第三話 正義はとても難しい


「これはこれはキュモール殿、歓迎いたしますぞ」

「今日は手土産が無くて申し訳ないね」

「いやいや、我らは同士ではありませんか!」

「そうだね、邪魔な彼を打倒するためにはもっと力が必要だ」



どうもキュモールです。

最も心は別人なんだけども、名前を思い出せないのでご容赦を。

俺は今、港町カプア・ノールにある執政官ラゴウの屋敷にいる。

今はラゴウが雨を降らせる魔導器(ブラスティア)を使って天候を操り船を出せなくしている。

だから、船に乗るにはラゴウに出してもらうか、魔導器を壊すかしかない。

ここの魔導器はヘルメス式なのでリタに見せる必要があるし、そちらは彼女らに任せるしかない。

となれば消去法で、ラゴウにおべっかを使うしかない。



「彼奴は没落貴族の癖にいつの間にか騎士団長に収まっておる!

 騎士団は我ら評議会の下部組織であろうに、我が物顔で帝城を闊歩しおって!!」



ラゴウはアレクセイら率いる騎士団が力を付けすぎていると感じているようだ。

そしてそれは間違っていない、だがラゴウのように政治よりも己の趣味という奴に言われるのも癪な話だ。


ただ、帝都で漁ったキュモールの資料によるとラゴウとキュモールは密約を交わしていた。

キュモールが貴族の金とコネでラゴウの派閥を応援し主流派とする代わりに、

ラゴウは評議会の権威を使ってアレクセイを追い落とし、キュモールを騎士団長につける。

ラゴウにとっては損が全くなく、失敗してもキュモールに責任を押し付けられるという密約だ。

キュモールは盛大に散財する事になるし、騎士団長になってもラゴウに逆らうのは難しい。

キュモールも確かに卑怯な奴だが頭の出来は明らかにラゴウの方が上だったようだ。


だが、今回はそれを利用させてもらおう。

持ち金を少々持っていかれる事になるかもしれないが。

既に、本来出資するはずだった金は出さないように実家に言ってある。

だから資産にも少しは余裕があるはずだ。

もっとも、あの強欲な姉と執事が普通に金を出したとも考えにくいから問題ないようなあるような……。

一度きちんと資産を調べないとな。


「とりあえず今日持っている資金じゃ足しにはならないかもしれないけど。治めておいてくれる?」

「これはこれは、暫くは金に困りませんな。運動費として受け取っておきますぞ。しかし……」

「分かっているよ。でも実家を説得するのに少し時間がかかるからね」

「出来るだけ早くお頼みしますぞ。あの憎きアレクセイを追い落とすのは我らの悲願ですからな!」



俺は千ガルド金貨を500枚ほど台座に乗せて渡す。

五十万ガルドもあれば中規模の船くらい買えるかもしれないが、

人員もいないしそもそも天気を何とかしてもらわねば出港も難しい。

それに、今の所はラゴウに仲間だと思ってもらっておかねばならない。

恐らくはアレクセイからすればこの裏取引はばればれなのだろうから、油断していてもらうためにも必要だ。


ただ、放っておいてもラゴウは直ぐ死ぬ。なので投資しても回収は不可能だ。

だからこれが最後の手切れ金だ。奮発しておく事で暫く目くらましになてくれると思えば安いものだ。

ラゴウが死ぬ事を知っていても助けたいとは特に思わない。

そもそも、生きていた所で俺にとってもマイナスにしかならないしユーリを敵に回す気等さらさらない。

ユーリ以上に線引きをはっきりさせていかねば、俺のような端役は退場するしかなくなるだろうから。



「つきましては、ヘリオードに都市を建設して置くように言われてね。

 ラゴウ殿とは比ぶるべくも無いが、僕もこれで執政官と言う訳さ」

「ほうほう、それはめでたい!」



というか、評議会の議員であるラゴウがそれを知らない訳はないはずなんだがな……。

まあ、政治をかなりおざなりにやってるだろうし、すっかり忘れていた可能性はあるか。



「まあ、そんな訳で船を出してほしいんだ。いいかな?」

「もちろん構いませぬぞ。おい」

「はは。畏まりました!」

「これで明日の朝には出港の手続きが整うでしょう。

 それまではこの館でゆるりとおくつろぎくだされ」

「ありがとう、助かるよ」



小姓のような男が船を出す準備をするようだ。

まあ、当然ながらボロボロになっている人達を無理やり働かせるのだろうから、見たくもないが……。

取りあえず館内で自由に動く権利は得た。



「それで、後ろの娘は誰かね?」

「この街で一番の娘さ。どうだい? 今日一日貸してあげるけど?」

「ほうほう、ありがたい。では娘! 来い!」

「使うのはいいけど、僕も使う予定なんだから余り無茶はだめだよ」

「わかった!」



町でラゴウの好みを聞いて、それに合う娼婦を都合つけておいた。

彼女は一晩ラゴウの相手を務めてもらう代わりに、10倍の金を支払ってある。

彼女の関係者も連れ去られたらしいので、協力は取り付けやすかった。


実際、助けられる限り、ここにとらわれている者を助けたい。

だが、自分の命が大事なのでやる事は小細工レベルで済ますとしよう。

そんな感じで、色々回って地下の入り口を探す。

流石のラゴウも騎士団が突入してきた時の対策はしているだろう。

地上にはそう言う者が無い事は間違いないから、地下に行くのが確実だ。

だが入口を探すのには手間取った、やはり悪党だけあってそれなりに気を使っているのだろう。

それにゲームの時のように不要な部屋や通路には入れないようになっていたりはしない。

だが、この手の仕掛けがどこにあるのかは大体わかっていた。

暫くして入口を見つけた俺は、しかし人が来るようだったので一度与えられた部屋に戻る事にした。


深夜になる頃、もう一度地下への入り口に向かう。

今度は、V字服の代わりに使用人の服、オールバックを辞めて化粧を落とし後ろ髪を結んだ。

使用人服は置いている場所を見つけたのでくすねてきた。

今の俺はラゴウに見つかっても使用人と勘違いされる程度には別人だ。

正直こいつら脳みそ大丈夫かと思わなくもないが、便利なのでこのままいく。



「さてと、この部屋……だろうな」


地下の入口から閉塞感漂う廊下を渡り、しかし扉の色の違うところを見つけた。

元より、周囲の音に気をつけているし、隠れながらなので扉前の見張りにはまだ見つかっていない。

おそらく、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)の下っ端というところだろう。

その数は2、交代要員は今のところいないようだ。

こいつらと俺とではどちらが強いかわからないが、2人を相手にして一瞬で決着を付けるのは不可能だ。

声でも上げられたら増援が来る事は間違いない。

となると、戦わずに済ませる方法を考えるしかない。

俺は一度地上に出ることにした、そして、上でいろいろ小細工をして戻ってきた。



「あの、申し訳ありません」

「どうかしたのか?」

「はい、ラゴウ様よりここにおられる方へお届け物であります」

「ふん、チェックする。渡せ」

「はい」



答えると、俺は下っ端に布でくるんだ四角い物を渡した。

下っ端は布をはぎ取り中を確認する、中にあったのは分厚い本だ。

この世界でもかなり有名な作家によるものらしい、ラゴウにしては気の利いた趣味だ。

本を適当にめくったり、色々な角度から確認していた下っ端も飽きたのか俺に本を返してくる。



「こんなもの何の足しになるんだか」

「偉い人の考える事はわかりません」

「全く、いいぞ。通れ」

「はっはい、ありがとうございます」



一応ボディチェックも受けたが、わざと武器は持ち込んでいなかった。

下手にそんなものを持っていけば、警戒される可能性が高いと思ったからだ。

それに、使用人はビクビク震えていたほうがらしい。

俺自身、危機感でビクビクしていたので疑われずに済んだようだ。



「しっ、失礼いたします」

「はい、えっとどなたですか?」

「いえ、お届け物でして。こ、ここに置いて参りますのでご容赦を」

「え?」



俺はバタンと扉を閉めて飛び出した。

高貴な身分に宛てられた振りだ、ついでに本に凹みをつける事も忘れていない。

ちょっと小芝居が過ぎた気もするが、俺は下っ端共に頭をはたかれながら逃げ去っていった。


今、一瞬とはいえ会ったのはヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン。

皇帝候補の一人だ、彼は前皇帝の息子で騎士団が擁立しているというか実質はアレクセイが擁立しているのだが。

対してエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインことエステルは評議会が擁立した遠縁の子らしい。

はっきり言って、血筋的にエステルは候補としておこがましいレベルだ。

ヨーデルが生きている以上、エステルが皇帝になる可能性は限りなく低い、だからこんな強行手段を取ったのだろう。

評議会主流派も、見つからなければしらばっくれてエステルを皇帝にする気なのだ。

戴冠式が終わった後で出てきても皇帝になる事は出来ない、それ故の監禁だろう。

殺すだけの勇気がラゴウに無かったのは幸いだ。


因みに、ラゴウが捕まっても別に主流派は痛くも痒くもない、彼らの派閥を潰してこいつらが悪いと言えばいいのだから。

その点ラゴウも利益を考えればこんな事をするだけ損だと分かりそうなものだが。

キュモールよりは頭がよくても一足飛びに支配者になろうとする馬鹿だからそこまで頭が回らなかったのかもしれない。


現状、直接助けるとアレクセイに対する隠れ蓑であるラゴウと敵対関係になってしまう。

放置しておいても多分ユーリがヤってくれるので、ヨーデルが生き残る確実性を上げておく事にした。

因みに、あの本は本来ならある装丁と中身の隙間、本を開いた時にたわむ部分にフタをしてある。

その中には手紙が入っており、小さめのナイフも入っている。

手紙には一週間前後でヨーデルは船に乗せて運ばれる事、そして救出に来る元騎士の青年の話を入れてある。

そして、ナイフは攻撃用ではなく、いざという時ロープを切れるように見つからない所に仕舞うよう書いてある。

これで、多少は生存率が上がるはずだ。



続けて、武器を取りに戻ってから鉄格子のある部屋へとやってくる。

おそらくここがモンスターの餌場。

ここには、この町の人間が何人か捕まっている可能性が高い。

しかし、助けても町で見つかればまた投獄されかねない。

ラゴウに分からずなんとかするにはあの手しかないな……。

ユーリが来るまでの間の人間までは助けきれない、正直ユーリ、頑張れとしか言えない。


牢獄の鍵を見つける事は難しかったので、途中にあった燭台を叩きつけ一部を歪ませて通る事にした。

リタが放った3発のファイヤボールの熱量か爆発力で破壊出来る程度。

後々は上級術よりも強くなる鬼ファイヤーボールではあるが、ここにいる頃はそれほどでもない。

つまり、少し歪ませる程度なら俺でもできるという事だ。

なんとか、人が通りそうなくらい歪んだところで、中に入り人を探す。


モンスターとも遭遇したが撃退して全員に予備で持ってきた使用人服を渡し、子供は箱の中に入れて持ち出す。

途中に会った使用人は金で黙らせ、傭兵だけを避けて進む。

問題は門番の傭兵達だろう、勝てるかどうか以前に、援軍を呼ばれれば終わりだ。

それに、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)相手に金で解決とはいかないだろう。

なぜなら、彼らは絆と銘打っているほど仲間を重視する奴らだ。

自分たちだけ買収され仲間を裏切るようなことは恐らくしない。

それに、報復も怖いだろうしな。

となれば、当然脱出路は限られる。


この館は、四方のうち2方を高い壁で覆っていて出入り出来ない。

そして、正面玄関は門番、となれば残るは……。



「いいか、お前たち。これを持って宿に行け。

 そして家族全員を連れてフードを被り、奴隷に化けて船に乗り込むんだ。

 手紙を渡せばキュモール騎士団が引き受けてくれる。

 ヘリオードで一旗あげれば、生活は保証してやるぞ」

「ほっ、本当ですか!?」

「信じなければそれもいいが、この街で居続けるつもりか? すぐまた捕まるぞ?」

「そっ、それは……」

「好きな方を選べばいい。ただし、脱獄するんだ逃げる準備だけはしておけ」



俺達が向かったのは、港方向。

そう、館は直接港に通じるようにできている。

そして、港の方向は見張りもいない。

船が着いていなければ、泳いで渡るしかないからだ。

もっとも、街の漁港までは100mもない。

隣合っているといっていい。

帰りに使用人に頼んで浮き輪を5つほどもらってきている。

有り体に言えば、泳いで脱出してもらうという事だ。



「ここからは厳しいかもしれないが、浮き輪を使って上手く脱出してくれ」

「わかりました!」

「あの……、ありがとうございます」

「そんなものはヘリオードについてからでいい。見張りが来ないとも限らない、急げ!」

「はっ、はい!」



助けられたのは8人ほど。

だが、家族を連れてくるとなれば20人くらいは覚悟しないといけないな。

だがもう一つ問題がある、脱出させた人たちの代わりをラゴウがまた町から引っ張ってくる可能性だ。

正直悪趣味すぎで嫌になる。

そりゃ、確かにデュークには偉そうなことを言ったが、俺個人としてラゴウを許すつもりはない。

もしも何かがまかり間違ってユーリがラゴウを殺さないなら俺が何とかするつもりではいる。

そういしないと色々まずい、ユーリの性格は違わないようだし大丈夫だとは思うが……。










翌日、牢屋の中の事がばれる前に出航する事に成功した。

船が出航してしまえばこちらのものだ。

こちらは騎士団が21人も乗り込んでいる。

船員の数は20人程度、つまり人数でも武装でも圧倒している。

引き返そう等としたら、多少脅してやる程度は問題ないだろう。


そもそも、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)はラゴウの悪趣味等興味もないだろう。

そして、出会った使用人は全員買収済みだ。

ラゴウ本人が牢屋に行けばわかるだろうが、昨晩はお楽しみだったはずだから早朝は動かないだろう。

つまり、うまいタイミングで出ることができたというわけだ。

色々小細工をしてまで助けた人たちも奴隷のふりをして20人しっかり付いてきている。

ヘリオードの開拓はまだ始まったばかりだから人員は足りていないしちょうどいい。



「あのう……」

「ん?」

「私たちが行く、ヘリオードというのはどういう所でしょうか?」



彼らは一応俺に感謝しているふうではあるが、助けた人物と俺が同一人物である事に気がついていないらしい。

そりゃ、今は公務中だからV字胸開き鎧、オールバックに口紅弾いてるさ。

ブルーのアイシャドウまで引いてるぜ、ドン引きだよな普通……。

まあそんな俺によく話しかけてきたものだとは思うが、残念ながら俺も今のヘリオードの状況は知らない。

多分、崖の上の部分は一応出来てると思うが……。



「そうね、全体からすれば3割くらいよ。

 家や当面の生活費は支給するから、開拓を頑張りなさい」

「でも……私たちは漁師でしたから……畑とか作ったことがありません」

「……」



確かに、考えてみればヘリオードは内陸部、カプワノールは港町。

仕事の斡旋もなかなか大変そうではある。

だがある程度は仕方ない、もっとも後々ユーリがカプワノールを開放した時にでも元の家に戻してやればいい。

一時避難という考えでなんとかできるだろう。



「暫くは我慢しなさい、カプワノールの圧政も長くは続かないはずだから。

 その時に帰るという手段もある」

「そ、そうですね……」









そうして一応ながら囚われていた人々を助けた翌日、朝食を食べながらラゴウと話す事になった。

まあ、それなりに賓客として扱われているようだ。

心の底では馬鹿にしているんだろうが……。

それでも金を出し、権力奪取のための協力者でもあるキュモールを無下には扱えないのだろう。



「なるほどなるほど、それは素晴らしいですな。実に効率が良い」

「まあ、殺すのもいいけど利用し尽くしてからの方が合理的だからね」

「正に正に!」



ラゴウがいかに民衆をなぶるにはどうするのがいいかというような事を聞いてきたので答えた結果だ。

俺は、上位のものは元の生活に戻してやると言って徹夜で労働させ続けるのがいいと言った。

労働基準法なんて無いこの世界、過労死なんて普通にある。

船を出してもらうラゴウにリップサービスをするくらいどうということはない。

俺自身は殺すのなんてゴメンだが。



「苦悶の表情を与えるには如何にすればいいか、そう考えておったのですが。

 確かに労役も一つの手ですなぁ」

「まあね、一瞬で殺してしまってもつまらないしさ」

「その通りでありますな!」



本当に上機嫌でありがたい。

このまま船に乗っておさらば出来れば最高だ。

船は船着場にずっとあるから、後は船員の確保だけのはず。

とはいえ、船員も碌な奴らじゃないだろうけども……。



「何っ!? 本当か!?」



朝食にほとんど手を付けずにいたラゴウは使用人の耳打ちに驚く。

不味いな……もうバレたか……俺に疑いが来る可能性がある。

せめて船にのるまではバレないで欲しかったが……。



「くそ、その使用人を探せ!!」

「はっ!」



あー、俺一応変装していたんだっけ。

ほんっとある意味便利だな。

普段濃すぎるから、それがないだけでわからなくなるとは……。

金を握らせる必要もなかったか。



「すみませぬな。少々忙しくなりそうなので船の件は手配してあります。

 どうぞ、お好きな時に出立なされよ。

 見送りもできず、申し訳ない」

「いえいえ、船の用立てありがとうございます」



そうしてラゴウがバタバタしている間に出立準備を進めて船に乗り込む。

ラパンを筆頭とした部下たち20人も乗り込むとなれば相応の規模が必要になる。

幸いにしてラゴウは見栄っ張りであることもありそれなりのものを用立ててくれていたが。

問題は、乗り込んでいるのは俺たちだけではなかった。

ちっ……紅の絆傭兵団がお守りについたか……。

大した距離の航海じゃないが、無事に行くのか……。

こいつらは、結局のところギルドの中でも一番の帝国排除主義だったからな……。











あとがき

ラゴウって、しぶとかった気がしますが。

やられる時は一瞬でしたね。

まあ己が強いわけではないので仕方ないんですが。

用心深さが足りないというか。

でも、その割に権力は強かったようで。

主流派なのかそうでないのかは私も本当のところわかりません。

しかし、やってることのリスクを考えると普通の議員がするとも思えないんですよね。

だって、次期皇帝候補の誘拐って、もし万一バレたら終わりですし。



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