアウトした原子と、押し込まれた物質の原子同士がぶつかり合い、核爆発が発生するのだ。

これに耐える物質は今のところ見つかっていない。

よって、巨大夜天光も爆発によって塵となる。

そうして、突破を仕掛け突き進む俺たちだったが、先に困ったものあるのが見える。



「まさか分岐路とはな、誰か意見のあるやつはいるか?」

「中心部へ向かうのは下側の通路です」

「そうか、エンジン部もおそらくそこだな」



通路図を作って進む方向を決める俺たちだったが、くいと袖が引かれるのを感じた。

俺が視線を下げると、そこにはヴァニラがいる。

何かを訴えたがっているようだが……。



「ヴァニラ、何かあったのか?」

「泣いてます……」

「泣く?」

「泣いている女の子がいます」

「……それは」



ヴァニラは上の通路をさして言う。

まさか、そんなことは……。

メンタリティがその程度……見た目通りの……。

だがそういうことなら、現状もありえなくはない。



「分かった、上に進路をとってくれ」

「どういうことだ? エンジンコアがあるのは下の可能性が高いんだろ?」

「虫の知らせなんて言ったら笑われるかもしれないが、ヴァニラのナノマシンは今やクロノエルシオン全体を覆っている。

 つまり、ヴァニラはクロノエルシオンの神経になっているといっていい、その彼女が言うことだ信用するだけの価値はある」

「……まったく、根拠もないのに確信を得やがって。だからお前には叶わなかったんだよ」

「すまん」



上のルートは、どうやら熱を逃がすための発射時は閉まる排気口のような場所だった。

太さは、2qと少しくらいだろうか?

クロノエルシオンでは飛行するのが少しつらい。

しかし、スピードを落とすのはさらなる追撃を生む。

今は可能な限り急いでたどり着くべきだ。



「向こうもここじゃデカブツは使えないって理解しているらしいね。出てくる敵はほとんど合体紋章機モドキだけだよ」

「私のフライヤーだけで処理できてしまいますわ」

「少しくらいは残しておいてくれよ、アタシの腕がなまっちまう」



実際、このルートに入ってからは大きな敵の抵抗もなく進んでいった。

しかし、徐々にルートが細くなってきていた。

そろそろ辛くなってくるかと思われた時、隔壁が下りたのか、正面が壁に閉ざされていた。



「ヴァニラ、この先か?」

「(コクリ)」

「どのくらいの距離がある?」

「5qは離れていない」

「……、ならやるしかないか」

「つまりこうですね? ぽちっと」

「あ」



ミルフィが隔壁にフィンガーレーザーを撃つ。

一度ではどうにもならなかったが、何度も撃つうちに穴が開き始める。

そして、どうにかある程度の大きさまで開いた所で止まる。



「うーん、案外大きく開きません」

「いや、十分だ。あれだけの大きさがあればエステなら通る」

「へっ? クロノエルシオンで突入しないんです?」

「この向こうにそんなに大きな空間はありません、ですが……」

「ですわね、ヴァニラついて行っておあげなさいな」

「本当はアタシがついていくべきだろうけど、あの狭い中に3人って訳にはいかないしね」



実際、フォルテの言うように3人乗りをしたことが在る俺としては不可能ではないとは思うが。

わざわざしたくもないのも事実ではある。

それに、どちらにしろこの先にあるのは相手の弱点だろう。

それだけに強烈な反撃が予測される、出来れば1人で行くべきと思う。

だが同時に、それは今の状況が許さないし、信頼への裏切りでもあるのだろう。

となれば……。



「ヴァニラ、頼んでもいいのか?」

「はい」

「なら、俺とヴァニラがテンカワSplで出る。皆はエルシオールを防衛しつつ、この場で待機。

 ただし、30分経っても戻らない場合は撤退してくれ」

「連絡が入った場合は?」

「捏造の恐れがある、俺達は無事でも連絡しない、少なくとも通信を使っては。

 だから、30分をタイムリミットとする」

「はぁ、お前はいつも言い出したら聞かないな……」

「俺は出来ることをするだけだよ」

「アキトよ……絶対無事に帰ってくるのだ、余はそなたが死ぬ等絶対許さんからな!」

「殿下もお気をつけて」



そして、テンカワSplや紋章機達がエルシオールから分離すると、エルシオールは宇宙船の様相を取り戻す。

巨大なその船体は、今5機の紋章機達が守ってくれる。

俺とヴァニラはテンカワSplに乗り込み、隔壁に開いた穴を抜けてしばらく進むと、ある程度の広さのある空間に踊り出る。

その空間には大きな柱が一本立っている。

柱の中には培養液のようなものが満たされ、人らしき姿を持っていた。

そして、その柱の元で泣いている少女が一人。

それが、先程まで俺たちを苦しめていた元凶である、黒き月の管理者ノアだと気づくのに時間はかからなかった。



「あれが……ノアか」

「はい……彼女は、人というものをよく知らないのです」

「どういうことだ?」

「今、彼女の心は思い通りにならない人という種族に対しての恐怖に彩られています」

「彼女は人ではないんだな?」

「いいえ、クローンではありますが、人の範疇に在る存在だと定義します」

「ずっとひとりぼっちだったから、人と触れ合う事を知らなかったとでも?」

「はい」

「そうか……、ならばヴァニラ。説得する事はできるか?」

「可能です」


「任せる、俺は俺でやることが出来たみたいだからな……」

「……アキトさん」

「早く説得してくれれば、俺は苦労せずに済む、一つ頼むぞ!」

「分かりました、任せて下さい」


そして……。

俺は、ヴァニラを柱の近くに下ろし、周りの敵を見回す。


「出てくるのはやはりお前か……」


最後に俺達の前に立ちふさがるのは、ノーマルサイズの夜天光。

今度は武器も錫杖を持っている、それどころか北辰衆の使っいた六連すら連れている。

まさに、俺のトラウマと表現して差し障りの無い最悪の組み合わせだ。

俺は手のひらに汗がにじむのがわかった。



「クククッ、今更出てきやがって! その面二度と見たくないってのに……。

 粉々のスクラップになるまで破壊してやる!!」



俺は、一旦引き下がるように動く、すると六連の1機がボソンジャンプで背後に回ろうとする。

だが、俺はイミティエッドナイフを取り出し、投げつける。

先程も言ったが、ボソンジャンプには弱点がある、使うのはいいが、背後に回る癖がある六連はやりやすい方だ。

そして、六連の1機の核爆発を利用し、ディストーションフィールドをまとって夜天光に向けて加速する。

六連のうち1機は爆発に巻き込まれ、もう1機ディストーションアタックの線上にいたため轢き潰される。

しかし、夜天光は流石にタイミングを測り、遠距離にジャンプで逃げる。

確かに遠距離を狙撃できるような武装は持ってきていない。

一応、牽制用のラピッドライフルと相手のディストーションフィールド対策でフィールドランサーを積んでいるくらいか。

どのみち、銃弾ではよほどタイミングを合わせないと出現時に爆破なんてさせられないが。

ドンピシャのタイミングでなければ、最初の空間歪曲で弾かれるか、出現後のディストーションフィールドで弾かれる。

ならばと、距離の開いた夜天光を無視し、残る六連を破壊する事に集中する。



「おおおおっ! 貴様らその姿で現れたことを後悔しろ!!」



ラピッドライフルを連射し、1機を牽制、回りこんできた一機に向けて加速した。

最後の一機は追いかけてくるが、後ろを向いて射撃し、牽制しつつその反動で加速。

振り向き様、背中のフィールドランサーを抜き放ちディストーションフィールドを貫いて一撃、爆散させる。



「次!」



残る2機の六連が迫ってくるが、足止めをした六連のほうが少し遅い。

ボソンジャンプをすれば爆破されるのがわかっているのだろう、無闇にジャンプしてこなくなった。

俺は今度は2機の間に突っ込むように突撃をかける。

2機の六連はミサイルポッドから多数のミサイルを発射してくる。

その影に隠れて接近してきたつもりのようだが、既に仕掛けは終わっている。



「らぁぁぁッ!!」



先ほど六連の一機を撃破した時、床にワイヤードフィストを放っていたのだ。

ワイヤードフィストの巻き上げにより、テンカワSplは急激に逆進し、ミサイルらを回避する。

もちろん、六連らも自分たちの放ったミサイルを食らうつもりで加速はしていない。

ディストーションフィールドを最大展開している。

だが、そこが狙い目だ。



「先ずはお前からだ!」



爆発の煙が晴れるより前に、位置予測で一機の背後に回り込みフィールドランサーで貫く。

ディストーションフィールドが光る以上、隠れることは不可能だ、煙が晴れきるより前に最後の1機にも近づき撃破した。

煙が晴れた時、残っていたのはテンカワSplとちょうど戻ってきた夜天光。



「お人形で一体どの程度あの北辰が再現出来ているのか見せてもらおうか」



既に俺は、北辰のプレッシャーのない夜天光を見ても感慨を抱かなくなりつつあった。

それに対し、夜天光は傀儡舞をしかけてくる。

確かに、あの動きはめんどくさい。

もっとも六連が全滅した今となってはその意識撹乱効果も今ひとつ。

何より、俺は何度も戦って種は知れている。

傀儡舞は見たものの認識を撹乱する効果があるが、比較するものがあればその効果は半減する。



「ワイヤードフィスト!」



ワイヤードフィストを夜天光は傀儡舞で回避し、俺に向かって攻撃をしかけてくる。

錫杖による突きはしかし、俺に触れることはなかった。

巻き上げで加速した俺の速度が舞の計算の外だったからだ。

続けて、俺はラピッドライフルを連射する。

夜天光はそれをディストーションフィールドではじき、舞を維持しつつ攻撃をしかけてきた。

だが、錫杖はあっさり回避され、フィールドランサーが夜天光を貫いた。



「残念だったな、周辺の弾痕がお前の位置を知らせてくれる。今更位置のごまかしはできんよ」



その言葉が終わると同時に槍を振りぬき夜天光を弾き飛ばす。

飛ばされた夜天光は爆発四散した。



「これで終わってくれればいいんだが……、やはり無理だよな……」



先ほどまでのは練習用だったと言わんばかりに、今度は夜天光3機と六連12機。

法則性の微妙な、だが明らかに飽和攻撃狙いの編成だった。

本当に、これは……ヴァニラ頑張ってくれよ……。













「はじめまして、ノア」

「え……」



初めて出会った少女2人、片やこの戦争の元凶、片や人を癒やすことだけを考え続けた少女。

対照的な2人は、姿も心も対照的だった。

片やエメラルドグリーンの髪と真っ赤な瞳、しかしその顔には表情らしい表情はなく、心の底が伺えないまるで氷のように見える少女。

片や金色の髪と褐色に近い肌、少し紫の入った青い瞳が特徴的な気の弱そうなタレ目の少女、涙をふくその姿からは悪意のかけらもない。

だが、結果はヴァニラは人々を守り、ノアは殺し続けている。

それは生まれの問題かもしれない、育ちの問題かもしれない。

しかし、それは大きな差となって現実にある。

そんな二人は、今はじめてお互いを認識した。



「あなたは、だあれ?」

「私はヴァニラ、ヴァニラ・アッシュ」

「ヴァニラはノアをいじめないの?」

「私は貴方と話をしにきた」

「話を……?」



泣いていた少女は、無表情なその少女に目を向ける。

ノアにとってヴァニラという少女はあまりにも異質だった。

黒き月にとって人というパーツは不要である、それは人のゆらぎを兵器として転用する事を否定した結果だ。

だが同時に黒き月もまた人を守るためのものである、だからこそ管理者たる一人だけは人と交渉が可能なよう人が配されている。

ただし、ノアは何代目かわからないクローンである。

柱の中にいるオリジナルと違い人との関わりそのものが少ないためそのつきあい方を知ることもなかった。

だからこそ、エオニアという存在を見つけた時、喜び利用されてもいいと考えたのだ。

もっとも、最終的には利用するつもりで居たのも事実だったが。



「貴方は何を求めて戦っているの?」

「何を……、え……?」



ヴァニラはそれを理解していた、なぜならば彼女自身が人との付き合い方を知らないまま育ったからだ。

もちろん、境遇はまるで違うし、ヴァニラにはシスターバレルという心の支えがいた。

だが、彼女は長い間心を閉ざしてきた、それは人から見ればおかしな方法であったが、彼女は奉仕し続けることで心を閉ざしていた。

なぜならそうすれば自らについて考えなくて済むから。

己をいじめてさえいれば、周りは評価してくれるし、自分の事を考えて苦しくなることもない。

だが、彼女は知ってしまった。

同じ存在と思える存在を、己をいじめて考えることをやめていた人間を。

だがその存在はとても寂しい物だった、そして自分を見て彼と自分が同じであると同時に、彼と比べれば余程恵まれている事を知った。

その姿を見つめているうちに気がついた、自分がもう孤独ではないことに。

いつの間にか孤独と思われた彼が、彼女を孤独の檻から解き放っていたのだ。

その後、エンジェル隊にいくことになり、今の自分がいる、ヴァニラにとってアキトは患者であり恩人だ。

そう目の前の少女は彼女からみて、同じ病に侵された存在だと理解していた。



「戦って貴方は何を得るの?」

「白き月を取り込んでより完全な兵器に……」

「なってどうするの?」

「……わかんない、わかんないよ」



まるで迷子のような表情をしているノアを見て、ヴァニラは瞳を閉じた。

そして、一息つくと言葉を紡ぐ。



「ねぇ、いつまでに白き月を取り込めはいいの?」

「わかんない」

「だとすれば、少し休暇しませんか?」

「休暇?」

「ほんの、そう50年ほど」

「50年!? そんなにたったら、ノアおばあちゃんになっちゃうよ」

「はい、何をしたいか。何のためになるのかわからないんでしょう?」

「そうだけど……」

「だったら、その50年で考えてみたらどうでしょう?」

「……考え……る?」

「私も、まだ全てを見た訳ではありませんけど。

 人というのは簡単に答えを出したりしていいいきものじゃないんです。

 どんなことでも、きっとまだ先があります。それが見えてからでも遅くはないのではないでしょうか?」

「答え……それを探せばいいの?」

「探してもいいし、探さなくてもいい。きっとそこにいるだけで大切なことができます」

「そうなのかな……」



ノアの心の中は揺れていた、彼女は今までまともなコミニュケーションをしたことがない正確にはエオニアとだけだ。

だが、エオニアが求めたのは無人艦の製造工場としての彼女だけであり、会話は軍事的なものに限られた。

そのせいで、彼女自身もある意味わかりやすかったのは事実だろう。

元よりその知識は黒き月にあったのだから。



「でも……」

「では、こう考えませんか? 私達はここまで来ました。

 アキトさんには、貴方を滅ぼす力があることは認めるのでしょう?」

「夜天光達と戦ってる人だね……。

 うん、このまま押しきれるかもしれないけど。

 もう何度も覆されてる、このままだと殺されちゃう?」

「どうでしょう? アキトさんは優しいですから。

 ですけど、貴方がもし休暇をされるなら、私達は歓迎します」

「歓迎?」

「はい、一緒に買い物したり、ピクニックにいったり、美味しいものを食べたりきっと楽しいですよ」



それは、エンジェル隊に入ってからずっと彼女がしてもらってきたこと。

ミルフィ、ランファ、ミント、フォルテ皆が彼女を気遣っていたことをヴァニラは知っている。

今度は、自分がノアにそれをしてあげる番だと、そう思っていた。



「でも……ノアは、ノアは兵器だから……ッ!?」



ヴァニラはノアを抱きしめる、それ以上言葉を続けさせてはいけないと思った。

彼女は自分で自分の心を引き裂くかもしれないと。

そしてしばらく時間が過ぎた……そして、彼女らの元にエステバリスが降り立つ。



「ふう、さすがにきつかったな。

 あんなのを20機以上相手にする羽目になるとは」

「えっ?」

「気は済んだかい? お嬢さん」



それは、敵を門前にしての顔ではなかった。

アキトはヴァニラを信じていた。

だから、彼女に対してアキトが言った言葉は、少女のわがままを咎めるだけの言葉で……。

その顔には微笑みすらたたえていた。



「うん。ありがと、つきあってくれて」

「じゃあ。これから友達になってくれるかい?」

「うん。いいよ。ね、ヴァニラ」

「ノア……うん、ありがとう」



ヴァニラは安心して微笑み、ノアも釣られて微笑んだ。


最後は確かにアキトの言葉だったのかもしれない、しかし、ヴァニラとノアの間には確かに心が通っていた。


この時、確かに戦争は終わったのだった……。
















あれから半年、いろいろなことが起こった。

ノアは自分の罪を認めたが、公式にはエオニアによる被害者として発表された。

事実としてそういう面が存在してはいたが、ノアも積極的に動いていたのだから本来は罪に問われてもおかしくない。

しかし、人間との接触もなく、兵器として育った彼女は使命によって白き月を滅ぼす事を主眼としていたため仕方ない面もあったとされた。

このため、説得したヴァニラの元に身を寄せる事で決着。

そして、黒き月の内部にはノアのオリジナルの少女が眠っている事も発表された。

彼女は今、その長い眠りから覚めるために少しづつコールドスリープを解除しているらしい。


シヴァ皇子は、皇族唯一の生き残りということもあり、皇王の座に自動的に収まった。

ただし、まだまだ政治や軍事、人事などなど10歳の年齢には厳しいとされた。

後見人争いはかなり激しかったらしいが、最終的にシャトヤーンが後見人となった。

理由は、結局シヴァ皇子の母であることを公開したからだろう。

ただ、こうして権力の座についたことで今までのように聖母としてみてもらう事が難しくなったのも事実かもしれない。


皇国軍と白き月の艦隊及び黒き月よりもたらされた無人艦隊は再編成され、新たな皇国軍として組み込まれる予定だ。

またエルシオールは、クロノブレイクキャノンが取り外され、元の儀礼艦としてシヴァ皇王の御座艦となる事が決まっている。


白き月はオモイカネ百二式が目覚めたことにより、巫女の長たるシャトヤーンの地位をしばらく空位とすることになった。

もちろん、考えられていないわけではないが、血筋を通すなら次のシャトヤーンがシヴァ皇王となってしまうため面倒な状況のようだ。


続けて、レスターが近衛艦隊の司令官に抜擢されたのはある意味当然かもしれないが、大出世だった。

本人はここまでの手柄をたてたつもりはないといっていたが、ココやアルモは大喜びでついていったようだ。


クレータ班長は最近、なんだか怪しいロボットを開発し始めたとか。

セイヤさん、まさかまた変な情報を彼女に与えたんじゃないだろな……。


クジラルームのクロミエは相変わらずエルシオールで宇宙クジラ他を管理しているらしい。

正直二度と会いたくないので、放置しているが、シヴァ皇王が変なことをされないか心配ではある。


エンジェル隊はそれぞれが強力すぎる機体であるため、個別の任務につく事となる。

部下を指揮し、それぞれの任地に向かう事となったようだ。


ミルフィは、常春の星ウララでまだ立てこもっている、エオニア軍残党の降伏勧告。及び周辺の調査。

最悪は実力行使もありうるとか言っていたが、恐らく彼女の事だ、上手くやる事になってしまうだろう……。


ランファは、皇国軍の格闘教練を任されたらしい、元より親元に金を送っているらしい彼女だ給料も上がるし万々歳ではなかろうか?

風のうわさでいい男が来ると粉をかけようとするので敬遠気味だとか……いや、考えないようにしよう。


ミントは、今回の事で一度実家に戻る事にしたらしい、親を締めて二度と文句を言われないようにするのだとか。

彼女ならやれそうだ……心配する気も起きない……。


フォルテは一部皇国軍が反旗を翻す可能性があるという噂を受け、内偵及び場合によっては鎮圧を行うらしい。

鎮圧っていっても、個人でできるのかと思ったら彼女にはシンパの部隊が存在しているらしい。

その数3000人ほどだとか、個人で集められる数じゃないことは事実だろう。



そして、ヴァニラは……。



「お待たせしました」

「ああ、しかし、構わないのか? 一年は戻ってこれないだろうが」

「はい、それに……元々この辺境調査任務はシヴァ皇王が気を利かせてくれたから……ですし」



わずかにヴァニラは頬を染める。

最近は彼女も表情が表に出ることが多くなった。

俺のおかげと自負したいところだが、実のところ一緒に住むようになったノアの影響が大きいだろう。



「そっか、ならありがたく付いて来てもらおうかな」

「はい」

「そうそう、もうちょっと素直に受け取ったほうがいいよアキトは」



ヴァニラの後ろからひょこっと顔を出したのはノアだ。

この何から何まで対照的な2人は、実は結構仲がいいようだ。

最近分かった事だが、黒き月のAIは、エデンの民を守るために白き月と戦い取り込むというシステムにエラーが出ていたらしい。

白き月にオモイカネ百二式があるように黒き月にもあったということだろう、しかし、それはノアにより停止されているようで一安心である。



「それで、へんきょ〜とか言ってたけどどのあたりなの?」

「銀河外苑方面かな、はっきりとした調査ルートは決まっていない」

「なるほど……」

「元よりルートと呼べるほどわかっている場所でもないし、急いでも居ない。ゆっくりとやるさ」

「そっか」

「それで、ノアはどうするつもりだ?」

「うん、おじゃましちゃうかもだけど、ご一緒していい?」

「元より、乗組員だけでも30人はいるんだ、今更だろ?」

「そーかもね!」




そう、こうして俺達は銀河外苑方面の調査へと向かう事になった。

それは、調査という名目もあればきちんと仕事をする必要もあるものだが、急いでという訳じゃない。

半ば俺とヴァニラのために気を使ってくれた皆のプレゼントである。

仕事はきちっとこなすとしても休暇は多いだろう。



「さあ、2人ともいこ!」

「はい」


「ああ」



まだまだこの世界には沢山の謎があるだろう、危険もあるかもしれない、だが今の俺達ならきっと……。


きっと乗り越えていけると、そう思うことが出来た。


そしてきっと、そう思って実行する事が何よりも大事なのだと……。


結論を急いではいけない、ただ受け入れながら進んでいくしか俺たちにはないのだから……。






あとがき

最後は見事なグダグダになってしまいましたが、どうにか完結です!

いやー5年がかりでようやく終わりました。

特に去年終わると思っていた方には申し訳ない。

ですが、思ったよりすごく膨らんでしまって……。

次回何か作品を考えるときはボ戦やらエンディングには気をつけねば……。

そしてどうやら、この作品が投稿された日は9000万HITの記念日にもなりそうです。

色々めでたいですねw

これからもシルフェニアを楽しんでいただけるよう皆で頑張って行きたいと思います!

では、また別の作品で。



押していただけると嬉しいです♪

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