ラインハルトは、確かに姉を皇帝に取られている。

その復讐のため、幼年学校から士官学校へと進んだ。

何度も飛び級を果たし、15歳にて卒業、准尉となる。

その後、アスターテ会戦を経て19歳の元帥という前代未聞の結果を残した。

そう、彼は一度とはいえ挫折を知るからこそ今までそれをバネに強くなってきたのだ。

しかし、今回の挫折は姉を失った時に匹敵するものであった。



「オーベルシュタイン。準備は出来ているか?」

「は。全てとはいきませんが、謁見の間周辺は固める事ができました」



一応陳情のために来た事になっているが、成功率が1%を切る事は想定している。

反乱軍の艦隊に対しては嫌がらせを仕掛けてはいるが、成果を出すのは難しいだろう。

ラインハルトにとって起死回生となるのは唯一つ。

それは、茨の道であった。



「キルヒアイス……お前は」

「君一人に背負わせたりしないよ」



キルヒアイスはラインハルトが追い込まれた経緯については、まだ察しきれていなかった。

しかし、ラインハルトが今何を考えているのかはわかる。

今回の件からキルヒアイスを外そうとしたラインハルトに首を振って否定するキルヒアイス。

もともと一蓮托生なのだから、当然なのだと。



「……わかった。なら頼む」



はっきり言えば状況は悪い、しかし、同時に良いとも言える。

何故なら、同盟軍によりブラウンシュバイク領主連合軍はてんてこ舞いの状態にあり、リッテンハイムにも応援要請が来ている。

更には、ラインハルトに頼りたくないブラウンシュバイクは帝国軍の残り半分を呼びつけたのだ。

皇帝はその事に対し肯定も否定もせず全てを放置した。

結果として根回しに勝ったブラウンシュバイクの思惑通りとなる。

つまり、帝都内はがら空きになったということだ。

もちろん帝都防衛隊や親衛隊といった直轄部隊は残っているが、艦隊を持つのは現在ラインハルトだけ。

そして、陸戦部隊の数でも勝っている。

この状況すらジュージ・ナカムラの手の内なのではないか(ブラウンシュバイクの対応まで読めているはずもない)とラインハルトは恐々とする。

だがこれ以上の好機はない。



「あの男から奪われたものを取り戻しに行くぞ、キルヒアイス」

「畏まりました、ラインハルトさま」



そう、今こそ本願を果たす時とラインハルトは帝城へと向けて歩を進める。

それは簒奪という強引な手段を用いるという事であった。

元々それを狙っていたのであるから、別に憂える事等ありはしない。


もっとも、原作のように何もかも上手くいく展開というものは早々起こらないものであり、少しずれただけでも強引な手段を取らざるを得なくなる。

それは、彼を茨の道へと誘う事となる。





銀河英雄伝説 十字の紋章


第三十一話 十字、持ち逃げする。






あれから二週間かけて、ガイエスブルグを防衛している。

取るまでが異常に早かったが、それでももう侵攻開始から一月になる。

その間に、ブラウンシュバイクの領主連合軍を3度打ち負かした。

奴らは勢いに乗って攻めて来てはがイエスハーケンで打ち負かされるのを繰り返している。

結果としてこちらの損耗は2千隻前後。

ブラウンシュバイク側が訳1万3千隻といったところ。

以外にブラウンシュバイク側の被害が少ない様に感じるのはガイエスハーケンによって旗艦を撃たれ混乱して逃げるのを繰り返しているからだ。

こちらの被害は主に敵軍をガイエスハーケンの射程に持ち込む時に出る数字となる。

3度ともこちらがガイエスハーケンの射程に引き込むまでに相手は全力で突っ込んできた。

ブラウンシュバイク本隊がいればもう少し頭を使ったかもしれないが。

本隊は未だに動いていない、恐らく帝国軍なりリッテンハイム軍なりと合流してから動く気だろう。



「意外に突進力はあるな門閥連合も……」

「はい、勝利するのは難しくないですが調子に乗っている彼らは侮れません」

「だがどうにかなりそうだな」

「取り付け作業及びエネルギーバイパスは通りました。元々ワープエンジンにも核融合炉がついていますから」

「ワープまで4時間といったところか。エネルギー充填は始めているな?」

「はい」



因みにワープエンジンは原作の倍の24機取り付けている。

出発前にイゼルローンからガイエスブルグの状況を調べ取り付け場所も既に決めてあった。

原作での3ヶ月を2週間でどうにかするのだから、取付作業以外は全て先に終わらせておくくらいはしている。

変則的ではあるが、一夜城の応用のうちだろう。



「で、敵艦隊は現状どうしている?」

「ブラウンシュバイク連合のうち本隊は相変わらず動いていません、恐らく主星を取られる事を用心しているんでしょう」

「ではこちらに攻撃をかけている艦隊のほうは?」

「シュターデンが実質的な指揮を取っているようですが、門閥故まとまりがないままのようですね」

「ならまた散発的な攻撃か」

「そうなるでしょう、もう2万くらいまで減り込んでいますが……」



リッテンハイムも口だけは参戦表明を出しているようだが、艦隊は遅々として進まずこちらには来ていない。

恐らくは、ブラウンシュバイクの被害を拡大させて地位の逆転を狙っているんだろう。

因みに理屈倒れのシュターデンと言われているが、彼は通常の指揮を取る限り優秀な提督である。

俺と同じで一流提督のような好機を掴む力がないだけだ。

俺はその点、そういう自前でどうしようもない所はラップ任せなので安心である。

それどころか、この艦隊にはかのヤン先生がいるので、彼からの意見はほぼ素通りで聞くようにしている。

完璧な預言者の言うことに逆らってもまるで得がないしな。



「そうなると心配なのは帝国軍の動向か、どう見る?」

「リッテンハイムの性格なら、呼ぶのはラインハルト陣営とは違う艦隊となるでしょう。

 残りの9個艦隊のうち何艦隊が来るのかにもよりますが……恐らく呼んだのはメルカッツ上級大将でしょう」

「彼か……来たら対応が難しくなる可能性があるな」

「はい」



ただし、こちらの艦隊はもうあと4時間で飛べる所まで来ている。

その間に攻撃を仕掛けられる艦隊は限られている、ミッターマイヤー艦隊が突っ込んでくる可能性は低い。

要塞と7万5千の艦相手に一個艦隊では何も出来ないだろうからだ、あるとすればやはり近くにいるシュターデン艦隊となる。

もしも彼の所に食い詰めことファーレンハイト提督がいた場合、こちらに挑んでくる可能性はある。



「提督! 敵艦隊が現れたようです! 数は1万、旗艦はダルムシュタット! ファーレンハイト少将のものです!」

「そうか、ヤン提督と通信つなげ」

「はっ!」

『どうかしましたか?』

「敵艦隊の撃退を頼みたい」

『何も私でなくとも、ここには綺羅星の如き提督達がいるでしょうに』

「君の艦隊が一番被害が小さい、有り体に言って働け。数が足りないなら第6艦隊も君の指揮下につけるが?」

『いえ、第13艦隊だけで十分です』

「4時間でガイエスブルグがワープする、それまでの時間を稼げばいい。無理に勝たなくてもいいから好きにやるといい」

『微力を尽くします』

「取り残されたくなかったら、ワープの時にはきちんと圏内に入っておけよ」

『そっちには最大の力を尽くしますよ』



ヤンの相変わらずのやる気のなさに少しため息をつく。

まあ、彼も上司がほとんどいなくなったからな。

以前と違ってそういう事に神経を使わなくなったんだろう、折角成長したかと思ったがやはりヤン提督か。

まあ、結果さえ出してくれれば特に何もいう気はないが。



「反対側からも敵艦隊接近! こちらはシュターデン提督の旗艦アウグスブルクが確認されます!」

「なるほど、挟み撃ちのつもりか。とはいえ艦艇数に圧倒的な違いがある。

 可能性としては、ブラウンシュバイク本隊が動いているか、帝国軍が来るまでの時間稼ぎか……」

「どちらにしても、時間を稼いで困る事はないですから。付き合うのが一番ではないかと」

「そうだな、ウランフ提督に通信を!」

「はっ!」



ウランフ提督は2つ返事で引き受けてくれた。

もともと好戦的なほうであるし、ある意味当然かもしれないが。

そうやって時間を稼いでいると、こちらに向けてワープして来る質量体の反応が見て取れた。



「まさか……ガルミッシュ要塞か!」

「恐らくそのまさかですね、向こうも急増でワープエンジンを取り付けた要塞を用意してみせたという事かと」

「2週間だぞ……俺達のようにきちんと準備をしていたならともかく」

「多分ですが、一回ワープに耐えれば壊れてもいいと考えているのではないかと」

「……シュターデンの考えじゃないな。恐らくラインハルト陣営から上手いこと伝えられたんだろう」

「ありうるのですか?」

「機密をしゃべってしまった、うかつ。という雰囲気で言えば大喜びで採用するだろうよ」

「あー」



実際には恐らく兵士等を通じて下から上げたものだろうが。

何にせよめんどくさい事をしてくれる。

古い要塞くらいしか今の帝国には残っていないから要塞砲の警戒は必要無いが、問題はその質量だ。

ガイエスブルグは他の宇宙要塞と比べて小さい。

標準直径60kmのところ45kmしかないのだ。

だから、ぶつけるつもりで使われるとかなり不利だ。



「今のエネルギーでどの程度の距離を飛ぶ事ができる?」

「恐らくブラウンシュバイク領の端あたりまでですね。誤差は勘弁してくださいよ」

「……」



再度ゼロからワープのエネルギーをチャージするには半日近くかかってしまう。

しかし、今ワープで逃げればガルミッシュ要塞のほうはもう追いかけてこれないだろう。

因みに原作と違い、ガイエスブルグ要塞には位置の微調整用にもとからある通常エンジン以外は配置されていない。

ワープアウトした後は艦隊を持って牽引していく予定だからだ。

なので、通常空間で回避という手はなかった。


つまり、俺にとっての最大の懸念はワープアウト後、ラインハルトの艦隊が待ち構えていないかという点に尽きる。

そして、ラインハルトが仕掛けたなら確実に待ち構えているだろう。

もちろん、通常空間で接敵する可能性は低い、誤差があるからだ。

とはいえ、近距離ワープによる接近なら艦隊でもさほど時間はかからない、ワープアウト反応でかなりの距離からでも発見されるからだ。



「ラップ、ワープで逃げる意外に方法はないか?」

「幾つかありますが……リスクは覚悟してください」

「仕方あるまい……待ち伏せされるよりはマシだろう」



見た所、ガルミッシュ要塞はアニメ版の球体を幾つもつないだような形態をしている。

あんなので突貫されると流石に面倒だ。

なにせ、一個一個のサイズが20km近くにもなるからだ。

それを見てからラップは一つ頷くと、俺に考えを述べる。



「一番確実なのは、連結部にガイエスハーケンを打ち込み分離する事でしょう。

 ガイエスブルグに被害が出ない分離ポイントとタイミングの計算に計算に時間がかかりますが、

 ガイエスハーケンのチャージ時間もありますからどのみち時間はかかります。

 並行作業でやればそれほど問題にはならないでしょう。

 ただし……」

「ワープエネルギーの供給を一度中断する必要があるな」

「はい、恐らくですが3時間程度は作業に遅れが出る事を覚悟する必要があります」

「……」



ラインハルトがそれを考えていないとは思えない、しかし、このままワープで逃げるのは問題外だ。

ブラウンシュバイク領という、ラインハルトに対する守りを自分から捨てる事になる。

ならば、帝国艦隊が来る可能性があっても砲撃で対処するしかあるまい。



「ガイエスハーケンにて対処する。多少ワープの時間は遅れるが仕方あるまい」

「わかりました、各艦隊に通達とガイエスハーケンにエネルギー供給及びブレイクポイントの算定に入ります」

「ああ、上手くガイエスブルグに来ないポイントを見つけてくれ」

「はい!」



ガイエスハーケンの発射までは、3個艦隊が出撃して迎撃をする。

流石に輸送艦隊は攻撃には使いづらい。

今回はビックリドッキリメカのようなものは積んでいないからな、あくまでワープエンジンの輸送が主な役目だから。

とはいえ、ガルミッシュ要塞からも艦隊が出撃してきたので迎撃に手を取られているが。

もっともガルミッシュ要塞から出てきたのはせいぜい1万5千程度ではある。

いや、イゼルローンですら2万しか入らない事を考えるとおかしくはないのだが。

どちらにしろ、艦艇数ではまだま圧倒している。

それにヤン艦隊とファーレンハイト艦隊の決着が付きそうだ。

流石ヤン、ファーレンハイト艦隊の数はそれほど削れていないが、このまま行けば壊滅させられるだろう。

まーファーレンハイトならそれまでに撤退するだろうが。

ウランフのほうは、まだ戦い始めたばかりのようなので決着がつくまでは少し時間がかかるかもしれない。

だが、優位は既に取っているようだし、安心してみていられるな。



「艦隊戦は問題ないようだが、相手としてはメルカッツ率いる帝国艦隊が来るまでの足止めさえ出来ればいいわけだ」

「はい、ですが流石に一日で到達出来る距離ではないですから、やはり警戒するべきはローエングラム元帥の艦隊でしょうね」

「ふむ……確かにな」



俺の中ではラインハルトの動きは全く予想できていなかった。

あくまで自分の嫌な動きをしてくる可能性が高いと考えていたが、帝都の状況をここで確認出来るわけでもなかったのだから当然だ。

故にこの時は一瞬、前後不覚に陥る所だった。



「てっ提督!! 同盟本部から急報が!!」

「どうした? テロでも起ったか?」

「いえ! ローエングラム伯ラインハルトが、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)を急襲! 皇帝を討ち取ったとの事です!」

「はっ!?」

「ローエングラム伯は、抵抗勢力を制圧し宮中を制圧、元帥府の9個艦隊を呼び寄せヴァルハラ星系を手にしました。

 そして、皇帝の悪事を喧伝、そしてフリードリヒ4世の孫であるエルウィン・ヨーゼフ2世を皇帝として擁立!

 自らが執権として実質的な権力を握ったようです!」



ここで史実の前倒しだとッ!?

俺がラインハルトの焦土作戦を逆手に取ったからか……。

考えてみれば確かに奴はこの事で立場を失う、失脚するくらいならとやけっぱちになってもおかしくない。

だが、ラインハルトがただやけっぱちになったとも考えづらい。

恐らく、俺達の侵攻を使って帝星を空にしたんだろう。

だから、クーデターが成功したんだな……。


だがこれはラッキーかもしれない。

今なら周りの帝国軍が動揺しているだろうし、ラインハルトの軍勢も門閥との戦いを優先しなくてはならないだろう。

なら、さっさとトンズラするのが一番だが……。



「各艦隊につぐ、可能な限り戦闘を停止せよ!

 通信士、敵との通信は繋げられるか?」

「はっ!」

「帝国艦隊につぐ、私は同盟艦隊司令官、ジュージ・ナカムラ大将だ!」



門閥貴族に対し、あえて帝国艦隊と呼びかける。

この意味、門閥なら理解するだろう、彼らのプライドを考えればな。



『反乱軍の首魁が何の用かね?』

「貴方は、オットー・フォン・ブラウンシュバイクブラウンシュバイク公爵とお見受け致す」

『いかにも』

「此度、我らは帝国に対する防御を行うため、ガイエスブルグ要塞を手に入れ持ち帰る事を目的としています」

『盗人猛々しいとはこの事だな、当然叩き潰すつもりだが?』

「しかし、そちらはより大きな反乱が起こった様子」

『ッ!?』



こちらに情報が届いたなら宮中に情報網を持つ彼らに届かないはずもない。

むしろ、ブラウンシュバイクはまだこんな所にいていいのか?

ともあれ、話を進めねば。



「我らの目的はこのガイエスブルグのみ、このまま見逃してくれるなら撤退しましょう」

『それを許すと思うのかね?』

「艦隊数を考えればどちらが有利かなどわかりきっているはずです」

『そのためにこのガルミッシュ要塞を持ち込んだのだ。当然ガイエスブルグも取り戻すつもりだとも』

「それが出来る状況だとお思いで?」

『くっ!』

「一刻も早く艦隊を率いて帝星に向かわねばならないはずでしょう?」

『それは……』



もうひと押しと言った所か。

そうだな……。



「ならば、今直ぐブラウンシュバイク領から立ち去る事としましょう」

『何!?』

「ローエングラム伯の追撃を懸念していたのですが、これなら彼も来る事はできないでしょうからな」

『待っ!』

「急いで艦隊をガイエスブルグ周辺に集めろ、現在のワープエネルギーで可能な限りジャンプする」

「ローエングラム伯の艦隊は気にしないのですね?」

「呼び寄せた直後ということもあるが、防衛のため9個艦対のうち1つでも減らすというわけにはいかないだろう」



通信を切って、ワープ準備と艦隊の引き戻しを始める。

幾つか艦隊を割く事は不可能とは言わないが、それでヤンやウランフの艦隊に対抗できるはずもない。

やるなら全艦隊を使わねばこちらに勝てないだろう。

ガイエスブルグと5個艦隊と1万の輸送部隊が敵なのだから。

なので警戒するだけ無駄だ。



「準備整いました!」

「ワープ開始」



そうして俺達はブラウンシュバイク領からワープした。











あとがき


感想いつもありがたいです。

モチベーションの維持のために読んでもらえているという事実が嬉しいという事も大きいのですが。

私の設定等について語ってくださる事で、私の意識していない角度から色々教えてくれたりします。

おかげで今回の戦いは当初考えていたものより数段細かい設定をつけることができました。


結果としてなんかジュージがいつもより凶悪な駆け引きをしているように見えますが気の所為ですw

ラインハルトについても、当初は元帥から上級大将に格下げする予定でしたが、それを認めるかについて考えるとそうは思えず。

結局、こうして反乱を起こして帝国を乗っ取ってしまいました。

そもそもラインハルトが穏便な手で帝国を乗っ取ったのは先に皇帝が病死したからです。

そうでなければ、いずれこうして皇帝を誅殺していた事でしょう。


ジュージのせいで後が無くなったと思った彼は、たまたまほとんどの戦力が主星から出払っている事実にジュージ・ナカムラの影を見ます。

だんだんと、主人公が勘違い系になっていきそうな予感がしますが(汗)


とりあえず大きな戦いはここまでの予定です。

ラインハルトによる追撃も考えましたが、彼は地盤固めに奔走している段階ですので無理がありますしね。



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