狼姫<ROKI>
銃剣


冬木市の外れにある樹海もどきともいえる広大に茂る森。
その奥深くにある石造りの建造物こそがアインツベルンの城。
城の内部――破壊された正面の門から入ってすぐ辿り着くホール。

そこには二人の騎士が剣戟を繰り広げていた。
片や蒼銀の騎士王、片や銀灰の闇騎士。
聖剣と双剣にて斬り合った二人の戦いは、銀灰の騎士に軍配が上がりつつあった。
騎士王は呪いにより左手が思うように動かないのだから当然と言えば当然の話なのだが。

しかしそこへ、新たな騎士が城へと乗り込んできた。
彼は二振りの魔戒剣にて二つの円を描き、ある物を召喚して纏った。

橙の鋭い眼光が特徴的な狼の顔を模した兜。
稲妻を模した両肩の装甲。両のサイドバックルから背面まで伸び、踝にまで垂らすように着けた漆黒の魔法衣。
そして、その両手には一対の銃剣が握られていた。

「紫電騎士―――狼功」

紫色の煌めきを魅せ付けるように、彼は狼の声を上げた。
手に握られた銃剣――それは刀身が折りたたまれることで刀身に仕込まれた銃口が表に出るという仕組みだ。
今は銃器だが、グリップを曲げて真っ直ぐにすれば即座に折り畳まれた刀身が銃口を塞いで見事な名剣へと戻ることだろう。

それがこの騎士が愛用する狼銃剣(ロウジュウケン)の特徴だ。

「行き成りしゃしゃり出て申し訳ないが、こちとら時間がないんでスパっと行かせてもらうぜ?」

誰の許しを得ることもなく、得るつもりさえなく、紫色の騎士はグリップをしっかりと握って引き金を引くと、銃口から専用弾たるソウルメタル製で作られた50口径のマグナム強装弾が発射された。

――バンバンバンバンバンバン!!――

六発の弾丸はフォーカスへと向かって容赦なく突撃していく。

『……フン』

フォーカスは怯むことなく、魔双刃を巧みに振るい、襲い掛かる弾丸を次々と叩き落としていった。
最初は弾丸一つ一つを切り裂こうとも思ったが、小さいとはいえ仮にもソウルメタル製だ。確実に斬れるとは限らない。
なので叩き落とすという手段をとったのだ。まぁこれにもかなりの動体視力と反射神経、そして何より技巧というものが必要になってくるのだが。

『魔戒騎士も変わったな。時と共に、そのような物を取り入れてくるとは』
「いまどき剣だけで食っていけるほど甘い仕事じゃないからな。特にお前さんみてぇなのがいると、余計にな」
『フッ、違いない』

互いに軽口を叩き合う二人の騎士。

「…………」

その中でただ一人、セイバーだけは当事者だというのに、まるで部外者のように口を挟めずにいる。
最初にフォーカスと戦っていたのは自分だというのに、目の前の紫色の騎士は美味しいところだけを掻っ攫うかのように現れた。

――ジャキ!――

ロックは狼銃剣のグリップを柄に変え、折り畳まれた刀身を元の位置に戻して構えた。

「――行くぜ!」
『応よ!』

共に二刀流。
腕前の程は切り合うまでわからない。

――ガギンッガギンッガギンッガギンッガギンッ!!――

幾度となく交わされる刃と刃。
その都度に火花が散り、二人の剣戟の激しさを物語る。
恐らくサーヴァント同士の戦いに匹敵するであろう高速の世界。
それを現世の人間が行っているという事実に、セイバーは心のどこかで感心していた。

「ホラーのクセしてやるじゃん」
『そっちこそ人間の割にはやるな』

互いに実力を評価し合う騎士たち。
これが試合ならばさぞや爽やかな光景だろうが、これが紛れもない殺し合いだ。
交差する剣と剣が留まる勢いを失くすどころか、さらに速さを増していく。
サーヴァントの動体視力でなければ目で追うことさえできないだろう。

しかし、忘れてはいけないことがある。
それが魔戒騎士にとって唯一最大の弱点、時間だ。
ロックには魔導刻が示す残り時間が正確にわかっている筈。

「あ〜らよっと!」

――ギィィンッ!!――

ロックは一段落つけるかのように強い一撃を繰り出してフォーカスを退けさせると、自分も後退して距離を取った。

「そんじゃあ、次で決めようか?」
『あぁ』

フォーカスは魔双刃をぶつけ合わせることで紺色の炎を刀身に着火させ、魔炎邪装を発動する。
ロックは魔導火のライターを取り出すと、橙色の火を着け、狼銃剣の刀身に当てて烈火炎装を成した。

対峙するのは騎士と騎士。得物は共に燃え盛る双剣。
奇妙な共通点のある両者は、数秒だけ深く構え取りながらタイミングを図り、そして―――



「オォォォウラァァァァァ!!」
『ヌオオオォォォォォォオ!!』

――ガギィィン……ッ!!――


駆けた両足で敵に目がけて突っ込み、振るわれた両腕と双剣は敵の身体に向かった。
甲高くも澄み渡った金属特有の音が一度だけ大きく鳴らされると、双方の立ち位置は入れ替わっていた。

「…………ッ」

セイバーはその尋常ならざる決闘の様相に思わず喉を鳴らした。

結果は、

「ン……ッ」

狼功の鎧が解除された。
恐らく制限時間が来たのだろうが、セイバーには違うことが原因に思えた。
鎧を纏っていたはずのデュークが、痛みに堪えた表情で腰を抑えている。

『成程。中々に良い腕をしている。だが、このオレから一本を取るには、少しだけ遅かったな』

フォーカスは魔双刃を籠手の中にしまうと、何時もの雰囲気と口調でデュークの力を評価した。

『フム……今宵は此処で退くとしよう。騎士王と新たな騎士の実力を観れただけでも収穫だ』
「ま、待てよッ!」

デュークの制止になど耳を傾けることすらなく、フォーカスは影の中へと潜り、闇の中へと消え去ってしまった。
その場に残されたのはデュークとセイバーのみだ。

「あいつ……。まあ、いいか。それよりお嬢さん、ちょっといいかい?」
「あ、はい」

突然話しかけられ、セイバーは慌てつつも返事をした。

「俺はデューク・ブレイブ。指令書に従って英国からやって来た魔戒騎士で、紫電騎士・狼功ってのをやってる。一応、宜しくな」
「―――私は、セイバーのサーヴァント。真名を名乗ることすら出来ず、大変無礼だとは思いますが、平にご容赦ください」

セイバーは今ほど聖杯戦争の秘匿性を恨めしく思ったことはない。
ディルムッドとの初戦もそうだが、騎士と騎士の戦いにおいて名乗りというのは実に重要なものだ。
自分が誰と戦い誰を倒したのか、それを胸に刻む為にも必要だが、なにより素性を伏せたまま戦うのは騙し討ちにも等しい愚行だからだ。

「気にすんなよ。んな堅くならず、もっとフレンドリーにいこうぜ?」
『セイバーが堅いだけでなく、ロックが柔らかすぎるのです』

その時、デュークの胸から機械的な音声が聞こえてきた。
セイバーは辺りを見回したが誰もいない、となれば―――いや、声は至近距離から聞こえた、つまり今喋ったのは……。

「……ペンダントが……」
「あぁコイツ?コイツは俺の補佐役やってる魔導具のルビネだ」
『ルビネです。どうぞ宜しくお願いします』

クワガタ虫とカブト虫を組み合わせたかのような形状をした銀色のペンダント。
どうやら喋る際には、角と顎が動くらしい。

「なあ、お嬢ちゃん。ものは相談なんだけどよ……」
「何でしょうか?」
「俺と協力してくれねぇか?」





*****

その頃、番犬所から帰ってきた輪廻は少しばかりご機嫌斜めであった。
それもそのはず。自分が担当していた指令に、他の魔戒騎士が割り込んできたのだから。
しかも、そうなるように正式な指令書を送り、紫電騎士を呼び寄せたのが他ならぬ神官ヴァナルともなれば余計に。

龍洞の奥深くにある大聖杯の間のゴツゴツとした岩肌の地面に、どっかりと座りこんで胡坐をかく姿には何時もの気品はなく、ピリピリとした苛立ちだけが伝わってくる。

「…………」

だが、そのイライラとした雰囲気とは裏腹に、なにか思慮深く考察しているような表情をしている。
そのせいか、余計に話しかけにくくなっている。

(でも、プンスカやったトコで解決するわけじゃなし。寧ろ、さっさと紫電騎士と合流して戦力の増強を図らないとね)

だがこの時、輪廻はまだ知らない。
その男が今、一番信用ならない男の陣営と共に行動しかけていることを。





*****

聖堂教会の地下。
いや、厳密に言うと言峰綺礼の部屋というべきか。

彼はここで机に向かいながら意識を集中させ、アインツベルンの森に潜ませていたアサシンからの情報を受け取っていた。
自分を殺そうとした騎士ホラー・フォーカスとセイバーが交戦に入った。……ここまではいい。
フォーカスがセイバーの気を引いている間に、自分はこっそりと侵入して衛宮切嗣と邂逅できるやもしれないのだから。

だが、フォーカスとセイバーの戦場に問題があった。
それは綺礼が乗り込むべきアインツベルン城の内部だからだ。
おまけに、新たな魔戒騎士が英国より派遣され、挙句の果てにはセイバー陣営と手を結ぼうとしている始末。

綺礼はこれでもかという位に焦りにも似た感覚を覚え始めていた。

生まれてこの方、心が満たされるという経験をしたことがない綺礼。
彼は心の安寧、心の満足を味わうためにありとあらゆるジャンルの娯楽を、勉学を、修行を積んできた。
聖堂教会の代行者として教義に殉じているのも、この空虚な魂の救済を願ってのことだ。

否、綺礼という人間の望みは別にある。それは己が魂の本質の理解。
愛した妻を亡くしても、一人娘と生き別れても、尚も悲しむことのできない破綻者。
そんな男の魂は如何な方法を以てすれば、解答へと辿り着くのか。

そんな時に知ったのが衛宮切嗣という、もう一人の破綻者の存在。
表向きには金銭目当ての殺し屋だが、彼の殺しの手段、傭兵としての功績、戦場での有様、これらを照らし合わせると、どれもこれもが自ら死地に赴くことを望むようであった。
単に金銭目的なら、ここまで自殺的な行動はすまい。ならば、彼もまた答えを探し続けていたのではないか?
そして、九年前にアインツベルンの婿となり、マスターの資格を手にしたとき、彼は答えを得たのではないか?
ならば、問わねばならない。その果てに、何を得たのかを―――。

その為にも、排除しなければならないのがホラーだ。
彼奴等が――フォーカスが蔓延っている間の外出は余りに危険すぎる。
下手を踏めば衛宮切嗣の答えを聞く前に惨殺されかねない状況だ。今は待つしかない。
あの魔戒騎士が、ホラー共を一掃することを……。





*****

バーサーカーの契約者、間桐雁夜は今、仄暗い下水道にてノロノロと歩いていた。
彼は今マスターの一人として、命を狙い狙われる立場にある……というだけではない。
雁夜の肉体には丸一年もの間で相当数の刻印虫が巣食っており、その無茶が祟ったことで顔の左半分が亡骸のように硬直している。
髪と肌の白さも含めて、もはやゾンビのような姿を人前で晒せないが為に、こうして下水道などに身を潜めているのだ。

「くッ……うぅ……」

今こうしている間にも、雁夜の寿命は刻々と縮まっていく。
それを加速させているのが他ならぬ、魔力を大量に喰い潰すバーサーカーだ。
今こそは霊体化させて大人しいが、一度でも実体化させれば即座に雁夜は血反吐を吐くような思いをする。
サーヴァントを現世に留まらせるにはそれ相応の魔力を与え続け、彼らの血肉としなければならないのだから。

「そこの方」

何時どこで死神が鎌を振っても可笑しくない状態の中で、雁夜の鼓膜に響いた声。
妙に音程が高いことからして、十中八九女の声だ。
だがこんな薄気味悪い場所で、こんな薄気味悪い人間に話しかけてくるとしたら、それは異常な世界に関わっていることの証拠だ。
雁夜は声のした方向に回れ右すると、すぐ後ろに不気味な黒い影――いや、闇が佇んでいた。

「だッ……誰なんだ?」

長袖とフードがついた漆黒のマントで全身を覆い隠した謎の女。
フードの被ったことで顔の造形は解らないが、僅かに見える口元だけで相当な美女であることを窺わせる。

「私は、闇の騎士」

黒い女は自らをそう称して、続けて言った。

「貴方と、契約を結ぶために参上しました」

黒い美女の言葉は、まるで悪魔の甘い囁きにも聞こえた。

「ここで立ち話も難ですから、暫定的ながらも私が設けた陣地に来ませんか?」

そうして、雁夜は踏み込まされていく。
魔術師の影よりも深淵なる、闇の世界へと。





*****

その頃、アインツベルンの城では。

「というわけで、紫電騎士のデューク・ブレイブだ。改めてよろしく」
「こちらこそ、貴公の協力に感謝する」

サロンにてデュークとセイバーは握手を交わしていた。
デュークはノリの軽そうな笑顔を浮かべてはいるが、セイバーとの相性も悪くはなさそうだ。

「えっと、そちらの銀髪さんは……」
「アイリスフィール・フォン・アインツベルンよ」
「あぁ、貴方が……。どうぞよろしく」
「こちらこそ宜しく頼むわ」

融和の証としてアイリスフィールとも握手をするデューク。
セイバーとの事もそうだが、貴婦人とは得てして騎士と相性が良い存在なのかもしれない。

「さて、そっちのお二人さんは―――」
「私は結構です」
「僕もだ」
「おやおや、冷たいことで」

だが、傭兵であり殺し屋であり、機械たらんとする切嗣と舞弥は明確に馴れ合いを否定した。
如何に協力を約束したとはいえ、この男は魔戒騎士。本来ならキャスター陣営に味方をしている存在だ。
そんな不確定要素を容易く信用することなど、この二人にはできなかった。

『やはり最初から信頼しては頂けないようですね、ロック』

残念そうな声を出すのは、デュークがしている虫型ペンダント――魔導具ルビネだ。

「まぁ仕方ないんじゃないか。何しろ、悪名高い魔術師殺しなわけだしな」
「…………」

あからさまな挑発の言葉を、切嗣は聞き流して黙りこける。
すると、デュークはニコやかな表情をしながらゆったりと切嗣に歩み寄る。
そして、

――ガシッ!――

「ヴっっ」
「「「!?―――切嗣ッ!」」」

突然デュークが切嗣の顔面にアイアンクローをかましたことにより、美女三人の狼狽する声がハモった。
デュークのステキ過ぎる笑顔は未だ崩れておらず、例え三人に身体を掴まれ引き剥がされかけても今のように笑っていることだろう。

「俺はさ、ぶっちゃけアンタみたいな人、大嫌いなんだ」

笑顔のままでデュークは言った。

「正直、いつ寝首かかれるか分かんないし、石頭っぽいしさ」

衛宮切嗣という男は、一つの理想に殉ずるために、全ての生き死にを数という名の天秤にかけ、結果を少しでもマシにできるなら多少の犠牲も問わない男だ。
魔戒騎士はホラーに憑依された者の魂を斬るが、それは下手な犠牲者を増やさないため。遠くから見ればやっていることの原理は同じだ。
しかし、そこに圧倒的な違いがあるとすれば……。

「なにより、アンタから感じる信念には、濁りはないけど、歯車が合って無い」
「―――ッ!」

それを言われた瞬間、切嗣は初めて抵抗の意思を見せた。
自分の顔面を掴むデュークの腕を強引に振り払い、逆に胸ぐらを掴んで見せた。
アイリスフィールとセイバーは切嗣がこれほどまでに激昂する場面を初めて目の当たりにして、驚きを隠しきれないでいる。

「お前に何が解る……?」
「分からんね。アンタが腹を割らない内は」

相性が最悪を通り越して劣悪に踏み込んでいく二人にはどんよりとした険悪極まるムードが流れている。
周囲の三人もどのようにこの悪循環にストップをかけるべきか悩んでいる。

「例えどれだけの矛盾があろうと、聖杯はそれさえも正常な物に変える」
「わかってねぇなぁ。人間ってのは負んぶに抱っこされなきゃ生きていけない程弱くはない。ましてや、他人の意志を捻じ曲げるなんざ言語道断」

お互いに一歩たりとも譲らぬ両者。
今にも視線と視線がぶつかり合って火花を散らしかねない状況だ。
水と油どころか、火と油だ。

「「…………チッ」」

互いに舌打ちをし合って距離を離した。
どうやら好い加減止める気になったようだ。

「兎に角、今の俺らが為すべきことは、狼姫と合流して手際よくホラーを狩っていき、異常発生源を突き止めて叩く事だ」
「……あぁ」

デュークがどっしりと椅子に座りながらそういうと、切嗣は静かに相槌を打った。

「ルビネ。お前の探知能力で、彼女たちの居場所を探れないのか?」
『申し訳ありません。距離が遠い上に、恐らく聖は工房たる陣地の中です。正確な位置を知るには、街に出向かねばなりません』

ルビネは角と顎をカサカサと動かしながら言った。

「そっか。……セイバー、マダム。今日はもう遅いし、此処に泊まっていいかな?」
「私は別に構わないけど。ねえ、セイバー?」
「はい。同じ騎士として、デュークにはある程度の信用を置くことが出来ます」
「ありがとう」

許可を得たデュークは椅子から立ち上がると、そのままドアの方へと歩いてサロンから出ていく。

「部屋、空いてるトコ適当に使うから」

そう言って彼は人工の光で照らし出された部屋から、月明かりだけで照らされた冷たい廊下へと行き、あとには何処か後味の悪い空気だけがサロンに残った。
これ以上は皆に心労をかけると判断した切嗣は、三人に一時解散を告げて、全員サロンから出ていった。





*****

街外れの廃工場。
元々は大企業が建てたであろう広大な敷地を誇ったこの場所も、今やただの伽藍洞の空間。
こうしてランサー陣営の急ごしらえの隠れ家になるに至っていた。

ケイネスは此処に魔術的な結界を張って余計な一般人が侵入できないようにした後、十時間近くも考えに考えていた。
いや、別に悪劣な環境に腹を立てているソラウの機嫌を取る方法とかではない。まあ、期限が悪いのは事実だが(実際、ケイネスも本当はこの場所を使いたくはなかった)。

これからの聖杯戦争を生き抜くうえでどう動くか、についてだ。
手元に残っている物は、最強にして最大の手駒であるランサーと、それを制御する二画の令呪。
魔術的器具は、ポケットや懐に仕舞える程度の物が数品と、大瓶に入っている最高傑作。

眉間に皺をよせ、唸り声をだし、パイプ椅子に座り続けること一時間。
いまいち良い方法が思いつかないでいた。

そんな時、

「我が主よ」
「……なんだランサー。折角浮かびかけたアイディアを潰す気か?」

すぐ傍で実体化したランサーの存在に鬱陶しさを感じて、露骨に嫌味な表情と声色を出すケイネス。

「敵襲です。ソラウ様を連れて、後方にお下がりください」
「それは、サーヴァントか?」
「いいえ。我ら英霊とは相容れぬ魔物」
「そうか、ホラーが……」

イラついていた思考が一気に冴えていった。
いや、イラついていたからこそ、この予想外の敵襲に対して曇天の心に光が差し込んできたのだろう。
今は全陣営が休戦状態であり、碌な情報も持っていない状態でこのボロ小屋同然の場所に放り込まれ、挙句の果て許嫁に小馬鹿にされたとなればだ。
恰好の餌食となる愚かな魔獣の身体をランサーの槍が弱らせ、仕上げに自分の礼装が穢れた身体を切り裂く。
それを想像しただけでアドレナリンとβエンドルフィンが全身を駆け巡った。

「ランサー。愚か者を串刺しにしてやるがよい」
「御意」

ケイネスが立ち上がって命令すると、ランサーは恭しく頭を垂れ霊体化した。
そして、ケイネスは秘蔵の大瓶に重量軽化の魔術をかけることをその瞬間に決意した。





*****

冷たい夜風が吹き荒ぶ廃工場の正面入り口だったと思われる開けた場所。
そこに二刃の騎士が姿を現した。

「待て」

騎士の歩みを止めさせる青年の声。

「これより先へと進むことは、騎士の誓いにかけて許す訳にはいかん」
『騎士の誓い、か。主なきオレには到底理解できん事』

銀灰色の鎧とマント、猛禽じみた兜と奇妙な籠手―――孤高のホラー剣士・フォーカス。

「貴様、何故ここに来た?」
『なに。セイバーと一度だけ戦い、解ったことがあったのでな』
「なに、セイバーと?」

セイバーのことが話題に出たことにランサーが食いついた。
騎士王と輝く貌は再戦の誓いを立てている。
必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の呪いでセイバーの左手を封じたのは自分なのだから、トドメを刺すのも自分だと確信している。
もし、今の状態のセイバーを討たれでもしたら、それは騎士道を穢す愚行となる。

『案ずるな。今回は邪魔が入った故、腕試し程度で済ませてある』

それを聞いて少しばかり安堵するが、だからと言って気を抜くことは出来ない。

『しかし、試したのは片手のセイバーだ。両手ではない。よって、貴様を切り捨てて万全のセイバーと斬り合うことに決めた』
「ふっ。魔物とはいえ、貴様もまた尋常な戦を望む者だったか。しかし、この身は我が主に勝利を捧げると誓った。負けるわけにはいかん」
『構わん。運命を決めるのはこの刃だ』

フォーカスは魔双刃を、ランサーは二槍を現し、深く構えた。
そして、


――ギンッ!!――


騎士と騎士の、譲れぬ激闘が始まる。





*****

その頃、間桐雁夜は謎の女に連れられ、先程の下水道以上に仄暗い場所に来ていた。
そこは未遠川の上流にある巨大な排水溝から出入りできる広大な貯水槽だ。
今は夜なので人工の光以外の明かりはなく、空気の流れさえも皆無なために異様な雰囲気がするが、なぜか閉塞感は感じなかった。
ここが謎の女が言う陣地らしい。雁夜は片足を引き摺りながら確信した。

「では、カリヤさん」

黒いマントで全身を隠した女は、貯水槽の中心で足を止め、雁夜に振り向いた。

「契約の内容を説明しますね」
「……あぁ」

残りの寿命は約1箇月。失う物などこれ以上は無い。
桜を自由の身にできるのなら、残った魂さえも悪魔に売り渡す覚悟があった。

『おいおいヴァンプぅ。このデスメンの何処が気に入ったんだぁ?』
「だ、誰かほかに……!?」

突然聞こえてきたのは、場末の酒場で飛び交っていそうな粗暴極まる口調。
雁夜は声の主はどこにいるのかと顔を左右させるが、生憎ここの暗さのせいで殆ど何も見えない。

『どこ見てんだデスメン?耳をすませろ。吾輩はもっと近くだぞ』
「は?近くって……」
「バジル。あまり意地悪をしてはなりませんよ」

女は左腕を顔の前に持ってきてそう言った。
そうして、雁夜は漸く理解した。闇に眼がなれたお蔭で、カチカチと口を動かす蛇のブレスレットを。

「な、何だよそいつ……?」
『吾輩は魔導具のバジル』

女の左手首に蜷局でも巻くようにして装着された銀の蛇は、そう名乗った。

『ちなみに、デスメンってのはァ屍みてぇな面構えって意味な』

しかも、聞いていないし聞きたくもなかったことまでベラベラと喋っている。

「こら、バジル。失礼ですよ」
『ヴァンプが丁寧すぎるんだよ』

女はバジルに注意をするも、この蛇はまったく悪びれる様子がない。

「お前ら、一体何者だ?」
「あ、そういえば名前さえ教えてませんでしたね」

”これは失礼”と言って女は軽く頭を下げた。

「私の名前は(ヒジリ)雷火(ライカ)。魔戒騎士です」
「まかいきし?」

間桐家の家督を拒み、今まで市井の人間として生きていた雁夜の耳に、そんな単語は一度たりとも届いたことがない。
臓硯あたりなら知っているかもしれないが、無論、あの妖怪が愛想よく雁夜に教えてくれるわけもない。

「……契約ってヤツのことを、早く教えろ」
「では単刀直入に言わせてもらいます。カリヤさん―――バーサーカーと令呪を譲り、私の使い魔になってください」
「…………は?」

雁夜は間抜けな声をひねり出してしまった。
令呪を渡せという要求は解る。バーサーカー=聖杯欲しさに自分に近づいたと理解できる。
だが、死にぞこないの魔術使いでしかない自分を使い魔にしたい?何の冗談だコレは?

「冗談などではありませんよ、カリヤさん。私には貴方のような手足となってくれる人材が必要なのです」

雷火はマントを取り払い、その姿を露わにした。
丁度その時、月明かりが天上の亀裂から差し込んだことで、彼女の容貌が雁夜の目にも視認できるようになる。

「……あ……」

思わず言葉を失ってしまった。
そこには究極とも言える一種の美があった。

艶やかな漆黒の長いポニーテール。月光のように煌めく白い柔肌。美の女神にでも愛されているかのような隙のない美貌。
上半身には袖なしの黒いハイネック、下半身には黒いロングスリットスカート、両手には生地の薄い黒い長手袋、足には黒いハイヒールを身に着けている。
見事に黒一色の服装であるが、アクセントとして銀色の首飾りが下がっている。しかも、服の上からでも分かる胸部の豊満さとスリットから見えるか細い脚線美は至高の一言に尽いた。


だが、見落としがちで見落としちゃいけない箇所が二つあった。
それは、口腔内にある尖った牙が四つあること。そして、彼女の瞳が黄色く染まり果てていることである。

一瞬で分かった。この女は人間ではないと。
しかし雁夜は、これ程までに完璧な美を体現した女と出会ったことなど一度たりともなく、無意識に見惚れてしまった。

「…………さん、……ヤさん、カリヤさん。聞こえていますか?」
「―――あ、あぁッ。悪い、少しボーっとしてた」

どうやら話しかけられても尚、それに気付けぬほど自分はこの女の神秘的な美しさに夢中になっていたらしい。
それを考えると雁夜は、自分が何故桜を救いたいと思ったのか、その理由の源泉を思い出すことで冷静さを取り戻す。

「俺からは二つの条件がある。それを呑むなら、お前の二つの要求も呑む」
「わかりました。それで、条件とは?」
「一つ目の条件は、間桐臓研を完膚なきまでに殺し尽くしてくれ。あの蟲ジジイの所為で、あの子が酷い目に……!」
「あの子、と言いますと?」
「……二つ目の条件は、桜ちゃんを絶対に助けることだ」

間桐桜――本当の名は遠坂桜。
魔術師の悪しき風習の為に、実の家族の元から引き離され、蟲蔵で嬲られている悲劇の少女。
雁夜は幼馴染である初恋の相手である遠坂葵の娘である彼女を救うためにマスターとなったのだ。
それこそ比喩抜きで、命をかける覚悟をした上での選択と行動だ。

「…………わかりました。なれば、その二つの条件を果たしてから、此方の要求を受け入れてもらいましょう」

雷火は、臨死によって濁りつつも本物の覚悟を宿した雁夜の左目に一種の光明を観たのか、真剣な口調で応えた。

『ヴァンプ。こりゃ、やってやらなきゃ女が廃るぜ』
「言われずともわかっています。例え鬼になろうと、闇に喰われようと、今も昔も私は魔戒騎士です」





*****

此処は何処だろうか?何も見えない。正確には赤と黒しか見えない。炎と煙しか見えない。
聞こえる者は、大きな火事が街の一角を燃やす音と、そこに住む人々の悲鳴だけ。
その光景はまさに煉獄と言えた。いや、それよりもタチが悪いのかもしれない。

たった一人の子供は、目を閉じ耳を塞ぎ、燃え盛る炎の中を必死になって歩いていた。
目を開ければ怖い炎が見える、手を伸ばす人が見える。耳をさらせば悲鳴が聞こえる、救助を求める声が聞こえる。
自分には出来ない。子供の自分には出来ない。今は自分自身が生き延びるのが精いっぱい。
だから、ごめん、ごめんなさい。――少年は懺悔を繰り返しながら歩き続けた。

それから何時間歩いたことか。
夜はすっかり明け、日の光に紛れ込むように恵みの雨が降ってきた。
必然的に火が消えていったが、そこにはもう一つの地獄があった。
焼け崩れた家々があった。瓦礫まみれの道があった。そして、黒い炭と化した人たちがいた。

少年は遂に疲れ果て、脱水症状を起こして倒れ込んでしまう。
もう自分は死ぬんだと、少年は本能的に悟った。

だが、

「―――――――!」

一人の男が少年に駆け寄った。
大粒の涙を流しながら、男は少年を抱きかかえて、何かしらの処置を施している。
黄金の光が、少年の身体へと潜り込んでいく。



そして、場面は大きく切り替わる。



「やあ、君が士郎くんだね」

例の男は、病院に搬送された少年の元にやってきた。

「突然だけど、孤児院に預けられるのと、知らないおじさんと一緒に暮らすのと、どっちがいい?」

少年は少しだけ考えると、答えを言った。

「そうか、良かった」

男は心から安堵した表情を見せた。
すると、男は冗談でもいうような口調でこんなことを告白した。

「僕は、魔法使いなんだ」
「へえ、爺さんすごいな」

老人めいた男の冗談に、少年は相槌めいた言葉を吐いていた。



そして、最期の時。



「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」

五年後。男は武家屋敷じみた家の縁側で、少年と共に着流し姿で満月を見上げていた。

「安心しろって。爺さんの夢は、俺がちゃんと形にしてやるから」

少年は敬愛する養父に喜んでほしかったのか、それとも本心からか、そんなことを言った。

「そうか。―――あぁ、安心した」

そうして、痩せ細った男はちっぽけな安らぎを得ながら動かなくなった。
少年は愛すべき人が最後に見せた顔を見て、静かに涙を流していた。





*****

「…………目覚め、最悪」

時刻は既に朝。
聖輪廻は今後の事を考えている間に睡魔にガブりとやられてしまったらしい。
しかも、夢にしてはリアルすぎる物さえ覗き込んでしまった。

(やっぱりアレは、キャスターの?)

マスターとサーヴァントの間には霊的な繋がりがある。
時にその繋がりは意外な形で……双方の記憶を夢として見せることがある。
今先程に輪廻が観た映像は、キャスターの深層意識に残った記憶の残滓なのだろう。

(でも、なんで衛宮切嗣と……?)

神官ヴァナルが送ってきた資料には、切嗣たち敵マスターの情報が顔写真ごとあった。
映像の中の切嗣は、今よりもずっと老けて見えた。そして少年がキャスターの幼少期となれば、導き出せる答えは一つ。

(まさかあいつ……未来から―――)

それは憶測などではなく、確信だった。

「ま、下手に勘ぐるのも止すか」
「何を勘ぐっていたんだマスター?」
「あら、居たの?」
「…………君は本当に自分の立場がわかっているのか?」

自分の背後で少し嘆かわしげに呟く白髪の魔術使い。
早朝から彼のモチベーションが下がっていくのであった。

「大丈夫よ、キャスター。今日も出かけるけど、目的はゲートの消滅と、紫電騎士の探索だけだから」
「そして日が沈めばホラー狩り―――休む間もないな。私のマスターはほとほと生真面目な女性だな」
「ありがとう。でもこれは魔戒騎士の列記としたお仕事なの」

何時もの如くマイペースそのものな輪廻。
また振り回されるのか、とキャスターが溜息をついていると、

『マスター。ゲートなら、今日は封ずる必要はない』
「なぜ?」
『無い物を如何こうすることは叶わん』

この町は本当に異常だ。
ゲートが一夜に幾つも出現したり、今度は消えていたり。
陰我や邪気云々の話では済まなくなるやもしれない。

「じゃあ今日は紫電騎士を探すかな。キャスター、ついて来てちょうだい」
「無論だ。サーヴァントたる者、昼間は霊体―――」
「いや、ちょっと違うわよ」
「……ん?」
「今日は実体化したままついて来て」





*****

地平線に朝日が昇るころのこと。
深山町は和風の住宅街と洋風の住宅街の二つが存在している。
聖雷火と間桐雁夜がいるのは洋風の住宅街。
二人とも上ってきた朝日の光から逃れるように、ウインドブレーカーや黒マントのフードを目深に被っている。

「ここだ」

雁夜はとある邸宅の前で足を止め、案内された雷火はその邸宅を見上げていた。
庭にはぼうぼうに伸びた雑草の数々でちょっとした茂みが出来ており、キィキィという蟲の音まで聞こえてくる。
建物自体も古い石造りの所為か不気味な雰囲気が漂い、この陰気臭さによってご近所からはお化け屋敷呼ばわりされている。

「間桐邸――いえ、マキリの家ですか」

雷火は感慨深そうに屋敷を見やっている。

『ケッ。これだけ濃厚な陰我を溜めこんでるクセして、よく今までホラーが出なかったな』

バジルは漂ってくる屋敷の陰気臭さに反吐が出るような思いに駆られた。

「いんが?」
「人間の悪しき心のことです」
「そうか……あのクソジジイに持って来いの言葉だな」
「話を聞く限り、最悪の人物のようですが……」
「ああ、そうだよ……!」

雁夜は誰よりも知っている。
間桐臓研――マキリ・ゾォルケンが如何に悪辣な存在であるかを。
元々は優秀な蟲使いであり、聖杯戦争における令呪を構築した男。
しかし、人間としての寿命を超越する為に、肉体の全てを蟲に置き換えることで妖怪へと成り果てている。
さらには、長い年月で魂が腐ったことに比例して、体となる蟲も腐っていくため、定期的に新鮮な人肉を食して身体を維持している。
おまけに、雁夜と桜に行った鬼畜の所業からしていえば、彼奴は最早ホラーも同然の悪鬼としかいいようがない。
いや、もしかしたら此処まで堕ち果てたからこそ、ホラーさえも寄り付かなかったと思えてくる。

「ならば、魂の残滓さえ残さぬよう、焼き尽くすのみ」

そうして雷火は、邸宅の門を開けた。





*****

――バシンッ!――

雷火は家の扉を乱暴にあけると、マントを脱ぎ捨てて我が物顔で、しかも土足で家に入っていく。
家の中は蝋燭と電灯以外の明かりは全くなく、カーテンも閉め切っていて陽の光が全く入ってこない。
そのことだけなら雷火にとって好都合だが、唯一受け入れがたいことがある。
それは、この湿気に満ちた空間には、まるで蟲の亡骸が腐ったような悪臭が微妙に混じっているのだ。

眉間に皺を寄せながら、雷火は背後に雁夜を連れて地下の工房に通ずる扉を目指す。

「お、おい!何なんだよお前は!?」
「うるさい」
「ぎゃぶゥッ!!」

途中でモブキャラ臭い顔の男が出てきたが、取りあえず拳で鎮めた。

「悪く思うなよ、兄貴」

若干、雁夜がその様子を見て薄笑いを浮かべていたが。

――ドガッ!――

そして雁夜の案内で目的地の重苦しい扉を蹴破り、堂々と侵入していく雷火。
視界に入ってくるのは、上以上に湿気にまみれた石造りの部屋。
四方の壁には数多もの穴があり、その奥には悍ましい蟲たちで満ち満ちていた。
扉から入った先には下を見下ろせる足場と、下へ降りられる階段がある。

階段を駆け足で降りると、部屋の隅に小さな女の子がうずくまっているのが見える。
紫色の髪に赤いリボンを付けた、いたいげな少女。その目には光や希望はなく、あるのは闇と絶望だけ。

「桜ちゃん―――!」

雁夜は死にそうな身体に鞭を打って桜に駆け寄り、思い切り抱きしめてやろうとした。
だが、

「雁夜……サーヴァントの一匹も狩らぬ内に帰ってくるとはのぅ」

老練した魔術師の出現によって阻まれた。

「臓研、貴様……!」

身に纏っている和装や手に持っている杖という弱弱しさを演出する物があろうと、目の前の老人の威圧感は一切目減りしていない。
枯れ木のように痩せ細った矮躯、老いてなお朽ちることを知らない眼光、体中から漂い嗅覚を刺激する腐臭。

「貴方がマキリですか」
「ほう、貴様か。儂の息子を誑かしたのは」
「何が息子だ!俺の本当の親父と御袋は、テメェが喰い殺したんだろうが!!」

雁夜は憤怒の思い全てを臓研にぶつけた。
今こそ積りに積もった恨みを晴らすことが出来るのだから。

「ククク……粋がるのも愛嬌があってよいが、少しは自分の立場を弁えたらどうじゃ、雁夜よ」
「ご心配なく、ご老人。貴方はここで終わるのですよ」

雁夜を脅すように声をかけた臓研に対し、雷火が何の気おくれもなく言い放った。

「貴様……儂と同じく人を捨てた身であろう。何の企みがあって聖杯を求める?」
「聖杯など要りませんよ。ただ、この戦いに参加するよう申し付けられましたが故。なれば、令呪を得て正式に参戦する方が良いと思いまして」
『それによ、この腐れジジイ。テメェみたいなクソッタレが関わったモノなんざ、誰が欲しがってやるかってんだよボケェ!』
「ふん。躾のなっておらん飼い蛇じゃな」
「そうですね。普段ならお小言ものですが、貴様相手なら話は別だ」

その時、雷火の口調が変わった。
今までの懇切丁寧なものから、怨敵と対峙したような鋭い口調へと。

「カリヤさん。下がっていなさい」
「あぁ、頼む」

雁夜は階段へと避難し、雷火は一人で臓研と相対する。

「女。わかっているじゃろうが、ここは儂の工房じゃ」
「そうであろうとなかろうと、貴様の幻想は此処で終わる」
「ククッ、ほざくな小娘!」

――ザザザザザ……!ザザザザザ……!――

その瞬間に戦いは始まり、壁の穴からは無数の蟲たちが一斉に這い出てくる。
ムカデのようなもの、カマキリのようなもの、青虫のようなもの、観るに堪えない醜で小さな化け物ども。
自分めがけて津波のように押し寄せるそれらを見て、雷火はこう言った。

「来るな、汚らわしい」

まさに汚物を見るような目で蟲を捉え、凍えるが如き声色で言い放つ。

――ボォッ!ボォォォオオオォォォオオオ!!――

そして、そこから焦熱地獄が再現された。
雷火の両足から突如として発生した銀色の炎は、瞬く間に床を通じて部屋に広がり、醜い蟲共を焼き尽くしていく。

『ピギィィッ!』
『ギギィィッ!』

哀れな断末魔がそこらかしこから聞こえてくる。
安全な場所と言えば、雁夜と桜が居る場所ぐらいだ。
銀色の炎は二人だけを避けるようにして燃えていることから、大方雷火が炎を操っているのだろう。

これでもう蟲どもが襲ってくる心配はない。
あとは、


「ガぁっ!ぐぅっ!おおおおおあああああぁぁぁぁぁっっ!!」


醜い声をあげながら焼け崩れていく老魔術師のみ。
雷火は雁夜から、今の臓研は蟲の塊だと聞かされたため、まず魔導火で部屋にいる全ての蟲を殺しつくし、最後は臓研を片づける腹積もりでいた。
如何に身体を蟲に置き換えても、肝心の蟲がいなくなれば交換の仕様がない。

「ああっ、うおっ、ぎぃっ!」

そして、とうとう人らしい姿を保つことさえできずに、体は焼け果てた蟲へと分解されていく。
その光景を見ている物は須らく吐き気を訴えただろうが、雁夜は逆だった。
あれだけ多くの人の未来を奪い、そして桜に途方も無い仕打ちを行った老害が此の世から消滅する。
それが現実になるともなれば、気分が高揚してくるのは至極当然のことだ。

『あぁっ、あァッ……アァ……アッ……あア……』

最早、手足となる虫たちは全て死に、残ったのはもうたったの一匹のみ。
雷火はそれを拾い上げた。大きさは大したことはないが、しぶとさは尋常ではない。
この最後の蟲が、臓研の魂を宿した本体に違いない。

「地獄に堕ちろ」

雷火は右手の五つの爪を堅く、長く、鋭く伸ばし、

――ザシュ!――

勢いよく振り下ろし、ちっぽけな蟲を細切れにした。

「…………ふぅ」
「やった……やったぞ……!あんたスゲェな!はは、これでやっと……やっと……!」

雑務を終えて一息つく雷火に、雁夜は称賛の言葉をかけながら、涙を流して歓喜に震える。

「桜ちゃん。君はこれで自由になれた。あの臓研はこの世の何処にもいないんだ。これからは、好きなように暮らしていていんだ!」

未だ床にペタりと座り込んでいる桜の肩を抱きしめながら、雁夜は涙声を交えつつ最大の朗報をした。
長年の恨みが晴らされ、そして悲劇の少女が救い出された。この状況を喜ばぬ者がいる筈ない。

しかし、

『儂を甘く見るな小童ども!』

――ドンッ!――

「うわッ!?」

突然聞こえてきたのは今さっき死んだはずの臓研の声。
さらにそれと同時に雁夜を突き飛ばした桜。

『半身を潰した程度で、儂が死に切ると思うたか?』
「臓研……まさか……!?」
『ほう。殊の外、察しが良いのぅ雁夜。そう、こっちの儂は今ここにおる』
「魂の二分化と、蟲を人体に、とは……」

臓研の声は、桜の体内から聞こえてきていた。
それはすなわち、臓研にとって最後の手段であると同時に、雁夜の裏切り防止に備えて施した、未来さえも見据えた人質作戦。
桜の救出に全生命をかけている雁夜にこの状況を打破するカードはないと判断した雷火は、素早く桜の顔を右手で掴み、無理やりに口を開けさせた。

「バジル!」
『わぁーってるよ!』

伸ばされた左腕の手首には、銀色の蛇が腕輪として巻きついている。
だが今だけは、

『シャアアアッ!』

腕輪としての固定された状態から、まるで操られた水銀のような繊細な動きで腕輪という形から逸し、口から桜の体内に進入せしめたのだ。
そして聞こえてくるのは、

『な、なんじゃ貴様は!』
『問答無用!』

――ガブッ!――

そして、ムシャムシャという音を立てながら、バジルは桜の口から出てくると、

『ペッ!ここまで腐りやがった魂を食ったのは初めてだ。うえッ、まだ後味が悪さが口に残りやがる!』

不平不満を存分に言いながら、その身を再び雷火の左手首に巻きつけて腕輪となった。
どうやらこのバジルという魔導具もまた。普通の物とは決定的に違うらしい。

こうして、老いさらばえた魔術師――間桐臓研(マキリ・ゾォルケン)の魂魄は、完全にこの世から消滅した。

「―――カリヤさん」
「……あぁ」

雁夜は雷火に呼ばれ、彼女の正面に立った。

「約束です」
「そうだな」

雷火は雁夜に一歩近づくと、その白く細い腕を伸ばすと、ガシリと雁夜の顔を掴んだ。
そして、


「―――ハアアアァァァァァ…………!」


彼女の口からドス黒い邪気が、雁夜の口へと流れ込んでいく。
本来なら忌むべきその漆黒の力の波動は、不思議と雁夜の身体によく馴染み、隅々まで行き渡った。
寧ろ、心地好ささえも感じていたと言って良い。

次の瞬間、間桐雁夜という人間は真でいなくなり―――使い魔カリヤへと生まれ変わった。
新たな命を授かったことにより、麻痺した左半身は思うように動き、屍じみた顔も、触れてみれば硬直したようすもなく、かつての面相に戻っているのがわかる。
だが、それでも肌の色と髪の色に変化はなく、自分が普通でないことを思い出させる要因として残されたかのようだった。

本来、使い魔には動物の亡骸と人間霊と術者の魔術回路の一部を使い、造り出される疑似生命体。
人間霊を用いるのは思考ゼロからプログラムする手間を省く為、術者の魔術回路の一部を分けるのは繋がりを強くするため、そして魔力供給のためだ。
使い魔は飽くまで疑似生命体なので主からの魔力供給なしでは生きていられない(例外はある)。
だが、もし生きた人間―――それも魔術回路のある人間を素体にすればどうなるか。

勿論、生きているので魔力を提供されずとも生きていられるし、術者の会得した魔術を扱うこともできる。
分身タイプの使い魔とは、その魔術師の磨き上げた技術の結晶なのだから、当然と言えば当然だが。
しかも、敢て術者が魔力を送ればその分だけ使い魔は魔術を多用できる。時臣との決着を望む雁夜にとって、これほど嬉しいことはなかった。

例えそれが、彼の命を救うための手段であり、同時に外道の手段とされるものであったとしても。

(申し訳ありません、カリヤさん。でも、私にはどうあっても貴方たちが必要なのです)

雷火は心の内で深く懺悔した。

(あぁ、早く会いたい…………輪廻、私の妹)

そして、一粒の雫が、瞳から流れ落ちた。




次回予告

ヴァルン
『死んだ筈の大切な人が蘇ったら、君はどうする?
 例えそれが、この世の理から外れたことであっても。
 次回”邂逅”―――マスター、よもやこの方は……!?』




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