帝星オーディンにおいて、ラインハルトは未だ拘束されている。

理由は、やはり簒奪をした事、そして焦土作戦をとって失敗した事が響いている。

なかなか、貴族達や富裕層、果ては国民までもまとめきれていないのが実情であった。

このままでは一段落つけるまでに1年はかかる計算だ。

門閥の後に同盟戦を行うつもりであるラインハルトにとって見れば、この1年は痛い。


同盟が彼の仕掛けでどの程度の間踊ってくれるのかは未知数だ。

彼の警戒するジュージ・ナカムラは艦隊戦そのものが強いという話は聞かないが、小細工にはたけている。

この工作が小細工の類である以上、彼が対処してしまう可能性もあった。



「門閥共がヴェスターラントへ核攻撃を行おうとしている様です」

「そうか、直ぐに声明を出して艦隊を向かわせろ」

「は?」

「直ぐに艦隊を向かわせろと言った」

「しかし、これは好機かと」

「……まあ聞いてやる」

「ありがとうございます」



オーベルシュタインはラインハルトへと、核攻撃を無視した場合のメリットを言う。

それは原作においては受け入れられたものであり、確かに説得力はあった。

しかし……。



「オーベルシュタイン、情勢を見ろ」

「情勢……と申しますと」

「現状、我らは正当性を疑われている立場だ。足場が緩いと言えばいいか?」

「はい」

「そして、もしも我らが知っていて放置したとなればもう二度と信頼を得られないだろう」

「ですが、情報が届いていたかどうか等、知る事が出来る者は限られております」

「そうだな、普通であれば俺も納得しただろう」

「普通ではないと申されるのですか?」



オーベルシュタインは怪訝な顔をする。

何せ、ただ情報を公開しないだけだ、どこでもよくやっている事でしかない。



「そうだ、帝星オーディンにはコンビニが既に50店舗以上存在しているのは知っているか?」

「は、監視をさせておりましたので」

「なら帝国全土においては?」

「正確な数字はわかりませんが、1千は越えていると思われます」

「それらは、全てジュージ・ナカムラの耳の役目を果たしている。

 故に、ヴェスターラントにカメラ衛生の一つくらい送り込んでいてもおかしくない」

「それは……」

「絶対とは言わないが、リスクとリターンが釣り合っていないという事だ」

「は、余計な事を申しました」



実際、そもそも原作でヴェスターラントの事を知っているジュージは周辺にカメラ衛生を10個近く浮かべていた。

ラインハルトはジュージのやり方をある程度把握出来るようになっていたため、対処できたという事だ。

故にこの世界のラインハルトはヴェスターラントの核攻撃阻止を行った。

ミッターマイヤーが駆けつける事でそれは成功し、ヴェスターラントの虐殺はこの世界では起こらなかった。





銀河英雄伝説 十字の紋章


第三十六話 十字、後手に回る。






「なるほど……」



薔薇の蕾の調査結果を取ってきたのだろうアイネが俺にヴェスターラントの事を教えてくれた。

これでよくわかった、俺のやり方をラインハルトが潰してきている。

おそらく今までの俺の行動を研究され、そしてそれに対応する手を使い始めているという事だ。



「アイネ、よく知らせてくれた。

 策が空振ったのは仕方ない、今は正統同盟とかいう勢力について調べてくれ」

「申し訳ありません。薔薇の蕾の引き継ぎに少し手間取っていまして手の者をつけられませんでした。

 これよりは、身辺護衛を続けます。 
 
 調査に関しては、今動かしていますのでお時間を頂けますか?」

「ああ、しかし君は行かなくていいのか?」

「はい、私が受けた命令は近くの手の者に直に伝わります。

 これからはお側を離れる必要は無くなりました」

「はっ、はあ……」



いや、今護衛はゴクウの小隊でやっているんだがな……。

まあ、俺の命の心配が少なくなるのは嬉しい。

俺も銃にはよく撃たれてるしな。

自分でできる用心には限界があるのも事実だ。

原作のヤンの二の舞になる所だったわけだしな。



「ゴクウ、俺の副官のエアニス・フォン・アイネ中尉だ」

「ナカムラ提督護衛第二小隊のゴクウ・プティフィス少尉であります!」

「副官として身の回りを引き受ける事となった、アイネ中尉だ、よろしく」



ちょっと紹介の仕方が気になったがまあ両方とも俺の実績に憧れている節があるからな。

ある意味取り合いをされるのは悪い気分じゃないが、まあ嫁さんもいるのであまり付き合えない話でもある。

それに今から急がねばならない様だ。

一応、リンチ元少将への仕込みは終わった。

グリーンヒル大将にサポートしてもらうはずだからメンバー集めは一週間かからないはず。

俺は残念ながら艦隊戦が出来る状態ではないので、代わりにやって貰う必要がある。


どちらにしろ、敵側の陣容がはっきりしないことには話にならない。

そもそもウィンザーは劣化トリューニヒトでしかない。

彼女が自分で政府の乗っ取りなんて考える事はありえない。

間違いなく、ラインハルトの策だろう。


薔薇の蕾は潜り込んでいる人間が報告してくるだろうが、それだけでは弱い。

コンビニの情報網や十字教の情報も可能な限り集める必要がありそうだ。

幸い、ここは軍部の中枢統合作戦本部だ、軍の情報はここで聞くのが一番だな。



「アイネ、コンビニや十字教へのつなぎは大丈夫か?」

「はい、そちらにも依頼を出す様に言ってあります」

「そうか、なら俺はもう一度統合作戦本部長と話をする」

「わかりました。扉の前までお供します」

「僕も、護衛ですから」

「……わかった」



俺は、またシトレ本部長の部屋へと入る事になった。

もちろん、呼び出しを受けずに入る事はできないからアポはとったが。

まあ、彼も今は俺が必要である事はわかっているだろう。

正直、何度も入りたい部屋ではない。

だが、必要な事だ。



「来たな。ジュージ・ナカムラ大将」

「情報が欲しいのでお邪魔させてもらいました」

「ふっ、相変わらずだな」



彼ならある程度、陣容を掴んでいてもおかしくない。

何せ、被害が真っ先に伝わるのがここだからだ。

相手側に軍が付いていないというのは考えづらい。

政府を名乗った所で、軍事力がなければ制圧は容易だからだ。

ラインハルトの考えである以上、相手側も艦隊を持っていると考えるべきだろう。



「正統同盟の動きですが、私にはほとんど掴めていません。

 おそらく、フェザーンの残党が手を貸していると思われます。

 それに、海賊たちもフェザーンからの出資で動いていたわけですから、必ず参加しているでしょう。

 ですが、それだけで決起させるほどラインハルトは間抜けではないでしょう。

 必ず艦隊を幾つか手にしているはずです」

「ラインハルトだと?」

「はい、政党同盟もリンチ少将の件と同じくラインハルトの策謀であると思われます」

「……」



完全に証拠を掴めたわけでもないが、ほぼ間違いない。

ヴェスターラントの件の事も考えれば、ほぼ確実に俺の策謀が読まれているという事だ。

どういう方法でそそのかしたのかはわからないが、彼らは全て立場的に苦しい者達ばかりだ。

コーネリア・ウィンザーは先の件でフェザーンとの繋がりを暴露され政治家生命を絶たれようとしている。

敵対的フェザーン商人達は取り込んだルビンスキーから捨てられて、財産も半ば没収され青色吐息だ。

海賊はフェザーンか地球教のコマだったわけだから、今は補給を絶たれて壊滅寸前。

ラインハルトはこれらをつなげたのだろう。


だがこれだけでは足りない。

ここまでなら主力殲滅に1ヶ月、完全鎮圧に3ヶ月程度と言った所だ。

当然ラインハルト達が門閥を倒すより早く終わるだろう。

ラインハルトの手がその程度なわけもない。

間違いなく、こちらの艦隊を足止め出来る戦力も用意しているはず。

どこかの艦隊が取り込まれている可能性は高い。



「シトレ本部長、単刀直入に聞きます」

「なんだね?」

「今、艦隊は完全に掌握できていますか?」

「……、今確認している所だ」

「そうですか」



やはりか、確認しているということは即座にわからない艦隊があるという事と同義だ。

まだ確信は持てないが、可能性は高いという事だろう。

何個艦隊が敵側についたのか、どこで蜂起したのかによってかなり差が出る。



「ッ!?」



シトレ本部長の見ていたノートパソコン型のディスプレイの画面に歪みが走る。

通信相手の声もザーザー音で遮られ始めた。

電波妨害……インフラに攻撃を加えられるという事はハイネセン防衛隊が向こう側についたという事。

不味い! 不味い! 不味い!


このままでは、俺たちも統合作戦本部に釘付けになってしまう。

そうなれば、長期に渡って正当同盟とやらに荒らされてしまう。

ヤンもまだハイネセンに来ている(見舞い及び今回の悪巧みの結果)関係上素早く動けない。

となれば、残るはウランフ大将(ガイエスブルグ司令官として昇進)が動いてくれるのを待つしかなくなる。



「ナカムラ大将、君に頼みがある」

「……事態の収拾ですか?」

「その通りだ、君達は一部の人間しか知らない脱出路で逃げてもらう」

「何人連れていけますか?」



俺がこう聞いたのには理由がある。

進軍マニュアル通りなら、恐らく通信妨害が出てから襲撃まで5分から30分。

窓から見える範囲に兵士はまだいないので恐らく10分以上はかかるだろう。

しかし、全員は連れていけない、そしてだからこそシトレ本部長は動かないだろう。

ここに代表者がいなければ、部下達が見せしめに殺される可能性があるからだ。

だから、10分以内に連れ出せる全員というわけにもいかない。

一般の兵士に知らせれば、脱出口に全員が突っ込み結局逃げるより前に見つかるだろう。

追いかけられれば秘密にしていた意味がない。



「君と連れ立って来た者達とグリーンヒル大将は連れて行ってくれ」

「リンチ元少将もいいでしょうか?」

「構わないが、いいのかね?」

「ええ、もうこの際彼には本当の英雄になってもらいます」

「ふふふ、無茶な事を。ともあれもう幾らもしないうちにこちらに陸戦隊がやってくるだろう、急ぎ給え」

「はっ! ジュージ・ナカムラ大将。任務を拝命します!」



俺は、ゴクウやアイネ達を伴い小隊も含めグリーンヒル大将の部屋に向かい急かす。

グリーンヒル大将は逃げ出す事を渋ったが、今は戦力が必要である事をいい付いてきてもらう。

しかし、統合作戦本部にジャミングを仕掛けるという事はかなりの規模が相手側についているという事だ。

だが、同盟軍は被害も原作と比べ4分の1以下に収まっている。

その上、フェザーンを得た事で経済的にも上向きになった。

今の状況でこれだけの反乱が起こるのはおかしいのだ。

いくらラインハルトと言えど、不満のない者を煽る事はできないはず。


俺達は悩みながらも示された機密ブロックで暗号を使い脱出路に入る。

トイレの掃除用具入れの真ん中あたりにあるセンサーに暗号を言うのは多少恥ずかしいが、考えても仕方ない。

そこから地下へとダストシュートで滑り降りていく、俺たちが通り抜けた後は自動で閉まるらしい。

その辺は未来的なのかもしれんが、ともあれダストシュートは途中から横向きになって速度を落とし、20mほどで止まった。

そこそこ大きな踊り場のような所にクッションが敷き詰められていた。

そこから、エレベーターに乗り込み、かなりの時間を中で過ごした。

出てみると艦隊の大規模ドッグの地下入口の一つに出た事がわかった。



「なるほど、いざという時は宇宙に逃げられる様になっていたのか」

「ナカムラ提督、どうしますか?」

「アイネ中尉。可能な限り第六艦隊のメンバーを集められるか?

 リンチ少将の部下の家族達も可能な限り呼んでほしい」

「わかりました、部下を動かします」



正直不味いが、ここでは薔薇の蕾に任せるしかない。

しかし、今回は見事に後手に回ってしまった。

薔薇の蕾のメンバーは今3千人前後らしい、とても全ての情報をカバーできるものじゃない。

だから、調べるものは指定していた。

コーネリア・ウィンザーやフェザーンの地球教に染まった商人達は監視対象の優先順位が低かったため今回は調べていなかった。

主力はリンチ少将や工作員として送り込まれた捕虜を中心としていたのが裏目に出ている。


ラインハルトは明らかに俺をターゲットにした戦略の見直しをしている。

俺ではこれ以上の対処は難しいと言っていいだろう、となればラインハルトに匹敵するブレーンが必要だ。

ヤンやラップは艦隊戦に置いてはラインハルトと互角かそれ以上にやりあえるだろう。

だが、こういった絡め手においては一歩も二歩も劣る。

ヤンならある程度は予測できるわけだが、それとて完璧ではない。

原作において絡め手専門のブレーンは、帝国側にしかいない。

帝国なら貴族的絡め手ブレーンはそれなりにいたりする。

もっとも、オーベルシュタイン以外にまともな絡め手ブレーンがいないのが現状だ。

まあ、どっちにしろ忠誠心高くて引き抜けるもんじゃないが。


やはり、原作外で狙うしかないのだろうか?

一応種は撒いてあるつもりだが、実際には難易度ルナティックだろう。

何にせよ、平行するとはいえメインは内乱への対処だ。

情報さえしっかりすれば、対処はできるはず。


俺達は護衛を引き連れて近くの戦艦に入り込んだ。

ここは第一艦隊、クブルスリー大将の艦隊だ。

あまり親しい艦隊ではないが、彼は稀有な事に中立派の取り纏め役でもある。

強行派(今までフェザーン資金が流れていた派閥、今は半ばこちらに取り込まれている)。

穏健派(主にリベラル派軍人の派閥、彼らは基本的に今の状況で戦争をしたくない)。

この2つの大きな派閥から外れても相応の勢力をきちんと維持してきた手腕は大したものである。

テロに与する事は先ず無いと判断して手助けを乞うたわけだ。



「済まないな、君達も出撃準備に入っているんだろうがここは私の指揮下に入ってもらう」

「はっ! クブルスリー提督とは現状通信できず対処行動に入れなかった所です。

 出来れば救出にご助力いただきたい」

「ああ、それも含めて今は情報と準備を急がねばな」



艦長に頼んで、通信での状況把握を始めてもらう、出撃準備もしてもらう事にした。

状況によっては、急いで逃げる必要が出てくるかもしれない。

何にせよ、状況の把握が終わらない事には何もできないというのが実情だった……。









あとがき


今回はかなり難産でした。

何せ、私自身まだ深く設定を作り込めていないのが実情でしてw

次回までにはなんとか作り込んでおかねばというよーな有様です。

まーこの作品全体的にそうなんですがw

ともあれ、これから暫くは同盟でのテロ対処ってことになりますね。

そこからは、完全なオリジナル展開にするしかないのかも。

何とか頑張らねばと思っております。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.