銀河英雄伝説 十字の紋章


第十五話 十字、宇宙の海を行く。






とうとう俺も初の艦隊戦に参加することとなった。

艦隊戦といっても第三次イゼルローン攻略戦なわけだが。

実際、俺個人がどれだけ警戒しても駆逐艦の中にいる以上、トゥールハンマーとかの射程に入ったら死亡確定である。

だが上の命令には逆らえないというか、上官のコンピューター指示が出ている時に反転して逃げようなんてすればシステムを乗っ取られかねない。

だからこそ、生き残るには上司との連携が欠かせない。


さて、艦隊の構図なんだが。

俺が配属されたのは第七艦隊だ。

クブルスリー中将率いる第七艦隊はロボス中将率いる第三艦隊に次ぐ優秀な艦隊として知られている。

勝利数が敗北数を上回る艦隊が少ない中、比較的生き残りやすい艦隊に配属されたのは嬉しい限りだ。

多少コネも入っている事は否定しないが。


そして、第七艦隊は13000隻は大きく6つの分艦隊から構成されている。

クルスブリー中将のいる本隊2500隻。

戦艦が中心で足は遅いが、艦隊運動を行う際は当然ここを基準にする事になる。


第一分艦隊2000隻。

高速戦艦中心の艦隊で攻撃では真っ先に砲撃を行う所である。

巡洋艦や駆逐艦の盾になる事も多く、損耗もそれなりに激しい。


第二分艦隊1500隻。

ラザルス級の宇宙空母中心で本隊よりも後ろに着いている事が多い。

スパルタニアンは一隻100機なので15万という膨大な数を収容している。


第三分艦隊2000隻

巡航艦を中心とした艦隊で速度は高速戦艦に並ぶ。

火力は当然戦艦に劣るが、それでも相応に活躍する艦種である。


第四分艦隊2500隻

駆逐艦を中心とした艦隊で、有り体に言えば遊撃専門である。

戦艦や巡航艦の護衛だったり、火力補佐になる場合が多いため艦隊というよりはなんでも屋かもしれない。


第五分艦隊2500隻

ミサイル艦を中心とした艦隊で、戦艦の後ろからミサイルによる狙撃を行う。

そのため、本隊か第一分艦隊にコバンザメのようについて回る事が多い。


当然、駆逐艦であるガラパゴスは第四分艦隊の所属となる。

分艦隊指令はなんとアーサー・リンチ准将である。

エル・ファシルでは逃げ出した彼だが、ここではまともな活躍をしてくれることを期待したい。


そしてまあ、艦隊運動をするにしても、バラバラに動く事が多いため、更に下に先任艦長というのがいる。

大抵、中佐に出世しても駆逐艦を降りなかった人で100隻単位に一人いて小分けに動く時の指令官となる。


で、ガラパゴスのというか、俺の直接の上官にあたるのがアンドレ・ビュコック中佐。

前回の予想はある意味外れていたが、うまく滑り込む事はできた。

だからといって、彼がここで死ぬのかどうかも、俺の生死すらはっきりできないんだが。

とはいえ、彼を確保しておくことは今後のためになるとは想う。



『ということで、我ら第四分艦隊、第11駆逐艦群は高速戦艦の後部に位置し、火力支援を行うのが任務だ』



高速戦艦つまり前衛の盾である彼らのフォロー。

恐らくは遊撃部隊に次ぐ損耗率になるだろう。

だが、それを否定することもできない。

俺としては、可能な限り生き残る事、そしてアンドレ・ビュコックを生き残らせる事をメインに考えていきたい。


そんな事を考えているうちに、クルスブリー中将の第七艦隊とロボス中将の第三艦隊及びアドラス中将の第六艦隊によるイゼルローン急襲作戦ははじまった。

わずか一週間でイゼルローン宙域までやってきた艦隊は、周辺宙域を制圧、イゼルローン回廊に挑む。



艦隊の展開はクブルスリー中将とロボス中将が前衛で左右に展開、もうひとりのアドラス中将は後衛に配置されており、鶴翼の陣のように見える。

とはいえ、包囲できるはずもなし、あくまで一時的な陣形ではあるだろう。

そもそも、要塞戦というのは攻め手に不利なのだ。

相手はこちらの用意できる戦力に対して十分勝利できるという確信の元に要塞を作るのだから。

もちろん、費用や立地の関係で確実に勝利できるとは言えないレベルの要塞もあるが。

帝国に関して言えばその費用が賄えない理由もなく、立地はむしろ非常にいい。

それに、強力な要塞砲で艦隊ごと消し飛ばす力を持つ。

防御力も流体金属装甲をメートル単位でつけているため、戦艦のビームの飽和攻撃を受けても内部にダメージはほとんどないだろう。

食糧生産は内部でまかなえるし、動力炉は半永久機関、必要なのは駐留艦隊用の武器弾薬燃料の補給くらいか。

しかも、立地のおかげで補給線を攻撃される心配はほとんどない。

つまり、まともな戦法では勝ち目がないという事だ。

恐らくは、同盟が出せる全戦力といっていい10個艦隊を出しても勝てない。


もっとも、原作を知っていれば対処方法はいくつか思いつく。

だが、意見を通す権力は俺にはない、そのため意見具申の書類を出すに留めた。

正面から挑まず絡め手で削ってからにすべしという意味の意見を。

例えば、帝国内のレジスタンスや地球教徒を煽り、イゼルローンの背後を脅かしてもらうとか。

すり抜けて背部に出て、イゼルローン要塞を事実上無効化するとか。

もちろん直接的に倒す手段もあるが、それはある意味革新的すぎ広めたらまずい。

相手も使ったらどうするんだと言うやつである、やるなら、確実に勝てる時にしなければ。

今の司令部に採用する度量があるとは思えないからな。


で、おおよその戦いだが。

相手側の動きは読むのはたやすい、というか彼ら一つのやり方しか取らない。

こちらが艦隊を差し向けたら、迎撃に駐留艦隊1万6千を出す。

当初は2万いたらしいが、こちらが有効な手を打てずにいるため数がだんだん減ってきているのがお慰みである。

そして、射程ギリギリから嫌がらせを繰り返し、こちらが追いかけたらトゥールハンマーでズドンである。

いや実際、このやり方は合理的で、返し技は少ない。

艦隊戦に限って言えば、かなりの奇策を用いないと勝利は難しいだろう。

そもそも、相手側は艦隊戦そのものはさほど必要ではないのだ。

こちらの艦隊がバラけるのが面倒だからそうしているだけと言える。

無敵のトゥールハンマーも殲滅範囲は流石に決まっている。

バラけて接近されると対処が追いつかない可能性があるのだ。


対して、今回先任であるロボス中将の決めた作戦は相手艦隊を引きつけての横撃作戦。

そのままではまず難しい作戦だが、相手艦艇数を下回る1個艦隊にて攻撃をしかければ向こうは追撃してくるという考えだ。

実際間違ってはない無いと思う、相手側の貴族はプライドが高い上に功績を上げる事に固執している。

要塞司令官の忠告を無視して突撃なんてことはザラだろう。

功績がほしいのはこちらも同じではあるが、軍律が第一なのでそこまで無茶はできない。

ともあれ、そうやって一度艦隊を釣り伏せにて殲滅し、その後ゆっくりと攻略をするというのがロボス中将の作戦だ。


ふわっとしている気はするが、実際要塞戦そのものに持ち込んだ事がないのではっきりした事がわからないという点がある。

第一回は単純に一発で終了したし、第二回は艦隊に誘引されて結局トゥールハンマーの射程内に引きずり込まれている。

まともな戦いになってすらいなかったのだ、だから第三回は最低限要塞の詳細情報を割り出す事が求められていた。


当然、そんな第三回のイゼルローン要塞攻略戦は危険度もピカイチである。

一発で蒸発する要塞砲とよくわからない防衛機構、そういったものを全て丸裸にしないといけない。

つまり、消耗戦は必死である。


それに、実のところこちらの艦隊だって安心できるわけではない。

突出する艦隊が出るなら、恐らく壊滅する。

そう、こういった作戦の失敗要因は大抵味方の足並みが揃わなかった結果なのだから。


更には、今回の釣り伏せ作戦の囮役はクブルスリー中将の第七艦隊つまり俺達だ。

かなりの無茶をしてでも生き残るつもりではいるが、それでも死ぬ可能性はかなり高い。

どんなに気をつけても無茶をしても死亡率が3割を切る事はないだろう。

俺みたいな人間は分のいい賭けでも負ける事が多々あるため、安心なんてできない。



「艦長、緊張しているのですかな?」

「まあな。しかしおおよそは副長に任せられるから安心もしているよ」

「大丈夫ですとも、息子をまた路頭に迷わせる訳には生きません。任せてください」

「ああ。頼んだ」



前回の取引はなかなかうまく行ったようで何よりだ。

実際、こんな取引を持ちかけてくれたのは本当に息子のためだけなのかわからないが。

どうもビュコック准将がなにか吹き込んだような気がしないでもない。

だが、俺としては選り好みなんかできないし、ありがたく使わせてもらう事にしている。



「艦長、先任から通達。前進を開始するとの事」

「了解したと送っておいてくれ。

 副長! 高速戦艦アンダカから2万メートルの距離を維持しつつ前進開始!」

「了解、微速前進を開始し30秒後に50%でメインエンジン点火! その後80%まで増速!」

「駆逐艦ガラパゴス発進!」

「微速前進ヨーソロー!!」



駆逐艦ガラパゴスのメインエンジンに火が入り加速し始める。

いよいよイゼルローン要塞とご対面だ。

何もかもが初めてづくしの俺は表情を動かさないようにするのがやっとである。

焦ったり、気落ちしたりしている所を見せる訳にはいかないため常時気を張っている必要がある。



「敵艦隊、イゼルローン要塞から出撃確認! 真っ直ぐ向かってきます!」

「各員戦闘配置へ! 警戒はまだしなくてもいい、レーダー監視のみ継続する事」

「了解!」



とりあえずは、今の所士官学校での指揮経験の範囲内だ。

だが、実戦で役に立つかはまだまだわからない。

最悪は想定しておくべきだ。

だが、表情には出すな。



「敵艦隊、戦艦の主砲射程まで後5、4、3、2、1、交戦に入りました!」

「射程外からの砲撃なんかに当たってやるなよ! 駆逐艦の射程はミサイル射程に近い。

 同時に発射する、それまで回避に専念しろ!」



回避といっても、完全に回避するのは難しい。

レーザーは光速に近いため、発射から1秒かからずこちらに到達する。

当然、発射光を見てから回避するのは不可能だ。

だから、発射される砲門から逆算する回避コースを即座に実行出来る腕が操船には求められる。

もちろん、実際それを何度も行うのは難しいため、駆逐艦は戦艦の傘から出ない事が多いのだが。

そう考えている間にも距離は更に詰まる。



「主砲、ミサイル同時に発射だ。撃て!」

「了解! ファイヤー!!」

「撃ったらアンダカの後ろに隠れるぞ!」

「アイサー・キャプテン!」



まるで海賊のような言い回しだが、嫌われてはいないようで安心した。

副長以外とはまだ仲良くなったとは言えないからな。

副長とも仲良くなったか疑問ではあるが。


ともあれ、砲撃を一通りして砲門の加熱を冷ますのと同時に相手の攻撃を喰らわないよう隠れる。

そうしているうちに、前線の後退が始まった。

当然周辺では味方艦の爆散なども起こっている。

釣り伏せではあるが、死者は既に出ているのだ。

幸いまだ、アンダカは無事だが、いつ沈んでこの艦が無防備になってもおかしくない。

その時は急いで別の艦の後ろにまた隠れるつもりだが、当然リスクは跳ね上がる。



「後退の足並みが揃わず沈んだ艦も出ていますが概ね作戦通り推移しているようですな」

「何よりだ。とはいえ、アンダカのフォローを出来る限りするぞ」

「確かに、盾をやってもらってますからな」

「ああ。感謝状でも送りたい所だが殴り飛ばされそうだな」

「ははは」



そんな事を言いつつ後退を続ける、時折顔を出しては砲撃またアンダカの後ろに隠れるというのを繰り返した。

アンダカはかなり攻撃を受けていたが致命にはならないよう上手くコントロールしているようで、腕の良さがよくわかった。

だがそろそろ不味い、これ以上攻撃を受けたらアンダカは沈むだろう。

そんなタイミングで本隊が前線に出てきた。

いや、後退しながら攻撃をしていたのは変わらないので、

恐らくそろそろ戦線が崩壊しかねないと見て高速戦艦の戦線から切り替えるつもりなのだろう。

実際既に高速戦艦の艦隊は2割近く削られている。

ここで戦艦主体の壁と切り替えるのは悪くはない。

ただ、撤退の足が遅くなるのは少し痛いが。



「戦線後退の指示が出た。折角だからありったけ撃ち込んでから引くぞ!」

「イェッサー!」



砲撃班は大喜びで主砲とミサイルをばらまく。

まあ、全力で攻撃しても駆逐艦だ、それほどの戦果は期待できないが。

ここまでで駆逐艦2隻撃破しているので相応にやっているといえる。


しかし、この時油断があったんだろう。

戦艦達が壁を変わってくれるという安心感も。

だが、敵艦隊の一部が突っ込んできたのだ。

数にして300にも満たない小規模艦隊ではあったが。

ラインハルトのようなマネを!

と思ったが、実際これで高速戦艦と駆逐艦の戦線は多いに乱れ、交代途中の戦艦達も出遅れた。



「ちぃっ! アンダカの後退を援護しつつ下がるぞ! 突っ込んできたのは小集団だ! 戦艦が前に出れば離れる!」



結局動きを止めるのが一番まずいと考え俺は通信士を通してアンダカに撤退を急ぐように言う。

アンダカも止まった状態が不味い事に気がついたらしく、後方に向け噴射しながら砲撃を再開した。

そうして態勢が整った頃、小集団はかなりの撃墜数を稼ぎ、しかし半数近くに減らしながら艦隊に戻っていった。



「このまま後退する!」



見ればアンダカ以外の高速戦艦も多数戻ってきている。

だが、さっきの小集団のせいでかなり傷ついた艦が多かった。

さらに言えば1割近くの高速戦艦が沈んだらしい。

思わぬ出血となった……待て。



「先任艦長アンドレ・ビュコック中佐へ通信を繋いでくれ!」

「はっ!」



通信士は艦ごとの通信回線を熟知しているはずなので、近くにいれば直ぐに返事が来るはずだが……。

暫くしても通信士は繋がったと言って来なかった。



「通信、繋がりません……」

「撃沈されたのか、通信不能状態にあるのかはわかるか?」

「いえ、現状は混乱しておりはっきりとしたことは」

「そうか……」



大した会話もできないうちから死んでしまったなんて事は出来れば避けたい。

しかし、相手のいる戦争でそういう事をこちらで決められるものじゃない。

だが……この程度で死んでしまうという事はないと思いたい。

確かに高速戦艦は3割近い被害が出ているし、駆逐艦の損耗率も似たようなものだろう。

だがまだ全体としては1割程度の被害にすぎない。

その中にビュコック中佐がいると考えたくはない。

英雄像の押し付けかもしれないが……。



「通信の呼びかけは定期的に続けるように。

 それと第四分艦隊指令に問い合わせを行う」

「アーサーリンチ准将ですね?」

「ああ」



流石に分艦隊司令部は戦艦であるし、相応の司令部施設が整っている。

現状の指揮系統がどうなっているのかを確認するにはそれしかないだろう。

まあ、あちらも忙しいだろうから後回しにされる可能性は高いが。



『こちら、第七艦隊、第四分艦隊司令部。駆逐艦ガラパゴス何の用か?』

「こちら駆逐艦ガラパゴス、現在先任艦長であるビュコック中佐に連絡がつかなくなっており、直接指示を受けるために通信した」

『現在、ビュコック中佐とは通信が繋がっておらずこちらでも確認中である。追って指示があるまで現状を維持せよ』

「了解」



どうやら、あちらでも確認できていないという事のようだ。

乱戦になったといっても、それほど長い間というわけでもないのにどういうことだ?

思いたくはないが沈んだとするなら、とうに判別出来ているはず。

通信途絶のまま艦隊から外れたならMIA(戦闘中行方不明)の判定をするだろう。

KIA(戦死)でもなくMIAでもないなら本当に通信がつながらないだけ?

中度の損傷という奴だろうか。

それを判断しようにも、近くに等の先任艦長のいる艦がないため判断できない。


ともあれ、命令は現状維持。

現在は、突っ込んできた敵艦に対し、高速戦艦アンダカの斜め後ろから迎撃の主砲とミサイルをお見舞いするのが仕事ということだ。

持ち場を離れるのは脱走と見られかねないため、ここから大きく動く事はできない。

せいぜい細かい位置取りを変更するのが限界だ。


そうこうしているうちにも作戦は進み、とうとうロボス艦隊とによる横撃が入った。

見る見る溶けていくイゼルローン駐留艦隊ほうほうの体で逃げ始める。

まだ1万近くいるはずだが、拡散してしまいそれぞれの場所ではあっという間に殲滅されている。

半包囲陣形を組み追いかけ始める同盟艦隊。

この構図は……下手をするとトゥールハンマーの射程圏内まで追いかけるハメになる可能性がある……。



「不味いな、このまま追いかければ味方ごとトゥールハンマーで殲滅しに来る可能性がある」

「流石にそれは……」

「相手は自意識の塊みたいな貴族連中だぞ? 自分の命と他人の命の比重がぜんぜん違う。

 あいつらは軍法を守らない事くらいなんとも思わない」

「……否定はできませんな」



このまま追いかけるのは不味い、しかし、こちらから艦隊指令まで進言を届かせるのは難しい。

分艦隊司令部ですら恐らく話を聞いてくれないだろう。

こういう時、階級というものはめんどくさいのだ。

だが、そうでもしないと戦争をする事すら出来ない。

何故なら、皆の意見がてんでバラバラになれば作戦行動もままならないのだから。

まして、臆病風に吹かれれば、一瞬で軍が瓦解する。

それをさせないための縦割り階級社会なのだろう。

だからこそ、今俺の意見を上に持っていくのは難しいのだが。


そんな事を考えていた俺だが、直ぐに頭の中の考えを振り払う。

そんな時間があるなら、今出来ることを対処するしかない。

敵艦との砲撃戦はまだ終わっていない。


撃墜数が駆逐艦3ミサイル艦1になった。

ある意味、もう一隻落とせばエースということになる。

だが、そんな戦果よりも生き残る事のほうが大事だ。

となれば……多少無茶でもなんとかするしかない。



「敵の分散はトゥールハンマーを誘発しかねない、トゥールハンマーの射程はわかるか?」

「以前2回におけるエネルギーと同等であれば射程まで後3光秒ほどです」

「なっ!?」


3光秒の距離は本当に微妙なラインだ。

現在の追撃スピードでは10分もかからず到達するだろう。

そうなれば、艦隊の大部分が消滅という大惨事になってしまう。


そして、司令部からの撤退命令でもない限り、勝手に撤退すれば死罪になる。

どの軍においても、戦線崩壊の原因となる自己判断での逃走は死罪と決まっている。



「第六艦隊、突出しています!」

「なっ!?」

「周囲に分散した艦隊が群がって第六艦隊を誘導している模様!」

「くっそ!」



ロボス中将の指示じゃない、明らかに独走だ。

第六艦隊が第七艦隊の前を横切るように艦隊殲滅に動いてきた。

だが、この構図は不味い。

敵艦隊を包囲したのはいいが、射程内まで誘い込まれている。



「ちぃ! 可能な限り、天低方向に加速だ! 俺は司令部に連絡を入れる!」

「了解!」

「こちら、駆逐艦ガラパゴス! 艦隊司令部応答せよ! 艦隊司令部!」

『何事か! 分艦隊司令部を通さず通信など!』

「時間がない! トゥールハンマーが動いている! 目標は第六艦隊だ! 余波で第七も被害を受ける事になるぞ!」

『なっ!』



トゥールハンマーほどの巨大な要塞砲となると、有効射程内にいないからといって被害を受けないということはない。

あくまで、想定の火力を発揮しないというだけだ。

つまり、この当たりにいても全滅はしないにしても、相当な被害が出るはずだ。



「早く! 避難指示を! くそっ! 光り始めた! 間に合わない!?」

『ちょ、待て!!』



それからわずか1分ほどでトゥールハンマーは発射された。

俺達は事前に避難を開始していたものの、余波で吹き飛ばされ、そのままでは航行が難しいレベルの被害を受けた。

第六艦隊は中央部を抜かれ、大部分の戦艦を含む半数が蒸発。

もう半数も指揮系統がバラバラで駐留艦隊と散発的に戦うのが限度のようだ。

第七艦隊は戦艦はその装甲もあり大きな被害は受けなかったものの、前衛にいた巡洋艦、駆逐艦、ミサイル艦等は軒並み撃沈か航行不能になっている。

第三艦隊もこちらと同程度の被害を出しており、実質イゼルローン攻略軍の3割近くが失われ、かなりの行動不能艦が出た。



「くっ……副長、艦の修繕は可能か?」

「エンジンはサブだけで行くしか無いでしょうな……気密のほうはなんとか資材の継ぎ接ぎをすれば」

「なら急いで頼む」

「了解しました」



こうして、第三次イゼルローン攻略戦は同盟軍の敗北に終わった。

俺は駆逐艦の艦長になってはしゃいでいたが、ほとんど何も出来なかった。

ロボス中将は戦闘可能な艦を集めて再侵攻を考えていた様だがクルスブリー中将が止めた。

実際、艦隊戦でトゥールハンマーをどうにかするのは不可能に近い。

少しだけほっとした。


アンドレ・ビュコック中佐は結論から言えば生き残った。

俺は本当に何も手出しが出来なかったが。

今回生き残ったのは偶然の賜物でしかない、だが彼は右足を義足に交換する事になった。

ブリッジにも被害を受けていたらしい。


自分の無力を思い知る羽目になった。

もちろん、最初からわかっていた事だった。

俺はラインハルトやヤンのような天才ではないし、個人としての戦闘能力も高くはない。

結局、原作知識頼りの凡百の転生者でしかない。

そんな俺が同盟を勝利に導くには、もっと権力が、金が、軍事力が必要だ。

出世を急がないと……。

ラインハルトが世に出てからでは遅い。

それまでに最低でも将官になっておかねば……。








あとがき



初の艦隊戦を書く事になりました。

とはいえ、陣形にもなにも手出しと言うほどのことは出来ませんでしたが。

駆逐艦の艦長に出来ることって殆ど無いなーと今更ながらに思います。

むしろよく生き残ったという感じですね(汗


次回からまた年数を進める方向で考えております。

原作開始も近づいてきました。

そろそろヤンが士官学校入りを果たします。



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