城攻めと蒐集と騎士の魂


夕暮れ時の荒れ果てた神社。
尾張の町を見渡せるこの神社には、何ともいえない絶妙な空気が漂っていた。
そこで対峙しているのは、二人の奇妙な出で立ちをした男。

一人は白髪頭で黒い着流し姿だが、両前腕部は刃を集結させたように鋭い金色の異形で、両目の瞳も威圧感の漂う金色になっている。
もう一人は洋装を着込んで腰には大小の刀を差し、顔の上半分は『不忍』とかかれた仮面で隠し、両手には一対の拳銃を持っている。

「貴様・・・・・・何者だ?」
「我刀流二十代目当主、鋼刃介だ。テメェの名は?」
「・・・・・・左右田右衛門左衛門」

二人は互いに名乗りあった。

「我刀流とやら。お前がどのように不可思議な力を持っているかは置いておくとして―――」

右衛門左衛門は刃介の両腕をみつつ、

「今さっき、飛騨鷹比等の最後の身内――容赦姫こと奇策士殿を庇うという意味が理解できているのか?」
「俺の知ったことか」

刃介を咎めるも、当人は一切気負っている感じは無い。

「大体、俺はお前から完成形変体刀を奪取する為に、態々こんな世界にまでやってきたんだ。使える戦力を削られちゃかなわん」
「なにっ、ならばそなた、さっきの言葉は何なんだ・・・・・・?」
「あんた、何言ってるんだ?」

刃介の後ろには二人の人物が居た。

一人は小柄な体を豪華絢爛な衣装で何重にも包み、白髪のおかっぱ頭をした女――奇策士とがめ。
一人は2mはあろう大柄な体で、下半身は紅葉柄の袴だが上半身は裸といった男――鑢七花。

「もっとも、今ここにある二本を手に入れる気は無い。どうせなら、尾張城で纏めて手に入れたいんでね。・・・・・・だから―――」

――シュン!――

その瞬間、七花・とがめ・右衛門左衛門の視界から刃介の姿がブレたかと思うと、そのブレは直ぐに直った。最も、その右手に抜き身の毒刀『鍍』、左手に鞘を持ってなければ、驚くことも無かったろう。

「やっぱこの亡霊刀、変に不気味でヤだな」
「なっ!・・・抜き身の毒刀を持って尚、自我を保っていられるのか!?」

以前『鍍』を抜き身の状態で掴んだことで、四季崎の残留思念に体を乗っ取られた真庭忍軍十二頭領の一人にして鳥組指揮官の真庭鳳凰という前例を見ている分、とがめは刃介の異常性を即座に看破した。

「まさか、毒刀以上に強力な毒を、既に受けているのか?」
「かもしれねぇな。何しろ、両腕だけとはいえ化物の仲間入りしてるわけだしよ」

刃介はとがめの問いに答えつつ、『鍍』を右衛門左衛門に投げ渡した。

「持ってけよ」
「・・・・・・不忘(わすれず)

右衛門左衛門は毒刀『鍍』を受け取り、一言発した。

「お前の行動と言動は憶えて置く。尾張城に乗り込んでくるがいい――その時には私を含んだ一般でない兵達が相手となろう」
「面白いじゃねぇか。それくらいの張り合いがないと詰まらん仕事になるところだったぜ」
「ふっ、言っていろ。――それから、奇策士殿」

呼びかけられ、とがめは体をピクっと反応させた。

「貴女の素性は姫様か私の口から幕府に知れ渡る。政略戦による復讐はもはや不叶(かなわず)」
「くっ・・・・・・」

とがめは心底悔しそうな表情で敵を睨んだ。
右衛門左衛門は視線を刃介の顔へと向けなおした。

「では我刀流よ。後ほどにて会おう・・・・・・殺し合いの場でな」
「ああ」

右衛門左衛門はそういって神社から立ち去ってしまった。
すると、どういうわけか、とがめは俯いて何かをブツブツと呟きだす。

「・・・・・・・・・た。・・・・・・・・・った。・・・・・・わった。・・・・・・終わった」

此の世の終わりの如く、彼女は本当に表情を暗くしている。
その小さな口から出る言葉には、何故か二重の意味を感じてならない。

「何故、・・・・・・なかった?」
「あァ?」
「何故、奴を殺さなかったと訊いている!!」
「と、とがめ・・・・・・」

とがめは、その麗しい顔を歪ませ、七花に対して八つ当たりにも近い言葉をぶつけていた。

「おいおい、とがめさんよぉ。どの道あいつは俺か七花が殺すんだ。遅いか早いかだけの違いだろ?」
「黙れっ、そなたもそなただ。行き成り現れて状況を滅茶苦茶にしおって・・・・・・」
「そうしなければテメェは銃殺されてたのを早速忘却済みですかァ?」
「やかましい!そなた如きに何がわかる!?」

まるで売り言葉に買い言葉だ。

「はぁ・・・いいか奇策士。何が原因かは知らんし、俺が此処に来る前から、お前が戦犯の娘である事は割れちまってる。そうなった今、残った復讐方法は、俺達の利害関係を一致させる物になるとは思わないか?」
「つまり・・・・・・真正面から堂々と、力技で尾張城を落とす?」
その通り(Exactly)

英語を知らないとがめと七花は若干首を傾げるが、口調や雰囲気から意味を汲み取ったらしい。

「だが、その前によ――お前の腹ん中にあるもんを全部吐き出しとけ。いざって時に奇禍にでくわしたら最悪だしな」

刃介は背を向けて「俺は先に準備してんな」といって階段を下りていった。
おそらく刃介なりに気を遣ったのだろう。

とがめは七花を座らせ、自分は立ったままでいる。
身長差を合わせる為だろうか、とがめと七花は同じ目線となり、とがめの一方的な独白が始まる。

「七花、この際だから正直に言おう・・・・・・私は最低の人間で、そなたに言ったこと――腹心にするというのも全て嘘だ」

そこから更に、

「刀集めの旅が終われば、私はそなたを殺すつもりであったよ」
「・・・・・・っ!」
「背中からでも、閨の中でも、適当な刃物で刺すも良し。あるいは死ねと命令するのでも良かったかも試練。今まで通り、人間関係を崩すつもりだった」

腹心にするのも、共に正確無比な日本地図を作成するのも、ずっとこれからも旅を続けるのも――全ては嘘であり欺瞞。

「父を殺した虚刀流の技――我が眼前で父の首を刎ねた虚刀流・・・・・・はっ、許せるわけがなかろうが」

奇策士とがめとはそういう人間だ。
計算ずくでしか生きられない。

「世代も交代しての七代目だから、そなただから許そうとした気持ちも、私にとっては駒だ。そなたを駒でないと思った気持ちも、私にとっては只の駒だ」
「じゃあ、俺が得た――俺がこの一年で得た喜怒哀楽って、一体何なんだよ!あんたから教えられたこの感情は、なんなんだ!」
「言ったろう、駒だ。喜びも怒りも哀しみも楽しみも、全て私の駒だ。制御するに値しなお、取るに足らない代物だ。感情は使いようによっては武器にもなる、ということだ。それはそなたも、充分に学んだであろう?」

とがめは極力表情を消し、七花に残酷な事実を教え込む。

「そなたと一緒に、如何に楽しく嬉しい時間を過ごそうと、私は変われなかった。――変わろうと思ったが、結局は変われずに、復讐しかなかった」
「他に、無かったのかよ・・・?あんたの人生は復讐しかなかったのなら、あんたの人生は何の為にあったんだよ!?肉親も知り合いも全員殺されて、散々酷い目に遭ったってのに、どうして自分の幸せを掴もうとしなかったんだよ!バカじゃないのか!?」

七花は大声で叫ぶ。
彼の目尻からは一滴の雫が見えている。

「全く持ってそうだよ。私はどれだけ愛されようと、どこまでも自分勝手で自己中心的で、復讐以外のことは何も考える事ができず、死ななければ治らない様なバカで、そなたを散々道具扱いし――酷過ぎて何の救いもないような、本来は死んで当然の女だけれど・・・・・・それでも」

とがめは一言だけ、正真正銘の本音を語る。
ゆっくりと、七花の顔と自分の顔を近づけながら。

「私はそなたに、惚れてもいいか?」

二人の唇は優しく重なった。





*****

閑話休題―――アルトリア。

「・・・・・・・・・・・・」

夕焼けの陽光も垣間見る程度になり、夕闇の時刻となった。
アルトリアは黒いゴスロリ服姿で、人気のない屋敷町の路地裏を歩いていた。

「・・・・・・ジンスケ・・・・・・」

呟くのは、自分と対等の力を持ち、誇り(プライド)より利益(テイク)を選ぶ男の名前。

「・・・・・・欲望、か」

霞むような声でまた呟く。
彼女自身の、偽りの心身を構成しているオーメダルの原材料であり、彼の原動力。

「そろそろ夜だが、あの男・・・・・・どこで決闘を行う気だ?」

何か大きな合図でもあれば直ぐにでも直行しようとせんばかりに、アルトリアの気合が妙に満ちていくのを、本人も感じ取っていた。

「何だかんだ言って、やはり私は奴に興味があるということか」

アルトリアはそうして足を動かし続ける。
何処に居るとも知れない最高の敵の狼煙を待ちながら。





*****

月が空の真上に昇る時刻――尾張城の正面の城門。
それは余計な装飾などなく、ただただ強固であることに特化し、軍隊がやってこようと容易には突破できないつくりとなっている。そんな巨大な城門の前には、長槍を持った門番が二人居る。
もっとも、門番などは形式的なお飾のようなものだが、今夜において――そのお飾振りは際立ったと言えただろう。

「ほっほ〜。遠くで眺めた時もそうだが、お城ってのは存在感MAXだな」

などと陽気なことを言いながら城門に近づく男が一人。
白い髪の毛を頭から生やし、何処となくダークな印象を覚える二枚目の顔立ち――服装は黒い着流しと黒いズボン。
その両手には何も持っていないし、腰や背中に武器を帯びているわけでもない。

「おい貴様、なにをしている?」

門番は当然、近づいてくる男を制止する。
だが次の瞬間に、門番二人はただの一撃で沈められた。

武器の無い手ぶらだから、という印象に油断させられた。
まさか、尾張城に攻め込んで切る男が、こんな軽装でやってくると誰が思うのだろうか?

白髪の男は、城門の前に立つと、一言呟いて拳を叩きつけた。

柳緑花紅(りゅうりょくかこう)

ドン、という音が聞こえた。
一見、城門自体には何の傷も見当たらないが、ただ唯一の例外である閂が粉砕されていた。
まるで衝撃をそのまま門の向こう側に透過させたかのように。

男はそのまま城門を蹴破る勢いで抉じ開けると、そのまま堂々とした佇まいで城の敷地内へ踏み入った。

「おーい、そろそろいいぜ」

男は誰かを手招きする。

「まさか、七実のようなことが出来る流派があったとはな」
「俺も今日はびっくり仰天の大盤振る舞いだぜ」

現れたのは、何時もの豪華絢爛な衣装を纏った小柄で白髪のおかっぱ頭をしたとがめ―――下半身には黒い紅葉柄の袴で、裸だった上半身には血潮に染まり果てた、丁度とがめが今着ているのと同じデザインの着物を羽織った鑢七花だ。

何故こんな格好をかって?
刃介が七花の無防備極まる格好を憂い、とがめの予備の服を拝借して、セルメダルの力が濃く混ざった自分の血液をタップリ流しこんで一種の擬似装甲にして着せたのだ。
七花は上半身裸のほうが動き易いといったいたが、そこはとがめの鶴の一声で従った。

刃介が虚刀流奥義を使ったことに若干驚いたが、ここに共同で攻め込むと持ちかけた際、我刀流が800年間なにを特化させたかを聞いていたので、パニックになるようなことはなかった。

「この程度はまだ大したことじゃねぇ――あくまで只の物真似だ。本当のお楽しみがこれからだ!」

白髪の男――鋼刃介は、ブライドライバーを装着し、懐から緑色のメダルを三枚取り出してセットした。
そして―――!

「変身!」

≪KABUTO・HACHI・INAGO≫
≪KABU・KABUKABUHACHINA!KABUHACHINA!≫

カブトムシの一本角が雄々しい頭、蜂の針が鈍く光る腕、イナゴの身軽そうな脚。
その全ては緑色で彩られた昆虫系のカブハチナコンボ!

その固有能力は、最大100体までの多重分身ことシノビディバイド!

「んな・・・・・・!?」
「そ、そなたは・・・・・・!?」

これには七花もとがめもびっくり仰天だ。
目の前に現れた仮面ライダーブライは、余りにも規格外で、人智を越えた存在なのだから。
おまけにそいつが行き成り100人の分身すれば尚更だ。

「オメェらはそこで待ってろ。テキトォに俺一人で、雑兵を始末してくるからよ」

そのブライの一言を皮切りに、一方的虐殺(ワンサイドゲーム)が始動してしまう。

そこには勝ち負けの一言さえ存在しない。
ただただ攻撃し、ただただ殺される――当たり前な事が地獄を蹂躙する劫火のように広がった。
城の庭に居た雑兵は何百人という大所帯で、ブライの100という数字の数倍だ。

しかし、人間の数十倍数百倍の能力値を誇る仮面ライダーにとって――ましてやそれが100人に増殖すれば、そんな数の差など何の苦にもならない。寧ろ物足りないくらいだろう。
兎にも角にも、七花の腕一本さえも要らないほどに、雑兵たちは殺戮の餌食となった。

ある者はイナゴレッグの脚力で骨を砕かれ、ある者は虫刀『釘』に皮膚と内臓を串刺しにされ、ある者はカブトホーンからの雷撃に身を焦がされた。―――何の遠慮も躊躇もなく、只管に殺す事だけに動き続けるブライは、血潮さえ浴びることなく小石程度の障害物を跳ね除けていく。

そうして、三十分だか一時間だか経過した頃、尾張城の敷地の屋外に居た雑兵全てはただの屍と言う物体と化していた。
立ち向かった者は殺した、怯えていた者も殺した、逃げ惑う者も殺した、命乞いする者も殺した。
その惨状の元凶は、100から1に戻り、何の人間味も無い一本の刀としか言えない存在となっていた。

死人の数は容易に五百を越えていて、辺りには血の充満した臭いと肉の焦げた臭いで一杯だ。
流石にこれだけやれば、一般兵などでは如何にもならない――いや、人間では如何にもならないと諦めて、素直に十二本の完成形変体刀を譲渡してくれれば助かる、というのがブライの考えだった。

だがしかし、何もかも予想通りには行かない。

『我刀流』

不意に聞こえてきた男の声。
その方向を頼りに顔を動かすと、寂れた木の枝に一匹の烏が止まっている。

不有得(ありえず)――こんな状況は有り得ないと確信していたが、まさかこのようなことになろうとはな・・・・・・貴様の実力を見誤りすぎたらしい』
「右衛門左衛門か?そいつは忍法・・・・・・口寄せの術だっけか?」

念のために述べておくと、本来口寄せの術とは、犬猫や鳥を媒介にして他者に話しかけるモノであって、召喚魔術っぽいモノではないのだ。

『相生忍法――声帯移し』

右衛門左衛門はすぐさま、自分なりに訂正する。

『一般兵とはいえ、既に五百人以上が片付けられた今、以前言った通りに貴様は私を含む十二人の相手をしてもらう。虚刀流と奇策士殿と一緒に来るがいい』
「天守閣めがけて直進ってか?」
『そうだ。お前らなら確実に来るだろう。尤もそれは、大御所様にとって嬉しからぬ話だろうがな』

烏はそれを最後に主人の言葉を伝え終えたのか、そのまま空高く飛び去ってしまった。
それを無視するように、尾張城の天守閣を見上げながら、ブライはぼやく。

「ああ・・・・・・かったるい」





*****

尾張城の天守閣へは、右衛門左衛門が述べたとおり、十二の部屋に其々居る刺客を倒し、十二の階段を昇らねばならない。
その最初の戸を開ける前に、ブライはこういった。

「七花、とがめ。兵隊の掃除は俺がやる。お前等は十二番目と将軍の首だけに集中しろ」
「おうよ」
「言われるまでも無い!」

ブライは二人の意思を確認し、コアメダルを取り替えてスキャナーを走らせながら襖を蹴破る。

≪ZEUGLODON・MEGALODON・TACHIUO≫
≪ZE・ZE・KZEMETA!ZE・ZE・ZEMETA!≫

ゼウグロドンの頭、古代鮫(メガロドン)の腕、太刀魚の脚。
青き水棲の覇者、ゼメタコンボ!

「こんばんわ」

ブライは旧友の家にでも遊びに来たかのように、目の前にいる男に語りかけた。

そこにいたのは、妙に鋭い目付きと前髪を不揃いに垂らした上、顔の下半分を鬼の面で覆った男。

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、般若丸(はんにゃまる)

男の手には――絶対の堅さを誇る、折れず曲がらず錆びない、鞘を必要としない三尺以上の直刀。
完成形変体刀が一本、絶刀『鉋』―――!
かつての所有者は真庭忍軍十二頭領が一人、『冥途の蝙蝠』こと真庭(まにわ)蝙蝠(こうもり)

「我刀流。お前の実力は表の連中の悲鳴が教えてくれた。だからこそ、俺はお前に対して遠慮はしない――初めっから全力でいかしてもらう」
「ほざいてろよ、常人風情が」

ブライは両手を少しあげて、やれやれといった感じにしている。

「好い気になるなよ怪物が!――報復絶刀(ほうふくぜっとう)!」

気迫と一緒に突き出された刀の切っ先。
ブライは何の恐れもなく、自分を突こうとする『鉋』の刀身を強引に、力技で受け止めた。

「え・・・・・・えええ!?」

自分の全力があっさりと破られ、般若丸は驚くしかない。
ブライはこれまた強引に『鉋』を奪い取ると、そのまま・・・・・・。

「あばよ。――蒲公英(たんぽぽ)

まるで、自分を刺し貫こうとした般若丸への報復とでも言うかのように、ブライの貫手は般若丸の鬼の面・・・・・・つまり口腔内に突撃し、そのまま彼の後頭部へと出た。
当然、凄まじい出血でブライの片手を汚しながら。

「一本目」

ブライは手を抜き、血を拭き取ることなく、絶刀『鉋』をとがめに投げ渡す。

「次、いくぞ」

二人の意見さえ聞く前に、ブライはそうして上の階層に上っていく。

絶刀『鉋』――蒐集。





*****

二番目の部屋には、上へ続く階段を陣取った男が居た。
坊主頭で髭面、僧衣を纏った男で、その手には一本の刀がある。

此の世の物を全て斬れると言われる斬刀『鈍』。
かつての所有者は下酷城の主、宇練(うねり)銀閣(ぎんかく)

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、鬼宿(おにやどり)不埒(ふらち)

ブライは名乗った不埒のことなど大して気にも留めず、ゆっくりと階段に近づく。

「てめぇに使いこなせるのか?」
「・・・・・・侮るなよ、異形の者」

不埒は静かに言う。

「・・・・・・教えておくが、ここに来るまでにわしは既に五人の人間をこの刀で斬っておる。それがどういうことかわかるか?」

居合い斬りにおいて最も重要なのは、如何に刀身と鞘の摩擦を減らして、勢い良く斬撃を放つかだ。
鞘内と刀身が血で濡れていれば、摩擦係数は格段に落ちる。

「つまり、『斬刀狩り』の条件が整っているということよ――わしの刀は今、音速を超える!」
「あっそう」

ギシ、という音をさせながら、ブライは無遠慮に階段を踏み出す。
それと同時に、不埒は鞘から刃を抜き放った。
チャリ、という音がしたと思えば、既に相手を斬っているという、音さえ置き去りにした攻撃を行った。

だがしかし、

――バシャーーン!――

「え・・・・・・なっ!?」
「あ、あれって・・・・・・!?」
「何でもありだな・・・・・・」

ブライは斬り付けられたと同時に、液体となって飛び散った。
ゼメタコンボの固有能力である液状化によるものだ。
ブライが態々ゼメタコンボになったのは、こういう予測不能な攻撃に対する保険の意味が強かった。

「百花繚乱」

液状から実体に戻ると同時に、ブライは不埒に膝蹴りをお見舞いする。
太刀魚レッグについた魚刀『鋒』によって、必殺となった一撃を顔面に。

「二本目」

顔の無い屍を見下げながら、ブライは『鈍』を拾ってとがめに投げ渡す。

斬刀『鈍』――蒐集。





*****

三番目の部屋――そこには兎に角、千本の刀で溢れていた。
同じ外観、同じ質量、同じ切れ味といった、完全同一の刀が千本。
それが千刀『?』――かつての所有者は三途神社の長にして千刀流の使い手、敦賀(つるが)迷彩(めいさい)

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、(ともえ)(あかつき)

片目に眼帯をした女はそう名乗って、千刀のうちの二本を手にしている。

「こんな場所じゃ、寧ろ邪魔のように思うが?」

ブライは周囲に目をやりながら思う。
床にも、壁にも、襖にも、部屋のありとあらゆる場所に刀が突き刺さっていて、奥の場所以外は足の踏み場さえない。

「ねぇ怪物、千刀流っていうのは意外と由緒正しい剣法でね――そんなに有名ってわけじゃないけれど、でも使い手が皆無と言うわけじゃないのよ」
「テメェも使い手ってか」
「そう・・・・・・そして千刀巡りを、付け焼刃ではない完全なものとして扱える」
「下らねぇなぁ」

ブライは飽きたように右の掌底を巴の胸の中央に狙いを定めて、

「鏡花水月――チェインハンドVer.」

――バシュ!――

呟いたと同時に、ブライの右前腕部はコレまでの比ではい速度で飛んだ。
鎖で本体と繋がった右前腕部は、正確無比に巴の体を心臓ごと壁に叩き付けていた。
当然、周りの刀には害のないようにだ。

「三本目」

ブライは心臓を潰された巴と、血塗れた右手を見ながら呟く。

「ここで一度、纏めて転送するか」

左腕に次元並行移動装置(ディメンショナルムーバー)を装着すると、早速セルを四枚投入。

「とがめ、刀こっちに寄越せ」
「ああ」

とがめは素直に『鉋』と『鈍』を投げ渡す。
ブライはそれを受け取り、それと同時にスキャナーを走らせた。

≪QUADRUPLE・SCANNING CHARGE≫

それの発動で、部屋全体は凄まじい光で満たされた。
そして、その光が治まる頃には、其の場にある刀すべてが消失していた。

「か、刀が消えた・・・・・・どこへやったのだ!?」
「異世界」
「「――――――」」

何の迷いもなく言い切ったブライに、二人はもはや突っ込む事さえ諦めた。
あまりにぶっ飛んだ発言と言うのは、時に人をそうするものだ。

千刀『?』――蒐集。





*****

四番目の部屋。
そこにあったのは、薄刀『針』。

あまりに薄すぎる為、針のような軽さであり、向こう側が透けて見える硝子細工のような繊細さと美麗を誇る脆弱な刀。
かつての所有者は、剣聖と呼ばれた堕剣士こと(さび)白兵(はくへい)

「家鳴将軍家十一人衆が一人、浮義(ふぎ)待秋(まつあき)

総髪の髪の殆どを後ろに流した男は名乗り、刃をゆっくりと抜刀する。

「我刀流、お前を倒した後には、虚刀流を倒すとしよう」
「なに?」
「虚刀流が巌流島で倒したという錆白兵は、僕の好敵手だったのさ。互いに技術を高めあった仲だ。友人とはいえなかったが、それでもあいつが幕府に居た頃は、よく一緒に行動したものさ」

浮義は悠長に想い出を語る。

「別に仇討ちってわけじゃないが、錆を倒した虚刀流を倒すことで、僕は初めて錆を越えられる」
「んな望みは実現したりしねぇよ。お前は(ブライ)にさえ勝てないんだからな」
「はっ、ほざけよ!」

浮義はそこで会話を打ち切り、ブライに特攻してくる。
その速度は重さなど1Kgにも満たない薄刀故か、いや、それでも浮義の速度は尋常ではない。
これはかつて、錆白兵が用いていた自由自在の高速移動方――爆縮地!

ブライがそれを盗見取る頃には、浮義はブライの真上にいた。

薄刀(はくとう)開眼(かいがん)!」

振り下ろされた一振り、それはブライを真っ二つにする筈だった。
しかし、刀身はブライに届かず終い。

「えっ・・・・・・なんで?」

浮義本人もそう零してしまう。

「完全な軌跡を描いて振らねば砕けるほどに脆弱な刀。そいつを普通に使う分の技量は心得てるらしいな。尤も、鍔を掴まれなきゃカッコ良かったかもしれないが」

ブライの言葉どおり、薄刀の鍔は彼の指によって掴まれていた。
当然、刀身がそれ以上進むことなど無く、浮義は完璧に手段を潰された。

「花鳥風月」

『針』を取り上げると同時に、ブライは必殺の貫手を浮義の胸に目掛けて突き刺す。
結果、浮義の心臓は破壊され、力なく床に伏した。

「五本目」

ブライは刀を鞘に納刀し、とがめに渡して次へと進む。

薄刀『針』――蒐集。





*****

五番目の部屋。
そこの中央には巨大な銀色の甲冑があった。
正確に言うと、巨大な銀色の甲冑を纏った男というべきだろう。

全身銀色の重厚な鎧――西洋甲冑を模し、全身の彼方此方に刃が仕込まれている。
頭には鯱や鯨、右肩には鋭くて巨大な巻貝型、左肩にはヒトデ型の装飾というなの凶器で犇いている。
どう考えても2m30cm以上あるこの甲冑を着こなすには、それに見合った巨体と力強さが要る。

かつてこの賊刀『鎧』を所有していたのは、鎧海賊団船長の校倉(あぜくら)(かなら)

「家鳴将軍家十一人衆が一人、伊賀(いが)甲斐路(かいろ)

名乗ったと同時に、ブライは男の正体を看破した。

「伊賀忍者か・・・・・・だったら、そいつを着込めるのも、お得意のアレかな?」
「おうよ、これぞ伊賀忍法――筋肉騙し」

忍者は潜み隠れるもの。
そんな忍者が、誰もが見上げる大柄で良い筈が無い。

かつては自分の筋骨隆々とした肉体を武器に真庭拳法を究極まで推し進めた男、初代真庭蝶々のように己の巨体さを逆手に取るような忍者が伊賀にいるとは思えなかった。
幾ら前例があっても、そんなことをする変わり者は個性派揃いの真庭忍軍だけだろう。

「文字通り、全身の筋肉を萎縮・膨張させて身長や体格を変化させるってとこか」

ブライはふむふむ、といった感じで相手を見やる。

「言っとくが、俺は校倉とやらのように、鎧の防御力に頼って油断したりしねぇ!捕まる前にお前の体を、ブッ貫いてやるぜぇ!」
「ああ、それ無理」

それと同時に、甲斐路は全力疾走で突撃するも、ブライのほうが一枚も二枚も三枚も上手に当たる。

「忍法――夢幻惑い」

黄色いクジラアイは、その一瞬だけ虹色に変化を遂げる。
甲斐路はその直後、急に減速して立ち止まってしまった。

「死体付属のなんて薄気味悪ぃし、さっさと退場してもらうか」

再び虹色の眼光は強くなり、甲斐路は命じられることなく、さっさと賊刀を内から開けて本性を見せた。
筋肉騙しで大柄になったこと以外は、一般的な忍び装束で顔と体を覆い隠した普通の忍者だ。

「柳緑花紅」

虚ろな目をした甲斐路の腹部に、ブライは容赦なく拳を突きたてた。
すると彼奴の内臓や骨はたちまち、表現できない状態と化し、口・鼻・耳・目といった箇所から血液を吹き出して死んでいった。

「七花、『鎧』を運んどいてくれ」
「あ、ああ。それが良いけどよ、さっきのはなんだ?」
「前に戦った忍者から盗んだ幻術の一種」
((どんだけ反則的・・・・・・?))

七花もとがめも、いかにブライが無双なのかを思い知らされる。

賊刀『鎧』――蒐集。





*****

六番目の部屋。
そこには運搬する事さえ困難な凄まじいまでの、落とせば自重によって地面に減り込む程の超弩級の重量をした、上下の区別さえ曖昧な無骨な石刀こと、双刀『鎚』。

かつての所有者は、凍空一族の怪力を受け継ぐ少女、凍空(いてぞら)こなゆき。

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、真庭(まにわ)孑々(ぼうふら)

袖を切り落とし、全身に鎖を巻いた忍び装束を着込んだ男はそう名乗る。

「話によると、真庭忍軍は反逆したって聞いたが」
「お生憎、僕の二百年前のご先祖様は真庭忍軍から抜け、現将軍家にだけ忠誠を誓ったそうですよ」
「それはそれは―――伊賀といい真庭といい、廃れようが離れようが、忍者と組織ってのは切っても切れないらしい」

ブライは溜息でも吐くように言うと、もう一言追加する。

「足軽だよな」
「ええ、真庭忍法――足軽です」

自分と自身が触れた物の重量を消失させる歩法の忍術。
それならば双刀を苦も無く持てるのも頷ける。

「んー・・・・・・まあいっか。さっさと始めようぜ」
「言われずともそのつもりです」

孑々は勢い良く走り出し、距離が詰まったところで、刀身に当たる部分を持ち手として持ち帰る。
そこから、

双刀之犬(そうとうのいぬ)!」

柄にあたる部分で強烈な打撃をお見舞いしようとするが、ブライはそれを普通に受け止めた。

「えっ・・・・・・あれ?」
「忍法足軽で重さ無くしていいのは運ぶときだけだろ?」

その圧倒的重量を味方につけてこそ、『鎚』は威力を発揮する。

「折角の利点を潰しやがったな」
「し、しまったっ!」
「もう遅いって」

ブライは容赦なく孑々から刀を奪い取って上方に投げると、

錦上添花(きんじょうてんか)

両の手刀によるニ刀流は、一瞬にして孑々の両肩から噴水のように血を吹き出させた。

「六本目」

床に騒音を立てて落ちるソレを拾い上げながら呟く。
流石にこればかりは七花にも運べないので、ブライ自身が持ち運ぶ事にした。

「やっぱ、リュウギョク以上の忍者となると、その辺に転がってる訳じゃ無ぇよな」

双刀『鎚』――蒐集。





*****

七番目の部屋。
中に入ると、そこは一本の刀から発生する雷電の光に満ちていた。

悪刀『鐚』――所有者の胸の中央にある心臓に、電極の如く突き刺すことによって、溜め込まれた雷電の力で肉体を活性化させ、過労も死亡も許さない苦無型の凶悪な一振り。
かつての所有者は、七花の姉にして鑢家家長――そして現在は刃介にとっての虚刀『鑢』であり恋人たる、此の世全ての才能を有した天才・鑢七実。

「家鳴将軍家十一人衆が一人、胡乱(うろん)

奇抜な意匠の眼鏡をかけた男は、心臓にさした『鐚』の効力によって体中に血管を浮かび上がらせている。――さらには拳法の構えまで取ってだ。

「我刀流よ、知ってるか?この悪刀『鐚』を以前使っていたのは、お前の後ろに居る虚刀流の姉だそうだ。しかし、病弱で愚かなその女と、俺のような健康優良な戦士が使うのとでは、同じ『悪刀七実』であろうと、その実体はまるで違う意味合いだ。――俺は真に不死身の戦士だ」

胡乱は自信満々に言い張った。
それがブライの怒りを買うとも知らずに。

「貴様なんぞに、七実(あいつ)の何がわかる?」
「あん?」
「・・・・・・まあいいか。兎にも角にも、貴様には地獄の責め苦を味い続けてもらうとしよう―――爆縮地」

ブライは一瞬で胡乱の眼前に移動し、無理矢理『鐚』を胡乱から引っこ抜いた。

「なっ・・・・・・!」

そして、

「雛罌粟から沈丁花まで、打撃技混成接続」

合計で二百七十二回の打撃技。
その全てを余す所無く受けさせられた悪刀『鐚』なしの胡乱は、死んでも尚殺し続けられる、まさに地獄の責め苦を味合わされ続けて滅された。

「七実をバカにした罪と罰って奴だ」

静かな怒りを納めつつ、ブライは呟く。

「七本目」

悪刀『鐚』――蒐集。





*****

八番目の部屋。
そこにあるのは大型の一台の人形。
現代科学でも未だ研究中であろう高性能な戦闘機能と、半永久的な太陽光発電、二百年にも渡って稼動してきた自律式のカラクリ人形。作り手である四季崎記紀の工房がある江戸の不要湖に近づく者を容赦なく殺してきた殺人人形。

四本の腕と足をした女性型人形の名は微刀『釵』、またの名を日和号(びよりごう)

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、灰賀(はいが)(おう)

豊かな髪を左右に振り分け、着物を着崩して胸の谷間を見せている妖艶な女は名乗った。

「なんかもうかったるいし、早くかかってきてくれ」
「あら、随分気の早い人なのね。だったら先手はもらうわよ。日和号の設定はとっくに変えて。私の命令にだけ従う可愛いお人形さんになってもらったことだしね」

灰賀はそういって、両手に鉤爪を装備し、日和号共々上方へ舞い上がる。

『微刀・釵』

日和号はパクパクと口を動かして女声の電子ボイスをならし、四本の手に持っていた刀を棄てると、今度は逆立ちの体制になって四本の足をプロペラのように高速回転させて浮き上がった。

『人形殺法・微風刀風』

所有者共々ブライに襲い掛かる日和号。

「液状化」

――バシャーーン!――

「なに・・・・・・!?」

ブライは液体になって攻撃をかわすと、素早く灰賀の全身を水の状態で覆った。
今の灰賀は陸に居ながら溺れさせられようとしている。

『選択肢をやる。このまま溺死するか、日和号を停止させるか』
「わ、わかっ・・・・・・わかった!日和号、とま――停まりなさい・・・・・・!」

主人の命に従い、日和号は動きを完全に停止。
灰賀はこれで助かると思ったが、実は大間違いだった。

『ありがとよ。んじゃ、さようなら』
「っっ!?」
『先に言うと、俺はさっきの選択肢でお前の命については触れてない』

徹底的な非常振りをみせ、ブライはそのまま彼女を溺死させた。
液状化をとき、運んだ変体刀をさらにもう一纏めで転送する。

「八本目」

≪QUADRUPLE・SCANNING CHARGE≫

微刀『釵』――蒐集。





*****

九番目の部屋。

流れるような木目の木刀――使い古されているようで真新しい、二重の印象を受ける木刀。
斬れもせず、さして丈夫でもないが、その効力は所有者の精神から毒気を抜く解毒効果。
簡単に言えば、持ち主を真人間に変える力があるのだ。

王刀『鋸』――かつての所有者は心王一鞘流(しんおういっそうりゅう)十二代目当主、汽口(きぐち)慚愧(ざんき)

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、墨ヶ丘(すみがおか)黒母(こくぼ)

何かに怒ってるようなキツイ表情の男は、厳しい顔つきのまま王刀を握っている。

「我刀流。お前の名は何だ?出来れば本名で呼びたい」
「馴れ馴れしいな、お前」
「そういうな。実際のところ、私はこのような戦いに意味があるとは思えない」

色んな意味で禁忌じみた台詞を口にする墨ヶ丘。

「王刀楽土というのであろう?この刀を手にしたとき、ひどく穏やかな気持ちになった。尾張一の獰猛者として知られたこの私が、お前らを見逃してやっても良いと思うほどにな。――どうだ?その異形の力、天下国家の為に活かすのならば、私が大御所様に口を利く」

そんな妙な問いかけに、ブライは当然のようにこう答える。

「俺にとっては意味のある殺しだ」
「そうか・・・・・・ならばせめて一撃で殺してやろう」

墨ヶ丘は上段構えから一気にブライへ詰め寄り、喉を一突きしようとしたが、

――バゴっ――

「イッテェなぁ」

全身を装甲で包んでいるブライには意味の無い攻撃。
ブライはお返しとばかりに、墨ヶ丘より刀を奪い上げると、そのまま片足を上げて、

「奇麗事は他所でやれよ偽善者が」

左足で回し蹴りを決めると、次は右足でかまし、墨ヶ丘の体は襖へと吹っ飛ばされ動かなくなった。
まあ、蹴りが決まった際、バギッ!だのグチュ!だのという音が聞こえたのだからしょうがない。

「だがまぁ、今の口ぶりだと、とがめの秘密はまだ明かされてないようだ」

ブライはそう言いつつ、無傷の刀を拾い上げてとがめに投げ渡す。

「九本目」

王刀『鋸』――蒐集。





*****

十番目の部屋。
そこにあるのは、刃のない鍔と柄だけの刀が在った。
銘を誠刀『銓』――己を斬る刀、己を試す刀、己を銓る刀・・・・・・つまりは無刀であり、此の世で最も誠実な刀。

かつての所有者は見るものによって容姿と性格を変える齢三百五十の仙人、彼我木(ひがき)輪廻(りんね)

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、皿場(さらば)工舎(こうしゃ)

頭に鉢巻をして法被という動きやすそうな服装をした小柄な女は名乗る。
その表情にはどことなく、諦めと後悔が混じっていた。

「流石にこれ、どうしようもないんですけど・・・・・・貴方達にわかります?こんなけったいな物を渡されて戦えって言われる気持ちが?幾らなんでも忠誠心が尽きますよ」
「だったら、せめてソイツを投げて攻撃すれば?お前どう見ても格闘向きの体してないし」
「ほかに方法も無さそうなので、そうさせてもらいます」

皿場はあっさりと了承して投げやりな感じに刀を放る。
ブライはパシっと刀を掴むと、そのまま床に落として皿場に近寄り、

「飛花落葉」

両の掌を合わせて喰らわせる奥義を発動し、一発で皿場を沈めた。

「ふ・・・・・・不幸すぎます・・・・・・」
「お前はまだマシだと思うがな」

といって皿場はバタンとぶっ倒れた。
ブライはそんな彼女を見下ろしながら笑いを交えながら言った。

「十本目」

誠刀『銓』――蒐集。





*****

十一番目の部屋。
そこにある黒い刀からは、禍々しい瘴気が駄々漏れになっていた。
抜き身の状態のそれを握れば、製作者の残留思念に体を奪われるやもしれない、最も強い毒を深く内包した毒刀『鍍』。

かつての所有者は真庭忍軍十二頭領が一人、『神の鳳凰』こと真庭鳳凰。

「家鳴将軍家御傍人十一人衆が一人、呂桐(ろぎり)番外(ばんがい)

恰幅の良い男は、鍛え上げられた肉体を上半身裸にしつつ、異常なさっきをこちらに向けてくる。
そして、ブライたちが聞いた彼のマトモな言葉は、この自己紹介で終わった。

「ろ・・・・・・ろぎり。ろぎり番外、ろぎり、ろぎり・・・・・・しきざき?しき・・・・・・ろぎり、ろぎり、ろぎり、しき・・・・・・しきざ、しきざき」
「ほっほー。流石は亡霊刀の猛毒刀与だ。持ち主の魂を蝕んで喰らおうとしてるぞ」

ブライはそんな冷静で非情な観察を行う。

「呂ぎり、ろ桐。四季ざき、し奇崎、四き崎、四きざき、記きき紀、キィィィ!!」

一気に飲まれたのか、番外は刀を振り回しながらブライに斬りかかって行く。
だがブライはそんな単調な攻撃など物ともせず、上へとジャンプして、一気に彼奴の後方をとる。

「落下狼藉」

繰り出された斧の如き踵落としは、見事に番外の脳天に直撃した。
刀本体を巻き込まないよう、後ろから攻撃した為、破壊されたのは呂桐番外の頭蓋骨だけ。

「十一本目」

毒刀『鍍』――蒐集。

「とがめ、いよいよだな」
「ああ、お姫様との決着をつけねばな」

今までブライの影に居た二人も、自分たちでやらねばならない十二番目の部屋を目前にして、士気を向上させている。

「良い気合だ。しかし、その前に刀を送っておくぞ」

≪QUADRUPLE・SCANNING CHARGE≫

そうして、手ぶらになった三人は、階段を一歩一歩と昇っていく。





*****

十二番目の部屋――現将軍の天守閣に繋がる、最後の部屋。
そこには最後の変体刀を持つ男と、その主人がいた。

左右田右衛門左衛門ともう一人が―――。

「早かったわね、三人とも」

金髪碧眼という西洋人の血が混ざった美貌。だが和服が実に似合った女。
家鳴将軍家における内部監察所総監督にあたる否定姫だ。

「何と言うか、すっごくびっくりしちゃったわよ。まあ、そこに居る化物のお陰だろうけど」
「怪物だろうと化物だろうと、好きに言うといい。俺自身が望んで得た力だからな」

ブライは流暢な日本語で喋る否定姫にそう返す。
そして、ローグカテドラルの傾きを直し、体の力を抜く事で変身を解いた。
全身を覆っていた装甲が一瞬にして消失する、という不可解な現象を間近にして、否定姫は勿論、右衛門左衛門も口元で驚きを表す。

「七花、とがめ。此処はオマエらの幕だ――好きなだけヤリあえ。俺は向こうで休んでるからよ」

刃介はそういって、後ろへと下がった。
左腕の次元並行移動装置(ディメンショナルムーバー)を弄りながら、という若干ふざけた態度で。

しかし、その行動の最中、その装置からある紙切れが一枚出てきた。

(なんだ?)

刃介は不自然に思って紙切れを拾って拡げる。
そこには字が書いてあった。

――炎刀『銃』は破壊しても構わないわよ。こっちで改修しておくから、思う存分やるといいわ――

「・・・・・・七花」
「なんだよ?」
「刀、壊しても構わんぞ」
「―――ああ」

それだけ伝えると、刃介は戦いの空気から退場し、傍観に徹する。

「おい、将軍は天守閣に居るのか?」
「いきなり本題を切り出してくるなんて、本当に不躾な女ね。でもまあ、安心なさい。尾張幕府八代将軍家鳴匡綱さまは、間違いなく天守閣の最上階にいるからさ――別に逃げ出してはいないわよ。ってか、逃がしやしないけど」

とがめの問いに、否定姫は飄々として答えた。
だがその言葉の意味は、否定姫は顔見せだけで、この部屋での役者は虚刀流と元忍者であるということ。

「まあ、右衛門左衛門を倒す事ができたら、この階段を昇ってきなさい。あとは殆ど一直線よ。そこまで来られたら、私を殺させてあげる」

あっさりととんでもない許可の条件を出す否定姫。

「ならば話は早いな。――鑢七花」
「それもそうね――右衛門左衛門」

とがめと否定姫は従僕の名を呼び、

「命令だ――右衛門左衛門を殺すのだ」
「命令してあげる――虚刀流を殺しなさい」
「仰せのままに」
「極めて了解だ」

二人の主と従は、互いに命令を下し、受理した。

「ただ、私が虚刀流を殺してしまうと、四季崎記紀の目論見は達成できないままに終わるということになりますが」
「そうね。だけど、そうなったとしても其処に居る人が代わりに果たしてくれるわよ」

否定姫はそういって刃介を指差す。

「それにあんたはまだ気付いてないかもしれないけど、私ってとても否定的な人間なのよ。四季崎記紀の悲願を達成したいのと同じくらいに、その悲願が挫けるところも、見てみたいと思うのよ」

否定姫の明け透けの言い方を、従者は黙って聞き入れる。

「あんたならそのどちらかを、必ず見せてくれると信じてるわ」

とだけ言い残し、否定姫は階段を昇って最上階に行ってしまった。

残された彼は、実に虚しそうに呟く。

不面白(おもしろからず)――虚刀流、まさかこんな形でお前と対することになろうとはな」
「どういう意味だよ?」
「何者かの掌の上で踊らされるように、という意味だ。私は戦うときは姫様の意思だけで戦いたい。いくら姫様の先祖とはいえ、四季崎記紀の思惑のままに戦うなど、不愉快至極極まりない」

右衛門左衛門の言葉に、とがめが反応する。

「先月、その四季崎本人から末孫がいると聞いたが、あの不愉快な女がそうであったか。だがしかし、これで奴が私に情報を与え、一歩抜きんじてきたことにも納得がいく」

一人、七花の後ろに立ちながら、とがめは自らの両腕を組む。

「正直な話、虚刀流よ――私はお前が羨ましい」
「あ?」
「この戦い全てが、四季崎記紀によって仕組まれたことだが、お前はそんな中であって奇策士殿の為に動いている。四季崎の掌で踊らされようと、その事実は変わらない。大して私は、完全な意味での操り人形も同然」

右衛門左衛門は羨望と嫌悪を込めて、己の胸のうちを語る。

「やっぱさ、なんかズレてんだよね、あんた達」
「なに?」

七花は何かを悟ったように言った。

「違うと言うのか。ならば何故奇策士殿の服を着ている?それは奇策士殿と共に志を果たさんとする証ではないのか?」
「ああ、それは俺が着せといた。せめてもの防御代わり」
「・・・・・・・・・・・・」

思わぬところで、刃介の思わぬ答えに沈黙する右衛門左衛門。

「最初は覚悟も無くとがめに従って、途中からは覚悟をもってとがめの為に従ってきたけどさ・・・・・・結局、いつだったか、真庭喰鮫の奴が要っていた事が真実かもしれない。第一、誰かの為に戦うなんて、人間はおろか、刀にも無理なんじゃないかって」

――何の為に戦うか?
――そんなことを考えなければならないなら、そもそも戦わなければいい。

「夕焼けの荒れた神社で、ありったけの本音ぶつけられてさ、改めてとがめは自分のことしか考えてなかったんだって思い知らされたよ。終始一貫して自分勝手の我侭ぶりでさ・・・・・・でも、仕方ねぇんだよ」

七花は薄らと微笑み、彼なりの本音を口にする。

「俺はそういうとがめのことを好きになったんだから」
「し、ちか・・・・・・」

とがめは若干顔を赤らめながらも、従僕の名を呟く。

「とがめ、合図」
「ああ、私が授けたあの奇策・・・・・・上手く活かしてくれ」

だが、たった一言で瞬時に赤らんだ色は消え失せ、とがめの表情は均一となり、右腕を動かす。

「いざ尋常に―――!」

彼女が腕を上げると、二人は構えて名乗りあう。

「元相生忍軍所属――現否定姫仕え。尾張幕府家鳴将軍家直轄内部監察所総監督補佐、左右田右衛門左衛門」
「虚刀流七代目当主――鑢七花」

そして、

「―――始めっ!」

一対一のガチ勝負が始まった。

「――うおおおおおっ!!」

七花は雄叫びをあげ、右衛門左衛門に向けて手刀や足刀を繰り出そうとし、衛門左衛門はそれを難なくかわす。

「とがめのそういうところが好きになったんだから、俺もまた、自分のために戦ってたんだと思うぜ」

七花がそういうと、右衛門左衛門は後方へ跳躍し、

「なら、お前は―――」

腰にある大小の刀の柄に手をかけ、

「何の為に三人揃って乗り込んできた!?」

抜刀してニ刀流による相生剣法を駆使する。

「満足する為だ!」

七花は返答し、大小の刀を相手に応戦する。

「俺は只、とがめの傍にいたいから、とがめの役に立っているという・・・・・・!」

ある意味、どんなに忠義の厚い者でも、その忠義を主人に尽くす理由は、その主人の傍にいたい、主人の役に立ちたい、主人に必要とされ褒められたい、という欲望が絡んでないとは言い切れない。

右衛門左衛門は、七花めがけて刃を振り下ろすが、

――バリンっ!――

七花が手刀によって逆に刀を砕いた。

「自己満足感を得たいからこうしている」

七花にとってこれは、無自覚だった欲望の解放と言えるだろう。

「だから俺はあんたを倒す。とがめの為、俺の為に―――!」
「・・・・・・不笑(わらわず)

手ぶらになった右衛門左衛門は、七花と距離をとり、心底シリアス面で呟いた。

「これが四季崎の目論見通りだとしたら、確かに滑稽なものだ!」

――パンパンパンパンッ!!――

回転式連発拳銃(リボルバー)自動式連発拳銃(オートマチック)を構え、発砲が行われる。

炎刀『銃』が右衛門左衛門の袖から出され、引き金に指が掛かった瞬間、七花は急に加速し、残像が出来上がるほどのスピードで部屋中を動き回る。

「動く的には当てられないという考えか?」

――パンパンパンパンッ!!――

「そこまで言うなら是非も無い。悔いを残して死ねっ」

右衛門左衛門は発砲を続けながら、

「お前は何と言って死ぬのかな?」

避け続ける七花に照準を合わせようと、自らの腕と指を動かし続ける。
しかし、

「はぁぁあああ!!」

七花は銃弾の嵐の中、思い切り跳躍し、空中回転をして右衛門左衛門に蹴りを繰り出す。
右衛門左衛門は両腕を交差させる形でそれを防いだが、周囲には大きな衝撃が走る。

「ば、馬鹿なっ!?」

七花を振り払いつつ、右衛門左衛門は驚愕する。

「あれだけの弾丸をどうかわしたというのだ!?」
「―――かわしてないよ」

平然と着地した七花は、これまた平然とした表情でそういった。

「最初から喰らうつもりで、覚悟を決めたからな」
「虚刀流・・・・・・・」
「俺はとがめに命令されていた」

”私を守れ、刀を守れ、そなた自身を守れ、これら全てを守れ”

それがとがめからの絶対命令だった。

「俺自身を守れと。しかし、その命令と刀を守る命令が解かれた以上、こっちも全力で戦える」

腕、脚、腹、胸。
少なくとも五・六発はくらったのか、七花の体からは幾つモノ流血が起こっている。

(刀の破壊を許された、そして自ら傷つくことを許された――鑢七花の、これが本当の、実力・・・・・・!)

右衛門左衛門は、完全なる捨て身の奇策と、七花自身の枷の重さを今更ながら思い知った。
重い枷がついた状態で常に戦い続ければ、枷が解かれたときの力は今まで以上となる。
一年間に渡る変体刀蒐集の旅路は、確実に七花の心身を鍛え上げていた。

不忍法(しのばずほう)――不生(いかさず)不殺(ころさず)・・・・・・いやっ!」

右衛門左衛門は炎刀『銃』を構え、

断罪(だんざい)炎刀(えんとう)!」
「虚刀流奥義!」

互いに凄絶な勢いでぶつかる二人。
その瞬間、部屋の襖や障子などが吹き飛ぶような衝撃波が生まれる。

――ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ!!!!――

まるで千手観音のように、二人の両腕は何十本ものあるかのように、残像が生まれては消えるを繰り返している。
炎刀と手刀が直接交わっている様子は無いが、互いの攻撃は確実に相手の体に傷をつけあい、周囲の畳にも大量の血液が舞い踊る様子が醸し出されている。

最早人間業とは大いにかけ離れた攻防。
攻撃した直後に傷を受けては、相手にも攻撃して傷つけ反撃を喰らい、時には防御もするが、その刹那の先には激しい攻撃の嵐を交し合う。
見るものをも魅了するその戦いは・・・・・・一言で述べれば、粋だった。

飛び散り合う二人の血潮は、宿主だった二人の一挙一動で生じる衝撃の風によって舞い、畳だけでなく、柱や天井にまで赤を広げている。――そして、二人の超人的攻防が、この絶妙な雰囲気を演出しているといっていい。

しかし、

「――あっ」
「ふっ!」

フィナーレへの階段が現れた。
七花は裸足だったがため、血溜まりを踏んで足を滑らせてしまった。
右衛門左衛門はその僅かな隙を見逃すわけなく、即座に一撃を七花に命中させた。

――ブシュウウウウウッッ!!――

「うぅっ!」

腹部には十字型の大きな傷がつけられ、そこから命の水が勢い良く噴出した。
だがそれでも、

「うぅぅああああっ!!」

七花は倒れない、止まらない。
右衛門左衛門になお向い、顔の左半分に十字傷をつけられ、また血を流そうとも。

ここまで七花も右衛門左衛門もお互いに大量の血を流し合っているし、体にも服にも多くの傷がつけられている。常人ならば痛みや出血による影響で気絶しても可笑しくない状態だ。
だとしても彼らは戦いあう――それは一重に、信念の為であり、欲望のためでもある。

そして、本当の最期がやってきた。
七花の特攻は見事、右衛門左衛門の懐に入り込んだ。
如何に小型拳銃といえども、それが武器であり飛び道具である以上、一定の距離を置かねば効果は実に薄い。
例え得物が刀剣であろうと、それを振るうには一定の距離が必要だ。
その一方で何より、この超至近距離は無刀――己自身を肉体を刀とする虚刀流の真髄が煌く距離。

七花八裂(しちかはちれつ)―――!」

技名が口にされた直後、七花の右拳が右衛門左衛門の腹部にむかう。

「改ッ!!」

拳が右衛門左衛門に命中したと同時に、彼を起点に後方の畳までもが衝撃によって吹っ飛ぶ。

四の奥義、柳緑花紅。
一の奥義、鏡花水月。
五の奥義、飛花落葉。
七の奥義、落花狼藉。
三の奥義、百花繚乱。
六の奥義、錦上添花。
二の奥義、花鳥風月。

最初の一撃さえ決まれば最期、決して逃れる事の出来ない七連撃の強制接続技。
確実に一人の相手を倒す事に特化した虚刀流の最終奥義!

「ん・・・・・・っ!」

最期の貫手が胸の中央に突き刺さると、右衛門左衛門の残った血液の半分以上が、服を突き破って背中から溢れだす。
それがこの戦いの最後の流血となり、二人の戦いらしい動きもここで終わった。

「くは・・・・・・っ!」

右衛門左衛門は、全身や背中、そして口からも血を吐き出し、床に伏した。
両手に持っていた、得物の銃身さえも粉々にされながら。

炎刀『銃』――破壊。

≪QUADRUPLE・SCANNING CHARGE≫





*****

尾張城天守閣最上階。
否定姫はそこの下座に座っていて、上座にいる高齢の老人の前に居た。

「状況は、一体どうなっておるのじゃ?」

怯えた声音で問いかける老人の名は、家鳴(やなり)匡綱(まさつな)
家鳴幕府八代将軍にあたる、現天下人である。

「ことは全て順調に進んでおります。大御所さまの十一人衆のお陰で、我が一族の悲願はほどなく達成されそうですよ」
「そ、そうか。で、ではことが済めば、あの十一人に褒美をとらせねばのう」

否定姫は知っている。
その十一人は決して帰ってこないと。
しかし今それを口にすれば、この臆病者は確実に尻尾を巻いて逃げ出す。
それを防ぎ、時間を稼ぐために、否定姫はここで話し相手をしているのだ。

「こ、これで良いのじゃな?これで、家鳴家の天下は、千年の繁栄を約束されるのじゃな?」
「ええ」

当然、否定姫の返事は大嘘だ。
七花や刃介を殺そうと、千本の変体刀を集めようと、そんなものは幻想にすぎない。
否定姫は、この将軍の能天気さに軽く限界を感じていた。

――ギシ・・・ギシ・・・ギシ・・・ギシ・・・――

「―――っっ」

階段を昇ってくる音を聞いた途端、匡綱は護身用の刀を最後の拠り所とするかのように握り締める。
昇ってきたのは三人の人物だった。

先頭で上がってきたのは、全身血塗れで赤い着物をさらに赤くした長身の青年。
次に上がってきたのは、白髪頭で黒い着流しを身につけた青年。
最後は、白髪のおかっぱ頭で、豪華絢爛な衣装を着こなした小柄な女。

「だ・・・誰じゃ貴様ら!?」

匡綱は恐怖の色が混じった怒声を飛ばすが、三人は気にも留めていない様子。

三人の内の一人で血塗れの青年・七花はあるものを否定姫の前に投げた。

「右衛門左衛門の散り際の一言だ――心して聞け」
「聞くわよ。なぁに?」

目の前にあるのは、不忍とかかれた仮面。
しかし、持ち主の血潮を浴びすぎて血だらけになっている。

「”姫様。貴女の為に死ぬ事を――お許し下さい”」

七花は口調もそのままで、否定姫に言葉を伝えた。

「最後まで辛気臭い奴よね。そんなこと言って私が感動するとでも思ってるのかしら?」

いつもの陽気な態度を全く崩さない否定姫。

「まぁいいわ。じゃあさっさと終わりにしましょうか。御三方、約束どおり私を殺してもいいわよ」

普通ならそんな約束、破棄しているのが人間だ。
否定姫は、そんな普通的常識から外れていた。

「なっ・・・・・・何を言っておるのだ!?誰か、誰かおらぬか!?」

匡綱は最後の希望をあっけなく圧し折られ、情けない声を出す。

「とがめさんよ。この城での俺の用事――十二本の蒐集は済んだ。後はあんたの復讐だけだぜ」
「言われるまでも無い」

とがめは七花と一緒に将軍の前に立った。

「ひ、否定姫!何をぼけっと見ておるのだ!」
「いやぁ、無茶を言わないでくださいよ。私に戦闘力はありませんし――それに、貴方が殺されてくれなきゃ話が終わらないじゃないですか」
「な、なんだと?」

匡綱は護身用の刀を手の振るえと共にカチカチと言わせながらも、さらっと言われた言葉を聞き逃さない。

「家鳴将軍家千年の繁栄というのは嘘です。貴方に人払いをしてもらうための方便でした」
「貴様・・・・・・!」

否定姫はこの場所で、刃介らが乗り込んでくる前にこう話していた。――当然、本来ならこの場に来れる身分ではない否定姫は、完成形変体刀蒐集の責任者であったとがめの功績をネコババする形で、話が出来るようにし、その話題の重要性のために人払いもさせた。

変体刀勢作の由来、四季崎家の正体、歴史の破壊行為による救国。
そこまでは本当だ・・・・・・だが、変体刀による天下泰平や、虚刀流を抹殺することによる最後の仕上げは真っ赤な嘘。

「だって、尾張幕府の崩壊こそが四季崎記紀の目論見だったのですから。正確には某幕府の某将軍家体制だった筈なんですけどね」
「ああ、徳川幕府のことか」

そこへ刃介が若干わりこんだ。

「へぇ。やっぱり、貴方ただ者じゃないみたいね」
「ま、異世界人だからな。要するに、徳川幕府成立の方は阻止したものの、代わりにこの爺さん達が似た存在になって天下泰平やってちゃ後々が面倒ってことだろ?」
「短絡的に言えばね」

正体をばらすついでに、刃介は明確な推測を口にした。

「ふ、二人して、な、何を言っておる?」
「ありえたかもしれない未来のお話ですよ」
「俺のいた世界の歴史のほうが、本来進むべき道筋だったろうがな」

匡綱は刀を握る力をより強くする。

「くぅっ、そのほうは最初から・・・!」
「私の目的は貴方を殺す事です。――それが今やっと、成就されようとしています」

否定姫はどこまでも平坦でシリアスな語る。

「良くも悪くも、結局私たちは互いに互いを利用しあっていたということか。相も変わらず私たちらしい展開だよ、この不愉快な女が」
「そ、そのほうは一体・・・・・・!?」

ここで無口になっていた口を開いたとがめに、匡綱は問いかける。

「尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督、奇策士とがめ」

何時もの尊大な態度でとがめは、この組織的肩書きを名乗った。

「な、何故じゃ!?なぜ、そのほうらが謀反を・・・・・・!?」
「奇策士とがめ・・・・・・それは世を偽る仮の姿」

とがめは匡綱を無視するように名乗りを再会する。

「その真なる正体は、飛騨鷹比等の愛娘こと――容赦姫」
「な、ん・・・じゃと・・・・・・!」

匡綱の頭の中は果てしなく混乱する。
二十年前に、歴史修正の為に大乱を起こし、鑢六枝によって殺された男の娘。
それは逃亡の末に頓死したと聞いていた筈なのに、ただ一重に復讐のため、心も誇りも棄てて、幕府の中で将軍家を陥れる算段をつけていた者がここにいる。

匡綱は生涯の中で、確実な死が訪れていることを感じ出す。

「我が父の仇、討たせてもらう」

とがめは何処までも無表情に、冷血な言葉を投げつける。

「あ、とがめ――ちょっといいか?」
「・・・・・・早くしろよ」
「わかってる」

その時、七花がとがめから許可をとり、一つだけ否定姫に質問した。

「お姫様よ。どうして、とがめの正体を今の今まで?」
「別に。言おうと言うまいと、結末は変わらないと思ったからよ。一言で言っちゃえば気紛れね。まあ、不愉快な奇策士のことは―――」

否定姫は少し空け、

「嫌いじゃなく、なくも、なかったわ」

三重否定。

「そっか」
「七花、もうよいな」

とがめの合図で、七花は匡綱に向き合い、刃介もそれを黙ってみている。

「ま、待て!落ち着け!よ、余の話を聞け!い、命だけは、命だけは助けてくれ!」

必死に命乞いする匡綱。

「そ、そうじゃ!そのほうらに天下をやろう!そのほうら、天下が欲しくはないか!」

その誘惑とすら言えない言葉に、七花ととがめの返事は。

「「要るかそんなもの!!」」

真っ向からの切捨て。

「「ちぇぇぇりおーーーーーっっっ!!!!」」

主人と従者は、共に同じ言葉を発した。
その叫びはとても大きく、尾張の町中に伝わるであろう程のものだった。

その深夜に、家鳴匡綱は確実に死んだ。
それは翌日になって大騒ぎになる、尾張城の天守閣から地面までに及ぶ、一筋の凄絶で巨大な亀裂が物語る事だろう。

完了形変体刀・虚刀『鑢』――完了。





*****

再び閑話休題。
アルトリアは、尾張城にいた。

「何をしているかと思えば、こういうことだったか」

彼女は眼前に広がる何百もの死体をみつつ、刃介がここにいるのを確信した。

「・・・・・・ジンスケ」

この殺戮の理由を問うつもりは無い。
でも、そこには確かな刃介の決意もあったのだろう。

――俺等はただ自由でいたいのさ。つまらんプライドに縛られてたら、やりたいことも出来んからな――

その直後に浮かぶのは、刃介の言葉。
思えば自分は、岩に突き刺さった選定の剣を抜いた時から、自由を棄てていた。
国民や部下が望む、完璧な王であり続けた。

自分が女だった為に騎士や妻に裏切り者の烙印を押させてしまったことも、次々と騎士たちの心が離れていったことも、遂には息子と刃を交えることにまでなった。
そんな惨い過程と結果も待ち受けていたが、アルトリアは不思議と後悔はしていなかった。
もしかしたら、刃介と出会ってから、彼の自由気ままな生き様と、常に解放された欲望に触れたからやもしれない。

「今の私は王であって王ではない。ならば―――」

背負うべき責務も無い。
自由に生きてみたいと思い始めた。
本物の完璧なアーサー王も、そうしただろうか?あるいは違うのか?

アルトリアは少し考えるも、それをすぐに振り払う。
今、自由な自分が最もしたい欲望を奮い起こすために。

戦友(とも)よ。今一度、貴方と合間見えたい」

一人の剣士として、一人の男との決着をどうしてもつけたい。
アルトリアにとって、これが最大の欲望であり、今出来る唯一の友情表現。
紛い者である自分には、この程度の願いしかないとしても、これだけはどうしても果たしたい。

『その欲望、叶えてやるぜ』
「何者!」

突然聞こえてきた男の声に反応するアルトリア。
だがもう遅い。

――チャリン、チャリン、チャリン――

「うぉ・・・!うぅ、あぁ・・・・・・!」

何かが彼女に虹色のメダルが三枚ほど投入された。

『最後の一枚』

そうして、人魂の刻まれた黒ずんだクリアカラーのコアメダルが、

――チャリン――

アルトリアの魂を堕とさんとしていた。





*****

尾張城での役割を終えた刃介は、否定姫が遣り残したことがるということで、七花やとがめと一緒に城の屋外に出ていた。

「さってと、俺の役目はこれであと一つ。奴との決着だけだ」

刃介は霞のような小さな声で呟いた。

「決着ってなんだよ?」
「七花。俺の個人的問題を気にする前に自分のこと気にしとけ」
「それについては私も同意見だ。まだこの従僕に死なれては困る」

すると、とがめから意外な言葉がでてくる。

「え、とがめ?」
「なんだ七花?言っておくが、虚刀流への恨みは忘れていない。そなたには、一生かけて償ってもらうぞ」

若干キツい口調だったが、逆に七花は嬉しそうにしている。

「ああ。これからも頼むぜ!」
「ふ、ふん!今後一生を飼い殺しにされるやもしれないのに笑顔をするとは、一体どんな性癖をしておる?//////」

その光景を見て刃介は、口元が綻んだの感じた。
だがその時、

「――――ッ!この、気配は・・・!」

見過ごすという発想さえ浮かばないような巨大な力の波動。
それもメダルの力に関連したものだ。

「大きさは比べ物にならないが、この気配の特徴・・・・・・!」

ブライドライバーを装着しながら、刃介は気配のする方向に顔をむけた。

そこには、余りにもデカ過ぎるオーラを纏った一人の黒騎士がいた。
160cmにも満たない小柄な体をドス黒い甲冑で覆い、顔は仮面(バイザー)で隠している。

「アルトリア・・・・・・」
「ジン・・・スケ・・・」

黒騎士は苦しそうな歩調でこちらに近寄ってくる。
無論、七花らも警戒するが、刃介が制した。

「俺の相手だ」

とだけいって、刃介は黒騎士の前に立った。

「ジンスケ・・・・・・私を、倒せ・・・・・・!」

その言葉を最後に、黒騎士は人らしい姿ではなくなった。

「うっ、あっ・・・・・・ハアアアアアアアッッ!!」

黒騎士の全身から漆黒の波動が満ち溢れると、足元からドス黒い影が蠢いていた。
影はどんどん黒騎士の体を異質な何かに塗り替えていき、さらには影から不気味な触手が現れる。
まるで布のような印象を受ける平面的な触手は、何本も現れ、黒騎士の体を包んで見えなくした。

そして、

――ドバアァァァァァン!!――

一気に影が弾け、黒騎士だったものが姿を見せる。

首から上は龍を模した兜で覆い尽くされ、全身の各所に奇妙なオカルト的な模様や刻印が施されている上、甲冑を含めて以前よりさらに邪悪な黒で彩られたそれは、まさに怪物と形容すべきものだった。
190〜200cmにまで増長した背丈を含めれば、最早この存在が黒騎士だったと証明する者と言えば、不可視の剣を右手に持っていること。

だがそれも、

『っっ!!』

黒いソレが一振りしただけで、不可視の剣に十重二十重にも纏わりつき、光の屈折で見えなくしていた要因である風が、一発限りのミサイルだとでも言うかのように、尾張城の城壁の一部を吹き飛ばす一撃となった。

当然、それによって不可視の剣は視認可能となる。

「黒い、聖剣か」

闇に堕ち、暗黒に染まった上、血脈の如く刀身に現れている真紅のライン。
それが目の前にいる敵の得物だ。

「前回も今回も、先手とってばっかだな――暗黒騎士王」

刃介はコアメダルをローグカテドラルに入れて傾けると、ローグスキャナーで読み取った。

「変身!」

≪BAKU・MAMMOTH・INOSHISHI≫
≪BAMAHI・・・・・・BAMAHI!≫

バクの頭、マンモスの腕、イノシシの脚。
灰色の重量系、バマーイコンボ!

「『オオオオオオオッッ!!』」

ブライと暗黒騎士王は、己の足を動かし、その手に武器を持って切り結ぶ。

バギン、ガキン、ギガン、という金属音が何度と無く響き、両者の争いが尋常ではないことを証明している。
暗黒騎士王は生前に駆け抜けた修羅場による経験とオーメダルによるパワー。
ブライは盗見取ってきた技術とコンボの力と天性の才能。

今まで培ってきたものを全力でぶつけ合っている。
だがしかし、ブライには何処かもやもやとして晴れないものがあった。

「アルトリア・・・・・・ごめんな」
『ッ!』

斬り合いの最中に、ブライが一言謝ってきたことに、暗黒騎士王は少したじろぐ。

「お前の言うとおり、俺には武人らしい誇りはない。寧ろ有ったら邪魔だと思っている。だけどよ、それ全部ひっくるめて俺なんだ。だからこそ俺には、今のお前が曇って見える」
『―――ッッ』

暗黒騎士王はブライの重刀『鉞』と自分の聖剣とで鍔迫り合いにし、双方の力はより強く拮抗しあう。

『■■■■■■■■■■!!』

暗黒騎士王は荒れ果てた狂戦士のように咆哮すると、一旦力押しで振り切り、距離をとる。

「アルトリア。曇って見える、というのは――今のお前は訳の解らん力に押され気味だからだ。いくら図体は紛い物でも、俺と剣戟を交わしたテメェの魂は、そんな影に呑まれていいもんじゃない」
『ヴ・・・・・・ア』

暗黒騎士王は若干よろめき、僅かに動揺している。

「ま、無駄話してもしょうがない。―――少し、抑え付けさせてもらうぞ」

その言葉が放たれた瞬間、


――ズンッ!!――


『ッッ!!?』

暗黒騎士王は見えない力に上から押しつぶされそうな感覚に陥り、剣を杖代わりに必死に二本足での姿勢を維持している。
さっきも紹介したが、バマーイコンボは重量系コンボ。――つまりは、重力を自由に操作できる能力を備えている。

「アルトリア・・・・・・お前は俺が助ける。体を殺し、心を救う!」

≪RYU・ONI・TENBA≫
≪RI・O・TE!RIOTE!RI・O・TE!≫

リオテコンボへのコンボチェンジが完了すると同時に、暗黒騎士王にかかっていた重力操作は解け、やっとのことで彼女はブライに向って猛攻しようとする。

だが、

「甘いッ」

――斬ッ!――

太刀筋を読まれ、攻撃をかわされた挙句には反撃を許してしまう。

「今宵の俺は、座興も前座もなく、行き成り全力でいかしてもらう!」

そういってブライが足を踏み出すと、空中に何か黒い足場が出現した。
月明かりしかないため若干わかりにくいが、それはブライ自身の影だった。

リオテコンボの黒影操作は、自分や周囲の影を操り、武器や足場にするといった、実に広範囲の応用がきく能力なのだ。
ブライは足を踏み出すごとに、それに合わせて影の足場をつくって空中を走り回る。
勿論、こんな移動法をしてくる者を初めて見た暗黒騎士王は動揺する――でも、そんな動揺は一時だけだ。

『・・・・・・・・・・・・―――ッ!』

――ガギン!!――

暗黒騎士王の研ぎ澄まされた一撃は、正確にブライの体に命中した。
その衝撃で、ブライは影の足場から落ちてしまい、操っていた影も元通りだ。

「ハハッ、こうでなくちゃ面白くないよな」

だがブライは戦いに何やら闘志をさらに燃やしている様子。

「オゥラ、龍之息吹!!」
『ッ、ハァア!!』

ブライの口から火炎状のエネルギーを吐き出すと、暗黒騎士王は剣を振るい闇色の波動をぶつけて相殺する。

「オォラァァァアアァァァ!!」
『タアァァァアアアァァァ!!』

しかし、二人はそれでも尚、切り結びあう。
二振りの日本刀と一振りの西洋両刃剣による、柔と剛の戦い。
斬撃と剣戟は火花を毎度のように散らし、一挙一動で大気を大きく振るわせた。

しかし、何時までもこうしているわけにも行かない。
牽制に次ぐ牽制は終わって、二人の剣士はもう一度距離をとる。
大体10mあたりの間合いを置いて、両方とも最後の一撃を仕掛ける準備に入る。

≪SCANNING CHARGE≫

「もう一回」

≪SCANNING CHARGE≫

ブライは連続スキャニングチャージで、魔刀『釖』にエネルギーを十二分に伝達させる。

『ハァァァ・・・・・・!』

暗黒騎士王の剣も、大量の魔力が注ぎ込まれているのか、刀身はおろか鍔や柄にも暗い闇の漆黒オーラが発生し、元の倍の大きさに膨れ上がったかのようにも見えてくる。

そして、

「リオテ―――!」
約束されし(エクス)―――!』

暗黒騎士王は足をどっしりと構えて剣を地面に突き刺し、禍々しい黒い波動を次々と生み出してブライに襲わせるが、ブライは眼前に発生した三つのリングに向って突き進む。
黒い波動を紙一重でかわしつつ、迷い無く直進して一つ目のリングを潜り、二つのリングを潜っては三つ目にまで差し掛かる。
それを引き金とするかのように、

「―――スラッシュ!!」
『―――勝利の剣(カリバー)!!』

剣士二人の零距離剣戟がぶつかった。
リオテスラッシュの発する血錆色の閃光と、約束されし勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)の放つ暗闇の斬撃。

表現することさえ図々しいような激しい爆音が城の敷地全体に広がった。
辺り一面には、土煙が散乱し、状況の確認さえままならない。

「なんという戦いだ・・・・・・!」
「滅茶苦茶すぎだろ・・・・・・!」

とがめと七花は、この死闘の一部始終に常人らしい言葉を述べる。
視覚的情報の全てをシャットアウトする土煙。だが、それでも伝わるものがある。

「ウゥオオオオオオオ!!」
『ハァアアアアアアア!!』

ブライと暗黒騎士王の雄叫びが、空気の振動である音となって鼓膜を揺さぶった。
次の瞬間に、土煙は嘘のように一瞬で晴れた。

――バキィィィイイイィィィン!!――

魔刀と聖剣――二つの刀剣が互いに鬩ぎ合い、砕け散ったことによって。

『な・・・に・・・!?』

暗黒騎士王は僅かに残った理性で驚き、そのショックのあまりに動きが止まってしまった。
しかし、ブライは得物をなくしても前に進み続ける。

「七花八裂・改ッ!」

常人とは比べ物にならない身体能力を誇る仮面ライダーの肉体で放たれる必殺級の七連撃。
それら全ては暗黒騎士王の甲冑や素体に、一撃ごとに巨大なダメージを負わせていく。

そして遂に、

「トドメぇぇぇええ!!」

最後の一撃が暗黒騎士王の体に突き刺さり、彼女を覆い尽くしていた邪悪な力は、霧の如く散っていった。



そうして、全てが静寂に包まれる。
ブライは変身を解除して、目の前で倒れる少女に駆け寄る。
暗黒騎士王の禍々しい姿から、闇に堕ちて尚凛然とあり続けた黒騎士の姿に戻った少女に。

「アルトリア」

刃介は少女を抱き起こす。

「・・・・・・ジンスケ」

少女も刃介の顔を見て呟く。

「一つだけ、わかった」
「なにがだ?」
「人は・・・・・・自由なのだな」

それが騎士王の紛い者である彼女が出した結論だった。
刃介は微笑みながら「そうだな」と返す。

「なあ・・・・・・ジンスケよ」
「どうした?」
「一つ、頼めないか」
「可能な限りなら」

アルトリアはボロボロになった体に鞭打つように、片手を動かしてヒビだらけになった鎧の懐に手を伸ばす。
そうして取り出したのは、昼間にかった御守りだった。
十字架(ロザリオ)に経文を刻み込んだ西洋と東洋を混ぜ合わせた御守り。

「餞別だ」
「ああ」

刃介は素直に御守りを受け取る。

「これを見る度・・・・・・いや、時々でいい。私を、思いだしてくれ」
「お安い御用だ。戦友(ダチコウ)を忘れることなんざ、出来やしない」

刃介の一言一言に、アルトリアは口元を暖かくゆっくりと、笑顔にした。
そして、パキっという音がして、彼女の顔を隠す仮面が割れ果てた。

そうして、初めて彼女は笑った。
年相応の少女らしい穏やかで優しい笑顔を見せてくれた。

「ありがとう」



――ジャリン――



「―――――ッッ」

刃介は、アルトリアだったものを掴み、地面に叩き付ける様に投げ捨てた。
もう片方の手に、彼女自身とも言えた――真っ二つになったソウル・コアを握り締めながら。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

七花もとがめも、そんな感傷的な刃介にかけるべき言葉さえ見つけられず、ただ沈黙に徹していた。

だがしかし、

――カタカタカタ・・・・・・!――

何かがセルメダルの山のなかで動いていた。
セルを掻き分けて宙に浮かんだのは、虹色のメダルが三枚と、黒ずんだソウル・コアが一枚。
合計四枚のコアメダルは、そのまま自律意思に従い、どこかへ飛んでいった。

「お、おい鋼よ!あれはなんだ!?」
「なんで空の彼方に!?」

とがめも七花も、この現象には問いを行う以外に無かった。
でも刃介は、飛び去ったコアメダルが空間と次元を越えて、この世界から別の世界へ跳躍していったのを見つめていた。

「その返答は、何時かまたにしてくれ。俺にはまだ、やることがある」

余りにも真剣な表情で説いた刃介を前にして、二人は問い質すのをやめた。

「また、会えるよな?」
「会えるさ、きっと」

刃介は微笑みながら答えた。
何時か必ず会えるという核心を、その胸に秘めながら。

≪QUADRUPLE・SCANNING CHARGE≫

我刀流二十代目当主、鋼刃介。
仮面ライダーブライは今、戦いの「(コア)」へと赴く。

次回―――

MOVIE大戦CORE


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