狼姫<ROKI>

久々の投稿です。
パソコンがぶっ壊れ、新しい物を調達し、色々と設定したり使い慣れるまで時間を要しましたが、これからは今まで通りやっていくつもりです。
では、不肖ラージの作品をご覧ください!

集結


二月の寒空の下、冬木という地方都市の端にある一つの倉庫街にて、尋常ならざる戦いが催されていた。
七体の英霊を七騎のサーヴァントとして契約・使役する七人の魔術師によるバトルロイヤル。
万能の願望機『聖杯』を求めて、血で血を洗う仁義なき壮絶な『聖杯戦争』の舞台。

剣と槍を真正面から誇りを掛けて勇ましく矛を交え合うセイバーとランサー。
そんな中、雷の牡牛が引きし戦車に乗り、空より駆けて傲岸不遜に登場せしめたライダー。

そこへ現れたのは闇の魔獣ホラー。
そして、ホラーを狩り、人間を守りし者。
彼女はキャスターを従えし魔戒騎士。
その名を、『狼姫の継承者』、聖輪廻という。

「…………」

輪廻は魔戒剣を黒鞘に納めると、瞳を閉じてゆっくりと息を吸って吐く。
その姿には一種の芸術性があり、カメラマンや絵描きがいたのであれば、間違いなく撮影とデッサンの対象にしただろう。

「むぅ。……おい、キャスターとそのマスターよ」

だが、傍若無人な征服王は、そんな細々としたことは一切気にすることなく、輪廻とキャスターに話しかけた。

「……先に言っておくが、征服王よ」

ライダーの見え見えな思惑を察し、輪廻がさっさと打って返しに行く。

「私とキャスターの答えは、わざわざ訊かずとも理解できている筈よ」

魔戒騎士は誰かに忠誠を誓って戦う、というわけではない。
彼らが殉じるのは一重に”守りし者”としての使命に他ならない。

「はぁ……やはりダメか」
「おい、ラ・イ・ダぁぁぁあああああ!!」

心底残念そうに赤髭を撫でるライダーに、そのマスターであるウェイバー・ベルベットは絶叫じみた声をあげた。

「どーすんだよ!征服とか何とか言いながら、結局総スカンじゃないかぁ!オマエ本気でセイバーとランサーとキャスターを手下にできると思ってたのか!?」

ウェイバーにとってすれば、正面玄関から打って出て相手を粉砕するタイプのライダーの天敵は、妙な策略を張り巡らせるアサシンとキャスターに他ならない。
アサシンは黄金のサーヴァントに打倒された(ように見えた)から良いが、それでもまだこの場に魔術師のサーヴァントがいる。
状況によっては裏切りさえも辞さない魔術師を忠臣にするなど無理と判じたのだろう。

しかし、ライダーの返答はマスターの斜め上を往くものだった。

「何を言っとるか坊主。余は三人だけでなく、女騎士も招き入れる腹積もりだったぞ」
「――――――――――」

サーヴァントのみならず、マスターさえも家臣にしようと企む巨漢に、小柄な魔術師は絶句せざるを得なかった。
先程、エルズとの戦いで見せた見事な剣の腕と戦法、さらには輝くような鎧が如何に素晴らしい物であろうと、現世の生者を勧誘するなど無茶苦茶にも程がある。
そんなウェイバーに対し、誰もが可哀相な者を見る目を向けていた。

『そうか。よりにもよって貴様か』

ただ一人を除いて。

『一体何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば――よりにもよって君自らが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇウェイバー・ベルベット君』
「あ……う……」

ウェイバーは言葉を紡げなかった。いや、恐怖と後ろめたさで出せなかった。
聖遺物の”マントの切れ端”さえ手に入れれば、かつて自分の最高傑作たる論文を徹底的に批判した男が参戦する可能性は低いと踏んでいたのかもしれない。
しかし、魔術教会の総本部とも言える時計塔で数多くの見習いを相手に講師を務める程の地位と権威があれば、代わりの聖遺物を用意するのも難しい話ではないだろう。

この冬木の地において、ウェイバーは肩書きなど要らない実力勝負による名誉欲しさにマスターとなった。
だがここにきて、その実力では自分の遥か先を行く貴族を殺し合いの場で敵に回してしまったのだ。

『残念だ。実に残念だなぁ。可愛い教え子には幸せになってもらいたかったんだがね。ウェイバー、君のような凡才、凡才なりの凡庸で平和な人生を手に入れられたはずだったのにねぇ』

九代続く名門の魔術師が現当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、嫌味をたっぷり込めたセリフを述べあげ、殺気を元お教え子に叩き込んでいる。
ウェイバーはイスカンダルを召喚すると決めたとき、講師と決別したつもりだった。
もはや自分と奴は教師と生徒ではない。列記とした怨敵同士であり、殺してもよい相手だ。そう、双方ともにだ。

『致し方ないなぁウェイバー君。君については、私が特別に課外授業を受け持ってあげよう。魔術師同士が殺しあう本当の意味――その恐怖と苦痛を、余すところなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』

ウェイバーは恐怖に身をすくめ、御車台の隠れるかのような格好になる。
その表情には、初めて未知の壁に押し潰されることに怯える子供のようであった。

だがそこへ、

「ふん、本当の殺し合いを知らないお坊ちゃん風情が、大層な口を叩く」

和装の女騎士が小さくない声でケイネスを非難したのだ。
そんな己の主人の言動に、キャスターは眉を微かに動かして訝しげな僅かに漏らす。

「魔術師同士が殺し合うとき、それは一対一の決闘形式だと聞いたことがある。そうでしょう先生?」
『その通りだよ、魔戒騎士。互いに秘術の限りを尽くし、持てる神秘の全てをもって技量を競い合う。それこそが魔術師の正当な戦いだ』
「魔術師の価値観にとやかく言うつもりはないが……私から言わせたら、それで闘争を(・・・・・・)熟知したつもりか(・・・・・・・)?」
)

どうやらケイネスは魔戒騎士についてある程度の知識があったらしいが、その騎士は一つの暴言を投げつけてきた。
それは要約すると、お前の知る戦いは生温い、ということだ。

「私たち魔戒騎士にも一対一で技量を競い合うトーナメント――サバックというものがある。しかし、それ以外の場合では騎士と騎士が刃をぶつけることは固く禁じられている」

輪廻は歌うように、言の葉を口から吐きだしていく。

「それ故、私たちの戦いといえば常にホラーとの死闘ばかりだ。その頻度は決闘なんぞの数十倍は行くぞ。しかもどれもこれもが命懸け――向こうは卑怯卑劣が上等と言わんばかりの方法をとり、闇討ちなり騙し討ちなり人質なりを使ってくることもある』

ホラーは人間の闇に憑りつく。それはつまり、人間の内から溢れる醜行を好むということでもある。
知性の高いホラーともなれば、生き延びるために謀略を遠慮なく用いてくる。先述にある外道な行いも平左でやらかすだろう。
魔術師の決闘では有り得ないような悪趣味極まる事だって……。


魔術師(メイガス)。貴様にその経験はあるのかしら?家柄も権威も意味を為さず、敵は誇りも矜持も抱かず、些細な迷いが死を招き、理不尽と不条理だけが支配する戦いを」

魔術師の決闘とは、己の研究成果たる魔術の競い合い。
通常、そこには現代科学の這い寄る隙などない。そう、普通ならば。
それを知っているが故に輪廻は、選民思想の貴族にキツい言葉をブチまける。

少しは視野を広げろ(ツソチバチワヨビモゼモ)この末成りの青瓢箪(ソオルマアニオラロピョルカユ)

輪廻は魔界の言葉でケイネスに対し、警告と侮辱を同時に告げる。
魔界語を知らぬケイネスだが、今の言葉が侮蔑のそれだと感覚的に悟ったらしく、口元を忌々しげに曲げつつ憎らしげな視線を輪廻に向けている。

『マスターよ。説教もいいが、今は……』
「えぇ、わかってる」

左の中指で口を動かす魔導輪ヴァルンは気配察知に優れている。
魔的存在であるホラーを狩った今、ほかの魔的存在など一つしかいない。

「なっ、なんで指輪が喋ってるんだ!?」
「あれって……もしかして、魔導輪……?」

一方、ヴァルンの存在に驚くウェイバーと、その正体に気づいたアイリスフィールだったが、今はどうでも良いことだ。

「ほう。その指輪、中々良い目をしておるな。覗き見していたのは、何も余たちだけではないと言うわけだ」
「でしょうね。これだけの大騒ぎ……様子見をしないほうが可笑しい」

ライダーは早速輪廻らの意を汲み取り、何やら得意げな表情になる。
セイバーとランサーの清澄な剣戟、ロキとエルズによる神話の再現。
それを一目見ようとする者は多いはずだ。特に戦争の参加者ならば。

ライダーは穴熊を決め込むサーヴァントやマスターを情けない腰抜けと評すると、両手を左右に広げながら大声で叫んだ。

「聖杯に招かれし英霊は今、ここに集うがいい!尚も顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものとしれ!」






*****

セイバーのマスターは、現時点なら彼女の傍にいる銀髪紅眼の若い白人の美女ことアイリスフィール・フォン・アインツベルンであると、誰もが思っているだろう。
だが実際は違う。本当のマスターは、アインツベルンが四度目の戦争を確実に己の勝利とすべく、信念を曲げてまで婿養子とした外部の魔術使い。
その名を衛宮切嗣――かつては魔術の世界で「魔術師殺し(メイガスマーダー)」と異名されたフリーランスの殺し屋である。
彼は目的を果たすためであらば魔術師では考えられない方法で目標を仕留める男だ。

銃殺、毒殺、爆殺、飛行機諸共の墜落など――汚れ仕事を絵にかいたような手口を用いる。
そんな彼が騎士王との間に信頼を築けないことは切嗣自身がよく理解していた。
その為、貴婦人そのものたるアイリスフィールを代理マスターとすることでお互い必要以上に干渉することなく、最強のサーヴァントを最強のまま使い切る方法を編み出したのだ。

切嗣はくたびれた黒いスーツとコートを纏い、両手には望遠付のワルサーWA2000セミオートマチック狙撃銃を構えている。
コンテナ集配場で状況を見守っていた切嗣は、ライダーのストレートど真ん中を耳にして、

「……あんなバカに、世界は一度征服されかかったのか」
『…………』

正直な感想が浮かんできた。
インカム越しにも、助手の呆れ果てた声無き声が聞こえてくるようであった。





*****

同時刻、冬木教会の地下。

綺礼と時臣は、アサシンを介してライダーの啖呵を耳にしていた。

『……拙いな……』

蓄音機型通信機からでも、時臣の感情の乗った声が届く。

「拙いですね」

二人は嫌と言うほど知っている。
自分たちの陣営に、この手の挑発を絶対に聞き流さないであろう、傲岸不遜な王者がいることを。





*****

所戻って倉庫街。
横幅の広い此処の道路には、当然ながら夜勤の車が事故に遭わないよう街灯が幾つか設置されている。
その街灯の内の一つの上、丁度戦場にいる全員を見下ろせる位置にヤツは現れた。
黄金に輝く粒子を撒き散らすように、霊体から実体へと切り替わるサーヴァント。

「アーチャー」

輪廻はこの状況でこの場所に現れるサーヴァントのクラスをピタリと言い当てた。

芸術品のように美麗な顔、逆立てられた金髪。首から下の全てを覆い尽くす黄金の甲冑。
それがこの英雄王の風貌であった。

(オレ)を差し置いて王を称する不埒者が、一夜に二匹も湧くとはな」

黄金の英霊は開口一番で早くも己の個性を強く指示す言葉を紡いだ。
どうやら彼にとって、騎士王(セイバー)征服王(ライダー)の存在と名乗りがいたく気に入らなかったようだ。

「難癖つけられたところでなぁ……イスカンダルたる余は、余に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」
「戯け。真の王たる英雄は、天上天下に(オレ)ただ独り。あとは有象無象の雑種にすぎん」

アーチャーは当然だとでも言いたげな口調で言い切った。
強引極まる性格をしたイスカンダルでさえこのようなことは言わないだろう。

「そこまで言うんなら、まずは名乗りを上げてみたらどうだ?貴様も王たる者ならば、まさか己の威名を憚りはすまい?」
「問いを投げるか?雑種風情が、王たるこの(オレ)に向けて?」

ライダーの至極当然な質問さえも、アーチャーからすれば気に障る内容だったらしく、足場としている街灯を踏みつけて内部の電球を粉々にした。
単に真名を伏せたい、というより、寧ろ知っておけと言わんばかりだ。

「我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値すらない!」

不屈の美貌を怒りにゆがめ、アーチャーの沸点が限界に近づく。
それと同時に彼の背後で黄金の光が発生し、それをゲートにして二つの武器が刃を見せる。
一つは宝剣、一つは宝槍だ。

「あら?じゃあ、こう呼んで差し上げればいいのかしらね?……英雄王」
「……ん?」

そこへ、焼け石に水程度かもしれないが、ギルガメッシュの熱を冷まして興味を引かせる女の声がした。
王者は自らの素性を口にした一人の女騎士に視線を向けた。

「ほう……その口ぶり、我が真名に察しがついているようだな」
「あれだけ大量の原典を、成金の如く湯水のように使えばね」

その会話によって、一同の注目は輪廻にも集まった。
この女は何か重要なことを知っている、という確信とともに。

しかし、そんな異様な空気も、とある一人の蟲使いによって破断する。






*****

街外れの大きな廃工場。
人の気配一つせず、ましてや夜であるが故に不気味ささえ感じるこの場所で、一人の男が私怨を燃やしていた。
生気が殆ど感じられない痩躯を、フード付のウインドブレーカーで隠した男。

名前は間桐(まとう)雁夜(かりや)―――聖杯を臓硯に引き渡す代わりに、初恋の幼馴染である遠坂葵の愛娘こと桜の身柄を開放すると約束させ、この戦争に参加した。
だが、目的は聖杯だけではない。魔術師の常識だけで物事を判断し、マキリの悍ましさも知らずに桜を養子に出した男……桜が蟲共に凌辱される要因の一人を殺すことである。
その男の名は遠坂時臣。
葵と結婚して凛と桜の子宝を――雁夜が望んだ全てを手に入れたにも関わらずそれを貶めた、憎んでも恨んでもなお足りぬ怨敵。

その時臣のサーヴァントが現れる瞬間を蟲を介して見たときには酷く興奮した。
もし自分のサーヴァントがアーチャーを倒し、時臣をいの一番に脱落させれば、ヤツが今まで積み上げてきたプライドを跡形もなく粉砕できるかと思えば尚更だ。

だから、雁夜は命令を下した。
左半分は死後硬直のように動かない亡者の顔で、自分の全てを食いつぶす怨霊に向けて一つの方向性を与えた。

「殺せ、バーサーカー。あのアーチャーを殺し潰せ」





*****

そうして姿を現したのは、闇色の霧を全身に纏った漆黒の狂戦士。

「―――■■■■■■■……!」

頭には紅いスリットの入った兜を被り、全身甲冑を身に着けた狂獣は、獰猛な叫び声を散らした。

「バーサーカー!?」

セイバーはこのタイミングでバーサーカーという狂気の英霊が参戦してきたことに驚愕した。
こんな混沌極まった戦況の中でコントロールの難しいバーサーカーを敢て放つなど、戦略もへったくれもない。
尤も、雁夜の頭の中に戦略などなく、ただただ怨嗟の想念を晴らそうとしているに過ぎない。

ただし、このバーサーカーの特性は、他の陣営に対する大きな存在となり、一時的に動きを止める要素となっていた。

「なぁ征服王。あいつには誘いをかけんのか?」
「誘おうにもなぁ。ありゃあ、のっけから交渉の余地なさそうだわなぁ」

ランサーの軽口に、さすがのライダーも素直に答えた。
相手はクラス別能力『狂化』によって、理性と引き換えにパラメーターが底上げされたケダモノ。
言語で喋る、という行為を忘れた相手に話しかけるだけ無駄というものだ。
何より、例え単語を口走る程度のことができたとしても、今の殺気に満ち満ちたバーサーカーがまともな言動を行うはずがない。

「で、坊主よ。サーヴァントとしちゃどの程度のモンだ?あれは」
「……判らない。まるっきり判らない」
「何だぁ?貴様とてマスターの端くれであろうが。得手だの不得手だの、色々と”観える”ものなんだろう、えぇ?」

サーヴァントと契約を交わした正規のマスターには令呪のみならず、サーヴァントのパラメーターやスキルを透視する能力が与えられる。
だがウェイバーの目には、それが見えなかった。否、覆い隠されていたのだ。

「観えないんだよ。あの黒いヤツ、間違いなくサーヴァントなのに……ステータスも全然読めない!?」

バーサーカーの全身を覆い尽くすのは漆黒のフルプレートだけでなく、甲冑全体から発生している黒い霧。
まるで鬼火のような不気味さを放つそれは、兜のスリットから覗くバーサーカー自身の紅い眼光も相まってか、彼が怨念の塊だと主張しているかのようだ。
そこには大抵の英霊が備えているべき華――『貴き幻想(ノウブル・ファンタズム)』としての輝きは一切ない。

「ふむ。あの英霊には自らの正体を秘させるスキルか宝具があると見える」

ここで漸くキャスターが口を開いて喋りだす。
解析の魔術を得意とするこの魔術使いすらも、バーサーカーの素性を暴けなかったが故の言葉だろう。

「だけど、この息苦しい状況はどうにかならないものかしらね?」

輪廻は輪廻で、七騎全てのサーヴァントが一つの地に集結したという途方も無い大珍事が起こっているにも関わらず、自分の感想を優先している節さえ見受けられる。
心理的に中々の余裕を残しているに違いない。

だがその戦況も三分と経たずに変わると確信していた。
その理由は傲慢さを絵にかいたような人類最古の英雄にある。
彼はセイバーとライダーの肩書きに対して苛立ちを感じていたはず。
ならば、アーチャーによって攻撃される優先度はこの二人の方が高いだろう。

などと、輪廻が高をくくって愚考していると、

「誰の許しを得て(オレ)を見ている?狂犬めが」

アーチャーの二つの鏃は、地上で彼をじっと見据えるバーサーカーに向けられていた。
どうやらこの英雄王、バーサーカーの怨嗟に満ちた眼光が此方に向いたことを、視姦されたも同然の如く感じたようだ。
よって、黄金の英霊にとっての最優先殲滅対象はバーサーカーへと切り替わる。

「せめて散り際で(オレ)興じさせよ。雑種」

そして、宝剣と宝槍という規格外の矢が、ゲートという異形の弓より射出された。
例え射撃能力が正確無比でなくとも、強力な何かを飛び道具として扱う。それこそが弓兵としての資格。
次の瞬間、バーサーカーの佇んでいた場所は爆発し、濃い黒煙に包まれた。

ウェイバーとアイリスフィールは、今のでバーサーカーは死んだか、重傷を負ったと確信した。
でも、サーヴァントたちと輪廻は違った。
寧ろ今の光景を見て驚喜している様子さえ見受けられた。

「奴め、本当にバーサーカーか?」
「狂化して理性を失くしとるわりには、えらく芸達者なヤツよのぅ」
「全くだ。あれこそが天性の才能と呼ばれるのだろうな」

ランサー、ライダー、キャスターがそろってバーサーカーがやってのけた事を高く評価した。

「え?なんだ?」
「あらま、やはり見えてなかったか」

戸惑うウェイバーに対し、輪廻は特別に彼に講釈を垂れることにした。

「あの狂った騎士は先に飛んできた剣を身を屈めて避け、柄に手を伸ばして執り――そしてソレを振るって槍を叩き落としたのよ」

それはおよそ2秒にも満たない出来事であり、人間を超越したサーヴァントと、観察能力に優れた魔戒騎士である上に魔力で動体視力を強化した輪廻だからこそ看破できたのだろう。

「…………」

当のバーサーカーは何でもないように佇み、再び視線をアーチャーへと固定する。

「―――その汚らわしい手で我が宝物に触れるとは……そこまで死に急ぐか、狗ッ!」

遂に唯我独尊たる王の激怒は絶頂に達しようとしている。
その証拠として、背後にある黄金の異空間ゲートは更に拡大していき、そこからは多種雑多な武具が顔を見せだす。
それらは全て、神話や伝説にて語り継がれる神秘の結晶――即ち宝具。

「そんな、バカな……」

ウェイバーは目の前の非現実的すぎる光景に二の句が継げなかった。
出現した宝具の数は十六挺……刀剣や槍は勿論のこと、戦斧・槌・矛といった物、さらには使い方さえ判別しえぬ形状の物まである。

「その小癪な手癖の悪さでもって、どこまで凌ぎ切れるか――さあ、見せてみよ!」

――バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!!――

そうして一気に解き放たれる宝具の群れ。
バーサーカーは最初の一本を受け止めると、その威力の反動で後ずさりつつ飛んでくる武器を手中に収め、次々に飛んでくる宝具を打ち返していくではないか。
いや、それだけではない。

――ガギン!ガギン!――
――バッ!バッ!――

更に量の増えていく宝具の雨あられに対し、バーサーカーはより強力な宝具を選別し、既存の武装を放棄した直後にソレらを両手で掴み取り、迎撃を続行している。
それを当たり前のように繰り返している辺りからして、このバーサーカーには狂気の徒となって尚、決して失われることのない武錬が魂の芯にまで染み付いているのだろう。
その精錬された動きは本当に見事であり、見るもの全てを引き込み魅せる程の冴えを自然体で披露している。

そしてバーサーカーが左手に持った戦斧で宝具を弾き飛ばすと、Bランクの宝具ヴァジュラが射出されてくる。
バーサーカーは右手に持った剣を振り下ろすことでそれを迎え撃った。

――バァァァアアアァァァン!!――
――ビリビリ!ビリビリ!――

コンクリートの地面に巨大な亀裂を発生させるほどの爆発と雷撃が周囲を覆いつくし、バーサーカーの姿を隠した。
ギルガメッシュは街灯の上でそれを静かに見ていると、

――ビュンビュンビュンビュン!――

黒い煙の中から二振りの短剣が回転しながら飛んできた。
その狙いは実に粗く、命中したのはアーチャーではなく、彼が足場としていた街灯のポールであった。
アーチャーは即座に跳躍し、ポールは三分割の鉄屑にされた。

アーチャー自身は余裕で地面へと着地…………

「痴れ者が……天に仰ぎ見るべきこの(オレ)を、同じ大地に立たせるかッ!」

したものの、アーチャーはメルトダウンでもしたかのように嚇怒を更に燃えたぎらせ、背後の宝具群を召喚せんとする。

「その不敬は万死に値する。そこな雑種よ、もはや肉片一つも残さぬぞ!」

異空間から出現しようとしている宝具の数は三十を優に越えている。
英雄王自身、己の威厳に泥を付けた狂者を此の世から消滅させるべく、真紅の双眸を血走らせている。
下手を踏めば、この倉庫街が廃墟と化すのも現実味を帯びた事となってきている。

そして一同は思った。
バーサーカーは勿論のこと、アーチャーの潜在能力は到底一度や二度見た程度では推し量れるものではないということを。





*****

遠坂邸の地下にある魔術工房。
時臣はそこで、アサシンから得た戦況に対し頭を悩ませていた。

『ギルガメッシュは本気です。さらに「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」を解き放つ気でいます』
「必殺宝具を繰り返して衆目に晒すとは……なんたることだ」

時臣は高貴なる者には礼を尽くすべき、という貴族然とした考えを持っている。
よって、ギルガメッシュ程の最高位の英霊に対しては主従関係など関係なく臣下の礼をとっている。
だが、それとこれとは話が全く違うというものだ。

『我が師よ、ご決断を』

綺礼の催促ともいえる言葉に、時臣は片手の甲に刻まれた令呪を見やる。
何がっても秘匿し続けなければならない真名さえも、あの魔戒騎士は既に見破っているのだ。
そして、

「令呪を以て奉る。英雄王よ、怒りを鎮め撤退を」

第四次聖杯戦争における最初の令呪が発動した。





*****

「貴様如きの諌言で、王たるこの(オレ)の怒りを鎮め退けと?大きく出たな、時臣」

令呪の効力が発揮され、ギルガメッシュは遠坂邸の在る方向へと目を向け、忌々しげに愚痴を零す。
だが令呪による命令権は絶対だ。
あちらこちらに散乱した宝具は光の粒子となる形で宝物庫へと回収されていく。

「命拾いしたな、狂犬」
「……」

バーサーカーもまた、アーチャーからの猛攻が止むと、動きをピタリと止めていた。

「雑種ども。次までに有象無象を間引いておけ。(オレ)と見えるのは、真の英雄のみでよい」

それだけ言い残すと、英雄王は霊体化して戦線を離脱していった。
こうして黄金と暗黒の英霊の対決はあっけなく終了してしまった。

「フム。どうやらアレのマスターは、アーチャー自身ほど剛毅なたちではなかったようだな」

と、ライダーが独り言のように呟いた。
一同は最古の英霊が去ったことに安堵したが、危機感は完全に拭い切れてはいない。
なにせ、正体不明のバーサーカーが未だに戦場で殺気を放っているのだから。

その殺気を――スリットから怨念が滲み出るような視線を向けている相手は……。

「……ur……」

祟るような、呪うような、悍ましい声音が兜の中で響いてなお外に籠った声として出てくる。

「……ar……ur……ッ!!」

初めて感情を乗せた咆哮を叫びつつ、バーサーカーはセイバーへと襲い掛かった。

とは言っても、真っ直ぐにセイバーへと駆け寄ったわけではない。
先程、ギルガメッシュが足場とし、自分が投げた短刀によって三分割になった街灯のポールだ。
2メートル余りのそれを拾い上げた直後、バーサーカーは跳躍して一気にセイバーに飛びかかる。

――ガギン!――

当然セイバーも剣を振るって攻撃を防いだ。
鍔迫り合いも同然の状態の最中で、セイバーは見た。
バーサーカーの籠手から魔力が蜘蛛の巣状に伸び、ポールの属性を染め上げていることに。

「なん……だと……?」

セイバーは困惑しつつも、剣を思い切り振るい、バーサーカーを後方へと弾いた。
だが、左手には全力が宿らず、やっとのことで弾いたに過ぎない。

「■■■■■……ッ!」

バーサーカーはポールを斬馬刀や長槍の如く操り、セイバーを押していく。
しかし、今の現象を見て疑問が解消された。
セイバーの宝剣は世界に名だたる伝説の中で最も有名な一品だ。
当然、そこに籠められた神秘の度合いは凄まじい高ランクを誇る。
それだけの聖剣と鉄屑が鍔迫り合いになるなど有り得ないことだ。そう、鉄屑が宝具にでもならない限り。

「……そういうことか。あの黒いのが掴んだ物は何であれ、ヤツの宝具になるわけか」

特殊能力型宝具『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。
その効果は手に持った物体を自らの宝具としての属性を与えること。
例えその辺に転がっている棒切れであろうとDランクの宝具とする上、高ランクの宝具を掴めばランクはそのままで己が支配下に置くことができる。

ウルクの王が放った宝物の数々を相棒たる武器の如く扱って見せた技量の所以は純粋な技巧だけでなく、この宝具の力があったらばこそなのだ。
言うなればバーサーカーは別の意味で無限の宝具を有していると言っても過言ではない。





*****

スコープ越しで戦況を見ていた切嗣はインカムを通して助手に話しかける。

舞弥(マイヤ)。そっちからバーサーカーのマスターを視認できるか?」
『いいえ。見当たりません』

切嗣の助手の名は久宇(ひさう)舞弥(まいや)
最低限ながらも魔術の素養もあり、何より切嗣の道具として生きている彼女は、この聖杯戦争における切り札の一つだ。
今は切嗣と二人でこの倉庫街の死角をフォローするように狙撃銃を構えている。
にも関わらず敵の姿が見えないとなれば、恐らくこの近辺におらず、遠方で身を潜めているのだろう。
切嗣にとってはこういう相手が一番殺しにくい難敵だ。

「まずいな……」

切嗣が魔術師殺しとして幾つもの依頼を達成してきたのは、ひとえに魔術師たちの傲慢さにある。
魔術とは過去に向かう力だ。一方で科学は未来に向かう力だ。
だが、現段階において科学の力を以てしても到達できない領域こそが魔法だ。
それに最も到達しやすい学問こそが魔術であり、それを修めんとする為に魔術師たちは古い時代から自分の血脈と研究成果を残して子孫が根源や『 』に辿り着けるようにするのだ。
結果として、魔術師の多くが科学技術の使用に抵抗を覚え、中には魔術より格下とみているケースが多い。

手間やコストの面では遥かに科学の方が上という点を知ろうとさえしない。
切嗣はその隙を突くべく、近代科学の代表的な武器である銃火器を好んで使用するのだ。

「くそッ……」

だが今は銃火器が役に立つかどうかさえ怪しい。
何しろバーサーカーはサーヴァントであり、彼らのような神秘の塊には同じレベルの神秘を叩きつけなければならない。
当然だが、魔術に比べて歴史の浅い銃火器に神秘性は微塵もない。
このままではセイバーが押され続けた挙句、他の陣営がバーサーカーに加勢する可能性さえも視野に入れなければならない。





*****

ガギンガギン、という金属音が何度となく倉庫街に響き渡る。
ポールを長柄のように両手で振り回すバーサーカーと、片手で大剣を振るうセイバー。
ただしバーサーカーが五体満足なのに対し、セイバーは『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』の呪いで左手が封じられている。
いや、例えセイバーが全快の状態でもバーサーカーに勝てたかどうかは厳しい。
特にこの闇色の騎士の真名をセイバーが知れば、尚更戦うことなどできないだろう。

「貴様は、一体……?」

無意識に呟いた一言に、セイバー自身バカバカしく思えた。
だが言わずにはいられなかったのだ。
狂化して尚これだけの腕前を以て、セイバーの最高峰である自分にこれだけ肉薄する戦士の正体に未だ見当さえついていないのだから。

バーサーカーはそんなセイバーの心情など、知ったことか、と一蹴するかのように追撃を掛けていく。

「■■■■■■■ゥゥゥ…………!!」

バーサーカーは追撃によって生じたセイバーの隙をつき、自身を軸にして長柄となったポールを回し、思いもよらぬ方向から側頭部を殴りつけようとする。
だが、そこへ―――

――斬ッ!――

深紅の長槍が一閃した。
その直後、長柄は魔力を断ち切られて一瞬だけ只の鉄屑に戻り、二メートル余りはあったソレを半ばあたりに両断された。

「悪ふざけはその程度にしてもらおうか。バーサーカー」」

美貌の槍使いはセイバーを庇うような立ち位置で槍の穂先を狂戦士に向けた。
破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は魔力を断ち切る効力を持った、言うなれば宝具殺しの宝具だ。
それを以てすれば、バーサーカーの疑似宝具もただの鉄塊も同然であろう。

「そこのセイバーにっは、この俺との先約があってな。……これ以上つまらん茶々を入れるつもりなら、俺とて黙ってはおらんぞ?」
「ランサー……」

死闘の最中とはいえ、セイバーは一人の騎士として感極まった。
目の前の槍兵と自分の間に存在する共通項は、紛れもなく騎士道の誇りであったのだから。

ただし、その華に気づかない無粋者も存在していた。

『何をしているランサー?セイバーを倒すなら、今が好機であろう』

ケイネスの空気を全く読まない発言が飛び出してきた。
それを聞いて輪廻は「はぁ……」などと露骨に溜息を吐きだしている。

「セイバーは!必ずやこのディルムッド・オディナが、誇りにかけて討ち果たします!お望みなら、そこな狂犬めも先に仕留めて御覧に入れましょう。故にどうか、我が主よ……!」
『……令呪によって命じる』
「主よ!?」

冷血なまでに無感情な声が、そして命令が下される。

『バーサーカーを援護してセイバーを――殺せ』

如何な英雄といえど逆らうことの叶わない絶対命令の執行権限が発動した。
そして、

――バッ!――

ランサーは二本の槍で背後で庇いだてていたセイバーを切り捨てんとする。
尤も、間一髪でセイバーが後方へと逃げ延びたことで魔槍は虚空だけを裂く。

「ランサー!?」

彼の心中を案じて声を出したセイバーだが、それは逆効果だったのかもしれない。
ランサーの顔には屈辱と無念さを絵にかいたような表情が張り付いている。
誓いを交わした主人からの絶対命令とはいえ、半ば裏切るような形でセイバーに襲い掛かり、挙句の果て矜持も誇りもかなぐり捨てた狂犬との共同戦線を強いられたのだから。

「……セイバー、すまん……」

バーサーカーが無言でランサーの隣に立つと同時に、ランサーは申し訳なさそうに呟いた。

一方セイバーにとってこれは絶体絶命である。
自分に一矢報いた槍兵と、自分を圧倒した狂獣。その二騎が矛を揃えて自分に刃を向けている。
おまけにバーサーカーの議事宝具は長さこそは短くなったが、その程度では槍を剣に変えた程度だ。武器を奪ったとはいえない。

「アイリスフィール、この場は私が食い止めます」

セイバーが切嗣の名案たる、アイリスフィールを代理マスターとする、に賛成したのは、ただ単に切嗣との相性の悪さやアイリスフィールとの相性の良さだけではない。
セイバーはアイリスフィールが聖杯の運び手だと聞かされている(奥深くの真実は知らされていない)。
その為、アイリスフィールが死ねば聖杯降臨に不都合が生じると考えている。だから彼女の命は本物のマスターと同等に考えねばならない。

「その隙に、貴女だけでも離脱してください。出来る限り遠くまで」

叫ぶように要望するセイバー。
だが貴婦人は動こうとはしなかった。

「アイリスフィール、どうか―――」
「大丈夫よ、セイバー。貴女のマスターを信じて(・・・・・・・・・・・・)!」

含みのあるセリフが耳に届いたとき、セイバーの直感Aが即座に働いた。

(切嗣がこの場に来ている……?)

セイバーの未来予知に等しい勘の鋭さが本能的にそれを訴えている。
無論、切嗣も舞弥に命じて、それぞれケイネスとアサシンに向けて同時に制圧狙撃を行うことで事態を一変させるという、ハイリスクな策を実行しようとした。
だがしかし、6で始まったカウントが開始された直後に状況はさらに変化した。

セイバーとランサーとバーサーカーの視界の端に、真っ赤な後光を背負う一人の女騎士の雄姿が垣間見えた。
言うまでもないだろうが、輪廻は魔戒剣で前方に円を描き、その円という門を潜るようにして即座に鎧を纏い、断罪剣を握ってランサーとバーサーカーに突撃を仕掛けんとしているのだ。

――ガギン!――

いや、しようとした、というより、既にしていた。
厳密に述べると、ロキの剣がバーサーカーの棒切れを受け止め、それによってセイバーが一対一でランサーの槍を宝剣で受け止めている。
結果として、ロキは敵であるはずのセイバーに助太刀したことになる。

さらに、予めマスターからの指示を受けていたのか……。

投影開始(トレース・オン)

赤い外套の魔術使いまでもが、大量の大剣を現出させて雨の如く降らせることでケイネスがいる倉庫の屋根を串刺しにしていた。

『ヒッ……!?』

命中こそはしていないが、自らの周囲360度を埋め尽くす剣達による円陣に囲まれ、花形魔術師は僅かに無様な悲鳴を漏らした。

すると今度はロキの左手に収まっているヴァルンがこう言い放つ。

『貴族の誇りはあれど、額に汗する誇りを知らぬとは……無粋な』

そこには確実にケイネスという一人の魔術師に対する軽蔑の念が込められていた。
だが、ヴァルンが行ったのは只の罵倒だけではない。
彼の縦に長い一つ目から漆黒の何かが出現し、バーサーカーとランサーの五体に絡み付いて動きを完璧に封殺しているのだ。

「…………ッ!?」
「なッ、これは……!?」

バーサーカーも渾身の力で黒い何かを引き千切ろうとするが、その行為を嘲笑うかのように黒い何かの強度は益々パワーアップしていく。
ランサーも令呪によってセイバーに穂先を突き立てようとするも、狂戦士と同じように動けない。

紅蓮騎士・狼姫は数千年の歴史上で唯一の女騎士の家計だ。簡単に言えば普通ではない。
ならば、歴代当主たる彼女らが継承してきた魔導輪もまた、普通ではないと言えるのではないだろうか。

それが今披露しているヴァルン独自の固有能力。
影に質量を付加して自由自在に操るというものだ。

「バーサーカー」

ホラーと対した時と同じような声音と殺気でロキが言い放つ。

「セイバーにどんな恨みがあるかは知らないけど、これ以上暴れるっていうなら、私やキャスターは勿論のこと、ライダーの突撃も待っているわよ」
「…………」

すると、バーサーカーの動きが静かになった。
彼が一度周囲を見渡してみると、そこには何時でも宝具の投影準備をしたキャスターと、神牛の手綱を握って不敵に笑っているライダーの姿が見えた。
どうやら自分の置かれた状況を理解したらしい。
尤も、この状況ではセイバーに感情をぶつけることはできないということだけ――かもしれないが。

黒い怨霊は今までの狂犬ぶりとは打って変わり、拍子抜けするほど素直に霊体化して戦線を離脱していった。
それと同時にヴァルンから出ていた黒影の呪縛も解け、ランサーは自由になったが、セイバーに攻撃してこない。
援護対象であるバーサーカーが去った為、令呪の効力が切れたのだろう。

「ふう」

ロキはほっとした声を出すと同時に鎧を解除した。

「すまなかったわね、ライダー。少しばかり、付き合わせちゃって」
「謝ることはない。余としては、貴様のように誇り高い美女の言葉には耳を貸す意味があるのでな」

朗らかな笑顔を浮かべるライダーに、輪廻も安らかな笑顔で答えた。
どうやら鎧を召喚する前に一声かけていたらしい。

「キャスターも有り難う」
「礼など要らん。サーヴァントの責務の一つだ」

不愛想に答えるキャスター。

「ただし、此処で一人も狩らんというのは、詰めが甘いように思えるがな」

などと批判を述べ立て、魔術使いは霊体化して姿を消した。
輪廻はやれやれ、といった表情で首を横に何度も振ると、

「さて……ロード・エルメロイ。早くディルムッドを退かせなさい」

自分の従者が霊体化しているにも関わらず、輪廻は命令形でケイネスに言いつけた。

「騎士の誇りをくどい命令で汚すなら、私はセイバーに加勢するわよ」
「フム。ならば余も手を貸すとしようか」

三人がかりでランサーを潰す、という図式が自動的に出来上がっていく。
最早言葉にせずとも、ケイネスが危機的状況を悟るには十分すぎた。
何やら苦虫を噛み潰しただけでなく、この上ない辱めを受けたかのような憤怒の念を漂わせつつ、それを無理に押しこめたかのような冷たい声が響いた。

『撤退しろ、ランサー。今宵はここまでだ』

その言葉がランサーの耳に届くと、彼は槍を強く掴んでいた握力を緩めた。
恐らく、主人に対する暴言や理不尽な状況からくる何とも言えない感情や緊張感がそうさせていたのだろう。

「感謝する。征服王、魔戒騎士」
「なぁに。戦場の華は愛でるタチでな」
「私も、あんたのマスターが気に食わなかっただけよ」

続けてランサーはセイバーに一瞥を送った。
だが言葉を交わす必要はない。一度でも尋常に矛を交えた仲だ。
わざわざ口で言わずとも、互いに何を言いたいかは大体見当がつく。

”決着は、何れまた―――”

剣士と槍兵は首肯し合って意を確認すると、ランサーは霊体化してこの場を離れていった。

そうして後に残されたのは、セイバー陣営・ライダー陣営・キャスター陣営である。

「……結局、お前は何をしに出てきたのだ?征服王」

セイバーは冷静な口調で質問した。
輪廻とキャスターはまだわかる。ホラーという魔物を狩ることは魔戒騎士の使命であり、キャスターは彼女の従者として補佐しただけだ。
騎士の一人一人が何らかの信念や使命の許に剣を執ることについて十二分の理解があるセイバーは敢て質問対象から二人を外していた。

「さてな。そういうことはあまり深く考えんのだ。理由だの目論見だの、そういうしち面倒くさい諸々は、まぁ後の世の歴史家たちが勝手に理屈つけてくれようさ。我ら英雄は、ただ気の向くままに、血の滾るまま、存分に駆け抜ければ良かろうて」

大胆不敵というか何というか、まるで面倒事を嫌う子供のような意見である。
まあ、それぐらいの我儘さ加減がなければ征服王などとは呼ばれていないだろうが。

「……それは王たる者の言葉とは思えない」
「ほう?我が王道に異を唱えるか?フン。まぁそれも必定よな。全ての王道は唯一無二。王たる余と貴様では、相容れぬのも無理はない。……いずれ貴様とは、とことんまで白黒つけねばならんのだろうな」

王とは数多くの臣民たちの代表であり国のシンボルだ。
それが他国の者の意見に流されやすいなど、決して在ってはならないこと。

「望むところだ。何ならこの場でも――」
「それは性急すぎないかセイバー?騎士王たる者が、何を焦っている?」

そこへセイバーに待ったをかけたのは霊体化した矢先でまた実体化したキャスター。

「魔術師風情が、王と王の闘いに文句をつけるのか?キャスター」
「魔術師だからこそ、君の態度が焦って見える。数々の戦場で常勝を齎した王者とは、この程度の挑発に応じる器でなれるらしい」
「キャスター。皮肉を余所で零さない」

キャスターの皮肉に対して額に皺を寄せだしたセイバーを見て、輪廻が従者を戒める。

「セイバー、悪かったわね」
「……いいえ。私にも非があったのは事実です」

同じ女騎士同士、通ずるものがあったのか、セイバーは輪廻に対して比較的温和な態度をとった。

「セイバー。私たちは今夜もう拠点に戻るわ。何時か決着をつけるとしましょう。でもその前に……」

輪廻は言葉を濁しつつ、セイバーの体のある一点に注目する。

「その左手をどうにか――否、ランサーを倒してくることね」
「……」

言い返すことのできない正論だ。
今のセイバーは全力で剣を振るうことも、真の宝具を全力解放することさえできない。

「ライダーも、また会うとしましょう」
「応。二陣営とも、次は余の血を存分に熱くしてもらうぞ。……おい坊主、何か気の利いた台詞は無いのか?」
「あるか!オマエ何で敵と仲良さげにして――バチッ!――ぎゃは!?」

またもや額にデコピンを喰らって黙らされたウェイバー。

「「「「…………」」」」

憐れすぎてもう何も言えなくなっている四人。
そんでもって、

「さらば!」

そんな場の空気など知ったことかと言わんばかりに、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を走らせて空の彼方へと去って行った。
ちなみに、輪廻はウェイバーを見ながら「あの子、面白そうね」と、意地の悪い笑顔を浮かべていたりした。
その際、キャスターには彼女が”あかいあくま”とダブって見えたとか。

「キャスター、行くわよ」
「あぁ」
「疲れたから、抱えて頂戴」
「……あぁ」

そして――微妙な表情をしつつ、キャスターはマスターをお姫様抱っこして寝床へと帰還していった。





*****

その頃、廃工場では。

「俺のバーサーカーから尻尾まいて逃げやがった……!」

間桐雁夜はバーサーカーの武錬と宝具が、時臣のアーチャーが誇る宝具群と拮抗したことに対してハイな気分になっていた。

「あの傲慢ちきな野郎の顔に泥を塗ってやったぞ……!」

遠坂家の五代目当主であり、正当な魔術刻印を継承した上で人生の大半を魔術の修練に明け暮れた時臣。
間桐の家督を破棄して尚、桜を蟲共の凌辱から救うために一年という短期的な俄仕込みの修行で魔術使いとなった雁夜。

魔術の世界では落伍者とされるであろう雁夜が、現存する貴族の時臣と張り合うことができた。
それだけでも大きな収穫だ。

「時臣。貴様の吠え面を見たかったぜ。ハハハ―――ヴおっ!?」

突如として、雁夜は大きな激痛と嘔吐感に襲われ、膝をついて口から血と共に吐き出したモノは……。

”〜〜〜〜〜!!”

雁夜の吐血の上でミミズのようにのた打ち回る蟲――刻印虫である。
この蟲共は一年間の修行の中で雁夜の体内の隅々にまで巣食い、彼の弱小な魔術回路と同化することで雁夜の魔術使いとしての格を上げている。
だが、この刻印虫たちは宿主の肉身を喰らい、魔力へと変換している都合上、雁夜は魔力を使えば使うほど寿命を縮めていく。
実際、この刻印虫を宿して蟲使いとなる修行を経て、彼の体は左半身が死後硬直のように麻痺する程の重体である。
臓硯の見立てでは、寿命はおよそ一か月。

「バーサーカーめ……セイバーに向かって暴走しやがって……」

当然、サーヴァントは現世に留まる為に人間の魔力を常に必要としている。
霊体化していれば魔力は最小限で済むが、実体化すれば魔力は倍化し、戦えば更に倍化する。
今の雁夜にとって、魔術の行使はおろかサーヴァントの維持さえも地獄へ通ずる黄泉路となっている。

「だが制御できれば……やれる!」

覚悟などとうの昔にできている。
例え自分が格下でも、それによって臓硯からバーサーカーを薦められ、結果として苦痛に喘いでも。

「待ってろよ……桜……」

愛する人の娘の顔に今一度、家族との幸わせな笑顔を取り戻せれば、それで良い。
雁夜は決意を新たにするかのように少女の名を口にして、暗い影の中へと身を潜めていった。





*****

「ねえ、キャスター」
「何かなマスター?」

従者にお姫様抱っこされた主人は、ある質問をした。
それも従者が住宅の屋根や電柱を足場にして何度も何度も人間離れした跳躍をして円蔵山に向かっている最中で。

「今後の展開、どうなると思う?」
「さてな。しかし、アインツベルンがランサーに仕掛けてくる――それだけは確かだ」

キャスターは”セイバー”ではなく、”アインツベルン”と言った。

「それって、マスターが闇討ちをってこと?」
「そう考えるのが妥当だ」

今はまだ言えないが、キャスターは魔術師殺しの情報を断片的に記憶している。
確実に標的を鏖殺し勝利する為なら、あの男は如何な外道的手段を以て挑むか……。

「少なくともホムンクルスの女はただのデコイだ」
「でしょうね。令呪どころか偽臣の書さえ持っていなかったもの」

神官が送り付けてきた資料の中には、間桐家が令呪を考案・開発したことが記されていた。
それだけでなく、一画の令呪を一冊の魔導書に移すことで魔術師ですらない者を代理マスターにする裏ワザが存在する。
それこそが”偽臣の書”だが、アイリスフィールはそれを懐に仕舞っている様子さえなかったことから、恐らく戦略的理由でセイバーを彼女に預けているのだろう。
まあ、アインツベルンのホムンクルスが偽臣の書を持っているという仮説自体ナンセンスなのだが。

「ところでキャスター」
「今度は何だマスター?」
「好い加減、私のことを名前で呼びなさい」
「……」

その要求を聞いてキャスターは思った。
ああ、この女はあいつ(・・・)に似ている―――と。

「私の名前は輪廻よ。紅蓮騎士・狼姫の、聖輪廻」
「そうだったな。輪廻」

こうして、夜の時間は更けていった。
新しい闘争と死闘を迎えるまでの、僅かな休息のように。

『ところでマスター』
「どうしたのヴァルン?」

そこへ何かを言いたげに口を開いてきたヴァルン。

『あれ、撮らなくてよかったのか?』
「――あ、ヤバ……」
「ん……何か問題でも起きたか?」

輪廻の反応から、流石にキャスターも気になって訊いてみる。

「……写真撮るの忘れてた……」
「…………は?」

そして、こうも思った。
規模の違いはあれ、うっかり娘な所も同じだと。





*****

聖杯戦争(テリバリテユトル)……英霊(レリメリ)……魔術師(ナヂュクチ)……』

誰も知らない本当の暗闇の中で、何かが冬木の闘いに関する単語を並べている。

これほどの陰我(ソメボゴオリユザ)……我が同族の食卓に相応しい(ヤザゴルドスオチョスカスイブタヤチリ)

陰我のある邪念は更なる陰我を呼び寄せ、巨大な厄災を招く。

幻想に踊らされし愚物ども(ゼユトルイロゴマタメチズプクゴノ)……貴様らの肉身と魂(シタナマオイスニコカナチリ)我らが糧となれ(ヤメマザサケコアメ)

この現世という”うつしよ”に生きる汝らよ、心して覚えよ。
人の心が滅ぶ時こそ、人の世が滅びる時であることを。











次回予告

ヴァルン
『癒し齎す憩いの場が無情な爆炎の中で崩れる時、人の陰我は動き出す。
 集いし者よ、影と闇には精々気をつけるがいい。
 次回”硝煙”―――彼奴等は表と裏、双方にあるソレを嗅ぎ付ける……!』



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