「上手く行ったでござるな!」
「まさか本当にまともに戦えない老人と子供ばかりの200人で砦を落してしまうとは」
「アルテは心配してなかったのですよ!
 たつにーさんならやれると思ってたのです!」

戦いがどうにか終わり肩で息をしている俺の下に、
メルカパがこの世界に来てから痩せた身体を揺らして(それでも100kg以上ある)やってきた。
続いてカトナ村の村長であるトーロットさんもやってきた。
最後はアルテだが、彼女は俺の近くに元からいた。
今回まともに戦える戦力がなかったためほとんど心理戦と罠で勝利した。
こんな事が何度も通用する訳じゃないが、それでも取りあえず今回はなんとかなったようだ。

「勝ったと言っても、砦を落しただけだ。
 まだ降伏していない兵達も多いし、
 砦から出撃しているアル・サンドラとかいう人の部隊が戻ってきたらまずい。
 急いで砦内の取りまとめを行うぞ!」
「分かっているのです、でも、今は休んでほしいのです。
 総大将が倒れたら元も子もないのですよ」
「当面やるべき事は分かっているのでござるよ、出来るだけ急いで兵を使えるようにするで御座る。
 捕虜は当面牢に入れておくでござるよ」
「後は、兵糧の確保と分配だ、そちらはトーロットさん。お願いしていいか?」
「ああ、他の村長達と協議して決めましょう」
「なら暫く休みます」

俺は、その後の記憶がない、自分の足で寝られる部屋まで行ったのかその場で倒れたのか。
すぐさま深い眠りについた事以外は理解できなかった。



異世界召喚物・戦略ファンタジー
王 国 戦 旗
作者 黒い鳩


第十五話 【敗者の心理


「アル・サンドラ千騎長! 斥候が戻りました!」
「ああ、どうだった?」
「はっ、アードックから北に10里(約40km)ほど離れた位置に
 陣らしきものを張り一向に動こうとしないとの事!」
「ふむ……」

私は百騎長の報告を聞き思考を巡らせる。
斥候が直接報告に来ればいいが、今報告に来たのは百騎長。
時間差はそれなりにあるだろう、最も、斥候をするものは学が無いものがほとんどで、報告等出来ない。
ありていに言えば翻訳する人間が必要になるのだ。
それぞれの斥候の性格を把握し、報告に誇大な部分や見落としが無いか判断する。
それが斥候担当の十騎長であり、再チェックは百騎長が行う。
問題があれば私に報告が来る前に再度斥候が放たれる事になる。
情報の正確性を求めるための事ではあるが、同時に時間がかかる事も事実だ。
だが、斥候に直接報告させて私が判断となると、斥候に読み書き算数位は覚えさせないといけない。
かなりの教育と訓練が必要になるのは想像に難くない、そして、そのための金と時間が足りない。
結果として現在の方式で行くしかないのが現状だった。

「1刻(2時間程度)ごとに交代で斥候を出し続けるように、
 明日には接敵する事となる、動向を把握し続けておきたい」
「了解しました!」

動こうとしない?
彼らの目的は恐らく食料の確保のはず、一刻も早くアードックに向かうのが普通。
既に麦が刈り取られた何もない畑に陣を張ってどうするつもり?
ここまで来るまでに気力が尽きた?
いえ、他にどうしようもないからこそここまで来たはず。
勢いが無ければあんなに集まりはしない。
それともリーダー各の人間が倒れた? あるいは何らかの策?
分からない、けれどそう言う場合は最悪の想定をしておくべき、
つまり策をめぐらせていると考えるべきね。

「私が相手のリーダーなら……」

恐らく、食料を手に入れるためにアードックのような城塞都市に入りはしない。
斥候を繰り返すうち、兵力はおおよそ600前後という事でおちつきつつある。
城塞都市にも守備兵が500人常駐している、その上予備役も投入すれば2000人近い。
更に中にいる一般人も敵に回せば万単位の敵を作る事になってしまう。
相手がその情報を持っているならアードックに近付くような事はしないはず。
つまり……囮の可能性があると言う事。

「だけど、まさか……」

そう、まさかだ。
大部分の兵力が新参、それもついこの間強制されて徴兵に応じた新兵ばかりのこの部隊は兎も角、
砦にはまだ1200人の兵力と、あのガラルド将軍がいる。
例え1万の兵で攻めてこられたとしても一週間やそこらは持ちこたえて見せるはずだ。
彼らの本命がもし砦であったとしても、鎮圧されている事だろう。

「それでは、本日はここに陣を張り、明朝より進軍を再開する!
 陣を張り終えたら兵糧を配れ! そのまま夕食とする!
 兵達を出来るだけ休ませろ、だが、見張りは忘れるな」
「「「はは!!」」」

私は百騎長達にそう言うと下がらせる。
彼らは騎士階級の者達だから裏切る心配はないが、問題は十騎長以下の兵だ。
輜重隊200名以外の600名は全てまだ訓練が終わってすらいない新兵とも言えない訓練兵だ。
いや、既に50人近くが脱落しているから550名か。
それも、これから向かう敵軍は彼らのいた村の人間である公算が高い。
彼らにその事は知らせてはいないが、恐らく知られれば半分以上が逃げ出すだろう。
それどころか、戦場で裏切りが起こり戦力比が反転する公算もある。
だから、ここから先の進軍は輜重隊として連れてきた兵から選抜する方向でいかせるしかないだろう。
それでも十分一揆程度なら蹴散らせるはずだ。

陣を敷き終わった頃、陣幕に直属の兵を呼び付ける。
護衛の兵は元より直属の兵で固めている。
現状、この先どうなるか分からないため出来る限りの情報が必要だ。

「失礼いたします」
「バースローか、丁度良かった。2つほど頼まれてくれんか?」
「はは!」
「先ず輜重隊の7割を動けるようにしておいてくれ。
 残る3割でこの陣の運営をさせる」
「……新兵を連れていかないつもりですか?」
「ああ、信用できないという点もあるが、彼らには酷だろう」
「それは、その通りでありますが……」
「それに、ここで陣を維持するくらいなら百騎長と副長達でなんとかなるはずだ」
「そうですね」
「後、念のため砦方面への斥候も出しておいてくれ」
「しかし、斥候に使う程兵は残っていませんが……」
「それについては新兵でも構わん。ある程度まとまった数で送ればなんとかなるだろう」
「わかりました、では早速」
「頼んだ」

これで一応やれる事はやった。
砦方面で何かあれば分かるだろうし、
攻める方も140名程度では少し心もとないが、それでも相手は戦いの専門家じゃない。
私に出来る事はここまでだろう。
その時はそう思っていた……。
だが、その思いはほんの数刻後に破られる事となる……。











「これでいいのかしら? リフティ・オルテーラさん」
「ああ、問題ないだろう」

あのワタナベ・タツヤという男が連れていた女の一人リフティ・オルテーラ。
緑色の髪という異色の髪色を持ち、サファイヤブルーの冷たい目と、透き通るような白い肌を持つ。
明らかに人ではない、そう感じさせる凄みが彼女にはある。
芸術作品とでも言えばいいのだろうか、ただ、彼女は万人に受け入れられる芸術ではない。
凄みが強いため、拒絶反応を示す者が出るようなそういう芸術作品。
私は彼女にあまり良い印象を持てなかった、まるで私達の事等どうでもいいというような……。
無表情な彼女に私は少し苛立つ。

「それよりいいのか? 御落胤をここに連れて来て」
「デオム様も何れは表舞台に出なければなりません。今はその練習のようなものです」

デオム様は、匿われていた時期が長かったため、かなり虚弱に育ってしまっていた。
今まではモルンカイト侯から支援を受けていたため、彼が仕事をする必要が無かった事もある。
最もそれはデオム様が成人するまで、16歳の誕生日を迎えたデオム様は支援を受けられなくなった。
それ以後は、畑仕事をするために色々と頑張っていらしたが、直ぐに慣れるものでもない。
だから、私の両親が面倒をみる事になり、その関係で私も彼と親しくなった。
当時から目を患っていた私もまた、あまり外に出ない生活をしていた為、
自然と話す事も多くなり、友人になるのに時間はかからなかった。
デオム様は、目の悪い私を特に気味悪がる様でも無く、
また自分の環境を嘆くでも無く、畑仕事の下手さは嘆いていたけど、それでもどうにかやっていた。
徴税官が来るまでは……。

「では、作戦を次の段階に進めてもいいか?」
「はい、私はデオム様に作戦の進捗を伝えます。
 くれぐれも見つからないように願います。
 砦の方が上手く行けばこちらも自然と上手く行くでしょうから」
「分かっている。だがリーマ殿、それはそちらも同じ。
 この老人と子供ばかりの戦えない一団が曲がりなりにも警戒されているのは陣を張っているからだ。
 誰かが外に出て現状を知られれば作戦が破たんする事もありうる。
 くれぐれも軽率に動く者を出さないでくれ」
「分かっています」
「ならばいい、では行ってくる」

言われなくてもそのくらい分かっている。
けれど彼女が私に言ったのは、恐らく私が盲目だから。
そもそも、陣の状態に目を光らせると言う事が出来ない人間だから。
見張りは当然配置しているけれど、その確認すら言葉を交わす事でしか出来ない。
戦場において私がどの位不利なのかは私自身良く分かっている。
だけど悔しいという思いはあった、健常者と比べられるのはいつも腹が立つ。
だけどこの場ではそれがまぎれも無く生死を分ける、だからそんな事は言っていられない。

「いますか?」
「はい、お嬢様」
「デオム様の所へお願いします」
「了解しました」

私の周りには数名侍女が侍(はべ)っている、いつもではないけれど。
幸いにしてマルド村は逃げ出した村々の中ではまだ良い方で、蓄えが少し残っている。
それを使って侍女を養う事がどうにか出来ているから私はなんとかなっている。
彼女達には感謝している。何故ならあの時、蓄えを持ち逃げする事も出来たのだから。

「しかし、その……お嬢様というのなんとかならないかしら? 村長になったのだし」
「いえ、私共にとってみればリーマお嬢様はいつまでもリーマお嬢様です」
「はあ……」

こういう妙に頑固な所が無ければもっといいのだけれど。
ただ、確かにマルドの村はカトナやアルカンドといった小さな村と違い、人口も千人に届いていた。
だから村長の権限はそこそこ強いもので、村の中で身分の様なものが出来ていたのも事実。
そうでなければ、デオム様を養う事等も出来なかっただろう。
彼女達は未だに昔の権威に縛られているだけかもしれない。
でも、それは私がその幻想を維持し続ける事が出来ればこれからも続いて行くものだ。
故に、私はこの決起軍の中で重要な地位を占める様にならねばならない。
そうでなければデオム様も、彼女達も行く当てを失い、私も闇の中に放り出されるだろう。

「お嬢様、本陣に戻りました」
「ありがとう。デオム様いらっしゃいますか?」
「ああ、来てくれたんだね」

デオム様の気配は正面やや右辺りからしているので、少し角度を変える。
目は見えないけれど一応正面を向いて話をしたい、礼儀というものでもあるし。

「皆の状況はどうですか?」
「うっうん、どうにか落ち着いてるよ」
「デオム様、どうか落ち着いてください緊張する事はありません。
 皆貴方の事を大事に思っておりますから」
「そっ、そうだよね。ごめん、でも……」

声の調子からデオム様が沈んでいる事が分かる。
16になるまで人前に殆ど出た事が無かったデオム様が行き成りというのは難しいかもしれない。
でも、成長してもらわねばならない、これから人々に必要とされる存在になるために。
そうでなければきっと、デオム様は生きていけない。
何故なら、私達はデオム様の生家を倒す為に動いているのだから。

「大丈夫ですよ、デオム様なら出来ます。
 今すぐは無理かもしれませんが、少しづつ慣れていけばいいのです」

そう言って私が抱きしめる。
考えてみれば、私は兄弟がいない、デオム様は私にとって弟のようなものかもしれない。
身分等を考えれば恐れ多いけれど、モルンカイト家が倒れれば、いえ、デオム様に継いでもらわないと。
そうしていると、デオム様の震えが止まる。
落ち着きを取り戻したようだ。

「ありがとう、リーマ。もう少し頑張って見るよ」
「はい」

ただ、彼の存在は最終的に切り捨てる事も考えている。
私は自分の非情さに心の中で皮肉に笑う。
そう、弟のようなデオム様を場合によっては差出し、その上で村の存続を図るのが私の仕事。
両親はそのための切り札としてデオム様を預かる事を決めたのだし、私も承知している。
心が痛まない訳じゃない、でも、マルド村の人達全員に代える事は出来ない。
いえ、既にワタナベタツヤ相手に交渉条件として示して見せてすらいる。
きっと、彼は私の事を冷血女と思っただろう。
ただ、口に出したほどには割り切れているのかどうか怪しいけれど。
それでも、私はそうある必要があった。

「リフティ殿が動きました。恐らく牽制を行ってくれるでしょう。
 問題はその後です。デオム様、説得の文面は考えられましたか?」
「あっ、ああ……なんとかね」
「デオム様は村長という訳でもなく、村人達と面識がある訳でもありません。
 しかし、デオム様の事を村人達が分かれば説得は村長がするよりもスムーズにいくでしょう。
 それに、私の父母はもういませんし、私が新しい村長になった事は知られていないでしょう、
 なので、デオム様の方が上手く行く可能性が高いのです」
「うっ、うん……分かってる。やり遂げて見せるよ」
「その意気です」

半ば嘘でもあるけれど、それでもやり遂げてもらいたい。
私は確かに屋敷の外に出た事があまり無かったけれどデオム様よりは知名度がある。
けれど後々の事を考えればデオム様が顔を売っておくのは悪くない。
だから、説得役をデオム様にした、一応不味い事になりそうなら私も参加するけれど。

「報告! 敵陣、混乱始まりました!!」
「デオム様、それでは参りましょうか」
「う、うん。頑張るよ」

出来ればもう少しだけ頼りがいがある様になってくれればいいのだけれど。
そう思わずにはいられないけれど、成長を手助けするのは私の仕事。
これからに期待しつつ、私達は動き始めた。














「陣内で混乱が発生しております!!」
「何!?」

急に周囲が騒がしくなってきた為、私は慌てて天幕の外に出る。
そこは既に狂乱の巷と化していた。
敵兵が誰かも分からない状態で、切り合いに発展している場所もあるようだ。
報告に来た兵士も混乱している。
一体どうなっているんだ?
いや、考えられる事はただ一つだ。
こんな平地で奇襲しても気付かれる、なら最初から兵を潜り込ませればいい。
そして、私は50人以上の脱落兵を出してここまでやってきた。
それが実際はもっと多くて、その中の一部が寝返った上で戻って来ていたら……。

「私の想像力が足りなかったという事か……。
 兎に角、陣を引き払う! 輜重兵を中心に、順次持ち出せるものは持ち出しつつ撤退準備!」
「はっ、しかし彼らはどうするのです!?」
「彼らは忠誠よりも村に帰属する事を望む者も多い、
 付いて来るよう指示は出しつつ付いてきた者だけ受け入れよ!」
「分かりました!」

もう間に合わないかもしれないが……。
それでも、こんな所で兵を失う訳にはいかない。
アマツとの戦いの為にも、あまり兵を損なう訳にはいかないのだ。
私は良くて更迭され左遷、悪ければ敵前逃亡で死刑かもしれない。
しかし、ここで兵を逃がさなくては無駄に血が流れる。
兵も彼らもだ。

「報告! 敵陣に動きが! 我らの陣へ向けて進軍を開始しています!」
「くっ! 狙っていたと言う事か……。兎に角撤収作業急げ!」
「はは!」

何と言う事だろう、私が明らかに手玉に取られている。
敵の軍によほど頭の切れる人物がいるのだろうが……。
それにしてもおかしな点がいくつかある。
私の軍はたまたま新兵が多い状況だったが、敵はそれを最初から知っているような策を弄してくる。
つまり、どこかで情報が漏れていたと言う事だ、それも、私達が出撃する前からでないとおかしい。
それはつまり、砦の中に敵の間諜が混ざっていたと言う事になる。
こう言っては何だが、ただの農民の暴発にしては明らかに用意周到すぎる。
私は薄ら寒いものを覚えた。

「撤収準備完了しました! 兵士達にも撤退の鐘をならし知らせます!」
「頼む! 私の隊で殿を引き受ける、お前達は隊列を維持する事を最優先にしろ!」
「サンドラ様!? お待ちください! 既にここは死地です! 殿は我らにお任せを!!」
「なあに、ここで私が生き残っても死罪だろう、今さら私の事を気にする必要はないよ」
「何を自暴自棄な……、我らの主はアル・サンドラ千騎長だけでございます!
 戦うしか能のない我らを導いて下さるのは貴方だけだと信じているのです!!」
「だが、私は……」
「ならばせめてお供させていただきます」
「……頼むぞ」

私に付き従うという奇特な兵を何十人か加え、殿を引き受ける。 
ここまでの失態、今さら取り返しの付くものではない。
私の首を差し出しても皆にお咎めなしという訳にはいかないだろう。
なにもする前から負けていた等と軍隊の否定に他ならない。
確かに間諜はいただろう、しかし、結局は新兵達を十分に把握していなかった私のミスだ。
面倒でも、進軍開始をして直ぐに陣を張り新兵達一人一人と面会すべきだった。
まさかここまで敵の手が伸びる事はないだろうという甘さがこの結果を呼んだ。
多数派である新兵達をまとめて扱ったのが結局の所失敗だったのだろう。

今や敵味方の区別がまともにつかない中、撤退支援を開始しつつ私は思った。
ああ、私はここまでなんだなと。

「第一陣が包囲を突破! 現在第二陣も突破していきます!!
 我らも撤退を開始しましょう!!」
「分かった! 撤退開始!!」

既に、手に持つ剣は血でまともに切れないほどに刃が曇り、全身傷だらけ。
私以外の全ての殿の兵がそんな感じだった。
残っている殿の数は30人弱、殆どが元々私に付き合ってくれていた古参の兵達。
既に3分の2が倒されている、しかも私達に切りかかってきた者の殆どは元新兵たち。
そして、恐ろしく正確な弓が時折こちらの十騎長以上に突き刺さっていた。
何度か私にも攻撃が来たがどうにか直撃は避けている。
抜けた第一、第二の200人を除き、残り30人足らずの私達はひたすら走って逃げた。
30%の戦力を失うと壊滅という話があるが、私達が失った損耗率は70%を越える。
壊滅どころの騒ぎではなかった、もうひたすら砦に向かって逃げ続ける他ない。
逃げ切れたとしても、私には助かる道はないけれど……。













「たつにーさん! たつにーさん! 起きてください!!」
「んっ……」

暫くまどろみの中にいた俺は薄目をあけると、
ベッドの上でギシギシやっている幼女を見かけて首をかしげた。
微笑ましい光景ではあるが、俺には妹はいない。
最もこの声には聞きおぼえがある、目はまだ開きたくないと言っているようだったが仕方なく目を開ける。
するとそこでは、栗毛の小学生っぽい幼女が俺の腹の上で飛び跳ねていた。

「たつにーさん! 起きたのですか!?」
「ん……ああ、えっと……」
「まだ寝ぼけてるのですか!? アルテなのですよ! 相方のアルテなのです!
 上方漫才をアルテとたつにーさんで制覇すると誓ったのです!」
「いや誓ってないけどね」

だんだん意識がはっきりしてきた。
そうだ、俺は無謀にも砦を攻略する作戦をたてて実行、どうにかこうにか成功させた所だ。
奇跡的な成功ではあったけれど、奇襲の際弓に打ち落とされた人達、俺を庇って死んだ人達、
アルカンド村のトビーを含めた精鋭突撃部隊の大部分、合計53人の死亡を確認している。
200人中53人、実際の所壊滅に近い被害だった。
悲しんでいいのかどうか、俺には分からない。
空虚な気持ちと、助けるはずが殺してしまったという後悔が押し寄せてくる。
寝返った兵達もかなりの数がいるが、敵味方判別付かないうちに死んだ兵達も多い。

「しゃきっとするのです! たつにーさんは今やリーダーなのですよ?」
「あっ、ああそうだな……」

俺は首を振ってネガティブな感情を追い出す。
今は前に進むしかない、結果を出さなければ全て無駄になる。
そうしてから、俺の腹の上にいる幼女に半眼を向ける。

「それで、ずっと腹の上に入られても困るんだが?」
「いやんなのです。子供は何人がいいのです?」
「子供が子供産もうとしてるんじゃねえ! さっさと出ていけ!!」
「それじゃ、会議室で待っているのです! 早く来るのですよ!」
「分かった」

まああいつなりに俺を励ましてくれたんだろう。
ある意味過激ではあったが、まあ……幼女だしな。
見た目はだが。
ともあれ、起きた俺は顔を洗って何だかよく分からない粉を使い歯を磨く。
そして服を着替えて部屋を出る事にした。
因みに、代えの服はなにやら高級そうな服だったので少し考えたがハッタリも必要だろうと着替えた。

そうして会議室と名付けたひときわ大きな部屋に向かう。
俺が入ってきた時は既に出払っているエルフのリフティとリーマ村長と御落胤のデオム以外の全員がいた。
いや、死んだアルカンド村のトビーはもういないが……。

「さて、何があった?」
「はい、リフティから連絡があったのです。
 内応していた脱落兵達によって、半分以上の新兵達を取りこむ事に成功。
 そのまま反乱をおこし、更に部隊を敵陣に近付けた事で勝利を収めました」
「そうか、何よりだった」
「ですが、敵主力と思われる二百数十名の突破を許したとの事です」
「800近くいた敵の残りが二百数十か、かなり減らしたが当然主力は強いんだろうな」
「いえ、半数以上が新兵と言ってました」
「……なるほど、カリスマ性が高いのか」

脱落兵による情報開示と寝返り工作はかなりうまく行っていたようだ。
それでもつき従う兵がいたなら、よほどその将に心酔しているという事だろう。
まあ、それ以外の可能性も無い事はないが。
寝返り工作が完全に行き届かなかったとか、単にオロオロしているうちに一緒に逃げる事になったとか。
だがその可能性を含めても将がかなりのカリスマを持っているのは間違いないだろう。

確か、パラメーターを見た時はアル・サンドラとか言う名だったよな。
強者度は18、かなりの強さだ。
もっとも、俺が22以上の強者度の人を知らないだけだが。

「分かった、その将を捕えよう」
「捕えるのです?」
「そんなに簡単に行くのでござるか?」
「ああ、恐らく撤退戦でカリスマを持つなら兵は大切にするはずだ」
「そんなものでござるかな?」
「それで、具体的にはどうするのだね?」

聞いてきたのはカトナ村村長のトーロットさん。
俺は会議に出席している村長達やアルテ、メルカパに作戦を話す。
とはいっても、作戦というより詐欺だが。
まあ、ここまで来ていれば詐欺も十分役に立つと言える。
それに、もしかするとそこまでしなくてもいい可能性も無くはないだろう。

「じゃあ、準備にかかってくれ」
「「「はは!」」」

村長達が出て行くのを見送りながら、アルテとメルカパは俺を見る。
そこには信頼とどこか同情めいた部分があったが、言った事は別だった。

「アルテ達は何もしなくていいのです?」
「拙者もまだやれるでござるよ」
「いや、今回はいいさ。戦闘にはならないかもしれないしな。
 それにメルカパもアルテもまだ精神力の回復が必要だろう」

数値で見てまだ半分も回復していない。
かなりの魔法を連続で使っていたからな。
数時間休んだだけじゃ回復も難しいだろう。
俺だってまだ疲れが抜けた訳じゃないが、まあハッタリをかますだけなら出来る。
そうして俺は、砦の門の前に向かっていく事にした。










私達はどうにか追撃を逃れ、途中で脱走していく兵達については構わず砦へと戻って来ていた。
残る兵士の数は200足らず。
当初の兵力が800だった事を考えれば4分の1以下まで目減りしている。
恐らく、私は敵前逃亡の罪、敗戦責任など複数の罪により死刑となるだろう。
ここまで鮮やかにやられてしまうとは思わなかった。
確かに、彼らが裏切る可能性は否定できなかったけれど。

「ん?」

砦の状況がおかしい。
見張りの兵は相変わらずに見えるし、篝火も焚かれているが、何か……。
そうして暫く歩を進めながらも考えていると思いいたる事があった。
旗がない! 国旗とモルンカイト侯家の旗、そしてガラルド将軍の旗、どれも立っていない。

「まさか……」

ジャーン、ジャーンと迎撃のための鐘がなる。
私はその時悟った、ああ、そうか完全な敗北なのだなと。
周辺に潜ませていたのだろう、私達の左右から兵が集まってくる。
そして砦の門が開かれ更なる部隊が現れる。
それらは、鎧も武器も見知った、そう殆どが我らの軍だった。
その数、恐らくは500以上。
これだけの数が寝返ったのか。
なるほど、私の方が間違いだったという事なのだな。

「アル・サンドラ千騎長とその軍に通達する。降伏せよ!
 既に、砦、そして貴方の率いていた軍の大部分は我らに降った。
 残る200人前後の兵力で我らに対抗しよう等と思っても無駄だ!」

正面から現れたのは、青年……、いやまだ青年というには少し若いかもしれない。
だが、彼からは虚勢だけではない何か、人を引き付ける何かがあるように見えた。
見た目じゃない、自身満々に見えると言う訳でもない。
だが一歩も引かないと何かを決意したその目に、私は自然と膝を折っていた。

「私の完敗です。いえ、我らの完敗と言うべきでしょうか。
 戦を始める前に全てが終わっていた、そう感じるほどでした」
「実際にそうだからな、始める前に仕掛けは全て終えていた。
 幸い、今回は仕込みがしやすい者達ばかりだった」
「そう……ですね、確かに私達には色々と穴があった。
 しかし、貴方は何故そこまで知りえたのです?」
「戦争において情報は何よりも優先する、それを知っているだけだ」
「……なるほど、恐れ入ります。
 我らを破った貴方の御名、聞かせて頂けますでしょうか?」
「我が名は渡辺達也(わたなべたつや)、カトナの村の新参者だ」
「……」

恐らく何かを隠していると分かる話方ではある、けれど。
どの道、私にはもうどうでもいいものでもあった。
何故なら、私の堂と首が離れる時間が近づいてきているのだから。

「ワタナベ殿に厚かましいながらお願いしたき義がございます」
「言ってみろ」
「此度の戦、責任は私にあります。どうか私の首一つで済ませて頂けないでしょうか?
 それに彼らの大部分は貴方達の村の出身者でもあります」
「わかった、その願いは聞き届けよう」
「ありがとうございます」

私はそう言うと、膝をついたまま剣を地面に置いた。
そして首を前に出し、首を取りやすいように差し出す。
出来れば一撃で終わらせてほしいものだ、下手な人間だとなかなか首と胴が離れず苦しむと聞く。
だが、ワタナベ殿は特に動こうとしない。
不信に思い私はワタナベ殿を見上げる。

「どうしたのです? 首を刎ねぬのですか?」
「うむ、首は貰うが刎ねると言った覚えはないな」
「どういう意味でしょう?」
「一つ聞きたい、アル・サンドラ殿。貴方達は何のために戦っているのだ?」
「祖国のため、そして自分自身のために」
「民の為ではないのか?」
「いえ、祖国とはそこに暮らす民がいてこその物だと理解しています」

その言葉を話しながら、ワタナベ殿はだんだんと私に近付いてきた。
一足の間合いに入り、更に近付いて来る。
私は思わず警戒して剣に手が伸びそうになったその時。

「ならば、お前達は何故許しておくんだ?」
「何を……でしょう?」
「決まっている、私腹を肥やすために必要以上に税をかき集めていた徴税官。
 出世の根回し資金のためにアマツと裏で取引すらしていた将軍。
 自国が貧しいのを国土が足りないせいだと攻め込む事ばかり考えている領主。
 どれも国を蝕む悪じゃないのか?」

ガラルド将軍が、アマツと裏取引を!?
確かに、そうしてみれば辻褄の合う事もある。
だとすると、私は一体……。
もしかして、私が中央から任されていた兵が全滅したのは……。

「返す言葉もありません……」
「なら、俺達に協力してくれないか?」

急に砕けた調子になったその青年は、先ほどまでの大人びた様子は一気に無くなり、
まるで子供のような頬笑みみを私に向けて来ていた。
不思議と顔が熱くなる。
何なのだろう、これは……。

「協力と言われても……、我らは敵だぞ?」
「何を言っているんだよ、ここにいるのはほとんど元々この砦にいた人達だ。
 あくまで逆らうのは領主と領主に尻尾を振って金もうけを企んでいる奴らだけさ」
「それは……」

不思議だ、頭の中では何か反論をしなければと必死に考えているが出てこない。
彼の言っている事は正論だと私自身が認めたと言う事だろう。
だが……。

「私は、君の同志達を殺した、一人や二人じゃないだろう。
 撤退戦を成功させるため十人以上は切ったはずだ」
「ならばその償いは働いて返してもらおう。非難は私が受ける」
「それは……」
「皆もそれでいいな!!??」
「「「「「応!!!」」」」」」

その時のワタナベ殿が私には神々しくすら見えた。
一生彼について行けばきっと間違いはない、そうとすら思えたのだ。
だけど……。

実は内情が火の車だったり、百騎長が軒並みいなくなって指揮系統が存在しない事に気づくのは、
後日になりいざ仕事を再開しようとした直後の事だった。




あとがき
第一部 決起編どうにか終了しました。
ストックもなくなり、スピードの低下が嘆かれる所です。
本当に申し訳ない限り。
なので、暫くお休みしてストックを溜めようかと考えております。
まあ他の作品も少し進めないといけないというのもあるのですがw
ともあれ、これからもできれば見捨てないでやって下さればうれしいです。



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