狼姫<ROKI>
戦端


今現在、第四次聖杯戦争の開催時期と重なるように、とある凶悪殺人事件が頻発していた。
被害者の殆どは出血多量で死んでおり、殺害現場にはその鮮血で描かれた謎の魔方陣と思われる図柄が残っていることから、警察はオカルトにのめり込んだ精神異常者による犯行と推測していた。
幾重にも渡るこの残忍な殺害方式から、メディアの人間たちが自然とつけた殺人鬼の異称は『冬木の悪魔』となっていた。

夜中には出来うる限り外出は避ける様にと警察からの警告があったため、市民達は被害を被るのを恐れて家の中で過ごすことが多くなった。聖杯戦争の参加者であり、この土地を修めている遠坂からしてみれば、ありがた迷惑な事でもある。

だが、四度目と成る今宵を最後に、儀式殺人は終局へと辿り着く。
純真無垢な狩猟者、雨生(うりゅう)龍之介(りゅうのすけ)の魂と自我の死によって。

龍之介、という人物は、生まれつき「死」を感じることに関しては常人を遥かに凌駕していた。
それゆえ、ホラー映画のような偽装された「死」を軽蔑していた。あんなものは、演技と演出だけの下らない三文劇にすぎないと。もし、彼の感覚が少しだけ鈍ければ、龍之介は確実にホラー映画の愛好家になっていただろう。

しかし、現実において彼は死を追い求める殺人者となった。まず始めに実の姉を殺した。
それから龍之介は、高校を卒業した後にフリーターとして日本の各所を転々としながら人間の体内にある素晴らしさを求め続けてきた。無論、犯行後の後始末はこれまでバッチリで行い、今なお彼に殺された多くの人間が、見つかることの無い行方不明者として捜索されている。

とはいえども、殺人鬼とて機械ではない。いずれはモチベーションの低下、スランプという奴が訪れることもある。死の芸術家を内心で自称する龍之介にとって、それは非常に拙いことだ。
何か面白い手法は別に無いかと迷っていると、きまぐれで戻った実家の蔵である物を見つけ出したのだ。
虫食いだらけな上、100年以上前の幕末期の書体で書かれた古文書だ。学生時代には漢文などを読み解いていた龍之介にとって、古文書を解読するのは苦ではなかったが、如何せん記されている内容が相当ファンタジーなのだ。

簡単に言うと、神秘的な存在を此の世に召喚する儀式についての情報が書き記してあった。
正規の魔術師が見れば、それを一目で魔導書の一種だと判じただろう。
だがしかし、龍之介は魔術の実在さえ知らないド素人。本の内容は飽くまで彼のインスピレーションを沸かせる材料となっただけだ。

結果として、COOLでFUNKYな殺しの手段として、雨生龍之介は儀式殺人を選択することとなる。
そうして今夜も、敬愛する俊足の狩猟者・豹の如く、青年は血を見て昂っていく。

閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)♪繰り返す都度に四度――あれ、五度?えーと、ただ満たされるトキを破却する・・・・・・だよなぁ?」

古文書らしき本を片手に、龍之介は生き血で濡れた足の指で魔方陣を描き、色々と中途半端な呪文を唱えていた。
当然、彼の足を濡らしている血液は、この一般家庭に住む人間から抜いたモノだ。
魔方陣を描くのに必要な量はおよそ三人分。なので龍之介は、この家の父母と娘を殺した。
だがこの家にはもう一人住民が居る。それは末っ子である少年だ。

閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったっせ)っと♪ハイ、今度こそ五度ね。オーケイ?」

誰かに語るわけでもない独り言を最後に述べつつ、龍之介は鼻唄交じりで床に描いた魔方陣と、手に持った虫食いだらけの古文書を見ながら呪文を唱え直す。
通常、儀式などは厳かな空間と雰囲気で執り行う、というのが王道だが、エンターテイナーの龍之介はそういった堅苦しさよりもノリで動いている。

「ねー坊や。悪魔って本当にいると思うかい?」

部屋の片隅には、両手両足をロープで縛られ、口には猿轡を噛まされた少年がいた。
その眼は恐怖と涙で歪み、姉と両親の骸を凝視させられている。

「新聞や雑誌だとさぁ、よくオレのことを悪魔呼ばわりしてりするんだけどね。でもそれって変だよな?オレが殺してきた人数なんて、色んなタイプの爆弾がありゃ一瞬で追い抜いちまうのに」

龍之介は子供や若い女が好きだ。
成人した男とは違い、様々な感情と表情を魅せてくれるからだ。
もっとも、それは恐怖や絶望、という歪なものではあるが。

「別にいいんだけどね、オレが悪魔でも。でもそれって、もしマジで悪魔がいたら、ちょいとモノホンに失礼な話だろ?そこんとこ、スッキリしなくてさ。『チワッス、雨生龍之介は悪魔であります!』なんて名乗っていいもんかどうか・・・・・・?」

芝居がかった口調で本音を交えつつ、龍之介は少年に一方的に心情を語る。
ただし、そんな説明は結局のところ、子供を怯えさせる理由の一つにしかなりえないんだが。

「そしたらさ、ほら、こんな物を見つけちゃったんだよな」

龍之介はボロついた古めかしい書物を見せびらかす。

「ウチのご先祖様ってさ、どうやら悪魔を呼び出す研究をしてたみたいなんだよね。だったら、もう確かめるしかないだろ」

魔方陣を描くのに必要な血液の量は、先述の通り三人分。
だからこそ少年を生かしておいたのだが、別に助けてやろうとはコレっぽっちも思っていない。
龍之介は、もし仮に万が一儀式が成功した時のために彼を一時的に生かす選択をとった。

「でもね。やっぱりホラ、万が一本当に悪魔とかが出てきちゃったらさ、何の準備もしてなくて茶飲み話だけっていうのも間抜けな話じゃん?だからね、坊や・・・・・・もし悪魔サンがお出ましになったら、一つ殺されてみてくれない?」
「・・・・・・!」

龍之介の軽口めいた発言により、少年は猿轡で無理矢理閉じられた口から声を漏らす。
当然、言葉にはなっていない叫びだが、龍之介を悦ばすには十分な呻きだ。

「アッハッハッハ!悪魔に殺されるってどんなだろうねぇ?貴重な体験だぜきっと?滅多に見れるモノでもねぇしさぁ・・・・・・!」

まるで学生の頃にでも戻ったかのように、年甲斐も無く身体を躍動させながら期待と興奮で心を昂らせる殺人鬼。
その時だった、深淵なる闇からの声が心に届いたのは。

――望み、聞き届けたり――

「ん?今の誰・・・・・・?」

脳内に直接音声が聞こえてくると、龍之介がはしゃぐのを止め、周囲を見渡した。
勿論、この家には龍之介と少年しかいないし、誰かが無断で侵入してきた様子もない。

「ん〜?・・・・・・って、あれ?」

首をかしげて悩む龍之介だったが、その疑問は別の疑問を見つけた。
斜めになった首、それによって視界が若干下の方向にも向いていた。それによって、己自身が床に描いた複雑な魔方陣が眼に入っていた。

なれど、その魔方陣には決定的な変化が起こっていた。
色が違うのだ。命の液体の色である瑞々しい赤が、暗闇の夜空の如き黒へと。

龍之介は直感的に悟った。

(まさか、マジで成功した?)

そう思った次の瞬間、

――ボゥワ・・・・・・!――
――ショウァァァ・・・・・・!――

何者かが、魔方陣という門を潜って人間の世界に降り立った。
召喚陣からはドス黒い光と暴風じみた衝撃波が走り、龍之介の紫のジャケットを棚引かせている。

今にして思えば、条件は揃っていたのだ。
雨生龍之介の「死」を追い求める純真無垢な『陰我』――ある種の芸術とも言える召喚の魔方陣という『ゲート』。
7番目のキャスターが既に召喚された時点で、殺人鬼は神秘の世界に足を踏み入れる可能性を失っていたはずだった。しかし、この世界には心の影とオブジェを介して出現する闇の怪物が蠢いている。

そして、かつて雨生という一族に伝えられてきた異形の力。今となっては子孫にすら忘れ去られ、それでもなお奇跡的に継がれていった血によって、今日この日まで龍之介の体内で眠っていた神秘の遺産こと『魔術回路』が天文学的な確率の末、見事に解放されたのだ。
魔物は『陰我』や『ゲート』よりも、依り代となる者に秘められた魔力に価値を見出し、現世に降臨したのである。

「えっと、悪魔サン、だよねぇ・・・・・・?」

そこには一人の騎士が堂々と佇んでいた。
異形じみた銀灰色の全身甲冑、背中には末端部分が少々ボロついた長大なマント、両前腕には黄色い宝玉が埋め込まれた菱形の篭手、頭には猛禽の眼光と嘴のついた兜を被っている。
龍之介が想像していた悪魔像とは大きく異なる姿形をしており、寧ろダークヒーローのようにさえ見える。

『・・・・・・これは中々の(ソメバアサアサオ)当たりを引いたな(ラカミヨビリカア)・・・・・・』
「へ?何言ってんの?」

兜の中から聞こえてくる謎の言語に、龍之介の表情が曇りだす。
魔の騎士はそんな龍之介の引き攣った顔を見て、言葉が通じていないことを瞬時に理解した。

『チッ・・・・・・仕方ない(チサカアリ)

露骨に舌打ちした騎士は気を紛らわせるように周囲を見渡し、ふと目に付いた少年に視線を向けた。

『人間。その小僧は?』

龍之介はここにきて漸く悪魔が日本語で喋ってくれたことに、驚愕と歓喜を憶えた。
だが、ここで嬉しがるのはまだ早い。

「あ、そうだった。立ち話もなんだしさ、取り合えずお近づきの印も御一献―――アレ、食べない?」

目線で少年の指し、龍之介は束縛された幼い命が生贄であることを表明した。

『・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・!」

魔の騎士は猛禽めいた兜にて光る鋭い目付きのまま、少年の方に歩み寄る。
当然、少年は未知の怪物が自分の命を刈り取ることを先程の会話で理解している。
怯えの念が身体全体で示されている。

『憐れだな。親も姉も殺されては、生きていても辛いだけだろうな。だったら、せめて我が糧となるよう、その肉身を捧げるといい』

闇の騎士は、その両手を少年の頭に当てた。すると、少年は先程の恐怖に満ちた怯え顔ではなく、まるで肉親と川の字で並んでいるかのような安らかな顔となり、瞳を閉じた。
そして、小さな命が闇へと埋もれて永い眠りへとついていく。
子供の肉身と精神は形を失った黒い何かへと変貌して部屋の中を漂いだし、開かれた騎士の嘴がそれら全てを吸い込んでいった。

龍之介は、暗闇の影へと飲まれ喰われていく子供の姿に、そして喰らい尽くす騎士の光景に、このうえない興奮を覚えていた。些か、流れが生易しかったような気もするが、今の現象と比べればそんなものは大したことではない。

「・・・・・・ぱねぇ・・・・・・マジで半端ねぇ!」

SFXでもなんでもないガチが、そこにはあった。
謎の魔物が、方法はどうあれ人を喰らったのだ。その決定的な瞬間を見て、殺人者の本能がいたく興奮した。
龍之介は魔物に歩み寄って肩を掴み、目をキラキラさせてこう言った。

「なぁ、もっと殺そうぜ!もっともっとCOOLな喰い方で、オレを魅せてくれ!」
『その必要は無い。貴様の内なる願いは、すぐに叶う』
「はい?」

龍之介の表情がくぐもった瞬間、何かが薄暗闇の中で一閃し、僅かな光明を齎した。

――ドスン――

何故か龍之介は、その光を見たと同時に尻餅をついてしまった。
まるで全身の体力を一瞬で根こそぎ奪い取られたかのように。

「ねえ、何したの・・・・・・?」
『自分の身体に訊くことだ』

自覚していない青年に、剣士はそう冷たく述べた。
自分の身体に訊け、と言われて龍之介は手探りで自分の身体に何が起こったかを確認する。
そして、胴体に触ると、ヌメリとした感触が掌を濡らした。

剣士は篭手から生えた魔力で生成された長剣の光量を室内の明かり代わりとした。
よって、龍之介はハッキリと視認した。

「うわぁ・・・・・・すっごくキレェ・・・・・・」

混じりけの無い艶やかな赤。輝くほどに鮮やかな、ずっと求めていた原初の赤だ。
ああ、これだ――と龍之介は悟った。どれだけ他人の中に求めても見出せなかった本当の赤を。
慈しむように、彼は鮮血の流れ出る身体を抱き締めた。

「そっかぁ・・・・・・そりゃ気がつかねぇよなぁ・・・・・・灯台下暗しとはよく言ったもんだぜ。まさか、ずっと探し続けてたモンが、オレの中にあったなんてよ。神様も意地悪なトコに隠したよなぁ」

湧き上がる脳内物質によって陶然と飽和する頭蓋。
殺人鬼はここにきて、己の命を引き換えに、真に欲しかったものを手に入れた。

『貴様の望みは叶えた。今度はオレが対価を貰う番だ』

――ザグッ――

雨生龍之介は、この夜に死んだ。
肉も、魂も、純粋な闇に塗りつぶされて死んだ。

しかし、全てが喰らい尽くされていく中で、純真無垢な美青年は最期の最期まで、至福の喜悦に満たされていた。






*****

円蔵山の内部に隠されし洞窟こと『龍洞』。その最深部である大空洞は、聖杯戦争の根幹を成すモノが眠る場所だ。
そんな重要極まる土地を、自らの拠点としている陣営がいた。

「・・・・・・・・・・・・ヴァルン、キャスター。これをどう見る?」

七番目のマスターにして、黒の指令書によって第四次聖杯戦争に参加した魔戒騎士・聖輪廻は、自らの指に嵌っている従者と、後ろに立っている魔術師に問うた。



それは昨晩のこと、使い魔を通して見た遠坂邸でも一方的な虐殺だった。

顔に白い髑髏面をした真っ黒な長身痩躯の侵入者、暗殺者のサーヴァントである『アサシン』が、御三家の一つである遠坂家の要塞とも言える魔術的な防壁の数々を掻い潜っていく。結界によって発生した多くの障壁をまるでダンスを踊るようにかわしていく。結界の基点となっている宝石を石飛礫で次々とかわす合間に破壊していくなど、このたった一体とはいえ現代の魔術師にとってサーヴァントがいかに脅威であるかを知らしめてくれる。

”他愛も無い”

ニヤけた声で、アサシンは最後に中央の宝石に手をかけて握り潰そうとしていた。

”グッ、ガアアアッ!?”

だが、突如として一本の槍が高速でアサシンの腕を貫いたのだ。

”地を這う虫ケラ風情が、誰の許しを得て面を上げる?”

槍を放ったのは、遠坂邸の屋根に堂々と立ち尽くす一体のサーヴァント。
黄金の輝く鎧で首から下を覆いつくし、芸術品のように美しい金髪を逆立たせ、蛇の如く鋭い真紅の双眸が特徴的だ。
だが、それ以上に特徴的なのは、自分以外の全てを見下すような口調と態度。まさに暴君の象徴とも言える男であった。しかし、それ以上に特筆すべき点がある。

黄金のサーヴァントは、自らの背後に多数の武具を具現させていた。
異空間より引き出されたのは、どれもこれも宝剣宝槍の類ばかり。その全てが確実に宝具であることを輪廻たちは使い魔越しに悟った。

数多くの宝具は一斉に射出され、アサシンに剥けた大雑把な軌道を描いて突撃していく。
だが一つ一つが途方も無い神秘を宿した宝具が雨霰のように降り注げば、いかな最優の英霊とて一溜まりもあるまい。ましてや身動きを封じられた毒蜘蛛(アサシン)がどうなるかなど聞くまでもない。

”貴様は(オレ)を見るに能わぬ。虫ケラは虫ケラらしく、地だけを眺めながら死ね”



五感共有により昨晩、使い魔の視認した映像を輪廻が媒介としてレイラインや契約を通してヴァルンとキャスターにも見せたのだ。

『デモンストレーション』

甲冑のように厳つい黒の腕輪と鎖で繋がり、縦長の一つ目三日月のように裂けた口が特徴的な魔導輪ヴァルンは一言だけ述べた。

「確かにこれは、まるで見せびらかしているように見える」

白い髪、覇が音色の瞳、褐色の肌、黒いボディアーマー、赤い外套。
輪廻によって此の世に現界した魔術師のサーヴァントたる青年、キャスターも同意する。

聖杯戦争においての鉄則は、情報戦のソレと同じだ。英霊とは過去に偉大な功績を残した者。
知名度が高ければ高いほど、サーヴァントとしての能力は向上するが、もし真名がバレた際は手の内や弱点まで露見する。召喚されたサーヴァントがクラス名で呼ばれるのはそんな事態を防ぐ為でも有る。

だが、その真名に繋がりかねないのが宝具だ。人間の多くは己一つでは偉業を成し得ない。何か強大な能力や武器があってこそ、英雄としての象徴を得る。つまり、宝具の開帳は真名の暴露と同義であるとも言えるのだ。

「それにしても、あれだけ無量大数の宝具を湯水のように使うなんて・・・・・・」

通常、英霊の持つ宝具は一つか二つ。多くて三つから五つだ。
しかしながら、黄金のサーヴァントは十を越える宝具を乱雑に射出して見せた。

「いや、そう驚くことでもないぞ、マスター」

と、キャスターが手頃な岩に腰掛けながら言った。

「例えば、生前に此の世の財宝を全て手に入れた半神の王がいたとすれば、君ならどう考える?」
「此の世全ての財宝?半神の王?」

輪廻は腕を組んで首を傾げ、十数秒ほど考えた。
そして「あッ」という声を漏らすと、何かに思い当たったようだ。

「よもや・・・・・・」
「そうだ。奴の宝物庫から打ち出されたのは全て宝具の原典だ」

正規の英霊の魂とは、時空を超越した「座」へと招かれる。
終わりも無ければ始まりも無い世界では、過去の英霊は知名度のある未来の英霊についての知識を与えられる。
輪廻は自分のサーヴァントの観察眼について、彼が得意とする『解析』の魔術と、英霊の知識が為したものだと自己解釈した。
いまだ真名すら教えてもらっていない状態だが、どうしてか輪廻はこの英霊に対して無意識ながらも、一種の信頼を寄せていた。

「ウルクの・・・・・・ギルガメッシュ・・・・・・!」
「正解だ。ヒントがあったとはいえ、資料に頼ることなく敵の正体に気付くとは、中々良いマスターに引き当てられたらしい」

少しばかり皮肉なことをニヒルな表情で述べるキャスター。
まあ、そこが彼の持ち味の一つなのかもしれない、と輪廻は納得しておくことにした。

『ああ。キャスターもワタシも、優秀な主に巡り会えたのは恐悦の至りだ』

ヴァルンも便乗するかのように言ってきた。

「双方揃って褒めてくれるのは嬉しいが、その前にアサシンの考察も必要でしょ?」
『うむ。よく見れば疑問点がありありと見て取れる』
「そうだな。遠坂のマスターが常に敵襲に備えていたとしても、相手は気配遮断スキルを会得したアサシン。気付くにしてはタイムラグが短すぎる」

ヴァルンとキャスターは、長年の経験から冷静にアレが茶番劇の序章であると告げた。

「やはり、アサシンのマスターと遠坂のマスターは裏で手を組んでいる、と見るべきだろう」

神官から受け取った資料の中には、既に参加が決定していたマスターに関する情報も記載されていた。
載っていたのは、輪廻を除いて七人中五人までだ。

遠坂(とおさか)時臣(ときおみ)間桐(まとう)雁夜(かりや)衛宮(えみや)切嗣(きりつぐ)といった御三家からのマスターと―――外部からは魔術協会・時計塔の花形魔術師ことケイネス・エルメロイ・アーチボルト、聖堂教会から魔術協会に転属した元代行者の言峰(ことみね)綺礼(きれい)といった具合だ。

まだ最期の一人についてはわかっていないが、此処まで来てしまった以上、そのマスターについては戦場にて見極めるしかないと輪廻は割り切った。

「さて、言峰綺礼という男、アサシンを失った後、基準に乗っ取って監督役の保護を求めに行ったようだが・・・・・・」
「十中八九、共犯と判断するのが正しいかな。言峰の家は遠坂の家と縁故があったようだし、おまけに監督役である言峰(ことみね)璃正(りせい)の息子まで参戦・・・・・・疑うなという方が可笑しい」

ついでにいうと、資料において綺礼は三年前に上役からの辞令によって時臣の門弟となったらしく、召喚・降霊・錬金・卜占・治癒といった魔術を拾得したものの、一ヶ月前に令呪を宿したことで師と決別したということになっている。
あんな茶番を見せられた後となっては、事の真実が手に取る様にわかる。
それに殺されたアサシンも、恐らく分身や替え玉あたりと推測するのが妥当だろう。直接的な戦闘能力に今一欠けるアサシンとはいえ、わざわざサーヴァントの命をドブに捨てる馬鹿なマスターなどいまい。

「はあ・・・・・・初っ端からルール違反。それも御三家と監督役が、とはな」

深い溜息をつきながら、輪廻は前途多難な予感のするこの戦争に本気で呆れだしていた。
とはいえ、くよくよしていても始まらない。
輪廻は両の頬をペチペチと軽く叩いて気合を入れなおすと、魔戒剣を手にとって立ち上がった。

『マスター。何処へ行くのだ?』
「決まっているでしょ」

何故かはわからないが、輪廻の口調は勇み立っているように聞こえる。

「街よ」

それはつまり、この龍洞から一旦出るという意味でもあった。





*****

『龍洞』―――牽いては円蔵山から出た輪廻は、山を降りて深山町に向かっていった。
地方都市の片割れながらも、この町はそれなりの大きさがあるため、この深山町だけでも隈なく歩き回っていれば確実に日が暮れるまでの時間を要するだろう。

それは構わない。輪廻にとって問題なのは、この街でホラーが出現する元である陰我とエレメントの浄化にある。
魔戒騎士とて、夜に現れたホラーを斬るだけが役目ではない。昼間にも街中を歩き、ホラーが現れそうなエレメントの宿るオブジェを浄化し、ホラー出現を抑制するのだ。

恐らく昼夜問わず、アサシンが冬木の地を見張っている可能性もあるが、予め魔術を用いて自分の存在感を非常に希薄なものとし、両手には黒い皮手袋をしている。
今の状態であればマスターだとバレる心配は無い。それゆえ、キャスターを霊体化させて侍ることなく単独で行動していたのだ。寧ろ、キャスターがついてきていた場合、アサシンの観察眼に一度でも引っ掛かれば確実に7番目だと知られかねない。

なので、キャスターには『龍洞』に留まってもらい、工房の形成を手掛けてもらうことにしたのだ。
尤も、キャスターの”陣地作成”スキルはCランク。『龍洞』全体など到底無理な話であり、精々大空洞内という小規模を工房化させるのが限界なので、高望みな成果を期待したりはしないが。

因みに、輪廻が『龍洞』に辿り着くまでの間に商店街で買い込んだ、魚介類・野菜・肉などをガスコンロとかフライパンとか鍋と一緒に取り出し、

――私が戻ってくるまでに、適当に美味い料理をお願いね?――

サーヴァントをなんだと思ってるんだ、と問い質したくなるような命令を下すのだ。
まあ、キャスターの”道具作成”スキルの中に変な記述が混じっていたのが原因なのだが。
当たり前だが、キャスターとはかなりの口論となり、辛くも勝利を収めて言うことを聞かせた輪廻だったが、アーチャーは皮肉に満ち溢れた表情でこんな素敵な台詞を吐いた。

――了解だ。地獄に堕ちろ、マスター――

今頃彼は粗雑な調理品と平凡な食材を使って、さぞや美味なる料理作りに奮闘していることだろう。

「(おや、何故かしら?想像したら・・・・・・)――フフ、うふふふ」

あれ・・・・・・なんだろうか・・・・・・あかいあくまが―――?
聖輪廻・・・・・・いじめっこ気質、十分であった。





*****

深山町全体を練り歩き、エレメントの浄化に勤しんだ輪廻。ただし、一番陰我が渦巻いていそうな御三家の領域に入れなかったというのが、彼女にとって最も歯痒かったのだが。魔術師の真理や魔法への執着は凄まじいものが有る。
実際、外道の魔術師の陰我がホラーを招き寄せて多くの人命が喪われ、それを魔戒騎士が討伐した実例がこれまで何度か報告されている。無論、魔術協会や聖堂教会に介入される前に。

騎士や法師の用いるソウルメタルや魔導具といった物品とホラーの情報は、魔術協会からすれば未知の神秘であり、聖堂教会からすれば教義に反しかねない物が含まれている。故に、騎士と法師を束ねる番犬所・元老院と、二つの組織(きょうかい)は半ば反目している状態だ。
ただし、お互いに情勢のバランスを考えて手を出し合わないため、今現在は三つ巴じみたこの状況が保たれているが、この聖杯戦争で何かが起これば三者の無用な刺激を与えかねない。
正直なところ、これなら単にホラー狩りのためだけに派遣された方が良かった気もする。

「ふぅ・・・・・・すっかり暗くなったな」

出かけたときは夕陽が鮮やかに輝いていたが、その夕闇は今やは星屑の瞬く夜空となっている。
星空を見あげつつ、輪廻は気を引き締め直した。
そう―――ここからは太陽の光が一切届かぬ闇夜。魔獣ホラーの独擅場たる時間帯が来る。

いつ何時、ホラーが目の前に現れても可笑しくはない。

「まあ、そういう覚悟は常日頃からしているけど・・・・・・」

輪廻は足を止めた。
ここは深山町の外れにある舗装された公道。
昼間であれば多少は車の出入りがあるが、今は夜であり、滅多なことで人も通らない。
隠匿すべき戦いをするには打って付けの環境だ。

「―――出てきたらどう?」

影に隠れ潜む誰かに向けて、挑発の言葉を発した。
すると、

――ガシ、ガシ、ガシ、ガシ――

甲冑に包まれた重苦しい金属的な足音がしてくる。
一寸先の闇から、そいつは威風堂々と姿を見せてきた。

『フン・・・・・・流石、というべきか』

それは邪気を纏った一人の騎士然たる風貌の魔物。
銀灰色の全身甲冑に猛禽の兜、ボロついたマントに奇妙な篭手。

「ここまでバカ正直に姿を見せたホラーは、あんたが初めてよ」
『かの名高き紅蓮騎士を相手に、下手な小細工など無用』

魔性の騎士はハッキリと真正面からの勝負を挑むつもりだ。

「ヴァルン、奴は?」

そんな騎士の素性を知るべく、左手に納まっている従者に訊いてみると、

『あの男は”フォーカス”。孤高のホラー剣士と呼ばれている凄腕だ』

ヴァルンは自らの知識を主に伝えた。

「なるほど、あい分かった。お前の挑戦、受けて立とう」

輪廻は魔戒剣を鞘から抜刀し、その刃が描く軌跡を以って円を為す。
創られた門からは光が溢れ、輪廻の全身を照らし出す。

そして、

――ガルルル・・・・・・!――

真っ赤な鎧が全身を覆いつくし、兜が装着されると同時に狼のような鳴き声が響いた。
煌く星空の下、漆黒のマフラーを風に棚引かせ、構えた剣の刃が光を放つ。

『狼姫。オレはホラーとして、一人の剣士として・・・・・・』

――ギンッ――

フォーカスは両腕の篭手から魔力を結晶化・具現化させた”魔双刃(まそうじん)”の矛先を、ロキに向けた。

『貴様を必ず倒す』

ロキの刃を、否、輪廻の全てを叩き切るような気迫を放射しつつ、フォーカスは腕を構えた。

「久々に気持ちのいい戦いになりそうだ」

一方でロキは断罪剣を構えて真っ直ぐ敵を見据える。
初めて見る尋常な戦いを求めるホラーに、紅蓮騎士は内心で喜ばしくも思っていた。
裏の世界では由緒ある魔戒騎士であり、表の世界では名家の中の名家―――という家柄で生まれ育った輪廻にはソレ相応の倫理観と高潔な志があるのだから。

そして、

――バッ――

戦いの火蓋が、斬って落とされた。





*****

その頃、『龍洞』の大空洞では。

「・・・・・・・・・・・・」

主人の命令どおり、夕食(冬向きで保存の利く暖かいシチュー)を作り終えたキャスターだったが、日が暮れて夜になっても帰ってくる様子がない。もしかしてホラーという怪物が現れ、騎士としての勤めを果たしているのかもしれないが、サーヴァントとして放って置く訳にはいかない。
御三家相手ならこの場所に立て篭ることで如何にかなるが、向こうは聖杯と何の関係もない怪物だ。

「全く・・・・・・この染み付いた呪いモドキが嫌になる」

キャスターは愚痴りながら霊体化し、『龍洞』から出て行った。
皮肉屋とはいえ、やはり彼の根底には善意があるのだろう。

しかし、その時、

”魔術使いよ”

『―――ッ』

霊体化している自分に対し、魂に直接声を届かせるものがいた。

”紅蓮騎士の方は問題ない。そちらは海浜公園の西に向かえ”

『何者だ貴様?』

キャスターは警戒心と敵意を滲ませる。
声の主はキャスターの凄んだ念話に動じず話を続ける。

”早く行け。偽りなどではない、本当の戦端がそこにある”

『・・・・・・・・・・・・』

そうして、声はプツリと聞こえなくなり、キャスターもそれを悟って黙ってしまう。

海浜公園の西。そこにはプレハブ倉庫が延々と連なる倉庫街のはず。
湾岸施設を備えた区画は、西の工業地帯と新都を隔てる障壁の役割を担っているはずだ。
必然的に夜中になれば人通りが絶え、こっそりとドンパチをやるにはうってつけの環境となる。

キャスターは悩んだ。
正直なところ、この時代の戦争に招かれたというのは、彼にとっては最悪だった。
別に聖杯を欲しているわけでもない(寧ろ破壊しても良いと思っている)、現世に留まりたいわけでもない、そんな彼の願いは「復讐」に他ならなかった。
しかし、この時代には平凡な■■はいても、正義の味方を夢見る大バカ者はいない。
例え■■を殺しても、キャスターの無念は晴れない。理想に燃え滾った時代を叩き潰さなくては意味がない。

ゆえ、この第四次聖杯戦争で自分が敗退しても構わないと思っている。
だから、だからこそ・・・・・・。

「すまんな、マスター。今宵限りは単独行動を執らせてもらうぞ」

実体化した赤い外套の英雄は、魔術使いとして戦場へと向かっていった。
理不尽かつ不条理な八つ当たりをし損なった、この行き場のない感情をぶちまける為に。




ヴァルン
『弾きあう刃、秘められし思い。
 己を賭けた激戦が今、幕を開ける。
 次回”双頭”―――爆ぜよ、二つの闘志』



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