狼姫<ROKI>
酒盃


少女の名前は遠坂凛。
一見、綺麗な黒髪をツインテールにした美少女だが、その苗字から察せられるとおり、彼女は遠坂時臣の跡取り娘だ。
今はまだ小学生の彼女だが、すでに魔術の英才教育は始まっており、今の冬木が如何に危険な状況なのかも、その原因である聖杯戦争についても必要最低限の知識を与えられている。
だからこそ、今まで母方の実家である禅城家にて葵と共に待っている。

しかし、朝には電車で冬木の小学校に通っている彼女は、クラスの皆にとって頼りになる柱であり、可憐な容姿と有能さもあって人気者であった。
遠坂家の家訓を―――どんな時でも余裕を持って優雅たれ―――実行する貴重なチャンスでもあった。
そう、凛は時臣のことを父として愛し、魔術の師匠として敬愛している。将来のことについては、職業などどうでもよかった。

ただ、魔導を尊び、魔術を学び、尊敬する父と同じ立派な魔術師になること。
それこそが遠坂凛の人生目標だ。

だからこそ、凛にはどうあっても見逃せないことがあった。
それは、学校での噂や家でのニュースで見聞きした事件だった。

子供達が一晩で行方不明になったという奇怪な事件。
最近になってありがちになりだした、塾などで夜更けに帰るようになった子供ばかりが消えている。
警察では身代金目的の誘拐事件という線で捜査していて、ニュースでもそう言っている。
だが、凛は学校の友人であるコトネたちからある噂話を耳にした。

”冬木じゃ今、バケモノが人を喰っている”

当然、子供がする噂話に過ぎない。
でも、話してくれたみんなの表情には冗談の気配はなく、まるで直接見てきたかのような真剣みがあった。

そして何より、凛は超常の実在を身を以て知っている。
ならば、この噂もバカにはできない。今の冬木には、英霊たちがサーヴァントとなって、魔術師に使役されているのだから。

故に、凛は小さな一つの決心をした。
冬木に行こう。真相を確かめよう。

父である時臣は、その危険地帯で神経をすり減らすような戦いに身を窶している。
母である葵も、夫の無事を祈ってただ祈り続けている。
だから、余計な心配などをさせることのないよう、こっそり夜中に行くしかない。

決断してからの凛の行動は実に早かった。
電車賃を用意し、魔術的な装備を二種類手に取った。

そして、家で夕食を済ませ、風呂に入った後、布団を被って寝たふりをして、凛は赤いコートと装備品を纏って禅城の屋敷から抜け出した。
まあ、枕元に謝罪の書置きをしておいたのは、まだ少女である彼女なりの誠意であり愛嬌でもある。

自分は私利私欲や興味本位で禁を破るわけではない。
魔術師の端くれとして、遠坂の次期当主としての使命を果たすのだ。
そこに恥ずべきところ等、何一つとしてない。

凛は隣町から電車で新都の駅に辿り着き、真夜中の冬木に足を踏み入れた。
頼りになる武器は、魔術の修練でつくった水晶片が二つ、そして魔的存在を指し示す羅針盤型の魔力針の三つだけ。
こう言っては悪いが、凛には知識も力量も覚悟も、何もかもが欠けていた。

まず、

――ギュゥゥゥリリリリリリリ…………!!――

頼りの魔力針が、駅から少し離れただけですでに過剰な反応を示しているのだ。
昔、時臣の工房内の本棚に収めてある危険な魔導書を読もうとした時、今と同じ反応をしていた。
時臣は、こういう反応をする物は今の凛の手には負えない、と言った。

つまり、この街には凛一人では一瞬で殺されかねないような存在がウヨウヨしていることを教えている。
第一、これではまずどこを探していいのかがわからない。

だがそれでも、凛は挫けようとしなかった。
水晶片をしっかりと握りしめ、極力人目につかぬようひっそりと街中を歩く。
下手に警察に見つかって補導などされては全てが水の泡だ。

最早真相の全貌が解らなくとも、手掛かりだけでも掴めればいい。
ここまで来た以上、何かの成果がなくては自分自身が情けなくてしょうがないからだ。

そう思いながら、凛は魔力針に視線を落とすと、途端に魔力針がある一定の方向を指し示していた。
最も、今にも火花が散りそうな程の反応を示しつつであったが。
でもこれで漸く明確な移動方向を設定できる。そう思うと、凛は不思議と心が軽くなった気がした。

「こっちね……!」

小走りで路地裏へとかけていく凛。
走れば走る程、近づけば近づく程、魔力針の反応はより過剰になり、今にも壊れてしまいそうだ。
だが今の凛には、それがこの一件の全てを解き明かす布石のような気がして、寧ろ興奮剤にも似た役目を果たしてしまっている。

路地裏は表通りとは違って狭く暗く、そして薄汚い印象がある。
しかも、肌寒い程度だった表通りと比べて、不穏な空気の密度が妙に高い。
尤も、今の凛はそれを感じ取れるだけの余裕もないらしい。

路地裏は入り込めば入り込むほど、複雑な構造をしていき、まるで迷路のようだ。
だが、行くことだけを考えていた凛は、魔力針の指し示す方向を頼りにためらいなく足を動かし続けた。

すると、いつの間にか路地裏を抜けて、人っ子一人いない広場に出ていた。
いや、厳密に言うと、人は一応いたのだ。
”人だった物”なら、そこにあった。

そうしてやっと、凛は自分の愚かさに気づき、後悔をした。


――ガツガツ、ムシャムシャ、ボリボリ――


そこには、巨大な何かが子供だったモノたちを喰らっていた。
野獣の全身から歯牙が生え出たかのような姿をしたその化け物は、醜悪かつ大きな口を開けて、次々と得物を胃袋に放り込んでいく。

その光景を目の当たりにした時、遂に魔力針が過剰に次ぐ過剰反応を示し、パリンという音を立てて壊れてしまったのだ。
しかも、最悪なことにその音を耳にして、魔獣が凛の存在に勘付いてしまった。

『―――――!』
「あ……ア…………ぁァ…………」

まるで蛇に睨まれたカエルの如く、凛は一歩も動けなかった。
いや、動いた瞬間こそが自分が死ぬ時だと、本能的に悟っていたからやもしれない。

魔獣は口を開き、一人の少女をおぞましい闇を経と引き摺りこもうとした。
だが、

「ニヅオワリパ!」

魔界の言葉がすぐ横から聞こえてきた。
その瞬間、大量の水が出現しウォーターカッターのような勢いで飛び、魔獣の身体に切り傷を作った。
魔獣を倒すにはまるで足らないが、それでも怯ませる程度のことができる威力だ。

「凛ちゃん、下がってくれ!」
「……え……?」

聞き覚えのある声。
そういえばさっきの呪文の声と同じ……。

「行け、蟲どもよ!」

カマキリのような蟲たちを操るのは一人の男だった。
痩せ細った身体をフード付にウインドブレーカーで隠した男。
凛は彼が誰かを知っていた。

「雁夜……おじさん……」

幼い頃、自分と妹と一緒に遊んでくれた人が、そこにいた。

「くっ!」

雁夜は焦っていた。
自分のマスターである雷火から、短時間で魔術や法術の知識を脳髄に直に叩き込まれて数時間昏倒して目が覚めた直後、不穏な気配がするから見に行けとバジルに言いつけられた矢先にこれだ。
今回ばかりはあの不良蛇に感謝しなくてはならないだろう。
そして、自分に戦う力をくれた彼女に。

それでも、今闘えるのは雁夜一人だ。
援軍である騎士が来るまでそう時間はかからないだろうが、その短い時間が問題だ。
一人だけならまだしも、こちらには守りべき者が背後にいるのだから。

「ソロミオワリパ!」

雷火から託された一本の筆――魔導筆を手にして魔界語による呪文詠唱を行う雁夜。
今度は先程ウォーターカッターとして扱い、地面に散らばった水たちが宙に浮き、急激に凍り付いた。
そして雁夜の命令に従い、鋭い刺を魔獣に向けて突き立てた。

―――が、

『〜〜〜〜〜!!』

魔獣はまるで身体を刺繍針で突かれたかのように大きなリアクションこそ見せたが、その生命力が衰える様子が全くない。
それどころか、先程より興奮して大きく身体を揺れ動かし、周囲にいる蟲たちまで振り払ってしまう。

「ちくしょう……!やっぱ、俺みたいな付け焼刃じゃ、ダメなのか……!?」
「おじさん……」

歯痒そうにしている雁夜を見ていると、凛は無力で子供な自分に苛立ちを感じた。
寧ろ歯痒い想いをしているのは自分かもしれないと思えてくる。

だがしかし、

――ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ――

ふと後ろから重々しい足音が聞こえてきた。
まるで分厚い鋼鉄の鎧を着こんで出陣してきたかのような足音は、確実にこちらに向かってきているのが解る。
凛は一体何が、と思って振り向いた瞬間―――

――トン……ッ――

首筋に鋭い衝撃が走り、一気に意識が朦朧として視界がボヤけた。
倒れ逝く凛が如何にか視界と記憶に収めることが出来たのは、

一振りの剣を携え、騎士然とした闇色の狼の姿であった。





*****

遠坂葵はこの上ない後悔の念に駆られながら自動車を走らせていた。
理由は明快。娘である凛が無断で、しかも単独で冬木に戻ってしまったことだ。しかもこの真夜中にだ。
一体なにが娘を駆り立てたのかはわからない。ただ、テレビの神隠し事件を見ていたり、学校から帰って来た時に、何時もとは違う様子だった気がする。
しかし、凛もそろそろレディとして扱われたい年頃だと思い、敢て聞かなかったのが仇となってしまった。

「まさか冬木に戻るなんて……凛……」

このような事態ならば、夫であり魔術師である時臣に助けを乞うのがセオリーだが、生憎その主人は命懸けの戦いに身を窶している。
下手な負担をかけるわけにはいかないだろうと思い、葵は単身で禅城の屋敷から自動車で冬木にやって来たのだ。

凛を探すにあたって基点とすべき場所は、まずは新都の駅周辺だ。
その周辺でこの時間帯、人気がない場所と言えば、川沿いの公園が真っ先に浮かんだ。
あそこはよく凛が遊んでいた馴染み深い場所だというのが一番の理由だ。

それはある意味、虫の知らせとも言うべき直感だったのかもしれない。
この公園でよく使っていたベンチを最初に見据えると、そこには―――

「――凛……!」

奇蹟的なことに、愛娘が横に寝かされていた。
急いで駆け寄って様子を見てみると、ただ気絶しているだけで傷などは一切ないようだ。
取りあえず一安心というわけだが、それはそれで疑問が残る。
このような形で凛を発見できたということは、誰かが先んじて凛を保護して確実に葵が見つけられる場所に安置したということになる。

今、異常な事ばかりが起こる冬木でそんな酔狂なことができる人物と言えば、魔術師をおいて他にいない。
そして、答えは向こうから投げてよこされた。
不意に誰かが草を踏んで近づく音を聞き取り、葵はその方向へと顔を向けた。

「……そこにいるのは、誰?」

そこには一つの人影が外灯が照らす領域へと踏み込んでいく様子があった。
その人影の背格好に、葵は見覚えがあった。

「此処で待てば、きっと見つけてくれると思ってた」
「……雁夜……くん?」

そこにいたのは、幼馴染にして親友たる人物の姿。
彼は目深くかぶったフードを取り、素顔を露わにした。
顔つきこそは去年のこの場所で見たモノと同じだが、髪はすっかり白くなり、雰囲気や体つきも屍のように窶れている。

「久しぶりだね、葵さん」

弱弱しく笑う雁夜だが、葵はその笑顔を見て何か不吉な物を感じ取った。

「雁夜くん……貴方一体……?」
「俺の事は、気にしなくていいよ。これは俺が決めた事なんだから」

少し疲弊を表に出すかのように、雁夜は溜息と共に言葉を吐き出す。

「それに俺が此処に来たのは、葵さんに伝えたいことがあるからだ」
「え……?」
「桜ちゃんは、もうすぐ凛ちゃんと一緒に―――元の姉妹に戻れる」

桜。
それは一年前に、間桐家に養子へと送り出したもう一人の我が子。
魔術師の妻として、これも運命と思い黙々と送り出してしまった凛の妹。

その子が、戻ってくる?

「心配はいらないよ。臓硯の奴はもういない。魂さえも、ね」

雁夜は僅かに嬉々とした感情を声に含ませた。

「後は、時臣を一発殴って、目を覚まさせる。もう何処にも、桜ちゃんが連れて行かれないように」
「時臣を……?」
「ああ。かっこ悪い話だけど、最初は時臣を殺しせば全部上手くいくなんて、バカなことを思ってたよ。……でも、違ったんだ」

雁夜はよぞらを見上げながら黄昏るかのように遠い目をして語った。

「あいつが教えてくれた。子供は、お父さんがお母さんと一緒にいるから幸せなんだって。だから、時臣をバカ面を殴ってわからせる。魔術師の使命なんかより、大切なモノがあるってことを」

そこには復讐心も慢心もない、決意を固めた一人の男の姿があった。
引き締まった表情で、雁夜はこう誓ってくれた。

「だから葵さん、信じてくれ。必ず、家族全員でこの公園で遊べる日がまた来るって。……そう、家族全員でだ」
「…………」

まるで別人のようだと、葵は思った。
昔の雁夜は優しい人物ではあったが、どこか子供っぽさを残していた印象が見受けられた。
だが、今自分の目の前に立っている男は違う。何か強くて堅い覚悟を決めた男の顔をしている。
そんな雁夜を見ていると、不思議と葵は信じてみようという思った。

「雁夜くん……ありがとう……」

それだけが無力な葵の手元に唯一ある感謝の示し方だった。
雁夜はかつて恋した人物の涙ながらの感謝に、少々戸惑いつつも晴れやかな表情で応えて見せた。

「約束するよ」

何を、などという言葉は愚問でしかない。
葵は幼馴染の誠意ある言葉に無言で頷いた。

そうして、雁夜もまた無言で微笑みながらフードを被り、光の中から闇の中へと姿を晦ましていった。





*****

森の奥深くにあるアインツベルンの城。
ここを拠点としているセイバー陣営の面々は、昼間から出かけて未だに帰ってこないデュークのことを案じていた。
もっとも、アイリスフィールやセイバーが純粋に心配しているのに対し、切嗣の場合は此方の情報が漏えいしないだろうかという心配だった。

そんなとき、

「―――――ッ!?」

アイリスフィールの全身に張り巡らせた魔術回路が、森中に仕掛けた結界などの消滅を僅かな痛みとしてフィードバックさせた。

「なんてこと……正面突破ってわけ?」
「大丈夫ですか?アイリスフィール」
「えぇ。ちょっと不意を突かれただけ。まさか、ここまで無茶なお客様を持て成すとは思ってなかったから」
「出迎えます。貴女は私の傍から離れないように」

苦しそうな表情をした貴婦人を気遣い、自ら前に出る姿はまさに騎士の鑑。
セイバーはスーツ姿から鎧姿へと早変わりし、主人を後ろにエントランスに繋がる廊下を走り出す。

「この憚ることを知らぬやり口は、恐らくライダーの仕業でしょう」
「でしょうね」

二人はエントランスへと躍り出た。
そこには、正面の門(フォーカスに破壊されて今や只の穴)から入ってきた、牡牛に引かれて立派な戦車があった。

「ぃよう、騎士王」

と、ライダーが挨拶するも、二人は言葉が出なかった。
当然だ。今のライダーはTシャツにジーンズという現代風の衣装なのだから。
いや、それ以前に大胸筋によって誇示されているアドミナブル戦略のタイトルロゴによって征服王の威厳が奇妙なことになっている。
とても戦いを仕掛けに来た雰囲気ではない。

第一、

「ただいま」

魔導火のライターで煙草に火を着け、

「ふぅぅ」

能天気に一服している茶髪でロングコートな青年騎士の姿が御車台で佇んでいるとなれば尚更だ。
おまけに、

「こんばんわ」

長い黒髪に黒い浴衣な女騎士と、

『……邪魔をする』

彼女の指に嵌っている一つ目の魔導輪と、

「…………」

無言で眉間を指で抑えている赤い外套の魔術使いもいた。
その全身からは哀愁的なオーラが漂い、二人に謝罪を告げている気がした。

「城を構えていると聞いて来てみたが―――なんともシケた所だのぅ。こう庭木が多くっちゃ出入りに不自由だろうに。城門に着くまでに迷子になりかかったんでな。余がちょいと伐採しておいた。かーなーり、見晴らしが良くなっとるぞ」

人はそれを、余計なお世話と言う。

「おい、ライダー。んなことはいいから、本題に入ろうぜ」

そこへ、口を挟んできたのはデューク・ブレイブ。

「紫電騎士。貴方、今まで何をやっていたの?」

アイリスフィールが刺のある口調で問う。

「こいつらと適当に飯をな」
「「…………」」

もう言葉が今一出そうにない。
だって、これほどまでに悪びれた様子もないのだから。

『すいません……』

デュークの首にかかっているペンダント型の魔導具ルビネが、本当に申し訳なさそうに謝っている。

「それで話なんだが、こいつ、この城で酒盛りがしたいんだってさ」
「おう。街の市場で上物の酒を買い付けたんでな」

ライダーはその大きな肩に桶のような酒樽を抱えて言い放つ。
因みに中身はの最高級の日本酒で、値段もかなり高価である。
これを買うに当たって代金を支払ったのは、家が名家で、尚且つウェイバーの懐を心配するだけの器がある輪廻だったりする。

「アイリスフィール。どうしましょうか?」
「罠、とか……そういうタイプじゃないものね、彼。まさか本当に酒盛りがしたいだけ?」
「だから、そう言ってるじゃないの」

輪廻が後押しするかのように言った。
というより、ここで酒盛りを却下されてしまうと、自分は何のためにお札を叩いたのかがわからなくなる、というのが大きいのだろうが。

「それに、真意はライダーが自分で言ったじゃないの」
「……成程。これは歴とした挑戦ですね」
「挑戦?」

アイリスフィールが首をかしげた。

「はい。我も王、彼も王。それをわきまえた上で酒を酌み交わすというのなら、それは剣に依らぬ”戦い”です」
「フフン。解っているではないか。剣を交えるのが憚れるのなら、杯を交わせばよい。騎士王よ、今宵は貴様の『王の器』をとことん問い質してやるから覚悟しろ」
「面白い。受けて立つ」

結果として、デュークの単独行動の一件はこうして有耶無耶となり、代わりに此の世で最も有り得ない宴が始まろうとしていた。
ついでに、

「『はぁぁ……』」
『二人とも、元気を出せ』

溜息を深く深〜く吐き出すキャスターとルビネに、ヴァルンは気休めがらも慰めの言葉をおくっていた。





*****

遠坂母娘は車に乗り、新都から離れて禅城の屋敷へと帰って行った。
その様子を見送った者が二人いた。

「…………」
「雁夜さん」

沈黙する雁夜を呼びかけるのは、黒マントで全身を覆い隠す一人の女吸血鬼。

「心残りはありませんね」
「ああ。後は時臣をぶん殴って、葵さんと凛ちゃんに桜ちゃんを返せば全部終わる。だから今は、これでいい」
「そうですか」

黄昏るかのように夜空を見上げて言う雁夜と背中合わせとなり、聖雷火はその右手に一本の歪な短剣を収めていた。

「まあ、私としてはホラーを喰えればそれで良いのですが」
『ガキ共の肉身で脂が乗ったライゾンだ。さぞやウメェだろうぜ』
「バジル。そのような物言いは御止しなさい」

彼女の右手首に在る腕輪型の魔導具バジルを制する雷火。
しかし彼女は、ライゾンを封じた短剣を徐に自らの胸部へと突き刺した。
雷火の顔には苦痛はなく、それどころかまるで麻薬でも投与されたかのような快楽に浸っている表情をしている。
短剣は彼女の手から離れてようとも、一人でに胸の内へとズブズブ入り込み、遂には完全に”喰い”尽くされた。

「あぁ……―――さて、これからどうしましょうかね」

瞳を動かして雷火は雁夜に視線を向けるも、使い魔と化した彼は只々沈黙する。
あんたが決めろ、その姿には、そう言っているかのようにも思える雰囲気があった。

「ふふふ……。そうだ。折角ですから、お披露目と行きましょうか」

雷火はそう言ってそっと撫でた。
自らの手の甲に刻まれた三画の令呪、そして―――

「ねえ、バーサーカー」
「…………」

己が従者となった黒い狂気の騎士を。





*****

アインツベルンの城の中庭。
中央に造られた円形を中心とし、幾つかの通路じみた石が地面に敷かれていて城との出入り口に繋がっている。
その他の部分は全て純白の花々が植えられた花園となっており、その白さが月の煌めきを僅かに反射して幻想的な光景を演出している。

セイバーとライダーを初め、事もあろうに輪廻やデュークまでもが共に酒樽を囲んでいた。
二人曰く「私がお金払ったんだから飲む権利ぐらい有るわよね?」とか「うまい酒を独占するのが王様の器なのか?」とか。
かなりアレな理由だったり主張だったりする。

ライダーは拳で酒樽の蓋を割ると、その中身を柄杓で汲み取った。

「面妖だが、これがこの国の由緒正し酒器だそうだ」

――パコン!――

「あんた日本を嘗めてるでしょ?」

柄杓を酒器と呼んだライダーの無知振りにイラっときて、つい手が出てしまい彼の頭を引っぱたいてしまった輪廻。

「なんだ?では如何いう物が由緒正しい酒器なのだ?」
「そうね。杯を交わそうっていうのなら、これが良いんじゃないかしら?」

といって輪廻は懐に手を突っ込んで人数分の朱漆塗りの盃を取り出した。

「これが日本の盃よ」
「ほほぅ、これが……」

現物を手に取ってライダーが少し不思議そうに言った。
流石の征服王も、木製の酒器――それも朱漆を塗った物は初めて見るのだろう。

「日本では食べ物は大切に扱われてきたのよ。だから一気にではなく、ちびりちびりとやっていたのよ。その方が味がよくわかるでしょ?」

輪廻はそうライダーに諭して盃を皆に配った。

「貴方達もどう?」

と、後方で様子を窺っているウェイバーとアイリスフィールとキャスターにも声をかけるが、

「「…………」」

3人は無言で首を横に振るばかりだ。
まあ、この状況で能天気に酒を飲むということ事態、何かしらの理由がなければありえないのだから。

「にしても、酒盛りで資質を問うっていうのも粋だよな。聖杯、なんて大層な名前があろうと、結局は何かの器であり飲むためにある」
『つまり、同じ何かを飲むという行為を以てして、聖杯の獲得者について”格”を議論して答えを出す……というわけでしょうか』

デュークが盃の日本酒を一飲みし、ルビネもまた角と顎を動かして言いあげた。

「うむ。よくぞ代弁してくれた」

ライダーはライダーで盃を日本酒を汲み、セイバーに渡した。
セイバーは臆することなく盃を手に取り、威勢よく日本酒を飲み干した。
生前は騎士王と呼ばれていただけあって、何かしらの行事やパーティーで酒を飲むことなど幾らでもあったに違いない。

「それで、まずは私と”格”を競おうというわけか、ライダー?」
「その通り。お互いに”王”を名乗って譲らぬとあっては捨て置けまい。言わばこれは『聖杯戦争』ならぬ『聖杯問答』……はたして騎士王と征服王、どちらがより”聖杯の王”に相応しき器か?酒杯に問えば詳らかになる」

二人の王は朱漆塗りの盃を手にして、胸の内を高ぶらせた。
しかし、

「だが征服王よ。”王”たる英霊は、もう一人いた筈だが」
『慢心の王者がな』

キャスターとヴァルンが思い出したかのようにそれを告げた。
その直後に、

「―――戯れはそこまでにしておけ、雑種」

黄金の光と共に、英雄王が霊体から実体となって中庭に姿を現してきたのだ。
鎧姿のまま、尊大さを感じさせる歩調で中央の輪廻たちに歩み寄ってくる。

「アーチャー、なぜここに……?」
「あぁ、そいつ?此処に来る途中でさ、新都で見かけたから声をかけといたんだよ」

セイバーが首をかしげていると、デュークが酒を飲みながら答えた。

『まさか、本当に来るとはな……』
「いや、この男なら、この手の類の挑発を受けない筈がない」

最近、すっかりいいコンビになっている気がするキャスターとヴァルン。

「……それより貴様ら、よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとは。それだけでも底が知れるというものだ。(オレ)にわざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」
「まぁ固いことを言う出ない。ほれ、駆け付け一杯」


豪放磊落に笑い飛ばしながら、ライダーは日本酒で満たされた朱色の盃をアーチャーに手渡した。
アーチャーを和やかさとは程遠い表情でそれを受け取り、日本酒を飲み干した。
彼もまた王として、酒による戦いを受けて立ったのだろう。

「――なんだこの安酒は?こんなもので本当に英雄の格が量れると思ったか?」
「あら、随分な言い様ね。この日本酒を造ったのは、二百年の歴史を誇る老舗こと瀬尾一家の逸品よ」
「ハッ。だとすれば、この時代の連中は真の酒の味すら知らぬと見える」

輪廻の説明に対し、富の王は露骨に見下す発言をした。
さらには、自分の頭の直ぐ横にあるモノを出現させた。
それを見たモノたち全員が一瞬身構えた。当然だ――なにせ出現したのは「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」なのだから。

「見るがいい。そして知れ。これが『王の酒』というものだ」

しかし、異空間の門から取り出されたのは黄金の酒器であった。
アーチャーは適当な手つきで黄金のグラスを皆に配ると、自慢げな表情で注いでいき、さぁ飲めと言わんばかりの態度を示す。
皆はこれがどれだけの代物かを確かめるべく、器の中身を口の中へと流し込んだ。

「むっほォ!こりゃあ美味い!」
「このすっきりとした味わいは……」
「すっげぇ……これ造った奴、マジで天才だぞ!」
「強烈な清浄感と、芳醇で爽快で、味覚への刺激が凄すぎて……まさに神代レベルの多幸感だわ」

と、全員が口々に酒を褒め称える発言をしたことで、ギルガメッシュの表情はかなり鼻高々なものとなっている。

「酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しか有り得ぬ。これで王の格付けは決まったようなものだな」
「ふざけるな、アーチャー」

得意げなアーチャーに、セイバーが待ったをかけた。

「酒蔵自慢で語る王道など聞いてあきれる。戯言は王ではなく道化の役儀だ」
「さもしいなセイバー。宴席に酒も供せぬような輩こそ、王には程遠いではないか」
「こらこら。双方とも言い分がつまらんぞ」

このままでは問答どころかただの喧嘩になると悟り、ライダーが仲裁に入った。
仮にもこの酒宴の主催者は彼なのだ。下手に騒ぎ立てられるのを眺めているわけにもいかないのだろう。

「アーチャーよ。貴様の極上の酒はまさしく至宝の杯に注ぐに相応しい―――が、あいにく聖杯は酒器とは違う。これは聖杯を掴む正当さを問うべき聖杯問答まずは貴様がどれだけの大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわねば始まらん。さてアーチャー、貴様はひとかどの王として、ここにいる我ら全員の心を魅せるほどの大言が吐けるのか?」
「仕切るな雑種。第一、聖杯を”奪い合う”という前提からして理を外しているのだぞ」
「ん?」
「えらく傲慢な物言いですね。流石は女神を袖にした男」

アーチャーの発言にライダーが怪訝そうな顔をした。
その時、丁寧な女の声が聞こえてきた。

「……どこの雑種だ?」

英雄王はピクりと眉を動かし、何処にいるともしれぬ者に声をかけた。

「疾く姿を晒せ。これ以上は(オレ)への冒涜と考えるぞ」
「慌てないでください。すぐに参りますので」

と、声が再び聞こえてきた。

「まさか……もう?」
『随分、早いな』

他ならぬ輪廻とヴァルンが静かに驚き、キャスターやライダーといった面々もその声を聴いて目を見開いた。
花が咲き誇る中庭に突如として一陣の風が舞い込んだ。
その風と共に漆黒の霧が飛び込み、中庭の中央へと降り立った。
黒い霧は徐々に集束していき、女人の形へと固まっていく。

艶やかな長い黒髪はポニーテールにし、身に纏うのは黒い袖なしハイネックと黒いロングスリットスカート、両手には生地の薄い長手袋、両足には黒いハイヒール。
月光のように煌めく白い柔肌と、美の女神に愛されたかのような顔立ちをした一人の吸血鬼の姿へと。

「輪廻」
「姉さん」

聖雷火と聖輪廻。
女騎士の姉妹と英霊四人が揃った。

『姉君。何をしに来たのだ?』
「私もマスターの一人ですので、この催しに参加しようかと」

片方の手袋を外して令呪を見せる雷火。

「出てきなさい、バーサーカー」

その瞬間、ドス黒い炎が爆発するように巻き起こった。
その炎の中からは黒い霧を纏って姿を消し、紅い眼光を輝かせる鎧の騎士が現れる。

「貴様が狂犬の飼い主か」

アーチャーは少しばかり顔を不機嫌の色に染めた。
倉庫街での戦いでアーチャーはバーサーカーによって煮え湯を飲まされているのだから。

「正確には、なったばかりです。雁夜さんとは契約を交わし、きちんと条件を満たした上で貰い受けたのですから」

雷火は事情を知らぬアーチャーやセイバーの為に今一度自分の身の上を説明した。

「フン。ならば手綱をしっかり握っておくことだ」

と言ってアーチャーはもう一口酒を口に含んだ。

「肝に銘じておきましょう」

雷火は軽く頭を下げて礼儀正しく礼を取った。
それと同時に地面においてある盃をとって、

「私もお酒もらいますね」

といって樽に入っている日本酒を汲むと、座り込んで飲み始めた。

皆はその堂々とした様子に唖然としてしまう。
だが、この場で一番疑問を感じている騎士王がこういった。

「……なぜ、バーサーカーは……?」

そう。バーサーカーは以前セイバーに対してマスターの制御を振り切るほどの獰猛さを見せた。
だが今はセイバーの姿を目にしても、

「…………」

まるで主人に忠実な番犬のように物静かだ。
それはこの吸血鬼が、バーサーカーの狂気と凶暴さを抑え込み、完全に制御していることを意味する。

(いや……それだけか……?)

セイバーの視界に移る漆黒の騎士の姿は、どこか不吉な記憶の影を掘り起こしそうで、あまり意識したくないが意識してしまうジレンマを引き起こす。
今は酒を飲んで気を散らそう。セイバーはそう思って美酒を口に流し込んだ。

「ところで、今の口ぶりだと聖杯はまるで貴方の物だといいだけでしたね」
「当然だ。全ての宝物は我が蔵を起源とする。時が経ちすぎて些か簒奪したきらいはあるが、今なお所有権は(オレ)にあるのだ」

雷火の言葉にアーチャーは飽く迄傲岸不遜に振る舞う。

「しかし、英雄王よ。それは聖杯があればの話ですよね?」
「……何が言いたい?」
「だって、ここの聖杯は聖堂教会が確認してる中では第七百二十六号聖杯ですよ。これだけの数の中で、本当に冬木の聖杯が聖遺物のソレだと思いますか?」
「この地の聖杯は偽物だと言いたいのか?」
「それ以前に、現時点では存在すらしていませんからね」
「「「「「―――――ッ!!」」」」」

それを聞いて、アーチャーは勿論の事、セイバー陣営もライダー陣営も驚愕した。
自分たちが追い求めるものの根底を覆す発言が為されたのだから。

「姉さん。まさか貴女も?」
「はい。ヴァナルから詳細は聞いています」
「え?二人とも、何のことだ?」

どうやらデュークだけは純粋な意味でホラー狩りの為だけの送られたらしい。
首をかしげてハテナを作っている。

キャスターもその様子を見て、自分のマスターたちは相当深いところまで聖杯戦争の情報を持っていることを悟った。
だが、自分もまたそれらの知識を持つことを悟られてはいけない。ここは沈黙を守ることにする。

「おっと、説明の続きをしなければなりませんね」

雷火は酒を一気に飲み干して盃を地面に置いた。

それから雷火はまるで独り言でもしているかのように、本の内容を朗読するかのように語りだした。

200年前から始まった三人の魔術師の盟約。
一人は器を、一人は土地を、一人は鎖を用意した。
だが、聖杯の完全な降臨には術者が七人必要だった。
そこで腕の立つ魔術師たちにこの件をさらりと教えて呼び込んだ。
本来ならこの聖杯戦争は、戦争する必要はない。ただ令呪を使ってサーヴァントを死なせれば器に魂が溜まり、聖杯が起動する。
しかし、聖杯を得られるのはただ一人だ。無論、御三家の誰が所有するかで大いに揉めてしまい、最終的に今の聖杯戦争というシステムになった。
尚、願望機としての能力は六騎分の魂で事足りるが、真の聖杯として完成に至らしめるには七つの魂がいることも話した。
そして、此処にある聖杯は魔術的に造られし贋作も同然の物であることも付け加えた。

キャスター陣営以外の者たちは全員、聖杯に秘められた真実に驚きを禁じ得ない様子であった。

「アーチャー。これでもなお聖杯戦争を続けますか?本物しかない蔵に、ダミーを混ぜたいのなら話は別ですが」
「…………」

ギルガメッシュは雷火に質問されると、少しばかり考え込むかのように黙りこけている。

「確かに貴様のいう事は一理あるな、吸血鬼」

ギルガメッシュは酒を飲み干すと、器を地面に置いた。

「だがな、この地の聖杯は誰もが認める宝だ。我が宝物庫に収めるか否かは、この(オレ)が見定める」
「そうですか」

余りにも我を通す捲るギルガメッシュの物言いに対し、雷火はこれといったリアクションを起こさず、ただチビりチビりと酒を飲んでいる。

「―――ところで、他の皆さんは如何なのでしょうか?」

かと思われたが、唐突にこんな問いかけをしてきた。
貴方達はどんな願いを捧げる気なのかと。

「ふむ……ではまず余の願いからといこうか」

一同の視線がライダーに集中する。

「受肉、だ」

照れくさそうに答えたライダーに、酒を飲む者達が「は?」と思わず息を吐いた。

「おおお、オマエ!望みは世界征服だったんじゃ――ぎゃわぶッ!?」

掴みかかろうとしたウェイバー。
しかし、お約束というかなんというか、デコピン一発で黙らされる。

「馬鹿者。たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする?征服は己自身に託す夢。聖杯に託すのは、あくまでその第一歩だ」
「まあ、折角蘇ったんだから、このまま生きていたいっていうのは解らないでもないけどね。つーか、世界征服って手間暇かかりそうだし」

そんなライダーに輪廻が美酒を飲みながら相槌を打った。

「いくら魔力で現界していようが、しょせん我らはサーヴァント。余は転生したこの世界で、一個の命として根を下ろしたい。体一つで我を張って、天と地に向かい合う。それが、征服という行いの全て。そのように開始し、推し進め、成し遂げてこその―――」

熱く語るイスカンダルは、語りの間に美酒を飲み干して

「――我が覇道なのだ。例え聖杯が紛い物であろうと、余以外のサーヴァントを狩れば願望が叶うのなら、尚更だ」
「面白い。ならば決めたぞ。ライダー、貴様はこの(オレ)が手ずから殺す」
「ハハハ。今更念を押す事はない。余も貴様の宝物庫を奪い尽くす気でおるから覚悟しておけ」

英雄王と征服王。
どこまでも自分の意地を張り通し続けた二人の漢。

「おーい、騎士王さん。あんたはどうなんだ?」

そこへデュークが酒を煽りながらセイバーに問いかけた。
するとセイバーは妙に自信のある態度でこういった。
まるで自分の突き進む道こそが正しいと言わんばかりに。

「私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望機を以てして、ブリテンの滅びの運命を変える」





*****

ここで一つ、思い起こして欲しいことがある。
衛宮切嗣と久宇舞弥の存在である。
セイバー陣営が碌に行動せず城にいたのは、一重に切嗣が静かな情報収集と好機到来を待つと決めたからだ。
そんな切嗣と舞弥がこの状況で城を留守にするなどありえない。当然のことながら、城の上層階に昇り、銃火器で武装した状態で窓から中庭の様子を窺っている。
音声などはアイリスフィールのポケットに持たせておいた盗聴器で拾っている。

そして、聖雷火の登場やバーサーカーの主替えには大いに驚いたが、さらに驚くべきは聖杯戦争のシステムの暴露だ。
本来なら御三家しか知らない筈の極秘事項を外部の魔術使いが知っているという異常事態。
会話の中に一度だけ登場した「ヴァナル」という名前にも聞き覚えが全くないことから、切嗣の予定は大いに狂った。

今回の聖杯戦争は想像以上にイレギュラー要素が多すぎるのである。
三人の魔戒騎士。未だ正体不明のキャスター。マスターが移り変わったバーサーカー。
どれもこれも無視できようのない不確定なファクターを抱え込んでいる。

本来、魔術師殺しとは、魔術を絶対と信じて疑わない術者の慢心に付け入り、あらゆる手段を用いて標的を仕留めることを指す。
そんな切嗣にとっての天敵とは隙のない相手であり、考えの読めない相手のことを言う。
その筆頭が魔戒騎士であり、言峰綺礼なのだ。

「どうしますか、切嗣?」
「……今は派手に動けない。ここはアイリに任せよう」
「……はい」

決してセイバーをあてにしない切嗣に、舞弥は昔の機械じみた彼が戻りつつあることを、何処となく感じていた。





*****

「なあ、騎士王」

ライダーは酒器を地面に置いて質問した。

「貴様今、運命を変えると言ったか?それは過去の歴史を覆すという事か?」
「そうだ。例え奇蹟を以てしても叶わぬ願いでも、聖杯の力が話通りなら、必ずや―――」
「くくく」

セイバーが自分の言い分を述べあげていると、途端にアーチャーが嘲笑を漏らした。
セイバーがその嘲笑が自分に向けられたことを直感的に悟ってアーチャーを睨むも、ライダーの問いによって阻まれる。

「セイバー。確かめておくが、ブリテンとかいう国が滅んだのは、貴様の時代の話であろう。貴様の治世であったのであろう」
「そうだ。だからこそ私は許せない。だからこそ悔やむのだ。あの結末を変えたいのだ。他でもない、私の責であるが故に」
「くくくくくくくくくく……!」

それを聞くや否や、ささやかな嘲笑は明確に聞こえるまでに声量を高めていた。

「アーチャー。何が可笑しい?」
「自ら王を名乗り、みなから王と讃えられて、そんな輩が悔やむだと?ハハハッ、これが笑わずにいられるか!」
「英雄王。幾らなんでも笑い過ぎよ。話が捩れちゃうじゃない」

大笑いするギルガメッシュに輪廻が、制した。
彼女なりにセイバーに対して言いたいことがあるのだろう。
キャスターもそんなマスターの様子に反応して表情が何時も以上にに引き締まっている。

「ほう。貴様も小娘に言いたいことがあるようだな、女騎士」
「えぇ、もちろんよ」

輪廻は黄金の器を地面に置いて、セイバーと視線が向き合うように頭を動かした。

「セイバー……いいえ、アーサー王。貴女はどんな想いで剣を抜いて執ったの?」
「言うまでもありません。一重にブリテンを混迷から救うためです」
「でも、もう貴女は十分すぎるくらいに頑張ったじゃない」

その言葉に、セイバーの表情が変わった。

「最初から終わりまで、貴女は御国の為に尽くして尽くして尽くしまくった。その意気込みは挿絵と文字だけからでも良く伝わってくる。王の務めと責任、それに伴う孤独の果てに、部下や肉親とまで戦って……そして死んで、それでも尚こうして初志を貫こうとしている」
「その通り。私は騎士王と呼ばれた者として、国の破滅を、引いては民の死を回避させる義務がある」
「だけどセイバー。ハッキリ言わせてもらうけど、過去は決して変えられるものでも、変えていいものでもないわ」
「…………」
「時間っていうのは、此の世で生きている皆が、ちょっとずつ想い出と共に刻んでいき、積み重なっていく。言うなれば、今この一瞬一瞬に、地球に生きる60億の人間が生きているからこそ時間を創り、世界を象っている」

少しばかり哀愁の漂う表情で語る輪廻からは、彼女の内にある信念や自戒の思いが滲み出ているように観えた。
辛い記憶の果てに、失ってはならない大切なモノを噛み締めているかのようにも。

「過去を変えるという事は、生きる為に努力してきた人たちの尊厳を水の泡にするという事。ブリテンが滅んでも、必死になって生き延びて、子供たちに幸せな未来を往かせたいと額に汗をした人たちの働きを無駄にするってことなのよ」
「…………」

それを聞いて、セイバーの表情に些か動揺の色が浮かんできた。

「貴女の理想は正しい。だけどね、例え国は滅んでも騎士は滅びないじゃない。今貴女の目の前にいる私達みたいに、国ではなく人だけど『守りし者』として剣を執り、鎧を纏っている」
「そうですよ、騎士王殿」
「俺たちは魔界騎士。”守る為”に動いている。背負う物の大きさこそが違うが、それでも気持ちだけは一緒じゃないのか?」

三人の魔戒騎士は静かに首肯して、憧憬すべき騎士の王者を讃えるように彼女を見据えた。
瞳の奥には、純粋な憧れと祈り、そして儚げな優しさが灯っていた。

「しかし、それでも私の所為で、ランスロットも、モードレットも、多くの民草が死んでいった」

セイバーは顔を俯かせ、憂いの表情を見せまいとする。

「彼らの死はなんだったのか?ただ未来の為の尊い犠牲と納得しろと言うのか?このままでは、私は彼らに謝っても謝りきれない。彼らの無念を晴らすことは―――」

――バチンッ!――

次の瞬間、乾いた音が中庭に響いた。
音源はセイバーの頬であり、彼女の目の前には鎧と兜で全身を覆い尽くした狂気の騎士がいた。
彼の籠手で固くなった手が、セイバー頬を叩いたのだ。

まるで目を覚ましてくれと言わんばかりに。

「……バーサーカー、貴様は……」

セイバーは一瞬、バーサーカーが制御を振り切って襲い掛かったと思ったが、真実は違った。
本当に襲い掛かったのなら、今頃黒い拳が飛んできていることだろう。
だが狂戦士はビンタ一発だけで済まし、あとは静かに佇んでセイバーの姿を紅い眼光で捉えている。

「どうやらバーサーカーも、一人の騎士として、伝えるべきことを伝えたかったのでしょうねえ」
「伝えたかったこと?」

狂化:Cという呪いによって言語機能を喪失したバーサーカー。
そんな彼に代わってマスターである吸血鬼は、騎士王にこう論した。

「はい。彼もかつて王に仕えし騎士として、貴女を夢から覚まさせたいのでしょう。良き夢を見られるように」
「良き夢?」
「掻い摘んで述べあげますと、騎士たちは聖君のことを誇りに思っているという事です。だから、共に過ごすことが出来た時間を、どうか消さないで欲しい。バーサーカーはそう言いたいのですよ」
「…………」

一言も人語を喋らないバーサーカーに代わって、雷火が告げた真意。
それはセイバーに一つの確信めいたものを抱かせる。

「まさか、バーサーカーは私と所縁の深い者なのか?」
「それは言うまでもありません」

わざとお茶らけた様子で応えてみせる雷火だが、そこには決してセイバーを馬鹿にするファクターは混ざっていなかった。
すると今度は輪廻が言って見せた。

「ねえセイバー。そろそろ自分の幸せを掴んでみてもいいんじゃないかしら?」
「私の幸せ?」
「そう。もし、貴方自身が聖杯を必要としない物と考える時が来たのなら、今度は自分の幸福を想像してみて。王様とか英霊とか、そういうモノの前に貴女は人間なのよ。一度か二度くらい、自分の都合で幸せになってもバチなんて当たらないわ」
「よくぞ言った聖ッ!」

バシンという音が豪快になった。
輪廻の背中から、だが。

「いったぁっ!!」

尤も、叩かれた側としては堪ったものではないだろうが。

「貴様の言う通り、如何に王とて人の子だ。偶には我儘を言うてみたくなるのも自然の理というものだ」
「オマエは四六時中、我儘し放題だろうが!!」

一方で哀れなツッコミ役がボケ役暴君に何か言ったりもしているが、

――バチン!――

「ばぎゃっ!」

デコピンで黙らされてしまった。

「セイバー。聖が言った通り、王とは清濁含めて人の臨界を極めたる者。時には誰よりも感情を剥き出しにし、笑顔も涙も見せねばならぬ。いや、そうでなくてはならない。その顔を見ることで、民もまた王は自分たちと同じ人間であることを実感できるのだ」

ライダーはそう語った。
自分自身、己の都合で多くの人たちを振り回しまくった。
だが、最期にはその人たちは笑顔だったことを覚えている。
部下たちに失笑や苦笑いされることも多々あったが、それでも最後には民草も含めて皆明るく笑っていた。
だからこそ彼は、自分の覇道にプライドを持って挑んでいくことができたのかもしれない。

「故に、貴様もこれからは自分だけの望みを見つけることだ。そうすれば、その仏頂面も少しは柔らかくなる」
「だがやはり、私には王としての―――」
「その使命も理想も、私達魔戒騎士が受け継いで見せるわ」

セイバーの気持ちは揺れ動きつつあった。
自分が背負った王としての宿命と義務。それを果たすまでは死んでも死にきれない。
だからこそ、生前では聖杯探索に乗り出し、今生においてもサーヴァントとなった。
しかし、そんな不甲斐ない王の理想と使命を受け継いでくれる者がいると、己が治世を生きた民草の子孫は今や平和に暮らしている。
それを知ると、一国の君主として誓ったモノが本当に死んでまで必要なのかと思ってしまう。

「私たちは主を持たない騎士。だから、特定の何かを守るのではなく人々を守る。『守りし者』として『守るべき者』の為に命を賭し続ける。そうやって何千年もホラーの闇という魔を戒めてきた」
「それに英国――というか、ブリテンにも俺みたいな魔戒騎士はいる」
「故にアーサー王殿、ご安心ください。貴女が守って来たモノを、今度は私たちが守っていきます」
「貴方達……」

セイバーは今、胸の内に歓喜を沸かせていた。
自分の時代からおよそ1500年という長い年月を経ても尚、これほどまでに高熱な魂を宿す剣士たちが存在しているのだから。
そして何より、この三人の言葉は決して見せかけではなく、本心からくる信義のモノであることは火を見るより明らかであった。

「……わかりました。ですが、もう少しだけ考えさせて頂きたい」

セイバーはどこか満足そうな表情をしながらそう答えた。
すると三人の騎士は無言で首を縦に振った。それでいい、と告げるように。
酒宴はこの良き雰囲気で締められると思った。



だが、違った。



『マスター』
『ヴァンプ』
『ロック』

三つの魔導具たちがシリアスな声で主人に呼びかけた。
魔的存在の察知という点においては他の追随を許さぬ者達の声に、三人の持ち主の顔つきが変わった。

何かが来る―――いや、何かが来ている。

――シュン!――

突如、雷火が手に持っていた盃を円盤のように投擲した。
盃は高速で回転しながらライダーを、そしてウェイバーの顔面スレスレを通過し、

――ガシッ――

何物かによって掴み取られた。

「うわあああッ!」

それによってウェイバーは自分の背後に誰がいたかを察し、ライダーのもとへと駆け寄った。
無論、アイリスフィールもセイバーのもとへと駆け寄った。

「あ……アサシン?」

振り返ると、そこには髑髏面を着けた黒装束の女がいた。
だが、暗殺者は彼女一人では決してなかった。

次から次へと、中庭に、花園に、城壁に、屋根に。
何十もの黒づくめ集団が実体化していくではないか。

アサシンというクラスで呼び出されるサーヴァントの真名は基本的に一つだけ。
それはハサン・サッバーハ。暗殺教団のトップであり続けた「山の翁主」の人物名である。
この場にいるハサンはその称号を継いだ一人であり、「百の貌のハサン」と呼ばれた。
その能力は、今ある体現されている通り、自我の数だけの実体化―――即ち多重人格である。

人間とは一度に複数の達人にはなれない。
何故ならば、ハードは様々な要素に対応できてもソフトは一つの事柄で手一杯だからだ。
しかし、魂が複数存在すればその限りではない。人格の数だけの達人になることができる。
故に、このハサンたちはそれぞれ得意とする分野を一つの身体を使いまわしていき、最終的に32種の才能を開花させている。
また、人格を交代させるごとに変装を行ったために、信用ある側近さえも本当の貌を知ることが出来なかったほどだ。

そして、その多重人格という能力は「妄想幻像(ザバーニーヤ)」という宝具と化している。
サーヴァントという霊体となった今、魂の数だけの肉体を得る術を。

「我らは群にして個のサーヴァント」
「されど、個にして群の影」

黒い影たちは身を隠し、隙をついた瞬時に敵を殺すことを得手とする。
ならばなぜこのように姿を敢て晒したのか。

答えは簡単。令呪である。
アサシンを通して酒盛りの様子を知った綺礼は、その情報を時臣へと報告。
そして時臣の指令によって綺礼は「犠牲を厭わず勝利せよ」という命令を下した。
最終決戦でもないのに、この手の指令を下すことはアサシンたちに自殺しろと言うのと同じだ。
彼らは遂に自分らがお払い箱にされることを悟りつつも、せめて一人か二人ぐらいは討ち取ってやらねば気が済まないでいた。

アーチャーのマスターはここにおらず、キャスターとバーサーカーのマスターには自衛の手段がある。
しかし、アイリスフィールとウェイバーを多数で狙われればセイバーとライダーは絶体絶命である。

「これは貴様の計らいか?金ピカ」
「時臣め。下種な真似を……」

ライダーは座したままアーチャーに問うも、問われた方は自らのマスターの無粋ぶりに呆れ果てるばかりだ。

「ら、ライダー。なぁオイ……」
「そう狼狽えるでない。宴の客を遇する度量でも、王の器は問われるのだぞ」
「あんな奴儕まで迎え入れるつもりか?征服王」
「当然だ・王の言葉は万民に向けられるもの。わざわざ傾聴しに来たのなら、敵も味方もありはせぬ」

などと平然とのたまい、ライダーは盃で日本酒を汲み取り、アサシンたちに高々と言い放った。

「さあ、遠慮はいらぬ。共に語ろうという者はここに来て盃を取れ。この酒は貴様らの血と共にある」

――ヒュン!――

即座に、一人の暗殺者が投げた短刀ダークが、盃に命中して酒が零れ、イスカンダルの肩と、そして地面に零れた。
彼らは忍び笑いを漏らしている。大方、イスカンダルをただのバカのように思っているのだろう。

だが、それは大きな間違いであった。

「――余の言葉、聞き間違えたとは言わさんぞ」

ライダーはゆっくりと立ち上がった。
その言葉は重く低く、ドッシリとしていた。

「『この酒は貴様らの血』と言ったはず――そうか。敢て地べたにぶちまけたいのならば、是非もない」

征服王は完全に立ち上がった瞬間、彼を中心にして熱風が吹き荒んだ。
サーヴァントであるセイバーでさえ怯むほどの風。
そして彼女は観た。いかなる突風の中においても威風堂々とたたずむ王者の姿を。

「セイバー、そしてアーチャーよ。宴の最後に問う」

現代衣装から鎧姿へと変わった征服王は、騎士王と英雄王に問いかける。

「そも、王とは孤高や否や?」
「…………」

ギルガメッシュは無言だった。
答えるまでもなく、王とは孤高だと言わんばかりに。

一方でアーサー王は答えを出し渋っていた。
数十分前までなら”孤高”という単語を口にしていただろう。
だが、今の彼女の心は揺れ動いていた。

「私は……私は……」

そんなセイバーの様子に、ライダーは少しだけ口元をニヤりとさせて言った。

「ならば、答えは次の機会に聞かせてもらおう。そして、その答えをいち早く導けるように、余自身が真の王者の姿を見せつけて遣ろう」

次の瞬間、途方も無い光が城を包み込んだ。
ライダー自身も、アサシン達も、他のサーヴァントやマスターたちまで。
中庭にいる全員が光の中へと消えていき、短時間だけだが、此の世から消失した。



そして、光の中には、異なる世界が広がっていた。



見渡す限りの、砂、砂、砂で造られた砂漠の大地。
青々とした空と白い雲から昼の空間であるのが解る。

「まさか、固有結界……!?心象風景の具現化だなんて……!?」

アイリスフィールが有り得ないとばかりに狼狽する。
当然だ。本来、固有結界とは精霊や悪魔の業であり、ヒトという自然から離れた存在が使うことは出来ない。
魔術師や吸血鬼にはこれを発動する才を持つ者がいるが、それでも固有結界は世界を蝕む異物であり、”修正”の対象となる。
結果、力あるモノでも維持するのに莫大な魔力を要し、それでも精々数時間が限界という魔術的奥義なのだ。

「…………」

キャスターもまた、固有結界という大魔術なるものに思うところがあるのか、沈黙したままどこか親近感のある表情を見せていた。

「彼も……」

僅かに、何かを呟いてはいたが。

「これはかつて、我が軍勢が駆け抜けた大地。余と共に苦楽を勇者たちが、等しく焼き付けた景色だ」

すると、遥か後方の方から足音が聞こえてくる。
十や二十では利かない数の足音が。

「この世界、この景観をカタチにできるのは、これが我ら全員の心象であるからさ」

そして、足音の正体と複数の人影の正体が判明する。

「見よ、我が無双の軍勢を。肉体は滅び、その魂は英霊として世界に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち!彼らとの絆こそが我が至宝!我が王道!イスカンダルたる余が誇る最強宝具『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!」

遂に明かされたライダーの真の切り札。
後方に控えし幾千幾万という兵士たちは、王の姿を見るや否や、ほぼ同時に雄たけびを上げた。
その様子はまるで一つの巨大な楽器のように音を世界中に鳴り響かせていく。

「こいつら……一騎一騎がサーヴァントだ……」

固有結界の展開による限定的なサーヴァントの連続同時召喚。
宝具ランクはセイバーの聖剣さえも上回るEX!まさに数の力をこの上なく表現した絆のなせる業!

「久しいな、相棒」

そこへライダーの傍らに一頭の軍馬が寄り添う。
それは伝説に置いて神格を与えられた名馬中の名馬ことブケファラス。
この世界の中では動物霊さえも英霊の位を得ることが出来る。

その光景を見て、セイバーは途方も無い思いに駆られた。
この宝具はまさに征服王イスカンダルが十数年の歳月の中で幾多もの大地を疾走する中で、彼の持つ人柄に惹かれた者たちの思い無しでは成り立たない。
それはつまり、この覇王が如何に他社との繋がりを重要視し、多くの朋友たちと笑い合って来たかを物語っている。
忠臣や息子から裏切られ、悲惨な死を迎えたアルトリアにとって、これらは羨望や憧憬を通り越した領域にある物と言って良かった。

「…………」

一方で、バーサーカーも静かに佇みながら、征服王と、彼の言葉を待つ軍勢を見やった。
心なしか、彼の眼光にも一瞬ながら和らげなものが混ざった気がした。
まるで、この軍勢のように、仲間たちのように王の為に、王と共に戦うことができたのなら、とでも言うかのように。

ライダーはブケファラスに跨り、戦友たちに大声で言った。

「王とはッ――誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」
『然り!然り!然り!』

その言葉に呼応して、全ての兵たちが大声で同時に吼える。

「全ての勇者の羨望を束ね、その道しるべとして立つ者こそが王。故に――王とは孤高にあらず。その偉志は、全ての臣民の志の総算たるが故に!」
『然り!然りッ!然りィッ!』

大地が揺れる程の音響。
人間の声とは大きさと多さが揃うことでここまでの物になるかと痛感させられる。

「さて、では始めるかアサシンよ。見ての通り、我らが具象化した戦場は平野。生憎、数で勝るこちらに地の利はあるぞ」

そう、勝負は最初から決まっていた。
これらの軍勢に比べれば、最早アサシンたちなど烏合の衆も同然。
軍勢のサーヴァントは宝具こそ持たないが、ステータスは通常のサーヴァントと同様。
それに引き替え、アサシンは能力値を分裂した数だけ割ってしまっている。
つまり、ここにいるアサシンたちの一体一体は数で攻めなければ恐らくキャスターにも劣る雑魚と化しているのだ。

「蹂躙せよ!」

そして、数十という数を、幾万という数が飲み込む。
たった80人程度の諜報・暗殺組織と、幾千幾万もの戦闘集団。
どちらが勝つかは子供でもわかることだ。

『AAAALaLaLaLaie!!』

征服王が先陣を切り、かつてアジアを駆け巡った一団が一個の巨大な生き物のように進軍する。
輪廻たちのことなど素通りしていき、目指す先は黒い影たちのみ。

アサシンたちの反応はというと、恐怖のあまり逃げ出す者、ヤケになって突貫するもの、全てを諦めて棒立ちする者の三種に分かれた。

棒立ちになった者はすぐさま刃の餌食となって血まみれとなり、倒れた。
逃げた者たちは兵士たちが投擲した矛に貫かれていった。
ヤケになった者たちは数人の兵士たちを撃退するも、別の兵士によって切り裂かれた。

80余りの黒が、幾万もの多色によって食いつぶされていくのにかかった時間は実に三分足らず。

「―――うおおおおおおおおおおッッ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

ライダーが剣と共に勝鬨を上げると、全ての兵たちが共に矛と勝鬨をを上げて晴れやかな表情になる。

こうして、百の貌のハサンは再び此の世から去った。
暗殺者のサーヴァント・アサシン―――これにて真に最初の脱落者となる。
残るサーヴァントは、セイバー・ランサー・アーチャー・ライダー・キャスター・バーサーカーの六騎。




次回予告

ヴァルン
「地獄という言葉はよく使われる。
 しかし、あそこは大罪を犯した者を裁く場所だ。
 それ故に、小罪を犯した者を裁く世界だってあるのだ。
 次回”煉獄”―――罪を浄化する火によって、咎人は天に昇る」



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