帝国政府中枢において、政治と軍事の中枢を司る新無憂宮(ノイエ・サンスーシー)。

そこは現在、ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵が掌握している。

とはいえ、今の帝国の版図は3分の1にしか過ぎない。

残る3分の1は門閥連合のものであるし、同盟付近の領土は門閥に近いものの中立を標榜している。

ただ、どちらにしろラインハルト個人に対してはどちらも敵対である事は間違いない。

原作と比べ、ラインハルトは非常に不利な立場にあると言っていい。

それでも、帝国にある正規艦隊18のうち11を抑えているのは大きい。


門閥についた正規艦隊は原作と違い、階級が上がっていなかった面々のせいで艦隊数が少ない。

大将であるメルカッツに率いられた艦隊は6つ。

ファーレンハイトとシュターデンは各1万程度で、門閥貴族の艦が混ざっている有様だ。


そのため、版図も勢力も低くなっているラインハルトだが艦隊数そのものはむしろ有利ではあった。

ラインハルトは門閥貴族の艦隊の事は足かせくらいにしか思っておらず、正規艦隊の差はそのまま勝利を確定するものだと理解している。

だが、焦土作戦の失敗のせいで、本来食料の生産地である同盟付近の領土が税を収めてこないのは不味い。

取り上げたものは戻し、多少なりとも謝罪の意味もこめて引き上げた量の1.2倍程度を返している。

しかし、当然ではあるが領主が中抜きをしており100%返っているか怪しい所である。

例えそれが行き渡っていたとしてもやはり恨みを買っているのは間違いないだろう。

同盟に参加などという事になれば、ラインハルトは二正面作戦を強いられる事となる。

それだけはあってはならない。



「やはり同盟には混乱してもらう必要があるな」

「はい、介入を受ければ我らが不利になるでしょう。同盟は力を増しています。

 今の同盟は恐らく、帝国とほぼ同等。

 我らは帝国を割っている最中です。

 彼らの足止めが必要になるでしょう」

「そうだな……」



ラインハルトはオーベルシュタインの言葉を受けて頷く。

そう、今の状況は同盟にあまりにも有利になりすぎる。

内乱の種を蒔くしかない、戦力を割く事はできないのだから。

だが、あのジュージ・ナカムラがその程度予測しないとは思えない。

ラインハルトの中でジュージの虚像は膨らむばかりである。



「最大の障害となるであろう、ジュージ・ナカムラですが」

「ふむ」

「どうやら、内部に潜り込んでいた地球教徒にブラスターで撃たれたようですね」

「何ッ!?」



ラインハルトはそれを聞いて複雑な表情を見せた。

折角のライバルにこんな事で落ちてほしくはないという思いと、このままでは不利だったから今のうちに策謀を仕掛けられるという思い。

喜びとムカつきと、そんな事を思ってしまう自分への苛立たしさ。

それぞれが渦巻いて最終的には渋い顔になるしかなかった。



「反乱軍、いや同盟軍に対し捕虜交換を行ってくれ」

「仕込みは行いますか?」

「ああ、頼む」



本来はラインハルトが直接仕込む予定だったが、現状は忙しくとても対処できない。

そもそも、捕虜交換をするにしても同盟近郊の領土を抑えないといけない。

ラインハルトがノイエサンスーシを動けない現状、艦隊はいくつかに分けて運用されている。

先ず、ミッターマイヤー、ロイエンタール両大将が6個艦隊を率い、門閥連合に対抗している。

その間にキルヒアイス中将の艦隊が幾つかの星系を経由して背後を付く予定となっている。

キルヒアイスに手柄を立てさせるための作戦であるが、どちらも現状はうまく運んでいる。



「それと、機動要塞のほうはどうなっている?」

「形にはなっておりますが、何分初めての試みです。

 現状ハリボテと代わりありません。

 テストを兼ねて無理やり動かすとしても門閥連合相手では最終戦に間に合うかどうかという所かと」

「そうか、可能な限り急がせてくれ」

「はッ!」



ラインハルトは、今までのジュージの動きから理解していた。

要塞を運び込むということは、補給線そのものを運び込むという事になると。

それなら、イゼルローンやガイエスブルグほどの装甲がなくとも、大量の艦隊を入れたまま動ける要塞があれば。

艦隊運用の概念はガラリと変わるだろうと踏んでいた。





銀河英雄伝説 十字の紋章


第三十三話 十字、入院す。






俺が目を覚ましたのはブラスター(熱線銃)で撃たれた一週間後の事だった。

病室と思われる部屋のカレンダー付き時計が表示されているのでわかる。

起きた瞬間、体の節々が痛くて仕方なかった。

間抜けをかましたのは事実だが、想定外にも程がある。


実際、俺は常に用心しているつもりだった。

携帯バリアだって、艦の外に出る時は必ずしていたし、自分の部屋にはトラップや非常用の通話回線や脱出路等必ず調べていた。

艦内に関しても、可能な限り薔薇の蕾に監視させていたし、地球教徒が混じっていないかも調べていた。

それに、耐弾、耐刃の服で完全武装していた。


だが、熱線系の銃は想定外だった。

特にゼッフェル粒子と相性の悪いブラスターを艦内で好んで使う兵士は少ない。

それでも、下着に耐熱フィルムが仕込まれていた事が幸いして、熱線は内蔵までは届いていなかったようだ。

レーザー対策というよりは、寒さや暑さの対策だったが。

おかげで命拾いした。


これからは、耐熱フィルムを強化したものを服装に仕込んでおく事にしよう。

そう、密かに俺は決意していた。



「あなた! 目が覚めたのね!」



入ってきたのは、エミーリアだった。

こうしてみると、3人も子供を生んだとは思えない。

俺と同い年だから39歳のはずなんだがな。

まだ20代でも通用しそうだ。



「ああ。済まないな……」

「本当よ! あなたが撃たれたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったんだから!」

「色々用心はしてたつもりなんだが、やはり今後は護衛を増やす事にするよ」

「そういう事じゃない! そういう事じゃないのよ……」



エミーリアは涙を湛えた目で俺を見る。

目を伏せる寸前だが、俺を視界から外そうとはしない。

わかっているだろうという目でもある、ああわかっているさ。



「危ない事はするなって言うんだろ? だけど済まない。もう少し時間をくれ」

「もう少しって……」

「以前言っただろ? 10年時間をくれって、あれから8年たった。もう後2年だよ」

「2年……本当にそれで軍を辞めてくれるの?」

「ああ、その頃には同盟も安定している。既にフェザーンとイゼルローンに要塞を用意したろ?」

「そっか……本当にそこまで来てるんだね」

「もう一息なんだ。殺されないよう、もっと用心するし、もっと護衛を徹底する。だから許してくれ」

「……ホント、馬鹿なんだから……」



なんか死亡フラグ臭いセリフだが、流石にここで言わないわけにもいかない。

本当の所、これからが大変なのだから。

今までは原作を利用する事で大きく利益を得てきた。

かなり乖離していたが、それでも原作に近い事が起こっていた。

だが、ここからはそうはいかない。


ラインハルトは簒奪を行った。

同盟はフェザーンを併合した。

これによって、勢力図そのものが違う形になった。

原作が通用するのはもう一つくらいしかない。

それとて、そのままなのかどうかを確認しながらやっていくしかないだろう。


それでも俺は、最低限帝国が同盟に攻め込めない状況を作り出してみせる。

可能なら、帝国を切り取り、反抗の目を潰すくらいに同盟を大きくする。

それを後2年で実現するのだ。

そのためには、絶対に達成しなければならないポイントがある。


ラインハルト及びキルヒアイスを表舞台から引きずり下ろす事。

彼らのうちどちらか一人でも十分逆転出来る。

ロイエンタールもそうだ、彼らが表舞台にいる限り逆転される事は十分ありうる。

彼ら以外は流石に、政治も艦隊運用もこなし、個人戦闘力も高いなんて完璧超人ではないだろう。

だから、この3人をなんとか無力化する、殺す、飼い殺す、政治に手出しできない様にするなど状況によって様々だが。

それを2年で達成してみせる。



「父さん!」

「おとーさん!」

「ちちうえ!」



リーリアとトウヤとミアだ。

三人とも心配そうに俺を見ている。

どうやら父親と認識してもらえているようで嬉しい。

とはいえ、心配かけてしまった事は申し訳ないが。



「ごめんな、だがもう大丈夫だ」

「大丈夫じゃないよ父さん!」

「そうだじょちちうえ!」



リーリアは少し反抗期になっていたと思ったが、凄く心配してくれたようだ。

トウヤは普通に育ってくれている様で嬉しいが、ミアのほうはちょっと口調がきになる。

メイド達が悪ノリしたよーな感じが……。



「これからは無茶はしないよ。心配してくれてありがとうな」

「……うん」

「うにゅ」



萌キャラというのは、まあ可愛いのだが現実にいると心配になるな……。

とはいえ、まだまだ小さいんだから今直ぐ治す必要はないんだが。

いずれエミーリアに相談するか。

こうしてその日は一日家族と戯れて過ごす事となった。





翌日、俺が起きた事が伝わり、人でごった返す。

エミーリアは付いてくれているが、流石にいつも一緒にいてもらうというわけにも行かない。

家族の事もあるし、こちらも仕事の話をする場合もある。

聞かれて困る様な事はないが、彼女は察して外に出たり、別の仕事をしてきたりする。

本当に出来た嫁だよ。



「ナカムラ提督、失礼します」

「ラップか、済まないな。お前も新婚なのにな」

「いえ、仲人もしてくれた提督を蔑ろには出来ませんよ」



既にバーリさんに幾つか、状況の確認をさせているので俺は大体の現状を察している。

先ず、俺が撃たれた事は報道され、同盟内の地球教に止めを刺した。

現在は地球教狩りなんて馬鹿が現れるくらい、同盟全体が地球教を憎んでいる。

ただでさえ、俺達が帰還する前に、トリューニヒトら評議会議員が地球教の行ってきた事を発表し追い詰めていたのだ。

今回の作戦でフェザーンを取り込んだ事で俺が一躍英雄となった(以前もそれなりだが、今回は本当に大きな手柄となる)から余計にだ。


そして、同盟にフェザーンが組み込まれた事により、フェザーンからの借款は全て個人や企業からの借り入れとなった。

支払い義務が消滅したわけではないが、裏で行われていた分はなくなったため半分以下になっている。

それに、個人や企業に返す分に関しても一度に返す必要はないため、利息を出して待ってもらったりその分の銀行券を発行したりで誤魔化せる。

他国相手ではこうはいかない、資源や領土を切り取られる事になる。

ただでさえ同盟の経済が傾いていたのだ、フェザーンに頭が上がらなかったのも当然である。

それが消滅したことにより、フェザーンの領地収入というか税金が同盟に入る事になる。

フェザーン商人も同盟に対して相応に気を使う必要が出てくるようになるのだ。


また、今まで同盟の正規艦隊を分散配置する必要があったが、大部分をフェザーンとイゼルローンに配置する事で防衛が可能になった。

海賊も支援していた地球教が潰れた事で縮小するため、地方艦隊のほうも増やす必要がなくなる。

軍縮はまだ出来ないが、それでもかなり楽になるのは事実だろう。


そして、そうなった事で動き出す奴らも増える事となる。

ラップにはそういった事を軍から調べてきてもらうようバーリさん経由で伝えてある。



「それで、何か動きはあったか?」

「はい、経済ではバークレー・ドノバン氏がフェザーンの会社を買い漁っている最中ですね。

 株価が値下がりするタイミングを図っていたのでしょう、ドノバン氏が株を買った会社は値上がりしています」

「なるほどな、しかし、同盟の経済状況でよくそれだけの金をひねり出したな……。

 いや、むしろ動かしていなかった金を動かしたか」

「といいますと?」

「ドノバン氏に限らないが、金持ちってのは収入が少ない時には金を動かさない。

 塩漬けにされた金が景気を悪化させるから、余計に経済が悪化するわけだが」

「……まさか、同盟の経済状態の悪化はそのせいですか?」

「いや、それだけではないさ。他にも色々な問題が重なったのは事実だ。

 だが、一因ではあるだろうな」



大金持ちが景気よく金を使ってくれれば経済が回り、国が活性化するのは間違いない。

上位10人が派手にやるだけで好景気になるだろう。

しかも、上位10人クラスになると金を使っても使った金が色々な会社に恩恵となり、彼らの持ち株の値上がりを起こす。

更には自分が株を持っている会社で済ませれば、ダイレクトに自分の持ち株に影響を起こす上に会社への影響力もあがる。

結果的に、使っても減らないなんて事象が起こったりする。

アメリカ式経済とはそんなものだ。



「それと、フェザーン人の同盟への参加状態ですが、思ったよりスムーズに進んでいます」

「それは何よりだ」

「恐らく、ルビンスキーを丸め込めた事が大きいと思われますが。

 元より商人気質の強い彼らは、商売が出来れば国名はあまり気にしないという者も多いようです」

「なるほどな」

「ただ、やはり地球教との繋がりたあったとされる者達は半分は逃げ出し、もう半分は何とか抵抗しようとしているようです」

「下ってきた奴とかはないのか?」

「いないことはないですが、降ってくる者の数はあまり多くありません。

 また、それらについてもパターンは2つあります、一つは降ったフリをしようとするもの。

 こういうのは、ルビンスキーの協力もあって、あっという間に捕まりますが。

 そしてもう一つが本当に降ろうとするタイプですが、自分の財産の保証を求めてくるため調査が難航しています」

「ふむ」



財産といっても、彼らの持ち物とは限らない。

何せ共同で所有していたものや、主張しているだけのものもある。

帳簿のごまかしなんかはお手の物であるから、まともでない商人はたちが悪い。

同盟にとってもそういう詐欺まがいの商人はいらないだろう。



「精査は仕方ない、しかし、軍の人員だけでは少し厳しいかもしれんな。

 とはいえ、精査する人間が利害関係がある人間かどうかを調べる必要がある。

 なかなか難しい判断になるかと思うが」

「そうですね……」



実際問題、このあたりは既に政治問題であるのでラップにも難しい部分はあるだろう。

実際に指揮しているのは、トリューニヒト、サポートにルビンスキーと言ったところだろう。

トリューニヒトは資金もだが票集めの場でもあるから、色々やっているはずだ。

まあ、行動そのものは薔薇の蕾や各宗教を通じてある程度把握できるだろうから、今はいい。

そもそも、完全を期する事なんか出来ない類の話でもあるしな。



「帝国のほうはどうなっている?」

「実質3つの勢力に分かれています。

 ローエングラム侯爵率いる帝国新政府、ブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム公爵が率いる門閥連合、そして中立派ですね」

「中立派か」

「中立と言っても、ローエングラム侯爵の簒奪行為や焦土作戦の例もあり、帝国新政府には付きたくないようです」

「だが門閥連合にも属していないというのは」

「主導権争いに関わりたくないというのと、最近は彼らにリーダーが出来たというのもあるでしょう」

「リーダー?」

「はい、フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵です」

「はっ!?」

「いえですから」

「いや、うんわかった」

「そうですか、では私はこれで」

「ああ……すまんな」



マーリンドルフ伯爵が中立派のリーダー!?

ああ、まあ確かにラインハルトは簒奪やらかしたから好感度下がってっるんだろうなとは思うが。

中立派は基本的に同盟領土の近くの貴族が中心のはずだろう、なのに、リッテンハイム領を挟んで反対側じゃねーか。

何せ、彼の領地はカストロプ公爵の領土の隣だ。

因みに、カストロプ公爵は今年の5月に帝国に対して反乱を起こし鎮圧されている。

同盟の侵攻開始が8月そして、今は11月に入った所である。

何が言いたいかというと、キルヒアイスがマーリンドルフ伯を救い出した後であるということだ。

それも、ビデオシリーズではキルヒアイスの旗艦にヒルダが同乗していたはず。

有り体に言えば、位置的にも、心情的にも中立よりはラインハルト寄りになるのが普通のはず。

それに、カストロプ公爵領は当然召し上げられているから、マーリンドルフ伯爵領は帝都と直轄地に囲まれている事になる。

非常に裏切りづらい立地のはずだ。


ラインハルトを見限ったのか、それともラインハルトのために中立派の纏め役を買って出たのか。

このあたりはコンビニの情報網でも厳しい、薔薇の蕾は帝国まで手を伸ばせないし、宗教も同上だ。

帝都まではなんとか手が届いたが更に向こうまでは資金的にも人員的にも無理がある。


だが、中立地帯に仕掛けるには情報が不足している。

直接攻める必要はないが、ラインハルトと合流されるのだけは不味い。

そういえば、捕虜交換も現状では難しいはず。

同盟に手を打つにはやはり、スパイなり何かを送り込んでくる必要がある、ラインハルトはどうする気でいる?


病院で頭を悩ませる羽目になるとは。

面倒な事になったな……。






あとがき


同盟に返ってからの話し合い含めた陰謀合戦ですが、なんというか進まない……。

今回はほんと、病院で話をしただけで終わってしまいました。

さっさと進めるシーンのはずなんですが、3話くらいの構成になるかもしれん。

大きな動きがあったせいで、反動が色々でてしまってます。

ラインハルトも少し強化する事になるかもしれません、戦術というよりは技術的にですが。

今までは、ジュージの一方的な原作知識による勝利(?)をもぎ取ってきましたが、これからは厳しいでしょう。

それだけに、ジュージも容赦する事はないでしょうが。



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