「ぬぅ……確かにこの形なら挟み撃ちにできるが……。

 紡錘陣形ではかなり取りこぼす事になるぞ?」

「はい、しかし消耗戦になれば被害は甚大になります。あえて交差して追撃に参加すべきかと」

「……」



パエッタは迷っていた、このまま通り抜けた場合手柄を手に入れる機会を逸する可能性が高い。

しかし、現状において連携も出来ていないまま包囲殲滅に切り替えるにはリスクも大きい。

大きなリスクを負うくらいなら、失敗してもヤンに責任を負わせればいい現状を維持したほうがいいともいえる。

もっとも最終責任は結局自分にあるので、パエッタは迷った。

だが、その時間を与えてくれる敵ではない。



「くそっ! 紡錘陣形に切り替えろ!」

「了解しました!」



この判断の結果、第二艦隊は被害を大きくせずに済んだ。

だが、それはラインハルトの艦隊の被害も小さくなったという事でもある。

艦隊同士は互いに少し間をあける様に紡錘陣形のまま交錯する。






銀河英雄伝説 十字の紋章


第二十六話 十字、暗躍す。






同盟軍第六艦隊1万3千のうち5千を率いて第四艦隊を支援しようとしたが間に合わず残存艦隊を吸収した。

そして、先ほどイゼルローンから出てきていた帝国艦隊を追い返す事に成功している。

ともあれ今俺が率いているのは第六艦隊5千、第四艦隊7千の1万2千である。


ラインハルト艦隊は少しずつ数を減らしているが、数の優位は得られないだろう。

こちらを軽く退ける戦力を持って戻ってくる可能性が非常に高い。

ラップもいるにはいるが、ラインハルトより少数の艦隊で勝てるのはヤンくらいのものだろう。


つまり、追いかけてくるだろう味方艦隊と連携しなければ全滅させられる事もありうる。

俺は今のうちに作戦を練るべく考え始めるが。

当然このままで勝てるとは思えない。

ヤンにすべて任せる事は出来ないしな……。

もっと階級上げないとな。



「レーダーに感あり! 帝国艦隊がこちらに迫っています!」

「高速輸送艦隊にコンテナを投機させろ!」

「了解! コンテナ投機急げ!」



これが時間稼ぎになるかはわからないが、固形にして圧縮されていたゼッフェル粒子をコンテナ内に充満させている。

例え無視されても時限式で爆発するから少しは役に立つだろう。

だが超大型砲艦の砲は冷却に30分は要するため、パージしておくしかなかった。

逃げられなくなるからな。

戦力差的に、一撃受けるだけでこちらは大ダメージになる可能性がある。

戦闘回数を考えればラインハルト艦隊は既に疲労の極みにあってもおかしくないが、艦隊はしっかり陣形を維持している。



「やはり最後の仕込みも披露しないとダメか」

「予想通りではありますが、こうも罠を平然と抜けてこられては辛いものがありますね」



このまま接触すれば我々の被害は甚大になる。

戦力比は1万7千弱対1万2千だが、ちょっと奇襲すれば1万2千や3千を壊滅させられる艦隊だこちらは紙装甲のつもりで行かないとダメだろう。

今回の最後の目玉は今までのものと比べれば大したものじゃない。

こちらの艦隊5千隻にはスパルタニアンが1機も乗っていないのだ。

もちろん、第四艦隊の残存部隊には乗っているのでそういう戦闘も不可能ではないが。



「運んできた機雷を全て散布する! 目標は敵艦隊。コンテナに接触させないように気をつけろよ!」

「了解! 機雷散布開始!」



5千隻の戦艦や巡洋艦が運んできた機雷の数は相当のものだ。

あっという間に前方に機雷の膜ができる。

もちろん砲撃でも受ければ連鎖爆発を起こす代物だ。

カモフラージュのための塗料をぬってはいる。

だが、すぐにバレるだろう。

今までの神がかりっぷりからすれば当然ではある。

機雷と一緒に突撃なんぞしようものならこちらの被害は甚大になる可能性もある。

だから艦隊はここで停止させたまま、待つ事にする。



「さあ、どう出る?」



ラインハルト艦隊を相手にこういう事をするのがどのくらい危険かはわかっている。

だが、逃げ出すわけにもいかない。

逃げれば、追いかけている第二お呼びエマーソン艦隊を見捨てることになりかねない。

ヤンがいるんだから、別に俺たちがいなくても良いが、我々だけが逃げた事実があると困ったことになる。

俺も第六艦隊も臆病者の烙印を押される事となるだろう……。

















「前方レーダーに感あり! 敵艦隊おおよそ1万2千!」

「やはりな、穴倉の豚程度では足止めもできなかったか」

「ラインハルト様……」



ゼークト大将を上手く誘い出し、足止めに使ったのはラインハルトの策ではあった。

しかし、あまり期待していたわけではない、決戦可能な構図にもっていきたかっただけなのだ。

先ほどの第二艦隊との交錯により、また艦隊は削られたがまだ1万6千の艦隊がいる。

後ろを追いかけられているため、時間はかけられないが1万2千の相手なら打ち破る事は可能だ。

それが現在のラインハルトの考えであった。

それは、もう全体としての評価よりジュージを倒す事を優先しているという事である。

キルヒアイスはその姿を見て、何を言って諫めればいいのかわからずにいた。

一概に間違いとまでは言えないだけに。



「敵艦隊、輸送艦のコンテナを放出!」

「コンテナの放出か……ゼッフェル粒子を使うつもりか? 決めつけは良くないか」

「どちらにしても現状あまり意味はないでしょう。200程度のコンテナであれば先に砲撃で破壊できます」

「……」



ラインハルトはキルヒアイスの言葉を聞いて、しかし認められずにいる。

理由はわかっている、ジュージ・ナカムラという敵は英雄なのかはわからない。

だが、間違いなく相手の意表を突いてくる敵ではある。

そして、そんな敵がただコンテナを放り出すだけのつまらない策を使うはずがない。



「キルヒアイス、周辺宙域を調べさせろ、可能な限り多角的にだ」

「は、わかりました」



キルヒアイスはその場を一時的に辞した、司令部以外の調査可能な部署を回るのだろう。

ラインハルトは考える、自分ならこういう時に帝国軍に対しどう対処するか。

決まっている、数で劣るなら分断し、各個撃破する。

そして、今回ラインハルトのその気質は逆用され、分断されているはずの敵は連携し、各個撃破する事が難しくなっている。



「ならば当然……」



そう、こちらを分断にかかるよりも、後続の到着を待って連携したほうが勝率は高い。

ラインハルトにとっては他の艦隊は味方でも連携が取れない点で見れば敵以下であるし、功績を得る邪魔でもある。

だから、他の部隊との連携等はほとんど考えに入れていないが、ジュージ・ナカムラという提督は違うと理解した。

とことんまで味方を利用し、おいしい所を取っていく、そういうタイプなのだろう。



「後方のレーダーも気を抜くなよ」

「はっ!」



そして、連携を狙うなら敵の策は時間稼ぎの可能性が高い。

向こう側にとって、全面対決に出るメリットがないからだ。

ならば、迂回して逃げるのが上策なのだろう。

普通に考えるならばだが。



「キルヒアイス戻ったか?」

「はっ、只今戻りました!」



副官という事でキルヒアイスは几帳面な受け答えをしている。

そして、そっとラインハルトに耳打ちをした。

レーダーにはにも映らないものの、光の屈折率におかしな点があるらしい。

何かが光学迷彩とチャフを使って隠れている可能性があるという。



「ふむ……ならばやる事は決まったな」

「はっ!」



レーダーにはっきりと映らないレベルのチャフで隠れられるのは小型艦艇か機雷くらいだ。

恐らく機雷の可能性が高いだろう、艦艇が息を殺して待っていた可能性も否定はできないが。

どちらにしろ、接近されるとまずい。


焼き払ってしまうのが上策だ、ただ……チャフのせいでロックオン出来ない状態にある。

焼き払うにはある程度の接近が必要になるわけだ。

中策としては、迂回するという手もある。

どの方向に迂回するかによって多少の差は出るが、相手がこちらを撃滅する事を狙っていない場合スカをつかまされる。

下策は言うまでもない突っ込んで誘爆させながら攻撃をしかけるというものだ。

損耗率が高すぎるし、下手をすれば艦艇数が逆転されかねない。



「突撃をかけるぞ!」

「ラインハルト様!?」

「奴らは俺達に迂回させたいらしい。

 そうすれば、交錯するだけで終わる。

 我々の戦力も減らないが、反乱軍艦隊の損耗率が1割以下という体たらくとなる。それはできん!」



ラインハルトは力強く言う、だが、表情には焦りが出ていた。

このままでも勝てるかもしれないが、機雷群に突っ込んで戦うのだ、被害が大きくなるのは目に見えている。

消耗戦での勝利等認められずはずもない、故にキルヒアイスもまた黙らなかった。



「ラインハルト様、この艦隊は既に今日一日だけで4戦もの艦隊戦を行っています。

 兵士も疲労が蓄積していますし、弾薬や推進剤も心もとない状況、今突撃すれば相手の攻撃を跳ね返す事はできません!」

「キルヒアイス! だが……このままでは」

「ラインハルト様、時間はまだあります! ここは無理をする所ではありません!」

「くっ!」



言われてラインハルトは黙り込む、ここまで順調に行き過ぎた事で小さなつまづきが許せなくなっている。

ラインハルトは呼吸を整え自覚する、1分ほど目をつむり息を吐く。



「キルヒアイスの言う通りだ。全軍、大きく迂回しろ反乱軍に対しては向こうから接近してこない限り無視する」

「ラインハルト様、申し訳ありませんん」

「いや、よく諌めてくれた……しかし、ジュージ・ナカムラやってくれる……」

「電文を送りますか?」

「いや……必要ないだろう、必ず再戦し打ち破ってみせるからな」

「はい、ラインハルト様ならお出来になります」

「ふん、止めた人間の言うことじゃないな」

「はい」



予想通りジュージ・ナカムラ率いる第六、第四連合艦隊は攻撃をしてこなかった。

ゆっくり、他の同盟艦隊との合流ポイントへ向かっている。

こうしてラインハルト率いる帝国艦隊2万は4万の同盟軍に対しほぼ3千づつの痛み分けと感じつつ撤退するのだった。


















同盟と帝国はアスターテ会戦において、実質的引き分けとなった。

もっとも、同盟も帝国も勝利を歌っているのでどっちもどっちではあるが。

実際の勝利は防衛に成功した同盟でいいとは思うが、この際それはおいておく。

3000隻の艦が失われ乗組員も20万人以上の死者が出た。

本来のアスターテと比べれば被害は10分の1程度に収まったとはいえ、褒められた事ではないな……。



「ラップ中佐、今回の君の活躍は凄まじいものがあった。結婚祝いというわけじゃないが大佐に推薦しておこう」

「ありがとうございます。しかし、拝命した副官の階級としては高くなりすぎる気がするのですが」

「次は参謀として戻ってくればいいさ。直に准将に出世するだろうしな」

「はあ」



半信半疑のようだったが、可能な限り急いで呼び戻すつもりだ。

ヤンはイゼルローン攻略があるだろうし、自分の艦隊を持つから忙しいだろうが、ラップは放すつもりはない。

ヤンほど飛び抜けてはいないかもしれないが、ラインハルトとほぼ五分にやり会える事は今回で確認できた。

一線級の提督に勝てる自信のない俺が艦隊を率いるには絶対に必要な人材だ。


そのおかげか結婚式に招待してもらえる事になった。

ハイネセンへ戻ってから準備等を済ませ2ヶ月後位を考えているらしい。

エミーリアを連れて行って見るかね。



「所で、ナカムラ提督。貴方はこの先の展望がありますか?」

「展望ね。あるとも」

「そう、貴方は私に色々と語って見せた。そこから貴方の展望、いえ野望か。

 それを匂わせる言葉もいくつも聞きました」

「そうだな……君の結婚式の後にでも、君も会合に呼ぼう」

「会合……ですか?」

「ああ。君ならばきっと指針となってくれると思う」



俺が言った言葉は少しばかり被せすぎかとも思うが、細部を詰めるにあたって是非参加してもらいたい。

次の作戦は同盟においてもっとも重要な作戦と俺は位置づけている。

イゼルローンはヤンに任せればいい、だがその次は同盟の敗北を決定づけたものだと言っていいのだから。



「……今は何も言わずに置きます」

「それでいい」



一週間ほどでハイネセンに帰還した俺達は歓呼の声に迎えられた。

ここの所敗北が多かったため、余計にかもしれない政治アピールが激しい。

トリューニヒトはわざわざ迎えに来て俺と握手して仲の良さをアピールしている。

だが、実際は互いに少し削って終わっただけだが、パストーレ中将は戦死している、20万の軍人達も。

やはり、敗北したのとそう変わらないのだろう、勝利を喧伝できる証拠もないのだから。


インタビューや諸々のアピールを終えて、参謀本部に戻り報告を済ませる。

パエッタ中将は未だにインタビューを受けている所を見るに俺のほうが先だろう。


俺はリムジンが停まっているのを確認し、乗り込む。

実際、今の俺はいつ狙撃を受けてもおかしくないくらいには重要人物と言える。

一代で成り上がった大金持ちとしてだが。

今、俺の資産は2千億ディナール(約22兆円)に届きつつある。


馬鹿馬鹿しい話ではあるが、今の俺は使えば使うほど金が貯まるという意味不明な状態になっている。

例えば高速輸送艦隊200隻を依頼して作ると試作艦100億ディナール(約1兆1千億円)するとしよう。

量産するとだいたい値段は5分の1になる。

20億ディナール(約2200億円)が200隻、4000億ディナール(約4拾4兆円)。

合計5000億ディナール(約5拾5兆円)となるが、当然俺個人で支払いきれるものじゃない。


今回の場合、1台無料と全体2割引きを受けた。

つまり、試作は無料となり4000億ディナールの2割引きで3200億ディナール。

これを期限2ヵ月で借り入れしている。

つまりは借金状態だ。


そして、今回有用性の証明を行ったことで、正規の値段で同盟政府が買い取ってくれた。

結果として4000億ディナールを受け取っている。

そして、3200億ディナールを作った業者に支払う。

すると差額の800億ディナールがまるまる浮くわけだ。

俺はそれを使ってその企業の株を可能な限り買った。

実際今後高速輸送艦の同盟政府からの発注が来るのはわかりきっているからだ。


結果としてその会社も損失がほぼ埋まって万々歳。

俺は安く作ってもらったことで出来た800億の利益を株に変えてさらに儲ける。

配当だけでも凄い事になりそうだった。

この会社では超大型砲艦のほうも作っているので、更に儲けて更に投資した。


俺の資産は現状2千億ディナールくらいだが、1年もすれば更に倍くらいになっているだろう。

結局金を儲けるには金持ちになるしかないという。

矛盾も甚だしいがこれが資本主義の真理という奴である……。


そんなことを考えつつ、ハイネセンにある邸宅に戻ってきた。

ここも今や200m四方が全て俺名義の敷地になっている。

家というかもう半ば城塞と言っていい。

周囲は5mを越える複雑な意匠をこらした鉄柵でおおわれており、その中は木々で覆われている。

そして、その内側には趣のある煉瓦の塀(中身は戦艦並の装甲版)で覆われていて中は見えない。

周囲の土地もある程度買っており、貸したりしているが高い家は建てられない様にルールを設けている。

ヒットマン対策というやつだ。

侵入者対策もいくつも施してあるが、動物や私兵も結構いるとだけ言っておこう。


それらの分厚い壁を通り抜けた先に俺の家といくつかの別館がある。

何せ周囲の色々な仕掛けを別にしても内部は180m四方はあるため色々と入れられるわけだ。

使用人だけでも30人はいるためそれ専用の館も用意されている。

使用人以外の薔薇の蕾等の待機所として地下施設も充実している。

プライベートアーミー等の護衛はほとんど外部を見回ってもらっている。

内部の護衛は基本的に薔薇の蕾に任せている格好だ。



「おかえりなさい、あなた」

「ああ、ただいま」



リムジンを降りると、エミーリア達が出迎えてくれた。

エミーリアは俺と同い年のはずだが38歳には見えない。

まだ20代でも通用するのではないだろうか、子育ては大変というが使用人が多いから結構な部分で任せているのかもしれない。

子供を3人も生んでいるのにプロポーションも抜群だ。というか、線が細い。

我が妻ながら体や肌を維持する努力に頭が下がる。

とはいえ、そんなことを口にしたらぶっ飛ばされるので口にしないが。



「リーリア、トウヤ、ミア。ただいま」

「「おかえりなさい!」」

「……」



トウヤとミアは元気に言ってくれたがリーリアは黙っている。

ミアは7歳、トウヤは9歳だがリーリアはもう12歳になる、お年頃なのだろう。

反抗期が来ているのだろうかと少し思う、まあ日頃家にいない俺に対して不満が募っても仕方ない。



「これはお土産だ」

「「わーい!!」」

「……ふん!」



俺が持ってきたおもちゃに思いっきりそっぽを向くリーリア。

興味がないわけではないのか、視線の先で少しこちらを見ている。



「もらってくれないのか、残念だなー。じゃあこれはお母さんにプレゼントしよう」

「あら、悪いわね」

「ちょ!?」



焦るリーリアに苦笑しながらもう一つのお土産を押し付ける。

今度はぶすっとしながらも受け取った。

エミーリアはそれを見て楽しそうにしていた。


そうそう、養子のゴクウだがエルファシルの学校で暫く仲良くやっていたようなんだが、今は士官学校に入っている。

もう18歳なので早ければ今年にも卒業するだろう。

任官先に俺の艦隊を希望しているそうだが、さてどうするか……。



「あなた、そろそろ家に入りましょ。今日は貴方の好きなビーフシチューよ!」

「それはありがたいな。さあ、中に入ろうか」

「「はーい!」」

「あっ、ちょっと待ってよ!」



その日はゆっくりと家族との団らんを楽しんだ。







それから2ヵ月後

ラップの結婚式は彼の友人を沢山呼んで行われた。

ジェシカ・エドワーズはラップとヤンとの間で心を彷徨わせていた事は知っているが、どうやら吹っ切れたようだ。

どのみちヤンには料理下手な奥さんが出来るので気にすることはないんだが。


ともあれ、2人の幸せそうな顔は俺のやってきた事が無駄ではなかったと思わせてくれる。

もちろん、その分結局フェザーンや帝国で不幸な人間を増やしているんだろうが。

深く考えるほどドツボにはまりそうで首を振って考えるのをやめた。



「ラップ、新婚早々済まないね」

「いえ、新婚旅行は明日からしっかり行きますよ。

 それでもジェシカを待たせているのは心苦しいので、出来るだけ手早くお願いしたいものですが」

「すまんが3時間ほどもらう、君の新婚家庭とは比べるべくもないが、重要な話し合いではあるからな」

「……わかりました。お付き合いしましょう」



こうして俺はラップをリムジンに乗せ、ハイネセンにある映画館に向かった。

ここは、俺が出資している映画館で、運営は回帰教の砲で行われている。

もともと俺と先輩で仕掛けた宗教分離の運営資金の一つという事だ。

そういうわけで、地下空間が幾つかあり、たまに会合で利用させてもらっている。

ある意味持ち回りというやつだ。


道中何度かチェックを受け、件の部屋へとやってくる。

広さはさほどでもない、12畳くらいだろうか。

円卓がしつらえてあり、そこには既に俺達以外全員が座っていた。

右側から、

国防委員長 ヨブ・トリューニヒト。

回帰教教主 アンリ・ビュコック

十字教教祖 リディアーヌ・クレマンソー

財界の首領 バークレー・ドノバン

第10艦隊司令 ウランフ


それが俺達以外の全員である。

バークレーは以前から付き合いのある男で、俺が作ったブームを盛り上げ利益を稼いでいた。

同盟財界はバークレーと他数人が牛耳っていると言っていい。

彼との付き合いはそれほど長くはないが、フェザーンに対する怒りは強く、その関係で手を組む事になった。

政財界は未だにフェザーンが虫食いのごとく食らいついている。

今回の会合はその事も話し合う予定だ。


そして、ウランフ提督は正直、どうやって情報をつかんできたのかわからない。

回帰教からビュコック提督を通しての可能性が高い気もするが。

ただ、興味本位と言っていたのは嘘ではないだろう。

彼は俺達の監視をするつもりで来たと考えてもいい。

同時に同志としてやっていけるかもしれないと考えたので参加してもらう事にした。

計画を言いふらすような事はしないだろうとの予測もある。



「遅れて申し訳ない」

「いやいや、会合の時間までまだ15分はあるさ」

「我々も興味が尽きなくてね。早く来過ぎてしまっただけだよ」

「此度の会合は同盟の未来に影響するのでしょう?」

「ああ。今までの会合より重要度は高いと思う」



正直このために、今まで長い間準備をしてきたと言えるのだから。

これが成功すれば同盟は80%以上の確率で勝利できる。

逆転される目がないわけじゃないが、その隙を与えるつもりもない。



「まあ、何にせよかけたまえ。それにそこの士官も紹介してくれるのだろう?」

「ああそうだな。彼はジャン・ロベール・ラップ中佐。

 ヤン・ウェンリーと並ぶ戦術の天才だよ」

「……ジャン・ロベール・ラップです。非才の身ですが同盟のため身を粉にして働くつもりです」

「ほうほう、彼が君の軍師かね」

「その通り」



各員がいろいろと雑多な話をするが、そろそろ時間だ。

俺は皆に視線を回す。

それだけで理解してもらえたのだろう。



「最初の話は次の戦い、第七次イゼルローン攻略戦だが。

 ヤン・ウェンリー少将に任せておけばいいだろう」

「は?」



ウランフ提督はそれを聞いて疑問符をつける。

わかる、確かに俺はおかしなことを言っている。

しかし、他のメンバーは何も言わない、ラップは隣で焦っているが口には出さなかった。



「どういう意味だね? それにヤン・ウェンリーは確か准将だったはずだ」

「彼は出世しますよ。私がラップを大佐に推薦しているように、シドニー・シトレ統合作戦本部長がね」

「功績はあるのかね?」

「あります。第二艦隊を壊滅から防ぎ、数で勝る敵から損耗艦を減らしたんですから」

「……まあいい、それで? どうして彼に任せておけばいいと?」

「彼は第4艦隊のうち損傷の少ない7千隻を集めて作った第13艦隊の司令官として着任予定ですから」

「半個艦隊じゃないか、それで何をするというのだ!」



ウランフ提督の言う事は至極もっとも。

俺も原作知識がなければ鼻で笑っているだろう。

しかし、彼はそれでもやる事を知っている。

俺が介入したことで、ゼークト提督が軽度の負傷をしたがこれがどう響くかは不明だ。

それでも恐らくは問題にもしないだろう。

彼も、ゼークト提督の状況を知っているからだ。

恐らくは彼の事だから、怒らせる手段なんていくらでも持っているだろうしな。



「心理戦でしょうね、恐らく」

「心理戦だと?」

「ラップ説明頼む」

「八ッ、彼らはイゼルローン要塞が難攻不落だと思っています。

 実際今まで窮地に立たされた事もないのですから当然ですが」

「うむ」

「その上、要塞司令と艦隊司令がどちらも大将であり先任などの別もありません。

 故に彼らは敵よりも身内争いに精を出す事になります。

 実際今までナカムラ提督が集めていた資料なども拝見させていただきましたがそう間違ってはいないでしょう」

「そうなのか?」



俺に視線を移してきたウランフ提督に頷く。

そして俺から少しだけ補足した。



「俺も色々な伝手を持っていますから。情報の正確性は保証しますよ」

「わかった。続けてくれ」

「はい、ヤンが行うとすれば仲違いの隙をついて帝国からの鹵獲艦あたりを要塞内に潜り込ませる策を取るでしょう。

 細かい事まではわかりませんが、あいつは正面から戦うなんてまどろっこしい事はしません。

 それをする時は余程後がないか、既に策にかけているかですね」

「ふむ……」



実行可能かという意味では疑問符がつくのだろう。

俺も言うのは簡単だが、実際に突っ込むとなると色々と大変そうだとは思ている。



「もしも、ヤン・ウェンリーが負けたのなら、私が行きますよ。

 しかし、恐らくそれはない」

「凄い自信だな」

「彼とラップは同盟が誇る戦術の天才ですからね」



ラップは汗をかいているが、否定はしていない。

自覚があるというよりも、否定すると俺が迷惑をすると考えているのかもしれない。



「どのみち、シトレが本当にそんな事をする気なら俺には止められん。

 それはいいが、本題ではないのだろう?」

「ええ。ここからが本題です」



俺が考えた作戦構想、別段それほど凄いものでもない。

ただ、恐らくは元帥になるだろうラインハルトを謀るならこれくらいやらないと駄目だろうという過激なものだ。

もちろん一緒にフェザーンにも楔を打ち込む、この作戦が終わった時同盟は安定するだろう。

計画を話し終わった時、皆が驚いた顔をしていた。

説得出来るかどうかはわからないが、とりあえずはこの世界の人間にはあまり想像出来ない策なのかもしれない。

少しだけ自信を持つ事ができた。


隣でラップがあきれているが……。













あとがき


ようやく準備が整ってきました。

次の作戦で帝国やフェザーンの優位性を突き崩す事を目指したいと考えております。

実際、同盟がここで負ければ敗北確定なので、分岐するならここしかないんですよね。

これ以前にする事もできますが、ラインハルト暗殺するほうが早い気もしますしねそうなると。


本来の作品においては、同盟は本来12個艦隊を持って防衛をしていました。

それが、アスターテで同盟は3個艦隊がほぼ壊滅200万人の死者と3万以上の艦艇を失います。

そして次のアムリッアにおいて同盟は8個艦隊のうち5個艦隊を喪失。

生き残った3つの艦隊も半壊近い有様で実質8万隻近い喪失となります。

8個艦隊12万隻を1年の間に喪失した同盟軍は残った4個艦隊でなんとかせねばならなくなり急増の艦隊を作るしかなくなります。

当然質はお粗末なものでしたし、思想も偏っているのは仕方ないですよね。

それだけではありません、アムリッツアにおいては同盟は帝国に対して有利だった個人あたりの資産をあらかた吐き出します。

そのうえで艦艇を大量に作り、自分達の首を絞めるわけです。


国民の支持を急速に失いつつあった政府は強権主義に走るしかなかった。

救国軍事会議の登場はまさにベストタイミングだったわけですね。

同盟が生き残れるかの分岐点こそアムリッツァであると私が考える理由がこれです。


帝国は艦隊が18個もあり、門閥も合計すると9個艦隊を持っています。

帝国27個艦隊対同盟12個艦隊、最大値をもってしても同盟は帝国の半分以下の戦力しかないのが実情です。

そりゃ攻勢に出られるわけもないですよね。

だからこそ、本来は帝国を一つにまとまらせる事は絶対してはならなかった。

ラインハルトがフリーハンドで動けば帝国の勝ちなんて目に見えていますからね。


まあ、これらの話を合計して思うのはラインハルトとヤンの待遇の差がひどい。

自由惑星同盟がどっかの火病国家みたいに見えてきますよね……。



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