現在の帝国領土で政治改革を行っても、限界がある事をラインハルトは知っていた。
数の差が殆どない上、技術的小細工で軽々と逆転をこなしてきたジュージ・ナカムラを相手にそれだけで勝てるとは思えない。
だからこそ、要塞級輸送艦をマーリンドルフ伯や中立勢力に作らせていた。
その事で中立勢力からは余計に悪感情を向けられる事となったが、なりふり構っていられなかった。
「ここまで追い込まれるとはな、しかし……包囲は完成した。
後は奇策に惑わされず数の理を活かすのみだ」
オーディン方向においては半壊しかけていたレンネカンプとルッツの艦隊が応援の要塞級及びマーリンドルフ艦隊と合流している。
もっとも、敵艦隊も３個艦隊に増強したので足止めが精一杯だろう。
敵主力はロイエンタール艦隊とワーレン艦隊に要塞級２隻が新たに加わった。
もっとも乗り込んでいる艦隊はマーリンドルフ派だけなので２隻合わせても１万にも届かないだろう。
だが、ロイエンタールならば要塞級を上手く使って時間を稼ぐはずだ。
戦場中央ではヤン艦隊とミッターマイヤー艦隊がやりあっているが、ビッテンフェルト艦隊が１時間もしない間に追いつくだろう。。
足止めを受けたラインハルト本隊とシュタインメッツ艦隊も時間をかければ中央に合流するだろう。
このまま行けば帝国軍の勝利となる。
「だが、それくらいで終わってくれるならばこうはなっていない。
やはりもう一手打つ必要があるな」
そう、ラインハルトはこのまま勝てるとは思っていなかった。
ジュージやラップ、ヤンを甘くは見ていなかったのだ。
故に更なる一手が戦場に現れる事になる。
銀河英雄伝説 十字の紋章
第四十三話 十字、運に任せる。
「なぁ、これに対する手はあるか？」
俺はラップを振り向きながら問う。
このままではかなりまずい、そんな事はラップもわかっているだろう。
致命的とまでは言わないが、数の上では逆転されたと言える。
何よりもラインハルト艦隊がフリーハンドになっているのがまずい。
「今の所は迎撃戦を続けるしかないでしょう。
こちらの優位は高速輸送艦対がフリーハンドである事ですから」
「確かに。ラルフ・カールセンか。彼はなかなかやり手ではあるが」
「作戦そのものは可能な限りの状況について書かれています。
今回の状況も一応ですが予測の範囲ですよ」
「わかった、任せる」
「はい、なんとしても戦力を押し留め逆転してみせます」
そう言ってラップは作戦の通達を開始する。
この状況下では、俺のやれる事はせいぜい偉そうにふんぞり返って、時々命令するくらいだろう。
現状ワーレン艦隊と取っ組み合い状態になっており、ロイエンタール艦隊が包囲を狭めてきている。
本来は貫いて相手の尻につけるつもりだったが、その尻から要塞級が２隻現れたわけだ。
正直この構図では、勝ち目がない。
ラップはなにか手があるんだろうが、俺にはなんとも言えないというのが本音だ。
さっきから、出している作戦は勢いを殺したこちらの艦隊に突破を強行する様に言っているという事だろう。
つまり、包囲が完成する前にワーレン艦隊を貫き、要塞級に突っ込んでいくしかないという事だ。
考えてみれば、この混戦状況で要塞級が主砲を放つ事はできない。
なら、突破しても主砲は取り敢えず気にしなくていい。
特にロイエンタールはラインハルトにとってもかなり重要な臣下だろうから、ここで諸共殺すという事はないだろう。
「スパルタニアン全域展開！ 進行方向の敵艦及び艦載機を削れ！」
このタイミングでスパルタニアンを展開させるか。
確かに悪い手ではない、包囲の完成を妨げる意味でも、進行速度を維持する意味でも。
だが、やはりこれでは練度に差がない限り包囲のほうが早い。
こちらが動きを止めず突破していれば良かったが、流石に要塞級に度肝を抜かれてしまった。
命令系統復活までの数十秒はかなり痛い。
何せ、速度が一度ほぼゼロになった事もあり、実際の到達時間にすれば十数分という膨大なものとなる。
それだけあれば、形成は逆転する。
特にロイエンタールの様な強力な提督にとって見れば大きな隙だろう。
ラップは最善の策を取っているのだろうが、突破する頃には確実に何割かが轟沈ないし航行不能になるだろう。
現状でも既に１０００隻以上の被害が出ている。
全ての戦場において、現在苦戦中になっているのが伝わっている。
ヤンですらミッターマイヤー艦隊の応援にビッテンフェルトの黒色槍騎兵艦隊が来た事で攻めあぐねているらしい。
そのうち、ビッテンフェルトの隙を突きそうな気がするが、スグにとは行かないだろう。
「高速輸送艦隊が敵に捕捉されました！」
「何っ！？ どこの艦隊だ！？」
「よくわかりません！ 高速輸送艦隊からは数千の砲艦による遠距離射撃を受けたという話です」
「砲艦……だと？」
これはバタフライ効果か……俺が有用性を示した結果、要塞級以外にも向こう側で開発される事になったわけだ。
砲艦は作るだけならそう難しくない、ようは戦艦並かそれ以上の砲を駆逐艦か巡洋艦の船体に乗せるだけだ。
固定はしっかりしないといけないため、砲そのものは仰角を変えられず基本進行方向にしか撃てない欠点はあるが威力は申し分ない。
有り体に言えば駆逐戦車とかと同じで安くて威力が高いというメリットが大きいものなのだ。
もちろん欠点も大きいが、そもそもああいうのは正面決戦用ではない、あくまで支援用なのだ。
「ありったけチャフをばらまいて速度に任せて離脱しろ！」
「はっ！ 通達を行います！」
ラインハルトめ……一体どのくらい隠しゴマを用意してくれたんだ……。
「まいったねこりゃ……」
第十三艦隊旗艦ヒューベリオンの艦隊司令は椅子にこしかけながらつぶやく。
ローエングラム侯が思ったよりも多くの兵器を投入してきているという事。
そして、恐らくここで決着をつけるつもりで後先考えずに全力を出してきている事。
今までの動きからそれを理解したヤンは、それでも一発逆転の策を思いつけずにいる。
中立派が通行許可をだしたのはこれのためだったのかと思ってすらいた。
ヤンはミッターマイヤー艦隊と黒色槍騎兵艦隊を相手にして大きな被害を受けず出血を強いていた。
このまでも勝てる可能性が高い構図ではあったが、それまでにラインハルト本隊がやってくるだろう。
現状、ヤンの頭を悩ませているのはまさにそれだった。
「流石に一個艦隊で四個艦隊を相手する気は起きないね。
タイミングをあわせてとんずらすべきじゃないかと思うけど……。
敵さんが逃してくれるわけないよな……」
ヤンはフレデリカに入れさせた紅茶を飲んで一息。
そして、少し考え込む。
普段ムライならここで常識論を唱え、パトリチェフなら陽気に根性論を放つ。
しかし、今回のパトリチェフは少しだけ違った。
「私はジュージ・ナカムラ大将とは同期なのですが。
彼は常にこう言っていました」
「ほう、英雄殿の」
パトリチェフに対し、用事が無い時はよくブリッジに居座るシェーンコップが相槌をうつ。
かなり以外な事であるためだろう、ヤンらも皆パトリチェフに視線を集中させていた。
「先ず最初に相手の土俵で勝負するなら既に勝っているべきだ。
戦い始めて何も手がないのは負けと言っていいと」
「ほう、戦う前から勝っているとは。随分と欲張りな方だ」
「いや、その言葉は古代のまだ乗り物が動物くらいしかいなかった頃の話だ。
文献にあるよ、確か”勝敗は、戦う前に決まっている”だ」
「はい、彼はその言葉を信じ、常に色々な保険をかけて戦争に望んでいます」
「ああ、確かにそういう人だよね」
ヤンはパトリチェフに頷き返す。
実際、用心深い立ち回りをしているのは事実だ。
今回はむしろ、何故こんなに正面から挑んでいるのか不思議でもある。
「ですから、彼の切り札が切られるまで時間を稼ぐのが我々の仕事かと」
「そうだねぇ、なるほど……そういう考え方もあるか。
だとすれば、ローエングラム侯は……」
「そして、こういう言葉も言っていました。
決して相手と同じ戦い方をしてはいけない、と」
「……ははは！
彼はつまり。戦争をしていないということか！
なら僕らも、まともに戦争するわけにはいかないな」
パトリチェフの言葉から真意を汲み取るヤン。
まともに戦争をしない、という事はつまり。
相手を空回りさせる必要がある。
恐らく、この戦争そのものが……そこまでヤンは考え、首をふった。
それはそれとして、正面の敵をなんとかしなくてはならない。
「だが、良いヒントにはなったよ」
「そうであれば何よりです」
ヤンがひらめいたのは、別に難しい事ではない。
心理学の応用であるし、ミッターマイヤーとビッテンフェルトという提督であるからこそ通用しそうな詐欺。
「フィッシャー提督、一つ頼まれてほしいんだが」
「はい」
「徐々に下がりながら戦ってくれ。ミッターマイヤーとビッテンフェルト相手では大変だと思うけど」
「いえ、わかりました。なんとかしてみせます」
「頼む」
ミッターマイヤー艦隊にしろ、ビッテンフェルト艦隊にしろ単独なら既に勝利していただろう。
ヤンにとっては、艦隊戦というのは過去の戦術の応用でしかない。
時間さえかければ二個艦隊も倒せる、しかし、更に二個艦隊が補充されるまでに倒せるかと言えば難しい。
だから、ヤンはいくつかの策からどれを取るか迷っていた。
だが、戦争をする必要はないという事から考えを改める。
「要は足止めをすればいいってことだ。なら何とか出来るよ」
「流石、ミラクルヤンですな」
「そんなんじゃないさ、ただ……ここまで来て負けてやるなんて御免ってことさ」
「そうですな」
シェーンコップの言葉にちょっとひねくれた言葉で返すヤン。
結局彼の手のひらの上かと少し苦笑した。
「ようやく敵の高速輸送艦隊を抑えたか！」
ラインハルトは今まで高速輸送艦隊が、どの程度同盟の勝利に貢献してきたかよく知っている。
だから、高速輸送艦隊の捕捉には全力を上げていた。
ジュージ・ナカムラは艦隊戦で特筆する様な能力こそないが、多数のアイディアを持って凄まじい戦果を上げている。
要塞級もそれらから考えられたものだが、他にもワイゲルト砲という砲艦を多数作っていた。
作りかけの駆逐艦に大型の砲を乗せただけの代物だが、待ち伏せとしては凄まじい威力を発揮する。
「高速輸送艦隊の半数近くを削ったとの事です」
「そうか……その区域に艦隊を向かわせる必要があるな……。
だが、今の状況ではほとんど空きがない……仕方ない、シュタインメッツ艦隊を向かわせろ」
「よろしいのですか？」
「構わん、こちらは直にミッターマイヤーらに合流する」
「はっ！」
ロイエンタールは随伴艦隊であるシュタインメッツ艦隊を高速輸送艦隊の追撃に回した。
高速輸送艦隊にはスリープミサイルで足止めをされたという事実もある。
ラインハルトは最大限に警戒していた。
「後は、最後の詰めだけか」
ラインハルトは現状を考える。
要塞級の大量撃破にヤン艦隊による足止め等、思惑と比べればかなりの被害を出している。
しかし、作戦はほぼ予定通りの動きに推移している。
門閥連合に対してはキルヒアイス率いる３個艦隊が対応している。
帝星オーディンはケンプに任せたが、１個艦隊しか残していない。
理由はキルヒアイスが門閥を止めているからだ。
他の勢力が艦隊を出してくる可能性もあると、止められかけたがその勢力らにも艦隊を出させる事で対応した。
そして、防衛に付く予定であった最後の艦隊はバイエルラインが率いてジュージ・ナカムラに止めを刺す予定である。
「バイエルラインは配置についているか？」
「先程報告がありました！ 配置につくまで後２時間ほどかかるそうです」
「何！？」
「それが……オーディンでなにかがあったそうで、今超空間通信で連絡を入れているとの事」
「オーディンで……だと？」
ラインハルトは混乱していた、この状況下でオーディンに仕掛けられる人間がいるはずがないと。
もちろん、やったのはジュージ・ナカムラであろうことはわかっている。
だが、帝国領土である以上、どこも監視の目が光っているのだから軍をオーディンに到達させる方法はない。
それに、門閥とてキルヒアイスを破らない限りそうそうオーディンにやってくる事はできない。
門閥に同盟艦隊を紛れ込ませる事も不可能ではないが、それとて門閥が同盟軍のオーディンへの突撃を許すはずもない。
「どういう事だ……？」
ラインハルトは答えの出ない問いに懊悩するも、あまり時間をかけていられない事を理解する。
そして、次の瞬間には指示を出していた。
彼にとって何よりも大事な姉の安否を知らねばならないと動き出す。
「バイエルラインには帝星との通信を優先しろと伝えておけ。
我らはこのまま最大加速で、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト両艦隊を迂回し、ジュージナ・カムラ艦隊の背後を突く！」
「ははッ！」
この時、ラインハルトは悪い予感がしていた。
ジュージ・ナカムラがどう策を弄したのかまるでわからなかった。
それ故、ジュージ・ナカムラへの止めを急ぐ事にしたのだ。
もちろん、速度をいくら上げても距離の問題でそれなりに時間はかかる。
バイエルラインの位置は恐らく、ラインハルトより遠い。
ラインハルトは結局これしか無いという現状に歯噛みする。
「ご無事でいてください姉上……」
ラインハルトにとって現状の地位も何も、アンネローゼを救うためだった。
彼女が安心して暮らせ、キルヒアイスと共にゆったり暮らせるならそれが最上だった。
しかし、ラインハルトは地位を上り詰めてしまった。
己もどこまでも上り詰めたいという思いはあったし、キルヒアイスに宇宙を取る事を約束もした。
結局、彼は姉の事よりも、友との夢を取ったという事なのかもしれない。
本人は自覚してはいなかったが。
「閣下！ バイエルラインから通信がりました！」
「どうした！？」
ラインハルトが問い返した時、超空間通信による広域放送とでも言うべきものが展開された。
それは、ラインハルトが見たことがある軍人だった。
かつては部下として、今は敵対者として。
『私は、銀河帝国リップシュタット連盟所属、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将である』
しかし、彼が何故放送を送ってくるのか、全くわからない。
キルヒアイスが門閥連合を受け止めている以上、そんな簡単に抜けられるはずがないのだから。
あとがき
謎と言えるほどではないですが、一応謎を残して今回は終わりますｗ
理由は一応次回ｗ
さて、本作品もそろそろ大詰め担ってまいりました。
恐らく長くとも５０話までは行かないはずです。
多少ぶった切り感があるのは勘弁してくださいね。
私はあまり長い話になると集中力が切れてしまうんですよ……。
なので、帝国側や細かい人物描写がかなり飛んでいます。
きっちりやったら多分百話でも終わらない可能性が……。
そういった訳で色々ご容赦をｗ
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m